雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
徹夜したアルシェムは、もやもやした気分を晴らすことすらできずに階下に降りた。本日の食事当番はアルシェムで、全員分を作らなければならないからだ。故に作業に没頭していられそうなほど手の込んだものを作ることにした。ジャガイモのポタージュに手作りパンである。なお、作業に没頭しすぎたためか全員では食べきれない量であるとここに明記しておく。
微妙に機嫌の悪いアルシェムを誰も茶化すことなく朝食の時間は終わり、ティオが端末を操作して本日の支援要請の内容を確認した。本日の支援要請は五件。窃盗事件と盗難事件、そして東クロスベル街道及びマインツトンネル道の手配魔獣と古戦場での観光客の捜索である。何となくアルシェムは盗難事件の詳細を見て嫌な予感がしたのだが、ロイドの采配により手配魔獣の討伐に向かうことになった。もやもや、というよりもイライラしていると思われたらしい。
事実そうだったので、アルシェムは東クロスベル街道の手配魔獣バブリシザーズとマインツトンネル道の手配魔獣グランドリューを昼食時までにそれはそれはエグイ方法で殲滅した。周囲に誰もいない時間帯を選んだので目撃はされていないが、仮に目撃者がいれば苦情どころの話では済まなかっただろう。それをわかっていてわざわざ人の少ない時間を選んでいたともいう。
深く溜息をついたアルシェムはロイドに連絡を取った。
「あ、もしもしロイド? 手配魔獣二件終わったけど……」
『そうか、こっちはまだ窃盗事件の捜査をしてて……エリィとランディには盗難事件の捜査に回ってもらったから、アルは古戦場を頼む』
「あーはいはい。りょーかい」
何故かことごとく荒事を任されているような気がするのは恐らく気のせいではないのだろう。アルシェムの声に余裕がないことにロイドも気づいていて彼女に荒事を回しているのだ。イライラし通しのままで対人関係の支援要請に回られても問題しか起きないので。特にアルシェムの言動はある意味依頼者の癇に障ることが多いのだ。故にこの措置は妥当なものでもあった。
軽く溜息をついたアルシェムは、古戦場の前へと急いだ。依頼が出されているのが朝だったということは、今頃大変なことになっているに違いないからだ。アルシェムとしては遊撃士が動いているだろうと思って特段急ぐこともなかったのだが、ここまでの支援要請への道中にて今現在クロスベルにいる遊撃士たちをほぼ全員視認している。つまり誰も動けてはいないということだ。急がなくては、観光客の命が危なかった。
古戦場の前に辿り着くと、丁度遊撃士が二人入って行くところだった。
「そこの遊撃士さん達、今から捜索?」
「君は……《氷刹》か」
「その呼ばれ方、あんま好きじゃないけど……それより、本気で今からなんだね?」
アルシェムの言葉に答えた遊撃士――恐らくヴェンツェルという名だ――は念押しをするようなアルシェムの言葉に困惑の表情を浮かべ、次いで首肯した。というのも、アルシェムが何故そのことを知っているのかわからなかったからだ。観光客の捜索を行おうとしていることを何故か彼女は知っていて、それでも彼女の言葉は事実だからこそ首肯したのだ。
それを見たアルシェムは舌打ちをして手短に事情を説明した。
「特務支援課にも支援要請――依頼が来てる。朝に入ったけど、どうせ遊撃士が動くだろうと思って放置してたら誰も来てないみたいだったから来た。急いだ方が良いと思う」
それを聞いたヴェンツェルはちらりと古戦場の中を見て苦い顔をし、そしてこう返した。
「そうか……なら、手分けしよう」
「ヴェンツェル!?」
「スコット。今はそのあたりをどうこう言っている場合ではない」
その言葉を聞いてチッ、と舌打ちをしたスコットは手振りでヴェンツェルを促して古戦場の右手の道へと突入していった。それをアルシェムは溜息をついて見送り、軽く目を閉じて周囲の気配を探った。古戦場の前で立っている門番が一人。そして数々の魔獣の気配と、二人の遊撃士の気配。更に一般人レベルの気配が分散して二つ――それぞれが魔獣の気配の近くに。
そこまで察したアルシェムの行動は早かった。まずは近い方からだ。何故か遊撃士たちは途中で別れてしまっているので、出口に近い方から撤退させるべきだと思ったからだ。数分もかからずにヴェンツェルに接近したアルシェムは、魔獣の死角から飛び込んで吹き飛ばした。
「なっ……」
「わたしの方ははずれみたいだったから。その人の避難は任せたヴェンツェルさん」
「し、しかし!」
抗弁しようとするヴェンツェルに、アルシェムはいら立ちを視線に込めながら静かに告げた。
「こういう言い方は好きじゃないけど、《氷刹》は魔獣狩りのエキスパートだって知ってるはずだよね? 足手纏い。邪魔。とっとと安全な場所につれてってあげてくんない?」
「……分かった」
苦虫をかみつぶしたような表情で了承したヴェンツェルは、観光客を連れてその場を後にした。姿が見えなくなったのを確認した瞬間――アルシェムは、その魔獣の脳天と目、そして痛みのあまり咆哮した魔獣の口の中に向けて発砲した。当然のことながらそこまでされた魔獣はセピスと化して消滅する。それを気配だけで感じてアルシェムはその場から駆け出した。次はスコットの方だ。
途中で棒術具を取り出して道なき道を時間短縮のために使い、アルシェムはもう一人の観光客の元へとたどり着く。そう――傷だらけで倒れるスコットと、そのスコットを震えながら看病しようとしている観光客の元へと。
舌打ちをしたアルシェムは、自分に扱える最大級の治癒のアーツをぶっ放した。
「だー、もーっ! ティアラ!」
その声に微かに反応したスコットはピクリと手を動かしたが、それ以上動くことはない。手はオーブメントに触れているのに何故、と思ったアルシェムは、その原因に思い当たって彼の《ENIGMA》にEP回復薬をぶち込んだ。戦闘に使いすぎてもうないのだろうと思ったからだ。そして即座に反転し、顎を振り下ろそうとしている古代種の魔獣に向けて鋭い突きを放った。
鈍く吠えた古代種は、しかし倒れることはなかった。どうやら相当強力な魔獣のようだ。そう判断したアルシェムは、傷ついたスコットと観光客が無事に出られるような策を考えなくてはならなくなった。といっても、アルシェムが直接的に彼らを脱出させることは出来ない。この時点でアルシェムの役目は目の前の古代種を狩ることになっている。
ならばどうするべきか。それを考えて――スコットの行動に遠い目をした。
「アクアブリード!」
「何でそう来るよ自分回復して逃げろよ今大切なのはそこの人の安全確保だろ常識で考えておいこら依頼内容覚えてんのかこの馬鹿遊撃士が!」
思わず思考を口に出したアルシェムは、スコットの顔面めがけてEP回復薬を投げつけた。そして背後を顧みることなく強制的に魔獣を下がらせる。この魔獣が激しく強いわけではない。アルシェムが一人ならば何の苦もなく狩れる相手だ。それこそ、数年前の彼女であったとしても。ただ問題なのは、『アルシェム・シエルはロイド・バニングスたち特務支援課の盾であってそれ以外の他人を守るためには出来ていない』ことだ。故に彼女は他人を守るための戦いは下手なのである。
よって、この場で彼女が取るべき行動は一つしかなかった。
「スコットさんや、その人連れて退避しててくれない? あんたら邪魔で倒せないから」
「で、でも!」
「マジで邪魔ガチで足手纏いもうホントいらない気ぃ遣わせるのやめてくんない?」
スコットに向けての退避勧告。そして、彼はそれを舌打ちして受け入れた。アルシェムに向けて反感を持ちながら。スコットにしてみれば、あんな古代種をたった一人で相手どろうというのが問題なのだ。二人で協力すれば何とかなると思えたのにも拘らずあの勧告。スコットがどうやら魔獣狩りについてはエキスパートらしいがあまり頭がよくないのだろうという判断をするのも無理はない。
それでもスコットは観光客を連れて逃げた。何故なら、依頼は観光客の捜索であって古代種の討伐ではないからだ。追ってくるのならば討伐しなければならないのだろうが、追ってこないのならばその理由はない。ただの無駄骨である。改めて手配魔獣指定されてから遊撃士が集団で狩りに来ればいい話なのだ。たった一人で格好つけて死亡フラグを立てる意味などない。
遠ざかるスコットの気配に、アルシェムは内心溜息をつきながら棒術具を構えた。
「さ、取り敢えず――死んどけばー?」
微かに感じる視線を放置して、アルシェムは棒術具を槍のように扱って古代種を打ちのめす。それはあからさまに殺人技であり、その視線の主を警戒させるに足るものだ。もっとも、その視線の主はアルシェムが警戒対象であることを知っているはずである。その人物は――遊撃士なのだから。当然遊撃士協会に残されているだろう『アルシェム・ブライト』及び『アルシェム・シエル』の情報を知っているはずだ。
なればこそ、アルシェムが選んだその技に苦言を呈するために出現するのは必定。その人物は、厳しい目で古代種を狩りきったアルシェムを見ながらこう告げた。
「……スコットにそれを見せなかったのは裏に戻るつもりがあるからか? アルシェム・シエル」
「相変わらず趣味の悪い男だよね、アリオス・マクレイン。古代種を早急に狩る必要があって、他人の目がない状況が出来れば一番早いのはこういうエグイ技だって分かってるんじゃねーの?」
その返答と共に、アルシェムはアリオスを睨みつけた。何故この場所に彼がいるのか。それを考えるだけで愉快な想像が溢れて来るからだ。この場所は既に調査済みなのだから。ついでに□□□からの猛烈な情報量を考えれば、この場所にアリオスがいる理由もおのずと理解出来てくる。それゆえの警戒だ。暫し二人はにらみ合い――そして、目を先に逸らしたのはアルシェムだった。
ふう、と小さく溜息をついたアルシェムはアリオスに背を向けて声をかける。
「じゃ、おいたは程々にね――A級遊撃士さん」
そして、そのまま振り返ることなくアルシェムはその場を後にした。古戦場の前にはもはや誰も立ってはいなかったので、無事を確認するためにアルモリカ村へと赴けばスコットとヴェンツェルが観光客と談笑しているのが見えた。どうやら無事らしい。それならそれでいい、と判断したアルシェムはヴェンツェルの視界にだけ姿をさらしてからクロスベル市へと戻った。
すると、《ENIGMA》が突如鳴動した。どうやら誰かからの連絡らしい。
「はいアルシェム……あー、ロイド。どったの? 古戦場のは終わったけど……はぁ?」
通話を始めれば相手はロイドで、彼から語られる言葉はアルシェムの想像の斜め上をいっていた。というのも、子供が一人行方不明らしい。それも、コリン・ヘイワースという名の。昨日の今日でこれである。アルシェムにしてみれば何かしらの作為を感じられて仕方がなかった。それこそクロスベルにいるらしい《怪盗紳士》の仕業かとも勘ぐったくらいである。
だが、それは違うようだった。ロイドからの通話が切れてすぐにもう一度《ENIGMA》が鳴ってその事実が判明したからだ。
『もしもしアル? その……もしかして、そこに男の子がいないかしら』
「いないよ。わたしは今回の件に関して一切関係ない。でも……」
くらり、とめまいがして。アルシェムは自分の意志で発しているわけではない言葉をレンに伝えた。
「これは予定調和。そして――貴女のために準備された舞台の幕開け」
『……そろそろ黙りなさいよ。そんなこと言われなくたって、これが機会になりかねないことなんて分かってたわ』
歯ぎしりしながらそう応えるレンは、アルシェムに昏い決意を抱かせた。これ以上レンに何かをしでかす前に、□□□をどうにかしてくれよう、と。もっとも、その思考は一瞬でかき消されてしまったが。
アルシェムは混濁しそうな意識を必死に保ちながらレンに返した。
「……取り敢えず、レン。わたしはその子、探した方が良い?」
通話の向こう側でレンはしばらく沈黙し、そして掠れそうな声でこう返した。
『……うん』
「分かったよ。……大丈夫。何があっても生きた状態で見つけ出すから」
五体満足で、とはアルシェムは約束しなかった。どんな状態であったとしても、たとえ死にかけていたのだとしても、アルシェムはレンのためにしかコリン・ヘイワースを救う気はなかった。それが警察官としての資質を問われることになろうとも。
アルシェムがコリン・ヘイワースを見つけ出すためにすることは、ただ軽く目を閉じて背を壁に預けることだけで良かった。既にコリン・ヘイワースの気配を覚えているからだ。同時にハロルド・ヘイワースとソフィア・ヘイワースの気配も。東通り、いない。中央広場、いない。住宅街にもいなければ、西通りにも裏通りにもいない。歓楽街にもいない。行政区にもいない。ならば後は――港湾区だ。
アルシェムはその位置をレンに向けて告げた。
「多分港湾区……だけど、ちょっと待って港湾区に行かずに支援課へ! その地域を走ってるだろう導力車を見つけて、レン!」
『分かったわ! ……ちょっと急ぐわよ、ロイドお兄さん!』
《ENIGMA》の向こうでロイドに話しかけているらしいレンに、少々顔をひきつらせたアルシェムはその気配を追いながら言葉を付け加えた。
「向かってる方角は西……っと、西クロスベル街道に出た!」
『見つけたわよ! 共和国行き貨物トラック! 一回切るわね!』
ぶつん、と唐突に切られた通話を後目にアルシェムは速度をあげた。住宅街を抜けて西クロスベル街道に出られたからだ。それに追随するようにレンが追いついて来て、ロイドがその隣で《ENIGMA》からどこかに通話していた。
「あ、もしもしこちらクロスベル警察です! そちらの貨物に少年が紛れ込んでいる可能性がありますので、至急――」
その声を放置して、アルシェムは駆ける。このままレンとヘイワース家の邂逅をより良きものにするチャンスを逃せないからだ。アルシェムとしても、□□□にしても。故にアルシェムの速度は上がる。それは癪ではあるが、今だけは感謝しても良かった。昨日の今日だろうが何だろうが関係ない。『妹』が『家族』を取り戻せるのならば――そう在るべきなのだと、信じて。
道中の魔獣は全て一撃で殲滅され、ただセピスをそこらじゅうにまき散らすのみ。緩やかに速度を落としたトラックが止まったところに、アルシェムは出来得る限り減速して突入した。鍵開けをする必要すらない。荷台の扉は、いともたやすくアルシェムの手によって開かれた。そして、そこにいたのは――
「ほえ~? おばちゃん、だあれ?」
「こういう場合はおねえちゃんって呼んでほしいなーってわたし思うんだけどなー……」
きょとんとした顔で座り込む一人の少年。コリン・ヘイワースがそこにいた。脱力したのもつかの間である。この場に必要なイベントは、まだあったようだ。コリンを抱え上げたアルシェムは、トラックの運転手に彼を預けてその背から剣を抜いた。その方が確実に殺せるからだ。アルシェムに気付かれず接近できる魔獣などほとんどいないというのに近づいてきた魔獣どもを狩るのには。
ただ、言葉だけは忘れない。
「あー、運転手さん。その子を離さずに、絶対に外を見ないで下さいね?」
その返事は、必要なかった。アルシェムの振るった剣が魔獣を一太刀にて殺害したことに気付いた運転手がコリンの頭を抱えて運転席で蹲ったからだ。この場面を少年に見せてはならない。それを察せられるだけの良識は、普通の人間である彼には備わっていたようだった。そんなことを察することもなく、アルシェムはただただ魔獣を殺しつくしていく。どれほど殺そうが尽きない魔獣が、ある条件を満たすまで。
条件の一つ目。それは運転手によって引き起こされる。あまりの陰惨な事態に嘔吐し始めたのだ。それを見たコリンは不安に駆られ、その場から逃げ出す――そう。運転席から、扉を開けて外へと。コリンは何かに導かれるようにその場から駆け出し、アルシェムの手の届かない場所へと走っていく。
それを見てアルシェムは歯ぎしりをした。
「……ッ!」
何故今。その想いがアルシェムを支配する。その焦りが、安易に他者を殺せる手段を取らせた。空いている右手に剣が握られ、より多くの魔獣が屠られていく。それでも魔獣は減らない。どんどん増えて、運転手にトラウマを植え付ける。
そして条件の二つ目が満たされた。そこにレンが到着したのだ。彼女の大鎌の一投は、いとも容易く魔獣どもを斬り裂いて。そしてコリンに襲い掛かろうとしていた魔獣を一網打尽にした。それと同時に消える魔獣。アルシェムの振るう剣が空振りして、血糊を吹き飛ばす。それを苦い顔で見ながら、アルシェムは双剣を背にしまった。これ以上武器は必要ないからだ。
今はレンのための舞台。これは、予定調和。それが□□□によって定められた――運命。
「……私……そう。私はッ! ……死んじゃえば良いって思ってたのに……分かってたのに……!」
「……レン」
「分かってるのよ! こんな子、生きてたって死んでたってどうでも良いんだって! でも……!」
その先は言葉にならなかった。わざとそうしたのか、言葉に詰まったのかはアルシェムには分からない。だが、言葉にならなかったその部分こそがレンの本当の気持ちであることだけは察せられた。
それを察せられないロイド達――途中でティオがエリィとランディを連れて追いついて来ていた――は、コリンとレンを護りながらクロスベル市に戻った。それ以外に彼女らに出来ることがなかったから。