雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧186話半ば~188話半ばまでのリメイクです。

 前話をもちまして30000UAを達成いたしました。ありがとうございます。


創立記念祭最終日・邂逅

 エステル達と別れたアルシェムは案内された控室に少々仕込みを施すと、ロイド達がどうやってくるのかを知るために会場に戻った。すると――

「オーランド様、みっしぃ、みっしぃのケーキです!」

「お、落ち着けプラトニック。ほら、好きなだけ食べて良いから」

 という微妙な違和感を醸し出す二人組がいた。当然のことながらランディとティオである。オーバルカメラでぱしゃぱしゃとケーキの写真を撮る――振りをして周囲の客の顔を撮るティオ。黒服に注意されていたが、ティオの上目遣いの『駄目……ですか?』にやられた黒服たちはフィルムを没収することだけはしなかった。カメラは没収されていたが。

 なお、本日のランディの格好はかなりチャラい。髪と同じ赤色のスーツに、首元を大きく開けて金色の鎖のネックレスをつけている。それだけではなく煙草をふかし、サングラスまでかけているのだから大富豪のドラ息子というよりはただの不良にしか見えなかった。なお、髪は今日は束ねていない模様である。ワックスをつけてたっぷり膨らませているあたりがもう何とも言えないほどチャラかった。

 そしてティオはというと、いつもとは違って黒は着ていなかった。若草色のドレスに身を包んでいたのだ。大人っぽい、というわけではなく可愛らしい。胸元から腹にかけて細いリボンで編上げてあり、おへその中心辺りで止まっている。そのあたりから若草色の布地が分かれ、白いレースがフリル状に膝が隠れるくらいまで広がっていた。足は若草色の革のパンプスで包まれていた。

 更に袖は姫袖になっており、薔薇の紋様があしらわれている。首元にはそれに合わせるように薔薇のネックレスをつけ、その薔薇と合わせるように髪は後頭部で全てまとめられて小さな薔薇のピンとミニハットで飾られていた。何故か伊達眼鏡をかけているが、それすらも薔薇の紋様があしらわれている。さしずめ薔薇の妖精と言ったところか。

 みっしぃに羽目を外しそうになっているティオを生暖かい目で見ながらアルシェムはランディに話しかけた。

「失礼ですけれど、どういうご関係ですの?」

「あれは俺の女だ。文句あるか? お嬢ちゃん」

 ねえよ、とアルシェムは思いながら腕に発生したじんましんをさすった。お嬢ちゃんなどと呼ばれるのに慣れていないというのもあるが、何よりも声色が気持ち悪かったのである。ナンパしてくる気ならば面倒だ――後で弁明をするのが。メイク様様、レンの化粧の腕万歳である。

 故にアルシェムはランディに気付かせる方法をとることにした。

「文句はありませんわ。ただ……どうしてもそういう関係には見えなかったもので」

「……ほう? それはどういう意味だ、お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃん呼ばわりは止めて下さる? わたくしには『エルシュア』という名がありますわ、戦の申し子殿」

 その答えにランディは動揺したかのように手にしたグラスを揺らしたが、すぐにアルシェムと目を合わせた。顔かたちなどからアルシェムの正体を探っているようだ。もっとも、他人に見えるレベルの化粧といえど特殊メイクではないので見る人が時間をかけてじっくり見れば誰なのかは分かるレベルである。そして、ランディは見て分かる方の人種だった。

 目を細め、そして小声で問うランディ。

「……アル、か?」

「断言して下さる方が女としては嬉しいですわよ、オーランド殿」

 くすりと笑ったアルシェムに内心ドン引きしたランディは、動揺したままティオを呼び寄せた。

「プラトニック」

「何ですか、オーランド様……って。何とお呼びすれば良いですか、お姉様?」

 とてとてとやってきたティオが発した言葉に、今度はアルシェムが内心でドン引きした。何故にそこでお姉様と来るのか理解出来なかったからだ。イロイロと関係を疑われるような発言は慎んでほしいものである。

 とはいえ、答えを返さないわけにはいかないのでアルシェムはこう告げた。

「『エルシュア』ですわ、プラトニック嬢」

「そうですか。ではエル姉様とお呼……」

「死ぬほど面倒なことになるのでやめてくださいます? ガチ泣きしますわよわたくし」

 ティオが不穏な発言をした瞬間、アルシェムは思わずそう遮っていた。近くにリーシャがいたらどうしてくれる、と思いつつ気配を探り、そこに気配がないことに安堵した。今はまだ確証を持たせてはならないのだ。どうせ『エル』に戻れることなど有り得ないのだから、リーシャにも余計な期待を持たせる必要はない。『エル』は『死んでいる』のだ。

 アルシェムの答えに何かを感じ取ったティオは目を細め、次いでこう返す。

「ではエルシュアお姉様。また後で」

「ええ、また後で、プラトニック嬢」

 その目線の強さに、アルシェムは気圧されながらそう返した。恐らく帰れば謎の説教が待っているのだろう。そんな雰囲気をティオは醸し出していたので。視界の端に金髪ドリルの女性に連れられた眼鏡の青年を見つけたところで、アルシェムはその場から撤退することにした。青年はともかく、金髪ドリル――マリアベル・クロイスに見つかるのが面倒だからだ。

 アルシェムは『エル・ストレイ』としてリーシャの前でつけていた仮面を取り出し、その場から抜け出した。誰も追ってくる気配がないことを確認し、視線のない場所で仮面をかぶる。そこで、唐突に声が聞こえた。

 

『ミツケテ』

 

 その、声が。その響きが。それに含まれる感情が。全てがアルシェムを苛んだ。足先から凍り付いて行きそうな感覚を味わいつつ、アルシェムは気配を消したまま進む。進むしか、なかった。その声にアルシェムは気づかされてしまったからだ。ずっと目をそむけて居たかった事実を、受け入れることしか許されていないことに。その声は。どこか懐かしささえ感じるその、声は。

 

 紛うことなく『アルシェム・シエル=□□□□□□』の運命を指し示していた。

 

 道を違えることは赦されない。抗うことは赦されない。ただその声に従い、その声のために生き、その声のために死ぬ。それしか赦されていないのだということを、その声は指し示していた。無条件にアルシェムを従わせるその声に――しかし、彼女は抗おうと試みて。心臓が、軋むのを感じた。耐えがたいほどの痛み。胸を押さえて痛みを和らげることすらできない。そのせいで隠形が解けようとも、アルシェムは立つことすらままならなかった。

 故に――彼女が取る方法は、それを凍りつかせることだった。心臓の痛みが動きを阻害するというのならば、痛みなど凍りついてしまえば良い。必要ないものは、容赦なく切り捨てられる。切り捨てなければならない。『アルシェム・シエル』がただの個人になるためには、必要のないものなど切り捨ててしまわなければ生きていられない。

 そして、一時的に痛覚を凍結させたアルシェムは目の前を見知った気配が通り過ぎるのを見過ごしていた。気付いたのは出品されるモノがある部屋を警備していた黒服が倒れた時だ。それで、何者かが侵入していることに気づき――気配を読んでそれがリーシャ・マオであることを知った。彼女は品物を物色し、たった一つ愉快なものがあるのを見て眉を顰め――それを持ち出そうとした。

 それを反射的にアルシェムは止めてしまった。

「そこまでしろと、誰が頼んだ?」

 声色は『エル・ストレイ』と同じもので。ただし格好は普通に女性なのでさぞリーシャは困惑したことだろう。彼女は息をのみ、眉を顰め、そして探るような視線をアルシェムに向けて送ってきたのだから。

 声も随分と動揺したものになっていた。

「き、貴様は……女装の趣味でもあるのか?」

「ねーよ!」

「そ、そうか……いや、うん……その……趣味は人それぞれだからな……」

 黙れ、と思わず怒鳴りつけそうになったアルシェムだったが、そこは足元の黒服を起こさない程度の理性を働かせている。近くにあったクッションをリーシャに向けて投げ、そして低い声で告げた。

「間もなくここに特務支援課の連中が来るだろう。彼らを五体満足でこの建物から出られるようサポートしろ」

「……報酬は?」

「児童連続誘拐事件。それを調べれば、『エル』のことが多少なりとも分かるだろう」

 リーシャはアルシェムの答えに息をのみ、首肯してその場から姿を消した。隠形で影からサポートするつもりらしい。そこにロイド達がやってきた。どうやら彼らも出品されるモノを見に来たようだ。そこに佇んでいる仮面の女を見て困惑しているようだった。

「あの、貴女は……」

「とっとと中を見てきたらいかがかしら、この無自覚ハーレムキング」

「何で今罵られたんだ?」

 困惑するロイドに、仮面の女の正体が分かっているランディたちは早く中を検めようと提案した。そうでなくとも、長い間姿が見えなければ怪しまれてしまう。そう考えてのことだ。もっとも――その考えは中を見た瞬間に吹き飛んでしまうのだが。

 アルシェムには分かっていた。そこに、一つの気配があることに。その気配こそが今回の騒動を大きくする火種。これからのクロスベルの激動に注がれる油のようなもの。黄緑色の髪を持ち、黄金の瞳を煌めかせるニンゲンのようなナニカ。それがそこに在ることを、アルシェムは知っていた。否――あの声に、知っていなければならぬと強制されたのだ。

 そしてもちろん――その名を知っていた。

「キーアはねぇ、キーアっていうんだよ!」

 知ってるよこん畜生、とはアルシェムは洩らさなかった。ただ拳を握りしめただけだ。それを不自然に見せないように部屋の扉に近づき、外の気配を探って――そして、扉をぶち抜いた。

 それに困惑したかのようにランディが声を上げる。

「お、おい何してる!?」

「バレたんだってば。とっとと逃げるよ――そのクソガキ連れて」

 顔は勿論ランディたちには見せていない。仮面をかぶっていてもなお構造上隠せない口元の歪みすら、背を向けることで見せることはなかった。見せる必要がない。何故なら彼らは庇護対象であり、庇護対象を不安にさせるようなことはしてはならないからだ。全てが終わってからならば、いくらでも倒れられる。そこに危険が残されていない限りは。

 そう――どんな手段を使ってでも、この場からロイド・バニングス一行を逃がすのがアルシェム・シエルの役目である。故に、使えるモノは何でも使われる。たとえそれがアルシェムを傷つけるのだとしても。

 折角のドレスを血で汚し、守られるべき対象のロイド達に心理的に負担を与えながら道を切り開くアルシェムにティオがたまらず声を掛けた。

「ちょっと、自重してください!」

「出来たらいいですわねー、プラトニック嬢」

「何で棒読みなんですかこの馬鹿!」

 それが出来ないから、敢えて感情を乗せずに言葉を告げているだけである。アルシェムが自重すれば、一筋でも油断をすれば、ロイド達が傷ついてしまうかもしれない。キーアと名乗る少女を連れ、ここからロイド達が無傷で脱出することが絶対条件なのだ。そこにアルシェムが含まれていることなど有り得ないのだから、自重などしている場合ではない。もっとも、最後の一線だけは守り通すつもりだが。

 アルシェムはただ拳を振るっているだけ。それでも、彼女のその拳は狗共の頭を破砕するに十分。つまり――黒服の頭を粉砕することなど簡単だということだ。それに思い当たったロイドも声をあげた。

「あ、あの! 黒服は――」

「分かっていますわ、ニンゲンを殺す気など微塵もありません――というか気付いてないの、この鈍感」

「え?」

 アルシェムに横目でにらまれてロイドは怯んだが、それに怯えたキーアに促されるようにして歩を進める。どこかの部屋に隠れるなどということはせず、正面突破で彼らはハルトマン邸を後にした。

 ハルトマン邸の近くから邸内を窺っていたエリィが慌てて近づいてくる。

「ロイド! その子は――?」

「競売品に紛れ込んでたんだ! 詳しい話はあとにしよう!」

「なっ――わ、分かったわ!」

 エリィは一瞬絶句したが、それでもすぐに気を取り直してロイド達と共に走り始めた。既にロイドの頭の中にはエスコートしていたはずのマリアベル・クロイスのことなど残されていない。何故なら間違いなくマリアベル・クロイスは安全な場所にいるのであり、そもそも安否を気にする必要のない人間だからだ。今ロイド達が生き残るためには必要な人物ではないが故の忘却。

 ただし、ロイド達が逃げるために必要になるであろう船は、ニンゲンの防衛反応に反することは出来なかったようである。ロイド達が辿り着くその前に、既に出港してしまっていた。

「船が……!」

「安心しなさいな、別に困りはしませんから」

 いつまでもどこで聞いているか分からない他人に向けて正体を隠し続けるために謎の口調を続けるアルシェムは、懐に忍ばせていた《ENIGMA》を取り出して通話を始めた。

「こちら吹雪。殲滅嬢の手を貸して下さらない?」

 その通信の内容がロイド達の耳に届くことはない。何故ならそれは承諾の意を伝えるだけのもので、ロイド達を助けるための妨げにはならないものだから。その妨げになるとすれば――

「……やっと追いついたぜ、てめぇら……よくも虚仮にしてくれやがったな?」

「あら、虚仮にしたくてしたわけではありませんわ――《キリングベア》ガルシア・ロッシ。たかが素手で熊を格殺出来る程度で通り名を貰える弱者が」

 その瞬間、妨げ――ガルシア・ロッシ率いる《ルバーチェ》のメンバーたちは言い知れぬ恐怖を覚えた。目の前のガルシアからすら感じたことのない濃密な殺気。その両拳から滴る血と、全身に浴びているその返り血の異様さ――そして、それを浴びてなお嗤えるその女の異常さに。

 アルシェムは腰を軽く落とし、構えを取って名乗った――とうの昔に捨て去った名前を。

「わたくしは――元《身喰らう蛇》所属、執行者No.ⅩⅥ《銀の吹雪》シエル・アストレイ。止められるものなら、止めて見せなさい」

 誰も動けない、否――動けない。一歩動けば殺される。それも、先ほどまでの狗型魔獣と同じように頭を一撃で粉砕されて。それを否応なしに理解させるような濃密な殺気の中で動けるのは小心者か、もしくは――

「――誰も動くんじゃねえぞ。アレは俺が始末する」

 守るべきものがあり、そのためには死地すら厭わぬ者。守るべき部下のいるガルシア・ロッシその人のみ。アルシェムはただ口角を上げ、軽く地を蹴ってガルシアの懐に潜り込んだ。それを本能で感じ取ったガルシアはそれにしたがって後退しようとして、すぐ背後に部下がいることに気付いて敢えてその攻撃を受けることを選んだ。そうしなければ、部下が自分の体重とアルシェムの打撃で圧死すると分かっていたからだ。

 アルシェムも分かっていて打撃を放った。ガルシアが避けないと分かっていたからだ。

「――あんたは強いよ、ガルシア・ロッシ。だけど、守るべきものなんてのは弱くなるための枷でしかない」

「てめぇ……」

「安心して、骨は折ってない。せいぜい二、三日血反吐吐く羽目になるくらいだから」

 それは普通に重症じゃねえか、とガルシアは思いながら意識を失った。そして、それと同時に《ルバーチェ》の構成員達も。アルシェムがやったのではない。彼らの背後から近づいていた魔性の女(男性)――ヨシュアがやったのだ。ガルシアが死んでいないことを確認し、次いでロイド達の方を向く。

 そこでようやく殺気から解放されたロイド達は彼女(男)を見ることが出来た。

「あ、あの……?」

「……気付いてくれないっていうのも変装の意味では良いんだけど、僕としては気づいて貰った方がその、気まずくないというか何というか……」

「しかたないんじゃない? ヨシュアちゃん」

 そのアルシェムの言葉に、ヨシュアちゃん言うな! というヨシュアの叫びが叩きつけられたのは言うまでもない。




 エリィのドレス姿はあまりにも顔が売れすぎているので無期限延期となりました。ご了承ください。

 では、また。

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