雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧206話半ばまでのリメイクです。


丘を駆け抜け

 警察本部において『《グノーシス》による連続失踪事件』と名付けられた事件は、ヨアヒム・ギュンターの死亡により被疑者死亡のまま送検された。本部は記者会見において首謀者ヨアヒムは薬物中毒による中毒死と発表し、更にその薬物《グノーシス》による被害者は数百人に及ぶと発表して一般市民に混乱をもたらした。しかし、一般市民が病院へ行こうにもその専門家の医師が事件を起こしたため、診察が受けられない事態が発生。諸外国の病院にクロスベル自治州民が流れ込むかに思われた。

 しかし、それを想定していたマクダエル市長の要請によりレミフェリア公国から医師団が派遣され、市民たちの混乱はその医師団の診察及び治療を受けることによって抑えられた。この薬物による損害賠償や医療費などは全て聖ウルスラ医科大学より出されたが、正確な被害金額は未だにわかっていない。むしろそれを警察がそれを調査する過程で局長の不正まで明るみに出るという失態をも犯すことになる。

 むしろこの件において重要なのはクロスベル自治州内に巣食っていたマフィア《ルバーチェ》の瓦解であろう。本件に関して深くかかわっていたとされる会長マルコーニ、ガルシア・ロッシを筆頭とする構成員、そして多大に癒着していたハルトマン議長とクロスベル警備隊の司令すら失脚し、捕縛されたのだ。このうち、マルコーニとハルトマン元議長に関しては終身刑が言い渡され、構成員達に関しては余罪を上げつつそれぞれに見合った刑を言い渡される模様である。

 ハルトマンが失脚したことを受けて議会は満場一致でマクダエル市長を議長とすることを決定。市長の後任についての選挙が行われた。候補者には共和国系議員のキャンベル氏や帝国系議員などそうそうたる顔ぶれが並んだが、ここで一際異彩を放つ男が立候補した。それは――クロスベル国際銀行総裁のディーター・クロイスである。彼はその知名度と政治に対する姿勢で自治州民から選ばれ、見事市長となった。

 クロイス市長はそのまま革新的な政策を次々と打ち出し、その金融的センスからクロスベルの経済の混乱を比較的短期間で最低限に収めてみせる。一躍時の人となったクロイス市長と、彼が市長となったことによってIBC総裁となったマリアベル・クロイスによってクロスベル経済はますますの発展を諸外国に見せつけていくこととなった。

 それらすべてに貢献した特務支援課はと言えば――皆、処分と称して様々な処置が取られた。公の場での発表としては、惜しまれながらの解散である。より正確に言えば、クロスベルの情勢が変わったことによるそれぞれの事情の変化であろうか。とにかく一度、解散して清算しなければならないことがあったのだ。六人が六人共に。また、特務支援課として集まれるように。

 

 そう――特務支援課は、市民たちに惜しまれながらも一度解散したのだ。

 

 ❖

 

 まずはロイド・バニングス。彼は《太陽の神殿》内でのマルコーニからの証言により、兄ガイの死の真相について探るべく調書を見直したいと願った。故に彼はアレックス・ダドリーの手を借りて捜査一課へと異動し、その調書と実況見分、そして当時捜査した警察官たちに話を聞くことにした。ついでにロイドの能力を買った捜査一課のメンバーたちにこき使われる羽目になる。

「……あの、ダドリーさん?」

「何だバニングス。残念ながらまた事件だ。《ルバーチェ》を瓦解させたせいで色々と小物や大物が跋扈し始めているからな。働け」

「アッハイ」

 なお、たまに警察犬としてツァイトが同行し、犯人の捕縛に一役買っていたそうだ。ごくまれにキーアという名の少女と買い物に出たり遊んでやったりと子煩悩(?)さを見せていたため、一部では『パパ』や『ロリコン』呼ばわりされていたことを彼だけが知らない。もっとも、彼の面前で言おうものならばボケ殺されるか物凄く複雑な顔をされるだけなのだろうが。

「ロイド、皆とはいつ会えるの~?」

「大丈夫だ。そのうち会えるよ」

 それは短い期間ではあっても離別には変わりない。その寂しさを埋めるようにロイドはキーアを頻繁に抱きしめるようになっていたのだった。今現在支援課ビルと呼ばれた建物に住んでいるのはロイドのみ。キーアが依存したくなるのもまあ理解出来ないことはない。エリィは自宅へ、ティオはレマン自治州へ、ランディはほとんど帰ってこないのだから。

 

 ❖

 

 次に、エリィ・マクダエル。彼女は市長選への出馬を強く懇願されていたが、それを蹴ってマクダエル議長の臨時秘書となる。祖父を助けたいという気持ちもあるが、何よりもアーネスト・ライズについて調べるためだ。彼の犯した犯罪は赦されざるものであり、未だに逃亡を続ける彼の手掛かりがないか実家を含めて捜査している。もっとも、マクダエル議長は孫娘が自分の傍にいることにいたく感激してしばらく秘書を探そうとしなかったのだがこれは余談である。

「……エリィや、そこの資料を取ってくれんかね」

「はい、お祖父さま。ついでにお茶も入れておくわね」

「うむ」

 そこだけを見れば実にほのぼのとした光景なのだが、残念なことに彼らの手の速度は尋常でないスピードで動いていた。最早見えないレベルである。部外秘の資料も無論あるのだが、エリィならば外には洩らさないと確信したうえでやっているので問題はない。いつになく生き生きした様子に、マクダエル議長はやはり政治家がエリィの天職なのではと確信していたようだ。

「エリィ。私の秘書は楽しいかね?」

「ええ。でも……お祖父さま。私はまだ、やり残したことがあるから……」

「……そうか」

 残念だ、とはマクダエル議長は洩らさなかった。出来れば孫娘の進む道の邪魔をしたくはない。未来ある孫娘のために、今の自分が教えられることを全て教える。政治的なセンスはそもそも良いエリィのことだ。マクダエル議長の教えることなどすぐに呑みこんで見せるだろう。とにかく彼女の政治的センスを磨きあげることだけが、マクダエル議長に出来ることだった。

 

 ❖

 

 ランディ・オルランドは《グノーシス》漬けにされた警備隊の立て直しのために警備隊へと戻り、毎日腑抜けた警備隊員達を鍛え直す毎日を過ごしているそうだ。もっとも、立て直しに協力している理由は『腕を鈍らせないため』だというから恐れ入る。時折何かを考え込むような表情を見せては頭を押さえ、苛立つ表情を見せる彼に警備隊員たちは戦々恐々としているそうだ。

「オラてめぇら! ちんたらしてないでさっさと登って来い!」

「ひいぃ~……」

「お、鬼だぁ……」

 なお、手加減してやって欲しい、と頼める人材はどこにもいなかったそうな。ミレイユは操られていたために何も言えず、ノエルは司令が更迭になってソーニャがベルガード門勤務になり、副司令が決定するまでは事務に悩殺され、リオはその業務を手伝っていたからだ。ランディ鬼軍曹の特訓は彼らが鍛え直され、かつ二割増し程度の実力が着くまで続けられる予定だという。

「……まだまだ不甲斐ねぇな」

「お、おっしゃる通りでふ……」

「肯定したな? なら崖登りもう十本!」

「お、お助け~……」

 狂気の笑みを浮かべるランディに一同は戦慄しつつ、それでも真剣に訓練に取り組んだ。彼らの使命はクロスベルを守ることであるにも関わらず、彼ら自身がそれを破ってしまったことに対する贖罪として。もう二度と、自分達の失態でクロスベルを危険にさらしたりしたくないのだ。彼らは家族を愛し、クロスベルを愛する集団なのだから。

 

 ❖

 

 ティオ・プラトーはエプスタイン財団本部の判断により、一度本部へと引き上げさせられた。クロスベルの情勢が安定するまでは本人の希望があっても戻さない意向だ。一応彼女の保護責任を負っているのは財団本部であるため、安全確認が出来ない場所へは行かせられないのだ。もっとも、その内彼女に説得されてもう一度送り届けることになるのだが、それを知る者は今はいない。

「お、おいティオ……」

「何ですか、ヨナも協力するでしょう? ……クロスベルのネットワーク環境はヨナにとっても最高だったんでしょうし」

「ぐ、ぐぐぐ……」

 ティオとヨナはエプスタイン財団に籠っている間なにがしかをし続け、財団本部の技術者たちが気付いた時には結構なブツが出来上がっていた。それは緻密なプログラムとネットワークによる機械人形であり、クロスベルでなければ運用すらできないシロモノ。彼らはそれを見て実に複雑な顔をし、リスクとリターンを考える会議を連日続けることになったという。

「……これはZCFとの技術連携も……」

「いやいや、あのマッド博士と協力されたらどんな化学変化が起こるか……」

「ああ胃が痛い……胃薬を誰か開発したまえ今すぐにッ!」

 なお、彼らがそれを考える必要がなくなるのはティオ達をクロスベルに送り込んだ後だったという。もうどうにでもなーれとばかりに送り込んだクロスベルで、ティオ達の開発した『それ』は大いに活躍し、また遠い将来におけるまでクロスベルを守り続ける礎となるのだが、それを彼らが知るのは優に十年ほど後になってからであった。

 

 ❖

 

 レン・シエルと名乗る少女はクロスベルから離れ、義姉アルシェム・シエルと共にリベールへと向かったらしい。リベールへ向かったということ以外は誰にも分からず、知られることはなかった――彼女らは隠密行動をしていたからにして。彼女らが何をして、どう動いたのかは誰にも理解されることはない。理解される必要はないからだ。

「……だから駄目だと」

「良いでしょう? いずれレンはそうするつもりなんだし」

「駄目。いくらなんでもそれは……」

 同じ問答を何度も繰り返す彼女らは、しかし気付いてはいない。いずれその問答すら意味のないものになり、消滅させられる可能性が上がるということに。何故なら『アルシェム・シエルはそもそも存在しなかった存在』であり、『レン・ヘイワースはクロスベルを守るために戻ってきた』のだから。役割を果たせない駒に存在意義などないのだ。

「……そんなの、私が赦すわけがない」

「知ってるけどそんなことあんたには関係ないわ。今レンはアルと話してるのよ」

「関係あるよ。だって私は……っ、ごめんレン、もうちょっと待ってね」

 はたから聞けば全く理解の出来ない会話だろう。だが、二人の間では通じ合っていたし、この会話自体があったことすら周囲の記憶からは消える。ならば□□□がどれだけ干渉しようが問題はなかった。□□□が異常に気付くまで、あと数か月。その数か月という時間が『アルシェム・シエル』に残された時間であり、ある意味では『余命』と呼ぶべき時間だった。

 

 ❖

 

 また、エステル・ブライト及びヨシュア・ブライトはアルシェム達がリベールへと向かう前に帰国したようである。クロスベルは混乱期だが、いつまでも行為遊撃士を本人たちの意志に反してとどめ置くことは出来ないからだ。彼女らはリベールに戻り、様々な活躍をしているそうである。半ばやけくそのように見えるのも恐らくは気のせいなのだろう。

「楽勝、楽勝~♪」

「いやあの、エステル……その、その攻撃方法はもう本当にやめてあげてほしいというか精神的によくないというか……」

「大丈夫よ、ヨシュア。ちゃんと消毒してるから」

 いやそこじゃない。ヨシュアはそう突っ込みつつもエステルを止めることは出来なかった。もっとも、エステルに近づく男たちなどどうなってもヨシュアの知ったことではなかったが。いやむしろ潰れててくれても良い。エステルに近づく男はヨシュアが物理的に潰してやりたくなるが、それでもご本人から潰されるのとはわけが違うだろう。ヨシュアは心の中で念仏を唱えつつエステルの攻撃した男達を捕縛していくことになるのだった。

「……どうしよう父さん。エステルが最近鬼畜なんだ……」

「……まあ、確かに合理的ではあるが……その、何だ。ヨシュアも気を付けろよ?」

「肝に銘じとく……」

 もっとも、ヨシュアが肝に銘じようが何をしようがエステルの攻撃に容赦が消えたことは間違いなく、特に下種な男の犯罪者に対しては容赦なくナニを潰していくのだった。そのうち不名誉な二つ名も貰うことになってしまいそうだが、それはそれである。幸い、再起不能になったものはなかったようだ。とにかく今日もリベールは平和であった。

 

 ❖

 

 そして。リーシャ・マオは自室で自問自答に明け暮れる。彼女は既に『シエル・マオ』の真実の一端を知った。それが今『アルシェム・シエル』と呼ばれている少女であることも。《アルカンシェル》の新人女優として活躍する傍らで、汚泥に漬かって戻ってきた彼女に何と声を掛ければ良いのかわからなくて――そして、一度旅だったと聞いて安心していた。

「……でも、どうすれば……」

 どうすれば、もう一度あの頃に戻れるのか。どうすれば、また一緒にいられるのか。その自問自答を繰り返しながら、仮面の神父に憎しみを募らせていくことしか出来なかった。あの仮面の神父さえいなければ、彼の言いなりにさえならなくて良いのなら、もう一度ただの『リーシャ』と『エル』として会えるだろうかと。彼がアルシェムを縛っているから、あるいは元には戻れないのか。

「……あの男……いつか、殺します」

 仮面の神父の中身すら知らず、リーシャはその人物に対して殺意を募らせていく。だが、幸いなことにこの先彼女が仮面の神父を殺すなどという事態は起こらない。それに、『エル』と再会できることももう二度となかった。彼女がただの『リーシャ』になれることも、ない。何故ならば□□□がそれを望まないから。伝説の暗殺者《銀》は、いずれクロスベルを守るために必要となる人材だから。

 

 ❖

 

 とにかく特務支援課も、遊撃士たちも、クロスベルも――大きな転換点を迎えたことに変わりはなかった。誰もが変化を余儀なくされ、それぞれが未来へ向けて歩き出す。その風は丘を駆け抜けて――そして、いずれは。

 

 空に。大地に。この混迷の魔都に、災いを振りまくのだ。

 




 零は後閑話を挟んで終わりです。
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