雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧206話のリメイクです。

 ※追記
  9/29現在、Wi-Fi環境のない場所にいます。本作は全てパソコン打ちですので、環境が整い次第の更新となります。大変申し訳ないです。


φ章~遥かなる未来のために~
未来への布石・リベール


 七耀暦1204年5月――リベール王国にて。そこにいるはずのない人間が、そこにいるべき人間を連れてグランセル国際空港へと降り立った。前者の名はアルシェム・シエル。そして後者の名はレン・シエル――『レン・ヘイワース』にして『レン・ブライト』になるべきだった少女である。彼女らがここに来た目的は二つ。一つ目は星杯騎士『エル・ストレイ』としてリベール王国女王アリシアⅡ世およびカシウス・ブライトとの会談。二つ目は王室親衛隊特務分隊《比翼》の二人への指令を伝えることだった。

 それに何故レンが同行しているのか、アルシェム自身も理解はしていない。しかし、今動く以外に彼女に自由になる時間はない。故に無理矢理ついて来たレンを追い返すわけにもいかなかった。たとえ彼女がアルシェムの――『エル・ストレイ』の従騎士になりたいと望んでいても。それを叶えるしかなくなるのだとしても、アルシェムはレンを追い返せなかった。ただ自分の精神に安定が欲しいが為だけに。

 それでなくともアリシア女王はアルシェムの精神を削りに来ていたのだ。アリシア女王、というよりもクローディア王孫女が、というべきなのだろうが。彼女はこともあろうにアリシア女王にアルシェムの正体を露見させていたようなのだ。おかげで『エル・ストレイ』として会談を申し込んだはずが『どうぞいらしてくださいアルシェムさん』になっていたのはもう笑えない。

 それでも体裁だけは繕うべきだと神父服を着ていざ女王宮での会談に臨んでみれば、険しい顔のカシウスがいるではないか。頭を抱えて溜息を吐きたくなるのも致し方ない。しかも、流石にエステルやヨシュアは同席しなかったがクローディアもいればレンもちゃっかり隣に座っている。

「それで、何用ですか? アルシェムさん」

 そう問いかける女王にすら、警戒の色が見られるのだから最早投げ槍にもなりたくなるというモノである。だが、残念なことにアルシェムにはここで妥協するなどということは出来ない。否――正確に言うのならば『したくない』。何故なら、それはやがてアルシェムを蝕む毒となろうともアルシェム自身をその毒から救い出すための薬ともなり得るものだからだ。

 故にアルシェムは正直に答えた。

「わたしには後ろ盾が必要なんですよ。それもアルテリアの後ろ盾でもエレボニア、カルバード両国のでもない後ろ盾が」

「……どういうこと、ですか? それは、その……《銀の娘》という言葉に関係があるんですか?」

 やっぱり全員分の暗示解いてんじゃねえかあの《空気》野郎。アルシェムはその発言をしたクローディアに向けてそんな悪態をつきそうになったが抑える。今ここでアルシェムが得るべきなのは言葉通りリベール王国からの後ろ盾――もっと言ってしまえば信任だ。エレボニア帝国でも、カルバード共和国でもいけない。事情によりアルテリアなど論外である。

 アルシェムはその言葉に首肯して続けた。

「ええ。もっとも、その単語は比喩なんですが」

「その意味をお前は知った、ということか……」

「だからこそ、わたしはこうしてここにお願いに来てるんですよ。わたしには果たすべき使命とやらがあるらしいんで」

 それは一体何だ。そう、皆の目が問うていた。大人しく聞いているレンもそれは同じ。カシウスも、アリシア女王もそれが気になっているようだ。誰も用意された紅茶には手を付けることなくアルシェムを見ていて――だから、アルシェムは答えた。それ以外彼らを納得させる術がない。全ての虚飾を取り払って、そこに残るモノ。アルシェム・シエルという名の女の本質を告げることでしか。

 アルシェムは何の感慨も感じさせない声で告げた。

 

「わたしは《七の至宝》が一、かつてクロスベルに在った《虚ろなる神》の娘。本当の名は――アルシェム・シエル=デミウルゴス」

 

 その言葉に一同は息を呑んだ。その単語を聞いたことがないから、というわけではない。それが事実であることを否が応でも感じさせられたからだ。高貴な顔立ちをしているわけではない。ただ、その雰囲気が人間離れしていて――そもそもがニンゲンではないことに気付く。ニンゲンの形をとっていようが《至宝》は《至宝》。ニンゲンであるわけがないのだ。

 そしてその言葉には続きがあった。到底彼女の口から出たものとは思えぬ狂気に塗れた声が、二重に響く。

 

「だから私はクロスベルを治めなければならない。クロスベルの民を幸せにしなければならない。この身全てをクロスベルに捧げ、□□□のために誰もが笑っていられる世界を――ッ」

 

 そこまで言って、言葉が途切れた。熱に浮かされたような言葉を止めたのはほかならぬアルシェムの手に握られたフォークだ。それを右肩に突き刺して、へし折る。王宮の備品に何をしている、と言ってはいけないのである。ただ、今正気を失ってあることないことを全て暴露するわけにはいかないのだ。たとえそれがアルシェム自身に押し付けられた未来なのだとしても。

 痛いほどの沈黙。それをアルシェムは無理矢理に押し破る。

「……ほんっと、正直に言ってないわー……ここで邪魔すんな」

「あ、アルさん、血が……」

「気にしないで下さいクローディア殿下。この程度で正気が保てるのなら安いものですよ」

 皮肉げに笑ってそう返したアルシェムは、しかし顔色を隠しきることは出来なかった。それでも彼女は止まらない。止まることなど、自分に赦した覚えはないのだ。だからこそ言葉を紡ぎ、協力を取り付けたうえで□□□のくびきから逃げ出そうとしている。

「まあ、そういうわけです。リベールにとっても悪い話ではないはずですよ?」

 そのアルシェムの言葉に、女王は難しい顔をして答えた。

「アルシェムさん、貴女は――本当に、それで良いのですか? 半ば自分の意志でなく国を治めるのは苦痛しか生み出しません。その先はきっと茨の道です」

「クロスベルを治めるのはわたしの意志でもありますよ。何せ他に選択肢がありませんから。わたしの未来は、わたしが決める。クロスベルの生贄になる気はありません。生贄か、王か。その選択肢しか残されていないから、わたしは王になる道を選びます」

 アルシェムはそう宣言するが、どの世界のどの王にもその言葉は否定されるべきものだ。死にたくないから王になる。そんな消極的な選択で、民を想う王になれるわけがない。アルシェムが良き王になれないのはこの時点で確定している事項でもあるし、□□□にとっても彼女が良き王になるなどという選択は取らせてはならないものだ。□□□にとってアルシェムは死んでしまえば良い邪魔者になりかけているのだから。

 そこでカシウスが口を挟んだ。

「……アルシェム。本当に、お前には選択肢はないのか……? クロスベルから逃げるという選択肢も、お前を乗っ取って話していた人物を止めるという選択肢もあるはずじゃないのか?」

「ありません」

「そんなに思いつめるものじゃないぞ、アルシェム。選択肢なんてものはそこらじゅうにごろごろ――」

「ありませんよ」

 アルシェムはカシウスの言葉をバッサリと切って捨てた。そんなものなどありはしないし、存在すらアルシェムは赦す気はないのだ。それが自分の首を締めることに繋がろうとも、これ以上分岐する未来/過去などいらない。何のために生み出されたのかを察した今でさえその役目を全う出来ていないことを知っているのに、これ以上役目を全うするための存在など生み出されてたまるものかと。

 だからこそアルシェムは断言する。

「この先未来に分岐はありません。そんなこと、させやしない。これ以上やりなおされるなんて御免です。ソイツを止めることも出来ません。なら、わたしはソイツを凌駕するだけの力を得るしかない。そしてそのためには、ある程度向こうの思惑通りに進む必要がある。ソイツが幸せになれるように。ソイツが願う皆が笑っていられる世界のためにギリギリのところまで協力して――最後に裏切ってやる」

 その目に浮かぶのは憎悪。アルシェムから発されているその雰囲気には殺意が込められている。それでもなお発言には『殺害』という言葉を入れていない/入れられないあたり、まだくびきからは抜け出せてはいない。それでもアルシェムは宣言せずにはいられないのだ。ある意味一番信じてはいないことを、本当は一番に望んでいるのだと。

 

「皆が笑えない世界なんて必要ないっていうバカな考えを持っているソイツに教えてやる。あんたが何もしなくたって、いつか皆笑えるようになるんだって」

 

 その宣言に皆が唖然とした顔でアルシェムを見つめている。彼女がそんなことを言うだなんて誰も思っていなかったのだ。自分のことさえよければそれでいいと思っているに違いないと思っていた彼女のその意志に。そこに在るのは、確かに信頼だった。人間という種族への、絶対的な信頼。無論個々人を信頼しているわけではない。ただ彼女は人間の可能性を信じているだけだ。そんなことを思っているなどつゆほども思わなかった一同は絶句することしか出来ない。

そんな中アルシェムは言葉を続ける。

「クロスベルから逃げることなんてできっこない。□□□が鐘の交錯する地を『アルシェム・シエル』の終着点だと定めたから。□□□を止めることなんてできっこない。□□□はそんなことなんて望んでいないから。結局のところ目的は同じで、経緯が違うだけ」

 歌うように紡がれる言葉の一部は聞き取れない。それでも、確かにそれは『アルシェム・シエル=デミウルゴス』本人の言葉。今まで翻弄され、これからも翻弄されるであろう運命に対する呪詛。諦観の含まれたそれに、それでもアルシェムは逆らいたくて仕方がないのだ。ただ使い潰されるためだけの人生などごめんだから。誰かのためではなく、自分のために。

 

「なら――わたしが生きていて良い世界だって、在ったって良いはずじゃない」

 

 そこには本当はありはしないのに、という響きが含まれていた。アルシェムの言葉を半信半疑で聞く人物はもういない。彼女は数々の嘘をついてきたものの、そんな嘘をつける人物ではないからだ。だからこそ、アリシア女王もクローディアも、カシウスでさえ思案に耽る。どんな未来を引き寄せるのか、そのために必要なものを。アルシェムが皆を裏切ったようなものとはいえ、かつて共に在った者達として。

 クロスベルを一つの国にすることは確かに難しい。まずクロスベル自治州の宗主国を名乗る国が二つあることが問題だ。エレボニア帝国とカルバード共和国。その二国に挟まれ、議員たちの腐敗に侵され、クロスベルはいつ崩壊してもおかしくない。そこにどちらにも属さずに国家として成立できるだけの地盤は存在しないのだ。たとえ、かつてクロスベルを治めていたであろう《虚ろなる神》の娘であろうとも。

 それに、独立の気風が激しいかと問われるとそうでないことも挙げられる。どうせ帝国や共和国に嬲られてどちらかに吸収合併されるのだろうと皆が諦めているから、いざ独立しようと声を上げても賛成されるだけの土壌がない。そこにどれほど卑劣な罠を仕込もうとも、どうせ露見する話だ。猟兵団などを両国が雇ったとしてクロスベルを荒らさせようがどうしようもない。

 結局のところほとんどが手詰まりの状況に、カシウスはアルシェムに問うた。

「……それで、お前はどうやってクロスベルを独立国家にする気だ?」

「酷い独裁者に占領された国民は、もっとましな支配者を求めるようになる。……近いうちにクロスベル自治州内で独立運動が起きます。恐らくは西ゼムリア通商会議あたりでしょうか。全てがその通りに動くようにはしませんけど、確実にあの男は立つでしょう。その男から簒奪します」

「それは……それでは、クロスベルの民はどうなるんですか!?」

 愕然としたようにクローディアが叫んだ。聡明な彼女には分かったのだ。そこまで全てを放置して、悪政を廃すべくアルシェムが動くことを。それであればその男とやらと同じだ。治めるべき民を半ば見捨てている/馬鹿にしているようにしか思えない。いずれリベールの王位を継ぐ者として、その考え方は到底認められないものだったのだ。

 しかしアルシェムはこう返した。

「だからこそ、被害を最低限にすべく今動いているわけです。わたしが欲しいのは、完全なリベールの後ろ盾ではありません。ただの黙認。それだけで良い」

「……では、聞かせて下さいアルシェムさん。貴女がどうやってクロスベルの被害を最低限にするのか。そして――それが、どうリベールの益につながるのかを」

 アリシア女王の言葉に、アルシェムは彼女の瞳を見てこう返した。

「まず、特務支援課を再結成させます。これは早いうちに終わらせますし、市長もその意向だそうです」

 もっとも、そこにどんな意図が隠されているのかなどということはアルシェムには分からない。だが、特務支援課の再結成に関してはそれを望む人物がいて、その願いがかなえられるからこそ再結成されるのだとは分かっていた。だからこそ敢えてそれに逆らうことはしない。特務支援課の存在は、確かに裏社会に対して圧力をかけることが出来ていたからだ。

 しかしそれだけでは足りない。それが分かっているからこそアルシェムは言葉をつづけた。

「それと遊撃士及び特務支援課一同では足りない分の治安維持のために自警団を結成します。遊撃士協会に協力要請を行い、彼らと連携が取れるよう訓練させます。自警団のメンバーには心当たりがありますからそっちに当たります」

「心当たり、というと?」

「《レイヴン》のような存在がクロスベルにもあるんですよ。彼らをうまく使えば大幅な治安の向上につながります」

 カシウスが問うた言葉にアルシェムは端的に返した。心当たりというのは無論《テスタメンツ》と《サーベルバイパー》だ。特に《テスタメンツ》の方のリーダーには特務支援課に関わらせたくない。故に自警団を結成させ、かかわりは持たせつつも接触は最低限に済ませる予定だ。ワジ・ヘミスフィアをクロスベル中枢に関わらせるのは得策ではないのだから。

 更にアルシェムは言葉を続ける。

「また、西ゼムリア通商会議には出席予定でなかったアルテリア代表をぶち込みます。恐らく《星杯騎士団》総長から打診があるはずですので、カリン・アストレイ及びレオンハルト・アストレイをお借りします。その場でエレボニア、カルバード両国の心証及び影響力を削ぎます。《D∴G教団》の《拠点》のこともありますし、彼らに文句なんて言わせません」

「それは……《拠点》だけの話で収まりますか?」

「それは彼ら次第ですが、特にエレボニアの影響力を削ぐためになら《ハーメル》の話をぶち込むことにためらいはありません」

 その言葉に女王は思案を始めた。確かにエレボニア帝国とリベール王国内では《ハーメル》の一件について手打ちとなっている。お互いなかったことにしようということで手は打たれているが、被害者当人たちに対する補償に関しての取り決めは成されていない。そしてその被害者たちはカリン、レオンハルト、そしてヨシュアということになるだろう。

 確かに国際会議の場でその話を出せば心証は悪くなる。もっとも、それがリベールの益になるかどうかはまた別の話ではあるが。確かにエレボニアとの妙な緊張状態は解消される可能性がある。ただし、それだけだ。それだけでは首肯するに足りない。黙認すら怪しいレベルである。リベールは既に《異変》からの混乱から立ち直りつつあるため、そこまでエレボニアを刺激する必要はないとも思えるのだ。

 だが、アルシェムはまだ言葉をつづけた。

「その後恐らく調子に乗った男がクロスベルを襲撃させるために猟兵団を投入するでしょうから、それには遊撃士、特務支援課及び自警団で当たります。そして、クロスベルが独立すれば――エレボニアでは合併吸収された自治州の連中が一気に反旗を翻すでしょう。エレボニアの勢いをそぎ、どこの国へも目を向けさせない状態にすることは、リベールの益になるはずです」

「それは……」

 それだけか、とアリシア女王は思った。確かに今現在どこの国においても仮想敵国はエレボニアだろう。だからといってその国を弱体化させる程度で新しい国を黙認するという話には出来ない。アルシェムは王になるにはニンゲンとして浅すぎる、とも思った。だが、彼女にそれ以上の妙手をひねり出せないのも事実であり、アリシア女王が仮に妙手を思いついたとしてもそれを教えることは内政干渉になりかねない。本当に国が出来るのなら、だが。

 だからこそアリシア女王は条件を出した。

「それだけでは黙認も出来ません。リベールにとっての脅威は二つ――エレボニアと、《身喰らう蛇》。特に《身喰らう蛇》の方を壊滅させてください。そうすれば黙認しましょう」

 一見無理そうにも思える条件。だが、その条件を聞いたアルシェムはわずかに目を見開いただけで無理だとは言わなかった。何故なら――出来るから。盟主も、《使徒》も、《執行者》も。いずれにせよ殺すか寝返らせるつもりだったのだ。ならばこんなものは条件にもならない。それに、既に離反している人物たちも数多くいるのである。アルシェムにとって、それは難しいことでもなんでもない。

 だが、アルシェムはそれをおくびにも出さずに答えた。

「承りましょう」

 

 そして――遠くない未来に《女王宮会談》と呼ばれることになる会談はいくつかの条件と共に合意に至ったのだった。

 


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