雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 えー、大変長らくお待たせしました。2019年5月末までは確実に月三回投稿することをお約束します。

 旧209話~212話半ばまでのリメイクです。


未来への布石・増援

 女王との会談を終え、《比翼》の二人に任務を言い渡したアルシェムは一度単独でアルテリアへと向かっていた。単独で向かうということはレンを回収するためにグランセルまで戻らなければならなくなることを意味するが、アルシェムにとって譲れない一線だったためにレンは置いて行かれたのだ。何故なら、ここまで着いて来られたのだとしてもレンを従騎士にするつもりなどさらさらなかったのだから。

 そしてアルテリアで対面すべき人物とはただ一人、アルテリア法国の主にして教皇エリザベト・ウリエルである。《星杯騎士団》総長アイン・セルナートとも会う必要はあるが、それ以上に教皇と会う必要があった。何故なら、アルシェムには確かめなければならないことがあったからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 滅多に着ない《第四位》用の尼僧の法衣を纏ったアルシェムは、クロスベルであったこと全てをエリザベトに報告するために跪く。その体勢がとあるときと完全に同じ体勢であることを彼女は完全に意識しながら報告を行った。クロスベルに眠る《七の至宝》であり幻を司る《虚ろなる神》の回収についての報告を。そもそも《星杯騎士団》の主な目的は《七の至宝》をはじめとする《アーティファクト》の回収である。それについて報告することに何ら違和はない。

 アルシェムはエリザベトに対してクロスベルに眠る至宝についての情報を多少捻じ曲げて伝えた。《虚ろなる神》は既に滅び、その守り人にして付き人たる一家が《神》の復活を願って錬金術を駆使していたこと。そしてそれは成功していて、新たに《至宝》とも呼ぶべきものが現存していること。それを回収する/他者に奪われないようにするためにはクロスベルを国にする必要があることを。

 もっとも、情報を捻じ曲げたと言っても嘘を言ったわけではない。確かに《虚ろなる神》は滅び、錬金術を駆使して新たな《至宝》が生まれた。それを回収するためには国家を介在させなければならず、エレボニア帝国もカルバード共和国も共に所有権を主張するのは間違いない。故にクロスベルを国として立ち上げ、交渉をスムーズにした方が確実に回収できる。

 一応筋が通るからこそ――エリザベトに拒否の余地はないのである。

「では命じます。《第四位》《雪弾》エル・ストレイ。クロスベルを国と成し、その国主を貴女の息のかかったものになさい。手段も国主の人格も問いません」

「委細承知いたしました」

 そしてアルシェムにはその教皇の声だけで十分だった。彼女が――アルシェムの知る誰なのかを知るためには。声だけで分かる。気配もそれを肯定している。

 

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 それさえわかればもう《星杯騎士団》にも《七耀教会》にも用はない。どうせ《身喰らう蛇》と同位体であるならば滅ぼすだけの話だ。そうでなかったのだとしても、いつでも切り捨てられる。アルシェムにとって《星杯騎士団》の立場などもう必要ではない。今のアルシェムに――『アルシェム・シエル=デミウルゴス』に必要なのは、『クロスベルの幸せ』に必要なもののみだ。そこに自身の立場や意志など必要ない。

故にアルシェムは目的へ向けてまい進できる。全てはクロスベルのため。そして、自分自身が宿命から解放されるために。

 

 たとえアルシェムの目的がクロスベルに平和をもたらすことであり、アルテリアに利することでなかったのだとしても。もう彼らに邪魔することは出来ないのだ。それは教皇自身が保証してしまったのだから。

 

 教皇の命令は絶対。それを叶えるために、アルシェムにはどんな超法規的手段をとることも許される。西ゼムリア国際会議に誰をぶち込もうが、補助にケビン・グラハムを呼ばずにいようが問題はない。何故ならここですべての鍵を握っているのはアルシェムなのだから。ただ、□□□からの干渉でワジ・ヘミスフィアだけはクロスベルに滞在させる必要があるだけだ。

 故に報告に戻ってきているワジに話を通す必要がある。アルシェムは《星杯騎士団》本部内の《第九位》の部屋で多少の執務をしているワジを訪問した。

「失礼」

「どうしたんだい、ストレイ卿」

「ちょっと相談、というよりも協力してほしくて」

 その言葉にワジは片眉をあげて書類から顔をあげた。基本的に頻繁に連絡を取り合うわけでもない《第四位》からの協力要請など滅多に聞けない言葉だからだ。ワジからしてみれば忌憚なく話しやすい《第五位》や副長たる《第二位》、総長の《第一位》とは頻繁に連絡を取り合う。しかし何を考えているのかわからない《第四位》とはかかわったことこそあれ、ほとんど人員不足による補助が主たるものであった。そこに協力要請である。

彼女が来たこと自体が興味深くてワジはうっすらと笑みを浮かべて問うた。

「僕に何をしてほしいんだって?」

「目を逸らす役はリオにやらせるから、クロスベルの至宝を引きずり出す一環で治安維持を手伝って貰えればと」

「? よくわからないけど、説明して貰えるかな」

 基本的に相手を追い詰めて奥の手を出させるのが主流の《星杯騎士団》において、治安維持の手伝いなどという名目は聞いたことがない。故にワジはアルシェムにそう問うた。アルシェムはその問いに本音を包み隠して都合のいいところだけを彼に伝える。一度クロスベルを国にし、《至宝》回収をスムーズに行うための地盤を作るのだと。そのためには円満な国家形成が必要なのだと。

 だからこそ、とアルシェムはワジに告げる。

「だからこそ再結成予定だけど大規模には出来ない《特務支援課》や国家不干渉の《遊撃士協会》、一度失態を犯したクロスベル警備隊とも違う治安維持組織が必要なわけ」

「……そこそこ人数が必要ってわけだね。でも、何で僕にそれを頼むの?」

 そこにはそこはかとない拒絶の意志が込められていたが、アルシェムはそれを無視した。何故なら、本人の感情は抜きにしても□□□が望むからだ。ワジ・ヘミスフィアとヴァルド・ヴァレスを引き離してはならないのだと。敵対者を減らしたいというわけではなく、ただ人間としてのヴァルドを敵にしたくないというただそれだけのこと。

 それを明かさずにアルシェムはワジの疑問に答えた。

「その人員にするのが《テスタメンツ》と《サーベルバイパー》だってこと。案外相性もいいし、人数的にも丁度いいからね」

「それは……そうかもしれないけど」

「因みに拒否権はないからね。これはクロスベルを国にするために必要なことだから」

 そう言えばワジは逆らえない。どのような経緯をたどっていたのだとしても《空の女神》及び教皇に忠誠を誓った彼には。それが分かっていてアルシェムはそう口にした。ワジも断ることはしなかった。ただ、細かく話を詰めていくうちに気乗りしないという感情をありありとアルシェムに見せつけただけだ。もっとも、アルシェムはそんなことなど完全に無視していたが。

 

 気乗りしようがしまいが、□□□にとってワジ・ヘミスフィアはヴァルド・ヴァレスと共に在るべき人物なのだから。

 

 そうして、アルテリアでする必要のある全てのことを終わらせたアルシェムはリベールへと戻った。もうアルテリアにかかずらう必要はほぼない。介入もさせない。教皇からの命令を遂行するためだと言い張れば時間も稼げる。そのわずかな時間こそがアルシェムに赦された最後の時間。さあ、これからクロスベルに戻って本格的に根回しを始めよう。そう思った時だった。

 

「だから、絶対絶対ぜえったい行くんだからね、レンちゃん!」

 

 ここにあるはずのない声が響いたのは。その声はティオよりも幼く聞こえるが、本人はティオよりも年上。そしてレンよりもなお幼く聞こえるものの、やはりレンよりも年上の少女の声だ。雲一つない真夏の空のように青い瞳に絶対の意志を煌めかせ、母譲りの長い金髪を無造作に束ねて独特な赤い帽子の中に収納しているその少女の名は――

 

「ティータ、その……本当にご両親は反対しなかったのね?」

 

 心配そうにそう告げるレンによって明かされた。紛うことなくティータ・ラッセルだった。レンの言葉にマシンガンのように言葉を返す彼女の言葉を聞くに、どうやら彼女は今からクロスベルに赴くらしい。その護衛にと選ばれたであろう赤毛の青年が険しい顔でアルシェムを見ていた。どう見てもアガットである。この二人と共にクロスベルに帰るの? と遠い目をしてしまったのは致し方ないことだろう。

 だが、それ以上に驚かされたのは彼女の口から漏れ出る機密情報と思しき情報だった。

「わたしだって『ギア計画』に関わったんだもん! クロスベルの研究員さん達には負けたくないし……それにね、それにねっ!」

「エプスタイン財団からも招聘されているのは分かったから、ちょっと落ち着きなさいティータ」

 アルシェムの記憶が正しければ、『ギア計画』という名の計画は存在しない。だが、『ギア』とだけ聞けば何が作られるのかは想像がつく。『オーバルギア』とその後身たる『エイドロンギア』の『ギア』だろう。特にティータが関わっていたのだとすれば。遠い目になりかけて、もしかしてこれならとアルシェムは思いついてしまった。無論ティータの望まないだろう軍事利用ではあるが。

 それはさておき、遠い目をしているアガットをいつまでも放置するわけにもいかないだろうとアルシェムは声を掛けた。

「あー、アガット?」

「……お前か。概要は陛下から聞いた。そのうえで国として独立する前にアイツをリベールに帰してやれるようにしてくれ、と伝えてほしいと」

 その言葉を吐きだすときもまた、アガットは遠い目のままだった。どうやら相当疲労がたまっているらしい。肉体的ではなく、精神的な疲労だ。ティータの両親――ダン・ラッセルとエリカ・ラッセルを片鱗であっても知っているアルシェムは何となく事情を察した。全力で鍛えられたのだろう。忍耐力とか、何とか、そのあたりの精神的なものを。

 アガットの言葉は疲れ切っていたが、アルシェムにとって当然のことを言っていたので肯定を返す。

「勿論。流石にティータを巻き込むのは気が引けるっていうかなんというかその、何でこの時期にわざわざ……」

「言うな……何のために《剣帝》とオッサンと何回模擬戦やらされたと思ってる……」

 危険だから行くな、ではきかない性格のティータを守るため、アガットはラッセル家から鍛えさせられたようである。最初はダン・ラッセルが相手になり、彼が相手にならなくなってからはカシウスとレオンハルトの二人を相手取れるようになるまで自宅に戻して貰えなかったそうだ。おかげで強くはなれたのだろうが、精神的に疲れる出来事だったのはいうまでもない。

 アルシェムは目を逸らしながら小さくドンマイ、としか言えなかった。その技量をフルに利用しようとしているアルシェムが何かを言う権利はなかったのである。これからクロスベルは荒れる。それはアルシェムのせいでもあるし、□□□のせいもある。それに自分から飛び込んでくる戦力を利用しない手はないのだ。外道な考え方しか出来なくなってきている自分に吐き気を催しながらアルシェムは国際線の飛空艇へと乗り込んだ。

 飛空艇の中は比較的平穏だった。レンとティータが旧交を温め、アガットが温かい目でそれを見守っているだけだったという意味では。そんな中でアルシェムは一人思案する。ティータ・ラッセルは『クロスベル国民にはなりえない』が、『賓客として無事に返す必要がある』人材だ。アガット・クロスナーもほぼ同様である。彼の場合は遊撃士であるからにして多少負傷していたところで問題はない。

 ティータを無事にクロスベルから脱出させるために必要なもの。それは恐らくどんな状況でも逃げ出せるような地盤を作ることだ。地形の把握はカシウスの格言を律儀に守っているアガットがやってくれる。ならば、彼が入り込みようがない場所かつティータが深くかかわる場所の地形は教えておくべきだろう。特にエプスタイン財団が入っているビル――IBCの内部構造だ。

 確かこんな感じだった、と思い出しつつ引いた図面を、アガットに近づいてアルシェムは差し出した。

「……はいこれ、IBCの内部構造」

 その紙きれを見たアガットは、一瞬不思議そうな顔をしたが階層や内部構造を見て大体どこなのかを見て取ったようだ。真剣な顔で図面を読み取り、脱出口になりそうな場所を頭に叩きこんでいく。たとえ一リジュであっても妥協も間違いも赦されない。何故ならアガットはティータという一人の少女の命を預かっている身なのだから。

 全てを頭に叩き込んだアガットは、アルシェムに問うた。

「何で敢えて今渡す?」

「いつ関われなくなるか分からないし、いつでも逃げられるようにしておいた方が安心でしょ?」

 そのアルシェムの言葉に、アガットは険しい顔になって改めて図面を受け取った。つまりはいつ情勢が悪化するのかすらわからない状況であるということだ。遊撃士として、また一人の少女を託された男としてこの紙切れを受け取らないわけにはいかなかった。なによりも妹のようなティータを守り抜くために必要なものであると直感で分かっていたから。

 そのうえで、アガットはアルシェムに告げた。

「……あまり無茶はするなよ?」

「保証はしない」

「ティータが泣くからな」

 アガットが大真面目に言った言葉にアルシェムは思わず吹き出した。大真面目に言ってはいるがどこからどう見てもロリコンだった。この発言のせいでアガットはしばらくアルシェムにからかわれっぱなしだったことをここに明言しておく。

 クロスベル空港に着き、一度アガットとティータと別れたアルシェム達は一旦支援課ビルに戻った。特務支援課は解散しているとはいえ、一応籍を置いていることは間違いないからだ。他に住むところがないからでもあるが、それでも荷物を置きっぱなしにしているのはもう一度特務支援化が結成されることを知っているからに他ならない。

 リビングに降りて勝手に紅茶を淹れて呑んでいると、セルゲイが現れた。どうやら気配を察知したらしい。

「何だ、帰ってきてたのか」

「他に行くところもありませんしね」

「あら、何ならホテルでも良かったのよ?」

 レンはそういうが、アルシェムはまだ特務支援課から離れるつもりはなかった。いずれ強制的に引き離されることになるのだとしても。そして、ここ以外に行く場所がないことを知っているセルゲイもそれを良しとしていた。勝手に行方をくらませた上に再び《身喰らう蛇》入りしていたなどという事態はセルゲイにとっても避けたい事態だったのである。

 もっとも、セルゲイがアルシェムに接触してきたのはそれだけが理由ではなかったようだ。

「……警察本部に依頼が届いてな。特務支援課あてだったんだが、今は解散しているだろう?」

「一番フリーなわたしが受けろってことですか?」

「そういうことだ。内容的にはお前が適任だからな。……待機人員としてレンは置いて行け」

 えー、と頬を膨らませるレンを宥めたアルシェムは依頼主の名前を聞いて口角をわずかにあげ、支援課ビルから出た。行先は旧市街、《イグニス》――《サーベルバイパー》の本拠地にて、ワジ・ヘミスフィアが待っているそうだ。どうやらワジはアルテリアから直接クロスベル入りしたようで、アルシェムよりも数時間は早く帰着していたようだ。

 そして辿り着いた《イグニス》で待ち受けていたのは。

 

「――冗談キツイんだけどおいこらてめえら」

 

 思わずアルシェムが口調を壊してしまう程度の悪ふざけだった。一斉にスリングショットから投擲される石。ぎらぎらと目を光らせて釘バットが左右と正面から襲い来る。頭上からはひときわ大きな釘バット。そして足元には体勢を崩そうと伸ばされた足。そう。それらすべては、《サーベルバイパー》と《テスタメンツ》の総攻撃だった。

 無論、その程度で倒されるアルシェムではない。そのすべてを避け、一番手近にあった釘バットを奪いとって活路を開く。

「チッ」

「舌打ちしたいのはこっちだっつーの! いきなり何してくれんのてめえら」

「いやあ、君なら全部避けてくれると思ってね。どうだい、ヴァルド? これが特務支援課だよ」

 一括りにしてくれるな、とアルシェムは思ったが、早速ワジが動いてくれたので不敵に笑ってみせる。それでヴァルドは怯んだ。ワジに何を吹き込まれたのかは分からないが、どうやら大袈裟に実力を吹聴されてしまったらしい。

 納得がいかないのか、ヴァルドがもう一度攻撃を仕掛けて来て、その場は混戦に陥った。

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