雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 タイトル通り。


閑話・『歴史』の影で蠢くモノ2

 その日、クロスベル警備隊の新しい副司令――ソーニャが司令に昇格したためだ――のダグラスは、唐突に背後を振り向いた。誰もいないはずのその場所に気配を感じたからだ。警備隊としてこの場所まで侵入者を赦すというのはあってはならないことであり、つい先日も失態を犯したばかりの組織としては痛恨のミスどころの話ではないからだ。

 微妙な緊張感を保ったまま、ダグラス副司令はその気配の主を見据えた。

「……どちら様だ?」

「存外早い。流石は副司令に昇格しただけはあるな?」

「抜かせ。……神父が、何の用だ?」

 そこにいたのは長い銀髪の神父だった。顔の下半分しか見えていないその人物は、男とも女ともつかない容貌をしている。ダグラスはその服装からその人物が男であると認識した。この状況で好き好んで男装する女もいないだろうとも思えたからだ。もっとも、その中身は本当に男であるとは言わないのだが。服装もフェイクならば、長い銀髪もフェイクだった。

 『彼』はダグラスの問いに答える。

「何の用か、か……これからのクロスベルでお前達が使い物になるかどうかを見に来た」

「随分と上から言うんだな。何様のつもりだ不審者」

 吐き捨てるように言うダグラス。正直に言ってダグラスはそんなバカげた発言をする『彼』を信じる気にはなれなかった。一体『彼』に何の権限があってそんなことを言うのか。もし仮にその権限があったとして、何故今まで出てくることなく過ごして来たのか。胡散臭すぎる『彼』の全てを、今のところダグラスは信じることができなかった。

その数多湧き出てくる疑問に、『彼』は答えた。

「クロスベル――かつて鐘の交錯する地と呼ばれたこの地を治めた者の末裔だ。もっとも、それを知ったのはつい最近のことだがね」

「……その証拠は? 言っておくが、いきなり思い出したとかいう不思議ちゃんな答えは求めちゃいねえからな?」

 胡散臭そうなものを見る目でそう問うたダグラスは、思ったよりも頭を疑いたくなるような答えを返される。

 

「神狼――かつてクロスベルを見守りし聖獣と、この間ウン年ぶりに目撃された古代竜――リベールの聖獣にそのことを証明されてしまったからな」

 

 思わずダグラスはその言葉を反芻し、釈然としない様子の神父を見て一瞬だけだが『本当かも知れない』と思った。その様子から、『彼』が本当はそれを望んではいないことが分かる。それでも覚悟を決める必要があるほど追いつめられる情勢にあるのだと。確かにソーニャからは怪しい猟兵らしき人物たちの通行が報告されているが、今それが一気に現実味を帯びる。

 半信半疑のままにダグラスは問うた。

「で? あんた基準で俺達は使い物になるのか?」

「今のままでは蹂躙されて終わるだろうな。それも――内側から、な」

 その男の言葉に、ダグラスは目を細めた。意味が分からない、などということはない。何故なら彼も感じていたからだ。最近になって、隊員たちの質がある意味で変わったと。悪い方向に変わったとか、良い方向に変わったとかそういう単純なことではない。ただ、最近増えたのだ。『このままじゃ駄目だ』と口走る隊員たちが。その意味を、ダグラスは過日の《グノーシス》を盛られてしまったことに対する自戒だと思っていた。しかし、『彼』が思っているだろうことは恐らく違うのだろう。

 それはある種の危機感。ダグラスも多少は抱いていた、焦燥感。『このままじゃ駄目だ』というのはダグラスも思っていたことだ。しかし、それ以外にも隊員たちの口走る言葉で別の危機を漠然と覚えていたのも確かだ。『今のクロスベルのままじゃ駄目だ』、というのは本当に洒落にならないのである。それに同意してしまう隊員たちが多くなってきた今は。

 故に、その思想を植え付けたかもしれない人物としてダグラスは『彼』に問う。

「なら、あんたはどうなって欲しいんだ?」

「どう、か……それを表現するのは難しいが、そうだな。たとえ話をしよう」

 そう言って、『彼』は語り始めた。その内容を聞いたダグラスは――その条件を呑んだ。ダグラスとてクロスベルの民である。クロスベルを本当の意味で守るために役立てる力があるというのなら、彼らは喜んで立ち上がるだろう。

 

 そしてまた一つ、勢力図が塗り替わった。

 

 ❖

 

 いずれこの先の未来で起こるだろうことだ。今は《黒月》に加えて《赤い星座》が入り込んできていることは知っているな? ……チッ、『猟兵』ということしか掴んでいないだと? ソーニャ・ベルツには既に話を通してあるはずなのだがな。話の根拠は明かさないことにしたわけか……まあ良い、続けるぞ。その《赤い星座》が誰に雇われているのかが問題なのだ。

 候補としては《鉄血宰相》ドノ、このクロスベルを強引にでも国にしたいと願う馬鹿、あとはどこかの秘密結社だな。……三つも、ではない。むしろ三つに絞れていることを感謝した方が良い。因みにどのパターンでも面倒なことになるのは目に見えているからな。それに対処できるようになってもらうために練度を上げてほしいのだが?

 話を戻すぞ。一つ目は言わずもがなだ。《鉄血宰相》ドノがとうとうクロスベル併合に動き始める可能性があることだな。今の奴はかなり危険人物でな……知っての通り強引な手段で自治州を次々に併呑していっている。ジュライ市国など酷いものだぞ? それはそれとして、だ。奴が《赤い星座》を使ってやらかすとすれば自身の暗殺未遂か、その実行犯を捕まえるのに使うだろうな。丁度西ゼムリア通商会議もあることだ。可能性はあるだろう。

 二つ目は更に面倒だぞ。何せ、クロスベルのためにクロスベルの民を害してでも独立を成立させようとするだろうからな。こういう場合には大体的なデモンストレーションがあるだろう。たとえば、ヘンリー・マクダエル議長を《赤い星座》に襲撃させ、それをお前達に守らせる、とかな? もっとなりふり構わないのならばクロスベル自治州内のどこかを襲撃するなどということも考えられるな。

 三つ目ならばむしろ面倒ではなくなるな。潰すだけで事足りるのだから。……何? その秘密結社を知っているのか、だと? ああ、少々縁があってな……あまり表には出てきてはいないが、《身喰らう蛇》などという秘密結社があるのだよ。奴らは独自の部隊を持っているのだが、わたしはその中の幹部を寝返らせてみたり殺してみたりしていてな。物騒だとか言うな。寝返らせている可能性の方が今のところ高いぞ。その実力もしくは秘められた原石を見るために雇うという可能性があるわけだ。

 聞いていて恐ろしくなったろう? これに対処するためには警備隊以上の練度が必要だ。しかし、それが今は軍隊だと悟られてはならないのだよ。帝国と共和国の横やりなぞ望まないだろう? 故にしかるべき時まで雌伏し、時が来た時に活躍してほしいと思っているのだ。真にクロスベルを守るために、誰かの陰謀をくじかねばならんのだ。そのための、力となって欲しい。

 その力を安易に振るうことを、わたしはよしとはしたくない。誰かの陰謀をくじくために、クロスベルの民が傷つくことをよしとはしたくないのだ。だが、恐らくこの先お前たちの力を借りねばならん時が来る。その時に、わたしを信じて戦ってくれる人たちがいることほど心強いものはないのだ。それは政治の面であったり、武力の面であったり、様々な局面で援護となってくれるだろう。

 わたしの力はあまりに矮小だ。出来ることはと言えばこの身を張ることくらいしかない。だが、それも使いようだと思うのだ。ただの武力としてこの身を張るだけではあまりにももったいないだろう? わたしはわたしとして出来ることを精いっぱいやらなければならないのだ。それだけのことを、しなければならないと自身に誓ったのだ。

 

 だからこそわたしが、一番危ない役を引き受けよう。かつて歴史に残らないほど古い時代にクロスベルを治めた一族の末裔が。

 

 かつてこの地を治めた者は、少々特殊な能力を持っていた。その力を以て、皆の願いを叶えるという能力をな。もっとも、代替わりを経てわたしに至った時にはその能力は消え去ってしまっているがね。だが、だからと言って見て見ぬふりは出来ない。わたしの祖先がかつてクロスベルの民に夢を見せたのならば、わたしはそれを叶える義務がある。

 これを自分勝手だという者もいるだろう。だが、自分勝手でもなんでもいい。動かなければ何も変わらないのだ。クロスベルの民を守るために生まれてきたわたしが、それ以外のことをしていて良いはずがない。クロスベルの民は、わたしの民だ。かつて祖先がそうしたように。わたしもクロスベルの民を守ろう。そんな義務も権利もないのは分かっている。だが、他に相応しい者がいるのか? 旗頭になれそうで、最後に犠牲にしても惜しくないものなど。

 ……かくいうわたしも現状をよしとはしていない。だが。だが、だ。この先急激な変革を望むものがいると察知してしまったからこそ――奴らがクロスベルの民に犠牲を出しながらも成し遂げてしまうかもしれないからこそ――その変化を、拒もう。その犠牲を最小限となるようあらゆる手を尽くそう。必要なのだったらこの身を差し出しても構わない。

 

わたしはクロスベルのために生きると決めたのだ。それ以外に生きる道はないと、決めたのだ。

 

 だから、お願いだ。どうかわたしの力となって欲しい。祖先とは違ってさしたる能力のないこの矮小なわたしの手となり、足となり、脳となり、目となり、心臓となって欲しい。十全にクロスベルの民たちを守れるように。わたしが全てを守れるとはうぬぼれない。ただ、誰が欠けてしまったとしてもそれは理想のクロスベルではない。だからこそわたしは、クロスベルの民を、皆を守るために全てを捧げると誓おう。

 これは傲慢なのかもしれない。ただのお節介なのかもしれない。だが、わたし以外の誰が言った? クロスベルの民を、守ると。蔑ろになどせずにきちんと守ると。宗主国たる帝国が言ったか? 宗主国たる共和国が言ったか? いいや言わない。言うはずがないのだ。彼らにとってクロスベルとは『このままで在ってくれれば都合の良い場所』なのだから。

 だからこそ、わたしが守ろう。クロスベルのために、誰も犠牲にしなくても良いように。帝国や共和国の奴らに都合の良いように使われないように、わたしが守ろう。わたし以外の犠牲など認めない。誰かが傷つくことなど赦さない。クロスベルの民を、街を、全てを穢そうとする者がクロスベルの主になろうなどというのならば。わたしはそれに全力で抗おう。

 

それがわたしの――『□□□□□・□□□□=デミウルゴス』の、誓いだ。

 

 ❖

 

 その日、クロスベル警察の内部で。一息ついていた一課のエマ警部はコーヒーに人影が写っているのを見た。その人物は顔面に仮面を張り付けており、どことなく見覚えのあるような輪郭をしている。しかし、髪型がそれを否定した。知っているはずのその人物ならば、もっと髪は短いはずだからだ。故にエマはその人物ではないものだと判断した。

 コーヒー越しにその人物を睨みつけながらエマは問う。

「……誰かしら?」

「ほう、一課の刑事の割には遅いな」

「答えになっていないわ。私は誰、と問うたのよ。名を答えるのが常識というものでしょう」

 冷たくそう返答したエマに、『彼』はその名を端的に告げる。いずれ近い将来に『彼』の真の名前となる名前――『□□□□□・□□□□=デミウルゴス』と。だがそれは所詮ただの名前であって、どこかで何かをやらかしたわけではないためエマにはそれが誰なのか分からなかった。正体が分からないのでは誰何しても何の意味もない。

 故にエマは険しい顔で『彼』に向き直った。

「……何が目的でここに? 一応不法侵入に当たるのだけど」

「残念だが、わたしはここにいる資格を有しているよ。今日はあなたに話があって来た」

 聞く価値もない、と断ずる前に。『彼』は語り始め――そしてエマはそれに呑まれた。それを信ぴょう性のない話だとは言えなかった。たくさんの予兆と、これから起きうる事柄に対する推測。それらは全て、エマの危惧するところであったからだ。今のクロスベルが健全だとは言えない。そして、このまま突き進んだのだとしてもやはり健全だと言えないのは分かりきったことだ。

 だからこそ、エマはこう返答するのである。

「……何か、私に出来ることは?」

「簡単なことさ。何があっても、クロスベルにとって危険だと思う人物には従うな。それだけだよ」

 それ以外の何も期待していない、と言っているように聞こえてエマは苛立つ。しかし、それも当然のことだ。今までは全て上の指示通りに唯々諾々と従わなければ生きて来られなかった。不正を見逃し、冤罪を生み出してまでエマ達一課が突っ走ってきたのは、それがクロスベルのためになると信じていたからだ。二課とは違い、犯人の代役が立てられることなどざらにある一課では上層部に不信を抱く者が多い。ただ、それを表に出すことが出来ないだけだ。

 『彼』はそれをこそしろと言っているのだ。上に逆らい、確固たる意志でクロスベルのためになることを見定めろと。誰にも自分達クロスベル市民が進む先を決めさせてはならないと。自分達クロスベル市民の道を決めて良いのは、クロスベル市民だけなのだと。今までになかった選択肢だろうが関係ない。ないのならば掴み取れば良い。そう言っているのだ。

 それを呑まないなどということが、エマに出来るだろうか。身の安全の保証をされたうえで、理不尽を敷いてくる全てに逆らわないなどという選択肢はないのだ。今までに呑まされた苦汁を、叩き返さなくて何が警察官だ。今までに逃がしてしまった悪党どもを、きちんと捕えられるような機会を。間違ったことを、間違っていると言えるだけの未来を、掴み取らなくてなんとする。

 故にエマは答えた。

「勿論。そんな当然のことが出来なくて、何が警察官よ」

「……良い意気だ。くれぐれも間違えてくれるなよ?」

「誰が間違えるものですか。こんな機会、もう二度と巡って来ないかもしれないのに」

 不敵に笑ったエマの前から、『彼』が姿を消す。しかし、エマはそれを止めることはしなかった。

 

 そして、盤面は蒼銀に染まっていく。

 

 ❖

 

 □□□は気付かない。気付けない。最初は真碧に染まっていたはずの盤面が、いつの間にか蒼銀に包まれてきていることに。いつも揺蕩い、血の色に盤面を染めようとする者達から守ってきた蒼銀が、その役目を変えていることに彼女は気づけない。何故なら、いつまでたっても『アルシェム・シエル=デミウルゴス』は□□□の駒であると思い込んでいるからだ。そこに、『□□□□□・□□□□=デミウルゴス』が同居していることなど知る由もない。

 □□□はこのまま『アルシェム・シエル=デミウルゴス』を使い潰すつもりでいた。最早ロイド・バニングスたちに彼女は必要なく、後は排除するだけでいいはずだった。棄てる予定のモノに気遣うことなどない。どうせ棄てるものに感情を振り分けることも、処理能力を振り分けるのももったいないからだ。そんなことに処理を割くくらいならば、もっと別のことに使う。

 それで、ロイド達が幸せになれる可能性が高まるのなら。□□□は喜んでそちらに意識を振り分けよう。愛想を振りまき、癒し、安定剤として在り続けよう。彼女の心が少しずつ死んでいき、周囲に不安をまき散らすのと対照的に。使い終わった人形は盛大に処分すべきだろう。恨まれるかもしれないが、たかが人形にそんなことを考えるようなことは赦されているはずがないのだから。

 ロイド達を救おう。どの世界に存在するロイド達をも。彼女の存在を使うことで、皆を救おう。皆が幸せになってくれればそれでいいのだ。その結果、何を犠牲にしようとも構わない。皆には含まれない誰かが不幸になろうとも関係ない。むしろそれで皆が幸せになるのなら、喜んで皆には含まれない誰かに不幸を振りまこう。誰かが不幸になろうがどうでも良い。最終的にロイド達が幸せならばそれで良いのだ。

 

 それこそが、□□□の望み。

 

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