雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
ロイドからの連絡で向かった先は、西クロスベル街道を抜け、更にノックス大森林を抜けた先にある警察学校だった。そこで何かしらの講習を受けることになるらしい。アルシェムは何となくその講習の中身を推測出来ていたが、それが確実なモノかどうかはまた別の話だ。故にアルシェムは警察学校へ辿り着いた時に感じた気配からその推測が当たっていることを知ってげんなりするしかなかった。
講習の講師にはセルゲイが招かれており、何とも不思議な感じで講習を終えたロイド達の目の前に現れるのが――
「……えっ、これ、本当に特務支援課に支給されるんですか!?」
ノエルの驚喜の声によってその存在が実在するものであると理解したモノだった。それには四輪のタイヤがついており、ZCF――ツァイス中央工房のマークがあしらわれている。そしてなぜか幼女が乗っている。その事実にロイド達は困惑することしか出来ない。これが特務支援課に支給されるとして、何故そこに幼女が乗っているのか。そればかりはロイド達には理解出来なかったのである。
流石に幼女が支給されるわけではないだろう。まさかあの幼女が人形なわけがない。そう思うものの、生きて動いていると実感してもまだ警察学校内に幼女が立ち入れるわけがないという偏見の元に見てしまえば、見た目の年齢と中身の年齢が一致していないのかもしれないなどというあさっての方向の推測が成り立ってしまうのも無理はないのかもしれない。
ただ、無論のことながら、アルシェムは彼女が誰であるのか知っているので声をかけられる。
「ねー、ティータ。これ、アルバート博士の手とかエリカ博士の手とか入ってないよね?」
「あ、アルシェムさん! お久し振りです! えっと、勿論入ってますよ?」
まさかの満面の笑顔での宣言に、アルシェムは崩れ落ちた。どんな機能が内蔵されているのかを知るだけで怖くなってきたのだ。アルバート・ラッセル及びエリカ・ラッセルが競うように手を加えてトンデモ機能が付け加えられていることは最早明白なのだから。いきなり天井が開いてミサイルが発射されてもアルシェムは驚かない自信がある。
天を仰ぎ、大袈裟にアルシェムはうめいた。
「じーざす。何のドッキリビックリ機能がついててもわたし、驚かないことにする……」
「え、えっと、アル……? その、彼女は?」
ロイドが躊躇いがちに問うてくるのでアルシェムは答えた。
「ティータ・ラッセル。次世代の天才博士になるだろう子だよ」
そのアルシェムの返答にロイドは瞠目した。たったそれだけの答えであるのに、ロイドには彼女が誰の関係者なのか分かったからだ。かの有名な導力革命の父アルバート・ラッセルの縁者。それも、こうしてここにいるということはそれなりに立場を認められている少女であるということだ。どう見てもティオと同じような年齢であるにもかかわらず、ティータは恐らく『博士』と呼ばれても差し支えないような腕を持っているのだろうから。
瞠目したロイドに代わり、エリィがアルシェムに問う。
「え、ラッセルって……もしかして、あの?」
「そのラッセルで間違ってないよ。でも、それだけでティータを測らないで欲しいな。ティータにはティータにしか出来ないことがたくさんあるんだから。概要しか知らないけど、エプスタイン財団の計画の一部の中核にいたらしいよ?」
「あ、アルシェムさぁん……その、そこまで私は凄い人じゃないですよ? 『ギア計画』は途中で盗まれちゃったから途中で終わっちゃいましたし……もうちょっとでレンちゃんに勝てると思ったんだけどなぁ」
最後のつぶやきをしっかり聞き取ってしまったアルシェムは遠い目をするしかなかった。まさか《パテル=マテル》との戦闘における勝率が電子上での概算で半分近くまで行くようなロボットを作り上げるとは思いもしなかったのである。ティータがそれを作ると決めたのならばアルシェムは止める気もないし、むしろ利用する気満々であるので別に構いはしないのだが。
なお、アルシェムはこっそりと情報を盗み出していて『ギア計画』の概要を知っているので人間が乗り込んで戦う形式の機械式甲冑であることを知っているが、もし知らなければ《パテル=マテル》及びゴルディアス級の機械人形を本気で創り出したのかと戦慄しただろう。もっとも、機械式甲冑であったのだとしても《パテル=マテル》と互角以下であろうが渡り合える機体が出来上がっていたので、さまざまな意味で驚異の技術力を持っているのだろうが。
すると、そこに憮然とした表情のレンが口を挟んだ。どうやら今までティータがいることに気付いて隠れていたらしい。
「あら、レンの《パテル=マテル》に勝てるかもしれない程の機械人形だなんて……ティータの癖に生意気よ?」
レンを見たティータはぱっと花開いたように微笑んだ。つい最近会ったばかりとはいえ、こうして日の光の当たる場所でもう一度語り合えるという事実が嬉しかったのだ。リベールの空港でも話したわけだが、あそこは一応人払いがされていてティータが要人扱いだったために会話の内容も聞いて聞かぬふりをしてくれただけだ。今のように普通に話せたわけではなかった。
故にテンションの上がったティータはレンに歓喜の声をかける。
「レンちゃん! で、でもでも連射速度は私の方が早いんだよ?」
「速度だけ高くても駄目よ、ティータ。威力がなくちゃ《パテル=マテル》が揺るぐなんてことは絶対にないんだから」
そこから始まる熱い議論。どう考えてもその年齢の少女達がする内容の会話ではないのだが、二人は周囲の唖然とした表情に気付くことなく会話を続ける。その会話の内容だけで、ロイド達は彼女らがある意味手の届かない領域の知識を身に着けていることが分かった。さまざまな専門用語か飛び交うその会話に口を挟めそうなアルシェムの方を見てみるが、彼女は遠い目でそこにあった導力車を物色していた。
関わる気はないらしい、と見て取ったロイドは取り敢えずアルシェムに現実を認識させるべく声をかける。
「アル? 結局この状況はどういうことなのか分かるか?」
「分かりたくないけどね。多分これ、ZCFから寄贈されちゃったんだよ……特務支援課あてに」
溜息を吐いてそう応えたアルシェムに、彼女の言葉に過剰反応したノエルが声を上げた。
「えっ、ラインフォルトでもヴェルヌでもなくまさかのZCFですかっ!? そ、そんなレアもの、本当に乗り回しちゃって良いのかな……」
乗り回す気は満々らしい、とアルシェムは現実逃避を再開するが、残念ながらティータとレンの議論は既に終わってしまったようだ。どちらも満足げな表情をしているあたり、議論が終わったというよりは何か別のことが始まってしまったような気もするのだが、それはそれ。レンとの議論が終わったティータはようやくこの導力車について説明しなければならないことを思い出したようだ。
ロイド達を呼び集め、ティータは説明を始めた。
「では、説明を始めますね。まず、この導力車のスペックです。最高速度は時速1800セルジュ。クロスベルでの法定速度は基本的に時速600セルジュなので速度を出すときは気を付けてください。どうしても急いでいるときはハンドルの横のボタンを押してくださればパトロールカーランプが天井に出てくるようになってます」
「……うん、ジークと同じ速さだよねそれ。ねえ、ティータ、何考えてんの? 最高速度が法定速度の三倍くらいない? それ、ねえ」
「ブレーキとアクセルはかなり効きやすくなってるので本当に気を付けてくださいね?」
ティータは笑顔でアルシェムの言葉をスルーした。言いたいことは確かに分かるのだが、スペックを決めたのは残念ながらティータではないのだ。アルバート博士が主体となって開発し、エリカ博士が要所要所に魔改造を施したこの導力車の本来のスペックは、実は今説明したよりも高い。しかし、そのスペックを落とすために様々な改造を施してある。本来のスペックに戻すにはアルシェムかティータがその改造部分をどうにかすれば良いとティータには説明されていた。
更に改造部分を説明するべくティータが口を開く。
「窓ガラスは当然防弾ですし、車体もゼムリアストーン製にしてありますからちょっとしたことでは壊れません」
「ねえ本気で待ってティータ、貴重なゼムリアストーンとかどこで手に入れたの!?」
アルシェムのツッコミはまたしてもスルーされる。なお、このゼムリアストーンはティータがクロスベルに来るにあたり、アガットが護衛に選ばれたことで周囲の古代種系手配魔獣を梯子させられたから集められたものである。《氷刹》の記録を超えろ、と言われたアガットは顔をひきつらせながらもそれをこなしたらしい。それと共に他の訓練も受けさせられたため、昔よりも更に強くなっているのは言うまでもない。
満面の笑みでティータは言葉をつづけた。
「タイヤも防弾仕様ですけど、もしパンクしちゃっても走れるような構造にはしてあります。あとは安全のために衝撃で飛び出すクッションとか装甲車モードとか戦車モードとかありますけど、それはまた必要になってから聞いてください」
「いやそんな機能をまずつけるなって言いたいんだけどねえティータ? 何、装甲車モードって。何、戦車モードって。軍隊持てないクロスベルに何持ち込んでんの?」
遠い目で突っ込みを続けたアルシェムは、ようやく報われそうであった。満面の笑みで導力車の性能を語ってきたティータの目がアルシェムを捉えたからだ。ようやく説明を終わらせる気になったらしい。これまでの長々とした説明でロイド達は若干辟易としていたのだが、それ以上にアルシェムのツッコミに答えてほしくもあったのでティータの言葉を待った。
ただし、その言葉はアルシェムの待ち望んだものではない。
「アルシェムさん、『受け取らないとほーおーれっぱ? だ』って伝えてくれってカシウスさんが」
ティータから発された鳳凰烈波という言葉を聞いた瞬間に、アルシェムは土下座に移行した。
「謹んで受け取らせていただきます……」
そのあまりの変わりっぷりにロイドは驚愕した。それほどまでに『ホウオウレッパ』なる技は恐ろしいのかと疑ってしまうほどである。なお、ロイドはいずれ知ることになるのだろうが、カシウスの鳳凰烈波はアルシェムの知るころよりも更に威力が上がり、避けにくい仕様に進化している。アルシェムがもう一度鳳凰烈波を喰らう機会があれば二、三日は立ち直れないだろう。
ロイドは興味本位でアルシェムに問うた。
「そ、そんなに怖い技なのか……?」
「ロイド、あんたもいつか分かるよ……鳳凰烈波はヤバい。二度と受けたくないよ……いや、二度は受け……二度あることは三度……はあ……」
暗いオーラを漂わせ始めたアルシェムに、ロイドは顔をひきつらせた。その『カシウス』という人物がどれほど怖い人物なのかは知らないが、アルシェムが回避したいと思うほどの人物らしい。そう考えて思い出した。そういえば以前アルシェム本人が言っていたではないか。遊撃士の格言について、エステル達の父親が言っていた言葉だと。その人物の名が確か――
ロイドは反射的にその名を口にしていた。
「カシウス・ブライト氏の?」
「喰らいたければリベール行ってきな。それでエステルを嫁に下さいって言ってくればいい。確実に喰らえるから」
「いや、それもどうかと思うんだけど……」
苦笑したロイドはティータから導力車の鍵を受けとり、ノエルに渡した。取り敢えずは運転経験のあるノエルに運転を任せようと思ったからだ。導力車が好きなノエルはそれに舞い上がり、いそいそと運転席に乗り込んでいく。それに苦笑しながらアルシェムはその後を追い、ロイドがふとティータを見た。いきなりロリコンの気でも発揮したのかと思ったレンが警戒するが、そうではなかったようだ。
ロイドはティータに問うた。
「なあ、ティータさんはどうやってここまで来たんだ……?」
それは純然たる疑問だった。先ほど運転席に座っていたティータの腕は確かにハンドルには届いていたが、足がブレーキにもアクセルにも届いていなかったことを覚えていたからだ。実際にこの導力車はティータの来る数日前にエプスタイン財団の研究員の一人によって運ばれてきたのだが、そこにティータが乗せられてきたわけではないのである。
ティータは笑みを絶やさずにこう答えた。
「勿論、歩いて来ましたよ?」
「……えっ」
ロイドの困惑をよそに、リベールの魔境具合を知っているアルシェムとレンが反応した。
「ねえ、ティータ。まさかとは思うけどあのお兄さんは連れて来てるのよね?」
「あ、アガットさんですかー? アガットさんは今依頼を受けてるって言ってましたから、一人で来ましたよ?」
「……エリカ博士にチクったらアガット死ぬな……いや、でも、うん、ティータなら出来ちゃうって分かってる辺りがもうだめかも知んない……」
盛大に溜息を吐くアルシェムに、ロイドはティータの言葉が真実であることを悟った。彼女はたった一人で魔獣の闊歩する街道を抜けて来たのだ。色んな意味で危険だとは思うのだが、それでも彼女は抜けて来たらしい。何らかの手段を使って、だ。アルシェムがティータがエプスタイン財団に関わっていた、と先ほど口にしたために、ならば導力杖のテスターでもやっていて武器の所持を認められているのかとロイドは思った。
しかし、無論そうではなかったのである。
「相変わらずアレなわけ?」
「はい、勿論です! ただ、結構改造はしてますよ? 連射できるようにとか、スイッチ入れたら簡易アーツが発動するようにとか」
むしろそれは改造ではなくまた別のモノになっているのでは、と突っ込みたくなる衝動はあったのだが、アルシェムは敢えて抑えた。さまざまな意味で聞き逃してはいけないような気がしたからだ。導力砲が連射できないのは砲身に熱が籠りすぎて危険だから。それを解消したということだろう。それに、スイッチを入れれば簡易アーツが、というのは導力杖の機能の中に含まれている。どうやらそのノウハウまで盗んだらしい。
呆れたようにアルシェムは天を仰いだ。
「……導力砲とは一体何だったのか……というか一研究員がやって良いテスターじゃないような……」
「あ、一応遊撃士協会付きの協力員も兼ねてるので導力砲のテストが出来てるんですよ。やっぱり使ってみないと改善点って分かりませんよね?」
いや、そうだけど、とアルシェムは声には出したが、それ以降の言葉を口にすることはなかった。言っても最早聞く耳を持たないと分かってしまったからだ。誰だこんな娘を育てたのは、とも言いたくなったが、ある意味では人格破綻者であるアルバート・ラッセルが育てた孫だということを知っているのでやはり自重した。流石にある意味恩師の悪口を言うのははばかられたのである。
と、そこでエリィが口を挟んだ。
「……アル、その、導力砲ってあの導力砲よね……?」
「そーだよ。ティータ、見せてあげて」
「はいっ!」
元気に返事をした幼女の鞄から生えてくる導力砲はなかなかにインパクトが強かったらしい。至極微妙な顔をしたエリィにティータは不思議そうな顔をすることしか出来なかった。当然だろう。ティータの常識の中ではこれが普通であり、自身が導力砲を持っていることは当然のことなのだから。ただ、エリィにとっての常識がそうでなかったというだけの話だ。
ティータは目を見開いて固まってしまったエリィに問いかけた。
「あ、あのあの、エリィさん?」
「……はっ! げ、現実逃避してたわ……」
と、そこでロイドが一瞬だけ眉を寄せた。ティータから出た『エリィ』という単語に引っかかっているのだろう。ティータの名をこちらは知らなかったはずなのに、こちらの名は可能性ではあるがティータが知っている可能性があるのだ。その理由にアルシェムが一枚かんでいるような気がして、ロイドがちらりと彼女を見ると珍しく苦笑が微笑になっていることに気付いた。
そこで思わずロイドはアルシェムに言ってしまう。
「アル、君、普通に笑えたんだな」
「ロイド……流石に殴るよ?」
「殴ってから言うことじゃないからな?」
殴る、というよりはロイドの頭をはたいたアルシェムは皆を促して導力車の中へと誘導した。無論ティータもだ。彼女は固辞したのだが、そこは全員が総出で説得して乗せた。そのまま導力車はクロスベル市へと入り、新たに作られていたガレージに止められる。このままこの後は休憩、ということになったのだが、アルシェムはそこから抜け出すことにした。ロイドが何かを企んでいるのを察したからだ。
ロイドが何かを企むということは、キーア関連だと知っているアルシェムはその場にいたくなかったのだ。どうせまたクソガキ扱いしてしまうだろうから。よって足りない警察官の代わりにひったくりやスリなどを検挙する巡回に加わらせてもらうことにしたのだ。それも、条件付きで。その条件を聞いた二課のドノバンとレイモンドは渋い顔をする。
それでも根気よくアルシェムはその条件を告げた。
「だから、新しく出来た自警団の連中と連携を取ってくれるんなら手伝うよって」
「で、でもあれってむしろ新しいマフィアなんじゃ……」
「それは当人たちに会ってから決めなよ。設立に関してはわたしが監修したから、やましいところがある訳じゃない」
そのアルシェムの答えにも二人は戸惑っていたようだが、彼女はそれを押し通した。その結果、《VCST》は警察に正式に自警団として認識され、主に治安維持の面において彼らの手を借りるようになっていくのだった。
クロスベル勢にとってティータはほぼアリオスレベル。流石魔王国リベール。