雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
恐らくとても読みにくいので、今話に限り傍点がふられているところは紙に書いてあることだと思って下さいませ。
では、どうぞ。
犬のように追い立てられて、エステル達はモルガンの執務室から、というよりも兵舎から叩き出されてしまった。それに抗議するエステルに反駁するモルガン。だんだんとヒートアップする言い争いに、シェラザードまでもが加わってちょっとした騒動に発展してしまっていた。
「黙れ遊撃士! 大体……」
「何言ってんのよ、無能の集団の癖に! 大体ねえ、……」
どちらも相手の非を徹底的につきたいようである。周囲の人間がドン引きするほどに彼らはヒートアップしていく。
その光景を見ながらアルシェムは遠い目をしつつ、ヨシュアに問いかけた。
「……ヨシュア、これ止められる?」
「武力行使で良いなら……」
「駄目だからね?」
ヨシュアにもアルシェムにも、この騒動を止めるすべはない。周囲の兵士もだ。一番に騒動を収束させるべき大の大人たちが言い争っているので、ストッパーがいないのである。大の大人は言うまでもなくシェラザードとモルガンである。
シェラザードの言い分は、もともとボースでは《カプア一家》と思しき強盗事件が相次いでいたにもかかわらず、軍が仕事をしないからロレントから出張って来る羽目になり、モルガンが情報を遊撃士協会に流さないからこうして身分を隠して調査しに来た、というもの。表面から聞けばもっともである。確かに軍さえ《カプア一家》を即座にとらえていればここまで被害は大きくならなかったのだから。
対するモルガンの言い分は、《カプア一家》をとらえるために組織の規律に支えられた軍隊を動かすべく証拠集めをしていたものの、遊撃士協会の失態もあって証拠を集めきれなかったために軍隊を大規模に動かすことも出来ず、調査の邪魔をする遊撃士がいるからこそこうして情報を止めていたのだ、というもの。こちらももっともである。ロレントで《カプア一家》が動いたという情報は少なからずボースでの調査に影響を与えた。そのせいで警備に僅かなほころびが生じたのだから。
どちらの言い分ももっともであるが、どちらにも非がある。シェラザードの言い分にはそもそも自分達が《カプア一家》をとらえられなかったという事実が含まれていない。もしもあの時の対処がうまくいっていれば――そもそもあの場には《カプア一家》の構成員全員が揃っていなかったので上手くいくという前提からして有り得ないのだが――今頃こうして《カプア一家》に悩まされることはなかった。
因みにあの場合の最善手は、エステルとヨシュアでその場にいる空賊を捕縛し、なおかつシェラザードとアルシェムが浮いたままの飛空艇に乗り込んで構成員を脅す。そしてアジトに案内させて攻め入るという少しばかり無茶なものである。
モルガンを訪ねる際にも、遊撃士嫌いであること以上にシェラザードが知っていなければならないことがあった。それは、モルガンとカシウスに面識があるということ。このことさえ思い出して――そもそも、知らないはずがない――いれば、堂々とエステル達をリンデ号に乗っていたはずのカシウスを探している娘たちであると紹介して情報をねだることだって出来たのだ。
そして、モルガンにも非がある。ボースでの強盗事件を調査していたのは軍であり、遊撃士協会に流されるべき情報は当然のことながらなかった。調査の邪魔をされるからである。もしもその情報がリベール王国中の支部に回っていれば、アイナも忠告くらいはしたはずである。それがなかったのは、モルガンが遊撃士を嫌っていたために情報を流すことを嫌ったからである。もっとも、そのほかにも意図があったようだが。
とにかく、お互いの非をあげつらいながら自分の非を認めない彼らは少しばかり、というか大いに大人げなかった。シェラザードがこともあろうにモルガンを耄碌ジジイ呼ばわりすると、モルガンはシェラザードをあばずれ女と蔑み返す。大人げないというか、そろそろ子供の喧嘩になりつつある。因みにエステルはシェラザードがキレた時点で我に返って一歩下がって青ざめていた。流石にこれはまずいかも、と内心では思っているのだろう。
このある意味馬鹿げた状況を打ち破ったのは――美しいリュートの音色だった。それに次いで男が声を発する。
「フッ、悲しいことだね。争いは何も生み出さない……ただ、不毛な荒野を広げるのみさ」
その声の持ち主は、先ほど休憩所でアルシェムに撃退された男だった。自己陶酔した顔をしながら彼は歌う。とあるオペラの一節を。地味に上手い、というか、本格的である。結構な音量が出ているので休憩所からもなんだなんだと見物に出て来る人がいた。
それに毒気を抜かれる一行。アルシェムは明確に辟易しながらモルガン将軍の耳元に口を寄せて告げた。
「カシウス氏のことで話があります。ついでにリンデ号のことでも」
モルガンは最初の一言に意表を突かれたようである。アルシェムに合わせて小声でこう返す。
「黙れ遊撃士」
「わたしの話を聞かないなら十年前のハーケン門の失態と北の山崩れについて全力で吹聴します」
アルシェムの冷たい声に、モルガンは凍りついた。そのことについてはハーケン門の中、いや、王国軍全体でもタブーの話であり、そもそもこんな小娘が知っているわけがない話である。しかし、アルシェムの目は嘘を吐いていなかった。その事実について、アルシェムは本当に知っている。それをモルガンは直感した。
「……何故知っている」
それでも、モルガンは問わざるを得なかった。あの時の真実はモルガンも知りたいことだった。そのせいで犠牲にしたものだってある。そのことを、モルガンは深く悔いていた。もしもあの時の自分にもっと力があれば、あんなことは起こさせなかったのに。そう、あの男のような人間を出さなくても済んだのに――
男が歌い終わり、兵士達がその男をつまみ出そうとしたところでアルシェムはモルガンにこう告げた。
「わたしの話を聞いてくれたらお教えしますよ」
「……分かった」
その言葉だけは普通の音量で話していたので、急変したモルガンの態度にエステル達は驚いた。先ほどまで激昂していたはずのモルガンが実に無念そうな顔でアルシェムの言葉を受け入れているのである。
「ええっ!?」
「ちょ、ちょっとアル、あんた……」
困惑するエステル達。アルシェムは苦笑しながら少しばかり事情を説明した。
「モルガン将軍とちょっとばかし情報交換しようと思って」
あながち間違いではないところがミソである。アルシェムの知る事実と、モルガンの持つ情報を交換する。ただ言っていないことがあるだけでこれは事実だった。
「あ、じゃああたし達も……」
「それはならん」
「ええっ、何で!?」
エステル達は粘った。話をしたいと願い出たのはエステル達であり、それが依頼だったのだから。しかし、モルガンは話の機密性によりアルシェム個人と話すことを選び、兵士達を使ってエステル達をハーケン門から追い出してしまったのである。アルシェムはシェラザードに後で報告する旨を伝えておいたので宥めておいてくれるだろう。そう思いながら自らにとある処置を施し、モルガンを促した。
ともかく、アルシェムはモルガンと連れ立って執務室へと戻った。モルガンは部下に人払いを命じ、その部屋にいるのはアルシェムとモルガンだけとなった。
モルガンは扉の前から兵士が離れるのを確認するとゆっくりと口を開いた。
「……それで、話とは?」
「そうですね、まずはリンデ号について。というか、これがカシウス氏の話なんですけど……」
そう言いながらアルシェムは遊撃士手帳に
アルシェムが盗聴器を察知できたのはポケットの中のオーブメントのおかげである。色々と機能を拡張しているうちに妙なことが出来るようになっていき、今では盗聴器の探索までもこなせるようになってしまったのだ。何とも奇妙な進化を遂げたオーブメントであるが、その特性上あまり使われることはない。
モルガンはそのアルシェムの態度にいぶかしげな顔をしながらもいらない紙を出して
「リンデ号が失踪した際、カシウス・ブライトという遊撃士が乗っていたそうです」
アルシェムは言葉を発すると同時に言葉とは別の文言をモルガンの手元の紙に書き込んだ。
「有り得ん。あ奴が乗っておったら間違いなく解決している頃だろう」
モルガンが書き記した文言は、
アルシェムは眉間にしわを増やしたモルガンに言葉を返す。
「ええ、そーでしょーね。ただし何かしら不測の事態が起きていたなら別です」
それと同時にアルシェムは文言を書き記す。
「不測の事態、か……つまり、厄介な相手である可能性が高いと?」
「はい。ロレントで彼らを取り逃がしてから少しばかり調べてみたんですが……どうも彼ら、元帝国貴族らしくて」
漏らしてもよさそうで重要な真実をサラッと明かしながらアルシェムはつづる。
「何だと……ッ!?」
「落ち着いてください、モルガン将軍」
アルシェムは苦笑しながら紙にこう書き記した。
「何もまだ帝国のスパイと決まったわけでもありませんし、ね?」
アルシェムはモルガンの疑問に応えた。
「それはそうだが……可能性がないわけでもあるまい?」
「まー、そーですけど。もし帝国の工作員だったらもっとうまくやるんじゃないですか?」
モルガンは
「う、うむ……そうかもしれんな」
モルガンは罰悪げな顔になってこう記す。
「そもそも帝国が身代金を取ってまでリベールに喧嘩を売る理由が見つかりません」
「そうだな……ならば、たかが空賊ということか」
モルガンは顔を思い切りしかめながら書き記した。
モルガンはそこで手元の紙から顔を上げてまじまじとアルシェムの顔を見た。まさか気付いていないとは思っても見なかったのだが、エステル達にも冷たい反応をしているあたり、遊撃士というフィルターで見えなくなっていたのだろうと推測出来た。
「油断は出来ませんが、ね。リンデ号もまだ見つかっていないようですし……」
ややあって、モルガンは手元の紙にこう記した。
「うむ、早急に見つけ出して空賊共に正義の鉄槌を喰らわせてやらんとならん。ついでにあの男にもな」
「や、勘弁してやって下さい……一応義父ということになっているので」
アルシェムは苦笑しつつそう返し、手元の紙にはこう記した。
「義父だと? まさか、貴様は……」
「はい、アルシェム・ブライトです。先ほどの栗毛の少女が実子のエステル。黒髪の少年が養子のヨシュアで、銀髪の露出狂が弟子のシェラザード・ハーヴェイです」
「そうだったか……済まないことをした。ついては個人としての謝罪文を書くので少しばかり待っておれ」
「分かりました」
アルシェムはモルガンが記した言葉にこう書き返した。
モルガンはその言葉に一瞬硬直し、一拍置いてから物凄い勢いで書いた。
そろそろ間が持たなくなってきたのでアルシェムはモルガンに話しかけた。
「どうかなさったんですか、モルガン将軍」
アルシェムが問うと、モルガンは数々の言葉を押し殺して低い声でこう告げた。
「いや……少しばかり書き損じてしまってな」
そう言いながら、手元でくしゃくしゃにしかけてしまった紙にこう記す。
アルシェムはそれが誰であるかを明かすことはしなかった。ただ、どこにいるのかを示すのみ。そして、全員の居場所をふと考えて――愉快なことに気付いた。まさにモルガンにとっては灯台下暗しであろう。アルシェムは紙にこう記した。
そう。あの村の生き残りは、全てリベール王国に存在した。1人は遊撃士として。1人はシスターとして。そして、1人は軍の中に。何の因果か、彼らは徐々に近づいていくのである。アルシェムはあずかり知らぬことではあったが、彼らは最終的に王都グランセルに集結することになるのだ。そして、互いに互いの身を喰らい合う蛇となる。
モルガンは天井を仰ぎ見た。そんなに近くにいるとは思ってもみなかったのである。今後、女王に報告して何かしらの理由をつけて謝罪をさせて貰おう。モルガンはそう思っていた。しかし、それを否定するものがいる。
アルシェムはモルガンの内心を読み取ってこう紙に記した。
そして――流石に遅いと思ったのだろう、兵士が扉をノックするまでアルシェム達の無言の応酬は続いた。アルシェムの答えは、無論言えませんである。モルガンはどうしても知りたがったが、プライバシーを盾にアルシェムは情報を死守した。
そうして、アルシェムはモルガンとの会談を終えてハーケン門から出た。そこにいたであろう男は既におらず、アルシェムは単独でボースまで戻った。いつもの速度ではなく、ゆっくりと。そうしなければ叫んでしまいそうだったから。
どちらにせよ読みにくくなるのは間違いない。
では、また。