雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧233話のリメイクです。


山猫カプアの特急便

 次の日。アリオスとの模擬戦とその後片づけのせいで若干筋肉痛になってしまっているアルシェムは、微妙に寝坊した。階下に降りた時には既に皆は朝食を終え、支援要請の振り分けにかかろうとしているところだ。それに一言謝罪の言葉をかけ、アルシェムは本日の振り分けを聞いた。本日の支援要請もなかなかにバラエティに富んでいる。

先日に引き続いての不審商人の調査にロイドとエリィ。テーマパークのアルバイトには強く希望したティオとレン。手配魔獣にはノエルとランディが当たり、誤配荷物の再配達はうっかり知っている人物だと洩らしてしまったアルシェムが当てられた。そして、それらが終わり次第《身喰らう蛇》の情報を聞きにヨルグを訪ねることになった。

アルシェムは早速クロスベル空港へと向かい、見覚えがあるはずの人物たちを探した。すると――

「え゙っ……ちょっ、お嬢ーッ!」

 妙な声を上げながら空港に停泊しているモスグリーンの飛空艇に駆け込んでいく男性がいた。その飛空艇は紛うことなく《山猫号》であり、どうやらその男性はアルシェムに見覚えがあるらしい。元《カプア一家》の構成員であるのならば確かに有り得ない話ではない、とアルシェムは考えながら《山猫号》を見つめ続けた。依頼人が彼らなのは確実なのだ。

 そして、構成員が駆け込んでいったのならば当然、『お嬢』と呼ばれた少女が出てくるのは必然だった。

「あーっ! アンタ、何でこんなところにいんのさ!?」

「や、ジョゼット、元気そうで何より」

「しっしっ、アンタなんてお呼びじゃないんだよ。全く……《特務支援課》はまだ、な……まだって言って誰か」

 毛を逆立ててアルシェムを追い払おうとするジョゼットだったが、生憎呼び立てたのはジョゼットの方だ。警察手帳をジョゼットに突き付けてやれば、彼女は黙り込んでその事実を受け止めようと試行錯誤した。ジョゼットの知るアルシェムは『遊撃士』であり『ヨシュアと一緒で元執行者?』であり、『何かよくわからないけど七耀教会の凄い人』という認識だ。そこにさらに肩書が増えることなど想像もしていなかった。

 ようやくアルシェムを《特務支援課》だと認識できたジョゼットは、何事もなかったかのように支援要請の内容を説明した。どうやら荷物を大々的に配り間違ったらしい。アルシェムが聞くだけ聞いていてもなかなかにやらかしているな、と他人事のように現実逃避したくなるほどにクロスベル大マラソン開催のお知らせだった。マインツと聖ウルスラ医科大学と、住宅街。それを回り切るのは面倒に違いない。

 故に、不審商人の調査に使おうとしているロイド達に一声かけることにした。

「あ、もしもしロイド? こっちの依頼でも導力車使いたいんだけど……えっ、そっか、そっちも移動量は凄そうか……仕方ないな、ちょっとこの人にはグロッキーになってもらおうかな」

「え゙っ」

 ジョゼットの引いた声を聴きながら、アルシェムは誤配した荷物のうちマインツに届けなければならないものを彼女が握っていることを確認して抱え上げた。それに引き攣った顔をするジョゼット。一体何をするのかは想定できたが、それを本当に実行するとは到底思えない。ただ、やっていることはまさに想像していることで。そして――

 

「馬鹿じゃないのボク死ぬ! 死ぬってぇ! やめろ止めて何で誰も止めてくんないのさーっ!?」

 

 その絶叫は尾を引くようにしてクロスベル市内に響いたが、あまりの速さに彼女が何を言っているのか理解出来た人物はいなかった。市内を抜け、街道を突き進むことなく道なき道を駆け上がるアルシェム。ジョゼットは真っ白な顔色をしていたのだが、しっかりと荷物を握りしめているあたり目的をすべて忘れて絶叫しているわけではないようだ。

 なお、誰もきちんと視認できていなかったので、ジョゼット誘拐事件という風にもみられなかったのはアルシェムにとっては僥倖でもあった。そうなっていれば面倒なことになるのは明白なのだから。木々の間を抜け、近道とも呼べぬけもの道を駆け上がって――そして。ジョゼットからしてみれば信じがたいことに、あっという間にマインツ鉱山町へとたどり着いてしまったのである。

 抱きかかえられた状態から降ろされ、吐き気を堪えながらジョゼットがうめく。

「……アンタさ、ほんっと……メチャクチャだよね……」

「はい水」

「……しれっと……渡して……っ、赦されると、でも!?」

 今にも射殺さんとするほどの眼光で睨まれたが、導力車が使えない時点でこうなるのは明白だった。バスは丁度出たあとだったのである。それに追いついて乗ることも出来なくはなかったが、いかな警察官であるとはいえその権力を振り翳して公共交通機関に混乱を招くわけにもいかない。よって道なき道を進むことでバスを追い抜き、爆走する羽目になったのだ。

 そのある意味では当たり前の言葉をアルシェムは彼女に告げた。

「バスがここに着くまでに届けないと、帰りも同じコースね」

「ぜっっっっっったい、嫌!」

 ジョゼットは顔をひきつらせてそう叫ぶと、誤配した荷物を届けて誠心誠意謝罪し、間違えて届けられてしまった荷物を預かった。その姿は元空賊には見えないほどに真摯であり、これまで真面目に働いてきたことが見て取れる。女王の恩赦はかなり効いたようだ。そして、彼女の念願通りマインツからクロスベル市内へと戻るバスに乗ることが出来たのだった。

 そのバスの中で、ジョゼットはアルシェムにおごらせたジュースを飲みながら問う。

「……ね、アルシェム。まさか次も……なんてことは……」

「んー、大型魔獣でも出てない限りは大丈夫かな」

「それ、フラグって呼ぶんだけど……」

 疲れた顔でジョゼットがそう零した。実際、そういう事態でもない限りはクロスベルのバスは遅れないのだ。そしてその大型魔獣は定期的に遊撃士と特務支援課が狩っているのでほとんどそんな事態は起きないと言っても良いだろう。ただ、勿論のことながらそういうフラグを立ててしまったということは、大型魔獣が出現するのもむべなるかな。

 確かに次の目的地たる聖ウルスラ大学行きのバスには乗れた。乗れたのだが――

「……わー……運転手さーん、ちょっと止めて、しばらく先に大型魔獣いるみたいだから駆除してくる」

「是非早く駆除してきてくれ! ここで待機してるから!」

「ラジャっす」

 物分かりの良すぎる運転手にジョゼットは首をかしげていたが、アルシェムに戦力として駆り出されたので運転手の様子を見ることは叶わなかった。なお、この運転手は特務支援課として一番最初に大型魔獣を狩った時のバスの運転手である。アルシェムとは顔見知りであり、彼女が魔獣を狩るところを間近で見てしまった人物でもある。その光景を何度も見たくはないので、彼はその場にとどまって自身と客の精神を守ることにしたのだ。

 それを知らないジョゼットは、アルシェムに連れ出されつつ問うた。

「こういうの、多いの?」

「いや、バスに乗ってて見つけるパターンは初めてかな。でもあの人の前で大型魔獣は狩ったことあるよ。それも大量に」

 ジョゼットはその言葉に顔を歪めた。アルシェムが魔獣を狩る、というのはなかなかにグロテスクなことになっていることを知っているのだ。何せ、一応は女子である自身の目の前で手配魔獣をぶった切っていった人物であるので。マスタークリオンの三枚おろしはなかなかにグロかったなあ、とジョゼットは思い出してしまって軽く吐き気を催す。

 胃の内容物の代わりに、ジョゼットは呆れたような声をアルシェムにぶつけた。

「うわぁ……」

「わたしだってやりたくてやったわけじゃないっての。さ、ちょっとばかし頑張ってもらおっかな」

 そう言ってアルシェムは気配の元を見つけ――

 

「――って、まさかのソイツか。何回復活したいわけ?」

 

 思わず呆れた声を出してしまった。というのも、そこにいたのは先日狩ったばかりのはずの『幻獣』だったのだ。あまり手間ではない駆除の仕方も出来る上に、最終的には血すら流さずに消滅してくれるのである意味後始末に困らない存在ではあるのだが。いかんせんあの草とともに何度も復活してくれるのでとても面倒な魔獣でもあった。

 ジョゼットは苦々しい顔をするアルシェムを不思議そうに見たが、目の前の巨大な魔獣に対する警戒は怠っていない。

「ねえ、こいつって――」

「深くは知らなくて良い。ただ、何の容赦もしなくて良いってことだけは知っとけばいいかな」

「そ、そっか……うん、じゃ、通行の邪魔だし退治しよっか」

 そして十分ほど戦い続けたのち――アルシェムは幻属性アーツしか撃っていなかった――、消滅した『幻獣』を後目に運転手に報告しに戻り、ついでに帰りの足も確保して聖ウルスラ医科大学へとたどり着いた。ジョゼットは運転手を待たせていることを気にしつつ誤配してしまったことを詫び、中身に困惑していた医師から最後の荷物を預かる。因みに中身は人形らしい。

 クロスベル市内に戻り、住所的には廃墟であるはずのその建物に人形を配達して――受取主は不動産の持ち主だったイメルダである――、支援要請は終わった。そう、支援要請は終わったのだ。目の前から歩いてくるロイドが握っている紙を見ても、アルシェムは何の反応もしなかった。まだ不審商人の捜査が終わっていないのかと思ったくらいだ。

 ただ、ロイドは目の前にアルシェムがいた時点で協力を求めるのは当然のことだった。

「アル、そっちは終わったか?」

「今届け終ったとこ。で、そっちは?」

「ああ、出来れば見てほしいんだけど……」

 そう言ってロイドはアルシェムに紙束を差し出した。隣にいるジョゼットのことはあまり気にしていないようだ。機密情報であれば隠すのだろうが、この情報を見せても何ら問題がないからこそそうしたのである。そして、そのロイドの判断はある意味間違ってはいなかった。間違っていたのは――その情報をジョゼットに見せても問題がない、と判断したことだ。

 彼女はその紙を覗き込んだだけで目の色を変えた。

「ちょっ、これ……!」

「ジョゼット?」

 その文字列を食い入るように読み込み、脳内で咀嚼し、そして歯を食いしばった。その手口に心当たりがあり過ぎたのだ。今では帝国直轄領となっているジョゼットの故郷――元カプア男爵家の領地リーヴスを奪い取られた時の手口とほとんど一緒なのだ。ということは、この詐欺師はジョゼット達が空賊になるきっかけを作った元凶であるともいえる。

 故に、ジョゼットはいても立ってもいられなかったのである。

「ちょっと待ってろ! 今、兄ぃ達呼んでくるから! ゼッタイゼッタイ待ってろよ!?」

 そう叫んだ彼女は、唖然とするロイドを放置して《山猫号》へと駆けて行った。その事情を知らないロイドはそれを見ていることしか出来ないが、アルシェムからその事情について説明されて納得した。要するに、昔受けた詐欺の手口に似ているからこそこれほどの過剰反応をしているというだけのことだ。ただそれが大きな手掛かりになるとは、この時のロイドには思えなかった。

 程なくして戻ってきたジョゼットと、彼女に連れられた二人の男性を見てロイドは一瞬怯んだが、資料をあっという間に奪い取られて熟読されてしまえば話は別だ。

「おい、アル……」

「何でわたしを責めるの。こらむさいオッサン。捜査資料だから勝手に奪ってよむなっつーの」

「でもよ……どう見てもこの手口はあの時の……リドナーの奴と同じ手口だぜ?」

 ドルンがそう漏らし、キールもそれに同意する。それを聞いてロイドはこの三人から詳しい事情を聴くことにした――時間がないのでアルモリカ村へと向かいながら。導力車に乗り、三人から事情を聴く限りでは確かに手口は似ている。今でも忘れることのない『リドナー』を、彼らはずっと探し続けていたのだ。それは空賊時代も、今でも変わらない習慣だった。

 だからこそ、思いつめた顔をする三人にアルシェムは釘を刺すのだ。

「あー、分かってるとは思うけどわたし達は警察官だからね。やらかそうとしたら逮捕するから」

「……確かにやらかさない自信はない。でも、もう俺達の故郷は別の目的で使われてるんだ。今更取り戻してどうこうできるようにもなってないし、今のこの生活は気に入ってるんだ。やらかしたりはしないよ」

「キール……ま、そうだな。貴族気取りになんて今更戻れないわな」

 そこには確かに真実の色が感じ取れて。アルシェムは三人を信頼することにした。もっとも、ロイドは不審商人『ミンネス』が件の『リドナー』であることの証人として三人を使うつもりであり、それ以外に手を出させるつもりは全くないのだが。彼らの話を聞く限りでは、元帝国人だということだ。今ここで問題を起こされれば、今のこの微妙な情勢ではどう転ぶか分からないのだ。

 そして、アルモリカ村に辿り着いた一行はその『ミンネス』を探そうとして――その当人が宿屋から出てくるところに居合わせた。

「……野郎、本気でまだ詐欺なんてやってやがったのか」

「おや、どちら様ですか? いきなり目の前で詐欺などと……無礼ではありませんか」

 気分を害した様子のミンネスに、その商談相手であったアルモリカ村村長の息子は非難の目をドルンに向けようとして、出来なかった。そのあまりにも悲しげな雰囲気とその図体とが似合っていなくて、直視出来なかったのである。その代わりに隣のキールを見れば、そちらもミンネスに射殺しそうな目を向けている。ならばもう一人の見知らぬ女はと言えば、やはり彼を睨みつけていた。

 勿論、彼はまだ何も知らないのでこう言える。

「何だ、あんた達は。ミンネスさんに失礼じゃないか」

「『ミンネス』、か。今はそう名乗ってるんだな『リドナー』さんよぉ。リーヴス領主カプア男爵の名前を忘れたか? それとも、騙した奴のことなんかいちいち覚えてないってか? ん?」

 その言葉に村長の息子は反論しようとしたが、出来なかった。ミンネス本人から止められたからだ。いかにも心外ですと言わんばかりの表情でドルン達を煽りにかかり、罪を彼らに被せようとしたところで気付いた。確かにミンネス――リドナーは非戦闘員の《赤い星座》の集金部隊の人間だ。ただ、それでも覚えておかなくてはならない危険人物はシグムントから知らされていた。その人物が目の前にいることに気付いたのだ。

 いたら即座に逃げろ、と言われている危険人物――アルシェムがリドナーに告げる。

「はっは、残念だけど……ネタはもう上がってるんだよねー」

 その時点で彼は全ての化けの皮をかなぐり捨てた。一刻も早くここから逃げ延びなくてはならない。目の前の女が全てを握っていると言った以上、それは真実なのだろう。それを突き付けられてはリドナーも、ひいては《赤い星座》にも責が降りかかる。だからこそ、今ここで《赤い星座》に迷惑をかけないために彼は自身を破滅させることを選ぶしかなかったのだ。

 ロイドの目には、それがかつて《ルバーチェ》の構成員が使っていた笛に見えた。音の出ない笛を思い切り吹き鳴らしたリドナーは、そのままその場から逃げ出そうとして失敗する。目の前にいたはずの青い髪の少女が、いつの間にか自身の顎に導力銃を突き付けていたからだ。それがあの時騙した甘ったれの令嬢であることなど、つゆほども感じさせないその動き。

 彼女は低い声でリドナーに告げた。

「なあ……逃げられるってホントに思ってたなら、相当おめでたいよ?」

 それにリドナーは動けなくなる。そこに込められた冷たい殺意に。ただの一般人が出せるような殺気ではない。リドナーがリーヴスを奪い取った後、彼らがどうしていたのかは知らないが、どういう経験をすればこれほどまでの殺気を身に着けられるのか、彼には理解出来なかった。もちろんただの空賊として動いていただけの彼女らにはそんなものを身に着ける暇などなかった。それを身に着けたのは、その後のことだ。

 アリシア女王から恩赦を受ける直前に言われたのだ。全ての責任を背負ったドルンを赦すためには、それ相応のことをしなくてはならないと。そのためにキールとジョゼットは死にそうな目に遭いながらも特務兵の捕縛や魔獣の退治など遊撃士の下請けのようなことを延々とやらされていたのである。それと、ヨシュアの手助けをしたことを以て《カプア一家》は逃亡したことも含めてすべての恩赦を受けられたのだ。故に、普通の元犯罪者よりも死線をくぐっているのである。

 だからこそ、キールもこの場の気まずい雰囲気に呑まれずにジョゼットに言えるのだ。

「でかしたジョゼット! こっちの魔獣どもは俺達に任せろ!」

「任せろ、じゃない! ここクロスベル! 武器所持法違反だからあんたら!」

「安心しろ! 俺達は許可を取ってる!」

 そのキールの声と共に、リドナーはジョゼットに意識を刈り取られて捕縛されたのだった。

 

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