雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 238話~241話半ばのリメイクです。


クロスベル市防衛線・上

 クロスベル市東通り――遊撃士協会が存在し、東方人色の強い地域。そこに襲撃する予定となっていた猟兵達は、シグムントからあることを厳命されていた。『たとえ何があっても、負けない戦いをしろ』。それこそがこの地域において肝要だったのだ。何故ならば東通りを守ろうとするであろう遊撃士達の中にA級遊撃士が混ざることは明らかだったのだから。

 故に、彼らは負けないような戦い方をすることにした。そう――『勝たなくて良い』ということは、どれほど長期戦になっても良いということだ。回復一人、援護一人に前衛一人のスリーマンセルという基本を敢えて崩し、彼らは回復二人、援護二人、前衛一人という五人編成で挑んだのである。当然のことながら、前衛にはかなりの負担がかかるのだがそれはそれ。皆どの位置でも動けるように訓練しているので、無理が出たところから交代すれば良いだけの話だ。

 そして、遊撃士側もその編成をある意味ではありがたいと思っていた。何せ人手が足りないからだ。今現在クロスベル支部に所属し、なおかつクロスベル市内にいる遊撃士は五人。まだ本調子でないリンとエオリア、いつも通りのスコットとヴェンツェル、そしてアリオスの五人だけなのである。これで協力して戦うことになれば、あまりバランスが良くないのは明白だった。

 それでも善戦できたのは、ひとえにリンが《泰斗流》の技で回復要員に回れたからだ。本人からしてみればかなり不本意だったようだが、エオリアだけで回復を担うのは無理があり過ぎたのである。基本的に魔獣と戦うための装備しか出来ていない彼らが、人間を害するための装備を持った猟兵達に対して有利に立てると思うこと自体が間違っている。

 回復要因であるにもかかわらず突出しようとするリンに、スコットが声をあげた。

「……っ、リン、焦りすぎだ!」

「分かってる……でも! こんなの、メチャクチャじゃないか!」

 その嘆きは誰もが感じていることだ。敢えて口に出していないに過ぎない。それでも、この絶望的な状況を脱するためにはそうやって愚痴を吐き出さなければやっていられなかったのだ。スコットが。ヴェンツェルが。リンが。エオリアが。自身の無力さを呪いながら戦っている間――アリオスは、その光景を無感動に見つめながら戦い続けた。

 

 それこそが、この戦いの目的だと知っていたから。

 

 故に彼は戦い続け、旧市街を出来得る限り破壊できるように戦況を動かし続けた。これから出来る新たなクロスベルに旧市街など必要ないからだ。クロスベルには、暗部は確かに必要かもしれない。ただそれを担うのは自身であればよいだけの話だ。旧市街に全てを押し付ける必要はどこにもない。故に、潰す。新たなクロスベルには必要のない屑どもを処分するという意味でも。

 

 そうして皆が自身の無力さを飽きるほどに呪い終えたころ――全てが終わった。

 

 ❖

 

 クロスベル市の中心。中央広場付近に展開していた猟兵達は、あまりにも歯ごたえのあり過ぎる男達に辟易としていた。その男達を無視して市内を蹂躙する方が明らかに早いというのに、その中でも強い男二人に必ず止められてしまう。周囲の雑魚もただの雑魚ではなかった。猟兵はたった一人ででも何人も蹂躙できるはずであるのに、この男達を相手にすればただの一人も倒せずにカバーされてしまうのだ。

 それは、軍隊の戦い方というよりも遊撃士の戦い方に似ていた。それも当然だろう。何故なら男達――自警団の連中は、アガット・クロスナーから地獄の特訓を施されているのだから。彼らは『一人で戦うな、群れて戦え』というアガットの言葉を忠実に守り、誰かが傷つきそうになればそれをカバーできる人材がそこに割入り、隙が出来れば攻撃を叩き込める人材が叩き込むという戦法を取っていたのである。

 もっとも、猟兵達もただでやられるわけもなく――

「あわわわわわ……」

 微妙に動きの鈍かったアゼルを袋叩きにしようとした。こういう場合は一人ずつ確実に潰すか全体を一気に潰すかしかないのだ。そして今現在彼らにとれる方法は一人一人を確実に潰していく方法のみ。ここを襲撃した彼らに与えられた命令は『出来得る限り修復可能な程度に建物の損壊を抑え、かつ死人を一人も出さない』という微妙なものなのだから、広範囲を指定するアーツなど使えないのである。

 そうとは知らないワジがアゼルのフォローに守り、一番近くにいて同じことが出来そうだったスラッシュに声をかけた。

「ああもう、君、ちゃんとアゼルを守ってよ!」

「わーってるよォ!」

 そういうスラッシュも手一杯だ。それでも何とか一人ずつ確実につぶし、優勢に持って行く。ヴァルドが防御を打ち砕き、怯んだその隙を皆でフルボッコにする。回復されそうになればその回復要員に向かって袋叩きを敢行し、回復させないようにしていく。それを相手も繰り返すのだから、戦いは終わることを知らない。延々と続くいたちごっこ。

 それでも、猟兵達は目的を果たしてみせた。『出来るだけけが人を出さず、かつ建物だけを破壊する』というある意味無茶ぶりな命令を、果たして見せたのだ。ヴァルド達は確かにクロスベルを守った。しかし、彼らはクロスベルの『生活』を守りきることは出来なかったのだ。責めを負うべきは彼らだけではない。しかし、それを知らされることなく彼らはただ瓦礫を見つめて打ちひしがれることしか出来なかった。

 そのうちの一人が地面を叩き、血を吐くように叫んだ。

 

「畜生……こうならないために、俺達は鍛えて貰ってたんじゃないのかよ……!」

 

 その、叫びこそが。彼らの心情をよく表していた。

 

 ❖

 

 絶望的な状況でもなお、それをひっくり返さんとする者がいる。彼はこの襲撃でクロスベルの状況が致命的にならないように、アルシェムから命じられてこの地を守っていた。一番落とされてはならない行政区。そこに、一人の男がいる。かつて起きた悲劇から修羅の道に身を投じ、そこから抜け出し、理に至り、なお先へと歩もうとする一人の英雄だ。

 それを、市民を守るべきクロスベルの警察官が呆然と見つめる。

「す、すごい……」

「呆けている暇があるなら避難誘導をして貰いたい。流石に戦う以上のことにまでは手が回らんのでな」

「あ、はいっ!」

 そのアッシュブロンドの男――レオンハルト・アストレイの戦いは凄まじいの一言に尽きる。剣を一薙ぎするだけで猟兵が簡単に倒れていくのだ。先ほどまで警察官を蹂躙していた猟兵達を、だ。それほどまでの力量を持ちながら、在野に埋もれていたのか――そう、彼の正体を知らないフランは判断していた。しかし、その感違いを正す者がいる。

 その人物は、この状況にもかかわらずレオンハルトを糾弾した。

「何故まだここにいらっしゃるのですか、アルテリアの護衛殿!」

「問答をしている場合ではないのだがな……まあ良い、このまま後ろから撃たれてはかなわん――鬼炎斬!」

 呆れたようにそう告げたレオンハルトは、周囲の猟兵達を一気に薙ぎ払って糾弾した警部――エマの隣に立った。すかさず銃を向け、妙な行動をすればいつでも打てるようにスタンバイするエマ。しかし、レオンハルトはそれを一顧だにせず彼女の疑問に答えた。

「こいつらの長が《アーティファクト》を所持・悪用している疑いがあってな」

「それでまさか藪を突いて蛇を出すような真似をしたのではないでしょうね!?」

「心外な。奴らは俺のことを知っている。むしろ抑止力になってやっていたことを感謝されるべきだと思うがな」

 レオンハルトは心の底からそう感じて言っているが、本当は違う。レオンハルトを恐れて規模を縮小したのではなく、規模を拡大しにかかったという意味ではある意味状況の悪化に一役買ってしまっている。それでもその情勢の悪化を覆せるほどの規格外の力を持った彼にとっては誤差にもならない。雑兵はいくら集まろうが雑兵なのだ。

 そのあまりにもあっさり猟兵を倒していく様を見て、エマもうっかり『信頼しても良いのではないか』などと思い始め。最後には共闘してその場所の猟兵を駆逐せしめたことで、彼女らは油断することになる。行政区の安全確保を終えた一同は、ある種の信頼関係を築くことが出来ていた。故にクロスベル警察はレオンハルトに住宅街を、そして自分達は他の地域へと足を延ばそうとしたのである。

 そして――

 

「何で……どうしてこんな……! 私達だけでは、守れないというのですか!」

 

 絶え間なく襲い掛かってくる猟兵達に足止めされ、重傷とはいかないまでも戦線離脱を免れない傷を負わされ。何も出来ないままにクロスベル市の守護から離れざるを得なかったクロスベルの警察官たちは嘆く。嘆くことしか出来ない。クロスベル警察だけでは守れない。他の組織と協力し合って、ようやく守れるかどうか。それを自覚してしまえば、もう動けなかった。

 

 彼らは思い知ったのだ。自身に力がないから、ここまでクロスベルが蹂躙されることになったのだと。

 

「誰か……どうか……力を。そう……力をつけなくちゃ」

 

 狂気に浮かされるように、その言葉が蔓延していく。

 

 ❖

 

 住宅街。そこは既に詰んでいた。一つの家に住民を集め、それをたった一人の少女が守る。その有様を――彼女の両親が、見ていた。彼女の置かれた境遇を少しずつ聞かされていたから。恨まれていても仕方がないと思っていたから。そうではないと娘の口から聞いていても、それを素直に信じられるような境遇ではなかったと理解出来ていたから。

 だから、ハロルドには理解出来なかった。

「止めてくれ……レン」

 うめくように呟いて。荒く息を吐きながら、彼には背中しか見せてくれない娘を想う。彼女は既にボロボロで、立っているのもやっとに見えた。彼女がやっていることすら、ハロルドには理解出来ないことなのだ。誰が思うだろうか――現実の世界で、銃弾を大鎌でぶった切って止めるなどという曲芸をやってみせるなど。それを、まぐれではなく何度も繰り返してみせるなど。

 それを奇蹟と呼ばずして何と呼ぶのだろう。レンが立っていられるのは、ひとえにその場所を守り通すという意思が強固であったからに他ならない。そうでなければ、既に地に倒れ伏し血にまみれていただろうことは容易に想像できた。それでもそうなっていないのは、彼女の技量と根性と精神が猟兵達の想定を上回っていたからに過ぎない。少なくともハロルドにはそう見えていた。

 それでも――レンは。

「……あら、ダメじゃない。こういう時は――攻撃の手を緩めちゃダメなのよ!」

 相手を煽る。自分のペースに持って行く。何度も何度も銃弾を撃たせ、無駄弾をばらまかせる。レンがしてはいけないことは、攻撃を背後の家に通すこと。それ以外なら何をしても良かった。流石に切り札は切れない上に《パテル=マテル》にも頼れない。それでもなお彼女の心にはある種の余裕があった。まだ、思考する余裕が残されていた。

その理由は――

「レン……っ!」

 背後の両親の存在だ。彼らがいなければ、とうにレンは諦めていた。彼らがいなければ確かにレンはここまで追い込まれはしなかっただろう。しかし、こういう不利な条件で戦うことなどレンには珍しいことでもない。《身喰らう蛇》において、派手な戦闘行為など本当にまれなのだ。最近が少々派手気味だっただけで、本来は潜入や暗殺の方が多かったのである。

 勿論、そこに《パテル=マテル》を出現させるわけにはいかない。当然だろう。『暗殺』にあんな派手な機械人形を連れていく組織など、一つしか想定されていないのだから。故にレンは《パテル=マテル》がいなくとも十分強いはずだった。そう――他に、守る者さえないのであれば。彼女は初めて思い知ったのだ。絶対に守ると決めた者が背後にあるという重責を。

 それでもなお余裕があるのは、狙撃銃でヘイワース邸を狙う猟兵――ガレスの力量をレンが見極めていたからに他ならない。確かにその狙撃能力は驚嘆に値する。《魔弓》のエンネアにも迫る勢いの鋭い銃撃だ。しかし、逆に言えばエンネア以下だということ。常に超一流の暗殺者たちを相手に訓練してきているレンにとって、ガレスの攻撃を防ぐのは本当に難しいことではなかったのだ。

 ならば何故ハロルド達には余裕がないように見えているのか。その理由は簡単だ。

「早く見捨ててやれよ、小娘。そんなボロボロになってまで守るような価値のある奴らじゃねえだろ? 見捨てろ。じゃねぇと――殺すぜ?」

「……お生憎様。お兄さん如きにレンの価値観なんて理解出来るわけないわ」

 ガレスの油断を誘うため。その言葉を引き出すためだけに、レンは敢えてボロボロになったふりをしているのだ。ボロボロなのは服だけだ。その下にのぞく十字架を、誰にも見せないと決めていた――ほんの少し前までは。しかし、今は違う。その十字架はレンの罪の証だった。両親に裏切られたと思った罪。数多の人々を殺めた罪。それらを予見して自身で刻んだのがその傷で、それが消えるまではレンは償い続けなければならないと。そう思っている。

 だからこそ、見えても構わなかった。見えて、それが何だと聞かれても、レンは胸を張って言える。自身を保つための無様な傷ではなく、自身の罪を覚えているためにあえて刻んだ傷なのだと。その傷が消えるまで、レンはずっと誰かを助け続けていくのだと決めた。それを覆させる権利など誰にもない。そう――たとえそれがアルシェムであっても。

 背後から、悲鳴のように自身の名を呼ぶ声が聞こえる。

「……大丈夫だよ。パパ、ママ……レン、絶対に、パパとママを守るから」

 そう小さく呟き、何度目かすら忘れた銃弾を弾いて。彼女のシルエットがその場から掻き消える。それに驚愕してガレスが銃弾をばらまこうとするが、その時にはもう既に遅い。ばらまけるだけの銃弾は残っておらず、ただその大鎌に一刀両断される様を幻視した。――実際には、レンはガレスを気絶させてぐるぐる巻きにしてつるし上げただけだったのだが。

 

 レンのそのけなげな姿は――住宅街の住民たちに『自分達がもっと強ければ』という自責の念を植え付けた。

 

 ❖

 

 歓楽街。そこには死屍累々とした有様で猟兵達が転がされていた。その四肢はもれなく撃ちぬかれており、二度と普通に生きることは出来ないだろう。そういう風にアルシェムは撃った。彼らに恨まれようがどうでも良い。彼らはアルシェムの愛すべきクロスベルを蹂躙したのだ。ならば、彼ら自身を蹂躙し返すことでその報いを受けさせるべきだと思ったのだ。

 そうやって着実に量を減らし。ホテルに避難した住民たちが見ていないのをいいことにアルシェムは蹂躙を続けた。もっとも、一定以上の力を持つ猟兵達が増えて来たのでジリ貧にはなってきていたのだが。ある意味では禁忌の御業とも呼べる『分身』のクラフト――否、アルシェムに関しては『分身』のアーツで自身の分身をあらゆるところにばらまいているため、《ENIGMAⅡ》での回復は見込めないのである。

「ま、でもそれでもやってられるのはこの動体視力のお蔭だよねぇ。万歳馬鹿視力」

 乾いた笑いを浮かべながら最低限の弾丸で最高の結果を叩きだし続けるアルシェムは、それが一番力を持つ本体であればこそ見逃せなかった。《アルカンシェル》の公演を堂々とぶち壊そうとする少女を。

 

 そして――アルシェムはシャーリィを追って《アルカンシェル》へと突入した。

 


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