雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 245話のリメイクです。


断章・断罪の塩の柱

 《鏡の城》から脱出したレンは、《星杯騎士》ストレイの指示に従ってエレボニア帝国を訪れていた。必要な作業があったからだ。その作業とは、以前から報告を受けていた『バンダナの君』をこちら側に寝返らせること。そして、《鉄血宰相》をぶち殺すことである。もっとも、そんな指示などなくともレンは一度エレボニア帝国に来る予定だった。それに作業が増えただけのことだ。

 レンは最初から《鉄血宰相》を生かしておくつもりなどなかったのだ。今はすでに『死んだ』ことになっているアルシェムを苦しめたのは彼だから。そして、その子飼いの《子供たち》も誰一人として逃がす気はなかったのである。たとえどのような境遇であれ、いたずらに他者を苦しめていたのは間違いないのだから。情状酌量の余地はあるかもしれないが、それでもレンは誰一人として許しはしない。

 帝都ヘイムダルにたどり着いたレンは、途中で手に入れていた導力ライフルを手で押さえた。この中には特殊な弾丸が入っており、当てさえすれば確実に相手を殺せるのだ。確実に殺しておきたい相手に使わない手はない。いい狙撃スポットがないか、彼女は探し回った。すぐに《鉄血宰相》の演説が始まるのだ。あまり時間はかけていられなかった。

 そしてその場所を見つけてみれば、先客がいた。

「……誰だ」

「あら、気付くのね。なかなかやるじゃない……でも、そのライフルはあの下種男に向けておきなさいな。邪魔はしないわ」

 そういってほほ笑んだレンは、そのバンダナの男の隣で導力ライフルを構えた。目的は同じである。ここで目障りな《鉄血宰相》を始末する。そして、この先の状況を一気にクリアにするのだ。そうすればストレイの目的もスムーズに果たされるだろう。今やストレイの目的はレンの目的だ。ならば、今まで血塗られた道を歩んできた彼女に取れる手段は一つだけだった。

 ライフルを構えるよどみないしぐさにバンダナの男――クロウ・アームブラストは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「こんなちっこい子にまで銃を向けさせるのかよ……」

 それを聞いて、レンは苦笑した。

「お兄さん、実は甘ちゃんでしょう。この程度のことでそんな顔になるだなんて、裏の世界は向いてないわよ」

「いや、アンタが銃を握ることに対してこんな顔してるんじゃねえよ。銃を向けさせるだけのことをしたアイツが悪い」

 そういってライフルを向けなおす。観衆が《鉄血宰相》に引き付けられ、皆が彼に集中した。彼から一言目が発される、その瞬間。

 

「悪いわね。何も話させはしないわ」

 

 レンが射撃した。それに次いでクロウも発砲する。その二発の銃弾は過たず《鉄血宰相》に突き刺さり――そして、彼を塩に変えた。二度と復活することもままならない、女神からの恩寵。それを受けてしまえばいくら不死身の《鉄血宰相》といえども死は免れない。塩と化した端から真っ黒な瘴気が湧き出してきていたが、それもまた塩と化していた。

 クロウとレンはその場から脱出し、彼は飛空艇に回収されていった。レンがそれを黙ってみているわけもなく、彼の後を追う。《鉄血宰相》を消した後は、人探しを命じられているのだ。この盤面から見るにクロウについていった方がその人物たちを見つけるのは簡単だろうと判断したため、彼女はクロウの後を追ったのである。もちろんその判断が間違っていることなどあり得ない。

 

 レンが捜しに来たのは、《帝国解放戦線》のメンバーたちなのだから。

 

 クロウの乗り込んだ船が《トールズ士官学院》を襲撃し、ロボット大戦がはじまる。それを飛空艇の上に立ちながら、高高度で待機させた《パテル=マテル》で観測して彼女は待った。《帝国解放戦線》の三人がそろうのを。メンバーは《C》《S》《V》といったか。それぞれの個人情報までしっかりと収集していたメルにより、レンは先ほどのクロウが《C》であることをつかんでいたのである。

 それに、《C》が《蒼の機神》オルディーネの搭乗者であることを知ったレンはある推測を立てていた。こんな状況に《身喰らう蛇》が手を出していないわけがないのである。ならば、この場合手を出せたであろう人物は《灰の機神》ヴァリマールの搭乗者ではなくクロウの方だろう。メルからの報告を聞いている限りでは、リィン・シュバルツァーと名乗る男子生徒がそういう接触をしたという事実はないのだから。

 とそこに、強力にパワーアップした《パテル=マテル》から興味深い情報が送られてきた。レンの足元――つまりは飛空艇の中に見知った気配があるというのだ。レンの知る限りでは彼女は不可思議な術を使う《魔女》である。ならば、そういう能力持ちが《機神》へと導いていた可能性はあるだろう。そう考えて、レンはクロウの元へと移動した。

 いきなり部屋の中に現れたレンを見て、クロウは引きつった笑みを浮かべる。

「おう、どっから入ったんだよ……」

「うふふ、内緒。にしても……クロチルダってば、いつの間に年下の男の子が趣味になったのかしら。あ、最初からだったわね」

 笑顔で毒を吐くレンにクロウはため息をついた。

「お前、あいつのこと知ってるのかよ……道理で、殺し慣れてると思ったぜ」

 レンの身元が分かったことで、多少気が緩んだ。クロチルダと同業者なのであれば納得できたのだ。クラスメイトのフィー・クラウゼルと同じ年くらいに見えるこの少女が、フィー以上に殺しに対して耐性がある光景というのは見ていて気分のいいものではない。だが、そう仕込まれてきた人間なのであれば話は別だ。むしろ感情の発露など見せずに殺す方が『らしく』見えるというものである。

 それを聞いてレンはからかうように声をかける。

「そういうお兄さんは割り切れてないわね。やっぱり、もともと自分の力じゃなかったものを振るって他人を傷つけるのは怖いかしら」

「……怖いさ。クロチルダに導かれた時はビビりすらした。だが、必要なものは守れるように研鑽は積んできたつもりだぜ」

「ああ、そういうのはどうでもいいの。お兄さんがクロチルダのことをどう思ってるのかも知りたかったけど、貸し借りの関係だけなんだったらちょうどいいわね」

 レンの笑みを含んだその言葉にクロウは眉を寄せた。ますます彼女の言っていることの意味が分からなくなってきたからだ。しかもそのまま消えるというおまけ付き。なんとなく胸騒ぎがしたクロウは慌ててクロチルダの元へと向かった。何かが起こってしまいそうなこの状況を、そのままにしておきたくなかったのだ。今動かなければ後悔する。そんな思いがクロウを突き動かして――

 

「さよなら《第二柱》。二度とよみがえってこなくていいわよ」

 

 あっけなく塩になって崩れ去るクロチルダと、間違いなく下手人となったレンがそこにたたずんでいた。目を見開き、クロチルダに駆け寄ってその体に触ろうとする。しかし、近づいたところで彼女は原形をとどめないままに塩の塊となってしまった。

「お前、何で――!」

「取引をしに来たのよ、レン。でも、クロチルダなんて今からの盤面に必要ないもの。いるだけで盤面を読めなくしちゃうんだったら、消しちゃうのが一番早いわよね」

 無邪気にそういうレンに、クロウは激高した。あれでも仲間だったのだ。それをあっさりと殺されて黙っているほど人でなしではなかった。そこに物音を聞きつけて駆けつけてくる《帝国解放戦線》の面々。しかし、それだけの戦力に囲まれてもなおレンには余裕があった。この程度ならば間違いなく逃げられる。それでもまだこの場にとどまっているのは、するべきことがあるからだ。

 そのために必要な一言を、レンは発した。

 

「ミヒャエル・ギデオン」

 

 その一言は場を凍り付かせるのには十分であり。そして、レンの思うとおりに盤面を動かすためには十分な威力を持っていた。

 

 ❖

 

 無事に列車砲を止め終えたメルは葛藤していた。このままトールズ士官学院に潜伏し続けるのも悪くないと思い始めてしまっていたからだ。復讐など忘れ去ってしまいそうなほどの穏やかな日々。《匣使い》さえいなければ、彼女はとうの昔にほだされてすべてを語ってしまっていただろう。彼がいたからこそ、メルは目的を忘れることができなかったのだ。

 《鉄血宰相》の息子も見つけた。《鉄血宰相》をレンが殺してくれた。ならば、この先彼女がすべきことは一つしかない。そして、それは一人でなくともできることなのだ。だからこそメルは悩むのだ。人殺しのために潜伏していたはずなのに、その人殺しをためらうようになってしまってはここにいる意味さえない。殺さなくてはならないのは、《身喰らう蛇》の人間たちだけ。そして、それを見られた時点でメルはここにはいられなくなる。

 その葛藤を見抜いたのか、クラスメイトが声をかけてきた。

「どうしたんだ、メル? 何だかとても悩んでるみたいだけど……」

「……リィン。気にしないでください」

「いや、無理だ。仲間がそんな顔で悩んでるんだぞ? 放っておけるわけがないじゃないか」

 メルがリィンと呼んだ少年こそが《鉄血宰相》の息子である。むしろ彼女としては彼にこそ放っておいてほしかった。場合によっては、彼を盛大に使いつぶすプランすら存在したというのに、どの顔を下げて彼と顔を突き合わせていられるというのか。こうして話していること自体が後ろめたいというのに。もはや彼女には誰もかれもを血の海に沈めてやりたいという狂気的な復讐心は残されていないのだから。

 だから、その言葉は、彼女にとっては蛇足でしかなかった。

「ワタシの悩みの一端がアナタだと言っても?」

「え――」

「ワタシはアナタの敵になるかもしれなかったのに、アナタは敵を気遣うのですか」

 その言葉にリィンは黙り込んだ。彼女の言葉の意味が分からなかったというわけではない。その言葉に込められた悔恨を感じ取ったからこそ、彼は何も言えなかったのだ。悩ませている原因が自分だというのに、相談してもらおうなどというのは虫の良すぎる話ではないか。とはいえメルの言葉は引っかかることが多い。聞かなくてはならないこともある。

 ゆえにリィンは問うた。

「メルは敵じゃないだろう? なるかもしれない、と実際にそうだ、とは雲泥の差じゃないか」

「……それは、そうですが」

「それに、メルが敵になるなんて俺が何かやらかさない限りないだろうとは思うぞ。いつも合理的で、正しいじゃないか」

 にこりと女殺しスマイルを放ったリィンに、メルはときめく――ことはない。既に男性に対してそういうたぐいの期待をすることをやめて久しい彼女にとって、リィンの笑顔など何の役にも立たない。周囲の女子に言うことを聞かせるためにならば使えるかもしれないが、メル自身そういう使い方をしたいとはまったくもって思っていない。

 リィンの甘すぎる言葉に、メルは口を滑らせてしまった。

「そう見えるように動くのは当然ではないですか。自分の過失をよりにもよって一番知られてはまずい仇の息子に見せるわけがないでしょうに」

「……え? メル、その、仇の息子って……どういうことだ?」

 かろうじて絞り出された言葉に、メルは自身が失態を犯したことを知った。どう考えても今の時点で明かしていいことではない。とはいえ、明かしてしまったことに対して何かフォローは入れなくてはならない。その仇がすでにこの世にいないことも含めて、メルはリィンに説明をしなくてはならないだろう。彼の父が一体何をやらかし、何を傍観して見捨てたのかを。

「……場所を変えましょうか。誰かに聞かれて気持ちのいいことでもありませんし、ワタシもあまり他人には知られたくありませんから」

「あ、ああ……」

 狼狽しながらリィンはメルについていく。その足取りは、決して軽いものとは言えなかった。

 

 そして、彼は知った――自身の出生と、幼いころから付き合ってきた鬼の力の真実を。

 

 ❖

 

「全くもって度し難いわね、リオ。まさか貴女がそうだなんて……思ってもみなかったわ」

「はっは、全然そうは見えなかったでしょ? 司令」

 ベルガード門の司令室にて、二人の女性が語り合っていた。片方は椅子に座って頭を押さえ、もう片方はそこに似つかわしくない法衣を着てふてぶてしく笑っていた。もはや彼女が立場を隠す意味もない。既に彼女の主はくびきからほぼ抜け出しているのだから、彼女が口をつぐみ続ける意味などどこにもないのだ。とはいえここからは時間勝負の力押しになるのは明白で、だからこそ立場をはっきりさせたというのもあるが。

 ソーニャはリオに告げる。

「最初は怪しいと思ってたわ。でも……貴女はこれ以上ない働きを見せてくれた。だから、貴女を使わせてくれたあの人には感謝しなくてはね」

「それは働きで返せっていうと思うよ。アタシの主はそういう感謝とかを素直に受け取れない人だから」

「ふふ、そうでしょうね。……伝えて頂戴、リオ。外側は任された、内側はお願いすると」

 それに対してリオはもちろん、と返答してそこから去っていった。それを見送り、ソーニャはため息をつく。ここにいるべきもう一人の有能な部下が抜け殻状態なのだ。あれを復活させるために何が必要なのかはわからないが、それでも早く立ち直らせなければならない。アルシェム・シエルが死んだのは確かにショッキングだったが、その部下――ノエルはそれを肯定する立場に立ってしまっていたのだから。

 そこにソーニャがいれば、間違いなく同じ判断を下していた。戦闘能力としてはあまりに危険すぎる、生け捕りなど考えてはいけない相手だ。一撃で戦闘不能にして縄でもかけない限り、彼女があの状態で死に至るのは避けられない事態だっただろう。しぶとい上に無駄に強いので普通の拘束が意味をなさず、捕らえるにしてはリスクが高すぎる。

 それでもなお死なせてしまったことを気に病んでいるノエルをどうにかしてソーニャは復活させなければならないのだ。

「……どうしたものかしらね」

 そのつぶやきは、空に消えていった――

 

 ❖

 

 拘置所で。マインツで。ミシュラムで。聖ウルスラ医科大学で。古戦場で。ベルガード門で。《特務支援課》だった人間たちが焦燥に身を焦がす。

「アルを死なせる前に、どうにか出来たんじゃないのかしらって……思うの」

 ぽつりと漏らしたエリィは、その返答を期待してはいない。まるで抜け殻のようになってしまった孫娘を見て、マクダエル議長は歯噛みする。彼は知っていたのだ。どういう形になるかはわからないが、必ずアルシェム・シエルという名の女が死ぬことを。それがこの先必ず必要なことであることを、『デミウルゴス』から聞いていた。

 とはいえ、ここまで孫娘が悲しむと知っていたならば、どうにかする手段がなかったのかと考えたくもなる。

「……あまりに君は、残酷だよ」

 ぽつりとつぶやいた言葉は、誰かに届くことはない。それでも彼はただアルシェムを悼むことしかできないのだ。彼女を明確に救うための手段など、ただの政治家であるマクダエル議長には思いつかなかったのだから。それは誰であっても同じだ。誰が想像しようか。国防軍が、これまでクロスベルに貢献してきた《特務支援課》の一人を肉片に変わるまで射撃し続けるなど。

 止めることなどできない。変えることなどできない。それをわかっていて、命じた『デミウルゴス』の気持ちを考えると、そこで抵抗してしまったアルシェムのことがどうしてもわからなくなる。あるいは死にたかったのか、と邪推しても仕方のないことだろう。

 

 再び反撃ののろしが上がるのはあと少し先のことだった。

 

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