雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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国防軍(S1204/12/13)

 エリィ・マクダエルとの合流の前に、しなければならないことがあるとロイドは言った。それはノエル・シーカーのことなのだと。それに乗じてやることがあったストレイはリオを付けて体よく彼らを《メルカバ》から追い出した。あれから何度か通信が来ていたのだ。メルが、モニターを通して連絡を取りたがっているのである。よほどのことが起きているのだと推測できた。

 そして通信をつないでみれば――

「さすがにこれは想定外だが?」

『済みません。でも、どうしてもこの形で報告がしたくて……』

 メルの背後には、十人を超える人間が立っていた。どうやら《Ⅶ組》の連中らしい。彼らはそれぞれ厳しい顔でストレイをにらみつけていた。どう見てもそれは芳しくない状況である。メルは何かしらやらかしたらしかった。

「では報告を」

『はい。《鉄血宰相》の件は聞きましたね? その《子供たち》についてなのですが……どうか、見逃してはもらえないでしょうか』

「……は?」

 メルのその言葉にストレイは瞠目した。メルに限ってそういうことはあり得ないと分かっていたからだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言わんばかりに、オズボーンのことを憎んでいたはずの彼女に一体何があったというのか。確かに映像の中にはその息子もいる。だが、彼にほだされただけでそういうことはあり得ないだろう。それほどまでに深く暗い憎しみを抱いていたはずだ。

 とはいえ放たれた言葉は消えない。

「悪いが、特定の奴だけは処分する。それ以外は好きにしろ。……何があった?」

 それに答えたのはリィンだった。

『何もかにもない、もう、メルには人を殺させない』

「ふざけた答えだ、リィン・オズボーン。それだけの理由でそういわせたのであれば否としか答えようがない」

 映像のこちらとあちらで視線がかち合う。それに事情を補足したのはなぜか頭に帽子を載せた小柄な子供だ。

『分かり合ったんです。分かり合えたんです。だから、メルさんをこれ以上苦しめないでください』

「わたしが苦しめたわけではないが、部外者は口を挟まないでもらおうか?」

 その子供に向けてきつい視線を送ったにもかかわらず、彼女はひるまなかった。それだけで只者ではないと分かるが、それ以上に彼女の口から出てくる言葉は衝撃だった。

『私は《カレイジャス》艦長代理トワ・ハーシェルです。この艦にいる人たちについて、私はすべての権限をもらっています』

 ストレイが目を見開くのはそれの見た目が子供にしか見えないからではない。あの事件で新たに見つかった《アーティファクト》的な力を身に宿す一族の子孫だとは思わなかったからだ。メルの潜入した《拠点》は、確かにそれの関係者――妖精を関係者と呼ぶのなら――がもととなっていたのだから。それならば関係があるだろうが、まさかそれがそういう形で表に出てくるとも思っていなかった。

「……ああそうか、とあっさり引くとは思わないだろうに、なぜ連絡を取ろうと思った?」

『それがけじめだと思ったからでしょ』

「お前には一切何も聞いていない。黙っていろアリサ・ラインフォルト」

 視線でメルを促せば、そこにはすでに何かを決めた者特有の光が浮かんでいた。これは何をしても揺るがないだろう。何をしたか、あるいはされたのかは知らないが、彼女はもう本当に殺しはやらないだろう。使い道がなくなった、と思うことはない。ある意味では一番の同志だった彼女の憎しみが消えてなくなったのなら、それは喜ぶべきことなのかもしれなかった。

『ワタシは……やっと、整理がつけられました。だけど、アナタはいつ心の整理がつけられるのですか?』

「とっくに整理はついているさ。わたしは別に復讐をしたいからここにいるわけではない」

『なら、どうしてですか? 皆さんをだましてまで、アナタが成し遂げることの何が復讐ではないと?』

 その言葉にストレイは噴き出した。流石に復讐のためだけに周囲に対して仮面をかぶっているわけではないのだ。そこまで酔狂でも暇人でもない。必要だからやっているのであって、そこに復讐の意図は含まれてはいないのだ。そういえばメルには説明していなかった気もする。潜入という任務の性質上、どうしても連絡は密に取り合えない。

 だからこそ、その一端をメルに開帳した。

「こうして自分を偽っているのは、そうしなければ生きていられないからだ。精神的にではないぞ? お前が一番長く接した奴はな、この世に存在してはいけなかったらしい。おかげで呼ばれるだけでも否定するのに一苦労なわけだが」

『因果、ですか』

「そういうことだ。……まあとにかく、心の整理がついたというのならば好きにしろ。《子供たち》で問題なのはあと一人だけだ。奴さえ始末すればいい話で、そいつはクロスベルにいる。お前にわざわざ手を下させるのも面倒だ」

 だからもうお前は自由だ、と言えば、メルは複雑な顔をした。ストレイとて複雑である。いったい何をして何をされればそういうことになるのか全く見当もつかないが、彼女がそう決めたのならば止める理由もない。今まで散々使ってきて手を放すのもワイスマンじみていてあまり快くはないのだが、それも望んでいることがことだけにそういうしかないのだ。

「ああ、安心するといい。お前に追っ手を差し向けることもないし、なんなら所属はそのまま残しておいてやる」

『それは……』

「ちなみに言っておくが、お前の特性上《匣》は敵にもならん。何かされるようなら容赦はするな」

 アドバイスじみたことを言っていると、後ろから気まずげに出てくる男がいる。当然のことながら見覚えはないが、気配がそれが何であるのかを教えてくれた。ついでに読み解きたくもないのに因果を見せられ、ストレイは非常に気まずくなった。今はまだ普通の青年だが、近いうちに彼は同類になる。そして、メルの――

 とはいえ言わなくてはならないことはある。

「どうせならそっちのお前が引き取れ」

『……は?』

「いずれ必要になる。……ま、先行投資といったところかな」

 にやにやと笑ってやれば、二人は赤面していた。どうやら因果というものも少しは幸せを運ぶ気があったらしい。他に報告はないかと問えば、メルからは何の情報も出てこなかった。代わりに少々情報は与えたが、それだけでエレボニアがクロスベルをどうこうできるような情報でもない。いずれにせよ殺さなければならない人物はいるが、もう無理だと言われるのならばどうしようもなかった。だから、ストレイは彼女を送り出した。

 通信を終え、そろそろベルガード門方面も落ち着いたかとカリンたちに《メルカバ》を任せて降下する。ノエルのことをどうしたいのかは知らないが、あまり時間をかけていてもらっても困るのだ。時間は有限なのだから。

 とはいえ――

 

「君を、貰う」

「ふっ、ふえっ!?」

 

 などといういきなりなラブコメディ展開を求めていたわけでは断じてないが。ノエルとロイドが決闘をして、その結果で彼女の動向が決まるらしい。最終的には『貰われる』らしいが、それについてストレイがコメントをすることはなかった。もちろんこの決闘に関してもだ。その勝敗の結果ノエルがどうしようがあまりストレイは興味がない。

 それよりも興味があるのはソーニャだ。

「さて、準備はどうかね?」

「上々よ。使えそうな子たちは全部ダグラスに任せたわ。こっちにいるのは迷いのある子と、縁故で入った子たちばっかり。いざとなれば私がすべてを押さえられるわ。……ノエルがいなくても、ね」

「それは重畳。後はマクダエル議長と市内の警察関係者、それに自警団だけか……」

 まだやらなくてはならないことは山積しているが、それでも一つずつ確実に終わっていることだけは確かだ。今を壊し、未来を創る。やっていることは相手と似たようなことではある。しかし、彼らは過去を壊し、現在を創ろうとしているのだ。それは許されることではない。ストレイが許されることもまたないだろうが、それでも彼女はそれを許したくはなかった。

 ストレイのつぶやきにソーニャは苦笑する。

「だけとは言うけど、多いわよ。手伝えることは手伝うわ。だからあまり一人で背負いすぎないで頂戴」

「……悪いが性分でね。背負うのが趣味みたいなものだ。……おっと、勝負がついたよう……oh」

 流暢に謎の言語を発するストレイに、ソーニャは視線を同じ方向へと向けた。その視線の先にはノエルとロイドがいる。ただし――ロイドがノエルを壁に押し付けている状況で。ノエルの両手はロイドの両手でふさがれていて、指が絡み合っている。絡めたのはノエルだが、状況に顔がゆだるほど恥ずかしがっている彼女に計算しているだけの余裕はないに違いない。

 とはいえここでこれ以上のことが行われるのもまた問題である。

「ちょっと、婦女暴行未遂にしか見えないわよバニングス捜査官」

「……え? あ……いや、これは違うんです!」

 真剣にノエルを武装解除したつもりでいたロイドは、ソーニャの声に改めて自身の行為を見つめなおして赤面した。どこからどう見ても女に迫っている男そのものである。

 冷たい目でティオやランディ、リーシャに見られるのもまた当然のことだった。

「どこが違うんですか?」

「流石にそれは……」

「あは、あははははは……」

 違うんだ、と弁明するロイドだったが、しばらく冷たい視線からは逃れられなかった。ソーニャが人払いをして司令室に入り込むまでその視線は続いたが、いざ話が始まるとなれば流石にそれは収まった。真剣な話をしなくてはならないのだ。ふざけている場合ではなかった。

 軽く咳払いをしたソーニャはノエルに問う。

「それで、シーカー少佐。《ミシュラム》の報告はまだだったと思うけれど……」

「え……」

 その報告はすでに終えたはず、と思ったノエルだったが、今ここで報告すればロイドたちにもわかってもらえるだろうと思いなおしてもう一度報告した。

「はい、《赤い星座》の半数が《ミシュラム》に展開し、《自警団》からの攻撃を防いでいる模様です。どちらも被害は軽微のようですが、保護されているマクダエル議長、ご令孫のエリィさん、あとおまけの技術者の方はまだ奪還されそうにないとのことです。特にエリィさんの方は体調を崩されているとか……彼らが自力で脱出するのは困難、という判断はまだ覆りませんので、《赤い星座》の皆様方にはそのまま警備を続けていただいています」

 ミシュラム、とロイドはつぶやいた。そこにエリィがいるのだ。彼女を奪還して初めてクロスベル市内に侵入できるだけの戦力がそろう。アルシェムが死んだ以上、彼女の支援は欠かせないのである。いざというときにストレイが頼れるかどうかはまだ判断がつきかねているのだから。最終的には頼らなくてもいいような戦力を整えておくのは当然のことだった。

 と、そこでいたずらっぽく笑うソーニャと目が合った。

「報告ありがとう。……あら、困ったわね。こんなところに部外者がいるわ。警備の状況が漏れてしまったわね、シーカー少佐」

「いや、あの……」

「本来なら軍法会議ものだけれど、今は非常時よ。《特務支援課》に出向するという形で貴女に処分を下します、シーカー少佐。クロスベルの混乱が収まるまで帰ってこなくてよろしい」

 ノエルはその言葉に目を見開いた。それは大義名分を与えられたことと同義だったからだ。元気よく返事をしたノエルは、そのままロイドたちとともに《メルカバ》へと乗り込むのであった。なお、ここにはもう二人ほど要人がいたのだが、すでにソーニャが本国へと送還していた。

 

 ❖

 

 夜、《メルカバ》内の一室で。ランディとティオが向かい合っていた。

「……で、何ですか、ランディさん」

「ティオすけ……ストレイ卿のことだが」

 それだけで彼女は身を固くした。何か知っているのは明白だった。ランディが知りたいのはストレイの真実だ。そして、ティオはおそらくそれを知っているのだろう。だからこそこうして二人きりになった。ロイドとノエルが二人きりになって気まずくなっていようがどうでもいい。ただ、確かめなくてはならないことだけは確かだった。

 ランディは言葉をつづける。

「アイツは、『誰』だ?」

「……ランディさん、それは……」

「何で俺たちに事実を隠していやがるんだ? その理由を知りたい」

 その視線に射すくめられたティオは、しかしゆっくりと首を振って拒否する意を示した。言えるはずがないのだ。いくつもの名を持つ彼女が、どういう理由でその名を使い分けているのか。なぜ彼女が『アルシェム・シエル』など死んだのだというのか、ティオは覚えていないのだから。当然、理解もできない。しかしそれが事実であるということだけを知っている。

 いら立つようにランディはティオに迫った。

「ティオすけ」

「……分からないんです。ストレイ卿が、何を考えているのか……」

 しかし返ってきた答えはそれだった。答えにもなっていない。

「どういうことだ」

 ランディが問い返せば、彼女はこう答えた。

「確かにストレイ卿は言いました。クロスベルを国にするんだって。救うんだって。だけど、こうも言ったんです。キーアが、アルを殺すんだって……そんなことあり得ないのに」

「確かにそういうことができる子じゃあ、ねえわな」

 だが、とランディは続ける。

「だがよ、ティオすけ。キー坊が普通じゃないことくらいはさすがにわかるよな?」

「当然です。可愛くて、いい子。だけど、あの時見せたアレは間違いなく《叡智》と同系統の力でした」

 その認識自体に間違いはなかった。ランディもまた同じように認識している。だからこそティオには確認しておきたいのだ。キーアの力をそう認識できるティオだからこそ。

「それは、ストレイとも同じ力なんじゃないのか」

「……え?」

 ティオはそういわれて初めて考えた。共通点なんて考えようとも思ったことがなかったのだ。そんなものがあるはずが――

「あ……れ?」

 氷だ。確か、ストレイの《聖痕》は氷を操るものだったはずだ。そう考えて、どうしようもない違和感にとらわれた。ならばなぜ蒼『銀』なのだと。あの光が属性を表すのならば、蒼だけで構わないはずなのに。それに確か精神をも凍結させていなかっただろうか。それは確かに幻属性の特徴で。

 ひゅっ、とティオは息をのんだ。

「そんな、じゃあ、ちょっと……私……何で」

「ティオすけ?」

「だから、なんですか……因果と、認識と、そういうことで……確かにそれならわかります。同じ力を使うのなら。相手が邪魔で邪魔で仕方がなくなるのはわかる気がします……」

 その場に微妙な空気が流れた。どちらも、考え込んでしまって何も言えなかったのだ。ゆっくりと与えられた仮眠室へと向かう二人は、脳内で同じことをぐるぐると考え続けていた。

 ――キーアが、アルシェムを、邪魔だと思っていたからああなったのかもしれないのだと。

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