雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 もはやこの時点でリメイク前のかけらもなかったりしますが。


《蒼き幻の至宝》(S1204/12/30)

 ロイドは何よりも愛しい少女の絶叫を聞いた気がした。しかしそれは、その絶叫とともに目の前に広がる幻想的な光景に取って代わられてしまった。儚い煌めきを放つ透明なガラスの向こうに見えるのは紛れもなく自身だったのだ。幸せに笑う自分。それに呼応するように笑い合う仲間たち。しかし、それは自分が知らない『ロイド・バニングス』だったのである。

 《特務支援課》のリーダー、ロイド・バニングス。誰からも慕われ、人望がある熱い男。エリィに熱っぽい視線を送られ、ノエルがそれに対抗するように腕に抱き着き、後ろでティオとランディ、そしてリーシャが苦笑している――そして、なぜかそこに見たことのない装束をまとったワジ・ヘミスフィアが同じ格好のアッバスを従え、含み笑いをしながら混ざっている。

 暗い目をしたロイド・バニングス。喪に服すように黒い服をまとい、後ろには影のようにティオが付き従う。視線の先には煌びやかながらも毒々しい政治の世界で戦うエリィとその護衛のノエルがいる。ランディもどこかにいるのだろうが見当たらない。ロイドはなぜかエリィを襲おうとしていた怪しい人物たちを見るも無残に拷問し、何かを聞き出そうとしていた。

 あるいはイアンと意気投合し、誰も止める者がいないこの状況においてキーアのそばに侍り、その因果律の改変をいとおしそうに見守っているロイド・バニングス。既にエリィは亡く、ランディも折れ、ティオに至ってはキーアの力の増幅器として拘束されている。外では《銀》が無残にその死体をさらし、警備隊員たち――国防軍の兵士たちが誇らしげに外敵を排除しにかかっていた。

「これは……」

「ま、可能性だわな。お前が望むのなら、キーアを連れ戻してやれ」

 それはもう二度と聞くことがないと思っていた声で。それが真実であると知りたくなかったからロイドは振り向けなかった。頭にのせられる大きな手。その体温が、覚えている体温そのままで。思わずそれを振り払ってしまいそうになって、ロイドは腕をつかむだけに抑えた。つかんでいる腕もとても偽物とは思えなくて困惑する。これは。この腕は。

「……ま、これはあのお節介ちゃんの不器用な餞別ってところだろう。ほんっとうに変わらないな……」

「兄、貴……?」

「昔みたいに兄ちゃん、で良いんだぜ、ロイド。ちょっとしたボーナスステージだ。今見た光景を否定できるんだったら、キーアを迎えに行ってやれ。このまま逝かせるな」

 ま、その代わり二度と俺とは会えないがな、とガイ・バニングスの幻影は言った。それに対してロイドが出す結論はもう決まっていた。

「迷わないってのは流石俺の弟だ。……分かってたか? キーアがお前たちに好かれるのは、そう作られてたからだって」

「関係ないさ、兄ちゃん。……赤ちゃんだってさ、無条件に可愛いじゃないか。愛されるために生まれてきてるじゃないか。多分、自然に生まれさせてもらえなかったキーアにもそれが備わってるんなら――やっぱり、それは普通のことなんじゃないかな」

 背後で苦笑する気配がした。それを普通って言いきれるお前って……と言われている気もした。しかし、一人くらいはいてもいいと思うのだ。おそらくこの先誰からも普通じゃないと言われ続けるキーアに、無条件で愛を与える存在がいてもいい。それが自分であれるのなら、なおさらいいと思った。キーアに心を許し、許されていると分かっているから。

 ロイドは進んだ。その光をかき分けて。可能性をかき分け、未来へと。

 

 ❖

 

 檻から抜け出し、戦っていたはずのエリィはいつの間にか煌めく欠片に取り囲まれていることに動揺した。マリアベルを止めなくてはならないのに、目の前からはすでに彼女は消えてしまっていたからだ。その理由をエリィは知ることは恐らく一生ない。どこかに消えたままだと思うはずだ。実際にはその足元で塩に変わっていたのだとしても。

 《特務支援課》の補佐役、エリィ・マクダエル。誰もが認め、的確にサポートできる才女。政治的な視点からロイドを支え、時には肉体的にも支え合える関係になりたいと願っている。激務の中でノエルとその地位を争いはするものの、それでも本格的な仲たがいはしない。頼りになる仲間と支え合いながらも決して折れず、麗しくクロスベルを支えている。

 暗い目をしたエリィ・マクダエル。華麗な政治家になり、身体を売りつつもなお情報を集めて祖父に送り届ける。たった一人で夜の蝶となり、汚泥の中を華麗に飛び回る。その情報でクロスベルを守れるのならば、エリィは何だってした。政敵に抱かれても、誰に抱かれても、その矜持は揺るぐことはない。彼女はクロスベルの女だった。

 あるいはマリアベル・クロイスの甘い口車に乗り、クロスベルを守るためにその敵すべてを薙ぎ払い、その政治的手腕をもって諸外国を黙らせる。警察官も、警備隊員も、クロスベルに住まう民すべてが彼女の剣であり盾であり駒であった。それを駆使して最大多数の最大幸福を追い求めるのがエリィに求められた役割であり、マリアベルはそんな彼女を手伝いながら愛でていた。

「流石にこれは……ないって信じるわよ?」

「でも貴女は恐らくクロスベルのためならばどこまでも落ちられる娘だわ。私の可愛い孫娘」

 煌めくにはあまりに似つかわしいその光景に見入ってしまったエリィは、その声とともに背に温かさを感じた。少し冷たく優しい手。それでも弱弱しいわけではなく年齢を感じさせるような優しい手だ。

「あまり思いつめず、程々にね、エリィ。貴女はあの人にとても良く似ているから、無理をし過ぎてしまいそうだもの」

「迷うことなんてないわ。だって、これからよ? 私はまだ何もできていない。これから、クロスベルのために戦うの。だから見守っていて、おばあさま」

 その希望に満ちた背中から、そっと手を放す気配がした。それでもエリィは振り返らず前に進んだ。あの声は死者のものだ。囚われるわけにもいかない。彼女はエリィが看取り、そしてその背を押してくれた。ならば振り返るわけにはいかないのだ。無様な姿など、エリィが見せたくないのだから。光へ――歩んだ。

 

 ❖

 

 重い一撃をマリアベルに叩き込んだ直後だったから。ランディはその光景を見ようとは思っていなかった。警戒を解くべきではないと思っていながら、その手からはすでにスタンハルバードもブレードライフルも消えている。それに激しく動揺しながらも、身構えることだけは忘れない。

「良いんだ、ランディ。闘いは終わったから。だから……きちんと見てくれ」

 だからこそ、聞こえるはずのない声に対して硬直してしまったのも当然のことで。その声に抵抗することもまたできなかった。なぜならその声の持ち主はランディが殺した親友のものだったから。ランディの目の前に可能性のかけらが乱舞する。

 《特務支援課》パワー担当ランディ・オルランド。重労働や力ずくの鎮圧案件などに駆り出される皆の頼れる兄貴分。やりがいは感じているが、そこにはどこか嘘が混じっているような気がしてならない。それでも彼はそこで生き続けることを選んだ。何故なら、それが一番楽だから。いずれ継ぐことになると言われていて、拒否した称号から逃げて。向き合う必要のない生ぬるい環境。

 《紅き狂神》ランドルフ・オルランド。すべてを捨て、人であることすらやめた歩く災害。《猟兵王》すら降し、この世にはびこる猟兵どもを皆殺しにする修羅。いずれこの世界に疑問をもち、世に存在の是非を問いかけるようになる《執行者》。贖罪の旅に出、断罪の時を待つ哀れな狂い人。そこに癒しなどなく、ただ荒れ果てた心を世にたたきつけるのみ。

 あるいはシグムント・オルランドの説得に折れ、猟兵に戻る道を選んだ半端者。ただキーアのためだけに戦い、逆らうものをことごとく叩き潰す、キーアの意思の代行者。いずれ世間の荒波にのまれ、物量で押しつぶされる運命にある。それでもその忌まわしい力を十全に振るい、戦い抜くのだ。たとえ誰を血に沈め、その血で身を彩ろうとも。

「なんつー胸糞悪ぃモン見せてくれんだ……なあ?」

「そう言われても……でも、これよりもましだろう? 今は」

「あのな、マシだからどうだって話じゃねえんだよ。はったおすぞ」

 いや死んでるから、と返す彼は紛れもなくあの時の友で。見えたかけらに彼が一度も映らなかったから、ランディはあきらめた。彼を救えればと夢想したことは一度や二度ではない。だが、それをしてしまえば――彼と飲んだあの日々が嘘になってしまう気がして。

 だから、ランディは――

「あばよ、親友」

「うん……元気でな、親友」

 こつん、とその男とこぶしを合わせ、悠然と歩き始めた。

 

 ❖

 

 儚いかけらが舞ったとき、ティオはそれが可能性を見せるものだと直感した。だからこそそれに身をゆだねた。見てみたかったのだ。自分が今の道を歩まねばどうなったのか。

 《特務支援課》のサポート役ティオ・プラトー。誰かを支えるためにその身に開花させられた異能を使い、誰かを救う電子の魔女。愛だの恋だの、彼女は真っ当にできるとは思っていない。それでも彼女はよかった。クロスベルという雑多な土地に救われた彼女は、クロスベルに恩を返すために奔走する。次は自身が誰かを救えると信じて。

 《人形姫》プラトー。世の中すべてに絶望し、救われなかった子供たちのために世界の是非を問いかける《執行者》。自分だけが助かってしまったという罪悪感を胸に、《教団》に連なるすべてを亡ぼしてしまうまで戦い続ける。それはいずれ皆の元へと逝きたいという自殺願望にも似て。ただひたすらに危険に身を置き続ける危うき少女。

 あるいはキーアのために戦う信者となり、クロスベルのすべてを掌握して民を洗脳するクラッカー。洗脳、刷り込み、催眠術は当たり前。すべてにおいてキーアを優先し、キーアを世界に認めさせるためのプロデューサーとなる。それはいつしかマリアベルたちの方向性を誤らせ、うっかりキーアをアイドルデビューさせてしまう羽目になる。

「いや、最後おかしすぎでしょう!?」

「ティオならやりかねないと思うけどね……」

 突っ込んだ彼女は、確かに『死んだ』ことになっている彼女で。だからこそ気づいた。どの可能性にも彼女が存在しないことに。そもそも必要のない存在だったのかもしれない。存在すら許されていないのかもしれない。それでも、今のティオを形作っているはずの彼女が存在しないことに、ティオはひどく憤りを覚えた。『シエル』がいなくとも救われたのかもしれない。だが、それは可能性の話であって今の話ではないのだ。

「話にもなりませんね」

「ティオはもっと後ろを向いてもいいと思うよ。一筋の道しか歩いちゃいけないなんてことはないんだから」

「それでもです。私は……貴女の隣を歩きたいですから」

 そしてティオもまた先に進む。そうすれば、追いつけると信じて。

 

 ❖

 

 ノエルはいきなりの環境の変化についていけずにいた。だからこそ否応なしにその可能性を見せつけられる。それは、罪を背負った彼女にはまぶしすぎる可能性。人殺しで、仲間殺しで、誰からもそしられるべきなのに誰にも責めてもらえない彼女には拷問にも等しいものだった。それほどまでに、『アルシェム・シエルを殺した』という事実はノエルにとって大きかったのである。

 《特務支援課》臨時助っ人ノエル・シーカー。普段は警備隊に所属し、いざというときになれば出向という形で皆をサポートする。チャンスは少なくともアピールは忘れない。ロイドはノエルの王子様だから、その王子様に選ばれるお姫様になりたかった。だからいつもとは違うことをして、女らしさをちらりと見せて。ライバルと差をつけるにはどうすればいいか悩むごく平凡な女性だった。

 父を殺した人間を探し出し、殺すためだけに生きる名もなき復讐鬼。父を墓に押し込めた人間を残らず《煉獄》に叩き込むまで止まろうともしない恐ろしき鬼。そうなる前は普通の女の子であったのだから、道半ばで倒れるのは当然のことで。復讐すらまともに果たせないぼろぼろの子供。まさにクロスベルを象徴するような、哀れな少女。

 あるいはロイドに侍り、キーアを守って外敵を排除する国防軍の一兵卒になる。帝国軍も、共和国軍もみな等しく殺しつくし、ロイドに褒められるためだけにそこにいる。心はとっくに悲鳴を上げているのに、逆らうことなどできないと分かっているから引き裂かれそうで引き裂かれない地獄の中を歩む兵士。いずれはロイドの隣に立てると信じているが、その時にはキーアがロイドの隣に立っている。

「……何、これ」

「ろくでもない可能性だよ、ノエル」

「……え」

 呆然とかけらに見入っていたノエルは、その声で思考を停止した。それは生きているはずのない人間の声で、いやに懐かしい声だった。懐かしい,と思ってしまうことに対して嫌悪感を覚えるほどに、ノエルはその人物の死を割り切れてなどいなかったのだ。

「……きちんと、前を向いて歩きなさい、ノエル。どんな形でもいい。幸せになりなさい」

 そしてノエルは過去に手を伸ばしかけ――やめた。死人にいくら問いかけても無駄なことくらい、知っているから。だからゆっくりと歩き始める。

 

 ❖

 

 目の前から唐突にマリアベル・クロイスが消えてリーシャは困惑した。光が舞っているのも幻術のたぐいだと思った。だからこそ術にはまらないように直視しないようにして――しかしながらその魅力的な光景に魅入られてしまった。

 《アルカンシェル》のトップスターにして用心棒のリーシャ・マオ。輝ける舞台の上で華麗に舞うリーシャと、ともに舞ってくれる美しいイリア。それを追うようにシュリも追いかけてきて、看板役者の道をまい進できる。イリアもシュリも彼女の過去を知りながら受け入れてくれて、それだけでリーシャはすべてをささげてでも《アルカンシェル》を守ることに決めた。

 ――何もかもに絶望し、《黒月》に使われるままに人を殺し続けて。《赤い星座》を鏖殺し、敵対する人間すべてを血の海に沈め、修羅の道を行く。そして感覚がすべてマヒしたころに舞い込む依頼。揺れない心。誰を殺すかを理解したのは、その手の中で冷たくなっていく憧れの――イリア・プラティエを見てから。そしてそれを見て怒り狂うシュリをも血の海に沈め、発狂して自死に至る。

 あるいはイリアを人質に取られ、クロスベルのために戦う暗殺者となる。《アルカンシェル》とイリアのためならば何でもできて、帝国の要人を殺すことも、かつての依頼主たる共和国の要人を殺すことにもためらいはなかった。蔑みの目で見られていると分かっていても、そういう道しか選べないと分かっているからこそリーシャは――

「……ッ!」

 リーシャはその可能性を大剣でたたき切った。その先に見える小さな銀色の少女。

「……やっぱり、リーシャは暗殺者なんて向いてないよ」

「分かってるよ! だから……だから、もう、私は……決めてるの。だから、勇気を頂戴」

「こんなのでよければいくらでも」

 差し出された小さな手を、リーシャはつかんで。その体温を胸に飛び出した。

 

 ❖

 

 様々な光が乱舞して、可能性が収束する。それはキーアが因果律の操作の主導権を明け渡したことを意味しており、アルコーンはそれを必死に誰にも触らせないようにしながら守っていた。それでもなお手を出してくる人間は存在する。そう――□□□、だ。

『もう、分かった。今なら干渉できる。……死んで、アルコーン!』

 無数の可能性のかけらが刃となり、アルコーンに突き刺さる。しかし、彼女はそれをよけることすらしなかった。それが彼女を傷つけることなどないと知っていたからだ。アルコーンにしてみれば無害なそれは、□□□からしてみればアルコーンに対する絶死の刃であるはず。ゆえにアルコーンがそれを避けなかったことに驚愕した。そしてそれがアルコーンを一切傷つけなかったことにさらに愕然とした。

「断る」

 彼女は本当に何もしていない。ただ、そこにいただけだ。それなのに傷つかない理由がわからない理解できない気持ち悪い。□□□は幾度も『アルコーンなど存在しない世界』の可能性をアルコーンにぶつけ、存在ごと否定しようとしていた。それに意味などないことを彼女だけが知らない。そもそもアルコーンは『キーアが普通の女の子になれない可能性』からできているのだ。それに同じ条件をぶつけたところで何ら意味はないのである。

 だからこそ、□□□はアルコーンを自身のフィールドに引き込んだ。




 決着は必要かなと思いまして。
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