雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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《盟主》と決着

 この日、アルコーン達はアルテリアに潜入していた。メンバーはアルコーン、リーシャ、レン、カリン、そして何故かヴァルドである。ほぼ顔の割れているメンツばかりではあるが、変装して情報収集を行う分には何ら問題はないのである。リーシャは気を操って体型を変え、カツラをかぶって男性風の格好になっている。ついでにヴァルドとつるむという暴挙に出ているが、ヴァルドはリーシャのことを全く意識していなかった。

レンは変装することは出来るが、したところで情報収集をする子供など不審過ぎるので潜伏組だ。同じく潜入が絶対にばれてはいけないアルコーンと顔が売れすぎたカリンも潜伏組である。潜伏組はアルテリアにある宿で暇を持て余していた。

と、そこに上手く気配を殺した人物が扉の前に立った。残念ながらヴァルドでもリーシャでもない。見覚えのある気配ではあるが、誰だか特定することは出来なかった。つまりは、潜伏がバレた可能性があるということである。アルコーン達は武器を手に取り、室内で待機する。

そして、扉が叩かれて声が掛けられる。

「ルームサービスをお持ちしたのですわ」

 その声にアルコーンは頭を押さえた。レンも同様である。その声に聴き覚えがあったのだ。それも、つい最近に。そんなルームサービスを恃んだ覚えもなければ彼女にルームサービスをしてほしいとも思ってはいないが、声の主は返事を待つことなく扉をピッキングして開け、数名を引き入れてから扉を閉めた。とんだ暴挙である。しかし以前は無法者の仲間だったので扉を斬って登場しないだけマシというものか。

そして、再び口を開く。

「全く……警戒するのは良いと思いますけれど、流石にこの戦力で取り囲まれるのはいい気はしませんわよ?」

「何故ここにいる? デュバリィ」

 そう、声の主はデュバリィだった。そして、招き入れられた数名とはエンネアとアイネス、それにアリアンロードだった。彼女らは何故かメイド服に身を包み(アリアンロードも含む)、ワゴンを引いて来ていた。偽装のようだが、こんな美貌の四人がメイド姿でいるなど目立つとは思わなかったのだろうか。ワゴンをわきにのけると、デュバリィはアリアンロードの後ろへと下がった。

そして、アリアンロードが口を開いた。

「久しぶりですね」

「ああ、久し振りだ」

 アルコーンは苦笑してそう答えた。わずかに胸のうちが痛みはするが、それだけだ。いつまでも過去にとらわれたままの彼女等見ていたくはなかったが、そのくびきを永遠に凍結させてしまったのは自分だという良心の呵責がその痛みを発させている。とはいえあの時点でアルコーンがアリアンロードに勝つにはそれしかなかった。歴史にIFは存在しえない。

わずかに顔を曇らせたアルコーンはアリアンロードに問いかけた。

「どうしてここに?」

「教皇を……いえ、盟主を討つためです。そのために協力を要請しに来ました」

 アリアンロードの眼には確かな焔が宿っていた。アルコーンには何故ここまで感情を表に出しているのかは分からなかった。しかし、アリアンロード本人がその答えを返してくれた。

「私の可愛いデュバリィを過労死寸前までこき使ってくれた返礼とでも言えば良いでしょうか? 無論、それだけではないですが」

「……アリアンロード、もしかしてそっちのケが……」

「ありません。私が愛するのはドライケルスだけですから」

 そうアリアンロードが言ってからはっと口を抑えた。その言葉にアルコーンも目を見開く。確かにその思考は凍結してやったはずなのに、それを口に出せるというのはどういうことか。微妙な沈黙が流れ、しかしてアリアンロードが苦笑する。

「……いえ、詮無きことです。私はもはやリアンヌ・サンドロットではなくただのアリアンロードとして生きると決めたのですから」

「それは……」

「気に病むことはありません、我が弟子よ。私の意思を捻じ曲げようとしたことだけは赦しませんが、執着しすぎていたことも確かですから」

 その言葉以上にアリアンロードは何も語ろうとはしなかった。しかし、教皇を――否、盟主を討とうとする意志だけは本物のようだった。世界は試していいものではないという認識自体は彼女にはあるようである。これならば敵対することもないだろう。そう思ってアルコーンは街中に情報収集に出ていたリーシャ達を呼び戻し、作戦会議を始める。その結果、教皇と相対するのはアルコーンで、その間に星杯騎士団の連中を相手するのはアリアンロード達とリーシャ達と相成った。

 そして、彼女らはアルテリア大聖堂に潜入した。目指すは教皇の居室である。大聖堂中枢に位置するその部屋に辿り着くのは、実は難しいことではなかった。星杯騎士にのみ教えられたルートとアリアンロードだけが知っているルートを重ね合わせれば最短距離で行ける方法が浮かび上がってきたのである。なお、アリアンロードが知っていたのはこの場所が《身喰らう蛇》の本拠地であるとアルコーンが告げたからである。

《身喰らう蛇》の本拠地は地下から侵入し、曲がりくねった迷路を通って辿り着く為に場所の把握が出来ないようになっているのだ。故にアリアンロードも薄々そうではないかと思っていたが確信は持てなかった。余談ではあるが、アリアンロード達は既に目立たない格好――この場では法衣がそうである――に着替えていた。とんだコスプレ集団である。

 途中で何度か一般の騎士に会うこともあったが、気配を消してさえいれば全員がすり抜けられた。無論ヴァルドもである。ヴァルドが気配を消せる理由は、特殊オーブメントのおかげである。気配が消せるというよりも姿が見えないだけなのだが、それで十分だったようだ。騎士の質の低下というよりは、オーブメントの性能のおかげだった。

 そして、一行はとうとう教皇の自室にまで潜入した。教皇はベッドに腰掛けて待ち受けていた。そして、彼女は口を開いた。

「……案外、早かったわね。もっと後かと思っちゃったわ、リアンヌもアルシェムも」

「予想していたのですか、盟主?」

「ええ、気付かれることなんて想定内。だけど、もっと後だとは思ってたわ」

 教皇エリザベト・ウリエルは、予想に反して幼い印象を受けた。ただし、姿かたちはきちんとした大人の女性である。まるで精神の年齢だけをどこかに忘れて来たかのような、そんな印象を受けた。女性の肉体に子供の精神。ちぐはぐな印象はキーアを想わせて、アルコーンはわずかに眉を寄せる。しかしそれにエリザベトが構うことはない。

エリザベトはベッドから立ち上がってこう告げる。

「ねえ、全部至宝は集まった?世界を平和にするためには全部の至宝が必要なの。どれが欠けてしまってもいけないわ、だってアレは世界を作ったものだから」

「今日ここに来たのは至宝を受け渡すためではありません、盟主」

 アリアンロードが感情を感じさせない声でそう告げた。すると、エリザベトは眼を見開き、次いで首を傾げた。そして、問うた。

「どうして? 世界が平和になったら、みんなみんな幸せでいられるんだよ? ねえ、どうして至宝を持ってきてくれないの?」

「至宝がすべてそろったとして、その後本当に幸せな世界を作り出せるとは私にはもう思えないからです」

 言いながら、アリアンロードは言い知れぬ不安を感じていた。あるいは違和感とでも言いかえるべきか。とにかく、目の前の女性からは盟主らしさが何処にもない。理念は同じかもしれないが、こんな子供のような発言をする人間ではなかったはずだ。アリアンロードの中では彼女には立派な志があり、もはやついていくことのできないほどの崇高な意思を掲げていた人物だったはずだ。

 アリアンロードの疑念を裏付けるかのようにエリザベトは振る舞っていた。それも、意図的にである。その目的は、時間稼ぎ。何のための、とは明示しないが、それでもエリザベトは時間を稼いでいた。自分の考える世界の安寧のために。自分の作り上げる砂の城が完璧な存在であると心の底から信じ切っている彼女はある意味純粋な子供だった。

 

そして、その時間稼ぎは――成った。

 

 廊下から足音がしてエリザベトの自室の前で止まる。その気配にアルコーンは覚えがあった。それは最も危険にしてこの場で相手にしてはいけない人物。彼女は扉を文字通り打ち抜いてエリザベトの自室へと侵入した。

「ご無事ですか、教皇聖下……何?」

「案外早かったな、アイン・セルナート」

 彼女の名はアイン・セルナート。星杯騎士団の総長にして守護騎士の第一位《紅耀石》。彼女と彼女の連れる星杯騎士たちがエリザベトの自室を取り囲んでいた。アインはアルコーンがその場にいることに違和感を覚えた。彼女の記憶が正しければ、アルコーンは今クロスベルに釘付けになっていなければならないはずの人物である。そして、ここにいても自分たちに外法認定されかねない人物だとも。

凍りついた空間の中、最初に口を開いたのは意外にもアリアンロードだった。

「アルコーン、盟主は任せます。……彼女らは、私達が押さえましょう」

「恩に着る、アリアンロード」

 アリアンロードはエリザベトに背を向けてアインに向きなおった。アインは一瞬眉をひそめたもののその正体が誰であるかすぐに看破した。そしてハンドサインで他の星杯騎士を下がらせる。一般の騎士たちでは秒と立ってはいられないだろう。それがわかっていたからこそ下がらせ、最大限の警戒をもってアリアンロードをにらみつける。

そんなアインを見ながら、エリザベトは口を開いた。

「構いません、アイン。今は話の途中です。最後まで弁明を聞いてからでも遅くはないでしょう」

 そう言ってアインを下がらせるエリザベト。その光景にアリアンロードは少しだけ安堵した。この雰囲気こそが、盟主が盟主たる所以。何物をも超越したかのような語りは、何故か従わざるを得ないような雰囲気を醸し出していた。

 超然とした威圧感を醸し出しながらエリザベトが問う。

「それで……何か、申し開きはありますか?この場で私を襲おうとしたことについての弁明は」

「……敢えて言うならば、今の貴様を引き出すためだ。先ほどまでのような童女の如き貴様ではなく、な」

 アルコーンは辛うじてその言葉を絞り出した。先ほどまでアリアンロードが感じていた不安を、アルコーンもまた感じていた。その違和感は今、決定的になった。ここにいるエリザベトは先ほどまでのエリザベトではない。まるで別人のよう。否、まさしく別人であった。先ほどまでアルコーンと問答をしていたエリザベトと現在アルコーンの目の前にいるエリザベトは、身体は同じでも中身が違ったのだ。先ほどまでのエリザベトを『エリザベト』と称するならば、今のエリザベトは――神だ。

 そこまで思考が至った時、ふっとエリザベトが笑みをこぼした。

「……よくぞ見抜きましたね、デミウルゴスの娘よ」

「どの口でそれを言う、空の女神」

 これは七耀教会の内部の、それも中枢のほんの一握りしか知らぬことであるが、教皇と成れる人物にはある特徴を備えていることが求められる。それは、即ち空の女神との交信を行うことが出来る一種の巫女的存在。ただし、これにも裏話がある。教皇と成れる存在が発見されるのは先代が亡くなった直後であり、その先代の亡骸は発見されることはない。ただ次期教皇が先代の死を告げるだけである。そうして、不老不死のエリザベトは怪しまれることなく昔からずっと教皇の座に収まっていたのだ。自らの内に生まれた人格に、『エイドス』と名をつけたその時から。

 アルコーンはその背に聖痕を浮かべた。以前とは違い、その形は変容してしまっている。六枚の花弁をもつ蒼銀の雪紋様だったそれは、いつしか六枚の蒼い花弁と六枚の銀の花弁をもつそれへと変化していた。アルコーンが展開したそれを見て、アインは顔を引きつらせる。何故ならばそこに内包された力の圧を感じ取ってしまったからである。それは、人間の扱える量を既に凌駕してしまっていた。

そんなアインの内心もいざ知らず、アルコーンは口を開いた。

「さて、今までさんざんコケにしてくれた返礼をしに来たのだが……大人しく受けるつもりはあるか? 教皇エリザベト・ウリエルにして盟主エリザたる空の女神よ」

 その言葉にアインは思わず口をはさんでしまった。雰囲気にのまれてはいても、その言葉だけは見逃せるものではなかったのである。自分たちとあの薄汚い《身喰らう蛇》の上層部が同じだ、などとそんなおぞましいことを考えたくもなかったのである。それではまるで自分で自分の身を喰らいあっているような緩慢な自殺ではないか。

 ゆえにこそ《身喰らう蛇》なのかもしれない、という不吉な考えを頭の隅に追いやってアインは問うた。

「待て、アルシェム……お前、何を言っている?」

「アルコーンだ。とぼけるのは止めた方が良い、アイン。薄々は気付いていただろう? 星杯騎士団も《身喰らう蛇》も所詮同じ穴の貉。同じ目的に向かって違った形で運用されているにすぎないのだと」

 アインは複雑な顔をして黙り込んだ。星杯騎士団は主にアーティファクトの回収を任務とし、外法を狩るのが任務であり責務である。そして、《身喰らう蛇》はアーティファクトの至高の一である七の至宝を集めていることが分かっている。アインの聞いた教皇の目的でもあり空の女神の望むところとしては、世界の恒久的平和が含まれている。そして、リオから報告された結社の目的も世界の平和だった。先ほど頭の隅に追いやった思考も、その思考に拍車をかける。

 そこでレンが口を開いた。その手には既に大鎌が携えられている。いつでもアルコーンを守れるように、レンはスタンバイしてもいたのだ。

「うふふ、結構うまくできたマッチポンプよね? 危険物がここにありますよって伝えて手放させるのが結社の役割なら、じゃあ回収しますって言って回収するのがお姉さんたちの仕事なんだもの。アーティファクトが危険物なのは今や周知の事実だものね?」

「それは、そうだが……いや、理に叶ってはいる訳か」

考えてみれば実に簡単なことでもあった。全てを俯瞰できる場所から見る必要はあるものの、逆にそれさえできれば分かることである。《身喰らう蛇》がアーティファクトを利用して危険な事件を起こし、星杯騎士団が危険なものだと分かったアーティファクトを集める。アーティファクトとは危険なものであると人間に理解出来れば余程欲にまみれていない限りは手放すことを選択するだろう。そうでないものは外法認定して強引に回収すればいいだけである。

星杯騎士団と《身喰らう蛇》はアーティファクトの回収という点においてはマッチポンプ的な関係にあると言っても過言ではない。まさに《身喰らう蛇》といったところか。そして、アーティファクトという危険物を回収してしまえば、そこに残るのは普通の人間の暮らしである。導力という少し便利な力はあるものの、いずれそれも統制されて空の女神の名のもとに振るわれるだけの力となり果てるだろう。

エリザベトは――否、エイドスは、目を閉じてその推理を聞いていた。そして、聞き終わると目を開いて手をぱちりぱちりと打ち鳴らした。

「よくできました、とでも言いましょうか。確かにアーティファクトはあってはならないものです。だからこそ回収させているのですが……」

「全部が全部貴様が作ったわけでもなかろう? ある意味《塩の杭》だけは完全に貴様が作ったものだろうが」

「はい。特に《七の至宝》に関しては古代人が作ったものです。……古代文明は《七の至宝》を以て栄華を極め、そして空より舞い降りた滅びの星により滅亡しました。……私を除いて、ね」

 次々と明かされる真実にアイン達は何が何だか分からなくなってきていた。教皇が盟主で、空の女神である。その事実だけで彼女らは動くことが出来なくなってしまっているのだ。置き去りにされているのはリーシャ達もであるが。そんなアイン達を放置して話は進む。今や、全てを理解出来ているのはアリアンロードとエイドス、それにアルコーンだけだった。辛うじてついていけているのがレンだけでもあるのだが、それはさておき。

 嘆息したアルコーンが言葉を吐き出した。

「古代文明とやらの発達は恐ろしいものだったようだな」

「ええ。人間の寿命を無くす薬に、汚染された水を浄化する装置。いつまででも燃え続けるように設計された永久機関に、人間が生きていける環境を作るための土壌。薬品にまみれた空気を浄化する装置に、時をさかのぼるための装置。挙句の果てには因果律を歪めるAIと豊かに生きていける箱舟まで創り出した古代ゼムリア人は狂気極まる発展を遂げていたと言っても過言ではないでしょう。……それも、隕石によって崩壊しましたが」

 よどみなくそう続けたエイドスの言葉は、否応なしにそれが《七の至宝》の全容であることを信じさせた。今の技術では到底できないことをやってのけるのが《七の至宝》である以上、そんな有り得ない効果を持つものが《七の至宝》でないはずがないと信じていた。否、それ以上のものが出てくることはないと心が信じたがっていたのだ。

 険しい顔でアルコーンが詰問する。

「その古代文明の欠片を寄せ集めてどうするつもりだ、空の女神」

 その問いに対し、エイドスは確固たる意志を示す。

 

「――世界を、あるべき姿へ戻すのです」

 

 エイドスはアルコーンを真っ直ぐに見てそう告げた。その瞳にはある種の狂気が宿っていた。アルコーンはエイドスを睨みつけた。しかし、エイドスはその程度の怒りに怯むことはなかった。何せ、千数百年もの間、彼女は人間と関わってきたのだから。教皇として、あるいは盟主として。人の欲と号に向き合い続けてきた彼女がそれに耐えられないことなどありうるはずがない。

 理解を得られないことを見通したエイドスは軽く瞑目して告げる。

「少し、昔話をしましょう」

 アルコーンはエイドスのその言葉に首肯はしなかったが、エイドスはそれに構わず話し始めた。自らの過去を。そして、自らの使命を。

 


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