雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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今話は旧30話~32話までのリメイクとなります。

では、どうぞ。


カシウスの消息

「……本当にご苦労様でした。やはり、わたくしの目は間違ってなかったようですわね。皆さんだったら絶対に解決してくれると思いましたわ」

 これが、アルシェム達が遊撃士協会に戻った際に訊いた第一声だった。ボース市長、メイベルの言葉である。ただし、メイベルの知らないところで起きていた細々とした――たとえば空賊が良心的だったことや、妙な場所から情報が得られた――ことがなければ事件は無事に解決はしなかっただろう。もしもこの犯人が極悪非道のテロリストならば人質は確保された時点で殺害されていただろうし、アルシェムが情報を集めなければ《リンデ号》の発見は遅れただろう。しかし、実際には人道的だった空賊によって衣食住を完備されていた人質は健康だったし、情報はきちんと集まって事件は解決した。

 メイベルの言葉に、何か思うところがあったのか苦笑しながらエステルが応える。

「でも、軍に良いとこ持ってかれちゃったしなぁ。解決したとは言えないかも……」

「そんなことはありませんわ。仮に、皆さんがいなかった場合、軍の突入も上手く行ったかどうか。逆上した空賊に人質を傷つけられたかも知れませんから」

 実際に傷つけられていました、とは口が裂けても言えないアルシェムであった。一応ドルンの得物が導力砲だったお蔭で切り傷はなかったため、服に隠れて目立たない打撲が何か所かできただけで済んだ。押すと痛いだけで、動くのに支障はない。骨も折れていないと思われるので、概ね問題はないだろうとアルシェムは判断していた。

 メイベルに追従してルグランがエステル達を褒める。

「うむ、お前さん達が潜入してアジトを制圧していたおかげじゃ。……もっとも、約一名は潜入というか捕まっておったようじゃがの」

 ルグランはアルシェムを睨みつけた。確かに潜入でもなく捕縛されていたのは事実であるが、要救助者がいたことも確かである。アルシェムは小さくぼやいた。

「いや、普通悲鳴が聞こえたら行くでしょーに……」

 その声が聞こえていたのだろう。ルグランはアルシェムを叱咤した。

「やかましい。相手の力量と自分の力量差くらい考えい、馬鹿者」

「え、ルグランさんはマスタークリオン×4の後に足手纏い抱えながらさらに8体倒しといてその要救助者に不意打ち×2されて人質が無事かどうか確かめるのに力尽きたふりをしたのを力量不足で片づけるんですか?」

 アルシェムは引き攣った笑顔でルグランを見ながらそう告げた。その場に沈黙が落ちた。一同の顔は全力で引き攣っていた。確かに、それは力量不足とは言えない。一応アルシェムが考える最善を成したのだろう。しかし、そんな奇異な状況が起こり得るとも思っていなかったのも事実である。

「……アル、よくよく強い魔獣に縁があるんだね……」

「あ、あははは……」

 ヨシュアが零した言葉に、アルシェムは苦笑を返すことしか出来なかった。確かに強い魔獣に縁はある。ロレントでの甲殻類然り、今回のマスタークリオン然り。本来であれば難なく狩れる魔獣だが、突発的な事態に対応しきれていないあたりはまだまだ未熟なのだろう、とアルシェムは思った。

 と、そこで我に返ったシェラザードが厳しい顔で言葉を続ける。

「確かに空賊は逮捕出来たし、人質も解放出来たけど……幾つかの謎が残っちゃったのが悔やまれるわね」

「湖畔にいた男達と空賊の首領の奇妙な態度ですね……」

「……ヨシュア、あたし湖畔にいた男達の話、聞いてないわよ」

 シェラザードに言われて気付いたのだろう。ヨシュアは湖畔にいた男達の説明を始めた。

 エステル達が飛空艇に忍び込んでいた頃。ヨシュアはヴァレリア湖畔でジョゼットとキールの会話を聞いていた。その時に湖から黒装束の男達――声で男であると判断した――が現れ、何かしら取引をしていた様子だったのだという。どう見ても物凄い手練れが混じっていたことを含めてヨシュアは説明を終えた。――少しばかり覚えていた既視感の説明を省いて。

 シェラザードは眼を閉じて黙考しながらその報告を聞き終え、複雑な顔でこうこぼした。

「それが恐らく軍に繋がってくるんだろうけど……何かイロイロ情報が足りない感じがするわねえ」

「なーんか巨大な裏が待ってそーですけど……何にせよ、もう王国軍に任せるしかありませんからどーしよーもないですね」

 実際、アルシェムはそれ以上の情報を持っている。しかし、それを話すことは出来ない。どこでその情報を仕入れたのかと問われれば、アルシェムはこの場にいられなくなるのだから。

 そこで、話の流れを打ち切るようにメイベルが手を打って告げた。

「兎に角、人質が全員無事に戻って来ただけでも幸いですわ。空賊逮捕のニュースのおかげで街にも活気が戻りつつあります。感謝の気持ちに、少しばかり報酬に色を付けさせて頂きました。……アルシェムさんにもね?」

 最後はアルシェムに向けてウィンクまでするオマケつきである。その言葉にアルシェムは遠い目をしながらこう答えた。

「あー、わたしはなーんにも役に立ってませんよ」

「ご謙遜ですわ、《氷刹》殿。貴女がいなければ人質が魔獣の餌に……なんてこともあり得たようですし、ボース市長としてボース市民に及ぶかもしれない危険を排除して下さったことを感謝いたします」

 メイベルは柔らかに笑ってアルシェムにそう告げた。そして今度はオリビエの方へと向き直ると、彼にも感謝の意を述べた。すると、オリビエはこう返した。

「フッ……《グラン=シャリネ》分の働きが出来たのであれば良いのだがね」

 その言葉にアルシェムは硬直した。何をやらかしてエステル達と一緒に行動することになったのかは分かっていなかったが、恐らくその《グラン=シャリネ》が関わっていたのだろう。そして、このボースにおいて《グラン=シャリネ》といえばレストランに保管されていたものしか思い当たらない。つまり、オリビエはそれを恐らく呑んだのだろう。そのお代代わりに協力して貰った、らしい。アルシェムは全力で嘆息したくなった。何やってんだこの放蕩皇子、と言わなかっただけましかもしれない。

 メイベルはオリビエにも謝辞を述べ、遊撃士協会を後にした。それを見送ったエステルがしみじみと言葉を零す。

「うーん、何だか物凄く感謝されちゃったわね」

「あれ以上事件が長引いていたら流通は更に混乱しただろうからね。市長さんが喜ぶのも当然だよ」

 ヨシュアはエステルに優しい笑みを向けながらそう告げた。特に、メイベルは商人上がりの市長である。特に流通や経済に気を掛けていたため、早期解決はとてもありがたかったのだろう。これ以上混乱が続けば流通は滞り、各地でボース産の果物等が高騰する羽目になっただろう。

 エステルは照れながらはにかんで言った。

「えへへ、何だか嬉しいな。あたし達が頑張ったことで皆のお役に立てたんだったら遊撃士冥利に尽きるってもんよね♪」

「フフ、ナマ言っちゃって。でも確かにあんた達ももう新人とは言えないわね。正直、今回は色々驚かされたわ。……ほんと、色んな意味でね……」

 シェラザードはそう言って物凄く遠い目をした。あ、あそこに鳥がーだの、三途の川がーなどと言い出しそうなほど遠い目をしていた。無理もないだろう。ヨシュアならばいざ知らず、エステルも成長しているのである。一番の驚きは恐らくアルシェムの手配魔獣からのアジト潜入が挙げられるのだろうが。

「……まあ、さっきまではアルシェムにはやらんつもりだったが、気が変わったわい」

 ルグランは渋い顔をしながら紙にアルシェムの名を記入し、次いでエステル、ヨシュアの名も記入した。その紙は――

「これって……」

「あの、良いんですか?」

「エステル達はともかく、わたしはしばらく反省しておれぃ! って言われるのを覚悟してましたけど」

 先ほどまではアルシェム手渡されない予定だったそれは、ボース支部からの正遊撃士推薦状だった。これでルーアンに行ける。ルーアンに行けば、メルが待っているだろう。アルシェムが命じておいた情報をまとめて、淡々と通常の職務をこなしながら。

 ルグランは憮然とした顔でこう告げた。

「うむ、これだけの事件を解決したとあっては推薦せぬ訳にはいかんじゃろ。どうか受け取って貰いたい」

 それを聞いて、アルシェムも推薦状を受け取った。鞄の中に丁寧に直し、内心で溜息を吐く。アルシェムは思っていた。何故まだここにオリヴァルトがいるのだろうか、と。

 アルシェムの内心をよそに、シェラザードが零す。

「ふふ、良かったわね。カシウス先生が聞いたらさぞ喜ぶと思うんだけど……」

「……うん……」

「……そうですね……」

 エステルとヨシュアはその言葉を聞いて舞い上がっていた心が一気に沈んだ。シェラザードは空気を読むべきだとアルシェムは思った。落ち込むエステル達にアルシェムは声を掛ける。

「や、カシウスさんですし乗ってないんだったら何かしら言伝くらいあるんじゃないですか?」

「そうね……」

「ほら、リンデ号から降りたんだったらそのままリンデ号に言伝を乗せてて言伝ごとハイジャックって可能性もなきにしもだし」

 と、アルシェムが言った瞬間だった。タイミングよく飛行船公社の職員がやってきたのは。

「ごめんください、こちらにカシウス・ブライトという方のご家族はいらっしゃいますか?」

「……え、あ、はい。娘ですけど」

 それに動揺して応えたのはエステルだった。それは流石に動揺もするだろう。アルシェムがいっている端からそのような話が来たのだから。

「ああ、良かった。実はリンデ号の積み荷の中に入っていたロレント支部への荷物だったんですが、問い合わせたらこちらにご家族がいらっしゃると聞きましたのでまだいらっしゃるかなと思って急いできたんです」

 飛行船公社の職員はそう言ってエステルとヨシュアあての封筒と小包をエステルに手渡し、何故か別になっていたアルシェムあての封筒をアルシェムに渡した。

「あ、ありがとうございます」

「では、確かにお渡ししましたよ」

 そう言って飛行船公社の職員は戻ろうとして思い出したように振り返った。

「ああ、それと……空賊の逮捕、本当にご苦労様です。おかげで助かりました」

 照れくさそうにそう言った職員は、足早に帰っていった。余程恥ずかしかったらしい。余談ではあるが、彼は勝った者がエステル達あての荷物を持っていき、ついでにお礼を述べるという大じゃんけん大会の優勝者でもあった。

 それはさておき、ルグランは遊撃士協会の二階で手紙を読むように気を利かせてくれた。その際オリヴァルトが空気を読まずついてきたのは言うまでもない。手紙を先に開けることになったのはエステル達。エステルは早速手紙の封を切って読み上げ始めた。

 

『エステル、ヨシュアへ

 

 そろそろ代理の仕事を終わらせただろうか? 最初は躓くこともあるだろうが少しずつ確実にこなせば良い。お前達ならば必ず出来るはずだ。

 さて、こちらの仕事の方だが、少々困ったことが起こってな。女王生誕祭が終わる頃まで家に帰れないと考えてくれ。俺が戻るまでどう過ごすかは自分で決めると良い。16歳という実り多き季節を悔いなく過ごしてほしい。

 シェラザードとアイナに宜しく伝えておいてくれ。   カシウス・ブライト』

 

 エステルが読み終えたのち、最初に感想を零したのはシェラザードだった。カシウスらしい、とのことだ。その無難な内容に、アルシェムは自らの持つ手紙を握りしめそうになった。恐らく、あそこには書けない情報が書いてあるのだ、この手紙には。

「アルの方はどうなの?」

「開けてみるから待ってって」

 アルシェムは手紙の封を切り、中身を一瞥して――渋面を作った。それほどまでにカシウスからの手紙には苦々しい事実が書いてあったのである。

「ど、どうしたの?」

「何故にわたしに託すかなーカシウスさん……」

 アルシェムは少ない時間で書いてあることを誤魔化す方法を考えた。結果――

「シェラさん、カシウスさんがいない間に《スタインローゼ》が減ってたら鳳凰烈波だって」

「あ、あんですってー!?」

 シェラザードの名誉を傷つける羽目になったのであった。シェラザードがエステルの如く死語で反応を返すほどに、酷い内容であった。流石にシェラザードもカシウスがいない間にワインをこっそり飲もうなどとは思っていない。

「あ、ヨシュアはエステルを襲わないよーにってさ」

「襲わないからね!?」

 一応、エステル達への注意書きということにしておけば誤魔化せるはずである。実際に似たようなことが書いてあるのだから。相手は全く違うのだが。

「エステルはお腹出して……」

「寝ないわよ! 何言ってんのアルってば、もう……」

 その後、エステル達はオリヴァルトにそそのかされて小包を開けた。そこに入っていたのは漆黒のオーブメントだった。ツァイス留学の経験があるアルシェムからすれば有り得ないような代物である。

「……キャリバーなし、継ぎ目なし、ネジ等も無し、うっわー……何この怪しー物体」

 それに付随していたメモには、こう書かれている。『例の集団が運んでいた品を確保したので保管をお願いする。機会を見てR博士に解析を依頼して頂きたい。K』

 アルシェムはR博士の目星がついていた。Kという人物には全く以て心当たりがないが。R博士。それは、恐らく――Albart Russel博士のことだ。導力革命の父にして、アルシェムがツァイス留学の際に居候になった家でもある。

「アルバート博士……っと、こっちのほーが通りがいーかな。カシウスさんがこんな物体の解析を頼むとしたら、ラッセル博士しかいないでしょー」

「え、誰?」

 エステルの言葉にその場にいた人間は凍りついた。日曜学校でもさんざんやったはずの人物であり、このリベールで女王陛下に次いで有名人ではないかというほどに有名な人物である。その人物を、誰? の一言で切り捨てられるエステルはやはりおかしい。色々と。

「アルバート・ラッセル博士。導力革命の父で、わたしがツァイス留学してた時に居候になった家の主だよ」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、その博士に会いに行った方が良いのかな?」

 しかし、ヨシュアはそれを否定した。『機会を見て』という言葉を巧みに使ってルーアン経由でツァイスまでゆっくり行くことを提案したのである。アルシェムが疑っていることを知らないヨシュアは、信ぴょう性のありそうな言葉を並べ立ててエステルを説得してしまった。アルシェムとしても今のところはまだツァイスに行きたくないために甘んじて受けたが。ツァイスにはアルシェムの黒歴史が眠っているのである。

 その後、エステル達は正遊撃士を目指すべく各地を旅することを決めた。無論アルシェムも一緒に、である。話を終えたエステル達は、階下に降りた。すると、ルグランが困ったように通信機の前で平謝りしていた。

「す、済まんアイナ嬢ちゃん、すぐ返すから……だから酒だけは勘弁してくれぇぇぇぇぇい!」

 男、ルグラン。心からの絶叫である。そして、通信先――アイナ・ホールデンの泣き落としという名の脅しにより、シェラザードはロレントへと戻ることになった。ついでにオリヴァルトもロレントに向かうらしいのだが、その前にボースマーケットで買い物をしたいという。オリヴァルトは何故かアルシェムを連れてボースマーケットへと侵入した。

「……何のつもり?」

「いや、あの手紙には間違いなく別のことが書かれていたんだろうと思ってね。……聞かせてくれないか?」

 オリヴァルトは真剣な顔でそう言った。アルシェムは溜息を吐き、オリヴァルトに見せられる部分だけをちぎって封筒に入れ直し、手渡した。こんな不用心な場所で言うつもりはない。アルシェムにとっても、オリヴァルトにとっても問題しかない内容だからである。オリヴァルトはそれを受け取り、懐に入れて買い物を終えた。

 そして、エステル達はシェラザードとオリヴァルトを見送るべくボース国際空港へと向かった。飛行船に乗ったシェラザードが複雑な顔でエステル達に告げる。

「それじゃ、あたしはロレントに戻るけど……うーん、やっぱり心配ねぇ。本当について行かなくて良いの?」

 それは、一応はカワイイ妹分たちを心から案じる声だった。しかし、エステル達は笑ってそれを受け流す。

「も~、大丈夫だってば。シェラ姉がいたら修行になんないじゃない」

「ロレント支部のほーがヤバいんじゃねーですか? かなり人不足でしょーに。アイナさん、多分アレヤケ酒入ってましたよ?」

「大丈夫ですよ。何とかやっていけます」

 エステル達のその顔を見て、シェラザードは少しばかり不安もありつつも送り出すことに決めた。少しばかり実力が足りなくとも、経験することは大切である。シェラザードはエステル達を激励し、オリヴァルトはおちょくられながら飛行船は飛び立っていった。

 アルシェムは、手紙の内容を思い返す。その、少しばかり不吉な内容を。

『ストレイ卿へ 少しばかり厄介な状況だ、しばらくは帰れない――つまり、蛇が動き始めるだろう。十分に留意してほしい。

 あと、演奏家殿に伝えてほしい。ヴァンダール氏が君を探しているから近いうちに帝国大使館に出頭してほしい、と。 カシウス・ブライト』




次回、再び旧作にはなかった話を入れてこの章は終わります。

では、皆様よいお年を。
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