雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧34話から37話までのリメイクです。

では、どうぞ。


クローネ関所から木蓮の村、マノリアへ

 あの後、魔獣を狩り終えたエステル達は何故かアガットに遠回しに褒められつつ関所の中へと戻っていった。そして、明日――というよりも、最早今日であるが、次に動き始めるまで休んでおけというアガットの言葉に従って眠りについた。

 今度は悪夢を見なかったアルシェムは、早朝に目を覚ましたアガットに気をつけて行ってください、とだけ声を掛けて再び床に転がった。体は十分に休めているが、この先何が起こってもおかしくないからである。深夜の魔獣は明らかに統制が取れていた。しかも、あの技術はアルシェムの知る技術だったのである。

 やがて何事もなくエステル達が起き出したのでアルシェムも起き上がった。副長の宣言通り朝食をご相伴にあずかり、通行手続きをしてから彼らに別れを告げ、エステル達はクローネ関所を後にした。因みに、深夜の魔獣騒ぎの後には何も起こらなかったらしく隊長も副長も首を傾げていたのだが、その理由をアルシェムが告げることはなかった。

 クローネ山道を楽に踏破し、マノリア間道に出たエステルは歓声を上げた。というのも――

「見て見て、ヨシュア、アル! 海よ、海!」

 眼前には雄大なテティス海が広がっていたからである。魚介が豊かな海であり、海路での外国との玄関口でもあり、交通の要衝としても有名な場所だ。そして、この場所は――2年前、アルシェムがカシウスに保護された場所でもあった。

エステルは間道に張られた柵いっぱいまで乗り出してテンションも高く言った。

「青くてキラキラしてめちゃめちゃ広いわね~! それに潮騒の音と一面に漂う潮の香り……うーん、これぞ海って感じよねっ!」

 そんなエステルを見つつヨシュアは苦笑して訊いた。

「エステル、海を見るのは初めて?」

「ううん、昔、父さんと定期船に乗ったときちらっとみた記憶はあるんだけど……こんなに間近で見るのはひょっとしたら初めてかも」

 そう言ってエステルは海を堪能するように眺めた。この先には実は砂浜があるのでそこに行くと間違いなくテンションも高く波と戯れる気がしてならない。

ヨシュアは「うふふ、つかまえてみなさ~い」と言いながら走るエステルを夢想した。――凄く、イイ。しかしそれを顔に出すことなくヨシュアはアルシェムに問うた。

「僕も海は久し振りだけど……アルは?」

 その問いにアルシェムは苦笑しながら答えた。最近苦笑しかしていない気もするのでそろそろ表情筋が固まってきた気がすると思いつつ。

「ん……多分、あるよ」

「え、多分なの?」

「ルーアンに来たことあるはずだから間違いなく見たことあるはずだけど、覚えてないからねー」

 無論、真っ赤な嘘である。何が嘘かというと、覚えていないというのが嘘である。アルシェムは記憶喪失ということになっているが、実際にはほぼすべてを鮮明に覚えているのだから。覚えていないのは――名前だけ。

「あ、そっか……」

「気にしないの、わたしは気にしてないから。ほら、進むよー?」

 アルシェムはわざと先行することでそれ以上の詮索を防いだ。あまり突っ込まれるとぼろが出る、というわけではないが、確実に怪しまれてしまうからだ。エステル達も慌ててアルシェムの後を追ってきた。

 魔獣を狩りつつ進むエステル達は、時折景色を楽しみつつ進む。エステルのテンションは間違いなくハイで、ヨシュアも少しばかりつられているようだった。

「あ、ねえねえ、あそこにある高い建物ってもしかして灯台なのかな?」

「多分そーだね」

「登らせてくれたりするかなあ?」

 わくわくという擬音語が聞こえそうなまでにテンションの上がったエステルはアルシェムの返事を待つことなく灯台に向かった。分岐を左に行けばマノリア村についたのだが、どうしても灯台に上りたかったようである。何とかと煙は高いところに上りたがるというが、エステルもそれに当てはまってしまうらしい。決してエステルはバカではないのだが。

 エステルは灯台に辿り着くと、灯台の扉の前にいる老人に話しかけた。

「あの、ここって登れる?」

 にっこりと笑顔でエステルは問うたのだが、老人は顔をしかめてこう答えた。

「何じゃいお前さんらは。今は忙しいんじゃ、バカなことを言っていないで……」

「エステル、この灯台何かとっても魔獣の気配するんだけど……」

「さっさとマノリアにでも……む? お前さんらは……」

 老人はエステルの胸元をじろじろと見た。ヨシュアはそれを見て老人に対する警戒レベルを引き上げる。内心では何をしてくれているんだ僕のエステルに! くらいは思っているかも知れない。

 エステルの胸元にあった支える籠手の紋章を認めた老人は、いきなり顔を真っ赤にして怒り出した。

「何じゃ、遊撃士ならさっさとそう名乗れぃ!」

「済みません。灯台の中に魔獣が侵入したから退治してほしいということでいーですね?」

「分かっておるならさっさとせんか!」

 そもそもなぜ灯台の中に魔獣が入ってしまったのかや、どうして遊撃士と分かった瞬間に起こりだしたのかを聞いてみたい気もしたのだが、事態は緊迫していそうなのでアルシェムは灯台の扉に手を掛けた。

「では行ってきます。エステル、ヨシュア。そっちから魔獣が来ないかだけ見張っててね」

「モチのロンよ! 気を付けてね」

 エステルの言葉にアルシェムはひらりと手を振って応え、灯台へと突入した。そこには――懐かしの魚型の魔獣が。先日、ロレントの《翡翠の塔》でエステルを襲いかけたあの魔獣である。アルシェムは壁と床に傷をつけないように手加減しながら魔獣を狩っていった。

 一方――エステル達はというと。

「わわっ……」

「やっぱり来たね。下がっていてください!」

「分かっておるわい!」

 魔獣が灯台に迫ってきていた。エステルは老人を守るように前に立って魔獣をけん制し、手が空けばアーツで援護。ヨシュアはヨシュアでエステルに――あくまでも老人にではない――近づいてきた魔獣を縦横無尽に切り裂いて退治していった。

 かなりの数が大挙してきているので、恐らくどこかの街道灯か灯台の機能そのものが壊れてしまっているのだろうと思いつつヨシュアは魔獣を狩っていく。と、その時だった。

「塔内の魔獣は全部狩ったけどー! 灯台の魔獣除け機能切れてるから、直して良いですかおじーさまー?」

 灯台の上の出入り口から顔を覗かせたアルシェムがそう叫んだ。すると、老人は自分が直すと言って聞かない。しかし、いくらアルシェムとはいえ魔獣の狩り残しがいる可能性もあるので、エステルはヨシュアにこう提案した。

「ヨシュア、ちょっとだけお願い! あたし、おじいさんを上まで護衛してくるからその間だけ!」

「分かった! アルのことだから魔獣はいないと思うけど、十分気を付けて!」

 エステルはヨシュアの言葉を聞くと老人を連れて灯台をのぼりはじめ、ヨシュアはエステル達が中に入るなり扉に張り付いて魔獣を通さないようにした。エステルは魔獣に遭遇することなく老人を灯台の上まで誘導し、アルシェムに老人を任せると階下へと駆けだした。アルシェムはそのまま老人を手伝って魔獣除けを修理し、一応魔獣が来た時用に警戒もしていた。エステルはヨシュアと共に魔獣を掃討していた。

 やがて――魔獣の波は切れた。魔獣除けの効果が発揮され出したのである。それを見てエステル達は警戒を解き、灯台の扉をしっかりと閉めて階上へと向かった。

「こっちは何とかなったわよ、アル」

「こっちも何とかなったよ。魔獣除けがちょっと弱まってたみたいだからアリモノで修復しちゃったけど」

 エステルは顔をひきつらせた。アリモノで修復できるんだ、とエステルは思ったとか思わなかったとか。それよりも、今は依頼人(仮)に報告をする方が先だった。

「おじいさん。魔獣は退治しちゃったよ」

「ふん、遊撃士なら当然じゃい」

「え、えーと……あ、ほ、他に困ってることとか、ないかな?」

 エステルはあくまでも間を繋ぐためにこの言葉を発した。しかし、老人はその言葉に反応した。片眉を上げ、エステルをまじまじと見てからこう返す。

「まだまだじゃが、気配りは出来るようじゃの。……ふむ、どことなくあの壮年の遊撃士に似ているような気がするのう……」

 しかし、老人は頭を振った。老人の知る壮年の遊撃士はこの状態で酒のつまみでも置いて行ったりする気配り上手、というよりも気を配りすぎる男だった。その男の正体を何となく掴めたアルシェムは苦笑しながら老人に告げる。

「エステルはそりゃー似てると思いますよ。でも、その人に追いつくにはまず正遊撃士になるところから始めないといけませんからねー……」

「え……」

「ふん、まだまだヒヨッコじゃの。まあでも、このまま気配りを忘れずにおればおのずと越えられるじゃろ」

 そして、老人は折角登ってきたのだからと少しだけ灯台から外を見せてくれた。

「わあ……すっごいいい景色……」

「うん、綺麗だね」

 エステルは海を見て感嘆の声を上げているが、ヨシュアは実は違った。横目でエステルを観察してそう言っているのである。アルシェムは実に複雑な顔をしながら海を眺める羽目になったのだった。

 老人に別れを告げたエステル達は、マノリアへの道を急いだ。というのも――太陽の位置は既に真上に近い。昼食時が近いのである。加えて、先ほど目いっぱい運動したエステルはとてもお腹を空かせていた。

 そして、程なくして一行はマノリア村へとたどり着いた。

「は~っ、やっと人里ね」

「いや、やっとって言うけどエステルさんや、結構早いペースで進んでたよ? 灯台の件を抜きにしても」

「だってお腹空いてたんだもん。折角ここまで来たんだしさ、どこかに入って料理でも頼まない?」

 エステルの提案は快く受け入れられ、一行は近くにあった《白の木蓮亭》に入った。そこは一応宿屋なのだが、食事処も併設しているようである。クローネ峠を越えて来たことに驚かれつつエステル達は昼食を買った。エステルとアルシェムは魚介類のパエリア。そしてヨシュアはスモークサモーナのサンドイッチである。おまけでハーブティーもつけてくれ、更に食事にお勧めのスポットを教えて貰ったエステルはそこで食べることを提案した。

「良いね」

「あ、わたしはパス。ちょっと書き物しないといけないからこのままここで食べてるよ」

 そして、エステルとヨシュアは外に出て展望台方面へと向かった。アルシェムはそのままその場でゆっくりとパエリアを堪能するのだった。

「お嬢ちゃん、あの2人……」

「はい、そーですよ……あんな中で美味しく食べられますかってーの」

 アルシェムは店主の問いにそう答えてパエリアを食べ勧めた。流石に、エステルとヨシュアの邪魔をするわけにもいかなかったからである。一応アルシェムは空気の読める女なのであった。

 と、そこにジェニス王立学園の制服を着た女子生徒が入ってきた。紫がかった髪を肩よりも上で切りそろえた上品な女子生徒である。ジョゼットという前例はあるものの、彼女の方がはるかに高貴な女性に見える。

「あ、あの……クラム君、見ませんでしたか。あ、白い帽子をかぶった10歳くらいの男の子なんですけど……」

 その女子生徒の顔を見た瞬間――アルシェムは盛大に顔をしかめた。というのも、思いっきり見覚えがあったからである。正直に言って、話しかけたくなどない。話しかければ確実に厄介なことになる。しかし、今のアルシェムの身分は遊撃士である。話しかけないわけにもいかない。

 アルシェムは腹をくくってその女子生徒に話しかけた。本来ならばアルシェム如きの平民が簡単に話しかけられるような女性ではないのだが、話しかけないわけにもいかないので。

「あのー……何かお困りですか?」

「あ、えっと………………え?」

 女子生徒はアルシェムを見るなり硬直した。ある意味当然である。アルシェムは彼女を知っていたし、彼女もアルシェムを知っていた。ただ、出会い方が物凄く特殊だったのである。

「お久し振りです。今は遊撃士をやってます」

「あ……そう、なんですか……」

 女子生徒は少しばかり困ったように視線をさまよわせていたが、それ以上に大切なことを思い出したのだろう。彼女はアルシェムに向かって口早にこう言った。

「この間は自己紹介もしていませんでしたよね。クローゼ・リンツです。あの、それで男の子を見ませんでしたか?」

「や、見てません。外に遊撃士があと2人ほどいるので聞いてみましょーか」

 女子生徒――クローゼ・リンツはアルシェムに追従して《白の木蓮亭》を出た。アルシェムは出際にごちそうさまでしたとだけ告げたが、その言葉もクローゼの耳には入っていないようだった。

 クローゼの心中は複雑だった。何故彼女がここにいるのか。そして、何故こんなタイミングで出会ってしまうのか。今の自分の地位を失いたくはないのに、なぜこんな時に限って。

 そんなクローゼの心中を察したアルシェムは彼女にこう告げた。

「そんなに心配そうな顔をしなくても、誰かに正体を言うだなんてことはしませんから。……借りばっかりありますし」

「……お願いします、絶対、誰にも言わないで下さい……!」

「支える籠手の紋章とシロハヤブサに誓って」

 アルシェムは真面目な顔でそう告げた。アルシェムはクローゼの弱みを握ったも同然なのだが、今彼女を利用する気はなかった。彼女を利用するとしたらもっと後になるだろう。その時のリベール王国の情勢如何によって、クローゼはアルシェムに利用される可能性はあった。

 クローゼはアルシェムの瞳を見てアルシェムを信用することを決めた。

「……信じ、ます」

「ありがとうございます……っと、エステルー!」

 クローゼに礼を言ったアルシェムは何かを探している様子のエステルに声を掛けた。すると、エステルはすぐに駆け寄ってきてアルシェムに問うた。

「アル、帽子かぶった10歳くらいの子見なかった!?」

「奇遇だね、エステル。わたし達もちょーどその子を探してるんだけど」

 アルシェムの答えに、少年を見ていないことを察したエステルは拳を握りしめて震えた。

「あんの悪ガキーっ、一体どこに行ったの!」

 鼻息も荒く周囲を見回すエステル。しかし、当然少年はいない。アルシェムがクローゼに聞かれてから探した気配は、既にマノリア村を離れていた。

 アルシェムはエステルに問う。

「え、エステル、何が……あれ、遊撃士の紋章は?」

「その悪ガキに盗られたのっ!」

 すると、クローゼはエステルに向き直った。一応、クローゼはクラムの保護者としてマノリアに赴いていたためだ。監督不行き届きで咎めを受けても構わないという覚悟でクローゼは頭を下げ、言った。

「済みません、多分クラム君がやったんだと思います……」

「え、あ、えっと……アル、どちらさま?」

 エステルはクローゼのことが目に入っていなかったようでそう問うた。アルシェムはクローゼを紹介――無論、一般人『クローゼ・リンツ』としてである――してからクラムと呼ばれる少年を探していることを告げた。

 そして、マノリア村内をくまなく探したエステル達はクローゼの誘導に従い、マーシア孤児院へと向かった。クラムは孤児院であり、今現在もそこに住んでいるのだという。

 そのことを知ってからしばらく悩んでいたエステルは、メーヴェ海道――マノリアからルーアン市街へと向かう道である――の分岐で立ち止まってこう宣言した。

「よし、決めた! 他人のものを取るのは悪いこと、境遇云々は関係ないわ!」

「エステルらしいね」

 ヨシュアが遠回しに賛成し、そしてその分岐を内陸に向かって曲がると――そこには、小さくも可愛らしい孤児院があった。




というわけでクローゼおねーさんの登場でした。

では、また。
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