雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
今回に限り三話連続投降です。マドリガル読みきるのに半月とかちょっとどうかと思ったので。
因みにこのマドリガル、前作とは少しばかり変わっております。
では、どうぞ。
開演、五分前。低くブザーが鳴り、観客たちは話を控え、静かに開演を待つことになった。座席にはそうそうたる顔触れがそろっている。ボース市長にしてジェニス王立学園卒業のメイベル市長と、その隣にメイドのリラ。ルーアン市長のダルモアと並んでコリンズ学園長が座っている。学園祭に出資したデュナン公爵とお付きのフィリップは最前席に陣取っている。そして出来るだけ邪魔にならないところにいようとしている孤児院の子供達とテレサをハンスがこっそり目立たないが良い席に案内していた。
他にも何故かいるピンク色の髪の士官やぼさぼさ頭の新聞記者もいるが、それはさておき。
「ただいまより、生徒会主催の史劇《白き花のマドリガル》を上演いたします」
すぐに五分という時は経った。女性の声が響き、次いで低いブザーの音が鳴る。照明は落とされ、完全に暗くなる。これから舞台が始まるのだと、観客たちは心をときめかせて今か今かと待っていた。
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ブザーの余韻が消えたことを感じたジル・リードナー扮する語り部は、スッと、立ち上がった。手元には壮麗な装飾が成されている一冊の本があり、それを開いて観客を見据えた。一度目を閉じ、はやる心を押さえつけて。
ジルは、ゆっくりと語り始めた。
「時は七耀暦1100年代のこと。100年前のリベール王国、それは未だに貴族制が残されていた時代」
そこで一度言葉を切り、小さく息を吸う。ジルの声は比較的通る方ではあるが、声の小さい人たちのために念のためにピンマイクを配布してあるため、全力で息を吸うわけにはいかないからだ。流石に自分の息を吸う音を観客たちに聞かせようとは思わない。
吸った息を、ジルは言葉に変えて吐き出した。
「同じ人間であるのに、なぜ押さえつけられなければならないのか。その悲痛な叫びを胸に、商人たちを中心とした平民勢力が台頭してきた時代」
棒読みにならないように、出来るだけ抑揚をつけて。誰の耳にも届くように。ジルはそう心の中で自分に言い聞かせながらつづけた。
「貴族勢力と平民勢力とが対立するのはこの時代では当然のこと。どちらの意見も食い違い、王家の仲裁も七耀教会のとりなしも全く功を奏さなかった、そんな時代」
そこまで言い切ったジルは本を持つ手を少しずつ動かし始めた。この後、右手で舞台を差さなければならないからである。慎重に動かしつつ、口上を述べるジル。
「時の国王陛下が崩御され、喪が明けたころ――うねる歴史の流れの一筋は、確かにグランセル上の屋上にある空中庭園にありました」
そして、スッと右手を開き、指をそろえて舞台を差す。すると、ぎりぎりジルの目では見えていた講堂の二階の機材スペースにいたハンスがジルにあたっていたピン・スポットライトを消すと同時に舞台に照明が当てられた。ジルはそのまま目立たないよう舞台袖に消えていき、夜の空中庭園を模した舞台上にはヨシュア扮する白の姫セシリアと見るに堪えない侍女たちが残された。途端にざわめく観客席。恐らくは侍女の中身について笑っているのだろうが、今からその喧騒は消える。なぜなら――
「街の光は、人々の輝き――あの一つ一つにそれぞれの幸せがあるのですね」
柔らかな声が、観客たちの耳朶を打った。少し低めの、しかし澄んだ声。その声は観客たちを忘我の境地へと引き込んだ。そして、ヨシュア――声だけは別人のようである――はこの観客たちを更に魅惑の渦へと叩き込むべく声を発する。
「それなのに、ああ、わたくしは……」
そして、なよなよと回転しながら座り込む。地味に衣装のスカート部分は床を擦っており、そのスカートと床の間に空間が出来ないかと野郎どもは釘付けになってみていた。無論ヨシュアにはそこまでサービスするつもりはない。
と、そんな可憐なヨシュアに駆け寄る見るに堪えない侍女達。そのうちの、侍女リンファという役の男子生徒が裏声でヨシュアに話しかけた。
「姫様、そろそろお休みくださいませ。あまり夜更かしをされてはお身体に触りますわ」
「リンファ、レイニ……良いのです、わたくしなど。このまま生きながらえていても民たちを困らせてしまうだけですもの」
儚く、弱弱しく。最初はすねる感じで少しばかり子供っぽさを表現しようという話もあったが、ヨシュアの身を切る提言によってセシリア姫は王になる資質を十分に兼ね備えた庇護欲をそそる恋だけが欠点のスーパーお姫様と化していた。
そんなヨシュアにもう一人の侍女役の男子生徒が反駁する。
「まあ、どうかそんなことをおっしゃらないで下さいまし!」
「わたくし、結婚などいたしませんわ。お父様の遺言ではありますが、誰を王配に選ぼうが即位しようものなら国が割れてしまいます。そんな光景だけは見たくありません」
ふい、ともう一人の侍女レイニ役から顔を逸らしたヨシュア。因みに王配とは、女王の伴侶のことである。実権は女王が握り、その多くはどこかの貴族から選ばれている。
と、そこにアルシェム扮する紫騎士ブラッドが舞台袖から登場した。そして、ヨシュアに語りかける。
「どうやら殿下はご機嫌がすぐれないようですな。少しばかり報告があり申したのだが……」
「ブラッド将軍……貴男も、国が割れるのは見たくないでしょう?」
ヨシュアに問われて、アルシェムはスッと目を細めた。因みに練習を始めた当初は普通に吹き出してしまってお話にもならない状況だったのである。ヨシュアの目にはどうやったのか涙が浮かんでおり、まさにうるうる、といった感じで見上げていたからだ。
アルシェムは大げさに溜息を吐いてヨシュアに答えた。
「殿下、殿下が即位召されなかった時のことをお考えなさい。今のラドー公爵にも、クロード議長にも国を渡すわけにはいかぬでしょう」
「ですが、ブラッド将軍……」
なお迷う様子のヨシュア。ラドー公爵は貴族派の重鎮で、クロード議長は民主化の最先鋒である。どちらに実験が握られてしまってもリベールという国は引き裂かれてしまうのが目に見えていた。
それにアルシェムは諭すように言い含めた。
「誰が何といおうが、姫様はこのリベールの至宝にあらせられます。良き王配殿下をお迎えになって王国を治める分には彼らも文句は言えないでしょう」
この言葉を、アルシェムは別の人物に言いたいと思っていた。今この場にはいないのだが、恐らく彼女は決して結ばれることのない恋心を抱いている。アルシェムには、誰かに恋をする気持ちは分からないが、それが厄介なものであるとはわかっている。だからこそ、恋に惑わされずに、と言葉を付け加えて伝えたいのだ。彼女のためではなく、彼女が恋している男のために。
顔を曇らせたヨシュアは、迷うように独り言を吐き出した。
「良き王配、ですか……それは、ユリウスとオスカーのどちらなのか……わたくしには、決められない……」
ユリウスを選べば、貴族派を勢いづける結果となってしまう。かといって、オスカーを選べば古き良き伝統が失われてしまうかもしれない。それに、なによりもセシリア姫という存在はユリウスとオスカーを同等に愛していた。
再び顔を伏せたヨシュアに視線が集中した瞬間に、ゆっくりと舞台は暗転していく。そこに出るべき役者が位置につき、身だしなみを整える。アルシェムは暗転した後に大掛かりな舞台装置の移動を手伝い、全てが移動し終わると同時に舞台袖に引っ込んだ。舞台上から消えるべきアルシェムが退場したことを確認したハンスが照明をつける。そして、スポットライトが当たったのはエステル扮する紅騎士ユリウスだった。
少し緊張気味に、それでも声を張り上げてセリフを語るエステル。
「なあ、覚えているか、オスカー。幼き日、剣を模した棒きれを手にしてこの路地を駆け回った日々を」
次に、カッ、とでも効果音がありそうな勢いで点灯したスポットライトがクローゼ扮する蒼騎士オスカーに当たる。観客席で子供達がきゃああ、と小さな声で叫んでテレサに窘められていた。
クローゼも少しばかり震えそうになる声を押さえてピンと声を張り上げた。
「勿論だ、ユリウス。忘れることなど出来るものか。君と、セシリア様と無邪気に過ごした宝物のような日々を」
歌うように言い終えたクローゼのセリフをきっかけに、照明がスポットライトから普通の明かりに変わる。
それを契機にしてエステルが思い出し笑いをしながらこう言った。
「ふふ、あの時は驚いたものだ。すわ父上からの追手かと思えば、ブラッド殿だったあの時の衝撃を……」
「ああ、ブラッド殿の第一声が姫様! だものな……流石の私も驚いたよ。そんなまさか! とね」
クローゼも苦笑しながらそう返す。因みに内心ではエステルが思い出しすぎて笑い転げなくて本当に良かったと思っていた。練習の時、ここでエステルが爆笑して使い物にならなくなったことがあったので。その時何を思い出していたのかと聞くと、巨大な虫を見せた時に唖然としていた小さなヨシュアの顔だったそうな。
エステルが思い出話を続ける。
「その後に姫が庇って下さらなかったら、首と胴体は泣き別れしていただろうなあ」
「そうだな……あの舞い散る木蓮のような可憐さの中に清水のような潔さがなければと思うと、な」
因みに、セシリアが庇わなければユリウスもオスカーも牢屋にぶち込まれていたことだけは確かであったらしい。と、ハンスが脚色した脚本の中には書かれていた。一応暫定的に一国の姫君を勝手に城から連れ出したように見えるからである。誘拐の濡れ衣などすぐに着せられただろう。その時の恩を返すためにユリウスもオスカーもリベール王国内で地位を築き始めた、という設定だ。
そして、エステルがクローゼのセリフに返答した。
「ああ、姫は我らの金耀石だった……しかし、その輝きも日増しに翳りを帯びている。貴族と平民の不満がいつ暴発してしまってもおかしくない……」
「そうだな……そして、その暴発の種となってしまうのが他ならぬ我らの存在。一体、どうすれば……」
俯くエステルとクローゼ。それを合図にしてアルシェムが舞台袖から舞台へと滑り込んだ。そして、エステル達に声を掛ける。
「二人とも、こんなところにいたのか」
「ブラッド殿! その……」
エステルが、ユリウスとオスカーが一緒にいる理由を告げようとして言葉に詰まるふりをする。今ここに一緒にいる理由を告げることは出来ないのである。ユリウスが言えばそれは貴族派の発言となり、オスカーが言えば平民の発言となってしまうのだから。
だからこそ、アルシェムは不自然に間が開かないようにセリフを続けた。
「オスカー」
ただクローゼを呼ぶだけのセリフである。クローゼは背筋を伸ばしてアルシェムに向きなおり、返答した。
「はい、ブラッド殿」
「クロード議長がお前を探していたぞ。早く行ってやると良い」
それにクローゼは敬礼を返すと、観客席から見た右手に消えて行った。後でそちら側にクロード議長役の女子生徒と共に出て来る予定だから右手に消えたのである。
それを見届けたアルシェムはエステルに向き直り、次のセリフを告げる。
「お前にはラドー公爵閣下から伝言を預かっている……可及的速やかに帰宅せよ、とな」
「いっ……わざわざありがとうございました、ブラッド殿! 失礼いたします!」
エステルが顔をひきつらせたのは、一応国の軍の最高位にいる人間に対して伝言を頼むほどユリウスの父は増長したのか、と表現しようとハンスが言ったからである。エステルはそのまま観客席から見た左側へと去って行った。そして、残されたアルシェムにスポットライトが当たり、周囲の照明が消える。
アルシェムはこの場面での最後のセリフを吐き出した。
「立ち止まれば、後はないのだ……顧みることすら赦されず、彼らには戦うしか道が残されてはいない。空の女神よ、彼らに恩寵を……」
この間に、実は光がギリギリ当たらないところまでで準備が始まっている。観客席から見た右手にはエステルとラドー公爵役の女子生徒が。そして左手にはクローゼとクロード議長役の女子生徒がスタンバイし始めている。アルシェムは、セリフが終わると同時に左手側に抜けて次の場面のスタンバイを手伝い始めた。
アルシェムがスポットライトの真下から消えると照明が切り替わり、ラドー公爵役の女子生徒とエステルのいる右手にのみ照明がついて彼女らが言い争いを始めた。
最初に口火を切ったのは、ラドー公爵役の女子生徒だった。
「ユリウスよ、お前にも分かっておるはずだ。これ以上平民共の増長を赦してしまえば……ましてや、我らが主と仰ぐ御方が平民出身となった日には、伝統あるリベールの権威は地に堕ちるであろう」
「お言葉ですが、父上。東に共和国が建国されてから早十年が経とうとしております。最早、平民勢力の台頭もやむなしかと」
神妙な顔で言うエステルに、ラドー公爵役の女子生徒は音高く机を叩いて立ち上がった。
「悍ましいことを言うな! 何が自由たる平等か! 貴賤も十把一絡げにして伝統を棄てるその浅ましき奴らに国を渡すくらいならば、帝国の軍門に下った方がはるかにマシよ!」
「父上!」
エステルがぎょっとした顔でラドー公爵役の女子生徒に詰め寄ると、そこで照明が消えた。エステルはそのままその女子生徒と共に机を片付け、次の場面の舞台装置へと静かに変えていく。次にこの半面を使うのは一つ場面を飛ばしてクローゼと暗殺者役の女子生徒である。路地裏風に変えられていく右反面の舞台装置。
対する左半面では、クローゼとクロード議長役の女子生徒のいる左半面に照明が当たり、彼女らが言い争いを始めた。
口火を切るのはクロード議長役の女子生徒である。
「オスカー君、君には期待しているんだよ。王家さえ味方につけられれば貴族派を抑え込み、我らの悲願である平等な世界を実現することが出来る」
「しかし、議長……自分には納得できません。このような政治の駆け引きにセシリア様を利用するなど……」
顔を曇らせて言うクローゼに、クロード議長役の女子生徒は酷薄に嗤いながらこう続けた。
「フフ、自分の気持ちに嘘を吐いてまであの姫君を守りたいというならば我々に従いたまえ。さもなくば姫君をも巻き込んだ流血の革命を起こすしかなくなるのだから」
「議長!」
クローゼが厳しい顔で反駁したところで、照明が消える。左手側では舞台装置が切り換えられ、どこかの執務室のようになる。左手側の次のシーンはアルシェムとエステルのシーンなのである。クローゼはなかなか大変ながらもセリフはきちんと覚えているらしい。
暗転した左手側から照明のついた右手側へと重い足取りで登場したクローゼは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……流血の革命を起こさせるわけにはいかない……ユリウスにも、セシリア様にも自分は生きていて欲しい……自分は、一体どうしたら良いんだ……」
オスカーの苦悩の言葉。クローゼはそのセリフを言い終えると深く溜息を吐いて壁に背をもたせ掛けた。因みにこの背後では万が一にも舞台装置が倒れないようにと今出ていない役者たちが支えていたりする。
そこに、ふらふらとした足取りで暗殺者役の女子生徒が現れた。酒に酔った様子の彼女はふらふらとクローゼの前を通り過ぎようとして躓く。
「うわっととと……」
「おっと、大丈夫か? ……酔っているのか……?」
クローゼがその女子生徒を支えた瞬間、彼女はクローゼの肩に右手を回して肩を組んだ。そして、セリフと共に左手を突き上げる。
「うぇーい、俺様酔ってまーす!」
「お、おい……ッ!?」
クローゼが怯んだ瞬間、女子生徒は右手に持っていた模造短剣でクローゼの右腕を切りつけた。クローゼは腕を押さえて女子生徒を振りほどき、剣を抜いて対峙する。しかし――すぐに、腕を押さえて剣を持ち替えた。
そして、うめくように声を絞り出す。
「くっ、利き腕が……」
「必要ないだろー? なあんにも選べなくて右往左往してる騎士様にはよお! ついでに命も置いてってくれや!」
女子生徒がクローゼに襲い掛かった瞬間、照明が切り替わって右手側の照明は消え、左手側の照明がつく。そこには迷った顔のエステルと無表情のアルシェムがいた。
うん、何か書くのは難しかったけど楽しかった。
では、次話(2017/02/25/09:00投稿)も続けてどうぞ。