雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
連続投稿最終です。最新話から来た人は二話ほど戻ってください。
では、どうぞ。
リベールという国に平和が訪れるだろう。それを確信させる光景を見たアルシェムは、エステルの傍に屈みこんで告げた。正確には、エステルが膝枕しているヨシュアに、である。
「……もう、よろしいですな? 殿下。流石にこれ以上肝を冷やされたくはありませぬ」
その声に、エステルは信じられないと言ったようにアルシェムを見返そうとして――出来なかった。何故なら、ヨシュアがゆっくりと起き上ったからだ。
「な……ひ、姫!?」
「出来ればもう少し聞いていたかったのですが、ブラッド?」
エステルの声とヨシュアの声に呆然とするクローゼ達の目の前で、アルシェムはヨシュアを立たせた。そして、首にかけられていて壊れたネックレスを取り外す。
「こんなものまで用意して……本音を引き出すにはちょうど良かったのでしょうが、もう二度としてくださいますな」
「あら、でも効果的だったでしょう? これでダメなら、リベールは滅びるべきだと思いましたもの」
「せ、セシリアッ!? 傷は大丈夫なのか……いや、その前にどうして……!」
狼狽するクローゼに、ヨシュアが種明かしをした。
「コレはブラッド殿から頂いた守りのネックレスですわ。一度だけならば命の危機に瀕しても救ってくれるという……ですから、そんなに泣かないでオスカー、ユリウス。わたくしはきちんと生きていますから」
それを聞いた瞬間、一同は抱き合って泣き始めた。無論、演技である。それを微笑ましいものでも見るかのような顔で見たヨシュアは、クローゼに向きなおってこう告げた。
「先ほどの演説、見事でした。正直に言って、あの状況だとどちらを選んでも同じかと思っていたのですが……リベールのためを思うと、貴方と結ばれるのがリベールにとって一番良いようですね、オスカー」
「セシリア様、しかし……ユリウスのことは……」
逡巡する様子のクローゼ。彼女に、エステルが妙に晴れ晴れとした顔でこう告げた。
「いや、受けろオスカー」
「き、君はそれで良いのか!? 君とてセシリア様を……」
「ああ、愛している。だがな、オスカー。私には姫とリベールを選べと言われても姫しか選べない。絶対に私は姫の言うことなすこと全てを肯定してしまうよ。それでは意味がない」
フッ、と笑いながらエステルはクローゼに告げた。
「だからこそ、姫が死んでしまって呆然としていた私よりも皆を叱咤した君の方がふさわしい。姫の夫としても、リベールの王配としても」
「ユリウス……分かった、自分は……」
と、そこまでクローゼが告げた時だった。急に客席がざわめき、そして中年男性が老齢の男性の制止も聞かずに舞台上に上がってきてしまったのである。そして、彼は一喝した。
「ふざけるな! 何故伝統あるリベールの王家に平民などの血を入れねばならんのだ!」
その、言葉で。舞台上が凍りついた。観客席もまた凍りつき、ただピンク色の髪の士官だけが口を歪めていた。それを見たアルシェムは内心で溜息を吐き、次いで一度しまっていた剣を抜いて叫んだ。
「この場を何と心得る! リベール王国が姫、セシリア様の御前なるぞ! 控えよ!」
びりびりとその声は響き、硬直していた生徒達は更にすくみ上った。険しい顔をして叫んだアルシェムに老齢の男性――フィリップは思わず剣を抜いてしまっていた。
アルシェムの言葉に返答したのは、中年男性――デュナンだった。
「それがどうした! 私はリベール王国が次期国王候補、デュナン・フォン・アウスレーゼであるぞ! 貴様こそ控えよ!」
この時点で、アルシェムは事態の穏便な解決は諦めていた。一番近くにいたエステルに後でつじつまを合わせるからとにかく舞台上から生徒を避難させると小声で伝え、もう一度叫んだ。
「今更のこのこと現れて場を乱し、あまつさえセシリア様の決意を無にしようとするとは……王族の風上にも置けぬな!」
そう言いながらもアルシェムは後でこれは謝罪を入れないといけないな、と思っていた。どこからどう見ても王族への侮辱になってしまっているからである。
「な、何だと!? そこの無礼者を討て、フィリップ!」
激昂するデュナン。頭に血が上り、顔が真っ赤に染まってしまっている。
しかし、アルシェムはそれを歯牙にもかけずにクローゼとエステルに告げた。
「オスカー、姫を安全な場所へ。ユリウス、皆を避難させよ」
「え、し、しかしブラッド殿……!」
エステルはアルシェムに反駁した。どう考えてもこのまま戦いになるのは目に見えており、なおかつあの糸目の執事は間違いなく強いと感じ取ってしまったからである。
しかし、アルシェムはエステルに向けてこう告げた。
「心配するな。オレを何だと思っている、ユリウス。畏れ多くもリベール王国軍の総大将を任されているのだぞ? あの程度の敵を蹴散らせなくて何とする」
無論これはエステルに彼と戦わせないための口実である。それが分かってしまったから、エステルはそれに従った。
「……分かりました。ご無事で」
「ああ」
エステルが去っていくのを見届け、舞台上に残された役者はアルシェムだけとなって。ようやくアルシェムはフィリップに向き直った。
「……さて、だ。何故君はその女に従っているのだ? サファイア・フィリップ」
「私は……先王より閣下に仕えるよう命じられ、それを職務として全うしてまいりました。ただそれだけのことでございます」
神妙な顔で、しかし警戒を緩めることなくフィリップはそう言い切った。両者にある緊張は高まり、弾けようとするその前に。アルシェムは彼にやらなければならないことがあった。
「まあ、良いだろう。それよりもだ……お前はその剣でこのオレと相対する気か?」
「左様にございます」
アルシェムは内心で顔をひきつらせながらフィリップの答えを聞いた。というのも、もし双方が本物の剣で、しかも刃引きされていないものを使えば血が飛び散りかねないからである。
アルシェムは足元に落ちていたユリウス用の剣とオスカー用の剣を足で跳ねあげ、思わず抜いてしまった本物の剣を背に戻して片方の剣をフィリップに投げ渡した。これは無論模造剣であるため、せいぜいできても打撲痕かみみずばれ程度である。
「使え。オレはもう血が流れるのを見たくはない」
その言葉に、フィリップは悟った。ここは舞台上であり、血で舞台を汚してしまえば弁償ものだということを。アルシェムを傷つけることをためらわないあたり、彼は忠実に主人を守っているともいえるが。
「……承知した。では……」
フィリップも剣をしまい、模造剣を構えた。一瞬の静寂。そして――
ギィンッ、と甲高い音を立てて。舞台の中央で、アルシェムとフィリップは切り結んだ。
ざわめく観客席。しかし、アルシェム達は止まる気がない。一合、二合、そして――数十合。幾度となく切り結ぶその姿は、観客からは辛うじて見えなかった。というのも……
「……早過ぎて見えないのー」
「ぽ、ポーリィ、しーっ!」
ポーリィという幼女が語った通りだった。観客席にいたほとんどの人物が、その攻防を見て取ることが出来なかったのである。取り敢えずものすごく速い何かが動いているという認識しか出来ないのだ。
因みにこの攻防をきちんと見て取れたのは講堂の一番後ろに立っていた象牙色のコートを着た男だけだと言っておく。
あまり長引かせるつもりのないアルシェムと、ただ主のために戦うフィリップ。両者の剣舞は一進一退で続く。基本的にアルシェムは防戦一方なのだが、たまに反撃めいた攻撃を入れることもあった。
そして、今一度アルシェムとフィリップは中央で鍔競り合う。
「……どうやって収拾をつけるおつもりなのですか」
観客には聞こえない声量でそう告げたフィリップ。どうやら事態を収束させる気はあるようである。
それに、アルシェムはこう返した。
「要するに決闘できなくなれば問題ないでしょー。剣折ります」
そう答えると同時にアルシェムは背後に飛び退く。フィリップも一瞬遅れて背後に飛ぶ。ごくり、と観客が息を呑んだ。これで、決着がつくだろうと思われたからだ。
アルシェムはフィリップに告げる。
「次で終わりだ、サファイア。……殺す気で来い」
「承知いたしました――いざ、参る!」
そして、両者は駆け出し――舞台上で、剣が交差するかと思われた。しかし、それは実現しなかった。何故なら――
バキィィン、と激しい音がしてアルシェムの持つ剣もフィリップの持つ剣も砕けてしまったのだから。
「何と……」
うめくように、フィリップは声を上げる。まさか本当に剣を折ってみせるとは思ってもみなかったからである。しかも、自分の分も含めて。今、アルシェムは剣の切っ先同士を精確に突き合わせて破壊したのである。
アルシェムはニヒルに笑いながらこう告げた。
「まさか砕けるとは思ってもみなかったが……これ以上続けることもあるまい?」
すると、フィリップは背後をちらりと見やって応えた。
「そう……ですな。今日のところは出直してくるとしましょう」
フィリップの視線の先には、腰を抜かしたデュナンがいた。先ほど剣が砕けたことに驚いたのだろう。フィリップがさ、帰りますぞと言っても何も反応しなかったため、完全に放心してしまっているようだ。
こうして――舞台上から、イレギュラーは去った。完全に舞台袖に彼らが消えるのを見届けたアルシェムは、がくんとひざを折った。因みに演技ではない。消耗しすぎたのである。
「……オレも、老いたか……」
自嘲げに嘯くアルシェム。老いた、というよりは腕が落ちたとでも言うべきなのだろう。確かに神経はかなり使ったので精神的な消耗が大きかったのは確かだが、それにしても消耗しすぎた。
そこに、エステルが駆け寄ってくる。どうやら事態は解決したらしいと判断したようだ。アルシェムは必死で息を整えて立ち上がった。
「あ……ブラッド殿ッ! ご無事ですか!?」
一瞬アル、と呼びかけたエステルにアルシェムは苦笑しかけた。今この場でのアルシェムはブラッドであるからだ。一応言い直したあたり今が劇中だということを思い出してくれたのだろう。
アルシェムはエステルに向かってこう告げた。
「ああ、無事だ……と言いたいところなのだがな」
「えっ……」
「どうやら、オレも老いたらしい。これは先ほどお前たちの剣を止められなかったことからも明白だな」
自嘲げに笑いつつ、アルシェムは台本に戻った。一応この先は台本通りに進めるつもりなのだ。今更感が半端なく滲み出してはいるのだが。
スッと、雰囲気を変えて。アルシェムはエステルに問いかけた。
「ユリウス。オレの、最後の頼みを聞いてくれるか?」
「さ、最後って……ブラッド殿、何を」
「リベールには新しい風が必要なのだよ。故に……これを受け取って欲しい」
アルシェムは腰に差していた剣をエステルに差し出した。それは、王国軍総大将の剣、ということになっている小道具だった。それを見て瞠目するエステル。
エステルは動揺したようにアルシェムに問う。
「ぶ、ブラッド殿、これは……どういう、意味ですか」
「どういうも何も、お前に我が地位を譲り渡すと宣言しているんだが」
苦笑しながらそう言うアルシェム。本来であればユリウスとオスカーを止められなかったことに責任を感じて位を降りる発言をするのだが、今回の場合はそれだけでは足りないだろう。
エステルは驚愕した表情でアルシェムに返した。
「し、しかしブラッド殿! それはオスカーに手渡されるべきものであるはずです!」
「何を言うか。王配となるオスカーにこれを渡してみろ、戦乱が起こればすぐにすっ飛んで行ってセシリア様を悲しませかねんぞ」
「それはそうかもしれませんが、私には荷が勝ちすぎているかと……」
何気にエステルがオスカーを貶したのだが、一応そういうセリフなのである。練習の時にエステル達が何故ここでオスカーを貶すのかと何度も聞いたのだが、結論が出なかったためにそのままになっていた。
それに、アルシェムはこう答える。
「今は、お前以外に適任はいないのだ。オレを含めても、な」
「ブラッド殿……」
「受けよユリウス。そして、セシリア様とこのリベールを守り抜くのだ」
その言葉に、エステルは眼を閉じて頷いた。アルシェムはエステルにその剣をわたし、静かに退場する。
そこでようやく照明が切り替わり、エステルにスポットライトが当たった。エステルはそこで剣を抜き、天に向かって掲げながらこう宣言した。
「……ブラッド殿。しかと……しかと、その願い賜りました……!」
そうして、舞台上から照明が消え、急きょセリフを追加したジルが再び登場した。その手には本が握られておらず、ピン・スポットライトに照らされながらジルはセリフを告げた。
「こうして――ブラッドはリベール王国を去りました。これ以上ここにいても彼に出来ることはなく、老兵はただ去るのみだと言い残して――」
その間に舞台では準備が進められていた。その演出の提案者はジルであり、デュナンが乱入してきた時点でインパクトの強いシーンを追加するとハンスに伝えたのだ。
その内容を思い返しながらもジルは言葉をつづけた。
「ラドー公爵やクロード議長。そして、先ほどの公爵閣下も加わり、どこまで伝統を重んじて、どこまで自由を求めるのかを語り合い――」
舞台上では粛々とそのシーンの準備が進められている。因みにジルの位置からは見えないが、アルシェムは幕の陰で衣装を脱ぎ捨てて着替え終え、力尽きていた。
そして、ジルは最後の一文を告げる。
「時は過ぎ、機は満ちて。めでたくも結ばれたセシリア姫、そしてオスカー殿下の結婚式の日と相成りました」
そこで照明は切り替わり、ジルにピン・スポットライトが当たったまま舞台に照明がついた。そこには出来得る限り装飾を盛ったヨシュアと近くにあった王族っぽいマントを纏ったクローゼ、そしてそれを取り巻くアルシェムを除いた役の生徒達が集った。
「彼らに幸あれ。リベールに栄光あれ。リベールに、永久の平和あれ――!」
ジルの声が響き、それをヨシュアとクローゼ以外が唱和して。ヨシュアとクローゼが顔を傾けてキスをする。そして――幕が、下りた。
フィリップも大概人外だが、それに対応できるアルシェムも人外だと思う。
書いていて思いました。いや、そうなるように書いたんだけども。
では、連続投稿はここで終わりです。次回は2017/02/28です。