雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧65話半ば~68話までのリメイクです。

では、どうぞ。


黒のオーブメントと依頼

 ラッセル博士の家に辿り着いた一行は、話をするどころか博士にこき使われそうになった。しかし、アルシェムが博士を正気に戻した――というよりも周囲を見て分からせた――ために未遂で終わった。

 博士は苦笑しながらアルシェムに問うた。

「済まん済まん。それで、今日はどうしたんじゃアルシェム?」

「博士にお客。カシウスさんの子供達だよ」

 そう言ってアルシェムがエステル達を指し示すと、博士は眼を見開いてエステル達を観察した。エステルの容姿を見れば大体はカシウスの血を継ぐことが分かっているのだろうが、ヨシュアに対してもどこに見られる特徴なのかをしっかりと把握しようとしているようにも見える。

 そして、観察を終えた博士は遠い目をしながらこうこぼした。

「成程……まさかカシウスの子達が訪ねて来るとはのう……」

「あ、やっぱり博士って父さんと知り合いなんだ」

 エステルは博士にそう言った。もしもここで博士があやふやなことを言った場合、エステルはあのオーブメントを渡さないつもりだった。一応カシウス宛に届いた荷物である。信頼のおける人物に解析を頼みたいのは当然のことだった。

 エステルに軽く試されていることにも気づかず、博士はこう答えた。

「うむ、あ奴が軍におった頃からじゃから、ざっと20年来の付き合いになるかの」

「あ、わたしもカシウスさんとお会いしたことありますよ。おひげの立派なおじ様ですよね?」

 そのティータの言葉を聞いたエステルは、確かに博士とカシウスの面識があることを確認した。息を吐くように嘘を吐く人物など、エステルはヨシュアくらいしか知らない。ティータにそれが出来るとも思えなかった。

 それと同時に、恐らく博士は悪い人ではないのだろうという確信も得た。半ば直感ではあるが、エステルは自分のカンを信じた。ヨシュアにはもう少し疑うことを覚えた方が良いとは言われるが、今ここで博士を疑ったところで、博士の意志でエステル達が害されることはないだろうと分かったからである。無論、直感で、ではあるが。

 エステルは、鞄の中から黒いオーブメントを取り出して博士に差し出しながら言った。

「ええっと、その……父さんあてに届いた小包なんだけど、イロイロおかしなこともあったし今父さん行方不明だから、出来れば解析? してほしいなって思って」

 博士はそのオーブメントを受け取って眼鏡を直した。くるくると手の中でもてあそびながら博士の知る一般的な『オーブメント』との差異を明らかにするためだ。

 その様子を見ながらアルシェムは博士にこう告げた。

「キャリバーなし、継ぎ目なしで、しかもおかしな性能を発揮したらしーですよ」

 ヨシュアはアルシェムの発言に言葉を付け加える。

「ああ、そう言えばアーティファクトに干渉してたみたいだったね。黒い光が広がって、アーティファクトが壊れた、だったかな」

 それを聞いた博士は、思い切り顔をしかめた。というのも、もしもその現象が本当であれば――このオーブメントはとんでもなく危険な物体になってしまうからである。

 ただし、それでも測定装置にかけるしかないだろうというのが博士の見解だった。というのも、その現象が本当なのかどうかが分からないからである。確かにヨシュアの目ではそう感じられたのだとしても、実際にそのアーティファクトが壊れてしまったという物証を示されない限りは根拠のない戯言になってしまうからである。

 博士はアルシェムとティータに指示を出し、黒いオーブメントを測定装置にかけた。そして――その、結果は。

「あ、あれれ……? お、おじいちゃん、タコメーターがぐるぐる回り始めちゃったよ!?」

 ティータの悲鳴のような声がラッセル家に響く。それを聞いたアルシェムはポケットの中で戦術オーブメントを発動させようとしたが――発動しない。

「博士、導力器が止まってる! 直接触れてないのにってことは、波及するタイプの可能性が……!」

 ふっ、とラッセル家の明かりが消えたことでエステルが周囲を見回すと、窓の外でも明かりが消えていっていた。どうやらあのオーブメントの仕業らしい。

 エステルは焦ったように博士に叫んだ。

「ちょっ、ちょっと! 外の明かりまで消えてっちゃってるわよ!?」

「な、何ぃ!? え、ええい仕方ない! これにて実験終了じゃあ!」

 博士が測定装置のスイッチを切ると、しばらくしてから明かりが復旧した。それを見てアルシェムはそのオーブメントについて推測を立てはじめる。博士も同様で、脳内でいま起きたことの把握に努めているようだった。

「……どう思うかの? アルシェム」

「導力を流すと、導力を停止させる……というよりは、多分これ、停止させるんじゃなくて付近に使われてる導力を伝って際限なく吸収してってるような……」

「ふむ……しかし、どこにも蓄積されておる様子はないのう。よって、先ほどの現象は敢えて『導力停止現象』と名付けておくが……」

 アルシェムと博士は険しい顔で顔を見合わせて視線の中だけで通じ合った。このオーブメントは、危険すぎる。分かることは少ないため、確かに調べるのは面白いだろう。しかし、これは――面白いという次元で話して良い代物ではない。

「博士、この先の調査の算段は?」

「分解じゃろうな。何度も測定して先程のようなことになってはたまらんわい」

 険しい顔でそう話し合うアルシェム達に、エステル達もあまり理解はしていないながら危険なシロモノだとは認識したようである。エステルは、出来れば取扱注意という注意書きくらいはつけておいてほしかったと切実に思った。

 と、そこに人間が近づいてくる気配がした。ほぼ鍛えてもいない一般人の気配だったので、アルシェムはその人物をマードック工房長だと断定する。今この時にこの場所に乗り込んでくる度胸があるのは、キリカかマードックしかいないからである。

「はーかーせぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 アルシェムの推測通り鬼のような形相をしたマードックがラッセル家に怒鳴り込みに来、そして博士に散々文句を言ってから消えた。大体的な異常が起きればラッセル博士のせい、という風潮が出来上がっているため、マードックは今回もラッセル博士の実験の副作用と発表するだろう。アルシェムはマードックの胃の冥福を祈った。

 その後――エステル達は、実験のせいで夜が更けてしまったのでそのままラッセル家に泊まらせて貰うことになった。まだとっていなかった夕食もアルシェムがティータを手伝って作り上げ、またエステル達は皿洗いをしてティータを助けた。そのひと時は、ティータにとって久しぶりに大勢で食卓を囲める幸せなものになったそうな。

 

 ❖

 

 深夜になり、エステル達が寝静まった頃。アルシェムは黒いオーブメント――先ほどの実験で《黒のオーブメント》と名付けられたそれを見ていた。いくら見ても形が変わるわけではないし、分解できるようになるわけでもない。しかし、アルシェムはそのために黒のオーブメントを見つめているのではなかった。

「……既視感? 懐古? それとも……憎しみ?」

 アルシェムの声が小さく響く。誰も、起きる気配はない。ヨシュアならば起きそうなものであるが、今回に限ってはその場にいない。再び気配を消して消えているのである。だからこそ、アルシェムはこうしてじっと黒のオーブメントを見つめていることが出来た。

「……鍵。もしくは……誰かへの福音?」

 口から漏れ出る言葉は、アルシェムの意識していないものである。しかし、アルシェムはその浮かび出る言葉を確かなものにすべく黒のオーブメントを見つめているのだ。その黒のオーブメントから感じるものを、アルシェムは整理する必要がある。それも、早急に。何故だかそんな気がして、彼女はそのまま一晩夜明かしをした。

 

 ❖

 

 次の日。早朝からラッセル博士は黒のオーブメントをひっ掴み、中央工房へと駆けて行った。無論、伝言は残してあるもののティータにひと声すらかけずに、である。これと決めたら猪突猛進なのがラッセル博士であった。

 アルシェムはティータと朝食を作り、エステル達と共に食べてから遊撃士協会へと向かった。そして、エステル達は一度博士の元へと向かうことになり、アルシェムは掲示板の仕事を片づけることになった。

 エステル達と別れたアルシェムは、まずトラット平原道へ出て行方不明の導力運搬車と手配魔獣を探し始めた。この導力運搬車はヴォルフ砦に向かうものらしいが、まだ到着していないらしい。街道沿いに探せばすぐに見つかるだろう。

 案の定、手配魔獣クロノサイダーを狩り終わった後で導力運搬車を見つけたアルシェムは、どうやら故障しているらしいのを見て取ると周囲の魔獣を一掃した。護衛にウォンという遊撃士がついていたため、作業の間は念のために護衛をお願いして故障した部分をざっと見る。

 すると、どうも根本的にエンジンがダメになっているらしい。アルシェムは溜息を吐きながらウォンにこう告げた。

「……うーわ、こりゃーダメですね。すぐに替えのオーバルエンジン持って来るのでそのまま護衛をお願いします、ウォン先輩」

「あ、ああ……」

 アルシェムはウォンの返事を聞き終わると、すぐさま踵を返して最短距離でツァイス市街へと戻った。そして、中央工房の五階にある《カペル》というコンピューターを使ってオーバルエンジンが保管されている場所を検索する。すると、カルデア隧道の出入り口にあるらしいことが分かったので、エレベーターを使って階下へと降りた。

「済みません、っと……ここはルーディさんの管轄でしたか」

「あれ……もしかしなくてもアルシェムかい!? 戻ってくる気になったとか……」

「いえ、準遊撃士です。トラット平原道で運搬車が立ち往生中。んでもってオーバルエンジンの取り換えをしないと動かないのでオーバルエンジン下さいな」

 ルーディは何故か落ち込んだ様子でアルシェムにオーバルエンジンを渡した。それを受け取ったアルシェムは、ルーディに別れを告げてトラット平原道へと戻る。先ほどよりは荷物が重くなってはいるが、彼女にとっては誤差の範囲内であろう。何せ、彼女はその背に一対の双剣を背負い、組み立て式の棒術具をその横に仕込んでいるのだから。

 トラット平原道へと戻ったアルシェムは、早速オーバルエンジンを取り換えて運搬車が動くようになったのを確認すると、ヴォルフ砦へと向かった。運搬車発見の知らせと、事情説明のためである。

 ヴォルフ砦に辿り着いたアルシェムは、門の前で居眠りをしていた兵士を叩き起こして運搬車の件を告げた。その際、別の依頼も頼まれそうになったが、恋文を渡す類のものだったので直接会って気持ちを伝えろと一蹴しておいた。近々、中央工房の地下で彼は頬をはたかれることになるがそれは余談である。

 ヴォルフ砦から戻る途中、アルシェムはツァイスに留学していた際によく訪れていたストーンサークルを訪れた。特に何の意味もないであろう環状列石ではあるが、アルシェムにとっては周囲の魔獣さえ片付ければ一人になれる素敵な場所である。

「……あれ?」

 と、そこでアルシェムはその環状列石の中央にある石に違和感を覚えた。というのも、その石は彼女が訪れた時とは少しばかり違う形をしていたのである。不思議に思ったアルシェムはその石に近づいて違和感のある場所に手を伸ばした。すると、そこには――

「……何で『ハーツ少年の冒険・下』がこんなところに? しかも、ご丁寧に紙にまで包んであって……」

 その本は、中央工房の図書室のものであった。本の上部に捺してあるハンコがそれを物語っている。アルシェムは首を傾げながらツァイス市街へと戻った。

 遊撃士協会へと入ったアルシェムは、キリカに報告を終える。すると、彼女はアルシェムにこう告げた。

「エステル達はティータと一緒にエルモ村へ向かったわ」

 アルシェムはそのキリカの言葉に少しばかり考え込んだ。何故今エステル達が、しかもティータを連れてエルモ村へと向かったのか。その答えに推測がついたアルシェムは口を開いた。

「ふーん……あー、もしかして給湯器でも壊れました?」

「その通りよ。掲示板の仕事が終わったら行っても構わないわ」

 アルシェムはそれを聞くと首を振った。アルシェムが行っても邪魔になるだけだと分かっていたからである。それに、それよりも気がかりなことがある。それは、黒のオーブメントのこと。一体あれが何なのかが分からない以上、下手に離れない方が良い。掲示板の依頼が終わらなければ張り付けないだろうが、逆に言えば終わらせてしまえば問題ないのだ。

「や、あのオーブメントのことも気になりますし早めに依頼を終わらせて博士に張り付いてますよ」

「……そう。じゃあこの臨時司書の依頼を終えたらそうして頂戴」

「分かりました」

 アルシェムは臨時司書の依頼を受けると、階段で中央工房の二階へと向かった。工房長室の前を通りがかると、微かに煙草の臭いがした気がするが気のせいだろう。アルシェムは資料室へと入ると、司書のコンスタンツェに話しかけた。

「コンスタンツェさん、依頼を受けてきました」

 すると、コンスタンツェはけだるげに設計室、実験室、そして医務室から貸し出し期限切れの本を回収してくるように依頼した。アルシェムは即座に動き、石灰質と実験室から本を回収して医務室に向かった。

 医務室には――

「……絶対に逃がしませんからね、全く……!」

 と、鼻息も荒く拳を握る中央工房の医者ミリアムがいた。アルシェムはそんなミリアムに本を回収しに来たことを伝え、どうしてそんなに怒っているのかを聞いてみた。すると、ミリアムはこう答えた。 

「煙草が盗まれたのよ! 禁煙週間だっていうのに……こんな卑劣なことをして、犯人さんは絶対に許さないんですから!」

「……煙草……ですか。えっと、ちょっと一緒に来てもらえますかミリアムせんせ」

 アルシェムはミリアムから本を回収すると、彼女を連れて階段で資料室へと向かった。その途中で、工房長室の前で立ち止まる。

「……気のせいだと思ったんだけどなー……」

「え、ま、まさか……」

 アルシェムは工房長室にマードックがいることを確認すると、息を深く吸い込んで奥の部屋へと続く扉を注視した。そして、マードックの気を逸らして奥の部屋に押し入る。すると――

「わー……ほんっとーにあったし……」

「工房長……?」

 そこには、つい先ほど消したばかりの煙草があった。ミリアムは瞳からハイライトを消してマードックに詰め寄る。アルシェムはごゆっくり、と言ってその場から去った。依頼として受けているわけでもなんでもないので、最後まで見届ける義理はないのである。

 そして、資料室に戻ったアルシェムはコンスタンツェに本を渡した。すると、まだ別の場所に貸し出し期限の終わった本があるという。その手掛かりをコンスタンツェに渡されたアルシェムは、それを見て絶句した。というのも――

「『エルベキツツキの生態』とか『31本の糸杉』はまだ赦す。でも『ハーツ少年の冒険・下』、そのヒントは見つけて貰う気ないでしょー」

 最初の二者は比較的よく分かった。『エルベキツツキの生態』のヒントは何故か短歌風だったし、『31本の糸杉』のヒントは縦に読めば何とかわかった。しかし、『ハーツ少年の冒険・下』のヒントは――

 

 ● ●

  ×

 ● ●

 

 であった。ふざけているとしか言いようのないヒントである。先ほどアルシェムが見つけていなければ、かなり長期間探し続ける羽目になっただろう。

 アルシェムはまずトラット平原道のストーンサークルで『ハーツ少年の冒険・下』を発見したことを告げてコンスタンツェに渡した。そして、二つのヒントをもとにツァイス市街から飛び出した。

 まずは、エルモ村。短歌風のヒントは《紅葉亭》内の池であることを理解していたアルシェムは、エステル達とすれ違うように『エルベキツツキの生態』を手に入れた。そして、次にアーネンベルク。アーネンベルクは王都グランセルを取り囲む巨大な城壁のようなものである。そこの3階にある樽に、『31本の糸杉』は隠されていた。ついでに、『31本の糸杉』の間に挟まれていた紙とクオーツを回収してアルシェムはツァイスに戻ったのである。

 そして――何を忘れているのかも分からないままに、アルシェムはコンスタンツェに本を返却した。

 日が傾きかけたころ、遊撃士協会に報告に戻ったアルシェムは、般若のような表情のキリカに出迎えられることになったのである。

「……キリカさん? えっと、何が……」

 キリカは、実にイイ笑顔でアルシェムに告げた。

「――昼食は?」

 その日――遊撃士協会ツァイス支部では、滅多にみられない満面の笑みをたたえたキリカが一人の準遊撃士に説教する光景が見られたという。




ちょいと変わってますね。

では、また。
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