雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
展開が多少変わっているのは仕様です。
では、どうぞ。
キリカに説教されて遅めの昼食をとったアルシェムは、その後遊撃士協会でエステル達がツァイスに戻ってこない旨を聞くと手早くつまめる食料と飲料を買い込んで中央工房の工作室へと向かう。
右手にはニガトマトサンドとフライドチキンが大量に入ったバスケット、左手には濃い目に入れて貰ったコーヒーと紅茶のボトル。それを工作室に持ち込んだアルシェムは、内燃式エンジンの発する轟音の鳴り響くなかでラッセル博士に向けて叫んだ。
「博士ー! 今日、ティータとエステル達《紅葉亭》に泊まりだってー!」
すると、博士は一度電動ノコギリを止めてアルシェムにこう返した。
「何じゃって?」
「今日、ティータとエステル達は《紅葉亭》に泊まりだって。後多分忘れてそーだから夕食持ってきた。コーヒーも」
それを聞いた博士はコーヒーを所望し、濃いコーヒーを飲みながら作業を再開しようとした。しかし、アルシェムはそれを止めた。
「何じゃ?」
「一回端っこだけ斬ってみましょーか?」
「は、端っこだけ……まあ、やってみると良いじゃろ」
アルシェムは博士の言葉に甘えて背から剣を抜いた。そして、固定されている黒のオーブメントに向けて剣を振り下ろし――甲高い音がして、剣が飛んだ。
「うぉう!? あ、危ないのう!」
「か……ったぁー……何で出来てんのこれ……」
アルシェムの想定では、一リジュほど斬れる予定だったのだ。しかし、黒のオーブメントに切れ目は全く入っていない。アルシェムが振り下ろした剣がゼムリアストーン製であるということを加味すると、このオーブメントはゼムリアストーンかそれ以上に固くしなやかな金属で作られていることになる。
「因みにその剣は何製じゃ?」
「まさかまさかのゼムリアストーン製。これ、ますます真っ当なオーブメントじゃないですね」
「……ふむ。取り敢えずはこの装甲を剥ぐしかないようじゃの」
博士も苦い顔をしてそう答えた。アルシェムの知る金属で、ゼムリアストーンよりも固い金属は一つしかない。それは、とある集団が開発した金属。名を、《クルタレゴン》という。
もしも、そのクルタレゴン製ならば――このオーブメントには、アルシェムの過去が関わっていることになる。つまり、過去が追ってきているのだ。そのことにアルシェムは顔をしかめながら、博士が切断を再開するのをただ見ていた。
夜が更け、夕食を取り。残ったニガトマトサンドは明日の朝食にすることにしてアルシェムは作業を静かに見ていた。あのオーブメントの正体は何なのか。そして、何故既視感があるのか。何度考えても分からないが、それでも考えることに意味がある。
思考のループから抜け出せないまま、アルシェムは博士と共に徹夜してそのオーブメントの装甲の切断作業を見ていた。途中で仮眠できないと苦情が来たが、博士はそれを突っぱねた。自宅に帰って寝ろ、と言われてしまっては確かに言い返すことは出来なかったからである。
そして、夜が明けて。二人して早朝からマードックに怒られつつ三時間ずつ仮眠を入れ、オーブメントの切断作業は続いた。まだまだ切れない、というよりもエンジンが振動してしまうために刃が一定の場所に当たっていないのだ。だからこそ、少しずつ削れてはいるもののその装甲の中身を拝むことは出来ていなかったのである。
昼過ぎになり、ニガトマトサンドもフライドチキンもコーヒーも紅茶も切れたころだった。アルシェムはいきなり立ち上がると作業台の前に立ち、右手で背から剣を抜いた。棒術具でないのは、壁に引っかかるためである。何故彼女が剣を抜いたのかというと――
「……なーんでまた、あんたらなんだか」
アルシェムの目の前には、黒装束の男達がいたのである。黒装束の男達も覆面の下では物凄く嫌そうな顔をしていた。とことん関わる運命にあるようだ。黒装束のうちの一人が、口を開いた。
「ラッセル博士とそのオーブメントを引き渡して貰おう」
「断ったら?」
「……貴様を殺してでも奪い取る」
その黒装束の言葉に、交渉の余地はなさそうだった。そのため、アルシェムは剣を構えて電動ノコギリを止め、博士に告げる。
「作業台の下にいて下さいね。どう見ても撃つ気満々みたいですし、流れ弾に当たって欲しくないので」
「う、うむ」
博士は素直にアルシェムに従い。作業台からオーブメントを外して作業台の下に入った。そして――
「撃て!」
黒装束たちが、一斉に発砲を始めた。アルシェムが反撃するためには銃を抜いて射撃すればいいのだが、今それをすれば作業台がハチの巣になって博士が死んでしまう。だからこそ――アルシェムに取れる方法は、これしかなかった。
剣を以てすべてを弾き返す。
無論、言葉にすれば簡単であるが生半なことではない。しかし、アルシェムに取れる方法はそれしかないのだ。
アルシェムは弾く。弾く。弾く。作業台に当たらんとする銃弾を、自らの身と剣で叩き落とす。無論、それだけで全てが防げるわけもなく――アルシェムの身は銃弾によって傷つき始めていた。
圧倒的に、手数が足りない。そう判断したアルシェムは、剣を右手だけで持って左手を背に差し込んだ。そして抜かれる二刀目の剣。その二振りの剣を以て――アルシェムは、全ての銃弾をしのぎ終えた。
「……何て奴だ……」
「ぜー、ぜー、ちょ、博士もいんのに容赦なく撃ちすぎじゃねーですかねー!?」
アルシェムは既に満身創痍。しかし、まだ立つことだけは出来ていた。二振りの剣を構えたまま、彼女は動き始める。そう――誰の目にもとまらぬ方法で。
「な、消えた!?」
その声を発した黒装束は、後頭部を殴られて昏倒していた。しかし、彼の背後にはもはやアルシェムはいない。昏倒した黒装束に気付いた別の黒装束も、すぐさま昏倒させられていた。
そんな中――その場で指揮を執っていた黒装束は舌打ちをしてオーブメントを駆動。ラッセル博士に向けて地属性アーツのアースガードを掛けた。そしてハンドサインで部下たちにもアースガード、使える者はアースウォールを掛けさせる。そして――
「いい加減にしろ……タイタニックロア」
部屋中を巻き込んだ広範囲地属性攻撃アーツ、タイタニックロアで部屋の中を蹂躙した。その影響で電動ノコギリが破壊されたり作業台が破壊されたりしたが、人的被害はほとんどなかった。そう、ほとんど。
この中で唯一被害に遭ったのは――両手に剣を持ち、オーブメントを駆動する間すら惜しんで黒装束たちを昏倒させていたアルシェムだけだった。さしものアルシェムも、これには耐えきれずに傷だらけになって倒れ込む。
ラッセル博士が連れ去られるのを、アルシェムは薄れゆく意識の中で見ていることしか出来なかった。
❖
温泉を堪能したエステル達は、エルモ村からツァイス市街へと向かっていた。途中で東方風の男性とも出会ったが、市街に入ってからはそんなことは頭からすっぱり抜け落ちてしまった。と、いうのも――
「な……あ、あれ、煙出てない!?」
エステルが中央工房を指さして叫んだのだ。それを見てヨシュアとティータも息を呑む。慌てて中央工房の前に駆け寄り、避難している人達から事情を聴くと、地響きがあった後、何らかのガスが発生して煙が出ているらしい。
そこで、周囲を見回したティータがマードックに問うた。
「あの、おじいちゃんはどこですか?」
その言葉に、マードックは周囲の人間にラッセル博士の退避を確認したのかを聞く。しかし――答えは否。つまり、博士はまだ中央工房の中にいる可能性が高いのである。
道案内にティータを連れ、エステル達は煙の上がる中央工房へと侵入した。すると、ヨシュアがこの煙の正体に気付いた。どうやら攪乱用の煙幕のようである。三回の工作室へと向かう道すがら、落ちている発煙筒をヨシュアが分解して煙を少なくしていく。
そして、工作室へと入ると――そこには、惨状が広がっていた。部屋の中にある者は全て瓦礫と化し、所々に赤いモノが付着している。そして、瓦礫に隠されるようにして動く物体があった。
「な、何よこれ……」
「取り敢えず、ここで何かがあったのは確かみたいだね」
「お、おじいちゃん、いるの!?」
エステルとヨシュアが警戒しながら瓦礫をかき分けていく。ティータは瓦礫に駆け寄る前にヨシュアに止められていたため、震えながらエステル達を見ていた。すると――がらりと瓦礫が崩れ、剣を瓦礫に突き刺しながらよろよろと立ち上がる人影があった。それは――
「アル!?」
「……エステル? ……博士は……」
血を流しながら立ち上がったアルシェムは、しかしすぐに膝を折ってしまう。エステル達はアルシェムに駆け寄ってエステルが水属性回復アーツのティアラを掛け続け、ヨシュアがアルシェムを抱え起こしながら問うた。
「一体何があったんだい!?」
「博士が……黒装束に……っ、あと、黒のオーブメントも……」
「く、黒装束ですって!?」
驚愕するエステル。何故ここに黒装束が現れるのか。そして、何故博士と黒のオーブメントを連れ去ったのか。謎は尽きない。だが、今はそれどころではなさそうだった。
アルシェムは荒く息を吐きながらヨシュアに告げる。
「急いで……黒のオーブメント、彼らが使うなら……多分、《カペル》が……」
「――分かった。アガットさんも出来れば協力してください」
ヨシュアは厳しい顔でアルシェムを瓦礫に横たえ、立ち上がって背後にいたアガットに声を掛けた。顔を見もせずに彼だと分かったのは、ヨシュアの訓練の賜物である。主にエステルの居場所を把握することにしか使っていなかったが、エステルを狙っている――とヨシュアが思っている――男達の気配を覚えることで識別が出来たのである。
ヨシュアの声にエステルが振り返ると、そこには確かにアガットがいた。アガットは厳しい顔で首肯し、《カペル》とは何なのか、一体どこに存在するのかを問いながら階段を駆け上がる。
誰も気づいてはいなかった。瓦礫に横たえられたアルシェムが、ゆっくりと、しかし確かに動き始めていたことに。
❖
――動け。アルシェムは自らの身体に命じた。ボロボロの身体に鞭打って、彼らが逃走時に使うであろうルートへ向けて動き出す。床を這い、それが傷に響くと分かればポケットの中のオーブメントで自分を吹き飛ばしながら進む。その先にあるのは――昇降機だ。
こつん、とアルシェムは昇降機の扉に寄りかかり、降下する音が聞こえてきたところで階下へ降りるためのボタンを押した。扉が開き、アルシェムは昇降機の中に倒れ込む。
「何っ!?」
「ば、バカな……動けるはずがない!」
彼らに迷う時間は残されていなかった。早着替えで全裸だったものもいたため、判断が遅れたというのもある。しかし、それ以上にアルシェムという証拠を残して行くわけにはいかなかった。ここまで這って来たにせよ動いてきたということは、彼らのことを証言出来てしまう可能性があるのだから。
だからといって、アルシェムを殺すわけにはいかない。この場所で死体を出すわけにはいかないのだ。何かがあったことは悟られてしまうだろうが、死人を出してしまえば王国軍からの干渉が強くなってしまうのだから。多少横槍は入れられるにせよ、詳しく調べられるのだけは避けたいのだ。
加えて、『アルシェム・ブライト』の身分は遊撃士。彼女が死ねば遊撃士協会から厳しい追及があるだろう。そういう意味では――アルシェムの身は保障されていた。先ほどもむやみやたらに彼女を撃っていたのでない。行動不能に出来るよう、手足や関節を狙っていたのだ。だからこそ、彼女の顔にはすすはついていても傷はついていない。
黒装束の男達は、決めた。アルシェムを博士と共に箱詰めにし、親衛隊の制服を着て堂々とツァイスから脱出した彼らは、箱からにじみ出る血を必死で隠しながら《紅蓮の塔》へと向かった。
❖
エステル達は困惑していた。黒装束の男達を追っていたと思えば、出て来たのは親衛隊だったというのだから。恐らく親衛隊は嵌められたのだろうが、今はその理由を考えている場合ではない。現場に残されていた血の跡から察するに、アルシェムは昇降機に乗り込んだだろうからだ。そして、アルシェムの姿は忽然と消えている。つまり――彼女もまた、連れ去られたのだろう。
「……何か、アルばっかり危険な目に遭ってる気がするけど……」
エステルがそう呟いた。ロレントから今まで、重大事件が起きるたびにアルシェムが行方不明になっていた。まるで何か関わりがあるかのように。しかし、実際には人質に取られたり操られそうになっていたり今回のように重体になったりと災難にばかり巻き込まれているだけだ。彼らと――黒装束の男達と何か関わりがあるわけではない。関わりがあるわけではないはずだ。
ヨシュアはその呟きにこう返した。
「むしろ自分から首を突っ込みに行ってるような気もするけどね」
ヨシュアのその言葉を聞いて、エステルは顔をしかめて考え込んだ。もしもアルシェムが彼らと関わりがあるのなら――そう考えて、エステルは否定する。もしも関わりがあるのなら、危害を加えられたり操られたりするわけがないのだ。
それに、エステルの直感でいけば他にも怪しい人物はいる。ここまで何度も会い、エステル達を追うように、もしくは先回りするように出会う人物がいる。気のせいかもしれない。だが、偶然にしては出来過ぎている気がした。
それは――
「……エステル、ヨシュア、アガット。博士の行先が分かったわ。この人が目撃していたの」
今もエステルの目の前にいる男だ。アルバ教授。彼とは、行く先々で出会う。そして、彼と出会った後には――必ず、重大事件が起きている。気のせいかもしれない。気のせいにしては、偶然が過ぎる気もする。今のところは疑っておくしかない。
エステルはそう思いながら付いて行くと聞かないティータを説得し、《紅蓮の塔》へと出発するのだった。
それを建物の陰から見る男が一人。
「――中々、興味深いお嬢さんだ。流石はかの英雄、カシウス・ブライトの娘だけある」
その怪しい人物に気付く人物は、ただの一人としていなかった。
エステルさんが少しばかり鋭いのも仕様です。
では、また。