雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧70話のリメイクです。

では、どうぞ。


アルバート・ラッセル誘拐事件

 中央工房から連れ去られ、《紅蓮の塔》の屋上に連行されたアルバート・ラッセルは、一度目を醒ましていた。ゆっくりと目を開け、服についた血を見て彼は一体何があったのかを思い出した。彼は傷つけられてはいない。ということは、このおびただしい量の血は――アルシェムのものだ。

 そこで完全に意識が覚醒して周囲を見回す。それで黒装束たちに気付かれても博士は止まらなかった。自分の愛弟子は、アルシェムは、どこに。焦って周囲を見回して、そして――見つけた。彼の隣で服をどす黒く染め、顔を青ざめさせたアルシェムの姿を。

 どうやら意識はないらしいが、このまま放置しては死んでしまうかもしれない。博士はリベール王国一と言われる頭脳を駆使して彼らがアルシェムを殺さないようにする方法を考えた。いつもならばこういう交渉は全てマードックに丸投げしている。完全に博士は技術畑の人間で、こういった交渉には全く向いていないことを彼は自覚していた。それでも、アルシェムを救うために知恵をひねり出さねばならない。

 ややあって、博士は口を開いた。

「……それ以上その娘に危害を加えると、カシウスの奴がすっ飛んで来おるぞ」

 博士の頭では、その言葉しか思いつかなかったのだ。彼らが間違いなくアルシェムを害するのを止めるであろうセリフは。そして、そのセリフは正解だった。

 そもそも、彼らはアルシェムを殺そうとは思っていない。しかし、彼らはアルシェムをとある薬漬けにしていいように操ろうとしていたのである。それをすれば、博士の考えでは間違いなくカシウスが飛んでくる。どんな状況にあろうが、カシウス・ブライトという男は一端家族と認めた人間を見捨てはしない。それは、彼が最愛の妻を護ることが出来なかったからであり――自らの立てた作戦で、結果的に妻を殺してしまったからでもあった。

 黒装束の男の一人が博士の言葉に応える。

「この女がカシウス・ブライトの養女であることは我々も承知しています。しかし、この女はクローディア・フォン・アウスレーゼとカシウス・ブライトを殺そうとしたとも聞いているのです。そんな女をあのカシウス・ブライトが本気で助けに来ると思うのですか?」

 博士は、その言葉に自信満々にこう答えた。

「間違いなく来るじゃろうな。あ奴は情に深い。ついでに、アルシェムを害せば儂も今すぐ舌を噛んで死んでやるわい」

 その言葉に、黒装束たちは完全にアルシェムを害することを諦めた。それを見て内心でにんまり笑った博士は黒装束たちに居丈高にこう命じた。

「ほら、とっとと治療せんか」

「ちょ、調子に乗らないでいただきたい、博士。今の貴男の立場をもう一度思い出していただけると助かりますな」

「どうせ儂は殺せんのじゃろ。あー、壁で頭を打とうかのーう」

 博士が黒装束をおちょくるようにそう告げる。すると、黒装束は舌打ちをしてアルシェムに水属性の高位回復アーツを掛けさせた。それを見た博士は自分は殺されないという確信を持ち、さらなる要求をしようと口を開こうとして――出来なかった。

 目の前に突き出された噴射機から霧が吹き出るのを見て、博士は咄嗟に息を止めようとしたのだ。しかし、言葉を発するために息を吸っていた博士は既に十分な量の霧を吸ってしまっていた。即ち――催眠剤を。

 そして、ラッセル博士は意識を失ってしまった。

 

 ❖

 

 エステル達はアルバの情報をもとに、《紅蓮の塔》の前まで来ていた。塔の中から狼型魔獣アタックドーベンが飛び出してくるが、エステル達は難なくあしらう。そして、退治し終わったエステル達は《紅蓮の塔》を静かに上りながらアタックドーベンについて推測を立てていた。

「……なーんか、妙に不自然なのよね、あの魔獣」

「不自然って?」

「だって、普通に群れだったらボスみたいなのがいるじゃない? でも、あの魔獣って全部同じような感じだから気になって」

 そのエステルの言葉に、アガットは眼を見開いてエステルを見た。まさかそんな観点からあの魔獣を見られるとは思ってもみなかったからである。しかし、いつもならば噛みついてくるであろうエステルはアガットには一瞥もくれずに硬い顔をして考え込んでいた。

 そして、魔獣を退治しながらエステルはヨシュアに問う。

「ね、ヨシュア。離れたところからでも命令できるボスがいるか、そもそもボスがいなくて他のナニカがあの魔獣たちに命令してるかだったらどっちの方が有り得るかな?」

 ヨシュアは一瞬、その技術について言わないようにしようと思った。エステルが知るにはあまりにも暗い世界の話だ。だが、それ以上にエステルが納得してくれそうな理由がない。

 ヨシュアは渋面を作ってエステルに返した。

「前者は有り得るかもしれないけど、後者についてはあるよ。猟兵達なんかが良く使う手だけど……戦闘用に訓練された戦闘犬っていうのがある」

「……そっか。じゃあ、きっと野生とか偶然じゃなくてあいつらが使ってるんだよね……」

 エステルは落ち込んだようにそうつぶやく。魔獣を操る技術は、エステルには見当もつかない。元の野生の魔獣に戻れるのかどうかも、そもそも最初から野生だったのかどうかも分かっていない。ただ、それをさせたであろう黒装束たち――状況証拠だけの決めつけだが、恐らくは間違っていないだろう――がどうしようもなく許せない。

 エステルの落ち込んだような言葉に、アガットが厳しい顔で言葉を返した。

「おい、まさかとは思うが、あの魔獣に情けをかけるんじゃねえぞ?」

「わ、分かってるわよっ! ますますあの連中に手加減する要素が減っただけだもん」

「なら良いが……奴らは基本的に容赦ねえ。あの魔獣だって奴らを調べ始めた時から時間を選ばずに襲撃してきやがる。せいぜい気を抜くんじゃねえぞ」

 エステルはその言葉に素直に頷いた。その言葉には素直に頷いたのだが――そこで、首を傾げた。アガットは、いつから黒装束の男達を調べ始めたのだろうか。

 今聞けば教えてくれるかもしれない。エステルはそう思ってアガットに問うた。

「えっと、アガット。何であの黒装束たちを調べてたの?」

 エステルの問いに、アガットは渋面を作った。そう言えばまだ説明もしていなかった。一度単語はポロリとこぼしてしまっていたが、恐らくそれだけでは分からないだろう。そして、最早エステル達はこの黒装束たちに関わらないという選択肢は取れない。ここまで何度も遭遇すれば、目をつけられているに違いないからだ。しかも、あまり認めたくはないが彼女らはカシウス・ブライトの子供達。狙われない理由がない。

 アガットは嘆息してエステル達に告げた。

「もともとはお前らの親父から押し付けられた依頼だ。怪しい動きをしてるやつらがいるから出来るだけマークしろってな」

「あん……そ、そうなんだ」

 エステルはあんですってー、と叫びそうになって堪えた。この上には博士とアルシェムを誘拐した犯人がいるかもしれないのだ。下手に刺激するわけにもいかない。叫びを呑みこんだエステルは無難な言葉を出した。

 それにアガットは意外そうな顔をしながらエステルに向き直る。この間会った時よりはまだ成長しているらしいと思ったからだ。特に、エステルの成長速度が尋常ではない。やはりオッサンの娘か、とアガットは思った。

 アガットの様子にエステルは動揺したように声を上げる。

「な、何よ?」

「いや……何でもない。とっとと連中をとっ捕まえて爺さんとあのバカを救出するぞ」

 そうして――エステル達は《紅蓮の塔》の屋上へと向かった。

 

 ❖

 

 アルシェムは全身に走る痛みが和らいだことで意識を取り戻していた。目は閉じたまま、周囲の気配を探る。近くにはラッセル博士。そして、黒装束レベルの手練れが3人。後は――階下から静かに上ってくる3人の人物たち。うっすらと目を開けて確認してみれば、この場所は《紅蓮の塔》だった。

 登ってくる人物たちは、恐らく遊撃士だろう。エステル達の可能性がかなり高いが、流石に希望を持ちすぎてはいけない。手配魔獣を狩りに来ただけでここまで来ない可能性だってあるのだ。彼らが一番接近し、黒装束たちが油断した隙に博士だけでも逃がす。彼らが近づけば騒ぎを起こすだけで近づいて来てくれるだろう。アルシェムはそう判断した。

 そして、待つ。彼らが出来るだけ近くまで来て、引き返そうとする瞬間を待った。待って、待って、待って――気付いた。微かな話声が、アガットとエステルの声であることに。目指しているのはこの場所で、アルシェム達を救出に来てくれたのだということに気付いた。

 それならば、アルシェムが行うのは博士の安全を確保しながら撤退すること。傷は回復されたとはいえ、血がまだ足りないのであまり無茶は出来ないがそのくらいは出来るはずだ。武器を握るためにはばれないように縄をほどく必要があるが、ちょうどよく背後は壁である。アルシェムは出来るだけ腕を動かさずに縄をほどき、緩んだことを悟られないように手の中に握りこんだ。剣だけは取り上げられているものの、導力銃も棒術具も残っている。戦うには事足りるだろう。

 そうして――エステル達が、《紅蓮の塔》の屋上に現れた。エステルは開口一番に叫ぶ。

 

「この世に悪が栄える限り、真っ赤に燃える正義は消えず……ブレイサーズ、只今参上ッ!」

 

 その言葉に、全員が遠い目をした。アガットも、ヨシュアも、黒装束たちも。アルシェムに至っては顔をひきつらせていた。しかし、アルシェムは気付いた。今が、好機だと。黒装束たちの注意は完全にエステルに向いているからだ。

 アルシェムは博士の位置を確認すると、足の縄を引きちぎって博士を抱え上げ、黒装束たちから距離を取るように駆け出した。血が足りないせいで鉛のように体は重いが、動かないことはない。

「な、何!?」

「アル! そのまま逃げてて! 黒装束たちはあたし達が引き受けるから!」

「く、ふざけるな!」

 アルシェムに向けて発砲しようとする黒装束。いつもならば普通に避け切れるのだが、今は万全の状態ではない。黒装束が引き金を引こうとした瞬間――彼は、銃を取り落とした。

「な……」

「注意散漫ですよ。……はっ、せい!」

 というのも、ヨシュアがクラフト絶影を使って彼に切り付けたからである。動揺した隙をついてヨシュアは彼に連撃を加え、ついでに銃を蹴り飛ばして離脱する。

 ヨシュアの特攻によってアルシェムは黒装束たちから十分に離れられ、《紅蓮の塔》の階段まで辿り着いた。そのままアルシェムは動けなくなって壁に背をもたせ掛けていたが、この場を護り切れば何も問題はない、とアガットは判断して吠えた。

「よくやったヨシュア! 言い遅れたが、遊撃士規約に基づき、てめえらを逮捕・拘束する! 取り敢えずとっとと捕まっとけや!」

 そのアガットの声で、本格的に戦闘が始まった。アガットは階段前で陣取ってアルシェムと博士まで黒装束たちを近づけないようにし、回復アーツと主にクラフトで攻撃し続ける。エステルは前衛でダメージディーラーとして動き、大袈裟に動いて相手の目を引きつける。そして、ヨシュアは大きく動くエステルの陰から黒装束たちを狙い、痛撃を浴びせていった。エステルがどうしても派手な動きが出来なくなった場合はアガットと交代してエステルが回復兼遠隔攻撃系クラフトを、アガットが派手に暴れまわることになっていた。

 それを後目に、アルシェムは取り上げられていなかったポーチの中から増血剤を取り出してバリボリと大量に摂取する。失った血を早急に取り戻さなければならない。エステル達は善戦しているとはいえ、増援が来ないとも限らないからだ。ついでに、念のために発信器を仕込んでおくことにする。

 と、そこでアルシェムは気付いた。階段の陰から顔を半分覗かせ、こちらを窺う幼女がいることに。掠れる声でアルシェムは彼女に向けて告げる。

「……ティータ?」

「アルシェムさん……おじいちゃん……」

 じわり、と涙を浮かばせ、ティータは博士に飛びつこうとした。その背後に――影が。

「……ッッ!」

 アルシェムは咄嗟に飛び出してティータを捕えようとする黒装束を蹴り飛ばした。そしてティータを保護し、アガットに向けて怒鳴る。

「アガット! 下から増援と何故かティータが!」

「んだと!?」

 アガットがアルシェムの方角を振り向こうとして必死になった黒装束に邪魔をされる。ヨシュアも、エステルも黒装束たちの相手でアルシェムの増援に来ることは出来ない。最悪の状況が今出来上がった。

 アルシェムは血が足りなくて所々消えている視界を何とか確保しながら黒装束たちをけん制する。しかし、彼らは執拗に博士を狙った。たまにティータを狙ってくることがあるのが不可解だったが、彼らは博士の確保をもくろんでいるようである。

「……そったれ……」

 アルシェムは悪態をつきながら判断した。この場で優先すべきは――ラッセル博士、ではなかった。ラッセル博士ならば間違いなく殺されない。恐らくあの黒いオーブメントを分析し終えるまでは間違いなく生きているだろう。それでなくても《導力革命の父》だ。殺すのならば何度でもチャンスはあったのに殺されなかったということは、博士を生きたまま確保したいということだろう。五体満足のまま分析させられる可能性が高い。

 対してティータは、ラッセル博士への切り札となり得る。目に入れても痛くないようなかわいがりぶりで、ティータを人質に取られれば間違いなく博士は相手の軍門に降るだろう。博士だけを死守してしまった場合は、遠からず両方を奪われてしまう可能性が高いのだ。そして、人質となった場合のティータは間違いなく五体満足ではいられないだろう。良くて監禁、普通に考えて洗脳までは有り得て、最悪の場合はラッセル博士の前で拷問されて死ぬだろう。

 故に――アルシェムは、ティータだけは死守した。その結果、博士は黒装束たちに確保された。

「お、おい、何してるアルシェム!」

「あ、アルシェムさん……! 離してください、アルシェムさん!」

 ティータがアルシェムの腕の中でもがく。だが、アルシェムはきつく抱きしめたままティータを離さない。黒装束たちはアルシェムがティータから離れないと見るや、即座に撤退を始めた。近くまで迫ってきていた飛空艇にラッセル博士を運び込み、その隙を狙ってアガット達が博士を救出しようとする。しかし、黒装束たちはもがくティータに向けて発砲し、アガットがそれを防いだ間にそのまま飛び去ってしまったのである。

 飛空艇が完全に見えなくなってから――アルシェムは、ようやく腕から力を抜いた。ティータは震えながらアルシェムに向けて声を浴びせる。

「何で……何で離してくれなかったんですか!?」

 それにアルシェムは答えようとして――出来なかった。声を出したつもりだったが、口から洩れたのは空気だけだったのである。口の中はカラカラで、何か水分を含まなければ話せそうにもなかった。

 それに気付いたヨシュアがアルシェムに水筒を渡すと、アルシェムは一気に中の水を飲み干して答えた。

「……悪いけど、優先順位の問題だよ」

「どういう意味だ」

 アガットも険しい顔をしてアルシェムを睨んでいる。何故、あそこで博士ではなくティータを護ったのか――アガットには理解出来なかった。間違いなくティータは誘拐されないと思っていたからである。

 アルシェムは肩で息をしながら告げた。

「博士を誘拐されてもしばらくは生かしておいてくれるけど、孫娘で博士に可愛がられてるティータを誘拐されたら博士が釣れて酷い目に遭わされる可能性が高かったから」

「……そこまで外道じゃねえとも言い切れねえか」

 アガットは顔をしかめながら考え込んだ。確かに街の中では魔獣に襲われることはなかったが、それだけだった。大型魔獣を狩っている間に嗾けられたこともある。無論、全部撃破したのだが。

 アガットが顔をしかめる様子を見て、アルシェムは眉をひそめてアガットに問うた。

「……それより……アガットさん、ちょっとそのまま静止して貰えません?」

「あ?」

 アガットが静止した隙に、アルシェムは手を伸ばしてアガットの傷口を見た。そう――先ほど庇って貰った時についた、銃弾の跡だ。その傷はかすり傷にしては異常な色をしていた。みみずばれどころの話ではない。青紫色をしているその傷口は間違いなく毒に侵されている。

「どうしたのよ、アル」

「……ヨシュア、アガットさんの意識飛ばして」

「はあ!?」

 エステルが目を見開いた隙に、ヨシュアが動いてアガットを気絶させる。アガットはまさか実行されるとは思ってもみなかったようで、一発で昏倒してくれた。その後、アルシェムは多少マシになった貧血をおしてアガットを担ぎ上げ、途中で巨体の遊撃士にアガットを運んでもらってツァイス市街へと向かったのであった。




名前の出ないあの人乙。

では、また。
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