雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧73話半ばまでのリメイクです。
この一話でエルベ離宮が解放されます。

では、どうぞ。

……あ、冒頭の人は変態ではないです。


エルベ離宮解放作戦と王城攻略作戦

 月明かりに照らされ、特務兵たちは伸びていた。親衛隊に打倒され、遊撃士たちに追い込まれて。全てを捕縛した彼らはエルベ離宮へと突入する。それで、何を見ることになるのかも知らずに。

 

 ❖

 

 エステル達がエルベ離宮に突入しようと機会を窺っている頃。その当の離宮の客間に見張りで立っていた男は興味本位で目の前の人物をもてあそんでいた。その人物――アルシェム・ブライトは多少の刺激でも反応するのだ。ただし18禁的な行為ではない。肌を突くだけで、絶叫する。それは、この部屋に張り込むことになってしまった彼にとってたまらなく面白い刺激だった。

 何十回目の刺激だろうか。彼がアルシェムの脇腹を突いた瞬間――彼は下半身の猛烈な痛みに襲われて悶絶した。蹲る彼の頭上を、風が撫でる。そして盛大に派手な金属音がして何かが落下する音がした。それが一体なんだったのか、彼が知ることはない。彼はそのままその部屋から叩き出されて気絶させられたからだ。

「……い、たた……っ、急が、ないと」

 アルシェムは、外の動きに気付いていた。そして、陽動が間違いなく足りないことにも気づいていた。陽動が足りなければこの離宮内にとらえられているはずのクローディアを解放することが出来ないことも、分かっていた。

「……後でぶちのめす……あの変態オッサン」

 部屋の中を探り、自らの装備を取り戻したアルシェムはピルケースから鎮痛剤を取り出して噛み砕いた。今ここで動かなくて、どこで動く。だからこそ――全身を苛む苦痛を無理やり鎮痛剤で抑えこんで暴れはじめたのである。

 特務兵たちは武器も持たないただの暴力の嵐の前に沈んでいく。途中で親衛隊が混ざり始めたことに気付いたアルシェムは彼らを巻き込まないように配慮しながら特務兵たちを地面にたたきつける。死なない程度の加減しながら暴れるのは本当に骨が折れた。

 と、その時だった。

「アル! お願い!」

 エステルがアルシェムを呼んだのは。アルシェムもエステル達が侵入していたことには気付いていたが、彼女らの動きに気を遣っている余裕はなかったのである。エステルが頼んだのは、《紋章の間》の扉の破壊だった。

 アルシェムは頷き、扉の前に立って意識を集中させる。そんなアルシェムを見たジンは息を呑んだ。計り知れない、扱いきれるはずのない量の気を練り上げているのを感じたからだ。

 小さく吐かれた息と共に、その気が解放される。それは――過たず、扉を粉砕した。破壊ではない。粉砕である。

 部屋の中に飛び込んだエステル達が見たのは、呆然としている人質たちと顔を盛大に引きつらせたドレス姿のクローゼだった。一瞬だけ心配そうな顔になったものの、それでも変わらず立っているアルシェムを見て安心し、そして粉砕されてしまった扉を見て顔をひきつらせたのである。一体何をやってくれているのだと。

 そして、エステル達が少しばかり心配していた人物――ナイアル・バーンズは不幸なことに扉の前にいたらしい。粉砕された扉の材料を浴びながらも大口を開けて向こうの風景を見て声にならない声を上げていた。

「な、な、な……」

「あ、ナイアルじゃない。助けに来たわよ!」

 エステルが掛けた声にも反応しない。目の前で扉が破壊されるくらいなら分かる。もし救援が来るのならば鍵を探している間もないだろう。しかし、粉砕されるとはどういうことなのか。

 エステルは反応しないナイアルが心配になって声を掛ける。

「ナイアル? おーい……」

「駄目だエステル、放心状態みたいだ……」

 ヨシュアは引き攣った顔でそう返すと、そこに声を掛けてくる人物がいた。無論奥に立っていたクローゼである。

「エステルさん、ヨシュアさん。こんなところで会えるなんて……それに、アルシェムさん。大丈夫なんですか?」

 クローゼの問いにアルシェムは頷いて答える。ついで、エステルがクローゼと初対面だと思い込んで自己紹介をしようとした。しかし、本人に指摘されてようやくクローゼだと気付く。が、今度はクローディアはどこなのかと困惑し始めた。

 それに答えを告げたのは、そこにいた幼女だった。

「お姉さん、お姫様はお姫様なんだよ?」

「えっと……お姫様? が、お姫様って……え、待って、でもそれって……!」

「リアンヌちゃん……えっと、その、エステルさん。私……」

 エステルはぐるぐると目を回して考え込んでいたが、しばらくして唸り始めた。何かを悩んでいるらしいが、流石に奇行過ぎたので周囲の人々に引かれている。しかし、エステルはそんなことを気にしてはいなかった。

「よし、クローゼはクローゼ! お姫様なクローゼもクローゼよね!」

「え、エステル……君って子は……」

「ありがとうございます、エステルさん……本当に、嬉しいです」

 頭を押さえるヨシュアと微笑んでそう答えるクローゼ。そして、エステル達はクローゼに――クローディアに、事情を説明するのであった。――そこに、アルシェムの姿は、ない。

 アルシェムの姿があったのは、エルベ周遊道。そこは現在、魔の区域と化していた。巡回に出ていた部隊は全滅し、周遊道から出ようとする者は完膚なきまでに叩きのめされて木々にしばりつけられる。何故そんなことが起きているかというと、アルシェムに打たれた薬を抜くためである。無論、これだけでは抜けないことは確かなのだが、やらないよりはいいだろう。これで、エルベ周遊道付近を巡回していた特務兵たちは全滅した。

 そしてエルベ離宮に戻り、エステル達の気配を辿って客室へと向かったアルシェム。その客室に入った瞬間、アルシェムは全員から盛大に睨まれた。

「……え、何?」

 枯れた声でそう答えると、より一層視線がとげとげしくなる。一体何故かと考えたアルシェムは、答えを出すことが出来なかった。それは――

 

「アル、正座」

 

 エステルが笑顔で怒っていたからだ。状況が状況だけに時間は短かったものの、アルシェムはエステルに盛大に説教されてしまった。曰く、捕まってるのになぜそんなに元気なのかと。アルシェムが薬のことを告げるとエステルは息を呑んだが、それでも説教をつづけたのである。

 そして、説教を終わらせたエステルはアルシェムを椅子に座らせてユリアに告げる。

「えっと、ユリアさん。さっきの作戦にアルも入れてもらえないかな?」

「……それは、どうしてだい?」

「こういう言い方も嫌なんだけど、あたしたちは強力な味方を手に入れられて、アルの薬が早く抜けるから」

 エステルの言葉にユリアは眉をしかめた。女王から聞いた限りでは、エステルはアルシェムの事実を聞いたはずである。それでいて信頼しようというのか、とユリアは思った。ユリアにとって、アルシェムは犯罪者なのだから。

 しかし、操られる危険がない――本当に操られているのならば今この瞬間に全滅させられているだろう――こと、そしてアルシェム自身の意志もあって多数決でアルシェムの参加は押し切られた。

 そして、ヨシュア、ジン、オリビエは王城の地下に繋がっているという地下水路に潜み。親衛隊全員とシェラザードを除いた正遊撃士たちは街区の中に潜み。エステル、シェラザード、アルシェム、クローディアが特務飛行艇を使って王城に直接乗り込む手筈となったのであった。

 

 ❖

 

 ヨシュア達城門解放係は、地下水路を進みながら周囲の魔獣をできるだけ避けていた。消耗を防ぐためでもあるのだがそれ以上に追手を阻害するためである。市街には特務兵が巡回で出回っていたこともあり、いつ気づかれるのかわかったものではない。だからこその対策であるが、その心配は杞憂だと言わざるを得ないだろう。特務兵たちは一人、また一人と港へと消えて行っているのだから。

 そして、ヨシュア達が隠し通路の入口に辿り着いた時だった。市内を巡回する特務兵たちは半数にまで数を減らし、しかし彼らはその事実に気付くことはなかった。

 隠し通路を無事に見つけたヨシュア達はその先へと進む。昔からずっと封鎖されていたのか、魔獣も手ごわくなっているのだがそれを意に介することもなく彼らは進んでいく。

 そして、終点にぶち当たった一行は立ち止まり、ヨシュアが壁を調べて先ほどの隠し扉と同じスイッチがあることを確認した。

「……ここが目的地のようですね」

「ふむ……なら、ここで正午まで待機だな。飯でも食うか?」

 そう返したジンの手に握られていたのは大量のオロショ(魚)と粗挽き岩塩、そして串だった。どうやら焼いて食べようと思っているらしい。それを見たオリビエが酒を飲みたいと言いかけたが自重。扉の前から少しばかり離れて焼いて食べることになった。

 小さい魚ながら脂ののった白身に、粗挽きの岩塩を振りかけて焼けば――美味しそうなにおいに耐え切れなくなってオリビエが一串取って食べる。

「あふっ……あっつ、いや~、美味しいねえ」

「ちゃんと火を通さないとお腹を壊しても知りませんよ……」

 そう言いつつもヨシュアもその魚をむさぼっていた。警戒心などあるわけがない。ヨシュアに何かしらの毒を仕込もうにも、この大きさの魚にヨシュアに効く量の毒が入っていればわかるからだ。

 そして彼らの胃が満たされ、一息ついたころ――十二時を告げる鐘が鳴り響く。

 

 ❖

 

 親衛隊員とシェラザードを除いた正遊撃士たちは早目に携帯食料で食事をとり、体調を整えてキルシェ通りで気を静めていた。今すぐにでも乗り込みたい。しかし、足並みをそろえなければ助ける者も助けられないかもしれない。それだけは、嫌だった。

「……ここで総員待機だ。……早まるなよ」

「イエス・マム!」

 だからこそ彼女らは時を待つ。十二時の鐘が鳴り響くのを。

 そして――待望の、鐘が鳴った。

 

 ❖

 

 一方、エステル達はというと。

「いや~、やっぱり釣りは良いわね♪」

 緊張でがちがちになり過ぎないようエステルは釣りをしていた。それを勧めたのはアルシェムである。ここぞという時に動けなくなっていられると困るからだ。エステルの釣果次第では昼食になるかも知れない。そう思いつつアルシェムはクローディアとともに飛空艇の操縦方法を再確認していた。

 因みにシェラザードは整備士として来てくれていたペイトンをからかいつつティアの薬等の常備薬を安くで譲り受け、また周囲の魔獣で肩を温めていた。

 エステルが緊張をほぐすための釣りを終え、釣果を確認すると――シュラブ二匹とレインボウが五匹。そしてカサギンが無数に釣れていた。エステルはどうやら調子に乗り過ぎたらしい。

「……えっと、ま、お昼ご飯代が浮いたと思えば良いわよね♪」

 火を熾してそれらを焼き、エステルはシェラザード達を呼ぶ。ペイトンも一緒になって焼かれた魚を食べ始めると、クローディアがこうつぶやいた。

「……おばあ様とこういう食事をしてみたいですね」

「クローゼ……大丈夫よ。確かにリシャール大佐は悪いことをしてると思うけど、多分悪い人じゃない。だから、絶対まだ女王様は無事でいるわ」

 クローディアの言葉にエステルはそう返す。そこだけは妙に自信があった。本当にどうしようもなくなった時には女王に危害を加えることもあるかも知れないが、人は死ねばそれで終わりなのだ。女王は生きていてこそ、利用できる。エステルはそこまで考えてはいないが、女王に危害を加えられることなどないことだけは確信出来た。

「エステルさん……そうですよね」

 クローディアは噛み締めるようにその言葉を噛み締める。そうであってほしかった。女王にとってクローゼは直系の孫であると同時に、クローゼにとって女王は唯一の祖母なのだから。

 そして――食事を終えたエステル達は、十二時を目前に飛空艇に乗り込んだ。

 

 ❖

 

 時は少しばかり遡り、エステル達が作戦を開始したころ――ハーケン門では。

「……礼は言わんぞ」

「いえ……もう少し早く戻ってくるつもりだったんですが、思ったよりも長引きまして」

 老人と、壮年の男性が語り合っていた。その周辺には特務兵たちが転がっている。それを片っ端からハーケン門の牢に放り込んでいるのは、黒髪のうら若き乙女、というかシスターだった。

 シスターは憤慨したように壮年の男性に告げる。

「カシウス卿! 手伝って下さいってば!」

「そうだな、次はツァイスに向かわねばならんし少しばかり急ぐぞ、リオ」

 そう言ってカシウスも作業を手伝った。全ての特務兵を牢に放り込んだ彼らはモルガンから飛空艇を借り受け、モルガンを連れてツァイスへと向かった。レイストン要塞にはリオは乗り込めない――外交上の理由で、である――ため、救出すべき人物たちの元へと向かうモルガンへと同行した。

 レイストン要塞は――カシウス一人によって制圧された。軟禁状態だったシードも解放し、彼の家族もリオ達によって救出される。そして寝入りばなだった特務兵の士官は昏倒させて牢に突っ込まれ、彼の名においてレイストン要塞の兵は動かないようにと厳命させた。

 そうして、カシウス達はレイストン要塞から小舟を使って王都グランセルへと侵入せんとするころには太陽が丁度直上に来る前だった。湖から上がり、小舟を隠して巡回の特務兵たちをぶちのめし、近くの倉庫に叩き込む。その作業をカシウス達は続けた。今の状況でこれが最善手だと信じて。

 

 ❖

 

「さあ、これから始まるのは喜劇である。否、悲劇だろうか。それとも愛憎劇だろうか」

 ――嗤う。くつくつと、嗤う。その人物は今の状況を心の底から楽しんでいた。彼がこの事態を望み、この形になるように人間達を誘導してきた。あるいは――彼こそが、黒幕とでも呼ぶべき人物だろう。

 彼は、コーヒーを片手にゆっくりと口をつけ、ソーサーに戻す。

「どれでも構うことはない。どの演目が始まろうが、私の目的は果たされるのだから」

 そして彼はなあ、そうだろう? とでも言いたげに壁際に視線を投げた。すると、そこに緑色の髪の少年が現れる。どうやらずっとそこに潜んでいたらしい。そこにいるはずの彼に、誰も気づいてはいなかった。

 何よりも異常だと思えるのは、そんな話をしていても周囲の人間達は普通に仕事をしていることだろう。まるで彼らがそこにはいないかのように動き回る人物たちがそこにいた。

 そんな彼ら彼女らを一瞥した碧色の髪の少年が告げる。

「ウフフ、そうだね。教授も良くやるよ、全く……」

 口では苦々しいことを言っているが、彼の顔に浮かんでいるのは喜色満面の笑い。教授と呼ばれた彼よりも純粋な笑みを彼はその顔に浮かべていた。

 そして、ふう、と溜息を吐いた緑色の髪の少年は、ぺこりと一礼してこう告げた。

 

「――さあ、序曲の始まりだ」




地味にカシウス達の動きが入っているという。

では、また。
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