雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
とか言いながらFC編最大の変更だったり。
では、どうぞ。
「……誰も、死なせるわけにはいかない……」
それは、無意識のうちに漏れた声だった。誰も死なせたくない、ではない。『死なせるわけにはいかない』のだ。何故そう確信するのかは分からない。だが、アルシェムはこの場において誰も死なせてはならないことを『知っていた』。何故なら、ここでエステル達が命を落とすことなど『有り得ない』のだから。
彼女はこの件が終わった後、最低でも恐らく丸一日は寝込むことになるだろう。悪夢にうなされながら寝込み、その悪夢に拒絶反応を起こしながらしばらく過ごすことになるだろう。――分かっていた。その代償さえ払えば、この場の誰もが死なずに済むことを。
「……アル……?」
ヨシュアの戸惑ったような声が、アルシェムを思いとどまらせようとする。だが、最早アルシェムは止まれない。自らの意志では――止まることなど出来ようはずもないのだ。それは――□□□の意志に反するのだから。
抜き放った双剣が煌めいて。アルシェムの身体はブレた。そして――トロイメライの目前でその双剣が振り下ろされる。何度も何度も。執拗に。再起不能になれとでもいうかのように。完膚なきまでに原形を残さないように。そんな膂力が残っているはずもないのに、アルシェムはただ双剣を振り下ろし続けた。
もはやだれの目から見てもトロイメライは動かない。だというのにアルシェムの手は止まらない。無理に振り下ろされているため、アルシェムの方は既に限界を超えている。だというのに――彼女は手を休めることが出来ないのだ。
その状況からアルシェムを救い出したのは――その場にはいなかった人物だった。
「落ち着け、アルシェム」
この場にはいなかったはずの壮年の男性の声。リベールの英雄、カシウス・ブライトがそこにいた。しかし――アルシェムの手は止まらない。止められなかったのだ。アルシェムが手を動かしているのは自らの意志ではなかったのだから。
だからこそカシウスはアルシェムの両手を押さえ、トロイメライから遠ざけた。それでもまだ動こうとするアルシェムを見て嘆息したカシウスは一撃で彼女を昏倒させる。そうまでして、ようやくアルシェムは止まれたのである。
「この、バカ娘が……」
薄れゆく意識の中で、アルシェムは確かにカシウスの言葉を聞いていた。
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その後――リシャールを説得したカシウスはエステル達を連れて地上に戻った。昏倒させられたアルシェムはカシウスに担がれて、である。疲労困憊だったエステル達一行はそのまま事情聴取を受ける間もなく王城の客間で力尽きた。
全員が気を失っているのを確認した女はカシウスに声を掛ける。
「……カシウス卿、彼女達にはやっぱりキャパオーバーだったんじゃ……」
「もう一人くらいは遊撃士を呼んでおくべきだったかも知れんが、どの道遊撃士として動くならこのくらいの事件に関わることもあるだろう」
彼女の言葉に驚いた様子もなくカシウスはそう返し、担いだままのアルシェムを連れて客間から出た。いくら手練れの遊撃士たちとはいえ、気絶していては何が起きても対処は出来ないだろう。クローディアから聞いた限りでは意識を奪って操る薬を盛られていたアルシェムを彼らの近くには置いておけない。
だが、女はカシウスに向けてこう告げた。
「あ、隔離じゃなくて女王宮にお願いします」
「……正気か? リオ」
「正気ですって。というか起きてますし、アル」
リオはそう言って担がれているアルシェムを見た。どうやら途中から起きていたことに気付かれていたらしい。アルシェムはその視線を感じたが、体勢的にどうしようもなかったので声を出すだけに留める。
「いや、丸一日くらい寝かせて……連戦辛い……」
「後でお説教だ」
「勘弁してカシウスさーん……エステルからも説教される予定あるのに……」
身体から力を抜いたままアルシェムはそう告げると、そのまま意識を失った。そんなアルシェムを別の客間に軟禁して監視を始めたカシウスは、女王からの依頼も受けつつ苦虫をかみつぶしたような顔で彼女の監視を続けるのであった。
❖
リシャールが捕縛されてから三日後。その間にアルシェムは体調を戻し、医師の診断を受けてエステルにしこたま怒られるという行事をこなしていた。因みにエステル達は女王生誕祭前の依頼を今日からこなし始めていたが、アルシェムに関しては女王生誕祭まで安静にしているように言われたために客室でぼんやりしていた。歩くのすらほぼ禁止されたのである。暇を持て余すには充分な環境だった。
だからこそ、アルシェムは監視の名目でそこにいたカシウスと休憩に訪れた女王と話すことを選んだのである。もっとも、話を振ってきたのはカシウスからであったが。
「アルシェム。先日の件について聞きたいことがあるんだが……」
「どの件ですか? 答えられるものだったら多分答えますよ」
ベッドから体を起こしたままアルシェムはそう返した。ベッドから出ることは禁止されているが、起き上がること自体は止められていないので寝ころんだままだと失礼だろうと判断してのことである。
カシウスはアルシェムに問う。
「陛下と、殿下から伺った。――《ハーメルの首狩り》の件だ」
「あー、そっち……まー、いーですけどね。どこからお話しましょーか……」
アルシェムは遠い目をしながら一度深呼吸をし、語り始めた。目を閉じればあの時の光景がよみがえってくるとでもいうかのように、目を閉じて。
❖
エレボニア帝国南部、リベールとの国境付近にハーメル、という村があったのはもうご存じのはずですよね。《百日戦役》が始まる前にその村が王国軍の装備を持った何者かによって滅ぼされ、その何者かも惨殺されていたということも。それが、《百日戦役》のきっかけになったのだということもご存じなんですよね。ええ、簡単にまとめると本当にそれが真実なわけですが……その犯人が一体誰で、どうしてそんなことをしたのかが知りたいのでしょう。生存者が全て表舞台に出て来ていなかった時点で知るすべはなかったはずですから。
まずは、王国軍の装備を持った何者か、について。あれは恐らく猟兵団です。もっとも、正規の猟兵団ではなく猟兵崩れと言った方が正しいのでしょうが。彼らはとある人物から依頼を受けてリベールとの国境にある村を襲撃するように依頼されていたようです。ハーメルに決まったのはどこぞの変態が吹き込んだからですね。その光景を見たわたしはそれを村人たちに伝えたんですけど……まあ、そもそもわたしは孤児だったので、所詮は部外者だったわけです。勿論部外者如きの言葉なんて聞き入れては貰えませんでした。
そのまま村を追放されて二度と帰ってくるなって言われたときは流石に堪えましたね。犬でも追い立てるみたいに追い出されて、着の身着のままで村から出されて。まあ、それでも皆を守りたかったから近くに潜伏していて、それであんなことになったわけですが。
……話がそれましたね。それで、惨殺した方――俗に《首狩り》と呼ばれる方はですね、わたしです。村に襲撃を掛けた猟兵達を全員ぶっ殺せば村人たちは助かるかも知れないと思ってやりました。その時のわたしはバカでしたから……物理的に首さえ飛ばせば間違いなく襲撃は止まるのは明白でしたので首を斬り飛ばすという方法を取ったんですよね。その分時間がかかりましたし、そんなことをしていたから『家族』だった人に嫌われたわけですが。いくら見知らぬ孤児を引き取ってくれた人物とはいえ、流石に人殺しを『家族』にしていたくはなかったらしいです。
そんなに意外ですか? わたしから『家族』という言葉が出るのは。確かに親の顔なんて見たことありませんし、本物の『家族』がいた覚えもありませんけどね。その時一緒に暮らしていた人達は――確かに、わたしにとって『家族』でした。姉のような人と、弟のような存在。それと、姉のような人が一途に愛していた人。それが、その時のわたしの『家族』でした。
……今は違うのかって? 当たり前でしょう。二度と顔を見せるなって言われて人殺しって罵られて今なお村人たちを惨殺したことにされているのにそれを赦すほどわたしは寛容じゃありませんし。一人に関してはまあ、わたしを逃がすために言ったことだったようなので彼女個人は赦していますけど。彼らを赦すかどうかっていうのは微妙な線ですね。だってまだ勘違いは続いてますから。……やってもいないことで恨まれて、それで責められて赦しておけるほどわたしは優しい人間じゃないんですよ。
その『家族』はどうなったのかって? そうですね……生き残りは誰もいないことになってますもんね、仕方ないです。……ただ、生き残ったのはわたしの『家族』達だけなので、結局皆を助けることなんて出来なかったんですけど。そうです。姉のような人と、弟のような存在、そして将来姉代わりの人の夫になるだろうと思われた人です。彼らだけが生き残りました。
村から焼け出されて自炊し始めた彼らと、七耀教会に保護された彼女。どちらが幸せだったのかは知りません。知りたくもありませんけどね。彼らに関しては変態が目をつけていたので野垂れ死にだけはしませんでしたけど。彼女に関してはまあ、裏でも生き延びる術を叩き込まれたとだけ。
彼らが今どこにいるのか、ですか。一人は遊撃士で、もう一人は七耀教会にいて、最後の一人は《身喰らう蛇》にいますよ。……遊撃士は誰かって、もしかして本当に気付いてなかったんですか? ああ、いや。推測はしてても否定したかったんでしょうけど……ま、想定通りの人ですよ。弟のような存在です。本人に言えば恐らく「僕の方が年上だから!」とか言うんでしょうね。実際、誕生日自体はあっちの方が少しだけ前ですし。
それだとオカシイ? 何言っているんですか。だって、《身喰らう蛇》には最悪の破戒僧《白面》がいるんですよ? 奴が今の『彼』を造ったんですからそれは当然ですって。ああ、ついでに言っておきますけど遊撃士と《身喰らう蛇》にいるのは別の人物ですからあしからず。
七耀教会の人物には会えないのか、ですか……正直に言って会って頂いても問題はないと思うんですけど、こればっかりは本人に聞いてみないと分かりませんし……多分はぐらかされて終わるんで期待はしないでほしいですね。正直、あの人と交渉するのだけはしたくないんでお任せしたいです。
また、今後《蛇》が接触してくるでしょう。まだわたしの席は残っているはずだから。だから……わたしは、もうアルシェム・『ブライト』ではいられません。だからと言って『アストレイ』でもいられるわけがない。そんな権利なんてあるはずがない。だからわたしは、アルシェム・『シエル』に戻ります。止めても無駄ですよ。カシウスさんならご存知でしょうけど、しがらみって奴が多すぎてここに留まり続けられるような綺麗な身ではないんです。
わたしは人殺しで、詐欺師で、根無し草でなければならない。この先もそうやって生きていくしかないんですから。
❖
誰も、何も話さなかった。やがて時間が来て女王が退出してもそれは変わらなかった。カシウスは何かしら考え込んでいるようであったし、アルシェムは何も話す気分ではなかったからだ。
ふと、窓の外を眺めたアルシェム。そこには――
「って待てジークそれ多分死ぬってー!?」
猛然と窓を突き破る勢いで飛んでくるジークがいた。アルシェムが慌てて窓を開けると、無論ジークはそのまま突っ込んでくるわけで。カシウスが対応する前にアルシェムは鳩尾に嘴を突っ込まれて悶絶した。
「お、おぐお……」
「ピュイっ! ピューイ!」
正義執行! 大勝利! じゃねえ! とアルシェムは思った。正直に言って猛烈に痛い。これならジークの身を案じて窓を開けるんじゃなかったとアルシェムは後悔するが後の祭りである。
「ぶ、無事か?」
「な、何とか……ジークェ……よーし今度から全面的にあんたの身の安全だけは気にしないことにするぞー……」
「ピュピューイ!」
余計な御世話だ! と言ったらしいジークはアルシェムの脳天を嘴で突いて気絶させた。カシウスが慌ててジークを追い出さなければ間違いなくアルシェムの身は危険だったであろう。――主に、頭髪が。
そうして――運命の日は、来る。
❖
女王生誕祭が始まった。アリシア女王の挨拶から始まり、祭りが始まって。クーデターでの功績を鑑みた遊撃士協会はこの日をエステル、ヨシュア両名の正遊撃士任命の日と定めた。そこに、アルシェムの名前はない。それは何故かというと――彼女は遊撃士になるわけにはいかないからである。準遊撃士ならばまだ良い。だが、正遊撃士になってしまうことだけは問題だった。
そもそも彼女が準遊撃士となったのは任務のため。『カシウス・ブライトとその周辺の監視』が彼女に課せられた任務だったからである。カシウスが帝国に出かけたのは想定外だったが、アルシェムとしてはエステル達の監視の方が気が重くなかったので万々歳だ。その結果払ったのは身バレという代償だが、カシウス相手にならむしろプラスになるだろう。
一番骨が折れたのはエステルの説得だったが、これは記憶を完全に取り戻すための旅に出るという建前で誤魔化した。ついでにブライト姓から抜けることを告げると大泣きされたのだが、カシウスの動向がしばらくは分かりやすい状況になると判断されたため、撤退命令が出たのだ。もう、カシウスとエステルの『家族』だという証は必要ない。そして、正遊撃士としての資格も。
生誕祭が終われば、アルシェムは旅に出る。それが分かったのか、正遊撃士となったエステル達はやたらとアルシェムを連れまわした。まるで思い出づくりをするかのように。
町中を巡り、屋台を冷やかし、生誕祭に訪れていた旧知の人々と語り合って。それがアルシェムにとっていい思い出になるようにとエステルは願っていた。――もっとも、アルシェムはそんなものは必要としていない。思い出など邪魔なだけ。他人との縁など柵にしかなりえないと彼女は判断していたからである。だからこそ、表面上だけは楽しむふりをして誤魔化していた。何の意味もない行為に付き合うだけの余裕はまだあったから。
だからこそ、彼女が感じるこの感情は偽物のはずだった。エステルに連れまわされていて、楽しいと不覚にも思うこの気持ちは。このまま離れたくないと思うこの気持ちは。独り立ちという表現を使われるのが、こんなにも心苦しく思えるのかと。
アルシェムはたった一人で生まれ、たった一人で生きていく。そう決めたはずだった。あの日あの場所で、空の女神のステンドグラスに誓ったはずだった。そのはずなのに――揺らぐ。
こんなにも自分は弱かっただろうか。誰かの支えを必要とするほど弱くなってしまっていたのだろうか。そんなはずはないと信じたかった。何故なら――アルシェム・『ブライト』だった彼女は、ずっとエステル達を裏切り続けていたのだから。裏切っている人達に支えを求めているだなんて、絆されてしまった証拠ではないか。
そんなことなど信じたくはないというのに――アルシェムはまだ、つながりを求めていたのだろうか。気付けばエーデル百貨店でエステルと揃いのブローチを購入していた。エステルのは金縁にオレンジ色のブローチで、アルシェムのは銀縁にスカイブルーのブローチ。そこまでして、自分はエステル達と繋がっていたいと思っているのかと購入してからアルシェムは愕然としていた。
何度こっそり捨てようとしたか分からない。だが、いざ捨てようとすると手が動かない。認めてしまえば、恐らく楽だったのだろう。だが、アルシェムはその感情を認めることだけはしなかった。
即ち――『離れたくない』という感情を。
認めてしまえば、もう一歩も動けなくなってしまっただろう。だが、認めるわけにはいかないのだ。アルシェム・『ブライト』でなくなった彼女は、もうエステル達の傍にいる資格などありはしないのだから。
だから、錯覚なのだ。何物にも代えがたいと思える目の前の光景など。いつか壊れると分かっているこの光景を尊いと思うこの感情など。そう思い込むことで、アルシェムは心の均衡を保っていた。
――予定調和は変わることなく、邪悪によって生み出された邪なものは野を這いずって現れる――
後一話と閑話を挟んでFC編は終了です。
では、また。