雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧80話半ば~81話のリメイクです。
ということは、前回は81話も使ってFC編を終わらせたということか……約三分の一がFCってどうよ。

では、どうぞ。


その一握の気の迷いが

 王都を一通り廻ったエステル達は、休憩と称してエーデル百貨店横の休憩所で休んでいた。何故かエステルがアイス屋が混んでいることを確認しているのだがアルシェムはどうでも良いことだと聞き流していた。聞き流すのはイイのだが――エステルが挙動不審過ぎて逆に気になってしまったアルシェムは、エステルにこう提案した。

「外してよーか、エステル?」

 その提案を聞いたエステルは顔を真っ赤に染めて黙り込んでしまった。どうやら脳みそがぴんく色をしているようである。こういう時は邪魔をしてはならない。何故なら馬に蹴られるからだ。――俗説でしかないが、流石にヨシュアには蹴られたくないのである。どう考えても邪魔者だオーラを全力で出していたからにして。

 アルシェムは百貨店を回り込むと、近くの木の陰に潜んだ。出刃亀をしたい、というわけではない。何も今までヨシュアに引っ付いていたのはエステルとの仲を邪魔するためではないのである。

 ヨシュア・ブライト。今でこそそう名乗っているが、彼はそもそも『ブライト』などと名乗れるような人間ではないのだ。彼はアルシェムと同じ裏社会に生きていた人間なのだから。そう――同じ穴の貉という言葉がこれ以上なくあてはまるだろう。もっとも、アルシェムが浸かっているのは光すら見えないような暗闇であって、ヨシュアのように辛うじて後戻りできるような場所にはいないのだが。

 それはさておき、ここでエステルが何かしら告白でもするのかと思ったのだが、どうやらその目測は外れたようである。肝心な時にヘタレたエステルは、本当に取り返しのつかなくなってしまうミスを犯したことに気付かずにアイスを買いに行ってしまった。

 

 そう――その、エステルの一握の気の迷いが。ヨシュア・『ブライト』にとっての転換点になってしまったのである。

 

 ヨシュアは複雑な顔でエステルを見送った。というのも、アイスを買いに行くと宣言したはずのエステルはアイス屋とは全く別の方向へと駆けだして行ってしまったからである。脳裏に浮かんだ彼にとっては有り得ない想像――エステルに好かれているのかもしれない――をぶんぶんと首を振って揉み消すあたり、ここまでは普通に余裕があったようである。

 何せ、ヨシュアは木陰に隠れているアルシェムに声を掛けて来たのだから。

「それで、どうしてそんなところに隠れてるんだい? アル」

「いようがいまいが結果は変わらなさそーなんだけど、いないよりはマシかなって」

 アルシェムはそうヨシュアに返答し、木陰から出てある一点を睨みつけた。その視線の先には――とある男がいる。青年と呼ぶには年を取り過ぎ、壮年と呼ぶにはまだ若い。そんな中途半端な年齢に見える男だ。アルシェムはこの旅の間、奇跡的に彼に会わなくて済んだのだが――知っている。覚えている。その、醜悪な顔を。

 ヨシュアもその男性の顔を見て顔をこわばらせ、いつでも双剣を抜けるようにして相対する。最初に声を発したのは――その男だった。

「やあ、しばらくぶりですね、ヨシュア君。そちらの方は初めましてだと思いますけど」

 声だけを聴いていれば普通の男性だ。しかし、アルシェムには分かる。もとい、視える。その言葉の奥に隠しきれない歓喜と愉悦が混じり合っていることが。その男がただの男ではないということを、アルシェムは嫌というほど知っていた。

 だからこそ、ヨシュアを手で制してアルシェムが返事をする。

「初めまして? 何をバカなこと言ってんだか。今は何て名乗ってるか知ったこっちゃないけどね、『教授』?」

「アル……?」

 ヨシュアが困惑したようにアルシェムを見るが、どうせこれから行方をくらませる身である。どれだけ疑念を抱かれようが関係ない。最悪ヨシュアに背後からばっさりやられるのだろうが、それに対応できないようではこの先生き残ることなど出来やしないのだから。

 困惑したような顔で男はアルシェムに告げる。

「ええっと、どこかでお会いしたことありましたっけ……?」

「丁寧語はもうやめてよ。鳥肌立っちゃう。そんな擬態しなくても今ここにはあんたが張った認識阻害の結界があるんだし」

 その言葉を聞いた男は、一瞬目を見開いて――そして酷薄に嗤った。その笑みを見たヨシュアは本能的に危機を感じて双剣を抜き放った。ヨシュアはアルシェムをそこまで警戒していないが、事と次第によってはこの場で斬る覚悟である。

 ヨシュアの警戒っぷりを見たアルシェムは少しだけ安心していた。それだけ警戒できれば十分である。たとえ――ヨシュア・『ブライト』がツクリモノであると分かったとしても、気を抜いている状態から聞くよりはマシなはずだ。

 そんなヨシュアの状態を見て、満足そうに男はアルシェムに告げる。

「いつから思い出していたのだね?」

「皆していつからいつからって聞くけどさー……それ、そんなに重要なことなわけ?」

「……何?」

 男が眉を寄せてアルシェムを見つめる。アルシェムは生ごみでも見るかのような目で男を睨み返し、大きく溜息を吐いた。アルシェムは心が醒めていく心地がした。今まで温度のあった世界が灰色に見える。この先は、彼女にとっての戦場。

 アルシェムは死んだ魚のような眼をしながら言葉を吐く。

「遅延式の記憶阻害なんてどうとでもなるでしょーに。あんたにとっちゃ計算違いかもしれないけどね? 《身喰らう蛇》の《使徒》第三柱、《白面》のワイスマン」

 最後のアルシェムの言葉に、ヨシュアが双剣を揺らして反応した。どこかで聞き覚えがあるはずなのに何かが邪魔をして思い出せないようである。そもそも思い出せないように暗示をかけたのは男――ワイスマンなのだから当然だろう。

 眉を寄せながらワイスマンはアルシェムに問う。暗示が既に解けていたというのならば、その時点でヨシュアのことにも気づいているはずだからだ。何故なら、ヨシュアとアルシェムは《身喰らう蛇》に所属していたのだから。

「……暗示が既に解けていた、というよりは誰かに解いて貰ったようだな。分かっていたのならば何故ヨシュアの暗示も解いてやらなかった?」

 その問いに、アルシェムは応える。どうせその暗示を解いていたとしても、結果は何も変わらないということに。この旅の間――あまりにも、ヨシュアは変わらなさすぎたのだ。精神的にという意味ではない。彼が遊撃士として動き始めたことで鈍ったカンが取り戻されるはずだったのに、それが全く磨かれてこなかったのだから。

「どーせ月一くらいでヨシュアに会って暗示のかけなおしでもやってたんでしょーが。カンを全部取り戻されたらイロイロ台無しになるから」

 ヨシュアは眼を見開いた。確かに、ヨシュアはワイスマンに何度も会っていた。ロレントの《翡翠の塔》で。ボースの《琥珀の塔》で。ルーアンのジェニス王立学園で。ツァイスでは遊撃士協会で。そして――グランセルでは、セントハイム門と決勝戦の直前に。この頻度はおかしいと思っていたし、空賊たちのごとく何かしらの暗示をかけていたとすれば一番怪しい男なのだ。

 ヨシュアはワイスマンを糾弾するように口を開く。

「それだけじゃない……各地で記憶を消された人達の裏には貴男がいたんですね?」

 《カプア一家》のドルン。ルーアンのダルモア。クルツに、リシャール。彼らの記憶を奪い、操作していたのはワイスマンだろう。ヨシュアはそうあたりをつけていた。

 ワイスマンはそれを暗に肯定してヨシュアに告げる。

「よくぞ認識と記憶を操作されながらそこまで気付いた。流石私が造っただけはあるな」

 肩を震わせて嗤うワイスマンは本当に上機嫌だった。それとは正反対にアルシェムの機嫌は急降下している。これからヨシュアは暗示を解かれる。そして、胸糞の悪い話とともにあることを思い出すと理解していたアルシェムは憂鬱だった。もっとも、命を狙われる理由が増えるだけなのでどちらかと言えば些事ではあるのだが。

 そして、ワイスマンが指を鳴らした。これが彼流の暗示の解き方である。その音をトリガーとして、ヨシュアの脳裏に昔の記憶がフラッシュバックした。そして、アルシェムの脳裏にも。アルシェムはただ記憶を失ったわけではない。不完全ながらに記憶を取り戻した代償として、人物は理解出来ても名前が出て来ないという痴呆症のような状態に陥っていたのである。その名称の記憶が彼女の脳内にあふれかえっていた。

 その記憶の奔流が収まって。最初に口を開いたのはヨシュアだった。

「……確かに、あなたなら納得は出来る。あのベルガー少尉にしても……そうだ」

 確かに暗示は解けたらしい、とワイスマンは判断して愉悦の笑みを浮かべた。これから明かすとっておきで、ヨシュアが絶望するだろうということを理解しているからだ。その絶望する心さえも、ワイスマンが手掛けたモノ。ヨシュア・ブライト――否、『ヨシュア・アストレイ』はワイスマンの最高傑作なのだから。

 これからみられるであろう絶望に愉悦を滲ませてワイスマンがヨシュアに告げる。

 

「久しぶりとでも言っておこうか? 《執行者》No.ⅩⅢ《漆黒の牙》――ヨシュア・アストレイ。それに、No.ⅩⅥ《銀の吹雪》シエル」

 

 ヨシュアはそのワイスマンの言葉に顔をそむけた。そんなことを聞きたくてワイスマンと問答をしているわけではない。胸のうちで警鐘を鳴らしているものの正体を知るために情報を抜きださなければ。そんな焦燥に駆られながらも双剣を手放さずにワイスマンに対峙している。

 緊張した場をほぐす――正確には程よい緊張感を保つ――ためにアルシェムが口を開いてもそれは同じだった。

「出来れば一生会いたくなかったってーの。どーせ始末しに来たんじゃないんでしょ?」

「相変わらず察しは良いようだね。計画の第一段階も無事に終了して時間が出来たからこうして会いに来たのだよ」

 ワイスマンはそこから遠回しに話を引き延ばしつつヨシュアに何かを気付かせるべく言葉を吐き出し続ける。《身喰らう蛇》の目的が知りたければ戻って来い。戻ってこないのは分かっている。カシウスとエステルを棄てて闇に戻ることなどできようはずもないだろう。

 じわじわと嫌な予感がヨシュアの胸中を駆け巡る。それが当たらないようにとヨシュアは心の中で願うが――当たらないわけがないのだ。ヨシュアの希望的観測は、斜め上にずれて切り捨てられた。

 

「おめでとう、ヨシュア。君はもう自由だ。この五年間、本当にご苦労だったね」

 

 その言葉の意味を一瞬で理解してしまって。その意味を理解するのを理性が拒んだ。それがヨシュアに起きたこと。対してアルシェムは危惧していた通りだと内心で溜息を吐く。ただそれだけだった。ヨシュアに対する言葉はそれだけだろう。ただ、アルシェムにかけられる言葉に推測が出来なくて困るくらいだ。

 だからこそ、《身喰らう蛇》からの決定を聞かないようにアルシェムは言葉を紡ぐ。

「ま、そーくるよね。ヨシュアが情報を流してわたしがその補佐って? ばっかじゃねーの、ワイスマン」

 その顔に精一杯の嘲笑を浮かべて。震えそうになる手を意志の力でねじ伏せて。恐怖など感じないように。出来得る限り弱みを見せないようにして、アルシェムは強がる。逆に言うのならば、強がることでしかワイスマンに反抗できないのである。

 事実、ワイスマンはアルシェムの痛いところを突くように言葉を吐く。

「確かに君からの報告は一度もなかった。だが、ヨシュアの暗示を解かなかったのは復讐のつもりかね?」

 正直、アルシェムとしては『そんな義理はないから』と答えても良かった。復讐などするつもりもない。ヨシュアにあるのは一応借りばかりで、貸しはないはずなのだから。それにアルシェムがヨシュアの暗示を解くよう七耀教会に要請したとしても恐らくは無駄だっただろう。

 本音を隠し、アルシェムは建前をワイスマンに告げた。

「復讐する義理なんてないけど、暗示を解いたところでヨシュアが自由になるってわけじゃなさそうだったから? 暗示程度であんたがヨシュアを手放すはずないし」

「クク……そうなるように造ったとはいえ、本当に君は興味深い。そこまでヒントを与えたわけでもないのにそれほどの考察……流石は盟主より賜った素材なだけある」

「ヒトを素材扱いしないでほしいんだけど……」

 アルシェムのぼやきはワイスマンには聞こえていない。興味深い物体が目の前にあるワイスマンは周りのことなど見えてはいないからだ。アルシェムとしては今の隙にワイスマンを物理的に消滅させたいのだが、愉悦していても腐っていても《使徒》。そんな隙はない。

 ひとしきり自身の傑作たちを称賛し終えたワイスマンはヨシュアに声を掛けた。

「君のくれた情報は本当に役に立ってくれたよ。君が逐一遊撃士協会とカシウス・ブライトの動向を報告してくれたおかげで一番の不安要素を国外に誘引し、このクーデターを利用して《輝く環》の《門》をこじ開けることが出来たのだから。だから――改めて礼を言おう、ヨシュア。この五年間、本当にご苦労だった」

 その言葉はヨシュアの心を絶望で汚染した。今までエステル達と過ごした時間、無意識ではあってもヨシュアはずっと彼らを裏切り続けていたのだ。本当の父は既に亡いが、カシウスは本当に自分の父親のようだった。本当の姉は既に殺されているが、エステルは本当に姉のようであり妹のようでもあった。あの幸せな時間を――ワイスマンによって汚されてしまった気がした。

 わなわなと全身を震わせてヨシュアは言葉を零す。

「……嘘だ……」

 ヨシュアとしては信じたくはなかったのだろう。しかし、ワイスマンがそれを可能にする男だとヨシュアは骨の髄から思い知らされていた。ここでワイスマンが嘘を吐くメリットがない。だからこそ、信じたくなくて嘘だと口にする。

 だが、ヨシュアにも本当は分かっていた。無駄にクリアな思考が、ワイスマンによって形作られた合理的な思考フレームが残酷な答えを吐き出してくる。これは全て真実である。認めなくてはならない。ヨシュア自身がエステル達を裏切っていたという事実を。

 ワイスマンは告げる。甘い蜜のような罠を。このまま何食わぬ顔でエステル達の元へ戻れば良いのだと。しかし、エステル達の元に戻れば再びワイスマンにエステル達を売り渡さなければならなくなる。エステル達の元には戻れない。これ以上、ヨシュアはエステル達を裏切りたくはなかった。

 ワイスマンは告げる。苦い毒のような事実を。ワイスマンの最高傑作たる殺人兵器がエステル達の元に戻れるわけがないのだと。エステル達が眩しすぎて、ヨシュアはその光に灼かれてしまうだろうことを。そして、戻ったとしてもヨシュアは幸せになどなれない。ヨシュア・アストレイは人々の死骸の上に立って生きて来たのだから。彼らがヨシュアを幸せに生きさせてくれるはずがないのである。

 そうして、ワイスマンはヨシュアに《身喰らう蛇》への誘いを残して去って行った。

 

 ❖

 

 アルシェムは女王宮の女王の私室で女王と会談をしていた。これからの方針を決めるためだけではなく、純粋に最後に言葉を残して行くべきだと思ったのだ。アルシェム・『ブライト』は今夜いなくなるのだから。ヨシュアの『星の在り処』をBGMにして、アルシェムは雑談を続ける。

「本当に、遊撃士をお辞めになったのですね……」

「そもそも正遊撃士になれるような人間じゃないのは陛下がよくご存じだと思うんですが」

 今でこそ雑談であるが、そろそろ本題を切り出さなければならないとアルシェムは感じていた。今夜中にグランセルを離れなければならない以上、そう時間があるわけではないのだから。

「……貴女が《身喰らう蛇》の構成員だったからですか?」

「それだけだったらもっと話は簡単だったんですけどね。……近々《身喰らう蛇》が動き始めます。恐らくは《輝く環》をリベールから奪取するのが目的でしょう」

 アルシェムの言葉に女王は眉をひそめた。今回、《輝く環》は発見されなかったからである。だからこそ地下空間で起きたと報告されたことが何を意味するのかを知る必要があるのだが、全く以て手掛かりがないのだ。

 女王はアルシェムから情報を引き出すべく問うた。

「アルシェムさん、貴女は何をご存じなのですか……?」

「わたしが知ってることなんて限られますけど、この件に関しては《身喰らう蛇》幹部から聞きました」

「……どうやら、対策が必要になりそうですね……」

 深刻そうに考え込む女王。いつの間にかヨシュアのハーモニカは途絶えていた。いつもよりもさらに薄いヨシュアの気配に、何を決めたのかを察してアルシェムは動き始める。女王の前を辞してヨシュアの気配を追ったのだ。会談自体はお開きになった雰囲気だったため、一礼して去るだけで良かったというのも大きい。

 アルシェムがヨシュアの気配の下に辿り着いた時、エステルが崩れ落ちた。どうやらヨシュアはエステルを眠らせたらしい。エステルを地面に横たわらせたヨシュアはアルシェムに向きなおった。

「……『シエル』か」

「一応本名は『アルシェム・シエル』らしいから別にいつも通り呼んでくれて構わないけど」

「邪魔をしにきたのかい? それとも本当に僕を始末しに来た?」

 そう言葉を吐き出すヨシュアの視線の温度がみるみる下がっていく。執行者としてのカンを取り戻し始めているのだろう。エステルという大切なものを切り捨てることによって。

 だからこそ、アルシェムは告げた。

「いや、どっちも違う。……まだヨシュアなら後戻りできるから。引き戻してくれる人がいる限り、絶対に。それを伝えに来たんだ」

「……どうだかね。それより、君はこれからどうするつもりなんだい?」

「少なくとも《身喰らう蛇》の敵にはなるよ。ヨシュアの邪魔をしないとは限らないけどね」

 そう言って、アルシェムはヨシュアに背を向ける。ヨシュアはエステルにも背を向けてその場から立ち去った。それに次いで、アルシェムも。その様子を、木陰から険しい顔でカシウスが見ていた。




閑話を挟んでFC編終了!
誰が何といおうとFC編は終了じゃあ!

では、閑話をお楽しみに。
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