雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧83話のリメイクです。

では、どうぞ。


七耀教会本部への報告

 アルシェムが定期船に駆け込み、複数の航路を使いながら途中で行方を眩ませる工作を終えたころ。カシウスへの情報漏洩の罰として一人で《メルカバ》肆号機を操縦することになったリオ・オフティシアは涙目になりながら必死で操縦していた。普通は複数人で操縦するものなのだが、現状の彼女の主エル・ストレイの従騎士はリオ含め三名しかいないのである。

「絶対、ぜぇったい後で危険手当貰ってやるぅー……!」

 《メルカバ》は空を舞う。しかし、その姿を見ることが出来る人物はいない。高高度で飛行し、なおかつ光学迷彩で姿を消しているからだ。問題があるとすれば機影が見えてしまうかもしれないことだけだが、そこはアルシェムの腕の見せ所。幻属性のクオーツをふんだんに使用したオーブメントを常時駆動させることで、《メルカバ》の影のみを認識させない結界を機体の周囲千セルジュに張り巡らせているのだ。もしも機影をとらえようとするなら、その《メルカバ》の存在する場所から直線距離で千セルジュ離れたところから望遠鏡を使うしかない。レーダーも普通に誤魔化してしまうので色々な意味で危険な飛行物体であった。

 それを操って故郷アルテリアまで辿り着いたリオは、途中で細い鋼糸を旧市街に投げ落とした。二度引かれる感触があって、それをリールで引き上げる。果たして、そこにはアルシェムが捕まっていた。アルテリア入国ぐらいまでならばしつこい追手がいたとしても問題ない。だが、この先はついて来させるわけにはいかないのである。リオはそのまま大聖堂――というよりはもはや宮殿か何かと呼べよとでも言わんばかりに巨大な城――の《メルカバ》専用発着場に《メルカバ》を到着させた。

「いやー、お疲れ」

「うう……ストレイ卿のバーカ……」

「んなこと言って良いと思ってんの? わたしの従騎士」

 二人でふざけ合いながら、彼女らはアルテリア大聖堂に降り立った。そこで彼女らを出迎えてくれたのは思ってもみない人物だった。むしろ、その可能性を考えたくはなかったという意味で。

「やあ。お帰りなさい、エル」

 そこに立っていたのは金髪を肩口で切りそろえ、豪奢な僧衣に身を包んだ青年だった。その衣服が示すのは、彼の身分が枢機卿であるということ。見た目の年齢からすれば有り得ないほどの出世をしている人物である。――血筋を鑑みなければ、だが。

「ただいま帰着いたしました、ジョバンニ枢機卿猊下」

 彼の名は、ジョバンニ。フルネームはジョバンニ・ウリエル。アルテリア法国の法王エリザベト・ウリエルが嫡子である。十年ほど前に市井から引き取られはしたが、血筋ははっきりしている。ある程度の期間父方の親戚に養育を頼んでいた、というふれこみであるらしい。もっとも、アルシェムにとってはどうでも良いことであるが。

 ジョバンニは丁寧に礼をしたアルシェムに困惑したように手を振りながらこう返した。

「そんなにかしこまらないで、エル。僕はもっとキミの顔を見ていたいんだ」

「お戯れをおっしゃいますな。……報告がありますので、御前失礼いたします」

 アルシェムは笑顔を張り付けてそう答え、礼をしてその場を立ち去った。そこで「戯れじゃないのに……」などとのたまう枢機卿など知らないったら知らないのである。アルシェムが最初に七耀教会を訪れてから幾度もこうして顔を合わせるが、どうにも彼女はジョバンニが気に喰わないのだ。出来るだけ関わりたくないと思っているし、何なら視界にも入れたくないと思っている。

 内心で溜息を吐きながらリオを従え、迷路のような道を進むアルシェム。防犯の観点から迷路状になっているのはよく分かるし、今現在の状況ではとてもありがたい――たまにジョバンニは追いかけて来るからである――のだが、急いでいるときにはとてもイラつくというのが現状である。

いっそ導力式の認証ゲートでもいくつか作ってやろうか、と思いつつアルシェムは迷路を抜けて小さな庭園に出た。そこに一瞥もくれずに突っ切り、最終的に辿り着いたのは円形の建物だった。

「あー……気が重い……」

「イロイロ無茶しすぎなんだって、ストレイ卿は」

 リオと何でもない会話をしつつ正面玄関を抜け、その真正面にある部屋――上空から透かして見れば円の中央からまっすぐ奥の壁までつながった部屋である――の扉を叩いた。すぐに返事が返ってきたため、アルシェムはリオと共に入室する。

 部屋の中で待っていたのは、緑がかったカーキ色の髪と真紅の瞳を持つ女性だった。しかも何がおかしいのかにやにやと笑っている。女性はアルシェムに向けてこう告げた。

「五分遅れだぞ、ストレイ卿。また枢機卿猊下に捕まりでもしたか、ん?」

「や、単純に飛行船が遅れただけだから、セルナート総長」

 ニヤニヤ笑う女性にアルシェムはそう返すと、溜息を吐いた。そう。あの枢機卿に絡まれるのはいつものことなのである。それで遅刻することも多々あり、からかいのネタにもされているが、彼女らが言うような甘い関係に等なったこともないしなりたいとも思わない。主に、過去の体験が関係して。

 アルシェムはその女性――守護騎士第一位《紅耀石》アイン・セルナートである――に向けて報告を始めた。カシウスが七耀教会に敵対することがないかを。そして、どう使えば七耀教会の利になるのかを推測も含めて、である。完全にカシウス・ブライトを売ったような形に見えるかもしれないが、彼は大陸に四人しかいないS級遊撃士なのである。警戒していない国はどこにもなく、警戒していない組織などありはしないのだ。いずれ誰かが調べることになるのならばと出来る限り詳細に報告したアルシェムは多分悪くない。

 途中からリオに報告を代わってもらって全てを詳らかにし、アルシェム達は報告を終えた。

「……成程な。迂闊には動かせんか……」

「まーでも、今はリベール軍に取り込まれた状態だからこちらから動かすって形は難しいと思うよ」

「だろうな……さて、ご苦労だった。ゆっくり休めと言いたいところだが……人員はいつでも足りていない。すぐにリベールに戻ってケビンと協力すると良い」

 そう言ってアインは煙草を一服し、ゆっくりと紫煙を吐き出した。どうやら話はこれで終わりのようである。しかし、アルシェムからの話はまだ終わってはいなかった。何故なら、任務についてどこまでやって良いのかという許可を得なければならないのである。彼女の脳裏には、偶然が重なりあわなければできない奇策が閃いていたのである。

「それなんだけど、アイン。《身喰らう蛇》構成員の引き抜きってあり?」

 アルシェムの問いに、アインは眼を見開いた。そして腹を抱えて笑い出す。どうやらアルシェムの考えていることに思い当たったようである。リオはそんなアインを見て絶賛引いていたが、態度には見せないようにしていた。

 ややあって、笑いを抑えたアインはアルシェムに問う。

「人物によるな。お前が御しきれるような人物でない限りは認めん」

「え、じゃーヒーナとかが抑えられても?」

 アルシェムはそうアインに返した。アインはヒーナの名を聞いて硬直した。ヒーナ・クヴィッテという女性はアインの愛弟子であり、昔アインの従騎士として引き抜こうかと思っていたくらい優秀だった女性だ。主に話術と法術において彼女はその才能を発揮する。

「許可する。だが、鎖は忘れるなよ?」

「勿論。あ、あと、リベールへの影響力を増す件に関してだけど……全てが上手く行けばヒーナとソイツにするかも」

「成程な。お前が引き抜こうとしているのは『彼』か……」

 アインはアルシェムの提案した人物が誰なのか思い至ったようで、暫し黙考した。確かにその人物はヒーナには逆らえないだろう。そしてリベールにも多大なる貸しがある。アルシェム本人が動けなくなる事態は避けたいし、何よりも釘をさすだけよりも人員を配置した方が効率的と言えば効率的である。デメリットはと言えば、ヒーナがリベールに釘づけにされるだろうということくらいか。

 考えをまとめたアインはアルシェムにゴーサインを出し、アルシェムはにやりと笑ってそのサインを受け取った。そして、他に言っておくことはなかったかと考えて――思い出した。言っておくことはどころではない。間違いなく報告しなければならないことを忘れていた。

「そーだアイン、忘れてたんだけど……」

 その言葉にアインは首肯したため、アルシェムはリベールで得たある意味一番重要な情報をアインに伝えたのだった。

 

 ❖

 

 一方、リベールに残されたヒーナとメルはというと、独自行動を再開するべく動き始めていた。ヒーナがある程度アルシェムの思考を想定できるため、準備だけでも進めておくべきかと思ったからである。とはいえ、ヒーナとメルが動くことになるとは到底思えないために主にリオの準備を進めることになるのだが。ヒーナもメルも戦闘員として動くというよりはいざという時の切り札であるべきだからである。

 よって、彼女らが準備するのは秘薬系統。新しく開発されたアセラスの薬とティアラルの薬を中心にして大量に調合していく様をグランセル大聖堂の司教に見られていたが、何もツッコミはなかったので良しとする。

 武器の整備も忘れてはならない。もっとも、リオのものは持参していってしまっているはずなので手入れは出来ないが、自分達のは出来る。メルの装備は申し訳程度のボウガンとアルシェムの開発した特殊オーブメントである。メルはアーツ極振りとでもいうべき体質をしており、一般的なオーブメントを使うと対人には使えないような強力な性能を発揮してしまうのだ。故に、特殊オーブメントのメンテナンスだけは欠かさないようにしていた。

 ヒーナの装備はと言えば細い針の如き法剣である。特殊オーブメントは持っているがあまり使うことはなく、この法剣と法術を駆使して敵を無力化し、交渉に持って行くのが彼女の戦い方である。また、彼女が独自に開発した法術、虚無の弾丸はアルシェムの従騎士達の中では重宝されている。――もっとも、その法術の効果があまりにも読めないので他の星杯騎士たちが使っていないだけともいう。

 虚無の弾丸という法術は、東方の気功の原理を利用して無属性の弾丸を放ち、その弾丸の中心で周囲に漂うアーツの残り香を利用して増幅して相手に状態異常を付与するという壊れ性能な法術なのだ。どんな状態異常が引き起こされるかはいまだに解明されていないため、使い勝手が悪いともいう。

 そこまで手入れが終わったところでメルが一言ぽつりと漏らした。

「……あまり無茶をしないであたし達を頼ってくれればいいんですけどね……」

 そのひとりごとにヒーナが言葉を返す。

「アルシェムのことですから、頼るということはしないでしょう。昔からそうなんですから……」

 はあ、と溜息を吐きながら秘薬を袋詰めにし始めたヒーナは、今は異国の地にいる主のことを想った。昔からそうなのだ。誰にも頼らず、その結果何かしら自分に不利益を被る。大体の場合は怪我で済んでいるが、いつか取り返しのつかないことをやらかしそうなのだ。特に、精神的に追い詰められたときは。

 これでも少しは緩和されたのだ。重要でないことだけでもヒーナ達に頼るようになったのだから。だが、緩和されただけであって何でも一人でやろうとする傾向はまだ消えてはいない。一人でやればその分他人への犠牲が減ると思っているのだろうが、ヒーナから言わせて貰えば複数人でやった方が誰も怪我をしなくて済むのである。

 それでもヒーナがアルシェムを見捨てないのは、恩と借りがあるからだ。そして、『家族』であった者としての親愛。ただそれだけでヒーナはアルシェムに従っていた。自分を顧みることはなくとも、他人に気遣うことが出来るアルシェムをヒーナは見捨てられなかった。まだ、『ニンゲン』という部分を棄てたわけではないと分かるのだから。

「……早く帰ってきてね、アルシェム」

 ヒーナは秘薬を袋に詰め終わると、アルテリアの方角を見てそうつぶやいたのだった。

 

 ❖

 

 リベール王国、ロレント市の一角にあるミストヴァルトにて。森の奥深くには一隻の船が停泊していた。それも、滅多なことでは人間が踏み入れられないくらい奥地に。その船の名は《メルカバ》伍号機。守護騎士第五位《外法狩り》ケビン・グラハムの所有する機体である。無論この場所にその船の主は存在し、目の前のモニターで通信を行っていた。

「……それで、エルちゃん。君らはどう動くつもりなんや?」

 目の前に映し出されているのは一応とばかりに僧衣を引っかけた銀髪の少女。誰あろう、アルシェムである。カメラで見切れている場所には恐らく従騎士達がいるのだろうとケビンは推測していた。

 通信先のアルシェムがケビンに向けて答える。

『従騎士ヒーナについてはグランセルに据え置き。従騎士メルについてもルーアンに据え置きかな。従騎士リオは……ま、カシウスさんについて行って名が売れちゃったからエステル達に同行させるとするけど』

 その答えにケビンは黙考した。リオという名の従騎士については知っている。理由があったとはいえ、闇で活動するはずの星杯騎士が名を売ってしまったという本末転倒なことになってしまっている女だ。そして、その実力はケビンも知っていた。

 大剣の形をした規格外の法剣を操る女。数々の従騎士を薙ぎ倒し、《紅耀石》の従騎士筆頭と目された女である。それが新しい守護騎士の従騎士となった時は騎士団内でかなり騒がれたものだ。

「……《破城鎚》をか……ま、ええやろ。オレは色々巡りつつエステルちゃん達にちょっかいかけてたら状況も分かるやろうしな。で、アンタは?」

『わたしは折角別の立場(笑)があるんだし、そっちから闇討ちなり話し合いなりで執行者たちを削いでくよ。だから間違っても全力で攻撃しないで貰えると助かるかな』

 ケビンはアルシェムの言う別の立場を知っていた。元執行者の守護騎士というのは彼女しかいないからである。執行者No.ⅩⅥ《銀の吹雪》シエル。それが、《身喰らう蛇》に所属していた彼女の名である。

「そうか……分かった。《銀の吹雪》ってちゃんと名乗ってや?」

『勿論。……っと、そろそろ定期船に乗り込まないと。じゃ、オーバー』

 アルシェムには一方的に通信を切られたが、ケビンとしてはどうでも良かった。使える手があるなら仲間でも使う。そして、アルシェムの使う手はかなり有効な手になるはずだ。何せ、相手の戦力を削ぐどころか説得できればこちらの戦力が増えるのだから。たとえそれが天敵ともいうべき《身喰らう蛇》の構成員だとしても。要は逆らえないように暗示をかけてやれば良いのだ。

 ケビンは自身の従騎士達に向けてこう告げた。

「さて、君らはアルテリアに戻っててくれ。あんまりここに長居すると万が一カシウス・ブライトに捕捉された時が怖いからな」

「し、しかし……!」

「問題ない。今回はサポートもおるし、単独潜入の方が都合がええんや」

 ケビンはそう言って《メルカバ》から降りた。そして《メルカバ》が飛び立つのを見送る。そうしないと理由をつけてでも居座りそうだったからだ。彼らがいたところで足手纏いであるし、何よりも彼らは戦闘要員ではなく《メルカバ》操縦要員なのだ。アルシェムの従騎士のように両方をこなせるというわけではない。

 彼女と同じように、ケビンもまた教会本部から従騎士を増やすよう何度も要請されていた。もっとも、彼もアルシェムも従騎士を増やすことはないだろう。少数精鋭の方が動きやすいと分かっているからだ。かつて彼の義姉ルフィナ・アルジェントも単独行動で動いていたと聞く。

 と、そこでケビンは義姉を思い出すとともにその妹リースについて思い出した。

「……リース、今何しとるやろうな……大食いの選手にでもなっとったらおもろいんやけど」

 木々の隙間からのぞく空に向けてそうつぶやいたケビンは、首を振ってその思考を振り払った。どう考えてもリースがそんな大食いの選手になっている光景が思い浮かばなかったからだ。むしろ飲食店とかで働いていそうである。

 ケビン・グラハムはふう、と溜息を吐くと、その場から立ち去った。

 

 ❖

 

「ほら、こんなのが可愛いんじゃない?」

 王都グランセル、エーデル百貨店にて。銀髪の煽情的な格好をした女性が栗色の髪の少女に向けてそう告げた。言うまでもなくシェラザードとエステルである。彼女らはエステルの新しい仕事着を見に来ているのだった。

 準遊撃士まではまだ仕事着を決める必要はない。しかし、正遊撃士ともなれば仕事着を決める必要が出て来る。そうでなければ、緊急時に特徴だけで遊撃士を探さなければならなくなった時に困るからである。だからこそ、シェラザードはいつも同じ服を着ていたし、エステルも最初からそれに慣れるべく同じ服を何着も買って着続けていた。

 準遊撃士から正遊撃士になる時の切り替えで服装を変えて登録していなければ、後々面倒な手続きと共に書類を何冊か提出する必要があるのだ。だからこそ、今のタイミングでシェラザードはエステルの仕事着を買いに来たのであった。

 まずは色から決めよう、と言われてエステルが告げた色はオレンジ。アルシェムと共に買ったブローチの色と合わせたかったのである。シェラザードはその選択に異を唱えることはしなかった。何となく推測はついたからである。

 だが、次のエステルの言葉は推測出来なかった。

「……えっと、それで……その、す、スカートに……しよう、かな」

 シェラザードはエステルの言葉を聞いて絶句し、そしてこれをネタにエステルをからかい倒すことに決めた。まだまだ精神的に不安定な妹分を慰めようという魂胆もあるが、半分以上は面白がっている。

「ふ~ん……じゃ、こんなのはどうかしら?」

 そうして――エステルはシェラザードにそそのかされるままに膝上ミニスカートな仕事着を買い、身に着けることになるのであった。




ここは長くやっておくべきかと思ったので引き伸ばしに引き伸ばされたのでした。

では、また。
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