雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧85話のリメイクです。

では、どうぞ。


《銀の吹雪》と《痩せ狼》

 ――その日、彼女らは同じ場所で修練をしていた。片方は言わずもがな、アルシェム。もう片方はサングラスをかけて煙草を吸っている男――ヴァルターである。何度煙草は体に悪いと進言してもヴァルターは煙草を吸い続けているため、アルシェムは半ば彼の健康について諦めていた。

 そんな彼女らがいるのは空の上。飛空艇のデッキにて、二人は対峙していた。

「……おいおい、本当に始めて一週間も経ってないのかよ……」

 アルシェムの練る気を見てヴァルターがそう零す。いくら上達速度が異常であるという情報があったとはいえ、これはない。流石に酷過ぎる。確かにアルシェムの同類も同じように異様なほど早く気を身につけてはいたが、その人物よりも早いとなると異常というよりは特異だった。

 ヴァルターの視界に映る彼女の気は、恐ろしいまでにとぐろを巻いている。比喩ではない。本当に、蛇のようにとぐろを巻いているのだ。およそアルシェムのような少女がまとめきれる量ではない大量の気の集まりが、そこにはあった。

 と――そこに、とある人物が通りがかる。

「ヴァルター、何かレーダーにおっそろしい物体が映ってるんだけど……」

 緑色の髪の少年、カンパネルラがひょっこりと現れたのだ。彼は計器類を見ていて、デッキの上に発生した異常な魔獣のような物体を発見し、それが一体なんなのかを確かめに来たのである。そして、それは彼にとって不運の始まりとなる。

「丁度この辺……ブホァ!?」

 カンパネルラがその地点――アルシェムの前の空間である――を指さした瞬間だった。彼は何故か思いっきりぶっ飛んで行ってしまったのである。しかも、服がぼろぼろになりながら。

 そこで集中を切らしてしまったらしいアルシェムは眼を開けた。当然、目の前には何故かカンパネルラがぶっ飛んでいるという光景しか映らない。複雑な顔をしながらアルシェムはヴァルターに問う。

「えっと……何が起きたの?」

「……取り敢えずテメェ、大量に気を練るの禁止」

「はい?」

 首を傾げるアルシェムを見ながらヴァルターは戦慄していた。彼の目には映っていたのだ。気で出来た蛇――というよりはもはや龍――がカンパネルラの鳩尾に向かって突進し、荒金のようにその服を削って行ったのが。

 さしものカンパネルラも死んだか、と思ってヴァルターが声を上げる。

「死んだか?」

「し……死んでないよ! 何なのアレ!」

 憤慨した様子のカンパネルラ――服以外は全くダメージを受けていない様子である――を見て、あ、コイツ不死身だとヴァルターは思った。つまり、技をかけ放題ということになる。

 ニヤァ、と嗤ったヴァルターはカンパネルラに告げた。

「――ちょうど良い。付き合え」

「えっ……ちょおおっ!?」

 カンパネルラが吹き飛ばされていく。当然、アルシェムの訓練など後回しである。ヴァルターは、獰猛な笑みを浮かべながら嬉々としてカンパネルラ狩りを始めるのだった。

 因みに、アルシェムの創り出した気の龍は危険すぎるため、今後一切創造しないようにというお達しがあった。それが理由でアルシェムの気についての訓練はここで終わってしまったそうな。

 ――そんな、日常。

 

 ❖

 

 リベール王国、ツァイス地方。エルモ村の奥に存在する源泉にて。そこで、足湯に浸かりながら語っている人物たちがいた。ジジ臭いとか言ってはいけない。この温泉は気力を回復するという意味の分からない効果を持つのだ。気を扱う男――ヴァルターにとっては理想郷のような場所である。

「……えっと、そんなことあったっけ」

 そんな場所で昔話に花を咲かせていたアルシェムは冷や汗をかきながらそう言った。そんなこともあったかもしれないが、生憎記憶には残っていないのである。そう言えばヴァルターに会うたびにカンパネルラ(の服)がぼろぼろになっていた気もしなくはない。だがきっと気のせいに違いないメイビー、とアルシェムは思った。

 疲れたようにヴァルターはアルシェムに返す。

「あったんだよ……テメェ、あの後直下の七耀脈が乱れに乱れまくってたんだぞ……」

「え、何それコワイ」

 そんな他愛もない話に花を咲かせて。しかし、アルシェムはそれ以外のことにも精を出していた。足元の浅い温泉の中に浸かった七耀石をせこせこ回収していたのだ。謎の効能を持つ温泉の中に沈んでいるのだから、七耀石にももしかしたら謎の効果があるかも知れないと思ってのことである。

 ヴァルターは頭の上にタオルを乗せながらくつろいでいる。

「いい湯だな」

 ハハン、と鼻歌を歌いつつくつろぐその様子はやはり老人にしか見えない。何故か彼は温泉で定番なあの曲を鼻歌で歌っているのである。アルシェムはその鼻歌をあっさりスルーしてヴァルターに問うた。

「実験は順調?」

 ヴァルターはアルシェムの言葉に鼻歌を止めてこう答える。

「ああ。今度は誰が止めようとして来るか……楽しみだぜ」

 アルシェムは、ヴァルターには都合の良いようにブルブランの件を告げておいた。決してきちんと戦って善戦したなどという説明はしていないが、ブルブランを退けたという一点を以てヴァルターはエステル達一行の実力を楽しみにしているようである。

 と、そこでヴァルターは入口方面から誰かが侵入してくる気配を感じたようである。温泉から上がって足を拭き、体をほぐして移動し始めた。アルシェムには何も言わなかったため、どう動いても文句はないだろうと勝手に解釈して彼女も動き始めた。

 具体的に彼女が始めたことはと言えば、ヴァルターの浸かっていた足湯に仕掛けを施すことだった。と言っても、導力式ではない。足湯のお湯を限界まで増やし、近くのくぼみに水に触れると解ける紙で蓋をした塩酸を配置したのだ。ヴァルターが足湯に浸かってお湯をあふれさせた場合、そのお湯で紙が溶けて硫黄分と塩酸が反応するという仕掛けである。想像を絶する痛みに襲われて最終的には死ぬので良い子も悪い子も決して真似をしてはいけない。

 そして、次にアルシェムはヴァルターの財布の中のミラを取り出して硝酸をぶっかけた。これでヴァルターは一文無しである。硝酸は触れるだけでイロイロ溶けるので良い子も悪い子も以下略である。

 また、ヴァルターの荷物の中にある煙草の箱に小さな導力器を取り付けた。これは銀耀石を利用して作られており、彼がこの煙草の箱を処分しない限り幻影が現れるという効果を持っている。具体的には、額に肉と書かれる。鏡を見るか他人から指摘されるまでは気づかないことを考えると、微妙に笑えてきたが哀れだとは思わない。

 食料にはブルブランと同じく麻痺毒系統を仕込み、これでいたずらは終了である。えげつないと言ってはいけない。アルシェムとその周囲にいた人物はヴァルターからある被害を受けているのだ。――そう、受動喫煙させられているという被害を。

 そこまで終えて、アルシェムはヴァルターを追った。無論足湯には浸からないように注意して、である。流石に自分の仕掛けた罠で死にたくはないのだ。そして、彼女は見た。ヴァルターと、その前に存在する極彩色のミミズと対峙するエステル達を。

「わー、気色悪い……」

「気色悪いとか言うな。これでもなかなかの変異具合だぞ?」

「のーさんきゅーだわー……つーか、女の子の前でやらかすことじゃないわー……」

 ヴァルターの言葉から察するに、《ゴスペル》を使って変質させた七耀脈の影響でこうなってしまったようである。ここまで巨大化してしまっては、ドリュー系の魔獣の中でもグランドリューを連れて来なければ捕食すらして貰えないだろう。生態系を壊しまくっている。因みに、ジークならば餌に出来るかと問われるとそれも否である。彼は硫黄臭のする場所に侵入するのをクローディアから止められていたのだから。

 エステル達はというと、その極彩色ミミズに手間取っているようである。むしろこの場に遊撃士以外の人間を連れてきていることに突っ込みを入れればいいのだろうか。エステルとアガット、そしてリオは固定だ。それは分かる。だからといってあと二人連れて来るのにクローディアとティータはない。クローディアに関しては立場的にも問題がある。ティータに関しては、毛一筋でも怪我をさせてしまっては保護者が鬼と化す可能性があるだろう。そもそも幼女をここに連れてくる時点で色々と間違っている。

 その先頭の様子を見てヴァルターは零す。

「……チッ、期待外れか……?」

 その言葉に、アルシェムは呆れたようにこう返した。

「や、パワーファイターが二人しかいないでしょーに。明らかに人選ミスだよ」

 この場にジンがいればまた違ったのだろう。彼さえいれば膂力という意味でミミズごときには引けを取らなかったのだろうから。しかし、いない人物がいればと論じても詮無いことである。エステル達は補助アーツを駆使してアガットとリオを強化しまくっていた。

「それにしても女の方はともかく、あの男は荒削りすぎるぜ」

「A級が一人でもいれば違ったんだろーけどねー……」

 たとえば、《風の剣聖》。アリオス・マクレインという名の男ならばこの程度は一閃して一網打尽に出来るだろう。ジンも力押しで何とかなる。ただし、アルシェムの言うA級の中にクルツは含まれない。色々とやらかしてくれたクルツに対する信頼などそもそもないからだ。

 エステル達が長い時間をかけて極彩色ミミズを倒したころには、ヴァルターはすっかり醒めてしまっていた。この程度で《身喰らう蛇》に逆らうというのなら、無謀だからやめておけとでも言いたいのだろう。しかし、エステル達には諦める理由はない。

「み、皆……大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「は、はい……」

「勿論だぜ」

「は、はうう~っ……」

 一人、どう見ても大丈夫ではなさそうな人物がいるがそこは突っ込んではいけない。彼女は若すぎるのである。そんな彼女――ティータを庇うようにしてアガットはヴァルターに大剣を向ける。

 その様子をヴァルターは煙草をふかしながら見ていた。ふう、と紫煙を吐き出して彼は告げる。

「……つまらねえ」

「え?」

 エステルはヴァルターの言葉に首を傾げた。一体何を以てつまらないと断じられたのだろうか。その疑問を抱いてしまったからこそ――ヴァルターの動きに反応することが出来なかった。

 この場で反応出来たのは二人だけ。アルシェムと、リオだけである。そして、ヴァルターの狙いがリオだったことが幸いした。リオはヴァルターの拳をギリギリのところで止めていたのである。

 リオは憤慨したようにヴァルターに告げた。

「何すんの、この変態!」

「誰が変態だゴルァ!?」

 いきなり変態呼ばわりされたことで思わず怒鳴り返してしまうヴァルター。リオからしてみればヴァルターはただの変質者だったのである。――彼の手が伸びた先には、リオの胸があったのだから。

 だからこそ、リオはヴァルターを成敗することに決めた。

「アンタ以外に誰がいるんだっての。喰らえ、インフィニティ・ホーク!」

 そのリオの声とともに荒々しく振られた大剣は、ワイヤーでつながれた剣の刃をまき散らしながらヴァルターの肉体を切り裂いた。完全に対人用ではないのだが、生憎ヴァルターは一般人ではない。おまけに七耀教会から言われているのは執行者の《身喰らう蛇》からの脱退。死亡すれば自動的に脱退になるため、対応としては全く以て間違ってはいないのである。

 ヴァルターは狂った笑みを浮かべて気を集めながら叫ぶ。それは、さながら狼の咆哮。

「クッハ……そうこなくてはなァ!」

 そしてヴァルターがリオに殴り掛かった。しかしリオはそれを半身で避け、拳が振り抜かれた隙に大剣を滑り込ませる。ヴァルターはそれを上体を逸らして避けた。今度は大剣を振り抜いた隙をヴァルターがつくのかと思いきや、彼がバック宙をして体制を整えた時にはリオの姿はそこにはない。

「……そっちか!」

 ヴァルターは自分のカンだけを信じて振り返りざまに拳を振り抜いた。そこには確かに何者かがいたが――それは、リオではない。

「何すんのヴァルター!?」

 それは、意図的に気配を発していたアルシェムだった。アルシェムは憤慨したようにヴァルターを詰問するが、彼はそれを意に介そうとはしない。

「そんなところにいるのが悪い!」

 と宣言してリオの姿と気配を探る。そして、リオの気配を見つけたと判断してそこに目を向けてみれば、そこにはやはりリオはいない。それを見てヴァルターはリオが気功使いであると判断する。

 あたりに蔓延する殺気は消えていないというのになかなか出て来ないリオに、ヴァルターがしびれを切らしそうになった時だった。そこに、新たな人物たちが現れたのは。

 

「無事かエステル!?」

 

 そこに現れたのは、ジンとシスターだった。エステルはその正体をいち早く看破してその名を告げる。

「え、り、リオさん!?」

「やっほー、エステルちゃん。まさかこんなところで分け身がやられるなんて思ってもみなくてさー」

 そのリオの言葉がネタばらしだった。エステル達に同行していたのは、リオ本人ではなく分け身だったのだ。その割には精巧に動いていて複雑な会話も出来ているということに疑問は残るものの、正真正銘の分け身である。

 そのことを悟ったヴァルターは歓喜した。あの程度ではないのだ。分け身というのは得てして本人よりも性能が劣るモノであり、リオと呼ばれた女はあれ以上の技量を持っているということになる。

 ただ、リオともう一度やり合うその前に問題があった。それは――

 

「久しぶりだな、ジン」

「ああ。正直、こう言った形では出会いたくなかったよ――ヴァルター」

 

 泰斗流の使い手、《不動》のジン・ヴァセック。かつてヴァルターと同じ師を仰ぎ、時を同じくして切磋琢磨しあっていた男である。そして――その致命的なまでの鈍感さで、ヴァルターの愛する女を苦しめた男だ。

「……ちょうどいい。ここで死合うとしようや、ジン」

「ヴァルター……俺は、お前を止める」

 そうして、彼らは気を練り始めて――戦いを始め、られなかった。

 

「バカなの? ねー馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 アルシェムがヴァルターの首根っこを掴み、思いっきり後ろに引いたのである。彼女が危惧する未来は、全てが崩落の下になってしまうこと。こんなところで気を練れば冗談抜きで死にかねない。

 だからこそ、アルシェムはヴァルターを引かせ、エステル達をも引かせたのであった。




後々の伏線っぽいものを追加してみるスタイル。

では、また。
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