雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧92話~93話半ばまでのリメイクです。

ここも二部立て。

では、どうぞ。


《銀の吹雪》と《紅の方舟》・上

 エステル達はレグナートから《ゴスペル》を引きはがし、遊撃士協会に戻ってきた。アルシェムはエステル達から伝言を受け取ると、何故か尋問を受ける羽目になった。というのも、このあたりでアルシェムの目的をはっきりさせておきたかったようなのである――クローディアが。

「それで、アルシェムさん。貴女が旅に出た本当の目的は何なんですか?」

 無論、詰問してくるのはクローディア。エステル達は笑顔で問い詰めるクローディアに若干引いてしまっている。この光景をこのまま見続けたくはなかったルグランは、エステル達に二階を使うように誘導した。

 エステル達に続いてアルシェムは二階に上がり、全員に向き直って答える。

「目的なんて知ってどーするんです? 殿下」

「事と次第によってはこのまま遊撃士協会に貴女の拘束を依頼します」

 クローディアは表情を硬くしてそう返した。どうやら本気らしい。エステルもアルシェムの目的は気になっていたようで――記憶を探す旅だという出発前のアルシェムの言葉はもう信じてはいない――、真剣な顔でアルシェムを見ていた。

 アルシェムは嘆息してこう返す。

「復讐。私怨。あとは、取り戻すためでもあるとお答えすればよろしいですか?」

「具体的にお願いします」

 復讐だと聞いたクローディアの顔は険しい。エステル達は怪訝そうな表情をしているものの、それでも少しばかり警戒を高めた。一体何に対する復讐になるのかが問題なのだ。普通に復讐してはならないというのは簡単だろう。しかし、どうしても感情が許さないことだってある。

 問い直されたアルシェムの瞳から温度が消え始めた。ふざけていた色は鳴りを潜め、次第に真剣な色を帯びる。ある意味では本音をこれから明かす羽目にはなるが、本当の目的を誤魔化すという意味では演技も必要だろう。

 アルシェムの瞳を見たジンは、更に警戒を強めた。彼女の目がどちらかと問われれば裏に近い人間のそれだと彼は知っていたのだ。恐らく、とんでもない話が飛び出してくる。

 アルシェムはゆっくりと口を開いた。

「わたしの『家族』だった人達の記憶を歪めた人物に対する復讐ですよ」

「その方は今リベールにいらっしゃいますか?」

「今……は、どーでしょーね。多分いるんじゃないですか? 地上にいるかどうかは保証しませんけど」

 その答えに、クローディアは考え込むそぶりを見せた。それがどういう意味を持つのかは分かるが、本当にそんなことが可能なのかどうかが分からないのだ。もしも地上ではなく地下にいるということならば、どこかに建物を所有していることになる。そして空にいるのならば、軍用飛空艇を欺くだけの性能を持った飛空艇を持っているということになる。

 クローディアが考え込んでいる間にエステルが口を挟む。

「ねえ、アル……その人ってさ、ヨシュアに関係ある?」

 アルシェムはその言葉に瞠目した。直感ではあってもそこまでつなげられるとは思わなかったのだ。アルシェムはまだヨシュアに関係のある話だとは一言も言っていないし示唆もしていないというのに。正直に言えばアルシェムはエステルの直感を舐めていた。

 エステルの問いに応えるアルシェム。

「あるよ。エステルの言ってた『悪い魔法使い』氏のことだからね」

「……何となく、そんな気がしてたけど……その人って、もしかして特定の人の記憶だけ曖昧に出来る?」

 アルシェムは眉を跳ね上げた。つまり、アルシェムの知らない間にエステルはその人物――《白面》と接触していたということになるのだ。しかも、特定の人物の記憶だけを曖昧にするということは複数回は会っているということ。

 ならばやらなければならないことがあるのだが、生憎この場でそれを命じることは出来ない。守秘義務に抵触してしまうからだ。だからこそ、彼女は自分から動き始めたのである。

「それ完全に暗示なんだけど……何なら出来るところまで解こうか?」

「え、解けるのリオさん!?」

 彼女、こと従騎士リオ・オフティシアである。彼女はエステルの言葉にうなずくと、周囲の人間に少しだけ離れるように言ってエステルの暗示を解いた。すると――エステルはゆっくりと瞬きして言葉を漏らす。

「……アルバ、教授?」

 どうやらエステルはほぼ思い出したようである。リオの腕が良いわけではなく、エステルが自力でほぼ暗示を解いていたためである。どちらかと言われれば、リオは法術よりも武術の方が得意なのだ。

「誰それ。わたし会ってないけど……違うか。顔を合わせる必要がなかったんだ、ヨシュアと違って」

 アルシェムは言葉の途中で納得した。確かに、ヨシュアと違って報告の義務がなかったアルシェムには暗示をかけなおす必要などなかった。七耀教会にまで連れ込まれたアルシェムを警戒されていたというのもあるだろう。

「どういう……って、まさか、そうやってヨシュアから……!?」

 そして、エステルもまた自分の言葉の途中である事実に気付いた。彼は各地の人間に暗示をかけて回っているだけの人間ではなかったのだ。行く先々でアルバ教授と名乗る男に会ったのは、ヨシュアに暗示をかけるためだったと考えると納得もいく。もしくは――起きた事件そのものがカモフラージュだった可能性だってある。

 アルシェムはエステルの推測を肯定した。

「多分ね。むしろ記憶を曖昧にするのは副作用みたいなもので、操る方が本領みたいだけど」

 その言葉に反応したのは、クローディアだった。思索から帰ってきて会話に参加する時を待っていたらしい。

「待って下さい。ということは、ダルモア市長やリシャール大佐は……!」

「ついでに空賊の頭さんと《レイヴン》の連中も恐らくそうですね。所謂完全なる黒幕とでも言いましょーか」

 それを聞いた一同は絶句した。つまり、これまでエステルと共に関わってきた事件がその人物によって引き起こされたというのだ。にわかには信じがたい話ではあるが、それでも彼らは信じざるを得ない。そこにヨシュアという前例があるからだ。

 驚愕から最初に復帰したクローディア――ある程度予測は出来ていたためである――はアルシェムに問う。

「それが……アルシェムさんの、復讐相手ですか」

「そーですね。だから遊撃士を辞めたんですよ。アレを止めるには殺すしかないから」

 そう。《白面》を止めるだなんていうのはそもそも無理なことなのだ。彼が求めるモノは未だ完成に至らず、人生をかけて追い求めていくだろう。それを諦めさせることは、どうあってもアルシェムには出来ないことだから。

 そこでシェラザードが嘆息しながら口を挟んだ。

「法に触れることっていうのはちゃんとわかってるみたいね……」

「当たり前でしょーが。いくら水面下でDEAD OR ALIVEな人物でも公衆の面前で殺すんだったら流石に遊撃士は駄目でしょ」

「アルシェムさん、多分そこじゃないと思います……」

 ティータに突っ込まれるという珍現象も起こったが、アルシェムの意志は変わらない。どんな状況になっても、殺せる状況が来たらアルシェムはためらいもなく《白面》を殺すだろう。もう一人どうしても許せない人物もいるが、その人物も同様である。

 少しだけ場が和やかになったところで、アルシェムは話を切り上げるべく声を上げた。

「さて、そろそろいーですか?」

 その言葉に反応したのはクローディアだった。このままアルシェムを行かせるわけにはいかない。殺害予告までしてしまっているのだ。このまま行かせてしまっては、死ななくて良い人間を死なせてしまうことになりかねない。もっとも、それにその人物が当てはまるかどうかは別だが。これに関しては女王の判断を仰ぐべきだろう。

 クローディアはアルシェムに向けて告げる。

「……約束、してくださいアルシェムさん。その人を殺す前に、私達の前に連れて来るって」

「確約は出来ません。わたしはもう『アルシェム・ブライト』ではないので」

 アルシェムはこれ以上追及が来ないようにその場から姿を文字通り消した。それを見た一同はざわめきの声を上げるが、その中で一人だけ険しい顔をしている人物がいる。それは、アガットだった。

 アガットは先ほど聞こうと思っていたことがあった。しかし、聞きそびれてしまったのだ。アルシェムのあまりの言葉に。まさか、この場に復讐などという言葉が出て来るなど思ってもみなかった。それも、先日対峙したレオンハルトなる男にではない復讐というではないか。てっきり、あの男に対する復讐を始めるのかと思っていた。

 何かあるのだ。アガットはそう判断して考えを保留することにした。このまま考え続けたところで答えは出ないと分かっていたから。

 

 ❖

 

 遊撃士協会から脱出したアルシェムは、再び変装した。一般人としてではなく、次は執行者として動く必要があるからだ。万が一見つかっても言い逃れの出来る格好をしておく必要がある。これからアルシェムは、《紅の方舟》グロリアスに潜入するのだから。

 方法は簡単だ。ヴァレリア湖の湖畔の研究所に備え付けられている飛空艇に侵入しておけばいい。そのまま勝手に連れて行ってくれるはずだ。たとえ誰に見つかろうが問題はない。今のアルシェムは――たとえ恰好だけだとしても――執行者なのだ。

 執行者の格好になったアルシェムは湖畔の研究所まで駆けた。といっても、陸路を使ったわけではない。彼女は湖面を駆けたのである。無論深夜にではあるが。手段は無数にあるとしても、ボートを使って近づくよりは感づかれないだろうと判断してのことだ。きちんと気配も足音も消しているのでよほどのことがない限りは見つからない。

 そうやって湖畔の研究所に潜入したアルシェムは、途中で正遊撃士の軍団を横目に見つつも無事に飛空艇まで辿り着いた。一人ばかりボートに乗って流されていっているようだが、それはそれ。色々と複雑な気分になりつつもアルシェムはタイミングを計った。

 

 ❖

 

 ルグランからチケットを貰い、《川蝉亭》で休暇を取っていたエステルは遠くからボートが流れて来るのを見た。そこには――傷だらけのクルツが乗せられていて。その事態を以て休暇は終わりを告げたのである。

 エステルはすぐさまクルツを救出し、そこに駆け付けてきた巡回神父ケビンにも治療を依頼しつつ彼から事情を聞こうとした。しかし、彼は何も覚えていないという。それに、一度同じような状態になったこともあると。

 それを聞いたエステルはリオに頼み、クルツの暗示を解いて貰った。その際にリオがケビンのことを『上司』であると思わず零してしまったことでケビンが七耀教会の中でも暗部に位置する人間であると露見してしまった――星杯騎士である、というところまでであるが。守護騎士であるとこのタイミングでばれていればこの場の人間すべてに暗示を掛けなければならなかっただろう。

 ともあれ、これでケビンも湖畔の研究所に同行できる理由が出来た。エステル達はボートを借り、待機班と要救助者たちを運ぶ班、そして湖畔の研究所に潜入する班とに分かれた。待機班はティータとオリビエ。要救助者たちを運ぶ班はジンとクローディア。そして潜入班はエステルとケビン、リオ、アガットにシェラザードという具合だ。

 エステル達はボートに乗って湖畔の研究所を目指す。そこに、何があるかを知るために。

 

 ❖

 

 暗示をかけた遊撃士たちが一人、また一人と倒されていく。それを見ていた男が歪に嗤った。

「フフ……それでは、彼女を招待してあげるとしよう」

 彼の目論見は、あわよくば彼女ことエステル・ブライトを《身喰らう蛇》に入れること。そうすれば彼の作品は更に昇華され、『超人』へと近づくことだろう。もしそうならなかったとしても、エステルさえ押さえておけばヨシュアをもう一度鎖につなぐことはたやすい。それが彼の望みだった。

 その望みに迷いを隠しながら協力する少女が一人。彼女もまた、彼の作品――ヨシュア・アストレイを大切に想うものだった。とはいっても、愛しているという意味でも恋しているという意味でもない。ただ純粋に、兄のような存在に帰ってきてほしいと願っているだけだ。帰ってくると約束したのに帰って来なかった彼に。

 だからこそ、ヨシュアにとっては残酷なことにはなるかも知れなくても自分の望みを優先させた。ヨシュアは約束を破ったのだ。その報いは受けなければならない。彼女自身がそうだったように。

 必ず迎えに来るから。その約束を、今度こそ守ってもらえると思っていた。前回守ってもらえなかったのは、その人物たちが『偽物』だったから。そして、彼女自身がそれを信じ切れていなかったから。だから彼女は報いを受けた。自覚はしていなくても、心の奥底ではそう思っていた。

「そうね。そうすれば絶対ヨシュアは帰ってくるの……」

 だから、今回も自分の言葉を信じ切れていないことに彼女は気づかなかった。信じていたのならば、彼女は当たり前のことを口に出したりはしない。彼女は根本的に人間という存在を信じることが出来ていないのだ。一番身近な人間に裏切られたのだから。

 エステル達が乗り込んできたのを確認した彼女――レンは、人形を操る要領でヨシュア人形を操っていく。そうして、それが斃されていくのを見ながらエステルを見た。一時ではあっても心を通わせた年上の少女を。エステルは、迷わなかった。それがヨシュア本人ではないと理解出来てからは。

 全てをエステル達が破壊し終わると、彼――ワイスマンがエステルの前に姿を現す。エステルはそれが誰なのか理解した瞬間、その場を飛び出してワイスマンに迫った。レンはそれを見て思う。エステルはやっぱり眩しいのだと。

「……少しくらい、汚れちゃってても良いのに」

 ぽつり、とレンが零した言葉は誰にも聞こえなかった。催眠剤をまき散らされて眠るエステルを、レンが人形を使って回収する。それをワイスマンが演出のために抱き上げたところで気付け剤を撒く。

 そこで気が付いたアガット達がエステルが周囲にいないことを知る。周囲を見回して、部屋の奥の空間にワイスマンに抱かれたエステルを見つけるやいなや全員がその場から駆け出した。それを見たワイスマンは見せつけるようにゆっくりと踵を返すとその場から立ち去って行く。彼の口元は歪んでいた。ワイスマンはこういう目の前で何も出来ずに仲間を奪われる系の愉悦を求めていたらしい。

 そうして――アガット達はワイスマンに追いつくことが出来なかった。後一歩のところで飛空艇に飛び立たれたのである。その場にはエステルを呼ぶ全員の絶叫が響き渡ったという。

 

 ❖

 

 アガット達の絶叫を聞きながら、アルシェムは飛空艇に潜んでいた。中にではない。外に、だ。中に潜んでいるよりも鋼糸を何本か使って飛空艇の真下に潜んでいる方が安全だったからだ。因みに執行者たちに見つかった場合、訓練とでも称するつもりである。

 やがて飛空艇は《紅の方舟》グロリアスまで辿り着いた。案外すぐだったのは、リベールでこれから大きなヤマを片付けるからなのかもしれない、とアルシェムは判断する。

 飛空艇からワイスマンたちが離れていくのを確認したアルシェムは、周囲にある飛空艇のほぼすべてにとあるオーブメントを仕掛けた。超小型の、しかしある意味恐ろしい物体である。それは、アルシェムが《ゴスペル》をこっそり解析した結果出来上がったものなのだ。具体的に言えば、飛空艇のオーバルエンジンが始動し、一定時間導力をそのオーブメントに流すことで電源を入れ、電源が入った瞬間にオーバルエンジンから導力を奪って爆発するという凶悪な性能を持つ。

 それを仕掛け終わったアルシェムは、周囲を確認して目立たないところに仕掛けられた爆弾を見つけた。どうやら他にも侵入者が――ヨシュアがいるらしい。しかも、彼はグロリアスを破壊するつもりとみた。アルシェムはそれにも便乗していくつか見つけやすい場所に数個、見つけにくい場所に数十個、先ほどの凶悪なオーブメントを機関部に仕掛けておく。

「……墜ちろ、グロリアス」

 ぼそり、とアルシェムは呟くと、グロリアスの構造を思い出してエステルが捕えられそうな部屋をしらみつぶしに当たっていく。いくつかは外れたが、比較的すぐにエステルは見つかった。というのも、そこでレオンハルトがエステルと会話をしていたからである――《ハーメル》の。

 アルシェムは一度心を落ち着けてからその部屋に侵入するのだった。




グロリアスへの仕掛けがグレードアップしますた。

では、また。
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