雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
では、どうぞ。
《ハーメルの首狩り》という存在
グランセル王城に連行されたアルシェムは、一通りエステル達が女王に報告するのをぼーっと聞いていた。未だに変装は解いていないので遊撃士連中からは盛大に警戒されているのだが、彼女にとってはどうでも良いことだ。
グロリアスからの脱出について語り終えたエステル達は、アルシェムに眼を向けた。それで女王は察したようにアルシェムに告げる。
「……貴女が……エステルさん達を助けて下さったんですね。出来れば正体を見せては頂けませんか?」
「え、この場で服まで脱げっておっしゃる?」
「そこまでは言いません。……貴女が、私の思った通りの方であるのならそこまでしなくとも分かるはずですから」
アルシェムは完全にばれていることを理解した――と言っても、アルシェムが以前捕縛された際と同じ服を着ていれば当然と言えば当然なのだろうが。アルシェムは溜息を一つつくと、仮面を外した。
「……あれが素顔……?」
シェラザードはいぶかしげな顔でアルシェムを見ているが、すぐには気づかないだろう。髪型というのはなかなかに侮れないモノなのだ。急激に変えれば誰なのか一瞬わからなくなる。それも狙ってアルシェムはかつらをつけていた。
しかしそれももう意味がない。アルシェムは無造作に髪を引っ張ると、ずるりとそのかつらが落ちる。それを見て声にならない悲鳴をティータが洩らすが、その下から現れるのも同じ色の髪だ。
そうして、アルシェムは女王に返答した。
「これでよろしいですね?」
「ええ……貴女からも事情を聞かせて下さい、アルシェムさん」
アルシェムの名を聞いたシェラザード達は驚愕したように彼女を見る。しかし、アルシェムがその視線を意に介することはなかった。どこから語り始めれば良いのか分からなかったからだ。女王の言う事情が、一体どこまでの事情を指すのか。
悩んだ末にアルシェムは女王に問う。
「さて、事情とおっしゃいますが、陛下。一体どの時点からの事情をお話しすればよろしいですか? 生まれた時から? それともカシウス・ブライトに引き取られる直前から? もしくは――」
「宜しければ、生まれた時から。事と次第によっては貴女にお伝えしなければならないこともありますので」
それを聞いたアルシェムは非常に複雑な顔をした。というのも、生まれた時からの昔語りをするにはこの場にいる人物はあまりにも向いていない。どこまで詳しく話せと言われるかにもよるが、場合によっては未成年者には聞かせられない話もしなければならない。それに――ヨシュアの話と食い違う証言をはたして彼が受け入れるかどうかも問題である。
故に、アルシェムの答えはこれだった。
「申し訳ございませんが、生まれた時から話そうと思うと御前に血が流れるかもしれないのでお断りさせていただきます」
それを聞いたカシウスはアルシェムの言葉に眉を寄せる。その言葉がどういう意味なのか一瞬測りかねたからだ。何故血が流れることになるのか。アルシェム自身が暴走するという意味では恐らくない。とするならば――この場で一番不安定で暴走しそうなのは。
そこまで考えたカシウスはアルシェムに問う。
「アルシェム。その話には《白面》とやらが関係あるのか?」
「《白面》の得意技は認識と記憶の歪曲だってこと。悪いけど、リベール大トライアスロンした後に本気で襲撃してくるヨシュアとか多分対応しきれないし」
アルシェムはカシウスの問いにそう答えた。半分は本音だが、半分は冗談である。本気で襲撃してくるヨシュアを止めることは簡単だ。今まで使わなかった切り札を使えば彼を廃人にすることも出来る。ただ、それをするのは躊躇われるのでそう告げたのだ。
どういう話になるのかは大体想像がついたカシウスはリオに問う。
「……シスター・リオ。ヨシュアにまだ暗示がかけられているかどうか分かるか」
「見て分かるんなら苦労はしませんって。どっちかというとアタシは荒事専門だってご存じでしょうブライト卿……」
「なら、神父ケビンならどうだ?」
カシウスの問いに、リオは少しばかり考え込んだ。今ケビンを呼び出しても良いのだが――これ以上手札を明かさないという意味で――、いつかどこかのタイミングでヒーナ・クヴィッテと女王に面識を作らなければならないだろうことはアルシェムから聞いている。ならば、今ここでそのカードを切っても良いのではないか。リオはちらりとアルシェムを見る。すると、彼女は瞬きでヒーナを、と告げていた。
ならば迷う必要はない。リオはカシウスにこう返す。
「あの人よりもそっち方面が得意な人を知ってますから、彼女を呼びましょう」
「ほう……しかし、時間がかかるのではないか?」
「いえ、彼女はグランセル大聖堂に勤めているので」
それを聞いた女王はユリアに頼み、ジークを使って大聖堂に連絡を入れた。そして、女王は彼女が辿り着くまでの間に謁見の間から情報が漏れない女王宮の女王の私室へと移動させた。どこまでもうわさが広がっていくのは避けたかったのだ。間違いなくアルシェムは《ハーメル》の真実を知っているのだから。
移動が終わってから、アルシェムは色々とグロイ話になるかも知れないことを警告しておく。免疫のない人物や年若い人物には酷だと思ってのことだ。その結果、ティータとシェラザードが客室で待機することになった。本当はティータだけだったのだが、彼女に関しては色々と行動的な面があるためにお目付け役が必要だったのである。それならばアガットが、となるかも知れなかったのだが、彼はアルシェムの話を聞きたいのだと主張したためにそういう人選になった。
そして、その女性――シスター・ヒーナ・クヴィッテが現れる。彼女を見たヨシュアは少しばかり動揺するが、きっと人違いに違いないと思い込んで平静を保つように努めた。きっとどこかには存在しているに違いないのだ。黒髪に琥珀色の瞳の女性など。
その場に到着したヒーナは女王に向けて挨拶をする。
「初めまして、アリシア女王陛下。畏れ多くも御尊顔を拝し奉ることが出来、至極光栄にございます」
「挨拶は結構です。先ほどの手紙通り、こちらのヨシュア殿に暗示がかけられていないかどうか確かめてほしいのです」
女王はヒーナの仰々しい挨拶を遮ってそう告げた。ヒーナはちらりとヨシュアを見ると、僅かに迷ったような表情をして無表情の仮面をかぶりなおした。そこにいるのがたとえ愛しい弟であっても、今は事実を告げるわけにはいかない。たとえ彼が彼女の存在を求めていたとしても、だ。
だからこそヒーナはヨシュアにとって、そしてアルシェムにとっても酷なことを口にする。
「恐れながら、陛下。もしも彼に暗示が掛けられていたとしても、その暗示が表層に出て来ていない限り解くのは困難です」
それは、アルシェムに暗に殺されかけろと言っているのと同義でもあった。暗示が表層に出て来ている、というよりも改ざんされた記憶が違和感を訴え出す痛みがなければその病巣が何処にあるのかわからないというのも原因の一つだろう。
「そうですか……困りましたね。ヨシュア殿も聞いておかなくてはならない話なのですが……」
と、そこでヨシュアが複雑な顔で申し出た。曰く、自分が我慢していれば良いのだと。話し合いの結果、ヨシュアが暴走を始めた場合、カシウスが止めるという条件で話を始めることになった。
アルシェムはゆっくりと息を吐き出し、最初の一言を告げる。
「わたしは――孤児でした」
❖
父も母も知らない孤児でした。当然、姉妹なんている訳もない……嘘だって? あー、その時点から改ざんかー……うん。そうだよ、ヨシュア。あんたのいう馬鹿げたことが真実だって言ってんの。『エルシュア・アストレイ』なんて存在しない。そこにいたのはわたし――『シエル・アストレイ』だけだった。
なら『エル』は誰なのかって? だからわたしだってば。話が進まないからちょっと黙っててよ。それでですね。わたしを拾ってくれた人の名はカリン・アストレイと言います。ヨシュアのお姉さんで、とても優しい人……あーだからさ、話が進まないんだってシスターさんおねがーい。
……えっと、それでカリン姉に拾われて暮らしてたんですよ。隣にはヨシュアがいて、カリン姉にはレオン兄――こういった方が通じやすいですね。ベルガー少尉がいました。それなりに幸せに暮らしてましたよ――あの日までは。その件については一度陛下には申し上げましたが……ああ、そうですか。ヨシュアに伝えるのも目的の一つだと。分かりましたお話しします。
わたしは村はずれの森に薪を取りに出ていました。でも、わたしはそんなものを拾い集めているどころではない場面に直面したんです。柄の悪そうな男達に、端々に出て来る《ハーメル》の名前。そこを襲えば良いと……それが、クライアントの要望だと彼らは告げました。クライアントは誰なのかって? ヨシュアそれ聞いても絶対ソイツ殺しに行かないでよ? ……いや、外交的に問題のある人物になるし。
彼らが告げたのは『エレボニアの大佐殿』という隠語でした。事を起こし、それを解決してからその手柄を手土産に帝国でのし上がるのだと。そして、《百日戦役》の前に退役した佐官なんてわたしの調べた限りでは一人しかいません。……まさか皇……オリビエからその単語が聞けるとは思わなかったな。そーですよ。ギリアス・オズボーン。十中八九彼の指示です。他に佐官を騙る人物がいなければ、ですけど。
ま、それでですね。それを私は告げて回ったわけです。誰の指示で、というのだけは伏せましたけど。それが誰の指示かなんて明かしたらますます信じて貰えないでしょう? ……まあ、もっとも最初から信頼なんてあってなかったようなものですけどね。あまりにも騒がしく吹聴して回ったのでそんな事実は有り得ないと思った村長からは追放されたわけですし。
追放されたのはまあ、根には持ってないんですけどね。それでも襲われるって分かっているのに何もしないという手段だけはなかったんです。わたしは近くに隠れていて、猟兵達が近づいてきたのを見て襲い掛かりました。《首狩り》の異名はここから来るわけですけど……人間って頭と胴体がお別れすると間違いなく死ぬじゃないですか。下手に手負いにするよりそうした方が後々面倒がなくて良いと思って、わたしは猟兵達を皆殺しにすべく剣を持って走ったわけです。
物陰に隠れては猟兵を殺して、物陰に隠れては猟兵を殺して。そうやってわたしは必死にカリン姉たちを探し回っていました。どこかでまだ生きていてくれるはずだと思って。それで――間一髪間に合ったんです。トラウマを植え付けるとかそういうのは完全に頭からぶっ飛んでましたけど、彼女の目の前で変態チックなことをやらかしかけてた猟兵には生からおさらばして貰いました。
そこにまあ、レオン兄が合流しまして。この時点で一番罵りやすかったわたしを罵ったわけです。わたしが猟兵達と繋がっていて、招き入れたんだろうって。人の話も聞かなかったくせに何をって話なんですけど。その時はまだまだメンタルは弱い方だったので何も言い返せなかったんですけど、言い返す時間もなかったんですよね。
そ。ダイナマイト。レオン兄はアレでカリン姉が爆殺されたって信じてるけど、実はそうじゃなくて……ってちょ、落ち着いてって。吹き飛ばされても確かにカリン姉は生きてたけど、その後はわたし知らないんだってば! 何でって……助けに行ったのに面と向かって罵倒されて平静でいられるほどわたしのメンタルが強かったとでも思ってんの? そのままカリン姉を置いて猟兵を全滅させに行ったんだって。カリン姉と合わせる顔もなかったからだけど。
それで――わたしは人殺しになりました。猟兵達を全員屠って、でもレオン兄達のところには帰れなくて。だからわたしはそのまま逃げだしました。……そんな細かいところ突っ込まないでよヨシュアー……ま、いーけど。どうやらわたしは共和国まで足を延ばしていたらしいです。そこでとある家に拾われて、わたしはもう一度『家族』を得て……でも、それも長続きはしませんでした。
そこで顔を真っ青にしてるジンさん、正解。児童連続誘拐事件ってあったの知ってますよね? カシウスさんが解決に関わった奴。あれに何故か巻き込まれまして。そこから助け出しに来たのが何故かレオン兄とヨシュアだった時にはものっそい驚きましたよ。そのまま《身喰らう蛇》に保護されましたけど。
《身喰らう蛇》に保護された後はもう言わずもがなですけど、暗殺と潜入の毎日でしたよ。執行者になってからの方が圧倒的に多かったですけど。残念なことにレオン兄達と再会したところで素直に喜べるような状況でもなくなってましたし――あの人、よりによってわたしがカリン姉を殺したんだろう、ですよ? それだけはないわーと思いながら対処してましたけど――そこまで記憶が食い違いになっているならこれ以上そばにいたって思い出して貰えはしないでしょう。
だから、わたしは《身喰らう蛇》から抜けることを決めました。完全に私欲からでしたけど、正直助けて貰った恩は返しきったとは思いましたし。それで《白面》から言われた任務に行くふりをして捕縛して貰おうと思ったんです。それが――クローディア殿下の暗殺という任務でした。
いや、最初は七耀教会にリークしたんですけど、何故かその場にいたのはカシウス・ブライトで驚きましたって。それで操られているふりをして捕縛して貰いました。そこから記憶に欠けがあることを確認して七耀教会まで行かせて貰う口実を作って、掛けられているかも知れない暗示を解いて貰ったわけです。実際、記憶喪失だったのは事実ですし。
どういう意味かって? 人の名前と固有名詞だけが分からないんです。たとえば、《漆黒の牙》がどんな容姿をしていたかを知っていたとしてもそれがヨシュアだと結びつかないという感じですかね。取り敢えずイロイロ頑張りましたし頑張ってもらいましたけど、どうも記憶消去だけは解けなかったみたいです。他人から名前が出れば思い出せるんですけどね。
ま、そんな感じでわたしはここまで生きてきたわけですけど。聞きたいことはありますか?
❖
そこまで聞いて、いの一番に質問をしたのはエステルだった。
「アルは……そ、その……ヨシュアのことどう思ってるの?」
「『家族だった』。それだけだよ。今はもうどうでも良いし、『家族』に戻ろうとも、もう一度『家族』になろうとも思わない。あー、付け加えとくけど恋愛対象とかでもないからね」
「そ、そうなんだ……」
アルシェムの言葉に考え込むそぶりを見せるエステル。アルシェムは恋愛対象でもないと言い切ったのは、エステルがヨシュアを好いているからなのだろうと推測したからだ。彼女自身は誰かに愛されようとも思っていないし誰かを愛そうとも思っていない。そんなことをしても一銭の得もならないからだ。例外もいるが、彼女はあくまでも『妹のような存在』。可愛がりはしても愛されようとは思わない。
次に質問を浴びせたのはジンだった。というのも、彼はアルシェムの巻き込まれた児童連続誘拐事件の解決に関わった人物だからである。アルシェムを救い出せなかったのは確かだが、一体その《拠点》がどこにあったのかくらいは聞いておきたいのだろう。
「思い出したくないことなら良いが……お前さん、どこにあった《拠点》から救出された?」
「流石にそこまでは知らないですけど、ヨシュアなら知ってるんじゃないですか?」
ジンはその言葉を聞くとヨシュアに問い直すが、ヨシュアはその施設の場所を伝えられなかった。覚えていないのだ。あの時期には大量に任務に駆り出されていたのだから。思い出そうとすれば地図でも引っ張ってきて一つ一つ思い出しつつ記憶を引っ張り上げるしかない。ただ、今はそんな時間がないことだけは確かである。
その話を後回しにし、次に問うたのはヨシュアだった。
「結局――《首狩り》として指名手配されていたのは君?」
アルシェムはあずかり知らぬことであったが、実は《ハーメルの首狩り》は秘密裏に指名手配されていた。ただ、彼女は見つからなかったために今では指名手配を解かれている。因みに《首狩り》という怪談自体は広がっていたためにそういう存在がいるらしいことはうわさに聞いて知っていたのだが。
「多分ね。聞いた程度だけど、ぶっちゃけアレはないわー……首落としたの、猟兵だけだってのに」
「そうなのかい?」
ヨシュアのその問いに答えたのは、女王だった。アルシェムが以前に依頼した村人と猟兵の死因の精査の結果が出たらしい。
「村人の方々は銃殺されていることが多かったようです。刺殺されていた方もいらっしゃいましたが、どれも胴体に傷があったと。対する下手人たちはほぼ首がなく、首があっても袈裟懸けにばっさり斬られている方がいるのみでした」
その後、いくつか他愛ない質問を終えてから最後に質問を繰り出したのはカシウスだった。どうしても気になることがあるらしい。
「お前は――もう、家族を作るつもりはないのか?」
その問いは、アルシェムの顔を歪ませた。アルシェムがもう一度『家族』を作ることなど有り得ないことだからだ。この先に起こる全てのことにその『家族』を巻き込むことは出来ない。ましてや、アルシェム――『エル・ストレイ』は星杯騎士である。しかも、守護騎士。そんな恨みばかり買いそうな地位にいる彼女に、大切なものを巻き込むだけの度量はなかった。
だから、アルシェムはカシウスに答える。
「わたしの『家族』はカリン姉であり、レオン兄であり、ヨシュア『だった』。そして、共和国のあの人達『だった』。それで十分です」
その表情は泣いているようにも見えて、カシウスはそれ以上問うことは出来なかった。即ち――カシウスとエステルは過去形にしても『家族』ではなかったのかと。その問いさえ発していれば、アルシェムはエステル達と永久に決別することはなかっただろう。この時点でそう問うてさえいれば、限られているとはいえ顔を合わせている時間があるのだ。その真意を直接聞くことが出来たかも知れなかったのに。
そうして――《ハーメルの首狩り》の真実は、あと一人の生き残りを除いて村の住民に伝わったのだった。
ちょっとだけ過去をばらすのを多めにしてみた←
では、また。