雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧105話終盤までのリメイクです。
暗示ってホント便利だわー。

では、どうぞ。


対執行者用決戦兵器『暗示』

 ドラギオンを全機撃墜したエステル達は、最低限の護衛を《アルセイユ》に残してワイスマンの元へ――《輝く環》の中枢へと乗り込もうとしていた。エステル、ヨシュアは勿論、そこにはこの事態を見届ける義務のあるオリヴァルトとアガット、それにミュラーもいた。因みに《アルセイユ》の護衛はシェラザードとクローディア、ティータが請け負っている。

 空気と化したジンは退路の確保のために屋上に待機することになっていた。《カプア一家》に関しては《アルセイユ》に話を通し、修理が終わり次第近くまで移動させることになっているらしい。最悪の場合はミュラーがオリヴァルトをひっつかんで《山猫号》でエレボニアに帰還する予定である。

 何故クローディアが同行しないかというと、彼女と《白面》を接触させてしまうと彼女も操られてしまう危険があったからである。エステル達ならばまだトカゲのしっぽ切りで排除できるが、クローディアには操られているという疑惑すら向けさせてはならないのだ。

 その理屈で行けばオリヴァルトも留守番ということになると思われるが、彼の場合は違う。皇位継承権のない《放蕩皇子》がいくら操られていようと、それこそ厄介者として排除されるだけで国が揺らぐわけではないからだ。まだエレボニアにはセドリック、アルフィン両名が存命であるため、加えて皇位継承権もなく彼を後ろ盾する貴族がヴァンダールだけであることを鑑みても彼の命はさほど重要ではないのだ。

 レオンハルトとカリンに関しては、昇降機が戻ってきてから不意打ち要員として続くことになっていた。戦力は多ければ多いほどいいというものではないが、どこまでも増え続ける戦力というのは侮れないのである。一人増えたからもう増えないという考えだけはさせるつもりはなかった。

 敢えて探索班には入らなかったケビンは《輝く環》のある場所で待機している。その場所に誘導するように暗示をかけるのがカリンとリオの役目でもあった。そうすれば、少なくともワイスマンを殺害せしめることは出来るのだから。

 無論、アルシェムもエステル達と同じようにワイスマンの元へと向かうことになっていた。エステル達と共に昇降機に乗り込み、《輝く環》の中枢へと向かう。道中では誰も言葉を発さなかった。この先に待ち受ける強敵に向き合うために、誰もが精神を落ち着けていたのである。

 通路を抜け、中枢にて待つワイスマンの元に辿り着いたエステル達は油断なく彼に向けてそれぞれの得物を向けた。それを見たワイスマンは不敵に笑いはしたが、そこに交じっている人物を見て動揺した。

「バカな……暗示が効いていないだと!?」

「一応あれ、抵抗できるみたいだし何とかしてみた」

 ワイスマンが動揺したのはアルシェムが正気だったからだ。彼女を出し抜いてエステル達がここに来たのだと言われればまだ理解出来たのだが、彼女自身が暗示にかかっていないという事態は想定していなかった。

 しかし、ワイスマンはすぐに動揺を抑えた。何故なら、まだ手はあるからだ。彼の求める愉悦はエステルとヨシュアさえいれば成し得るものだから。ついでにこの場にカリンとレオンハルトがいれば完璧だったのだが、そこまで望むのは贅沢だろう。

 ワイスマンはこれから始まるであろう絶望の惨劇のブザーの如く主役の名を語る。

「クク……君が使えなくとももう一人使える人物がいるのを忘れてはいないかね。なあ、ヨシュア……?」

 その言葉と同時に指を弾いたワイスマンは、確実にヨシュアに掛けられていた暗示が発動するのを感じた。ヨシュアは即座にその場から跳び、双剣を構えてワイスマンの横に降り立ったからである。その切っ先が向くのは、エステル。

「ヨシュア……!」

 エステルの声にも、最早ヨシュアは反応しない。今、彼の中ではワイスマンが絶対唯一の存在。エステルなど塵芥である。無論、他の人物たちなどそれ以下の存在に成り下がっていた。つまり――鏖殺したとしても、何も感じない。ただ掃除をしただけ。そうなるように、ワイスマンはヨシュアを『造った』のである。

「さあヨシュア、君自身の手で愛しい少女を――エステル君を葬りたまえ」

 ワイスマンは最早その顔に浮かぶ愉悦を隠そうともせずにヨシュアに命じた。ヨシュアはふっ、とその場から消え、エステルの前に出現して彼女を斬り殺そうとして――出来なかった。

「チィッ……!」

 ヨシュアの双剣は、アガットの大剣に受け止められていたのだから。

「アガット!?」

「目ぇ、醒ませっつうの!」

 エステルの悲鳴を聞きながらアガットはヨシュアに蹴りを入れようとして失敗する。ヨシュアは一気に力を抜くと、若干バランスを崩したアガットの蹴りから逃れてみせたのだ。執行者最速は伊達ではない。

 と、そこに銃弾が突き刺さった。それを放ったのはオリヴァルト。だが、牽制のために放ったそれはヨシュアに当たることなく背後の壁を穿つ。舌打ちをしたオリヴァルトの元にヨシュアが迫り――ミュラーに叩き落された。

「一応こんなのでも主なのでな」

「こんなのって……いや助かったよミュラー」

 複雑そうな顔をしているミュラーにオリヴァルトはそう返すが、油断はしていなかった。ヨシュアという名の少年がどこまでやれるのかを読み違っていたというのもある。だが、それ以上にこの状況を打破しなければエステルもヨシュア自身も傷つくと分かっていて早く決着をつけたかったのだ。

 吹き飛ばされたヨシュアの元に駆けるのはアルシェム。アルシェムはこれ以上ヨシュアにエステルを傷つけさせないために彼の動きを止めるべく飛び出していたのだが、ヨシュアはいとも簡単にその場から逃れた。

 その瞬間だった。ワイスマンが嗤って杖を掲げたのは。

 

「無粋な真似は止めたまえ」

 

 その一言で――アガット達のあがきは無駄に終わる。ワイスマンは魔眼と呼ばれる邪法でエステル以外の動きを封じにかかったのだ。彼らはいともあっさりとその邪法の前に屈した。

「くっ……」

「いやはや、流石にこれはまずいかもねえ……」

「言っている場合かオリビエ!」

 こんな時にも漫才をやっているエレボニア主従は置いておいて、まずい状況なのは確かである。何せエステル以外が動けないということは彼女にこの人数を護らせてなおかつヨシュアに勝ってもらわなければならないのだから。

 その圧倒的不利な状況を前に、アルシェムは珍しく吠えた。

 

「こ、の程度で……ッ、動きを止められたなんて、思わない方が良いよ教授ッ!」

 

 アルシェム流魔眼の破り方は簡単である。単純に体が動かないという情報量を超えるモノで上書きしてやれば良いのだから。ある人は将来気合いで破るというとんでもないことをしてのけるが、アルシェムの場合はもう少し恐ろしい。暴発させる覚悟で気を練ったのである。何かしら威圧感のある気配が溢れていることに一同は気づいていた。

 それが一体なんなのかをおぼろげながらも把握してしまったアガットは顔をひきつらせながら零す。

「……ちょ、ちょちょちょちょっと待てアルシェムおいそれ駄目だろ……!」

「何を……ッそれは!?」

 ワイスマンも珍しく顔をひきつらせて後ずさろうとする。だが――アルシェムに出来るのは、実はここまでだった。刺激さえ与えれば確かに以前カンパネルラを吹き飛ばしたように攻勢に転じることも出来ただろう。だが、気だけを練れても体が動かないのでは刺激を与えることなど出来はしない。

 ただ、この場合はそれでもよかった。何故なら――アルシェムを止めるべくヨシュアが突っ込んできていたのだから。

「――ッ!?」

 ヨシュアはこれがどういう効果をもたらすか動きを止められないところまで来て気付く。刺激を与えてしまうのはもう仕方がないと割り切って出来得る限りスピードを緩め、背後に飛ぼうと努力して――結果、暴風雨のような気の嵐に呑まれてヨシュアは吹き飛ばされた。ついでにヨシュアの背後にいたワイスマンも。

 だが、ヨシュアの暗示がそれで解けるかと言われるとそれは否だった。吹き飛ばされたヨシュアにエステルが駆け付けようとして、それに先に気付いたヨシュアがエステルを押し倒して身動きをとれなくする。

「エステル!」

 それは、誰の叫びだったか。呼び方からして消去法で行けばアガットかアルシェムだとかそう言う情報は別に必要ではない。ただ、エステルが窮地に陥っていることだけは確かだ。半ば呪縛から逃れていたアルシェムは完全に魔眼の効果から逃れるべく身じろぎをする。それを誰も注目して見ていることはなかった。

 エステルがヨシュアに声を掛ける。自らの声が彼に正気を取り戻させる助けになると信じて。

「ヨシュア……ヨシュア、目を醒まして」

 だが、ヨシュアはエステルのその声に呼応するようにゆっくりと右手の剣を頭上へと振り上げる。あたかもそれをエステルの記憶に、またヨシュア自身の記憶に長くとどめ置くかのように。それを見ながらアルシェムはポケットに手を突っ込む。いら立つほどにゆっくりだが、まだ間に合うと信じて。

 ヨシュアがエステルの末期の言葉を吐くのを待つかのように剣を静止させ、何の感情も浮かばせない瞳でエステルを射抜く。それを見たエステルは、もう終わりなのだと悟ってヨシュアのために震える声を押し出した。

「ごめんね、ヨシュア……一緒に歩くって約束したのに……約束、先に破っちゃう……」

 せめて、ヨシュアを苦しめないために。エステルはヨシュアを見つめるのを止めて目を閉じた。死ぬのが怖いというのもあったが、もしもヨシュアがこの先解放されて生きていくことになれば間違いなく自身の目に責め立てられると思ったからだ。たとえエステルが今そんな色をうかばせていなかったとしても。

 迫り来るであろう剣を夢想しながら、エステルは小さく呟いた。

「大丈夫、ヨシュアのせいじゃないことはあたしがよく分かってるから……」

 そうして、ヨシュアの手が振り下ろされ――るわけがなかった。金属同士がこすれ合う嫌な音が響いて、ふっとエステルの身体の上からヨシュアが消えた。エステルはそれは自身が死んだからかとも思ったのだが――どうも、おかしい気がして。ゆっくりと目を開けて起き上がった。

 すると――

「え、あれ……?」

 エステルの眼前では、ワイスマンに突撃して吹き飛ばされるアルシェムとヨシュアの図が展開されていた。いきなりの超展開にエステルはついていけていない。一体何が起こっているというのだろうか。取り敢えず死んだというわけではないようである。

 吹き飛ばされて起き上がったヨシュアがエステルに近づいてきてばつが悪そうに口を開く。

「……ゴメン、エステル……その……」

「謝らなくて良いってば。悪いのはあのへんた……じゃない教授でしょ?」

 ヨシュアはエステルのその言い分に複雑な顔をした。確かにワイスマンは変態――というか自分達ハーメル組を除いて《身喰らう蛇》にはある種の変態しかいないんじゃないかとヨシュアは思っている――なのだろうが、まさかエステルの口から言及されるとは思ってもみなかったのだろう。

 その変態呼ばわりされたワイスマンはというとヨシュアの暗示が切れ、もう一度操ろうとしても干渉すらできないことに驚愕している。どうやら予定外だったようだ。だが、そこで硬直しないのが流石《使徒》とでも言うべきか。

 ワイスマンは、無意識に《輝く環》に近づいてから杖を掲げた。その行為が意味するのは――

「……アルシェムッ!」

 アガットが叫んだ。その声にエステルが先ほどまでアルシェムがいた場所を見ると――そこにはいない。何故か嫌な予感がしてエステルはワイスマンを見て。そして――目を見開いた。ワイスマンの隣にアルシェムがいる。

「……ヨシュアがダメだというのならば、別の手段を取るしかあるまい?」

 ワイスマンはそう嘯いた。アルシェムの瞳には光がなく、その両手には導力銃ではなく代わりに背から抜かれた双剣が握られていて。トラウマを抉られたヨシュアはそれでも目を逸らすことはなかった。ヨシュアが操られなくなったのなら、ワイスマンが次にとる行動はそうなると予測していたというのもある。ただ、彼女が次にどういう行動をとるのかを見極めなければならなかった。

 ワイスマンの隣に飛んだアルシェムを見たアガットがぼやく。

「おいおい……冗談じゃねえよな?」

「はっはっは……現実逃避はよしたまえよアガット君。さしもの僕も控えているじゃないか」

 オリヴァルトは額から汗を流しながらそう返した。彼はアルシェムの恐ろしさをよく知っている。当時はまだ幼かったアルシェムが、成長してどこまで強くなってしまったのかと思うと戦慄してしまうほどだ。今すぐここから逃げ出すべき。本能ではそう感じているのだが今逃げれば何のためにここまで来たのかわからなくなってしまう。

 そうして――ワイスマンは、アルシェムに命じた。彼女にとって一番酷だと思われる命令を。

 

「さあ――シエル。君の家族をその手で葬りたまえ」

 

 しかし、アルシェムはその場を動かない。氷像のようにその場でただ硬直しているだけだ。動く理由がない限りアルシェムは動かないのだ。たとえ心の底では『家族』を求め、『家族』に戻りたいと希っていたとしても。その想いは――彼女自身の手によって凍結されているのだから。

 故に彼女は動かない。そこに『シエル』の家族は存在しないから。彼女の想いを理解していないワイスマンは一向に動く様子のないアルシェムを信じられないものを見るような眼をしてもう一度命じた。

「シエル、君の家族を――」

 だが、その言葉を遮る者がいる。今この場で一番の法術の遣い手が。彼女こそアルシェムの元『家族』。もしも今現在でもアルシェムが彼女を『家族』であると認識していれば即座に殺されかねない女性だ。

「無理よ。その命令ではアルシェム・シエルは動かないわ」

「誰だッ……!?」

 ワイスマンは狼狽してらしくもなく誰何の声を上げる。その声に呼応するように姿を現したのは、黒髪で琥珀色の瞳が特徴的なシスターだった。そう――シスター・ヒーナ・クヴィッテ。かつてカリン・アストレイという名だった女性である。

 カリンは静かにアルシェムを操れない理由を語った。

「この場に『アルシェム・シエル』の家族はいないということです。エステルさんは『アルシェム・ブライト』の家族であったかもしれないけれど今は違う。ヨシュア……君も、『シエル・アストレイ』の家族であったかもしれないけど今は違う。アガット・クロスナーもオリヴァルト殿下もヴァンダール氏も当然違う。ここにいる皆、彼女の家族ではないのよ。分かり切ったことだけれど」

 その言葉に動揺するのはワイスマンだけではない。アルシェムの過去を全く聞いていなかったアガット達や彼女の過去を聞いていたエステル達でさえその言葉に動揺した。それではまるで、エステル達も『家族』だと思っていなかったようではないか。

 カリンは言葉を続ける。

「それに――知らないようなので言っておきますが彼女、貴男の暗示にはもうかかりませんよ。七耀教会の方で念入りに処置してありますから」

 その言葉をカリンが告げると同時にアルシェムは双剣を背にしまってその場から跳んだ。カリンは全く警戒することなく彼女を迎え、一発でこピンを食らわせておく。心配させた代償だろうと既に暗示から解放――カリンがある名を告げたことで――されていたアルシェムは思う。

 でこピンされた額を抑えながらアルシェムはエステルに向けて告げる。

「えーと、ただいま」

「た、た、た、ただいまじゃないわよ! 寿命ちぢんじゃったじゃないバカ!」

 エステルの怒声もアルシェムは聞き流し、その瞳に意志を煌めかせて再度ワイスマンに対峙した。とあることをワイスマンに問うために。ここにいる人物たちには聞かれない方がよかったのだが、後で話す時間を取るつもりはなかったのだ。

「教授、一つだけ質問良い?」

「……答えると思うか?」

 そう問い返すワイスマンに彼の意志は聞いていないとばかりに言葉を聞き流して彼女は問うた。

 

「――《ハーメル》にわたしを棄てる前、わたしを棄てたのは一体誰?」

 

 それが、彼女が今ここに立っている理由だった。それさえなければアルシェムは即座にワイスマンを殺しにかかっていただろう。だが、そうしなかったのはこの問いの答えを得るため。その答え次第では、これからの動き方を考えなければならなくなると分かっていて彼女はそれを問うたのだった。




パーティが以前と違う気がする? よくあることだ。気にしちゃいけねえ。

では、また。
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