雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
ある意味山場。
では、どうぞ。
「――《ハーメル》にわたしを棄てる前、わたしを棄てたのは一体誰?」
そのアルシェムの問いは、虚しく響いた。その言葉の意味を理解出来た人物はその場で一人だけしかいない。エステル達も、《ハーメル》出身の人物たちも、ただ一人を除いた誰一人としてその意味を把握することが出来ない。
「アル、それってどういう……」
困惑したエステルがそう問うてもアルシェムはただワイスマンの瞳だけを見つめていた。エステルの問いに答える気はないのだ。そんな義務も権利も義理もないのだから。
アルシェムの言葉の意味を理解出来たのは――ワイスマンだけだ。何故なら、《ハーメル》にアルシェムを棄てたのはワイスマン自身なのだから。当時はまだ七耀教会に所属したまま《身喰らう蛇》との二足の草鞋を履いていたワイスマンだが、流石にその時のことは忘れようもない。泣きもわめきもせず、ただ眠っているだけの赤子を盟主から託されたワイスマンは彼女の命令通り外の世界へとアルシェムを出したのだから。
沈黙を保ったままのワイスマンにアルシェムが再度問いかける。似て非なる質問ではあるが、彼女が問いたい事柄を明白にした問いを。
「答えてよ、ワイスマン。……わたしの両親は一体誰だっていうの?」
ワイスマンはアルシェムの問いに眉を顰め、はたと気が付いた。彼女が求めているものはどこまでも『家族』なのだと思ったからだ。アルシェムは《ハーメル》に自身を棄てたのがワイスマンだと『知って』いる。何故彼女がそれを知っているのかを問うてもワイスマンには分からないことではあるのだが、とにかく彼女はワイスマンが《ハーメル》に自身を棄て、そして彼女の父でないことを知っていた。
そこまでして『家族』を求めていて、あの時暗示に従わなかったのは本当に暗示を破られていたからだろう、とワイスマンは思う。そうでなければ、『アルシェム・ブライト』の家族たるエステルや『シエル・アストレイ』の家族たるヨシュア達を鏖殺していたに違いない。
彼がアルシェムについて知っているのは、『アルシェム・シエル』という存在が盟主からもたらされたものであるということのみ。それ以外にワイスマンに把握出来たのは彼女が厳密な意味での□□ではないということだけだ。精神を□□に近づけなければ、彼女は目覚めることすらなかったのだから。――そういう意味でいえば、もしかするとアルシェムの父はワイスマンと言えるかもしれない。
故に、ワイスマンはストレートに真実を答えた。それがアルシェムの精神に一番効果的にダメージを与えると分かっていたから。
「私は君を盟主より賜った。その前のことは盟主に聞くと良い……もっとも、ここから生きて帰れるとは思えないがね」
ワイスマンの答えにアルシェムはわずかに目を見開き、肩を震わせた。背後にいたアガットは彼女が泣いているのかと思ったが、その考えはすぐに否定される。何故なら――彼女は、嗤っていたのだから。
「はは……あははははははは……!」
その嗤い声を聴いたヨシュアは思う。アルシェムがそこまでして求める答えは、恐らくろくでもないものなのだろうと。可能性を挙げればきりはないだろうが、盟主の娘という可能性も無きにしも非ずだ。その場合であればなぜ手放したのかという疑問がわくが、それも恐らく些末なことだろう。
ひとしきり笑い終わった後、アルシェムはなおも肩を震わせながらおかしそうにワイスマンに告げる。
「うんお答えありがとう。もう用無しだから死んでイイよ……むしろ死ね」
ワイスマンはアルシェムの言葉を聞きながら愕然としていた。目の前の女は存在すべきではないモノだ。アレはあってはならないモノだ。アレは有り得ないモノだ。アレはあるはずのないモノだ――! 胸のうちで警鐘が鳴り響いている。一刻も早くここを逃げ出してアレから遠ざからなければ――文字通り、死あるのみ。それを本能で感じたワイスマンは震えた。
「……アルシェム君」
アルシェムの声を聴いていたミュラーは思う。こんな嗤い方――こんな雰囲気を、未だ成人もしていない女子が醸し出して良いはずがない。否、むしろ人間が出して良いはずがないのだ。その考えを振りほどいてミュラーは剣を握りなおす。今は誰であろうとオリヴァルトに害をなす人物を打ち倒すしかない。それがたとえ――エステル達の『家族』であったとしても。
「何……を、言っている……」
ワイスマンは見た。空虚な瞳。声だけは嗤っているというのに、その顔には何の表情も浮かんでいない。精巧な人形のようにも見えるその表情から読み取れることは一切ないのだ。まるで感情が全て死に絶えたかのようなその表情に、ワイスマンは柄にもなく震えた。
「止めろ、見るな……」
その目で見るな。何もかもを見透かすようなその瞳を止めろ。ワイスマンは恐慌に陥る。そのままアルシェムに見つめられ続けていれば、恐らく彼は何もすることなく破滅することになるだろう。彼の夢である『超人』を生み出すことすらできずに。視点を変えればアルシェムこそワイスマンの生み出した『超人』ともいえなくはないのだが、ワイスマンはそのことに一切気づくことはなかった。いっそ不自然なまでに。
その恐れは彼に□周目の歴史を踏襲させた。彼自身は今すぐには実行する予定のなかったことを。今ではなくこの先追い詰められてからならやっても良いと思っていたことを。そうしなければ、何も出来ないままに殺されると分かっていたから。そうだそのまま死ね、と誰かが囁いた気がするが、ワイスマンはそれを無視した。まだ死にたくないのである。
だからこそワイスマンは声を絞り出す。このまま死ぬことなど望んではいないのだから。
「そ、う簡単に……死ぬと思うかね?」
ワイスマンの声が震えていることを指摘する人物は誰もいない。エステル達もまた、アルシェムの笑い声に凍り付いていたのだ。どこか生理的な嫌悪感を生み出す声に、一歩も動けなくなっていて。
だからこそ、ワイスマンはそれを実行することが出来たのだ。即ち――《輝く環》との融合を。
誰もが動けなかった。ワイスマンが何をしているのかを察していても、動けなかったのだ。そのままではワイスマンが攻撃を仕掛けて来ても誰も動くことはままならなかっただろう。そこで動いたのは――カリンだった。彼女はこんな異常な空間でも正常な判断を喪っていなかったのだ。
「皆さん、しっかりしてください!」
パァン、という乾いた破裂音が響く。カリンが手を打って生み出されたその音に体を震わせたエステル達は、ようやく呪縛から抜け出すことが出来た。慌てて武器を構えなおし、ワイスマンに向けて駆け出す。
一番早かったのは、意外にもヨシュアではなくエステルだった。裂帛の気合いを迸らせ、ワイスマンに一撃を入れようとする。
「やあっ!」
エステルの棒術具がワイスマンに触れる直前。その棒術具が弾かれた。どうやら障壁か何かを張っていて攻撃を通さないようにしているようである。それを看破したエステルは首を横に振って一端大きく離れた。
その横をすり抜けていくのはオリヴァルトのアーツとアルシェムの導力銃の弾丸。しかし、それも通さない。ならば力ずくでぶち壊せるかと考えたアガットの突撃も効果がない。つまり万事休すと言ったところか。
「アーツも打撃も通らないなんて……」
「どうすれば通るんだろうねえ……」
エステルのつぶやきを汗を一筋たらしたオリヴァルトが拾って唇を噛む。このままのたれ死ぬ前に彼自身はミュラーに回収されるだろうが、そんな後味の悪い事態にだけはしたくない。
その状況を打破したのは――打撃でもアーツでも、法術でもない特殊な効果のある攻撃手段を持つ人物だった。彼はワイスマンの死角から現れ、思い切りその手に持った剣を叩きつけたのである。
その剣は、過たずワイスマンの障壁を叩き砕いていた。
「な……バカな……」
「フッ……やはり外の理で造られたこの剣ならば通るのだな」
狼狽し声を漏らしたワイスマンに気障に答えたのは、タイミングを見計らって隠れていたレオンハルトだった。その手に握られた剣ケルンバイターは外の理で造られた剣。当然、この世の道理など叩き潰せる。そういう風に作られているのである。
そして攻撃一番乗りを果たしたのは――エステル達ではなかった。
「GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
耳障りな咆哮をあげたドラギオンが一体、ワイスマンの頭上に現れて踵落としをしたのである。一体どこから、と思ったエステルは首を巡らせてレオンハルトを見ると、目の前でレオンハルトはドラギオンにぐっと親指を立てて見せた。どうやら彼がドラギオンを制御して襲わせているらしい。一応そのドラギオンの制御権はあらかじめ《身喰らう蛇》から貰っていたのでクラッキング等をしたわけではない。
剣を構えなおしたレオンハルトは、次いでエステル達にも声を掛けた。
「今ならば攻撃も通るだろう、エステル・ブライト」
「あ……え、えっと……よし。皆、行くわよッ!」
エステルはドラギオンの所業に呆けていたのだが、レオンハルトの言葉に我を取り戻して一同に声を掛ける。そうして――因縁の相手ワイスマンとの最後の戦いが幕を開けた。
はたから見ていればかなりシュールな絵面になっていたことだろう。後方支援しか許されなかったオリヴァルトから見れば中々に愉快な喜劇を見ている気分だった。ただし命の危険は大いに付きまとっていたが。オリヴァルトが後方支援しか許されていないのはミュラーが止めたからである。もっとも、どんな敵が近づこうがミュラーが全て粉砕するのだがそこは突っ込んではいけない。
オリヴァルトの目の前では、狼狽したように腕を振り回す巨大化ワイスマン(ただし最早人間の姿ではない)がドラギオンとじゃれ合っている。
「やめ、止めたまえ!」
正確に言えば、ワイスマンの頭上にはドラギオンが居座り、定期的に踵落としをしているのである。ワイスマンはそれに対応しようとするが如何せん上手く行っていない。耐久力がけた違いなのだ。流石《身喰らう蛇》製人形兵器。世界最硬クルタレゴンは伊達ではない。――もっとも、ワイスマンには誤算も誤算だっただろうが。何よりもレオンハルトにドラギオンの制御を任せたのが間違いである。
「くっ……ええい、仕方あるまい……!」
いくら頑張っても倒せないドラギオンにワイスマンが対応を諦めた時には既にエステル達が準備を終えていた。オリヴァルトの補助アーツで筋力・敏捷性を盛大に高めた一同はワイスマンに飛び掛かっていく。
「積年の恨み、ここで晴らしてみせる!」
まずはヨシュア。彼は自身の手でワイスマンを討ちたいとは思っていたが、本人の適性は遊撃もしくは囮。だからこそ彼はワイスマンの目――どこにあるとか言ってはいけない――につく場所で跳びまわりながら攪乱する。数十分はワイスマンはヨシュアに対応しようとしていたが、敏捷性を最大限にまで高めたヨシュアを捉えられるわけがない。その間だけは立派に攪乱の役目を果たしていた。
「覚悟しやがれ!」
アガットは言わずもがな前衛で思い切りワイスマンをぶっ叩いていく。たまにヤバい攻撃が来そうになればいったん下がるか大剣を壁にして蹴りで反撃する、という行動に走っていた。いかにも脳筋な戦い方であるが、とにかくワイスマンの力を削がなくてはならない今は有用な戦術でもある。おかげでワイスマンは一部が見せられないよ! 状態にされていた。この場にティータがいなくて重畳である。
「床に穴あけとか、ちょっと反則じゃない?」
エステルはエステルで補助アーツと回復アーツを使いながらワイスマンの攻撃を見ることに集中していた。何も考えずに前に出て戦おうとも思ったのだが、どんな攻撃が来るかを見極めてからの方が良いと思ったのだ。オリヴァルトの護衛でその場から動かないミュラーにワイスマンの行動パターンをぽろぽろと零しながら全ての行動を把握し終わるとその場から跳びだして行った。
「行けるわよね、レーヴェ?」
「誰に言っているつもりだ?」
カリンとレオンハルトに関してはエステル達から見えない位置に陣取り、レオンハルトは攻撃、カリンは法術でそのサポートをしつつワイスマンの弱点を探っていた。中々に息の合ったコンビで、未だにカリンの法術のおかげで傷一つついていない。
その光景を見ながらアルシェムは声を漏らした。
「……これ、わたし必要?」
アルシェムの呆れも当然だった。どう見ても戦力的にはオーバーキル。ワイスマンはほぼなす術もなく攻撃すら封殺されているように見える。そんな中に飛び込んで行こうがワイスマンの倒れる時間が早まるだけだ。どちらかと言えば長引かせて暗闇の中脱出したいアルシェムとしては参加を渋ってもおかしくはない。
「君も攪乱に行け。その方が勝つ確率が上がるだろう」
アルシェムのぼやきを拾ったミュラーが彼女にそう告げる。彼は時折エステル達に声を掛けて危険を知らせつつオリヴァルトを守護しているのである。決してサボっているわけではないことをここに明記しておく。
確かにこのまま何もしないでいるわけにはいかないし、何よりもいらぬ疑惑をもたれることになる。そう判断したアルシェムは夜闇にまぎれた撤退を諦めた。胸のうちで軽く溜息を吐くと、棒術具を取り出して肩を回し、告げる。
「へいへーい」
アルシェムはミュラーにそう返してその場から駆け出した。狙うは誰の攻撃も当たらなさそうなワイスマンの正中線の中央あたり。エステル達の間をすり抜けつつ軽く跳び上がり、壁を使いながらワイスマンを撹乱していく。その瞳にはいつもの輝きが戻っていた。
誰も気づかない。アルシェムがこうして動き回っている間にも、押し殺しているものがあることを。何かを叫びだしたくてたまらないのに、それを堪えて棒術具を振るっていることを。気付かせないようにしているのだから当然だ。泣いたって叫んだってそれはどこにも届かないのだ。ならば全てを隠し通すしかない。そう。全ての心の叫びを零に帰して。
『アルシェム・シエル』という存在がやがて零になって消えてしまうまで――彼女はその想いを全て隠し通し、一言たりとも語ることはないだろう。このまま誰一人として信用できないのならば。たとえ誰かを信頼出来たとしても、その言葉をその人物に吐けるどうかは別だ。その人物が誰かによってもアルシェムの言葉は変わるだろう。何故なら、彼女の語れないことは本人も把握しきれないほどたくさんあるのだから。
「――ッ!」
少し油断すれば声が漏れてしまいそうで、アルシェムは声を押し殺す。エステル達に感づかれても困るのだ。アルシェムはエステル達を心の底から信頼しきることなんて出来ようはずもなかったのだから。彼女にはエステル達に対して負い目がある。任務のためにずっと利用してきた相手を心の底から信頼しようにも、どこから湧き出したか分からない罪悪感が邪魔をするだろう。
本当なら、と彼女は胸のうちで零す。本当なら、彼女はエステル達と一緒にはいられない存在で。そもそもそんな資格も無くて。そんな権利すら恐らくないのだろう。だが――彼女が『アルシェム・シエル』として生まれて来た以上、この場にいる義務があって。どれほど辛い真実がそこに横たわっていようとも、彼女はそこで戦い続けなければならないのだ。
「喰らいやがれ、ドラゴーン、ダーイブ!」
「桜花、無双撃!」
「秘技、幻影奇襲!」
ワイスマンに立て続けに喰らわされるSクラフト。エステル達の奥義。それを見ながらアルシェムは思う。これは全て彼女らの物語なのだと。アルシェムが出る幕など本当はないのだと。それでも彼女は存在を示すためにその攻撃に加わって。
「……眩しいなー……」
ぽつり、と一言言葉を漏らした。彼女自身が輝くときなど恐らく来ない。きっとこの先も昏い闇の中で生きていくのだろう。それが彼女の運命で、宿命で、義務なのだ。それを思い知らされるようで苦しかった。
アルシェムの眼前で、ワイスマンは光を散らして爆散した。
この部分書いてる時、妙にリオがでしゃばってきてて困った覚えがある。お前そこにいねえから。
では、また。