雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧109話終盤~111話のリメイクです。
その気にならないと出来ない閃へのフラグ立てと言っても過言ではない。

では、どうぞ。


邪なものを生んだ

 《メルカバ》に戻ったアルシェムはリオ達に結果を報告し、リベール上空からクロスベルへと向かった。その最中、ようやくルシオラが目を醒ました。というのも当然で、睡眠薬を抜いて気付けにブランデーを叩き込んだのである。かなり強引な起こし方であるが、ルシオラを仮眠室から出すわけにはいかなかったので仕方がない。

 当のルシオラにしてみれば、シェラザードから逃げようと飛び降りたのに何故か別人に捕まっている状況である。しかも見覚えのない人物に。これはこれで危険な状況であることに変わりはない。

 警戒を解かず、目の前に現れた仮面の神父に声を掛けるルシオラ。

「これは……一体どういう状況なのかしら?」

「《輝く環》の内部で気を失っているところをわたしの部下が助けた。調子はどうかな?」

 そう仮面の神父――アルシェムが答えると、ルシオラが眉をひそめた。彼女の直感が告げているのだ。目の前にいるこの神父はどこかで会ったことのある人物だと。それが誰だったのか、判断することが出来ない。

 それにしても、とルシオラは思う。拘束するでもなくただ寝かせているというのが解せない。彼は恐らく星杯騎士団の団員であろうと思われたからだ。彼らにとって《身喰らう蛇》の構成員は目の仇。拘束されるなり殺害されるなりは流石に覚悟していた。しかしそれがないということは、何かしら交渉がしたいのだろう、とルシオラは判断する。

 その判断をもとにルシオラは言葉を紡いだ。

「悪くはないわ。だけど、どうして顔を隠しているのかしら?」

「暗示は完璧なものではない。そういうことだ」

 アルシェムの答えは曖昧なもの。まさか顔見知りだから隠していますとは言えない。とはいえ、ルシオラ相手では顔を隠していてもばれる危険がある。最終的には本当に暗示に頼らなければならないだろうと思うだけにアルシェムの気は重かった。

 ならばリオかメルに頼めばいいとは思うのだが、彼女らでは恐らく話にすらならないだろう。流石に《メルカバ》内で嫌悪感を抱いていない相手を殺害されるのは避けたい。彼女らが負けないことだけは確かではあるのだが。

 アルシェムはルシオラに提案を投げかける。

「さて、君には三つの道がある。このまま執行者として死ぬか、裏切り者として情報をすべて吐き出してから死ぬか、我々の協力者として生きるかだ」

 それを聞いたルシオラは考え始めた。このまま死ぬのは勘弁願いたい。まだもう少し生きていて、シェラザードが成長するのを見ていたいのだから。ただ執行者として動こうにももうそんな原動力はなかった。

 

 彼女は見てしまったのだ。《アクシスピラー》から落下した時に。走馬灯とでもいうべきものを。

 

 未来を見通す力を持って生まれたせいで親から疎まれ、殺されかけたこと。両親から逃げて、ドブネズミのような生活を始めたこと。そこから救い出してくれた、数多の未来を持つハーヴェイ一座の団長。いつも不確定な未来を持つ団長に、惹かれていったこと。そして――あの日。ルシオラが手を掛ける前に、自分から足を滑らせて崖から落ちて行った団長を。

 死にゆく団長の顔が笑顔だったのは、ルシオラを責めないためだったのかもしれない。今となってはその真実は分からないが、それでも確かに――団長は笑っていた。決して憎しみも恨みも込められた表情ではなかったのである。

 団長が死んだのはルシオラのせいだ。これだけは断言できる。だが、団長はルシオラのために死んだのだ。確定した未来などないと。自分に縛られる必要はないのだと。そう伝えたかったと思いたい。

 だからこそ、ルシオラが選ぶ道は生の道。団長が命を賭して教えてくれたことを、どこまでも追い求めなくてどうする。それを思い出させてくれたシェラザードにも改めて会いに行こうとは思う。多分きっとその内。

 ルシオラは、アルシェムに答えを告げた。

「残念だけれど、選ぶのは四つ目よ」

「……ほう?」

 微かに身構えたアルシェムを見て、ルシオラはベッドから立ち上がった。アルシェムと視線を交差させ、強い意志を煌めかせて――告げる。その、選択を。恐らく呑んでもらえないだろうその選択は、失敗してもまだ生きる道があるから。

 

「元仲間は売らないわ。でも、執行者としての活動はもうしない。それではいけないかしら?」

 

 アルシェムはその言葉を聞いて口角をひきつらせた。あまりに都合の良い答えである。しかし、彼女が納得してそう行動してくれるのならば問題はない。誓約書でも書かせて七耀教会に送り付けておけば問題ないだろう。

 脳内で考えをまとめたアルシェムはルシオラに告げる。

「誓約書を書くというのならば認めよう」

 そのアルシェムの言葉に驚愕したルシオラは絶句したが、結局誓約書を書くことで合意した。誓約書を書かせたアルシェムは、そこで扉の前に誰かが立っていることに気付く。

「少し待っていろ」

 そう言って扉の前に立っていたメルからハーブティーを受け取り、ルシオラに饗する。ルシオラはそれを黙って呑み干し――そして、眠りについた。催眠剤入りだったのである。

 ルシオラが眠ったことを確認したアルシェムは、メルに暗示を掛けさせて彼女をミシュラム内に棄てておいた。上手くすれば住み込みで働いてくれるだろう。そうしてルシオラの件については一段落――と思ったのだが。

「……えっ」

 何とはなしに誓約書を読み直していたアルシェムは裏面に走り書きされた言葉に気付いてしまったのである。曰く、『貴女の正体も誰にもばらさないから安心なさい、シエル』。どこまでルシオラの能力が凄いのかアルシェムは見くびっていたようであった。

 

 ❖

 

 ルシオラを解放してから数時間後。突如アインから通信が入った。何でも、東方人街でアーティファクトが発見されたらしい。その回収に当たるように要請された――リオが。ただ、残念なことに今いるのはクロスベル上空である。しかも、もう一つ通信が入ってしまった。

 モニターに映し出された男がアルシェムに告げる。

『あー、ストレイ卿。顔を合わせるのは初めてだな?』

「ああ、初めまして。《匣使い》のトマス・ライサンダー卿で間違いないな?」

 アルシェムがそう問いを発すると、男――《守護騎士》第二位《匣使い》トマス・ライサンダーは頷いた。どうやら人員の貸し出しを願い出たいらしい。詳しく条件を聞くと、彼はこう答えた。

『ストレイ卿の従騎士で、出来るだけ有名じゃない奴で、実力者が望ましい。後、新型オーブメントのARCUSの適性が高そうなやつ』

「そうか……ならば《破城鎚》では具合が悪いだろう。メル」

 アルシェムは帝国では知られてしまっているであろうリオではなく、メルを呼んだ。リオに一時操縦を任せたメルは即座にアルシェムの隣に立ち、一礼する。メルに行ってくれるかと目で問うと、微かに頷いてみせた。

「彼女を貸し出そう、ライサンダー卿」

「シスター・メル・コルティアです。以後お見知りおき願いますね」

 すると、トマスは頷いて了承の意を示した。次いでアインからの依頼であるアーティファクトの回収の場で合流すると告げ、通信を切ってしまった。つまりこのまま《メルカバ》を動かして行く必要があると思われる。

 アルシェムはメルとリオに操縦を任せると、その場で考え込み始めた。ここでアルシェムから従騎士を借り出すということがどういう意味があるかを考えたのだ。戦力を削ぐため、と言われると分からなくもないが、今から行く先でそこまで戦力がいらないとも思えない。もしくはルシオラを従騎士にしたのだと勘違いされている可能性もある。

 実際は、アルシェムは今まで監視されていただけである。任務を成功させたことで信頼を得、監視する必要がなくなったので従騎士達を分散させられたのだ。その内新手の従騎士達が送り込まれてくる手筈にはなっているのだが、しばらくは二人でも問題ないと判断されたためである。アルシェムもリオも単独で《メルカバ》を運用できるのだから。

 東方人街上空に辿り着いたアルシェム達は、抗争が起こっているらしい場所を見つけた。どうやら猟兵団同士が争っているらしい。恐らくその渦中にアーティファクトがありそうだと踏んだアルシェムは、上空からリオだけを降下させた。本人は《メルカバ》内で待機である。念のために使い捨ての仮装もとい変装をしておいてはいるのだが、恐らくすぐにトマスが辿り着くだろう。

 アルシェムは上空からその様子をモニターし続けた。

 

 ❖

 

 にらみ合う猟兵達。犬猿の仲ともいえる彼らは、二つのアーティファクトを求めて争っていた。現在そのアーティファクトのうちの一つを確実に持っているのは《西風の旅団》団長《猟兵王》ルトガー・クラウゼルである。もう一つに関しては、《黒月》支部長ツァオ・リーが持っているらしい。そのどちらかを奪うべく《赤い星座》団長《闘神》バルデル・オルランドが獰猛な笑みを浮かべていた。

 空から落下してきたリオはその三者のど真ん中にクラフトをぶちかました。死にはしない程度に手加減はしているのだが、生憎死なないだけで動けない程度の威力にはなってしまったらしい。それに巻き込まれなかったルトガー、ツァオ、バルデルは落下してきたリオを見て警戒心をあげた。

「何者だ……?」

 誰何の声を上げたのはバルデル。それにリオは応えることなく法剣を振り回した。彼の問いに答える必要は全くないからだ。彼女の身分はその服装が――シスター服がそれを示してくれる。知らせるのはそれで十分だった。

 リオの振り回した法剣を危なげなく回避するツァオ。そのツァオを身代りにして法剣に巻き込もうとするルトガー。気合いですべて跳ね返したバルデル。三者三様ではあるが、リオの一つ目の目的は果たされたと言っても良い。何故なら――彼女の手には、ツァオが握っていた緑色に光るアーティファクトが握られていたからである。

「手癖の悪いお嬢さんですね。それは私のモノですよ」

 ツァオが飄々とそう告げる。彼が手にしていたアーティファクトは正式名称こそわからないものの、破壊工作にうってつけのものなのだ。しかも、犯人が誰かは絶対に知られない。ただ風が吹いたというだけで《黒月》を疑うような人物はいないはずだ。

 しかし、リオはそれを否定するように口を開いた。

「これはアーティファクトだよ」

 リオの言葉に、殊更驚いたようにツァオが目を見開き、殊更ゆっくりと何かを含ませるように告げる。

「おや、そうでしたか。中々面白いオーブメントだと思って買ったのですが、それがアーティファクト」

 ツァオはリオからそのアーティファクトを取り戻すことを諦めた。ここはリオに売りつける方が有意義だろうと考え、言い訳を考えながらいくら吹っかけようかと思案する。流石に星杯騎士の前で堂々とアーティファクトが欲しいと宣言して異端認定されるだけの度胸はない。今ここでツァオが死ぬわけにはいかないのだ。これからクロスベルまで赴かなければならないのだから。

 しかし、そのツァオの計算を崩す人物がいた。それはバルデルである。

「おいおい、そいつァ俺達が狙ってたもんだぜ。それを横取りしていったのは誰だァ?」

 彼としてはアーティファクトもミラも欲しい。故に、何とかリオからアーティファクトを取り返して交渉し、ミラと引き換えるところで両方持ち逃げする気でいた。それが猟兵のやり方で、正当であると信じていたからだ。生憎リオはそのアーティファクトを手放すつもりはないのでその交渉は最初から成り立たないのだが、それは彼には分からないことだ。

 それに、更に口を挟むのがルトガーである。彼はそのアーティファクトをある意味一番必要としている人物だった。

「悪いが《闘神》、《黒月》の。そいつは俺が最初に目をつけていた」

 何のために、とは彼は言わない。何故なら、ここで口にするのもはばかられるような理由なので。といっても大量殺人に使うだとかそういう理由ではない。ただ自らの養女へのお土産にしようと思っていたのである。フィーという名の少女にそのアーティファクトを使わせればどこぞの《漆黒の牙》とやらも顔負けの速さで動けるはずである。それは彼女の生存率を上げるのに繋がるはずだ。

 ここに三つ巴ならぬ四つ巴が完成する。そして――最初に動いたのは、その四人のうちだれでもなかった。その場にようやくたどり着いたとある人物が切り札を切ったのである。二番目に動いたのは、何が起き始めたか即座に理解したリオ。彼女はその人物の切り札が何を意味するのかを知っていたのだ。彼女が捨身でその場から逃れたその瞬間――バルデルとルトガーが黒い《匣》に包まれたのである。

 因みにツァオはリオの行動を見て跳び退っていたためにぎりぎりそれから逃れていた。そして新手の気配を感じると交渉どころではないと判断し、周辺に散らせていた部下たちを回収しながら撤退していった。これ以上は不利だと見抜いたツァオの独り勝ちである。状況だけを見れば。ただ、本人は負けたと思っているのだがそれは仕方のないことであろう。

 それを見届けたリオは気配のする方を見て頭を下げ、告げる。

「ありがとうございます、ライサンダー卿」

「いや、先におっぱじめてくれてて助かったぜ」

 木陰から現れたのは――トマスだった。すぐに来るだろうとは思っていたが、タイミングを見計らっていてくれたらしい。トマスはリオからアーティファクトを受け取ると、《匣》の中にしまった。

 そしてリオに向けて問う。

「んで、コルティア嬢はどこに?」

 その問いに彼女は頭上を指さした。トマスはすぐに上空を見るのだが、そこには太陽が輝いているだけだ。どういうことかといぶかしげにリオを見返すと、彼女は苦笑してこう答えた。

「この状況は見えていると思うのですぐに降下してくるかと」

 リオがそう口にした瞬間、彼女の真横で小さく音がした。どうやらステルス状態で降下してきていたメルが着地したらしい。リオに触れてステルスを解いたメルはトマスに向けて一礼した。

 トマスはそれを見て頷いた。実際の年齢を考えるとあまり適してはいないが、メルはトマスの求める年齢に見えないこともなかったからだ。恐らく波乱を呼ぶであろうトールズ士官学院の《Ⅶ組》に入れるには適した人材だ。

 ニッと笑ったトマスはメルに告げる。

「よろしく頼むぜ、メル」

「よろしくお願いします、ライサンダー卿」

 微かに緊張した様子のメルを見てトマスは内心で苦笑する。今まで守護騎士が使ってきた従騎士にしては青い気もするが、これ以上熟練の技を持つ人物だとかえって怪しまれかねない。

 メルの緊張をほぐすべく、トマスはお茶目に笑って告げた。

「これからはトマス教官と呼べ、な?」

「承知いたしました」

 こうして、メルはエレボニアで起きるかもしれない異変に備えて旅立っていった。彼女の軌跡は《特科Ⅶ組》と交わり、本来の歴史とは異なる軌跡を描いていく。それを知る者は、今ここにはいなかった。

 

 ――そう。ここで撒かれたメルという名の火種は、エレボニアで生まれた邪なものの行動を結果的に悪辣にしてしまったのである。

 

 それを知ることなく、アルシェム達はクロスベルに乗り込んでいったのだった。そして、下調べの後に閃光に呑まれることになる。それすらも、彼女らは予測することなど出来なかったのであった。




多分こんなに子煩悩じゃないルドガーさん。見たことないけど。

この後まさかの章が終わりなので閑話を挟みます。

では、また。
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