雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
では、どうぞ。
《ハーメル》についての映像を見終えた一行は現れた封印石を解放すべく石碑まで戻ってきていた。アルシェムの顔色は優れない。この状況で出て来る可能性のある人物といえば限られてくるのだ。そして、彼女であっても彼であっても出現してしまえば――その時点でほぼ策は失敗したと言っても良い。やりようがないわけではないが、いくらでも作れたはずの策はこの時点でほぼ消え去っているのだ。《輝く環》は彼女に何の恨みがあるというのだろうか。
そう思いつつも翳される封印石の解放を止めることは出来ない。今の彼女に権限などあるはずもないからだ。故に、現れた人物を見てもどういう反応をすればいいのか分からなかった。何故なら――そこに現れた人物は、アルシェムの知っている姿をしていなかったのだから。
肩口がわずかに膨らんだうす紫色のジャケットに、同じ色のロングスカート。襟元には金色のハヤブサが刻印されたブローチ。腰には細剣と思しき物体を吊り下げられている。長い黒髪は同じくうす紫色のリボンでまとめられていた。そして、何よりも注目すべきなのはその左手の薬指だろう。彼女の左手にはその瞳の色と同じ琥珀色の宝石があしらわれた優美な指輪が嵌められていた。
そして、彼女を見たとある少女はその口を開く。
「貴女もこちらに、ということはあの人はどうなさったんですか?」
「分かるはずもないと思いますが、殿下。一応申し上げておきますけれど、状況が全く把握できていないのでご説明願えますか?」
彼女に問いかけたのはクローディアだった。彼女の答えを聞いたクローディアは口早に現状を説明し、把握して貰う。その間中彼女――カリン・アストレイは誰にも気づかれないようにアルシェムに合図を送っていた。アルシェムのことを――彼女がカリンの主であることを語ることは間違いなくできない。七耀教会のカードをみすみす捨てるのと同義だからだ。だからこそ、彼女が許可を求めているのは自身の正体を明かす許可である。それにアルシェムは微かに首肯することで応えた。
クローディアが説明を終え、カリンが皆に向き直った。
「改めまして、ご挨拶を。リベール王室親衛隊特務分隊所属、カリン・アストレイです。皆様どうぞお見知りおきください」
その言葉に絶句したのは、エステルとヨシュアだけだった。数度しか聞いたことのないヨシュアの姓を覚えていろという方がオカシイのだ。故に、驚いたのはエステルとヨシュアだけ。
ヨシュアは分かりやすいほど動揺して叫んだ。
「ね、姉さんッッッッ!?」
何ィ!? という絶叫が響く中、ヨシュアは目の前の人物を見つめた。間違いなく目の前の彼女はヨシュアの姉である。いや自分から名乗ったから嘘ではないと思うのだが、信じられなかったのだ。本当に――生きていてくれるなんて。
カリンは申し訳なさそうな顔をしてヨシュアに告げた。
「久しぶりね、ヨシュア。元気そうで何よりだけれど、元気すぎてもエステルさんを困らせるだけよ?」
「え、あ、あうあう……」
「ねねね姉さんッ! ま、ままままだだから!」
カリンの言うことが何となくわかってしまったエステルは顔を赤面させて黙り込む。遅れて意味を察したヨシュアは思わず言わなくても良いことまで叫んでしまった。確かにまだなのだが、今ここで口に出すことでもない。
とそこにニヤニヤ笑いながら突っ込みを入れる人物がいる。
「おや、ヨシュア君ってば意外と奥手なんだから♪」
「黙っていただけませんかオリビエさん潰しますよ」
ヨシュアの冷たい言葉に突っ込みを入れたオリヴァルトは縮み上がった。ここから話の主導権を貰おうと思っていただけに反撃の強さに思わずたじろいでしまったのである。ヨシュアの姉であるということは――彼女は、《ハーメル》の生き証人に違いないのだから、オリヴァルトが粉を掛けようと思うのは当然だ。《鉄血宰相》に対する強力なカードになるのは間違いないのだから。
カリンはその様子をにこにこと見ながらつづける。
「あらあら、微笑ましいわね。……それはともかく、先に進まないことには脱出の目途も経たないのでしょう? 微力ながらお手伝いしますわ、殿下」
「え、ええと出来ればティータちゃん達がいない時にしてあげてくださいカリンさん……」
クローディアは顔をひきつらせて応えた。カリンの戦い方ではとかく血が出ることが多い。薄皮を剥いだり穿ったり云々、とにかく大量の血を見る戦いになりかねないのである。故に、クローディアはそう答えたのだ。
それに反応したのがヨシュアである。
「クローゼ、姉さんって戦えるのかい……?」
「ヨシュアさん……その、黙っていて申し訳ありません。カリンさんから口止めされていて……えっと、そのあたりの事実はご本人から聞いてください」
思い切り目を泳がせるクローディアからはもう何も聞き出せないと悟ったヨシュアは視線をカリンへと向ける。だが、彼女から聞きだすのもそれはそれで骨が折れそうだった。昔からカリンには勝てないのだ。腕力以外では。
だが、今回に限っては口を割らせる必要はなかったようだ。カリンから言葉を紡いできたのだから。
「いろいろ気づいていないとは思ったけれど、まさかそこまでとはね……リースちゃん、頭布貸して頂戴」
「ちゃんは止めてくださいって何回言えば分かってもらえるんですか……」
「リースちゃんはいつまでも可愛らしいリースちゃんよ?」
リースはぎゃふん、とでも言わんばかりに能面になって頭布を差し出した。カリンはそれをおもむろに被ると、ヨシュアに向き直ってみせる。ヨシュアはその姿で大体のことを察した。そうだ、確かに彼女はカリンに似ていた。あのシスターは――カリン本人だったのだと。
「も、もしかして……シスター・ヒーナ!?」
ヨシュアとほぼ同時に気付いたエステルがそう叫ぶ。カリンはご名答です、とでも言わんばかりに微笑んでみせた。そこからは皆が思い思いに質問を始めるので収拾に手間取った、とだけ記しておこう。
いち早く抜け出したリースが会話に参加できていない人物たちを連れて探索に向かったことなど、その場で話に興じていた者達は気づかなかった。
❖
「一応は初めましてということになるね」
「ええ、オリヴァルト殿下。ヒーナ・クヴィッテは偽名でしたから」
カリンを取り巻く人々は、何故彼女が『ヒーナ・クヴィッテ』でなければならなかったのかという疑問を解消すべく質問を浴びせかけていた。カリンはそれに嫌な顔をすることなく答えていく。
「偽名を使っていたのは……」
「残念ながら、『カリン・アストレイ』で生きていれば消されていました。だからこそ拾って頂いた方の勧めに従って偽名を名乗っていたのです」
オリヴァルトの問いにカリンはそう答える。実際、当時彼女がそのまま『カリン・アストレイ』として生きていれば消されていたのだ――エレボニアに。生き残りが何かを告げればそこからエレボニアの策だったと引きずり出される可能性だってあったのだから。故に、何も語れないようにヨシュアとレオンハルトは《身喰らう蛇》へと回収された。彼らは自分から頼ったと思っているが、本当はエレボニアが彼らを引き取らせたのである。たとえ何かを語ったとしても信頼されない立場にするために。故にカリンはアインの勧めに従って偽名を名乗ったのである。
次に問いを発したのはヨシュアだった。
「今までどうやって過ごしてたの、姉さん」
「そうね、生きるための術を教えて貰いながら何度か任務についていたりはしたわ。勿論、命の危険がないモノばかりだけれど」
カリンが命の危険のない任務にばかり着くのは、類稀なる交渉力があるからだ。《千の腕》を喪った七耀教会はその後継者をむざむざ死なせるような任務には就かせなかった。故に、彼女が本当の意味で命のやり取りをしたことはない。むしろ今の地位――リベール王室親衛隊特務分隊――にいる方がよほど危険だともいえる。世界最強格の護衛がいるとはいえ、彼女が戦う機会もあるのだから。
「ヨシュアに……会いたいとは、思わなかったんですか?」
そう問うたのはエステルだった。エステルはヨシュアが相当シスコンであることを知っている。女装した際の偽名にまで姉の名を使うくらいだ。形見のハーモニカを毎日吹いていることもそうだし、たまに悪夢にうなされて零すうわごとは全て『姉さん』なのである。それをシェラザードに話すと、苦労しそうねと言われてしまった。エステル自身もそう思っている。
エステルの問いに、カリンは目を伏せて答えた。
「……会いたい、とは思っていたわ。でも、会うわけにはいかなかったの」
「どうして……」
「エステルさんは、あの子が――アルシェムが一度七耀教会に送られたことは知っていますか?」
カリンは遠まわしに説明しようとそう告げた。その時に聞いたのだと分かってくれればそれで良かったのだ。だが、エステルはそれ以上のことを理解していた。アルシェムからヨシュアの所在を聞かされていたとしても、カリンが会いに行けない理由。それは恐らく――ヨシュアを護るため。
もしも当時ヨシュアがカリンと再会できたとしよう。カリンは間違いなくワイスマンに目をつけられていたに違いない。ヨシュアを操るための駒として利用され、人質にされたはずだ。故に、カリンは名乗り出られなかった。
そう解釈してエステルは呟きを返した。
「そっか、アルから聞いて……もしカリンさんが人質になってたら間違いなく詰んでたわね、あの戦い」
それを聞いてカリンは内心で瞠目する。そこまで考えられる娘がヨシュアを好いていてくれるとは思わなかったのだ。ヨシュアについて行けば間違いなくエステルは弱点となるというのに。狙われる立場になりかねないと分かっていてなおヨシュアを好いていてくれるエステルを、カリンは好ましいというよりも眩しい思いで見ていた。
「ワイスマンがもし私を人質にとっていたら、恐らくアルシェムもヨシュアもレーヴェも完全に貴女達に敵対していたでしょうね……」
「か、考えたくないな……」
「全くだ」
身体を震わせてその想像を打ち消そうとするオリヴァルトと同意するミュラー。流石にあの状況でアルシェム・ヨシュア・レオンハルトと共にワイスマンと敵対などということになっていれば間違いなく詰んでいたに違いない。むしろ肉片一つでも残れば幸いだろう。
と、そこである意味空気を読まない勇者が口を挟んだ。
「あ、あのあのっ、カリンお姉さん。ご結婚なさったんですか?」
勇者の名はティータ・ラッセル。彼女の問いはその場に残っていたほぼ全員を絶句させた。確かに、彼女の指には結婚指輪と思しきものが光っている。だが、彼女が結ばれるとすればあの時行方不明になったレオンハルトに他ならないはずだ。だが、彼の生存は明らかにはなっていない。もしも彼が死んでいるのなら――それはかなり無神経な質問となりやしないだろうか。
だが、その一同の想いとは裏腹にカリンはポッと頬を染めてこう答えた。
「……もうすぐ、挙式をしようねって言っているの。よかったらいらっしゃい? ティータさん」
「え、あ、は、はい……お、お相手は?」
周囲が声にならない声で止めようとしているのだが、ティータにそこまでの空気は読めない。無邪気に問うたその答えを聞くのが怖くて一同は息を呑んだ。カリンの言葉を待つしかないのだ。
カリンは照れたままこう答えた。
「勿論、レーヴェとよ。職場結婚って夢だったのよねえ」
一拍。後に絶叫。つまり彼女はレオンハルトの生存はおろか所属までもしれっと明かしたことになる。レオンハルトが生きていてクローディアの親衛隊にいる。喜ぶべきことなのかどうなのか一同は反応できずにいたらしい。
「れ、れれれレーヴェェェェェッ!」
どこぞのシスコンが魂の叫びをあげていたが、一人を除く一同は知らんふりをすることでやり過ごした。除かれた少女はヨシュアを励ましていたらしい。
❖
一方、少し離れた場所で話し込んでいたのはアルシェムとティオ、そしてレンである。探索に出かけたのはリースと空気に耐え切れなかったシェラザード、メル、リオ、アガット、ジンだったので自然と残ったのが彼女達になったわけだ。彼女達の会話は自然と共通する話題になっていた。それは――
「……そう、でしたか……別の《拠点》でも、遊撃士たちが入っていない場所があったなんて……」
「むしろシエルが――っと、ごめんなさい。アルがそこから脱出して情報が漏れ始めたというのが正しいかしら」
《D∴G教団》のこと、である。無論他にもいくつか《拠点》があることは彼女も知っていたのだが、どういう経路でアルシェムがティオの囚われていたアルタイル・ロッジに現れたのかが疑問だったのだ。遊撃士たちの合同作戦より前に助け出されていたのならば、もっと情報が得られていたかも知れないという思いも多分にあったのだが。
レンの言葉にアルシェムが言葉を追加する。
「というか、遊撃士連中がなかなか突入してくれないもんだからしびれを切らして突入したっていうのが正しいんだけど」
「期間を考えるともう少し早くに何とかならなかったのかとは思うけれど、仕方ないわね。散々妨害も入っていたはずだから」
交友を深める、というのとは少し違うだろう。彼女らがしていることは、ある意味で復讐の話し合いでもあった。今後もしも《D∴G教団》が彼女らの目の前に現れるようなことがあれば――完膚なきまでに叩き潰すために話し合っているのだから。ティオも例外ではなかった。まだ真っ直ぐとは立ち向かうだけの勇気はないとはいえ、お礼参りくらいはしても良いと思っている。
「その、参考までに聞きたいんですけど……どこまで動かしたんです?」
「あ、それはレンも興味があるわ」
ティオが無邪気に問うた。その答えを聞いてどこまで彼女がやらかしていたかを知るために。実際、彼女が情報を垂れ流しにした人物たちはそうそうたる顔ぶれで、彼らが揃えばどんな奴等でも一網打尽に出来ただろうという人物たちだ。
アルシェムは遠い目をしながらその問いに答えた。
「帝国だと《隻眼》とか。リベールだと《剣聖》とかモルガン将軍とか。あ、共和国は《不動》とか《飛燕紅児》とかイロイロ? そのあたり経由で多分クロスベルにも伝わっただろうし……アルテリアにも情報は流したけど、反応が鈍かったんだよね」
「……本気すぎて何も言えないんだけど」
レンは微妙な顔をしてそう返した。どう考えても各国のいいとこ取りをしている。《隻眼》のゼクスは間違いなく清廉潔白、質実剛健な典型的な帝国軍人である。彼が惑わされることは少ないだろう。《剣聖》は言わずもがな。モルガン将軍は実は恐妻家らしいので問題はない。《不動》のジンは《飛燕紅児》のキリカと末永く爆発すればいいと皆から思われていたため、誘惑はされない。もれなく《飛燕紅児》より鉄拳制裁である。本気も本気。血祭りに上げる気満々である。
レンの顔を見たアルシェムは乾いた笑いを漏らして答える。
「はっはっは、レン、怒り心頭で周りが見えないくらいだったらあのヒト――もとい師匠に頼めば良かったんだけどね? それをすると《蛇》側に突っ込ませちゃうじゃない」
だから嫌だったんだよ、とアルシェムが締めくくるとレンは遠い目をした。彼女の言う師匠――《鋼の聖女》アリアンロードなどが出張ってきた場合、間違いなく解決はしただろう。その代わり《身喰らう蛇》が強大になっていたのは間違いないだろうが、ある意味本当に確実な方法だ。
子供達をどんな形でも良いから生かしておきたかったのならば、そうすべきだったのだろう。だが、当時のアルシェムは『闇』に囚われてどうあがいても抜け出せない状態だった。そんな状態に他の人物たちを巻き込みたいとは思わなかったのである。
その後、レンとティオとの語らいを続けているうちにリース達が帰還したらしい。近くでもぞもぞ動き始めたケビンを叩き起こしてから、アルシェム達はリース達に合流するのだった。
ね、姉さんッ! が全てを持って行った感が半端ないです。
では、また。