雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
では、どうぞ。
扉から帰還した一行はやはりいじけていたケビンを急かして次の石碑を確認した。次に進むべき石碑は、紅耀石で出来た石碑。そこに記されていた文言は『剣聖の後継者、漆黒を支えし者、太陽を支えし者、鎌持てし少女、赤毛の男、銀の鍵を引き連れよ』。『剣聖の後継者』が誰に相当するのかはともかくとして、『漆黒を支えし者』は恐らくエステルで『太陽を支えし者』はヨシュア、『鎌持てし少女』はレン、『赤毛の男』はアガットだろう。
オリヴァルトとミュラーをパーティから外したケビンはアルシェムに問うた。
「……割と連戦やけど……大丈夫か?」
「移動中に休んでるっちゃ休んでるからね。普通に前衛ばっかりだったら今頃ぐったりだけど」
「さ、さよけ……」
しれっととんでもないことを言うアルシェムの言葉を、ケビンは呆れたように聞き流した。確かに他人に比べれば相当タフなのだろうが、心配して損した。非常事態が起きた時には彼女に代理をお願いすることも考えていただけに。
と、そこにレンがやってきた。次に向かうのに必要だからとオリヴァルトに呼んで貰ったのである。
「アルは昔から無茶ばっかりするんだもの。少しは手を抜くことを覚えた方が良いわ」
「いや、流石に今手を抜いたらマズイと思うよ……多分この先もバケモノレベルの人達ばっかり持って来るだろうしね」
「レンが、心配なの。アルがどう思ってるかなんて関係ないわ」
帰れなくなることを、という副音声を脳内で再生しつつアルシェムはレンの言葉に苦笑した。確かにここで致命傷を負ったり死んでしまえば帰れない可能性も確かにある。あるだけで確実に帰れないとは限らないのだが。
アルシェムはレンに向けてこう返す。
「じゃ、わたしからもレンに。もうちょっと皆と一緒にいて欲しいな」
「……どういう意味?」
「慣れ合う必要はないけど、特定の人とだけぎすぎすしてると効率が下がるから」
その言葉にレンは心当たりがあるようで渋面になって黙り込んだ。このところずっとティータとティオと共にいるため、他の人物たちと話すことはあまりないのだ。それでもエステル達ならば何の問題もないが、一人だけ全く連携の取れていない人物がいる。それは――
「余計なお世話です」
「はっはっは、シスターさん、自覚あるんじゃん」
リースだった。この場にいるシスターは複数人いるが、アルシェムがこの場で『シスター』と呼ぶのはリースだけだ。リースにとってレンは敵。七耀教会の怨敵たる《身喰らう蛇》の構成員なのだから当然と言えば当然か。
「私としては彼女を野放しにしておくことの方が危険だと思っているのですから、多少そうあってもおかしくはないでしょう」
「あ、それはそれで問題かな。レンが執行者だからそういうんだったら元とはいえわたしも一緒だからね。わたしを捕縛しておいたら多分永遠に進まないから」
その言葉にリースは顔をしかめる。確かにリースの知る『アルシェム・シエル』は元執行者である。しかし、それ以外の面を知っている――『エル・ストレイ』であることを知っている――身としては、野放しにしておいても何ら問題はないのだ。むしろ心強い協力者である。
故にリースはそのことを口にしようとした。
「ですが貴女は――」
「シスター・リース・アルジェント」
しかし、アルシェムの一言によって止められてしまう。リースはアルシェムの瞳を見て、自分が何を漏らそうとしたのかを悟ってしまった。場合によっては減俸では済まない。
と、そこでレンが口を挟んだ。
「仕方ないわね。お姉さんに妥協できないんだったらレンから妥協してあげるわ」
溜息をつき、呆れたような顔でレンは思案する。今ここでリースに妥協させるために何を告げれば良いのか。それは事実無根であってはいけない。十分にありうることだとリースに思わせなければこの先支障しか出ないのだ。
そして、レンは考えをまとめてリースに告げる。
「ここから出て一年は確実に《身喰らう蛇》には戻らないわ。何なら監視をつけていてくれても良いわよ?」
「それを、信じろと?」
「信じられないんだったらこの話はここまでね。といってもしばらくは戻る気はないんだけど……」
レンの言葉を聞いたリースは思案した。たった一年間であったとしても、この小賢しい頭脳を持ちなおかつ一般的な遊撃士には対応できない武術を扱えるレンを野放しにしないで済むのならば確かにこの申し出は有り難いと言えば有り難い。それを信頼できるかが問題なのだ。何せ、しばらくリース自身が動けない。監視の人員は別のところから割いて貰う必要がある。
それに、このままではいけないとリース本人も理解していた。自分がレンに注意を割きすぎていて何かが起きてしまってからでは遅いのだ。今はこの提案を呑むべきだ。そう思うのに、感情が邪魔をする。
「……分かり、ました」
その言葉を絞り出すのに、リースは数分を要した。後でイロイロ詰めることを約束したリースは、そのまま離れて行った。エステル達ももう既にその場に現れていたからである。
「ほ、ほな行こか」
その微妙な空気をぶった切るべく、ケビンは一向に声をかけて移動を開始するのだった。結局、『剣聖の後継者』が誰なのかはセレストにお伺いを立て、リシャールであることが判明したので彼をもつれて一行は進む。
紅耀石の前まできた一行は、リシャールに石碑に触れて貰って別の空間へと跳んだ。そこは――
「れ、レイストン要塞か……またここに乗り込む羽目になるとはな……」
「……物凄く嫌な予感がするんだけど……気のせいよね?」
「ごめん、エステル。否定しきれない……」
アガットの言葉通り、レイストン要塞だった。かつて難攻不落と呼ばれていたそこに潜入した経験のある三人が渋面を作る。それほどまでに過酷な環境なのだろうか、とアルシェムは思った。彼女はレイストン要塞には潜入していないため、難易度がよく分かっていなかったのである。
「取り敢えず、建物以外の場所から行くで」
慎重にケビンと共に一行は進む。探索の末、今のところ研究棟以外は一切入れないことを確認できた一行は発着場に辿りつく。すると――
「皆、下がりたまえ……!」
リシャールの叫びと共に一同は飛び退っていた。というのも、飛空艇から機銃で一斉掃射されてしまったからである。唯一レンだけが《パテル=マテル》を呼んで薙ぎ払って貰おうとしていたため、アルシェムが捕まえて撤退した。
「何でダメなの、アル?」
「強行突破とかルールの逸脱とかすると最悪の場合空間ごと圧壊とかされるんじゃないかなって」
「それは……痛そうね」
渋面を作ったレンはしぶしぶ引き下がった。流石にこんな意味不明な場所で手の込んだ自殺をするほどお先真っ暗ではないのだ、レンは。一行は研究棟まで戻って内部に突入する。すると、そこには一人の男が待ち受けていた。
「やあ、久し振りだね。ようこそ……とでも言えばいいのかな?」
「シード君……君が一番なのか。やれやれ、先が思いやられるよ……」
深く溜息をついたリシャールは、そのまま腰を落としてシードに突撃した。シードは顔をひきつらせながらその剣を受ける。どうやら、リシャールはやる気らしい。ここで邪魔をするのもどうかとは思うのだが、立ちふさがるのがシードの役目だ。やるしかない。
「王国軍所属、マクシミリアン・シード中佐……レイストン要塞元守備隊長の名に賭けて貴方方を無力化する――!」
気合を入れ、リシャールから間を取ったシードは王国軍兵士を召喚して再びリシャールと切り結んだ。のだが、シードはここで読み間違った。王国軍兵士を召喚する暇があるのならば速攻でリシャールを倒しておくべきだったのだ。
なぜなら――
「取り敢えず、動けなくしたら問題ないんだよねー」
とか言いつつ王国軍兵士の四肢を撃ち抜く恐ろしい女がいたからである。瞬く間にやられた王国軍兵士に動揺している隙に、シードはエステル達からフルボッコにされて沈んだ。彼が弱いわけではない。ただ、恐ろしく連携の取れたエステル達の攻撃とそれに合わせたリシャールの動きについて行けなかっただけである。
「……な、成程……流石は、カシウスさんの、お子さんたちだ……ぐふっ」
シードはそう呻きながら懐から鍵を取り出し、倒れた。そしてその鍵を遺して消滅する。一同は申し訳ないやらなんやらそんな気持ちがないまぜになった状態で鍵を拾い上げ、次に向かうべき場所へと向かった。
シードが持っていた鍵は兵舎の鍵だった。一階部分には誰もいなかったのだが、二階部分で誰かが待ち受けているようである。何となく嫌な予感を覚えながらアルシェムは進んだ。
そして――そこで待ち受けていたのは。
「お待ちしておりましたわ、閣下」
「カノーネ君……君か」
リシャールは複雑そうな顔をしてそう応えた。ある意味リシャールはカノーネを苦手としていたのだ。忠実について来てくれるのは良いのだが、如何せん自分を盲信しすぎているのではないかと。その理由は本人は気づいていないのだが、はたから見れば一目瞭然である。
故に、カノーネを轟沈させたのはレンの言葉だった。
「あら、まだ結婚していなかったの? タマネギ大佐とオバサン」
タマネギ大佐、というのもオバサンというのもカノーネの耳には入っていなかった。結婚。結婚――リシャールと、結婚。そんなことが出来ればどれほど幸せだろうか。毎朝おはようアナタって言って、いってらっしゃいって熱いキスをして――キャー、というのがカノーネの内心である。
いやんいやんと体をくねらせているカノーネを物凄く複雑な顔で見つめたリシャールは、せめてもの慈悲だと一刀の元に切り捨てた。その際、あっはあああああん! とか言いながら消えて行ったのは気のせいに違いない。
全員が複雑な顔をしながら、ピンクの鍵を遺して消えたカノーネを見送った。
「……な、何て濃ゆい御方なんや……」
「言ってやらないでくれ、ケビン殿……」
リシャールも頭を抱えながらそう応えるしかなかった。一体いつからあの部下があんなおかしな人物にすり替わってしまっていたのか、考えたくもない。いやあれもカノーネ君の可愛いところなのだとリシャールは自分に言い聞かせて取り敢えず先に進むことになった。
カノーネの残した鍵は見覚えのないモノだったが、どうやら司令部のものだったようである。三階ほどあるだろうその迷路状の司令部を迷いながらも一行は進む。取り敢えずカノーネのことには誰も触れなかった。誰しも触れてはいけない領域というモノがあるに違いない。
そして、一行は二階へとたどり着く。すると、そこには――
「遅いッ! 何をしておったというのだ!」
といいながらいきなり襲いかかってくる老人が。無論彼はモルガンであり、手に持ったハルバードは伊達ではない。かつて《リベールの武神》と呼ばれたこともあるモルガンは現在暴走状態のようである。
「え、ちょ、ちょっとモルガン将軍!?」
「ええい腹の立つ腹の立つ腹の立つ! こんなに腹が立ったのはッ、カシウスの奴が遊撃士になった時以来だ!」
「お、おおお落ち着いてくださいモルガン将軍、積極的に僕を狙わないで下さいって!」
暴走モルガンが最初に狙いをつけたのはヨシュアだった。一番装甲が薄そうだと思われたのか、レンが見えていなかったのか。恐らくは後者だろう。今のモルガンは見えるモノ全てを粉砕しにかかろうとしていた。
「しゃーない、皆一斉にかかるしかないで!」
ケビンの判断により、一同はそれぞれ個々にモルガンに襲い掛かった。エステルは追われ続けているヨシュアを救うべくその援護に。アガットは純粋にモルガンと打ち合うために猛然と突撃した。ケビンは補助アーツ係で、レンは攪乱だ。アルシェムはというと、楽をすべくケビンと共に補助に回っていた。
そんなアルシェムにケビンが突っ込みを入れる。
「いやいやいや、アルちゃん……前衛やろ?」
「楽させてよー……絶対この後カシウス・ブライトなんだから……」
「そ、それもそやな……」
ケビンはアルシェムの言い分を聞いて妙に納得してしまった。確かにここまでリベールの軍属(元を含む)ばかりだった。故にこの先に出てくるのもリベールの軍属の人間だと思えば残るはカシウスくらいになってしまう。しかも、最初に指定されていたのが『剣聖の後継者』だ。恐らく、この空間の最終ボスは彼なのだろう。
また前回、前々回と同じように門番などといわれてしまっては困るが、その先に誰が出現するのかは最早理解出来ない。前回はまさかの見知らぬ人物であったし、前々回はアリオス・マクレインというある意味どこから連れて来たんだと言われても仕方がない人物だったからだ。
「自由がきけば直々に《影の王》とやらを叩きのめしてやるところだ……!」
「そ、それだったら大人しく倒されてくれないかな、モルガン将軍! そうしたらモルガン将軍の協力があって《影の王》が倒せるんだから!」
エステルの言葉をモルガンは全く以て聞いていなかった。恐らく聞こえていないのだろう、とアルシェムは思った。エステルの声だけではない。他の音全てがモルガンにとって別の音声に聞こえている可能性がある。
アルシェムにとってそれはどうでも良いことなので、取り敢えずてっとり早く仕留めることにした。こんなところで足止めされていても良いことは一つもないのだ。モルガンには悪いが、とっとと抜けさせてもらうことにする。
「……取り敢えず戦えないような傷を負わせればいーのよね」
ぼそっと不吉なことを呟いたその声を聴いたものは本人しかいない。アルシェムは、暴走して回るモルガンの四肢に向けて銃撃した。外れても良いのだ。今のモルガンに避けた先に誰かがいるなどという誘導は出来ていないのだから。
それを数度繰り返した後――モルガンは姿を薄れさせて消えて行った。その頃には、司令部はボロボロ。崩壊していないのは恐らくココが現実ではないからだと言わんばかりに破壊しつくされた司令部を見た一同はまた一様に微妙な顔を見せた。
エステルが複雑な顔でぽつりと恐ろしいことを漏らす。
「……モルガン将軍に暗示とかかけて暴走させたら、一日でレイストン要塞って落ちるわよね……」
「怖いことを考えないでくれたまえ、エステル君……」
リシャールはそう返すが、何よりも恐ろしいことを考えていた人物は他にいた。それも、珍しく現実主義者のヨシュアである。
「いや、エステル……モルガン将軍だったら暗示を普通に跳ね返す気がするんだけど……」
「ははは、そんなまさか……うん、多分……きっとメイビー……有り得ないに違いないってははははは……」
ケビンはその可能性に思い至ってしまって乾いた笑いを漏らす。肉体的にもダメージを負ったが、それ以上に精神にダメージを負った一行は一度拠点に戻って現実逃避するのだった。
モルガンおじいちゃんつおい。
では、また。