風見幽香は花を守る。
それは幻想郷では当たり前、寧ろ守っていないときなど滅多にない。
しかし、どうして幽香は花を守るのだろうか?もちろん、花の妖怪だからというのもあるかもしれない。だがそれだけで、あそこまで大切に、丁寧に花を育てるものだろうか?

「これはあの八雲紫も知らない、とある妖精の昔話です」

それでは、どうぞごゆるりとお楽しみください。


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今日も今日とて、幽香は花を守る

風見幽香。

幻想郷でも指折りの実力を誇る大妖怪である。風見幽香のことを聞けば皆同じようにこう答えるだろう。

【近づいてはならない妖怪】と。

彼女は様々な人妖から恐れられており、彼女が恐れているものなどないと言われている。しかし、嫌いなものはあるのだ。

 

太陽がギラギラと輝いている。

 

風見幽香はいつもの日傘を差し、ぼんやりと太陽の畑で遊ぶ二人の妖精を見ていた。一人は水色の髪で青いワンピースを着ている氷の妖精、チルノ。もう一人は緑色の髪をサイドテールにしていて、仲間からは「大ちゃん」と呼ばれている妖精、大妖精である。

 

幽香は空中で宙返りをしてみせるチルノを見て、苛立ちを覚えていた。幽香自身よく分からないが、馬鹿なところ、真っ直ぐなところ、底抜けに明るいところ、チルノの全てにイライラする。

 

幽香には特に嫌いなものが二つあった。一つは人間、弱っちくてすぐに死ぬから。もう一つはチルノ。幽香自身よくわからないが、人間以上にチルノのことが嫌いだった。思わず、日傘を握る手にも力が入ってしまう。

 

「……っとと、危ない危ない。【幻想郷で唯一枯れない花】を自分で枯らしちゃうところだったわ」

 

取り敢えず幽香は周りに咲く向日葵を見て気持ちを落ち着かせる。そしてふと思う。何故だろうかと。特に夏、向日葵が満開のときに目に見えて苛立つ。

 

いや、理由はわかっているのだ。ただ、あんまり思い出したくないだけで。とても哀しくなってしまうだけで。それだけの話だから。

 

「ねえ、みっちゃんは知ってるかい?」

 

場所は変わり、人里のとある家屋。人としてはそれなりに永く生き、すっかり白髪が増えたおばあちゃんと、まだ十にも満たない幼い少女が一緒にお手玉などをして遊んでいた。

 

「うん?何が?」

「うちに代々伝わる秘密の話だよ」

「秘密!?何それ、聞きたい!」

 

秘密という部分を聞くと少女はお手玉をほっぽっておばあちゃん近づく。瞳をキラキラさせながら言う孫に、おばあちゃんは「ただし」と言いながらいたずらっぽく人差し指を口元へ近づける。

 

「家の人以外には絶対にナイショだよ。いいかい、みっちゃん」

「うん、わかった!だから早く話して!」

「わかったわかった。それじゃあ……これはあの八雲紫も知らない、とある妖精の昔話です」

「ええ!そんなすごい妖怪も知らないの?」

「そうだよ。完全に、家の人だけが知っている昔話さあ」

 

そう言うとおばあちゃんはゆっくりと話し始めた。

 

 

ーーー むかーしむかし、あるところに一人の妖精がおりました。

 

その妖精は花が大好きでいつもたくさんの花を育てていたそうです。

 

また、自らの能力も花に関するもので、その能力を上手く使い、それはそれは美しい花を育てていたそうです。

 

そんなある日、その妖精の美しい花畑に一人の男が迷い込んできました。

 

男は植物好きで、妖精に村に送ってもらった後も度々花畑に訪れたそうです。

 

はじめは妖精も戸惑っていましたが、植物好きどうし、とても話が合いました。

 

男は植物に詳しく、ただ花が好きだった妖精にたくさんのことを教えたそうです。

 

妖精なのですぐに忘れてしまうことも多かったそうですが、何度も何度も男は妖精に教えました。

 

そんなこともあり、次第に二人は共に暮らすようになりました。

 

正確には、男が村から離れ、妖精と共に暮らすことを選択したのです。

 

そうして長い時間、二人は花に囲まれて暮らしました。

 

しかし、妖精と人間、種族が違いました。

 

生きる時間のとても短い人間と、そもそも「死」という概念がない妖精とでは、根本的に違っていたのです。

 

気づけば、床に伏せることが多くなり、真っ黒だった髪の毛も真っ白になってしまった男が一人。

 

それを一生懸命に世話をする妖精が一人。

 

そうして、時が来ました。

 

カサカサになってしまった手が妖精の手を握り、何かを渡します。

 

男は「ありがとう」と一方的に伝えると、深く深く眠ってしまいました。

 

妖精は男の目が覚めることを信じて待ち続けます。

 

妖精は「死」を知らなかったから。

 

動くことなく、待ち続けます。

 

そうして季節が変わる頃、妖精は気づいてしまいました。

 

男がもう二度と覚めないことに。

 

言葉を交わせないことに。

 

笑顔を見れないことに。

 

妖精は泣き、後悔をしました。

 

自分が馬鹿じゃなければ、もっとたくさんのことを教えて貰えたのに。

 

自分がしっかりしていれば、彼はもっと生きられたかもしれないのに。

 

いや、そもそも会っていなければ。

 

妖精はひたすら泣き続け、とうとう涙が枯れてしまいました。

 

もう涙のでない目を拭おうとしたとき、自分が手になにかを持っていることに気づきました。

 

見てみると、小さな袋のなかに見たことの無い種がいくつか入っています。

 

妖精は藁にもすがる思いでその種を植えました。

 

しばらくして、小さな種は大きな花を咲かせました。

 

とても大きく、明るい花です。

 

その様子を見た妖精は、決心しました。

 

この花を守ろうと、この花を彼だと思って育てていこうと。

 

最初は数本。

 

その数本を守るため、妖精は強くなりました。

 

珍しいと花を摘みにくる人間を倒せるようになりました。

 

人間を倒すなんて生意気な妖精だとやってくる妖怪も倒せるようになりました。

 

そして時が経ち。

 

気づけば数本の花は数えきれない程の花畑となりました。

 

強さが有名となり、誰も花畑を荒らすことはなくなりました。

 

それでも、今もどこかで妖精は花達を守り続けているそうです。

 

 

「ーーーめでたしめでたし。みっちゃん、どうだったかい?」

「……んーと、ちょっと難しかった、かな?」

「そうかい。やっぱりちょっと難しかったかねえ。……でもみっちゃん、このお話はナイショだよ?」

「わかってるもん!みっちゃん良い子だから、ナイショにするよ」

「よしよし、みっちゃんはえらいねえ。じゃ、次はおばあちゃんと一緒におはじきしようか」

「うん!」

 

風見幽香はチルノが嫌いである。それは幽香以外誰も知らないこと、事実だ。何故なら幽香はチルノのことが嫌いだと思っているからである。けれど、殺してやりたいほど憎いわけではない。ただ、見ているとイライラするだけで、既視感のようなものを覚えるだけで。その嫌な感情がチルノに向かっているから嫌いなわけで。幽香はそう思っている。

 

しかし、果たしてその感情はチルノに向かっているのだろうか?

 

幽香は深くは考えない。

今日も今日とて、花達を守るだけ。

それだけの為に、生きるだけ。




いかがでしたでしょうか?
いや、もちろん幽香さんが太陽の畑に住んでいるんじゃないってことは知ってますよ?
でもちょっと大人の事情(お話の事情)で……ね?

それでは、ご縁があればまたどこかでお会いしましょう!


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