あくまで「鴻悦がオーラントっぽい性格と性能だったら」というIFです。
音もなく、闇の中を堕ちて行く。
いや、これは昇っているのだろうか? 蜜柑の皮さながらに、月の外殻を剥きあげて出現した
が、
(大丈夫、分かるよ。近付いてる)
十年の月日に渡りデスと共に在った影響か、それともつい先ほど覚醒した「宇宙」の力が囁くのか。いずれにせよ、感じるのだ。「核」は近い。人類文明はおろか、地球の全生物史を終焉させる力の根源はもうすぐそこまで迫っている。
だというのに、彼女に恐れはなかった。
心は凪いだ水面のように静まっている。これから自分が為すべきこと、為し得ること、その結果訪れる不可避の未来。全て、すべて承知している。
にも拘らず、この落ち着きようはどうであろう。動揺しない自分に、かえって自分が驚いてしまっているくらいだ。
(ずっと探してきた答えに、ようやく辿り着けたからだろうか)
そうだ、物心ついた時分からずっと問い続けてきた。
苦難に喘ぎ、明日をも知れない人たちが聞けば一笑に付すであろう問い。なんと愚劣な探求だ、そんなもの、所詮は「生」に余裕のある者の暇潰しに過ぎまいよと
そうしなければならない事情があったから。
それは彼女なりに切実で、決して放り投げるわけにはいかない、重い重いものだったから。
だから、遂に解答を手にした今。公子はかつてないほど満たされていた。
その満足が余裕となり、これほどまでの落ち着きを齎しているのだろうか。
「………?」
気になる問いではあったものの、詮索している猶予はなかった。
(なに、これ)
閉じられていた瞳が開かれ、形のいい眉が困惑に歪む。
(なにか、いる)
目指す極点、ニュクスの中核、その傍らに、なにものかの存在を感じる。
極限を超えた絶望、極限を超えた怨嗟。溢れ出す慷慨は海に似て、果ても底も窺い知れるものではない。
そんなあまりに
(嘘でしょ)
有り得ないことだった。
物質化した死の満ちるこの世界で、いきものが存在できる筈がない。
いやそもそも、それ以前に、ニュクスが覚醒したのはつい数分前だ。その内海に飛び込んだのも、有里公子ただひとり。最もニュクスと距離を近くするタルタロスの頂点にいた以上、そのことは間違いないと言い切れる。
にも拘らず、先客がいるとすれば。
こいつはいったい、何時からこの暗黒に鎮座していたのだろう―――?
「………くっ」
正体を探るための試みは、ことごとく無駄に終わった。
宇宙と等価の存在となり、無限の可能性を得た今の公子ですら見通せない。それは暗に、相手が公子と同格か、それ以上の存在であることを示していて。
先刻までとは打って変わって、猛烈な不安に苛まれながら、彼女は最後の薄膜を突破した。
奇妙な「場所」だった。
無限の広がりを感じる一方で、ひどく手狭な小部屋に押し込まれたような印象も同時に受ける。
矛盾が矛盾のまま、何らの矯正も受けずに成立している異界。その奥で朧に光る、茨に包まれた卵のような物体―――ああ、あれがニュクスの「核」なのか。
本来の公子ならばその荘厳さに心打たれ、神と対面した狂信者のごとく畏れ入り、自らの死生観をより一層確固たるものとしていただろう。
が、現実にはとてもそんな趣味に興じているゆとりはない。最大限の緊張を強いられていた。
理由がある。
「死に憑かれたる者よ」
「理由」は、人の形をしていた。
朗々と、尊大な声を響かせていた。
「明日とやらを求めるか。あるいは、出来の悪い我が息子にそそのかされたか」
白銀の長髪に真紅の眼光。白いスーツにこれまた白いコートを羽織り、右手に握った大剣のみが唯一、黒い。保護色として周囲の闇に溶け込んでもよさそうなものだが、何故かはっきりと判別できてしまう、異様な迫力を湛えた剣だった。死の闇よりもなお不吉な、おぞましい「黒」だった。
その顔には幾本もの皺が刻まれ、しかしまったく老いを感じさせない。体腔の隅々にまで満ちた覇気が、見る者に「衰え」という印象を許さないのだ。
「どちらにしろ、はじめての巡礼者だ。歓迎しよう」
と言って、男はにやりと笑ってみせた。
その中に友好の色を見出すのは、公子をして不可能だった。
こういう展開を想像してプレイしてたのは私だけではない筈。