「私は、合田さんを信じてます!合田さんは、魔女になったりしません!」
使ったことの無いコミュ力を限界まで使って、必死で説得する。自信なんて無い。でも、合田さんを助けなくちゃいけない。
「……そんなわけ、無い。自分でも判るんだ。私の体の中から、黒い感情が溢れてくる」
そう言った合田さんの瞳に光はない。あるのはただただ空虚な闇だけ。
「ごめんね。美亜ちゃん、真理さん。私はもう、ダメみたい……」
合田さんが崩れ落ちた。同時に、オレンジ色の宝石が砕け散る。
理想、羨望、愛憎、後悔。
禁忌の箱を開けたパンドラの前に広がったのは、きっとこんな光景だったのでしょう。
溢れ出すのはどす黒い穢れ。人間が抱く、最も暗い感情。
――絶望。
世界が変わる。明るい銀色の空、そして銀色の街。球状のビル群が空中に浮いている。空を走る車は、そのビルの間を行ったり来たり。
「そん、な……!」
街のそこら中に、5人組の誰かの像が建てられている。バイクに乗る人が着けているようなマスクで隠された表情は伺えない。
「合田雨音、どうして、貴女は……」
この明るく爽やかな世界とは対照的に、私達の心が黒く染まっていく。そんな私達の前に、合田さんを抱えた魔女が姿を表す。
魔女は何も語らない。結界と同じ銀色の体。その形はほぼヒトと同じだ。ガリガリに痩せ細っていて背が高く、前腕からは鮫のヒレのような刃が生えている。
『――!』
ユメミが私達を庇うように立つ。魔女はユメミには目もくれず、抱き抱えた合田さんの体を放り投げ、切り裂いた。
「ぁ……あ……」
それは決別か。それとももう、それが自分の体であったことを理解できないのか。
のっぺらぼうの様に銀色だけが広がる顔は、ただ無機質に私達を見つめた。
『残念だよ。君なら彼女を救ってくれると思っていたんだけどね』
ちょこん、と。
細切れにされた合田さんの体を踏みつけてキュゥベえが姿を表した。
『魔女となった彼女に、君達の声は届かない。君達に、仲間だった彼女を倒せるのかな?』
悪趣味。私の脳裏に浮かんだのはその言葉だけ。こいつに趣味なんてものは無いのだろうけど。
「黙りなさい」
『……僕は真実を述べただけだ。どうしてそんなに怖い顔をするんだい?君達は、魔法少女が魔女になるのを見るのは初めてだろう?良い経験じゃな――』
白いぬいぐるみは何も話さない。もう既に、その体は私のカードが引き裂いた。
「……外道が」
吐き捨てるように呟いた。こんなやつと話している時間が勿体ない。
『合田さん』は私達に向け、走り出す。ヒレのような刃が伸び、ユメミの首をはねた。
『――』
速い。何が起きたのかを理解することは出来た。それでも体が追い付かないほど、こいつの攻撃は速かった。
ユメミは何も言わず、何も言えず、その命を落とした。
「何て、ことを……」
お嬢様が斧を構える。両手も足も震えていて、立つのがやっとなのだろう。それでもお嬢様は唇を噛み締めると、地面を一蹴りして魔女に接近しその斧を叩きつけた。
ガキン。
斧が銀色の地面に触れる。魔女の体は脳天から真っ二つに割られていた。だが、割られた面が液体の様に伸びてくっついた。確かに切り裂いた筈なのに、その体は一瞬の後に元通りになっている。
「くっ……!?」
魔女の指が伸び、鋭利な爪のような形に変わる。魔女はアッパーを喰らわせるように、その爪でお嬢様の腹部を貫いた。
「かは……っ」
お嬢様の背中から生える、5本の針。そのどれもが暗い赤色に染まっている。
魔女は伸ばした爪を引っ込めると、回し蹴りでお嬢様を吹き飛ばした。
「お嬢様っ!」
慌ててお嬢様に駆け寄る。急所は外れていたようで、お嬢様は斧を支えにして立ち上がった。
「大丈夫、ですわ」
そうは言うものの、今も血液は止めどなく流れ落ち、銀色の地面に水溜まりを作っている。いくら魔法少女が丈夫だとは言え、出血が続けばただでは済まないだろう。
「……合田さん」
わかっている。私の言葉は届かない。
「……ごめん、なさい」
彼女のために私が出来ることは1つだけ。
私はゲートを4つ展開し魔女を囲み、一斉にカードを発射する。鋭いカードは魔女の体に風穴を開けるが、すぐにその傷は塞がってしまう。
「……厄介な再生能力ですね」
痛みが無いわけ無いだろう。きっとあの傷は『治ってしまう』んだ。何度でも何度でも、悪しきものに罰を与えるために。
「来ますわ!」
魔女が前腕の刃を伸ばし、私達を切り刻もうとこちらに跳躍する。速い、体が、付いていけない。
その刃が、私の首を切り裂こうとする寸前に弾かれる。
「……な、何が?」
私達の前に立つ5つの影。赤、青、黄色、緑、ピンク。カラフルな金属で出来た人の形をした誰か。
街中に建てられた像の、オリジナルと思わしき者達。
『dijubki?』
赤色のリーダーらしき生物が何かを問いかけてくるが、何を言っているのか分からない。
『kwgttndr』
青色の生物が赤色の肩に手をかけた。赤色は頷くと、魔女に向き直る。
そして、5人が一斉に魔女に向かって走り出した。
「あれは、魔女の手下ですの?」
間違いなくあれは人間じゃない。だから十中八九使い魔なのだろう。だけど彼らは、魔女を取り囲んで殴ったり蹴りを入れたりしている。
『sbtiytm!』
魔女に危害を加える使い魔。そんなものが、存在するのだろうか。
だが、魔女に有効なダメージを与えているようには見えない。液体金属の体が衝撃を吸収し、斬撃や銃弾による傷を塞いでいく。
魔女の刃が伸び、魔女はその場でくるりと回転した。近くにいた使い魔達の首がはね飛ぶ。使い魔に再生能力は無かったようで、その亡骸が再び動き出すことは無かった。
魔女の無機質な視線が再び私たちに向けられた。そして両手を槍のように変化させ伸ばしてくる。槍が狙っているのは、私の心臓!
「っ、私を守ってください!」
ゲートから2体の手下を召喚する。飛行機に乗った、落書きの魔女の手下だ。
『『ぶぅぅぅぅぅん!!』』
2体は私を庇うように槍の進行方向に立ちはだかる。だが銀色の槍はぐにゃりと軌道を変えて手下達を避け、私の胸を貫いた。
「っ、ぁぁぁぁぁっ!?」
痛い、苦しい。苦痛ばかりが脳に届き、上手く呼吸ができなくなる。
途中で軌道を反らしたからか、ソウルジェムは無事だ。
「有栖美亜っ!?」
槍は元の長さに戻り、形も普通の手に変わる。突き刺さっていた槍を失ったことで、私の体の中心から血液が吹き出す。
「よくも、わたくしの有栖美亜を!」
お嬢様が斧を掲げる。お嬢様の体から禍々しいオーラが現れ、それが斧に吸収されていく。オーラを吸収すればするほどお嬢様の斧は邪悪に、そして巨大になっていく。
「……さようなら、合田雨音」
斧はやがて、その辺にあるビルよりも大きいのではないかと思うほどに成長した。だがお嬢様はふらつくこと無くその斧を持ち上げている。
「貴女の罪を、断ち切って差し上げますわ」
それは審判。究極の処刑。
膨大な魔力を消費して作られた、『武器の法廷』。
「―
もはや刃物ではなく質量の塊となった斧が、魔女に向け振り下ろされた。
――!
凄まじい轟音が鳴り響く。地面は割れ、元のサイズになった斧が深々と突き刺さっている。そして、魔女の姿はない。避けたわけではないのだろう。そこら中に銀色の破片が飛び散っている。あの一撃で、すべてを粉砕したんだ。
「……な、何なんですか、今の」
「……奥の手、ですわ」
お嬢様の被るティアラに付いたソウルジェムを見る。どうやらもう限界のようだ。魔力の消費が激しいのだろう。お嬢様はグリーフシードを取り出して穢れを吸い取っている。
そんなお嬢様に、ナイフの様な凶器となった破片が飛んでいく。
「お嬢様っ!」
体が動き出していた。お嬢様を突き飛ばす。そしてその破片は、私の胸元のソウルジェムに突き刺さった。
「――!」
声が遠い。何も聞こえない。
薄れ行く意識の中。私が最後に見たのは、幾つもの破片が集まり再生する魔女。
そして再生した魔女の槍でソウルジェムを貫かれた、お嬢様の姿だけだった。
バッドエンドルートでした。次回はまともな方に進みます。合田雨音が変化した魔女は、ほぼ不死身の魔女です。特殊能力が強い一方で弱点を狙わなければ火力は低め。「負けないけど勝てない」魔女です。魔法少女にはめっぽう強いですね。
詳細は以下↓
水銀の魔女
水銀の魔女。その性質は偽悪。液体金属でできた体を持つ魔女。凄まじい身体能力と再生力で魔法少女を圧倒する。この魔女を倒すことが出来るのは真のヒーローのみだろう。
真名:Amneris
特徴:合田雨音の魔女化した姿。自らが悪だと悟った少女は偽悪の魔女へと姿を変えた。水銀が集まって出来たような細身で長身の人型の体を持つ魔女。穴が開こうと真っ二つにされようと直ぐにくっついて再生する。前腕には鮫のヒレの様に刃が生えており、主にこれを武器として攻撃を行う。
水銀の魔女の手下
水銀の魔女の手下。その役割は一般人の救出。 魔女の結界で魔法少女と一緒に戦ってくれる使い魔。魔女を悪だと周囲に知らしめるために戦っている。だがあくまでも偽者のヒーローであるため、彼らに魔女は倒せない。
真名:Radhames
特徴:赤青黄色緑ピンク5色の金属で出来た人型の使い魔。その姿は日曜朝のヒーローさながら。魔女を倒すために存在する使い魔で、魔法少女に協力してくれる。身体能力はそれなりに高いが、魔女に有効な攻撃手段を持たない。肉壁位には使えるか。
水銀の魔女結界
金属で出来た近未来的なデザインのビルが立ち並ぶ街。街中の至るところに手下達を模した像が立っている。