この世にいらない命なんて無い。
反吐が出るような綺麗事。この言葉が大好きだと言うやつには、是非とも蜥蜴や蛇、そして蟲の群れと一緒の布団で寝てもらいたい。
私の命は、「いらない命」だった。
望まれぬ子。頭も股も緩かった母親の娘。
――悪魔、化け物、そして『魔女』。
それが私の名前。誰も、杏奈と呼んでくれる人はいなかった。……両親でさえ。
「さぁ、こっちにくるんだ!」
ある日、怖い男達が家に来て、私を捕まえた。両親は抵抗しなかった。……私は2人に売られたのだ。珍しいオッドアイの、研究材料として。
誰も私を助けない。誰もアタシを必要としない。
そんな世界、アタシには要らない。
「……おい、お前。何でも願いを叶えてくれる。そう言ったな?」
ならばお望み通り、アタシは悪へと堕ちよう。魔女となり、悪魔となり、この世界を蝕もう。
『一応、人によって叶えられる範疇は違うけど、君なら大抵の願いは叶えられる筈だよ』
キュゥべえと出会ったのは、研究所の檻の中。最初は幻覚か何かかと思ったが、その話は興味深かった。
疑り深かったアタシは、こいつから魔法少女の全てを聞き出した。その仕組み、目的、そして末路。
『……本当に契約するのかい?』
念を押すようにキュゥべえが聞いてきた。
「あぁ」
やがて絶望に落ちる。そんな事はもはやどうでも良い。復讐を遂げる力さえあれば何の問題もない。
「このくそったれな世界に呪いを、滅びを、ありとあらゆる不幸をッ!」
そんなアタシの呪詛の声が研究所に響く。
「この願い、叶えてみろよ!インキュベーター!」
空気が震える。そこら中から爆発音が聞こえる。建物が崩壊していき、ガレキやガラスの破片が降り注ぐ。
『……君の願いは、エントロピーを凌駕してしまった。それが、君の運命だ』
インキュベーターが、アタシの体から金色の宝石を取り出した。アタシはそれを強奪すると、変身する。
アタシが纏うのは黒いドレス。周りには4枚の盾が衛生のように回転している。
「ッハハハハ!」
とても、清々しい気分だった。
アタシは落下してくるガレキを4枚の盾で防ぎながら、研究所を脱出した。
「……チッ、クソが」
最悪な夢見だ。あの忌々しい記憶を思い出す事になるとは。
結局、アタシの願いで世界が滅びることは無かった。アタシの願いで滅びたのは、研究所や今までの家など、アタシが憎んでいた『世界』だけ。それ以外のほぼ全ての世界は無事だった。
『……?』
都市部にあるホテルの一室。
枕元に立っている、アタシと全く同じ顔の少女が首をかしげた。髪の色は黒。その瞳も両方とも真っ黒だ。
「アタシも、アンタみたいな目だったら……」
夢見の魔女を被る少女に手を伸ばそうとし、途中で引っ込めた。アタシらしくもない。
「あぁ、イライラする……」
自分のソウルジェムを手に取る。真っ黒に穢れ、元の金色は欠片も見えない。
アタシがソウルジェムに手を翳すと、黒い穢れがもやの様にソウルジェムを出てくる。
呪いを操る。それがアタシの固有魔法。キュゥべえがその事を知った時は随分と驚いていた。アタシの魔法は、魔法少女というシステムをうち壊せる特殊性を備えていたのだ。
この魔法を使えば、魔女に使い魔、さらには魔法少女の持つ穢れをも自由に操ることが出来る。
取り合えず穢れを手のひらに集め、球状にする。この形が一番捨てやすい。
窓を開けると、餌をねだる小鳥たちのように人々が集まっていた。夢の無い台本を繰り返す事しかできない大根役者ども。穢れを欲するのは、自らも特別な力が欲しいからなのだろうか。
「アンタらにはやらねーよ」
アタシは球状に固まった穢れを投げ捨てる。穢れは大根役者達の頭上を飛び越え、何処か遠くへ消えていった。
穢れを追いかけて消えていくエキストラ。私はその様子を気だるげに見つめていた。
『――』
ずい、と。
何かが差し出された。カップに入ったカフェオレだ。
「……何のつもりだ?」
アタシとおんなじ顔の少女は、ただ何も言わずにカップを差し出している。何時まで経っても質問には答えなさそうだったので、仕方なくそのカフェオレを受けとることにした。
「……ふぅ」
賄賂か、挨拶か、それともお礼か?こいつの意図がいまいち読めないが、カフェオレは結構美味しかったので良しとしよう。
「……お前も、座ったらどうだ?」
窓際には椅子が2つ。だがこいつは中々座ろうとしない。アタシは王族や貴族ではない。だから自分だけが座っていて、他の人が立っているのは少しモヤモヤする。
おんなじ顔の少女は何も言わず、ちょこん、と椅子に座った。表情すら変えずアタシの顔を見つめている。
「……なんだい?アタシに惚れたのかい?」
冗談半分に、そんなことを言ってみた。何の反応も帰ってこない。まぁ、心も魂も持たない出来損ないにそんなものを期待する方がおかしいのだが。
……もう少しで、夢見の魔女は完成する。
夢見市の空に浮かぶ魔方陣はもうだいぶ小さくなり、明日には消えてしまうだろう。明かりを使って虫を集める様に、この街が持つ魔女を呼ぶ力を強化した。
夢見の魔女に目をやり、その穢れを見つめる。後1匹ほど魔女を餌にすれば、世界を滅ぼす魔女を誕生させられそうだ。
「クククッ……あぁ、やっとだ。やっとアタシは、この世界に復讐できる」
アタシを嫌ってきた全ては、最初に契約した時点で滅びている。でも、それだけでは足りない。この世界に、アタシの居場所はない。それならば、今度はアタシ自身の手で世界を崩壊させてやる。
街にあふれる穢れを探す。穢れを操るアタシの魔法は、魔女を見つけることも得意なようだ。
大体何処にどの魔女がいるかは分かる。今この街にいる魔女は4体。魔女の種類は、その魔女の近くに現れる『口づけ』と同じ紋章で分かる。
アタシが目をつけたのは、夢見映画館近くに現れた魔女だ。2匹の蛙がくす玉を割ろうとしている紋章。
「丁度よさげな魔女が来たもんだなぁ」
是非ともあのくす玉を糧に、新しい世界のオープニングセレモニーを開きたい所だ。
「ほら、行くぞ。夢見の魔女」
夢見の魔女が立ち上がり、頷いた。
「魔女狩りの時間だ」
何もかもが金色の悪趣味な空間。シャンデリアや丸い机があるから、きっとパーティーの会場なのだろう。
机の下では、背中にゼンマイの付いた金色の蛙が蠢いている。
魔女はそのパーティー会場をふよふよと漂っていた。天使に似た羽を生やしたくす玉の様な魔女。今までの戦闘で傷ついていて、その体の金色が剥がれ落ちてきている。
「さぁ、止めだ夢見の魔女ッ!あの悪趣味なメッキの魔女をぶっ殺せッ!」
夢見の魔女が黒い槍を突き刺す。花火、紙屑、炎に星形の光。色々な物を吹き出しながら、魔女が落下していく。
『……』
夢見の魔女は落下していく魔女を追いかける。そして黒いフードが巨大化し、金色の魔女を飲み込んだ。
『―――!』
結界が消えていく。それと同時に、強大な穢れが魔女の体を突き破り現実に現れようとする。
「おっと。後ちょっとだけ、待って貰おうか」
穢れを操り、それを無理矢理夢見の魔女に押し込む。そして夢見の魔女が落ち着いたことを確認したアタシは、夢見映画館の中に入った。
そこでは、誰もが知る映画館とはかけ離れた光景が繰り広げられていた。
さっきまで居た結界に住んでいた、蛙の使い魔……の死体。それ以外にも、人の死体や夢見の魔女が溢した食べ残しが無造作に捨てられている。
『――』
映画館の奥から、虚ろな瞳をした人々が現れる。そのどれもがおんなじ顔をしている。
『――』
そいつらはぶつぶつと呟きながら死体を回収し、奥へと消えていった。アタシはそれについていく。
「……そういや、ここに来るのは初めてだったかな」
2年間この魔女を育てていてそれもどうかとは思うが。
死体を追いかけてたどり着いたのは劇場。映画が上映される場所。人々は死体を椅子に向け投げ捨てた。
すると、椅子がグニャリと歪み死体を飲み込む。そして暫く咀嚼するような動きを見せた後、元の形に戻った。
『――』
産声を上げるエキストラ達。死体はあっという間にリサイクルされ、夢なき街で夢見る人々に早変わり。
『……なるほど。それが、この街の正体か』
アタシの後ろから声が聞こえた。
「あぁ、そうさ」
白い悪魔――キュゥべえがそこにいた。いつの間にここにたどり着いたのかは知らないが、こちらとしても都合が良い。
「ククク、お前の恐れていた魔女が完成した。早くお仲間の魔法少女を呼んで、止めた方が良いんじゃないのか?」
この魔女をここまで成長させた時点で、アタシは勝った。唯一の問題点はあのエセ主人公だけだが、あいつに事実を受け止められるメンタルがあるかな?
『道理で、この街には素質を持っている人が少ないわけだ』
キュゥべえは、ため息をつくように言った。
愉快愉快。感情が無い筈のキュゥべえが、悔しがっている様にも見える。アタシはだただ、笑って返してやろう。今、アタシは希望のど真ん中にいる。
「ッハハハハ!ざまぁないな!インキュベーター!」
キュゥべえは、逃げるようにこの映画館を出ていく。そうだ、早く連れてこい。あの3人にも見せてあげようじゃないか、世界を滅ぼす魔女の誕生を。
覆水盆に返らず。動き始めたカラクリを、止める手段などありはしない。
役者は揃った。さぁ、踊れや魔法少女達。
今から始まるのは悪夢のような悲劇、決して醒める事の無い映画。
4人で奏でようじゃないか。
その開演の
杏奈回でした。この子は根は良い子だったやつです。よくあるパターンですね。
さて、そろそろ夢見市での物語も終わりに近づいて来ました。……と言っても、あと6話位残ってるんですけどね。
それともうそろそろテスト期間に入るため、更新がさらに遅くなるかと思います。
それでは、また次回お会いできる事を心待ちにしております。
以下キャラ・魔女設定↓
愛里 杏奈 アイリ アンナ
四人目の魔法少女にして、夢見市編での黒幕。その目的は世界の滅亡。世界を恨み、作り替えるために最強の魔女を求めている。
青髪のショートに一房だけある赤い髪が特徴。右目が緑、左目が黄色のオッドアイ。おしゃれに気を配る余裕が無いため、基本聖ドレアン学院の制服を着ている。
美亜ととても良く似た顔立ちをしているが……?
キュゥベえへの願いは、『世界に呪いを』。あまりにも抽象的な願いであったが、見事エントロピーを凌駕することができた。世界から見放された少女は、世界への復讐を決意した。
契約の結果彼女が手に入れたのは『呪いの支配』。呪いから生まれた存在である魔女を支配する事が出来るほか、ソウルジェムに宿る穢れを自由に操ることも出来る。
ジェムの色は金色。魔法少女での装備は黒いゴシックなドレス。美亜の物をさらにフリフリにして、白かった部位を黒く染めたような服。武器は持たないが、彼女の周囲を4枚の盾が衛星のように回っている。4枚の盾にはそれぞれ違う色の宝石がついている。
オープニングセレモニー
オープニングセレモニー。その性質は幸福。全てを祝う魔女にとっては毎日がパーティー。ひとりぼっちで練習した隠し芸を披露しようと、人々の前に姿を表す。
別名:くす玉の魔女
特徴:天使の様な羽が生えたくす玉の様な姿の魔女。悪趣味な金色をしている。羽で飛ぶことができるため、何かにぶら下がらなくても良い。くす玉の中身は開く度に変わる。火を吹いたり、爆弾を飛ばしたり、星形の魔力の塊を飛ばしてきたりと兎に角派手な事が好き。
オープニングスタッフ
オープニングスタッフ。その役割は祝福。くす玉を割るために作られた蛙の玩具。その長い舌でくす玉の紐を引っ張り割ろうとする。だが長年の特訓で自力で開閉できる様になった魔女にとっては無用の長物。
別名:くす玉の魔女の手下
特徴:黄金に輝く蛙の玩具。背中にはゼンマイがついており、これを回して動く。くす玉を開けるために長い舌を持っているが、魔女にとっては不要な存在。長い舌は自身のゼンマイを巻くことにも使われる。大きな仕事を失ったが、魔女の友達役と言う新しい仕事を手に入れた。
くす玉の魔女結界
全てが黄金に輝いた悪趣味な程に豪華な結界。パーティー会場の様にも見える。ちなみに全部金メッキであるため、持ち帰ってもお金にはならない。