提督はただ一度唱和する   作:sosou

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24.憂色

 山城は自暴自棄になっているという自覚がある。はっきりと言えば、死ぬつもりであった。提督を疑うということを知らない艦娘だが、成長もするのだ。自分の立場も、やってきたことも理解している。

 提督は裁かれ、自分は解体されるだろう。

 秘書艦であった彼女は、様々なものを見聞きする機会があった。任務の推移や求められる報告の内容など、推測を確信に変える材料は無数に存在した。次第に身動きが取りづらくなり、提督が気づいた時には手遅れだと思われた。それでも彼は自信に満ちていた。それだけ守原の力は強かったからだ。

 その強さを利用されたのだろう。守原に有利な作戦地域が候補に挙がった時、それに乗ってしまった。僅かな抵抗に必死になり、強力に主導した。流れは既に作り上げられていたのだ。

 そして、アリューシャンへの侵攻作戦が発令され、その参加部隊を見たときに、もはやどうしようもないのだと悟った。どう見ても侵攻作戦の先鋒に相応しいとは思えなかったからだ。政治的には守原の影響力を拡大し得る可能性も見えたが、軍事的には無謀極まりない。

 思った以上に混乱はあったが、結果、提督は青ざめてあちこちに奔走し、最終的に地位を捨てる決断をした。財産だけは残るだろう。

 山城は身請けしてやると言われた。心底、怖気が走った。しかし結局、彼女はここにいて、戦争をしている。艦娘であるのに、雪の中で。

 そもそも、この世に生み出された時から嘘ばかりだった気がする。すぐに会えると言われた姉は、いつも別の自分を横に置いていた。まだ懐にある大麻を勧められた時も、連れられた場所も、提督の口から出た言葉とは裏腹な、醜悪な思い出だ。

 国民が農奴になってしまった日本で、俸給を貰う艦娘は数少ない経済を担う存在である。しかし、外部から隔離され、国民との軋轢を演出された艦娘にそのような役割を果たすことは不可能だ。鎮守府の酒保だけで、いったい何が変わるだろう。それでも守原はそのように制度を作った。艦娘にも大麻が蔓延しているのは、おまけでしかない。彼女らを囲い込むことで守原閥が得た利益は莫大なものだ。だからこそ、腐った。

 それを見つめ続けた山城は、人間に絶望していると言ってもいい。それでも彼女は艦娘なのだ。

 彼女にとって、大麻は最後のよすがである。味や酩酊感は好きではない。入渠してしまえば中毒も恐れることはないため、依存もしない。大麻そのものには、何の価値もない。

 ある夜、いつものように名も知らぬ誰かの接待を命じられ、枕元で火を付けた。義務であり、逃避であり、男の身勝手から自分を守るためでもあった。それを握り潰した男が、ただ一人だけいた。その夜は素晴らしかった。それだけ。たった、それだけだ。

 かつて船であり、大戦を勇躍し、今、女になっている彼女にとっての記憶がどのようなものかを考慮から外せばだが。

 今では後悔している。鳳翔には気の毒なことになったし、自分の思い出も汚されたようだ。もっとも、その後の手際を見るに何が変わったとも思えない。なるようになったのだ。反省するのは、先を見据えられる者だけだ。

 だが、ここでもおかしなことになっている。網走川の封鎖に使い潰されるかと思ったが、あっさりと撤退させられた。殿に取り残されるかと思ったが、ソリまで用意して帯同させられている。

 艤装を目にして「歩けるのか?」と問われたことは忘れないが、実際、雪中行軍など艤装の形状に関係なく無理だ。今、姉と一緒に剣牙虎に引かれて後方警戒という名のサボタージュに励んでいる。意地でも艤装をしまう気はなかった。邪魔といわれたが、三角座りのままずっと自分が刻んだ轍を睨んでいる。無理やり乗せられた荷物に埋もれながら。

 彼女は不幸慣れしていて、感覚が麻痺していた。実を言って、ちょっと楽しい。姉が隣りにいるからだ。

 艦娘というのは本当にどうしようもない存在だと思う。

 生きて、またあの人に会いたかった。

 

 

                    §

 

 

 不幸姉妹が木立に引っかかる事故はあったが、新城率いる混成軍は林の中に身を隠すことに成功した。この極寒の地で生き抜くために必要な全ては、自らが背負って運ばねばならない。いくらきつく締めつけようとも、重力は平等に質量を捕まえる。

 大休止を告げられた兵たちは着膨れた体を雪上に投げ出し、ひっくり返った亀のような有様で樹冠を眺めた。固定された背嚢を降ろす手間をかける者はほとんどいない。みっともなくはあるが、戦争である。取り繕うにしても限界はあった。何より、日が沈めばまた歩くのだ。

 その限界が適用されない者もいる。指揮官である新城と、兵たちの王である下士官だ。しれっとした顔で新城の隣りに侍るのは、中隊の最先任である猪口だ。もともと若菜との関係がよくないこともあるが、先の暴走を止めようとして決定的に決裂したらしい。若菜の方から押しつけられた。

 本来ならそれを諫めるか、猪口を叱責するべきであった。しかし、気の利いた下士官は何よりも頼もしい。今さら関係の修復に労力を割くのも莫迦らしいため、龍驤に全て押しつけてしまうことに決めた。恨まれるかもしれないが、それならば面罵される機会を設けるよう努力をするべきだろう。墓前では互いに面倒だ。

 兵たちを羨みながら今後の方針を確認せねばならないが、凍傷を避ける意味で足踏みは止められない。いかにも貧乏臭い調子で、新城は地図を広げた。薄着この上ない漣と着膨れでない愛宕が平然としているせいで、間抜けさが極まっている。

「美幌は潰せたと思うか?」

「厳しいと思いますわ」

 未だふて腐れている不幸姉妹が後方警戒に勤しんでいるため、不本意そうに引っ張り出された愛宕が答えた。砲撃と観測を同時に熟す彼女らがいなければ、現状を確認することも難しい。

「防空壕はそれなりに見えました。片手間の砲撃ではちょっと」

 撤退を前提としていた新城と、抗戦を想定していた若菜では、補給品の扱いも違っていた。戦闘によって被害を受けないよう、本来、人間が隠れ潜むための場所にそれらを積み上げたのだ。

 危険物である。間違いとは言い切れない。地下の資材が被害を受ける状況は、地上の何もかもが吹き飛んだ後にしか発生しないからだ。

「入口は塞いだのだろう?」

「もちろんです」

 何事も完璧とはいかない。しかし、深海棲艦の行動を阻害することは出来た。とにかく、時間を稼ぐことだ。そうすれば増援が到着する。他の充分な縦深のある二方面にて遅滞戦闘を行い、戦力を抽出するという駒城の構想は伝えられたのだ。本土失陥の危険を無視してこの提案が蹴られるとは思わない。

 それでも不安は残る。陸軍と海軍の対立は深刻であり、だからこそこのような横紙破りの手法が取られた。横須賀ならば現実的な選択が出来るだろうという、無形の信頼の上に成り立つ策謀だ。ましな類ではあるとはいえ、将家である駒城にそのような信頼が期待出来るかといえば疑問である。対策として保胤を前面に立ててはいるが、それで篤胤の影が薄まるわけもない。我が義父ながら頭が痛いことだ。

 決断には時間がかかるかもしれない。

 懸念はそればかりではない。深海棲艦の動向も不可解だ。目的は第五の龍驤によって判明しているにも関わらずである。

 まず、巨大輪形陣にて正面戦闘を回避させ、囮の動向から主力の位置を類推し、一転した散兵戦術によって電撃的に千島列島を確保した手際は、まったくの奇襲であり見事という他ない。この動きに対応できなかった大湊や横須賀は効果的な追撃を行えず、軽空母部隊と分断されるに至る。

 しかし、千島列島を確保した後も軽空母部隊の捜索に全力を傾けたため、彼女らはアリューシャンとの連絡を失ってしまった。慌てて防衛線を引いたようだが、押し込められた事実は変わらない。もっとも、増援である横須賀は満身創痍であり、そのために温存されたとはいえ大湊単独では支えきれない公算が高かった。

 そもそも、深海という未知を司る彼女らである。時間をかければどのようにかして兵站を確保してしまうかもしれない。焦りと迷いから全戦線が停滞。現状ですら北海道失陥により、東北からの住民避難、全土での厳戒態勢が取られているのだ。長期化すれば、日本の継戦能力に重大な影響を及ぼすだろう。

 一致団結してこの国難に対処せねばならない時に、軍上層部は機能不全に陥っている。陸海どころか、各鎮守府がそれぞれの方面を各個に分担するだけで、統一的に防衛を指導することが出来ないのだ。横須賀が独自に増援を各方面に送っていたが、それ以上の逸脱は難しいと思われた。

 しかし、守原の勢力が海軍に偏ることを恐れた駒城がオホーツク方面の増強を企図していたため、これが功を奏して現場の判断による事態の打開が図られた。同規模の増援がない限り、もはや包囲を突破されたところで戦局に影響はない。解決の目処は立ったと言える。

「そんなことは流石にわかります。何が言いたいのかしら?」

 地図を見ながら政治的な側面を除き、現状の共有を丁寧に図る新城に、愛宕が言葉を差し挟んだ。猪口は棒を呑んだような姿勢で彼女を横目にする。黙り込んだ新城に、漣が首を傾げた。

「もしかして、拗ねてるの? 時間は限られてると思うのだけど」

 猪口は地雷原に迷い込んだような心持ちになった。下手に身動きすれば吹き飛んでしまう。口を開くなど論外だ。でかい図体で懸命に存在を消す。何故、若菜と軋轢など起こしたのだろう。

 新城は深く、静かに息を吸い、そしてそろりと吐き出した。説明を続ける。

 しかし、深海棲艦は突破ではなく、北海道への上陸を選んだ。それ程までに零戦を欲する理由がわからない。主要な艦隊では紫電改二に機種転換が進んでいる。一部ではより高性能な烈風の配備も始まった。二線級とまでは言わないが、今さら鹵獲しても大した意味があるとは思えない。

 彼女らしかわからない戦略的な意図があるのだろうか。新城にはそうは思えない。実際、鳳翔から聞き取った限りでは、深海棲艦はまだ戦略的知見を獲得してはいない。それでも、その端緒は掴み始めていると思う。

 三方面からの侵攻は、連携はしていなくとも連動している。となれば、彼女らの行動の根拠は外部からの救援にあるはずだ。いくら深海棲艦の物量が膨大であれ、今確認出来ている以上の戦力が存在しているとは思えない。

「つまり、南か東のどちらか、または両方がここに来るってことかしら?」

 半ば独り言の調子で愛宕が言った。猪口は青ざめている。

「彼女らが補給を重視していない以上、最大の障害を釧路沖の航空機動部隊と見なす可能性もある」

 主力らしき部隊はこちらに上陸しているが、せいぜいが増強一個大隊規模である。師団単位の戦力があるのだから、大湊にとって充分な脅威だろう。こちらを援護する余裕は失われる。陸地の確保にこだわる理由も、深海棲艦には存在しない。

「これらは僕の推測に過ぎない。だが、このような想定で行動する。以上だ。わかれ」

 新城は猪口と撤退路の選定について話し始めた。その場に放置された愛宕は、今告げられたことについてあれこれと考えを巡らせる。

 戦術的には困ったことになるという評価しかない。艦娘の死生観は淡泊だ。戦友の死に取り乱すのは、よほど成長した個体に限られる。フリーハンドを得た陸上基地を含む優勢な航空戦力に狙われると知っても、ことさら感動は覚えない。しかし、危機感はある。彼女らは勝利を希求している。

 士官として扱われたと考えるには、不幸姉妹の扱いがぞんざいだ。ソリの有効利用のために、姉妹の説得でも期待されているのか。それにしてはただの推測に時間をかけ過ぎだし、そもそも必要か疑問だ。自分たちは艦娘で、人間の指揮下にあることに不満など覚えない。それを理解していない人間が、こうも彼女らを活用するはずもない。我がままを言っているように見える不幸姉妹も、命令があれば従っただろう。それが、あの調子ということはそれを避けている? 尊重しているのか? 艦娘の意志を?

 まさかと思いつつも、疑念が浮かぶ。もしかしたら、気遣っているつもりなのか。むしろ、失言への謝罪ですらあるのかもしれない。否定しようにも、他にこんな回りくどいことをする理由が見つけられない。もし、それが本当だとするならば。

「面倒くさい人ねぇ」

 愛宕は嘆息した。

「でも、それを可愛いと思えなきゃ、女としての成長はないんですよ?」

 正真正銘、文句なく可愛らしい笑顔で告げる漣に、愛宕はにっこりと微笑み返した。背後で砲声がした。不幸姉妹ではない。皆が息を呑んでその時を待った。

 弾着はあさっての位置だ。しかし、大休止は中断された。手早く出発の準備が進められる。その間も、断続的に発射音が響く。

「あれはなに?」

「偵察です。とりあえず撃って確かめているんです」

 深海棲艦が動き出したようだ。戦闘の気配に身震いする。

「何をしている。早くソリに乗れ」

 愛宕は漣に視線を送った。漣が悲しそうで申し訳なさそうに見返す。

 二人は新城の言葉に従った。

 

 


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