「木曾だ。お前に最高の勝利を与えてやる」
新しい艦娘、木曾は自己紹介にそんな事を言った。天龍とは反対の目に眼帯を着けた彼女は、天龍と同じく、美しさ、というよりもカッコいいという印象を持った。
白色の、セーラー服のような軍服に身を包んだ彼女の腰には立派な軍刀が下げられていた。どうやら、提督の元には近距離戦闘が得意な艦娘が集まるようだ。
「木曾、か……」
球磨型軽巡洋艦五番艦『木曾』。彼女の確認されている姉、姉妹艦は球磨、多摩、北上、大井。つまりは、彼女を除く球磨型軽巡洋艦は全て、他の鎮守府で確認、所属している。
姉妹艦は惹かれあう。電から初めて暁、響、雷が揃ったように、姉妹艦は同じ鎮守府に所属する事が殆ど。だというのに彼女はここに来た。それは謎だが、そんな事もあると割り切る。
球磨型軽巡洋艦は北上、大井が他の鎮守府で雷巡洋艦に改造、改二へと改造され、現在は球磨と多摩の改二装備が作られているという。つまりは、木曾も雷巡になる可能性がある、将来的にも頼もしい艦という事になる。
「どうかしたか?」
「いや、歓迎するよ、木曾。君みたいな猛者は大歓迎だ」
彼女は、過去、何度も戦場に赴き、その度に生還し、最後は解体されるまで戦い抜いた、まさしく歴戦の猛者。
そんな艦の魂を引き継いだ彼女が仲間になったのなら、これから先、心強い。いや、心強すぎる。例え、どんな状況だろうと、敵を殲滅して生還してみせる。そんな気迫すら感じるようだった。
「そういえば、姉さん達はいるのか?」
「あー……生憎だが、君の姉達は他の鎮守府にいるんだ」
「そうか……まぁいい。何時か会えるさ」
「こちらもその鎮守府には話をつけておこう」
「そうか。そりゃありがたい」
やはり、男の視点から見てもかっこよく見える。最初、暁から木曾を見つけたと聞いたときに姉達の資料を見て心構えていたが、杞憂に終わってホッとしている。
姉の情報を見ると、くまーとかにゃーとか鳴いたり、やる気皆無に見えたりクレイジーサイコレズだったりと、個性的にも程がある感じだったので、キソーとか言われたらどうしようかと構えていた。
木曾の言葉が強がっているのか本当にそう思ってこういう態度をとっているのかは分からないが、早めに彼女の姉妹のいる鎮守府、ラバルウ鎮守府の提督に話を早めに通す必要がある。
だが、その前にもやる事はある。今回の遠征についてだ。これは大本営に知らせなくてはならない。安全が確保された海域に深海凄艦がいたなんて大問題だ。
木曾に退室を促して龍田に空いている部屋に案内してもらうように言ってから提督は電話を掛ける。
かけるのは大本営。数コールに後、お偉いさんの一人に電話が繋がった。
「もしもし。こちらブインの者です」
『おぉ。どうかしたのかね?』
「こちらの遠征の途中に問題が発生しましたので至急報告をと思い。ぶしつけな電話で大変申し訳ない事この上ありませんが、海軍の信用にも関わる案件かと思われたので、電話をかけさせてもらいました」
『ふむ……相当な問題のようだな。いいぞ、話し給え』
許可をもらえた所で、提督は予め書類に纏めておいた今回の襲撃について話す。
今回の襲撃は本当に有り得ない、あってはならない事。この事件が民間船に起こった時の海軍の責任はすさまじく、さらに艦娘反対の運動だって強くなってしまう。
これを見かねて政府が艦娘運用禁止令でも発した場合は、日本は深海凄艦に対する自衛力を全て失う事となる。
ただでさえ、年端のいかない少女にしか見えないような艦娘を戦場に出しているんだ。政府ですら現状に顔を顰めているのに、今回の事件が民間船にまで飛び火したら日本は終わりだ。艦娘が多く、運用をしているのは日本だけなのに、禁止されたらアメリカですら日本を擁護しきれない
このような事を言外に含みつつ、提督が電話越しに伝えると、電話越しの反応の声はみるみる低くなっていった。
提督が異常ですと言葉を切ると、暫くは唸るような声が聞こえてきた。
『うぅむ……確かに、由々しき事態だ。人工島には労働者もいる。至急、他の鎮守府に近海の哨戒に当たらせよう。君も、既に制圧した海域の哨戒は怠らないようにしてくれ』
「はっ。かしこまりました」
『それと、これは後で知らせる事だったが……近いうちに全鎮守府による大規模作戦を実行する。君にはそれに参加してもらいたい』
「ですが、我が鎮守府にはそのような作戦に参加できる戦力は……」
今の戦力は駆逐艦と軽巡洋艦のみ。空母すら居ないのだから、大規模作戦に参加したところで足を引っ張るのみ。
『いや、もう少し先の事だ。建造をして艦娘を増やすといい。それと、君の鎮守府の艦娘……暁型の改二艤装は近々完成する。完成次第届けよう』
「本当ですか!!?ありがとうございます!!」
思わず声を荒げてしまい、すぐに小さな声で謝罪する。相手は笑っているが、これだけでも相手が不快に思ってしまったら立場が危うくなるところだった。
だが、暁型の改二装備というのは嬉しい。暁達の強化にもなるし、艦隊の強化にもつながる。
が、本来改二改装というのは過去の艦の装備を元に開発していくため、暁達の改二艤装というのは全く予想がつかなかった。
『では、大規模作戦については追って連絡する。艦娘に話すのは許可するが、市民には公開するな。こちらから時期を見て連絡する』
「かしこまりました」
あちらから電話が切ったのを確認してから電話を切る。
さて、大変な事となった。大規模作戦。過去に何度か行われた事があるが、その戦況はかなり激しく、最初は本土防衛戦。提督が提督になろうと決意したあの事件だったと聞いている。
深海凄艦の大規模進軍。その恐ろしさ、市民の犠牲を経験し、それから先の大規模作戦はこちらから攻め込むようにしたとも聞いている。
そんな大規模作戦に自分が参戦する。いや、詳しく言えば自分の艦隊、だが連合艦隊も組めない程では足を引っ張るだけ。せめて重巡と戦艦、空母が各一隻は欲しいところだ。
今すぐにでも建造に向かいたいが、先に提督は内線である艦娘を呼び出す。内線を繋げてから待つこと数分。控えめなノックと共にその子は入ってきた。
「司令官さん……まだ艤装の点検が終わってないのですが……」
呼び出したのは、目隠しで目を隠した少女、電だった。何時も通りに見えるが、その顔は若干青い。余程頭痛がキツいのだろう。雷もそんじょそこらの頭痛よりもさらに辛いと言っていたため、同情してしまう。
しかし、今は上司と部下の立場。電が足を揃えて立つのを見てから提督は本題に入る。
「駆逐艦『電』。君は本日より第一艦隊旗艦の任を解いて俺の秘書とサポートを主任務としてもらう」
「……それは」
「今までは顔見知りが同じ艦隊だったから小さないざこざ程度で済んだが、これからは新たな艦娘が来る。そうしたら、君の戦闘スタイルでは返って邪魔になる可能性がある。それに、頭痛。かなり悪化してるんじゃないか?」
「そ、そんな事……」
「毎日見てれば分かる。皆には隠し通せているが……日に日に顔色が青くなっているし、君の『眼』は最初に見た時よりも色濃く、鈍く光っている」
提督の言ったことは完全に出鱈目だったが、頭痛が酷くなっているの言うのは確信があった。
電は今まで死の線を断ち切る戦い方をしていたが、この間からは刺突を使うようになった。雷からの情報では、死の線しか見る事はできず、刺突するだけでは死の線には何も影響はないと。
それに、初めて電が刺突……というよりもナイフ投げを披露した時は余りの頭痛に倒れた。つまり、刺突をするのは相当眼を酷使し、その副作用で頭痛が酷くなると提督は考えた。
だからこそ、適当に出鱈目を言ってやったが、やはり頭痛は酷くなっていっているようで、電は何も言わなくなった。
これ以上電を出撃させたら、その頭痛が生命の危機を電に与えるかもしれない。だから、提督は電を出撃させるのを禁じた。
今では最初は電を警戒していた響も完全に電を妹だと再認識して時々甘やかしている。暁も雷も電と一緒に居るのが当たり前になって、毎日笑顔を浮かべている。
だから、あの笑顔を絶やさないために、彼は電の出撃を、木曾に空いた穴を塞いでもらう形で禁じる事にしたのだ。
「異論は?」
「……無いのです」
元々電は秘書艦だ。秘書の仕事をすることに関しては何にも異論はない。それに、出撃しない事についてもだ。電は、本来それを望んでいた。この眼を使わない日々を。
だが、どうしてだろうか。こう言い渡されてから、自分の生きがい。いや、使命を全て失ったかのような錯覚に陥る。
嬉しいはずなのに。こんな眼を使うことなく生きていけるのに。頭痛が悪化しないで済むのに。しかし、声色は段々と沈んでいく。
提督もそんな電を見てすまないと声を漏らす。
司令官さんは悪くない。これは望んでいたことだと言いたかったが、声は出なかった。かつて言外にそういったのは自分だと言いたかった。なのに、声は出なかった。
一旦部屋でゆっくりと考えてくれと心配そうな彼の声を聞いて電は退出した。
電は部屋に戻って考えた。戦わない艦娘に何の役割があるのだろうか。哲学めいた事を考えているうちに、電は夢の中へと落ちていった。
夢の中の電は、死の線の映らない綺麗な世界で、姉達と共に平和な海をゆっくりとゆっくりと、朝焼けの海を航海していた。いつか、こんな日が来るといいな。夢の中で漏らした声は現実には届かず。しかし、彼女は何時もと変わらない屈託のない笑みを浮かべる姉と自らの左薬指に嵌る銀色の輪っかを見ながら、その夢をただ、無邪気に楽しんだ。
仲間の笑顔を絶やしたくない提督と戦うごとに死に近づく電。どちらもエゴの押し付け合いで、譲らない。折れるのはどちらか。電の力は果たして戦わない事を許してくれるのか