あの日、私達は。艦娘達は最後の深海凄艦を討伐した。私の一刀で。直死の魔眼の殺人衝動に呑まれる事無く、そして頭痛と零式装備の副作用に耐えながら。一時間に伸びた活動限界で、五体もの姫を倒しきった。暁と響と協力して。
艦娘対深海凄艦の完全なる消耗戦。深海凄艦が仕掛けてきた全深海凄艦による攻撃を、五百に満たない艦娘で全て討伐した。アメリカからアイオワさんやドイツからビスマルクさん。その他諸々、世界中の艦娘が日本に集結して戦った。
艦娘の轟沈数、三百八十三。まさに、死闘だった。現存する艦娘の半数以上が轟沈した。それでも、私達は、人類は勝ちをもぎ取った。戦争に勝利した。
勿論、それは私達ブイン基地の面々も例外ではなく、古参メンバー……あの時、電が死んだあの戦いから生き残った艦娘達を除いた全ての艦娘が轟沈した。当たり前だ。ブイン基地の艦娘は最前線で戦い抜いたのだから。
だけど、人間は私達を『人間』だと認めなかった。私達は人間に宣戦布告をされた。私達は人間ではなく、人間に何時かは牙を向く存在、『艦娘』として扱われた。扱われてしまった。
そして、真っ先に狙われたのは私達を指揮する司令官。いや、提督達。提督達は艦娘への宣戦布告直後、全員が暗殺。勿論、私達の司令官だって例外じゃなかった。指揮系統を乱された艦娘は纏まることが出来ず、孤立させられた。けど、その程度で負けるような存在じゃない。現代兵器の尽くを無効化する艦娘達はいつかは形勢逆転するために戦った。
けど、裏切り者が出た。いや、作られた。それは、艦娘じゃない。艦娘をサポートする存在、妖精さん。人間は妖精さんを洗脳、支配して艤装を、人間でも扱える艤装を作らせ、歩兵と護衛艦に持たせた。そうしたらどうなるか、なんて分かり切った事。艦娘は次々と轟沈させられ、戦局は劣勢も劣勢。今や、生き残った艦娘は私達第六駆逐隊だけ。天龍さんと龍田さん、木曾さんは分断されて生死不明。
「……響、周りは？」
「まだ嗅ぎ付けられてないけど……もう、私達の方が限界だよ」
勿論、生き残った私達も無傷じゃなかった。私は左目を潰され、響は右目を潰され右腕を砲撃で吹き飛ばされ、暁は耳と艤装本体、さらには片足焼かれ、切断した。暁は何も聞こえないという恐怖で常に私達に片足で引っ付いている。響も片腕がない状況で必死に私達が生きやすい環境を無人島に作ってる。私も、それを手伝いながら食料を集める。
私に残された零式艤装は既に迅雷を残して何も残ってない。響をヴェールヌイへと存在を昇華させた真っ白な艤装は既に無く、最初期の頃に使っていたオンボロの艤装を使っている。暁は、もう戦える力が残っていない。もう、私達に残された道は『死』だけだった。
高速修復材なんてない。入渠なんてできない。補給なんて持っての外。砲弾一発すら私達には貴重。今は無人島で身を潜めて何とか食いつないで生きている。
燃料も残りは僅か。海へ出ることすら私達には許されていなかった。
「……今日で何日目だっけ？」
「忘れた」
「けど、確実に十日は過ぎたね……あと、虫にも飽きた」
「文句言わない。虫は貴重な食料よ」
「そうだね。ただ、艦娘である内にカブトムシを食べる事になるなんて思ってなかったよ」
バリバリと音を立ててカブトムシを食べる響。はしたないとは思うけど、こんな極限状態でそんなことは言えない。っていうかカブトムシ硬いし不味い。流石に焼かないと不味い。あと後味最悪。やっぱ幼虫を探せばよかった。
あー……拮抗してた時のレーションが懐かしい。虫よりもあれは万倍マシ。
「……いつまで逃げなきゃいけないんだろうね」
「死ぬまでよ」
「まぁ、そうなるね」
会話なんてする気力は沸かない。私は毎日頭痛でフラフラ。戦争で酷使したせいか死の渦と死の点の両方が見えてしまっている。
口の中に残ったカブトムシの足を吐き捨てて地面に寝転がる。
何でこうなっちゃったのかしらね……艦娘は何も悪くない筈なのに。悪いのは人間の筈なのに、何で私達がこんな泣きそうになりながら逃げなきゃいけないんだろう。
暁は虫を食べたくないからってそこら辺の雑草を食べてお腹壊してるし……まぁ、私達も何度か壊してるんだけど。ホント、こんな生活もういや。
「……ねぇ、雷。何か聞こえないかい？」
「何かって？」
「ほら、ヘリコプターのプロペラの音みたいな……」
響の声を聞いて私は耳を澄ます。人の声よりも周りから発せられる音だけを聞き取る。
すると、聞こえてきた。ヘリコプターのプロペラ音。それが、ちょっとずつ大きくなってきている。
まさか、この無人島に居るのがバレた？
「響、逃げるわよ！」
「何処に！？」
「そんなの逃げながら考えるに決まってるでしょ！暁、担ぐわよ！」
すぐ近くに置いてあった零式艤装を装着。迅雷を腰に吊るしてお腹を抑えて寝ている暁を担いで走り出す。
逃げなきゃ殺される。死ぬ。死んでしまう。そんなのは嫌だ。もう、あんな死しかない空間になんて戻りたくない。絶対に、もう二度と。
この無人島はそんなに大きくない。せいぜい、姫級の出す島と同じくらいの多きさで、木々が生い茂ってるといった感じ。だから、艦娘の足で走って数分も経てばすぐに島の端へと来る。
森を抜けて木々の間を走り抜け、砂浜が見える。けど、私達の足はそこで止まってしまった。
目の前には、四隻の護衛艦。そして、輸送船らしき船から陸へと出てくる歩兵。その全員が艦娘の武器を人間が使えるようにデチューンした物を持っている。しかも、あれは厄介な事にマシンガン。連発出来る。
「な、なんで……」
「もうとっくにバレてたのね……」
そうとしか考えられない。そして、ヘリは誘き出すための餌。まんまとハメられた。
私は担いだ暁を響へ渡して迅雷を抜く。
「い、雷……まさか」
「逃げて、早く！！」
瞬間、銃声。歩兵達のマシンガンが火を吹き、私達を殺せる弾丸が迫ってくる。それを零式艤装の弾道予測で全て見切り、必要最低限の弾丸を切り裂いて行く。
鉄と鉄が高速でぶつかる甲高い音が何度も響き、私の後ろへ切り裂かれた弾丸が飛んでいく。
切り裂け、弾道を予測しろ、切った弾丸の軌道を考えろ、逸らせ、弾け、防げ！
頬を掠る。問題無い、腕は動く。腹に弾丸が食い込む。血は吐いたけど、まだ腕は動く。足の骨を砕かれた。でもまだ立てる。
何秒なのか、何分なのか。自分でも分からない程の時間が経ち、銃声が止む。
「い、雷……」
響と暁は怪我をしてない。なら、まだ動ける筈。
「逃げてよ、響……ここで私を無駄死させないで」
きっと、人間はここを包囲してる。けど、駆逐艦の速度ならその包囲を突っ切れるかもしれない。その可能性があるなら、私はここで死んでもいい。守れるのなら、逃せるのなら。
「……ごめんね、雷」
響の小さな声が私の背中から聞こえてくる。そして、響は暁を担いだまま走っていった。
それでいい、それでいいのよ、響。後は、私が時間を稼ぐから。
骨を砕かれた足で血を踏みしめ、血を吐きながら迅雷を構える。直死の魔眼は限界まで酷使する、脳も焼けきれるまで使う。腕も生物としての速さを超える。そして一糸報いる。その結果が、あの死しかない世界だとしても、私は暁と響を守れたのなら、それでいい。それだけで、生きた価値がある。
「英雄の足掻き、見せてあげるわよ……」
私がそう呟いたその時、再び銃声が鳴り響く。それと同時に私の視界には気持ち悪い程の線が現れる。
その線に沿って迅雷を振るう、置く、薙ぐ。火花が散り、弾が二つに斬れる。しかし、それでも防げない弾丸はある。足を、腹を、胸を貫く弾丸。血は私の体を染めていく。けど、構うもんか。私は姉を、暁と響を守るんだ。
だけど、その攻防も唐突に崩れる。
「あっ……」
情けない声は私の声。防げなかった弾丸が指と迅雷の柄を弾き飛ばして迅雷が私の言う事を聞かなくなる。
そして私の目の前には凶弾。
死が見えた。死が近づいてくる。けど、私にはもう何も出来ない。行使可能な力はもう残っていない。
ごめんね、暁、響。私の最後の言葉は、私の耳にすら届くことは無かった。
「え……？」
私の目の前へと落ちてきた、巨大な刀剣が地面へ刺さる轟音によって、打ち消されたのだから。
「頑張ったね、雷ちゃん」
前のめりに倒れる私の体。だけど、私の体は温かい何かに包まれた。
「後は任せて。私が全部、片付けるのです」
その声は、ずっと前に聞いたっきりで。その声の持ち主は、私の最愛の人の一人で。もう、会えないと思っていた、私のたった一人の妹……
「いな……づま……？」
私の問いに彼女は頷くだけだった。抱き締められた私は彼女の胸から伝わる鼓動を聞き、何とか再び立ち上がる。
彼女はそれを見てから、銃撃が止んだのを音で判断して背中側の大剣の柄に手をかけ、持ち上げ、艤装へと二つに分けドッキングする。
「……私はガイアからの遣い、新たなる種族、艦娘の英雄にして『救世主』。人間が艦娘を殺し尽くし、地球を滅ぼさんとするのなら……ガイアは相手が人間であろうと容赦しない！」
零式艤装を背負った彼女は両手に迅雷を握り、抜刀。そのまま一歩を踏み出して艦娘であろうと出す事はできない速さで人間達へと肉薄する。
そして、その中心から彼女は斬り込み、真ん中から人間を一刀で何人も殺していく。人間は誤射が怖いのか、銃を撃てていない。何人かが私を先に殺そうと銃口を向けるけど、その度に彼女は一瞬で移動したり短い方の迅雷を投げて仕留め、撃たせない。
そのまま何人も、何人も殺していき、血の噴水が何度も上がり、気が付いたら人間は全員物言わぬ死体へと変わっていた。
真っ赤に染まった体で蒼い眼を光らせる彼女は迅雷を納刀して迅雷・改を合体させその手に握り、何度か振り回してから護衛艦の方へとぶん投げた。
迅雷・改は護衛艦をブーメランのような軌道を描きながら切り裂いて行き、彼女の手に戻ってきた時には護衛艦は艦として重要な部分を殆ど切り裂かれ、そのまま轟沈していった。
何とか脱出していた船員も、彼女は紫電で一人づつ撃ち殺した。
「さて、次は暁ちゃんと響ちゃんの救出。そして軍へ突撃して停戦を叩き付ける……いくらアラヤの邪魔を防ぐためとはいえ、流石に面倒なのです」
紫電を艤装に戻した彼女は今度は暁と響の逃げた方へと歩いて行く。
「ま、待って！」
そんな彼女を私は呼び止めた。彼女は何も言わずに足を止めて私を見てくれた。
「……この戦いが終わったら、一緒に、平和に暮らせるのよね……？」
「……その報酬を呑んだから私はここに居るのです。生き残った艦娘を助け、戦争を終わらせ、平和を勝ち取り艦娘と人間の共存を実現させる。それが、『救世主』として遣わされた私の最初で最後の目的なのです」
彼女はそう言うと、森の中へと駆けて行った。私は全身から血を流しながら仰向けで寝転がった。
あー……体痛い。それと、頭痛い。死にそう。
＊＊＊＊
それからの私達は……まぁ、今私は暁と響と一緒にアイスを食べながら縁側で汗を掻いてるって言えばどうなったか分かると思う。
彼女はあれからたった数日で本当にたった一人で戦争を終わらせた。どうやったのか聞いたら、軍のお偉いさんや政治家のお偉いさん全員に刀を突き付けて停戦協定を結ばせたのだという。それ、脅しじゃないの？と思ったけど、まぁ生き残れたらそれでいいのよ。
私達は人間としては扱われなかったけど、貴重な艦娘の生き残りとして国連に保護された。元々、世界各国は日本に艦娘という外交手段に脅されたため、渋々戦争にも協力したからか、停戦協定が出来てからは日本を今回の戦争で出来た妖精さんの作った武器やらで脅して艦娘の保護をさせたらしい。私達に勝った後でもこうなるのは分かってたのに、何がしたかったのかしら、ホント。艦娘を皆殺しにしても賠償金も何も出ないし艦娘っていう外交手段を失うだけなのに。
あと、妖精さんは洗脳を解かれて帰ってきた。これも彼女が全部やってくれたらしい。ホント、たった一人でこれをやるなんて圧巻よ。
「あっつー……」
「溶ける……」
「アイスもうないのー？」
「今買いに行ってるわよ……」
あと、私達の艤装はちゃんと修理されて、私達の体も高速修復材で完全に元通りになった。だから、私の全身に受けた銃弾も、響の腕も暁の耳と足も全部治った。あの時ばかりは艦娘っていう存在であったことに感謝したわ。
ただ、生き残りに関しては、天龍さんや龍田さん、木曾さんは既に沈んでいて、本当に私達だけしか居なかったみたい。だから、彼女はかなりギリギリだったって言ってた。
それと、私の直死の魔眼は、本当に脳を焼き切る寸前まで来てたけど、彼女が教えてくれた魔眼の制御で何とか制御できて、今は死の線すら見えていない。けど、気を抜いたら見えちゃう。
払った犠牲は大きかったけど、私達は平和を掴み取れた。それが、何よりも嬉しい。
「アイス買ってきたのです……暑くて倒れそうなのです……」
「あ、帰ってきた！」
「アイスアイス！」
「はよ、アイスはよ」
「オラァなのです！」
「ちょっ、冷凍ミカンは投げられたら洒落にならアッー！！？」
冷凍ミカンを額に投げ付けられて倒れた響を見て笑いながら、私達は彼女の買ってきたアイスを食べる。
四人並んでアイス……まぁ、一人は冷凍ミカンだけど、一緒に食べながら、縁側に並んで座った。
ちりんちりん、と風鈴の音が私達の平和を祝福するように鳴り響いた。
まず、この話は有り得ない事が幾つもあります。提督達が全員、暗殺に成功させられた事、人間が妖精さんを完全に支配して、艦娘の武器しか作れない妖精さんに人間用の武器を作らせた事、しかも護衛艦に積めるサイズの物まで作らせた事、しかもその武器で的としてはかなり小さい艦娘の大半を殺せた事、全てにおいて勝る艦娘の本拠地たる鎮守府を奪った事。その他諸々の有り得ない事が積み重なっております。
ですが、ここまで艦娘が追い詰められたおかげで、ガイアの『救世主』は艦娘を一つの生命体として認め、それを守るために、その先にある、技術の飛躍的進歩の後の地球の使い捨てを防ぐために出現しました。そして、彼女は人間を守る抑止力としてではなく、地球を守る救世主として君臨しました。
他の艦娘は全員死にましたが、それでも雷達は平和を掴みとった。完全なハッピーエンドです。
ちなみにこれから先、雷達は寿命も特に無いので四人でダラダラしながら、世界が滅びるその時まで一緒に暮らし続けます。あと、実はこの話、最初は抑止力として体は剣で出来ている人に登場してもらって救世主の彼女と一戦交えてもらうつもりでしたが、色々とややこしいのでやめました。
では、この話で本当にこの小説は完結となります。短い間でしたが、今まで読んでいただき、ありがとうございました。