魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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お待たせしました。

本作品も一周年を迎えました。
いつも感想や評価を頂き、本当にありがとうございます。
引き続き、これからもよろしくお願いします。

そして十文字克人の男気を見よ!


第45話 無情のインセンシティブ

本戦ミラージ・バットの第一ピリオドが終了した段階で、一高の小早川は三位に付けていた。

 

予選は四人で行われ、一位のみが決勝戦に勝ちあがれる。

 

その点で言えば前半を終えて三位というのは決勝が危ぶまれる順位だが、実際の得点差は四人が団子状態になっているため、まだ充分に一位を狙える範囲だ。

 

それでも、第一ピリオドでの小早川の動きが精彩に欠けていたのは否めない。

 

精彩に欠いた、というよりも慎重さが目立った結果だ。傍から見れば様子見しているように見えたかもしれない。

 

実際、小早川のことを知る生徒の多くは様子見だと感じ、更に小早川をよく知る者に至っては「らしくないな」と首を傾げていた。

 

確かに気分屋と評される小早川ならば、総合優勝が掛かったこの状況なら予選から一気に飛ばしてくる方が“らしい”と言えるだろう。

 

だが、こんな状況だからこそ、事情を知る小早川は流石に慎重にならざるを得ない。

 

何せ自分のCADに万全の信頼が置けないのだから。

 

事情を知っている幹部達もまたその思いは同様だった。

 

「第一ピリオドは大丈夫だったわね」

 

フィールド脇のスタッフ席で試合を見守っている真由美は安堵の溜め息を吐いた。

 

順位よりも無事に第一ピリオドが終了したことの安心感の方が大きい。

 

試合も大切だが、それ以上に選手の安全の方が遥かに大事だ。

 

「どうやら杞憂だったかな」

 

その真由美の隣に座っている摩利も同様であり、肩の力を抜く。

 

ちなみに真由美と摩利の前には達也と深雪が座っており、当然ながら先程二人が醸し出した甘ったるい空間に巻き込まれている。

 

その時は真由美がわざとらしく咳をすることで(司波兄妹以外にとっての)邪気を払い、事なきを得ている。

 

生徒会長はいつだって生徒達の代表なのだ。

 

閑話休題。

 

だが摩利は、その後輩が未だ険しい顔で競技場を見つめていることに気付き、安堵から一転して眉を顰める。

 

摩利が何かを言いかける前に、気配に気付いた真由美が後ろに振り返って声をあげた。

 

「十文字君?」

 

あがった声には幾分かの疑問も含まれていた。

 

その声につられて摩利、そして達也と深雪も振り返る。

 

モノリス・コードに出場しているはずの克人が、いつもと変わらぬ泰然たる様子でそこに佇んでいた。

 

「試合の方はいいのか?」

 

「問題ない、試合まで時間はある」

 

「確かに、そうでしょうけど……」

 

モノリス・コードの予選は一校が四試合を行う、総当たり戦ならぬ半当たり戦だ。

 

平均しても午前で二試合、午後で二試合というスケジュールであり、選手にとって試合の合間は大体休息に充てられる。

 

今の克人のように、モノリス・コードの会場から他の競技を見物に来る選手は滅多にいないだろう。

 

克人自身も“懸念”が無ければ、モノリス・コードの会場にいたはずだ。

 

だが実際にはその“懸念”が、一高の選手としても十師族の一員としても見過ごせない気掛かりがあるが故に、克人はこうしてミラージ・バットの会場まで足を運んでいた。

 

「様子はどうだ?」

 

主語も無い最小限の問い掛けだったが、四人全員に意味は通じていた。

 

答えようとした真由美に先んじて達也が口を開いた。

 

「第一ピリオドは問題ありませんでした。ただ……」

 

「お兄様、何か気になる点でもございましたか?」

 

一旦区切りをいれたタイミングで深雪が尋ねる。

 

その内容は、先程の達也の険しい顔を見ていた真由美と摩利が聞きたかったことでもあった。

 

「まだ相手の手口の全容が掴めていないからね。それに――」

 

達也は再び競技場の方へ視線を向けて、言葉を続けた。

 

「第一ピリオドでは使用しなかった起動式が幾つかある」

 

真由美も摩利も、驚きよりも呆れが先行したのは、それだけ達也に驚かされ続けた結果だろう。

 

「……達也君、小早川さんのCADは担当外でしょ。どうして起動式の種類を知っているの?」

 

「……今更な気もするが、君は試合中に使用された魔法を全部把握していたのか?」

 

「ミラージ・バットは自分の担当競技でもありますので、どの起動式がインストールされているか大体は推測できます。魔法自体も何が使われたのか委員長にもおわかりになられたかと思いますが。自分はそれを全て記憶していただけです」

 

「まあ、それはそうだが……」

 

釈然としないものを感じつつ、摩利も真由美もそれ以上の追求を避けた。

 

「勿論、自分の考え過ぎであればいいのですが……」

 

微妙な顔を浮かべる二人とは裏腹に、達也は苦い顔で首を横に振り、深雪はそんな達也を不安な色を瞳に浮かべて見つめる。

 

「ふむ」

 

そして、克人は腕を組んで競技場に視線を移した。

 

「七草、CADの点検では問題なかったと聞いたが?」

 

競技場、正確には選手達の控え室がある方角を見ながら克人は問い、真由美は五十里達からの報告をそのまま答えた。

 

()()()()()()に問題は無かったと聞いているわ」

 

「そうか」

 

克人がそう口にした時、第二ピリオドの開始を告げるアナウンスが流れる。

 

再び競技場に姿を現す選手達。その中にいる小早川。

 

克人は立ち去る気配を見せない。そのまま観戦していくつもりだ。

 

モノリス・コードの試合は大丈夫なのかと真由美は少しばかり心配になったが、あの克人が遅刻するような愚を犯すとは思えず、大丈夫なのだろうと割り切った。

 

 

 

もし克人が実は観戦後に自己加速魔法を掛けてモノリス・コードの会場に戻ろうと考えていることを知ったら、にこやかな(ただし目が笑っていない)笑みで戻ることを勧めたに違いない。

 

だが、克人の思惑など知る由もない真由美はそれを知る術など持たず。

 

 

 

それどころではなくなり、機会は永遠に訪れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

全員の目の前で悪意が形を持ち、最悪の結果をもたらす為に姿を現した。

 

 

 

第二ピリオドが始まり、第一ピリオドでの慎重さが嘘のように小早川は飛ばしていた。

 

第一ピリオドで全力を発揮できなかったため、現在の順位は三位。

 

一位までの得点差は然程離れていないが、このままでは予選の突破も危うい。

 

幸い第一ピリオドでは何の問題なくCADは動いていた。だから大丈夫だろう。

 

そう判断し、小早川は全力で勝ちを取りに行っていた。

 

無論、それは小早川だけではない。他の選手も同様だ。

 

だから光球の争奪戦はより激しさを増し、一つの光球を目掛けて二人以上の選手が『跳躍』することも、白熱した試合展開では当たり前のこと。

 

小早川はその当たり前に遭遇する。

 

『跳躍』で光球の下まで飛び上がり、寸前で他高の選手が先に優先権が与えられる一メートル圏内に到達する。

 

小早川はCADを操作して空中で静止する。

 

元々いた足場には既に別の選手が着地している。

 

よって小早川は戻るための魔法ではなく、空いている足場に移動するための魔法式を展開するため、再びCADを操作した。

 

 

 

パネル操作により、電気信号が入力される。

 

電気信号は感応石に出力されて起動式となり、魔法師の魔法演算領域に読み込まれる。

 

 

 

その電気信号が、弾けた。

 

 

 

いくらプログラム上に何の問題がなくとも、電気信号が届かなければ起動式に変換されることはない。

 

SB魔法『電子金蚕』。

 

それはソフトウェアではなくハードウェア、CADに組み込まれたプログラムではなく出力される電気信号を妨害する魔法。

 

符札や杖、魔法陣とは違い、CADは電気的な要素で動く。

 

 

 

故に、回路上の電気信号が無くなれば、魔法が発動しなくなるのは自明の理だった。

 

 

 

 

 

「危ない!!」

 

悲鳴をあげたのは、試合を観戦していた誰か。

 

まさか、と引き攣った顔で思わずCADに目をやる小早川の身体は、試合を見ている全員の目の前で重力に従って水面へと落ちていく。

 

「小早川!!」

 

摩利が立ち上がって叫ぶ。

 

その声に反応して、というわけでもないが、運営委員会から選出された立会人の動きも迅速だった。

 

元々こういった不測の事態に備えるための立会人だ。

 

咄嗟に落下を阻止するための減速魔法を展開するためCADを操作する。

 

だが、小早川の落下は止まらない。

 

今度は立会人の目が驚愕に見開かれる。

 

立会人の魔法は発動しなかった。

 

「何故?」という疑問は、すぐさま「まずい!」という焦燥に取って代わられた。

 

立会人の魔法は発動せず、小早川の落下を止めるものはない。

 

小早川は迫ってくる水面に両手で頭を庇い、強く目を瞑った。

 

そして、誰もが突発の事態に身体を硬直させて、小早川が水面に叩きつけられる光景を予想し、ただその時が来るのを見ているしか出来なかった――。

 

 

 

一部の例外を除いて。

 

 

 

幸いにも予想は外れてくれた。

 

水面に叩きつけられる、その直前。

 

水面まで三メートルを切ったところで小早川の身体は緩慢に減速を始めた。

 

身体に強い衝撃を与えない絶妙にコントロールされた減速。

 

そして、小早川が衝突ではなく着水と言えるレベルで水面に落ちたのを見届けて、各所から止まっていた呼吸を再開させる安堵の息が広がった。

 

真由美もまたその一人であり、心底安心した声で小早川を助けてくれた同級生の名を呼んだ。

 

「ありがとう、十文字君」

 

克人は汎用型CADを操作していた手を離し、真由美に対してただ頷くだけに留まった。

 

元より卓越した空間掌握能力を持っている十文字克人だ。

 

スタッフ席から競技場まで魔法を届かせることなど克人からすれば容易い。

 

試合中止の合図と同時に小早川が水面から顔を出し、大会運営委員が慌てて駆け寄って行くのを確認して、克人は踵を返した。

 

「どこへ行く気だ?」

 

「運営委員会の天幕だ」

 

摩利の問い掛けに、克人は背中を向けたまま答えた。

 

「立会人が魔法を発動させないなど重大な責任問題だ。俺が直接抗議に行く」

 

普段から感情を表に出さない克人は、この状況でも表面的には普段通りの声だった。

 

だが真由美も摩利も、達也と深雪も、克人の声に確かな怒りがあるのを感じていた。

 

だから、試合を控えているはずの克人が自ら抗議に赴くのだろう。

 

第一高校部活連会頭という立場だけでなく、十師族が一角、十文字家の次期当主という立場からも見過ごすことは出来ない問題であるが故に。

 

そして、

 

「司波、気をつけろ」

 

「はい。会頭も」

 

克人と達也。

 

二人の間で交わされたたった一言ずつの短い会話。

 

だが意思は誤ることなく疎通する。

 

達也はミラージ・バットのエンジニアとして。

 

克人はモノリス・コードの選手として。

 

明確となった悪意を前に、両者は互いの武運を祈り、それぞれの役目を果たすことを胸に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

露わになった悪意もあれば、ならなかった悪意もある。

 

今代の結代が切り離し、神隠しの主犯が攫っていった悪意。

 

ジェネレーター四体と幹部候補の男は、幻想の地にて悪縁と対峙していた――。

 

 

 

目の前に現れた結代雅季に、男は内心で大きく戸惑いながらも問い掛ける。

 

「ここは何処だ?」

 

「だから彼岸に近くて縁の無い者達が集う場所だって。ちなみに三途の川はあっちの方」

 

何処かを指さす雅季の声は、気がつけば先程の冷厳なものから通常の砕けた口調に戻っていた。

 

男もまた、一方的にとはいえ知っている者が現れたことで幾分かの平常心を取り戻す。

 

「ふざけるなよ。もう一度だけ言う、ここは何処だ?」

 

「無縁塚。ついでにここの妖怪はタチが悪いのが多いから気をつけた方がいいよ。――まあ、本当に“ついで”だけど」

 

「ガキが……」

 

苛立ちを隠さずに男は吐き捨て、雅季を睨みつける。

 

平常心を取り戻せば、自然と自分を取り戻す。

 

前世紀より世界有数にしてアジア最大の金融センターの名を博する大都市、香港。

 

その香港の黒社会を掌握し、世界にまで手を伸ばしている国際犯罪シンジゲート『無頭竜』。

 

逃亡を企てていたとはいえその無頭竜の、裏の世界に生きている人間であるという自覚が男にはある。

 

故に、男は躊躇わない。

 

「十四号」

 

嗜虐的に歪んだ笑みを浮かべて、男は軽く片手を上げる。

 

そして、ジェネレーターに命令を下した。

 

「奴の腕の骨を折れ。二本ともな」

 

使用者の命令に、十四号は動き出す。

 

命令が下されるや否や、十四号は即座に自己加速魔法を行使する。

 

次の瞬間、男の害意と悪意を忠実に形にするため、十四号は雅季に向かって駆け出した。

 

一回でも瞬きをすれば見逃してしまいそうな速度で十四号は雅季へと詰め寄り、強化された腕力で雅季の腕に手を伸ばし――。

 

 

 

伸ばした腕は、身体ごと雅季から“離された”。

 

 

 

吹き飛ばされた十四号が男の横を通り過ぎ、生じた風圧が男の髪を僅かに揺らす。

 

「な、に――?」

 

男から歪んだ笑みが消え失せた。

 

「せっかちだなぁ。短気も我、後悔も我だぞ?」

 

緊張感のない雅季の声をどこか遠くに感じながら、男は振り返る。

 

男が見ている前で、彼岸花を散らして地面を転がった十四号が即座に立ち上がるや再び雅季に向かって突貫する。

 

男の横を疾駆し前に出て、男の見ている前で、その足が止まった。

 

十四号が伸ばした腕も、踏み出した足も、目に見えない重圧に押し返されて、雅季に近付くことが出来ない。

 

その現象を、ただ「接近は困難」とだけ認識した十四号は、今度は腕に巻いたブレスレット形態の汎用型CADに手を伸ばす。

 

パネルを操作し、起動式を読み込む。

 

構築する魔法式は圧縮空気の弾丸、『空気弾(エアブリッド)』と名付けられた魔法だ。

 

数は二発、狙いは雅季の両腕。男の命令通りに雅季の両腕をへし折るためだ。

 

そこに一切の雑念も無く、『魔法発生装置(ジェネレーター)』の名に似付かわしいスムーズさで魔法が発動した。

 

空気の収束と加速、移動の工程を組んだ魔法式が構築され、イデア上の情報体(エイドス)を書き換え、事象として現実世界に反映される。

 

そうして出現した空気の砲弾が雅季へと向かって放たれた。

 

高速で飛来する二つの圧縮空気の砲弾は、だが雅季の下に届くこと叶わない。

 

 

 

魔法式が投写されたエイドス()()()()が、雅季から“離される”。

 

 

 

二発の『空気弾』は、一つは上空へと曲がって四散し、一つは地面に落ちて霧散する。

 

圧縮から開放された空気すら流れは反転し、雅季の方へは一切流れない。

 

魔法によって事象を改変するのではなく、事象そのものを離す。

 

それが『離れと分ちを操る程度の能力』。

 

魔法が届かなかったことを認識した十四号が再度『空気弾』を撃つも、結果は全て同じ。

 

放たれた『空気弾』は例外なく軌道を逸らされて霧散する。

 

それを見て、

 

「バカ、な……!」

 

有り得ないと、男は目を見開いた。

 

 

 

空気弾(エアブリッド)』の防御と言えば領域干渉により魔法式を打ち消すか、相手の魔法以上の干渉力で対抗魔法を仕掛けるか、物理障壁を展開するか、大まかに分ければこの何れかだろう。

 

それを、圧縮された空気をそのままに軌道だけを逸らすなど、出来るはずがないのだ。

 

他者が発動させた魔法に、更に別の人物が魔法式を付け加えることなど不可能。それが魔法の常識だ。

 

一つの対象に複数の魔法式が投写されたのなら、一高が会場入りする前に起きたバスの事故のように相克を起こすか、或いは最も強い干渉力を持った術者の魔法のみ発動するか。

 

もし、それがたとえばナイフのような物体だったのなら理解できた。

 

対象となる物体に軌道屈折術式を投写すれば、高い干渉力があれば軌道を逸らすことは十分に可能だ。

 

だが、それが『空気弾』となると話はガラリと変わる。

 

何故なら、その圧縮空気自体が魔法によって作られたものだからだ。

 

空気の収束率や速度などをそのままに、軌道と終着点のみを変更する。

 

それは、他者が発動した魔法式を部分的に改変することと同じ、有り得ない現象だ。

 

そう、魔法式は魔法式に作用しない、そのはずだというのに――。

 

その有り得ないはずの現象が、眼前に起きていた。

 

 

 

身体強化や魔法、あらゆる手段で雅季に襲いかかろうとする十四号。

 

十四号自身も繰り出された魔法も、その手段の一切合切を全て離しながら、雅季は言葉を紡ぐ。

 

「思考は在れど感情は無く、魂は在れど心は無く。それは生きる者としては何も無いのと同じ」

 

喜怒哀楽も意思も、自分を無くした者にとって良縁も奇縁も有りはしない。

 

「金の切れ目が縁の切れ目と言うけれど、縁の切れ目が福の切れ目さ。だから、貴方は生きていても決して幸福にはなり得ない」

 

たとえ結代だろうと、否、縁を司る天御社玉姫であっても、無いものを結ぶことは出来ない。

 

それを知るが故に、雅季は憐憫を込めて告げた。

 

「だから、来世での良縁を祈らせてもらうよ。“四人”とも、ね」

 

幸いここは無縁塚。そこには結代神社の無縁塚分社。

 

無縁なる者の縁を祈るのに、ここほど適した場所はないだろう――。

 

 

 

届かぬ攻撃を延々と続ける十四号を横目にして、男から言葉が漏れた。

 

「お前は、一体……!」

 

取り戻したはずの平常心が再び崩れ去り、強い警戒心と僅かな怖れを抱いて雅季を見遣る。

 

何者かと問われた雅季は、静かに哂い詠う。

 

妖しの、正体見たり、枯れ尾花、と――。

 

「悪縁を望んだんだ。結代なら、枯れ尾花と成って悪縁を結ばなきゃね」

 

「悪縁、だと?」

 

「そう、『結び離れ分つ結う代』なら、ね」

 

意味がわからない、理解できない。

 

雅季を見る男の目に、得体の知れないものを見る色が混ざる。

 

そして、それは――。

 

「知り合いの死神には話を通しておいたから。だから安心して――あの世へ向かうといい」

 

「――っ!?」

 

雅季の雰囲気がガラリと変わったことを機縁に、男の中に大きく広がった。

 

周囲全てが敵となったような、圧倒的な威圧感が男の全身を襲う。

 

「なん、だ、これは……!」

 

無意識に足が後ろへと下がる。その足も竦み震えている。

 

(恐れて、いるのか、俺が?)

 

黒社会に生きる身として、命のやり取りなど数え切れぬほど経験したし、かなりの場数を踏んできた自負もある。

 

その過程で人の悪意が如何に残酷かも、何度も見てきた。

 

対抗勢力との抗争、裏切り者の粛清、非協力的な者達への見せしめ。

 

そこにいるジェネレーターの“製造”過程もそうであるし、無頭竜が独占供給している『ソーサリー・ブースター』など残酷さの極みの一つだろう。

 

それでも、こんな思いは黒社会でも感じたことなどない。

 

人が人に向ける悪意とは、根本的に何かが違う。

 

目の前の相手は、一体何者だというのか。

 

目の前の相手は、()()()()()()()()()()()――?

 

慄く男の視線はただ雅季にのみ向かい、目を逸らすことが出来ない。

 

故に、男の背後で三つのスキマが開いたことに、男は気付かない。

 

冥界、西行寺幽々子とジェネレーター十五号。

 

地底、伊吹萃香とジェネレーター十六号。

 

太陽の畑、風見幽香とそしてジェネレーター十七号。そして、八雲紫。

 

三つのスキマの向こう側を見て、雅季は薄らと笑い、冷厳な口調で告げた。

 

「そこの何も無き者に命じるといい。今ならここにいない者達にも貴方の命令は届く。ほら、“皆”が待っているぞ」

 

雅季の言葉に、男は未だ命令に従って足掻いている十四号に視線を向ける。

 

それが合図、それ以上はもはや限界だった。

 

「こ……せ……」

 

歯を噛み締め、自身の怯懦を吹き飛ばすように。

 

男はあらん限りの声で命令した。

 

「そいつを殺せ、ジェネレーターッ!!」

 

 

 

ここにいないはずの使用者の命令を、十五号、十六号、十七号は確かに聞いた。

 

聞いた以上、出来ないこと以外は受諾するのがジェネレーターだ。

 

故に。

 

冥界の十五号は西行寺幽々子へ。

 

地底の十六号は伊吹萃香へ。

 

太陽の畑の十七号は風見幽香へ。

 

目の前の相手に向かって、自身から湧き出たものではない空虚な殺意を以て、行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

――殺せ。

 

命令を受けた十七号は、手始めに背後にいる紫ではなく、眼前にいる幽香に向かって命令を実行した。

 

十七号は高速型として製造され、その速度は化学的に強化されており人間の許容可能な反応レベルを軽く上回る。

 

人間の限界を超えた自己加速魔法で十七号は幽香へと肉薄し、彼女を引き裂かんと腕を振り下ろす。

 

幽香はそれを、いつの間にか畳んでいた日傘で受け止めた。

 

ジェネレーターの強化された速度や筋力をものともせず、幽香はその場から一歩も動かない。

 

そのまま幽香は目を細めて十七号の向こう側、つまり紫を見遣る。

 

「随分な粗品ね。躾がなっていないわよ」

 

「躾た覚えがありませんもの」

 

「あ、そう。ならいいわ」

 

呆れ声と共に幽香は日傘を振り抜く。

 

力づくで日傘ごと押し込もうとしていた十七号は、それ以上の力であっさりと身体ごと弾かれた。

 

後ろへと弾き飛ばされた十七号は着地するや、機械仕掛けの獣のように即座に再び幽香へ襲いかかった。

 

もう一度振り下ろされる腕は、だが今度は空を切る。

 

攻撃を躱された十七号が左右を見回す。だが幽香の姿は見えない。

 

そんな十七号へ、上から声が掛けられる。

 

「そんなに地面に還りたいというのなら――」

 

十七号が首を上げる。

 

そこに漸く、空中で静止したまま十七号を見下ろす幽香の姿を見つけた。

 

幽香は冷たい視線で十七号を見据え、日傘の先端を相手に向ける。

 

途端、咲き誇っている向日葵達が一斉に十七号の方へ向いた。

 

「這い蹲りながら花の下に散りなさい」

 

――花符『幻想郷の開花』。

 

スペルの宣告と共に、弾幕が空から降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

――殺せ。

 

命令を受諾した十六号は、岩場の上にいる萃香に向かって跳躍した。

 

十六号のスタンスは近接戦闘型。より正確に言えばマーシャル・マジック・アーツが十六号の戦闘スタイルだ。

 

それは、十六号が『ジェネレーター』になる前の魔法師の戦闘スタイルそのものだった。

 

意思と感情を代償に手に入れた強さ。だが十六号がそれを自覚することは最早無いだろう。

 

岩場よりも高く跳んだ十六号は、岩場の上に仁王立ちしている萃香を無表情に見下ろす。

 

十六号が空中の静止点にたどり着いた瞬間、移動系・加速系魔法を展開。萃香に向かって飛び出す。

 

一切の淀みがない、だが流れるようにとは何かが違う動き。

 

例えるならば身体の動きも魔法の行使も、一つ一つのロジックを実行していく機械のような動きだ。

 

だからこそ、十六号は無駄なく完璧に動作する。

 

そうして速度の勢いに加えて、更に加重系魔法で威力を倍増させた蹴りが萃香に繰り出された。

 

岩すら砕きそうな、否、確実に砕けるだろうそんな重い一撃を、

 

「ほれ」

 

萃香はあっさりと片手で受け止めるや、そのままその足を掴むと十六号を地面に投げつけた。

 

無茶苦茶な体勢ながらも十六号は空中で姿勢を整え、四肢を付いて着地した。

 

「おー、よく着地できたねぇ。まるで猫みたいだったよ」

 

瓢箪の酒を呑みながら萃香は十六号を褒めると、岩場から飛び降りて十六号の前に立った。

 

「それじゃあやろうか、鬼との力比べ。あんたじゃあ鬼退治は出来そうにないけど、せめて酔い醒めはさせないでおくれよ」

 

――符の壱『投擲の天岩戸』。

 

駆け出した十六号に向かって、萃香は萃めた岩を投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

――殺せ。

 

どこからか聞こえてきた男の命令に、十五号は腕に巻いたブレスレット形態の汎用型CADに手を伸ばした。

 

十五号は魔法型として製造され、魔法による攻撃を主体としている。

 

その為、攻撃は当然の如く魔法によるものだ。

 

CADから起動式を読み取り、気圧差を生じさせて相手を切り裂く『鎌鼬』の魔法式を構築する。

 

目の前でCADを操作する十五号を前に、幽々子は楽しげにそれを見つめながら扇子を取り出した。

 

そうして出現した真空の刃が幽々子に襲いかかった。

 

鎌鼬は虚空を切り裂いて幽々子へと迫り、舞い飛ぶ蝶達は真空の刃をひらりと躱す。

 

そして、扇子を広げた幽々子もまた蝶達と同じく、どこまでも幽雅に舞うように身を翻して鎌鼬を躱した。

 

「それは掛けているのかしら? 蝶も風も舞うものだって」

 

そう口にした幽々子に対し、十五号は黙したまま魔法で返答した。

 

無造作にばらまかれた鎌鼬の群れを前に、

 

「せっかちねぇ。せっかく無心なんだから、もう少し雅になればいいのに」

 

ふわりと、幽々子の身体が宙に浮いた。

 

空を飛んで鎌鼬を避けた幽々子は十五号を見下ろし、微笑んだ。

 

「だから、あともう少しだけ死んでみましょう」

 

――亡郷『亡我郷』。

 

冥界に在る無数の霊体が、弾幕として十五号に襲いかかった。

 

 

 




桜舞い散る季節が好きな作者です。
長らくお待たせして申し訳ないです。しかもあまり話が進まなかったという(汗)
早く次話を更新したいなー。だから時間を下さい(涙)

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