魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

50 / 62
大変お待たせしました。
色々と内容が詰まっています。

そして次話かその次あたりで九校戦編は終了です。
およそ一年間、長かった……(汗)


第48話 アンノウン・ファクター

日が暮れ始め、それから間もなく夜がやって来る。

 

夜の訪れと共に九校戦の会場にてミラージ・バットの決勝戦が始まった。

 

そのミラージ・バットは今までとは異なる競技内容を見せていた。

 

跳躍するのではなく、空を飛び回って光球を叩いていく選手達。

 

空を舞う六人の少女に観客は元より、関係者達の目も釘付けとなる。夢中と言い換えても良い。

 

そんな中、夢中にまでは至らない二人分の視線があった。

 

「あれが飛行魔法か。あれなら弾幕勝負も出来そうだな」

 

試合を見ながら独り言のように言った少年。

 

その隣にいる少女もまた口を開いた。

 

「でも弾幕を避けられそうなのは、あの中では一人だけね」

 

「違いない」

 

ミラージ・バットの競技場を()()()()()会話する二人。

 

夜空に浮かんで観戦する結代雅季と八雲紫の視線は唯一人、司波深雪に向けられていた。

 

飛行魔法で空を駆け、二位以下を大きく引き離してポイントを稼いでいく深雪。

 

その姿は、ともすれば――。

 

「それはそれは、まるで美しく舞い踊る天女のようで」

 

唐突に紫が言った。

 

「それはそれは、まるで幻想的なほど美しく」

 

「故に幻想となる、とか言って神隠しはダメですから」

 

「あら、残念」

 

紫は雅季に見抜かれた悪戯に、全く残念そうには感じられない口調で言った。

 

とはいえ、本当にやられたなら悪戯や冗談では済まないところが多いだろう。

 

司波深雪の幻想入りなど。

 

「そう睨まなくても、あの兄妹の縁を弄ぶようなことはしませんわ」

 

「……まあ、そういうことにしておきますか。胡散臭いけど」

 

やれやれと肩を落とす雅季は、再び深雪に視線を移す。

 

選手の一人が空中で体勢を崩し、ゆっくりと足場へ戻っていく。おそらく想子(サイオン)の枯渇だろう。

 

他の選手にも飛行魔法という魔法の連続行使による疲労や、深雪に追いつけない焦燥が見て取れる。

 

その中で唯一、深雪だけは伸び伸びと優雅に空を泳ぎ、光球を叩いていく。

 

元々の美貌に加えてミラージ・バットのコスチュームに飛行魔法だ。

 

確かに紫の言う通り、幻想的な美しさを醸し出している。

 

そんな深雪を見詰めながら、

 

「まあ、絵にはなるけど――」

 

雅季は半ば意識せずに呟いた。

 

「俺はもう少し、自由奔放な方が好きだな」

 

その言葉が耳に届いた時、紫はそっと口元を緩ませる。

 

そして、横目で雅季を見遣る。

 

雅季が心に誰を浮かべながらその言葉を紡いだのか、考えるまでも無かった。

 

 

 

やがて、第三ピリオドの終了を告げる合図が鳴り響いた。

 

結末は、試合中から誰もが想像した通りだ。

 

本戦ミラージ・バットはそのまま深雪の優勝で幕を閉じる。

 

その時には、雅季と紫の姿は既に空から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

ダグラス=黄は急速に意識を覚醒させる。

 

「……う」

 

上体を起こす。どうやら円卓に突っ伏して寝ていたらしい。

 

(……寝ていた?)

 

その事実に疑問を覚えたのと同時に、他の幹部達も目を覚まして身体を起こした。

 

「いったい、何が……」

 

状況がいまいち掴めず、誰もが顔を見合わせる。

 

そして、唐突に全てを思い出した。

 

「そうだ! 試合はどうなっている!?」

 

「いま何時だ!?」

 

「部屋の外へは出られるのか!?」

 

一人が席から飛び上がるように立ち上がり、扉へと駆け出して勢いよくドアを開く。

 

ドアの向こうは、見慣れた廊下だった。

 

「夢、だったとでも言うのか……?」

 

廊下を見詰めながら、彼は呟く。

 

(そもそもいつの間に、いや何故眠っていたのだ?)

 

思い浮かんだ疑問に答えは無く、

 

「そんな、バカな……!」

 

愕然とした、絶望を滲ませた声が部屋の中から聞こえてきた。

 

その声を発した幹部の一人は、端末で九校戦の情報を見て絶句した。

 

ミラージ・バットは、一高の司波深雪の優勝でとっくに終わっていたのだから。

 

それは、あまりにも大きすぎる、致命的な時間の浪費だった。

 

「何故、誰も連絡に来なかったのだ!?」

 

振り上げた拳で、力の限り円卓を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

軍用ホテルの高級士官用の客室。

 

そこで風間玄信と九島烈は非公式な会談の場を設けていた。

 

最初の話題は達也や四葉に関することだったが、途中からラグナレック、更に呉智の件に移っていた。

 

「君の部隊でも、彼に手痛くやられたらしいな。ああ、咎めている訳ではないよ」

 

退役したとはいえ嘗ての階級は上である九島に風間は謝意を示そうとするが、九島は笑ってそれを手で制す。

 

既に九島が来室してからそれなりの時間が経過しているが、テーブルの上には従卒が運んできたコーヒーが手付かずのまま残っている。

 

「実弾装備であれば、いえ、もし水無瀬の狙いが我々であったのなら、独立魔装大隊は全滅していたでしょう」

 

「だが実際には見逃され、更には司波達也への関与を否定したと」

 

ふむ、と九島は考え込む。

 

疑問は大別して二つ。

 

バートン・ハウエルは何故九校戦の会場に呉智を寄越したのか。

 

呉智はどうして司波達也への関与を否定したのか。

 

重要度は前者の方が俄然と高いが、九島個人として後者も気になる。

 

「閣下」

 

風間は前者については憶測が、後者については少しばかり心当たりがあった。

 

「バートン・ハウエルの狙いについては引き続き調査を続けております。これは確証のない憶測に過ぎませんが、今回の無頭竜の件に関与しているのではないか、それが我々の見解です」

 

「つまり、九校戦を使ったトトカルチョにラグナレックも参加していると? ふむ、有り得る話ではあるな」

 

現状では否定する根拠も無く、九島は納得する。

 

風間は続ける。

 

「水無瀬呉智については……三年前に共に戦った戦友として、些か心当たりがあります」

 

言葉に出すと同時に、思い出される三年前の光景。

 

 

 

――お前も兄なら、ちゃんと妹を護れ……!!

 

 

 

沖縄で見せた水無瀬呉智の激情の発露。その切っ掛けとなった出来事。

 

今回もそうだ。

 

切っ掛けとなるのは、常にあの二人が絡んだ時。

 

「水無瀬呉智はあの二人に、いえ――司波深雪に、誰かを重ね合わせております」

 

風間の言葉を聞いた九島の反応は無言だった。

 

「閣下。水無瀬家の事情は、おそらく閣下の方が詳しいはずです」

 

理由はお分かりでしょうが、とは口に出さず視線で訴える。

 

流石にラグナレックでの戦歴までは不明だが、風間は三年前の沖縄防衛戦の後に水無瀬呉智の経歴を調査し、ある程度は知っている。

 

だが、水無瀬という一族そのものの事情については、風間より九島の方が知っているはずだ。

 

九島は風間の視線からそれを理解しつつ、否定しなかった。

 

 

 

水無瀬家が一族総出でラグナレックに身を置いた理由については、昔から様々な憶測が飛び交っている。

 

当時の水無瀬家は日本国内で孤立していた。

 

朝敵として扱われた歴史的背景に根付いた他流派との確執。

 

更に一般には知られていないが、水無瀬家の一部が百年前の『あの事件』に加担していたという事実もあり、日本政府や当局からは未だ警戒と監視を受けていた。

 

そういった要因が重なって日本に居られなくなったのではないか、多くの魔法師はそう考えている。

 

だが当事者、或いは風間のような当事者達と関係を持つ一部の者は、他流派や日本政府との確執の他に別の大きな要因もあったことを知っている。

 

『合理化し再体系化した古式魔法を現代魔法として実装した魔法師の開発』という研究テーマを以て設立された第九研究所。

 

そして、『精神干渉魔法を利用した精神改造による魔法能力の付与・向上』という研究テーマの下に設立された第四研究所。

 

この二つの研究所が水無瀬家の身柄を狙い、拉致同然に連れ去ろうと画策していたことを。

 

 

 

「……その通りだ」

 

長い沈黙の後、九島は小さな声で告げた。

 

「当時の魔法師の研究には国家防衛の大義名分があり、様々な無茶を押し通してきた。政府からも不穏分子扱いされていた水無瀬家は、第九研にとっても第四研にとっても格好の“生贄”に見えただろう」

 

第九研にとっては、幻術の大家として。

 

第四研にとっては、精神に直接幻覚を与える術式を持つ一族として。

 

二つの研究所にとって水無瀬家は貴重な人材だった。

 

だが結局、策謀は実行に移されることなく、未遂のまま終わる。

 

水無瀬家は幻術で姿を晦まし、情報機関が所在を把握した時には既に日本国内にはおらず、ラグナレックに身を置いていたのだ。

 

当時のラグナレックは乱立する民間軍事会社(PMC)(名目上は民間警備会社(PSC))の一つであり、弱小勢力であった。

 

だが水無瀬家を含めて魔法師を主力とするラグナレックの戦力は、瞬く間に世界にその名を轟かせた。

 

それ以来、世界に轟かせた武威がそのまま水無瀬家の後ろ盾となり、国家ですらおいそれと手出し出来ない地位を築き上げた。

 

何せ水無瀬家はラグナレック創設メンバーに名を連ね、多大な貢献を果たした幹部の一席だ。

 

下手な手出しは、中小国家なら比喩なく真正面から粉砕できる戦力を保有するラグナレックの介入と報復を呼び込む原因になりかねない。

 

ただし、その代償として水無瀬家は事情を知らぬ者達からは白眼視され、何より水無瀬家も呉智ただ一人を残すのみとなってしまったが。

 

そう、今では水無瀬呉智、ただ一人しか水無瀬家の者はいない。

 

だが、以前にはいたのだ、呉智にも親が。そして――。

 

「水無瀬呉智には、唯一の肉親として妹がいた」

 

九島が明かした事実に、風間は驚きよりもやはりという感情の方が勝った。

 

司波兄妹への態度から予想できたことだ。

 

だが次の事実には、風間も首を傾げた。

 

「その妹は、忽然と姿を消したそうだ」

 

「姿を消した、とは?」

 

「そのままの意味だ。元々、その妹は滅多に表には出なかったので情報は少なく、ただ病弱だったのではないかという噂だけは聞いていた」

 

表には出なかった、だからこそ監視していた者達も気付くのが遅れた。

 

水無瀬家の屋敷から、いつの間にかその妹がいなくなっていることに。

 

「それ以来、行方不明となっている。そして水無瀬がラグナレックに正式に加名したのはそれからすぐだ」

 

呉智が居なくなった後の屋敷を密かに調査したが、見つかったのは山積みにされた古書。

 

本の内容も調査したが、水無瀬家の歴史や伝承に関する本が圧倒的に多く、反対に水無瀬家の術式に関する本は一切見つからなかった。

 

そして、もしかしたら亡くなったのでは、そう思われた呉智の妹の墓もまた、何処にも無かった。

 

「唯一の肉親であった妹を失った水無瀬が何を思ったのかはわからん。だがそれがラグナレックに加入する切っ掛けだったのは間違いないだろう」

 

「では、水無瀬が司波深雪に重ね合わせていた人物は、その妹だと?」

 

「こればかりは本人に聞いてみなくてはわからないだろうが、少なくとも私はそう考えている」

 

語り終えた九島は、少しだけ表情に陰が見えた。

 

九島の事情を知っている風間は、無理もないことだと思った。

 

呉智の妹が病弱だったのだとすれば、それは九島にとっては他人事ではないのだから。

 

九島は一息吐くとコーヒーカップを手にとって口を付けるが、すぐに眉を顰める。

 

風間も飲んでみたが成る程、中途半端にぬるくなったコーヒーだ。あまり美味しくはない。

 

風間は部屋の外に待機している従卒を呼ぶと、コーヒーのお代わりを持ってこさせた。

 

従卒が新しいコーヒーを用意し、それをテーブルの上に置いて再び退室するまで、両者の間に沈黙が訪れる。

 

従卒が退室した後、

 

「少し、別の話になるかもしれんが」

 

沈黙を破って九島が再び口を開いた。

 

「結代家についてだ」

 

風間にとってはやや唐突な話題転換に思えて、礼儀上表には出さないが内心で怪訝な目を向けた。

 

それを知ってか知らずか、九島は続けた。

 

「私は、やはり結代家は魔法師コミュニティーに属するべきだと考える」

 

「ですが、彼等は――」

 

「本職は宮司だから、とはもう言っていられないだろう。彼等自身を守るためにも」

 

風間の言葉を遮って、九島は告げる。

 

「水無瀬家の妹は消えた。そして“彼女”も同じだ」

 

「彼女?」

 

「東風谷早苗、彼女は何処へ消えた?」

 

その問いに対する答えを、風間は持っていなかった。

 

その名前の人物のことを知らないからではない。

 

噂程度にだが知っている人物であり――噂を知っていたからこそ、情報部に掛け合って捜索したが見つからなかったという事実があるからだ。

 

「消えた東風谷家に対して結代家が危機感を持っていないはずがない。あのテロの後、東風谷早苗の後見人を務めたのは他ならぬ結代家なのだから」

 

 

 

東風谷早苗の両親を奪ったテロの後、早苗の後見人を務めたのは結代道之(ゆうしろみちゆき)

 

結代百秋の弟、つまり雅季にとっては叔父にあたり、信州地方にある結代神社の神事や管理を担当している人物だ。

 

元々結代家と東風谷家は昔から付き合いが多く、更に早苗とは顔見知りの知人であるということもあり、後見人は結代道之ということであっさりと決まったという。

 

とはいえ道之は時折様子を見に行く程度で、進路の相談はともかく早苗の生活に干渉することは殆ど無かったとか。

 

一部だが周囲では無関心過ぎるとの懸念や、更には薄情だとの陰口もあった。

 

だが、実のところそれは結代道之、いや結代家にとっては当然だった。

 

両親を亡くしたとはいえ、早苗は孤独とは程遠かった。

 

たとえ周りには見えなくても、早苗には神様が二柱も付いていたのだから。

 

軍神でもある山神に祟り神という、しかも何気なく過保護な二人の神様が。

 

おかげで複数の縁談話が舞い込んできた時、道之は先方と神奈子達の間に立たざるを得ず、板挟みになってかなり苦労したのだが、それを知る者は本当に少ない。

 

閑話休題。

 

 

 

東風谷早苗は誰にでも使えるものではなかったが飛行魔法を披露したことで、魔法師達の間だけでなく一般人の間でも一時的に有名になった少女だ。

 

それだけではない、東風谷家には昔からある噂が立っていた。

 

風間と九島もその噂は聞き及んでおり、故に東風谷早苗の失踪は噂を知る者達にとって無視出来るものではなかった。

 

だが警察に手を回し、密かに情報部を動かし、古式魔法の流派を当たり、更に九島烈の名前で四葉を含めた二十八家に探りを入れても、東風谷早苗の行方は掴めなかった。

 

少なくとも国内の勢力が早苗を連れ去った可能性は低く、同時に国内にはいない可能性が高かった。

 

それの意味することは、つまり……。

 

「閣下は結代家を魔法師コミュニティーに入れることで、結代家を保護したいと?」

 

「彼等は拒むがね。或いは魔法師コミュニティーの存在意義を勘違いしているかもしれんが……否定は出来んな」

 

魔法師は兵器。

 

そういった風潮、いや常識が一時あったことは事実なのだから。

 

「賢者は歴史に学び、愚者は経験から学ぶ。ならば経験から学べなかった者は愚者以下だ。『東風谷の悲劇』を、これ以上繰り返す訳にはいかないだろう」

 

九島の言葉に、風間は頷くことも首を横に振ることもしなかった。

 

再び沈黙が部屋を包み込む。

 

二人は無言のまま、内心でそれぞれ何かを考え込んでいるようだった。

 

その沈黙を破ったのは、風間の方だった。

 

「閣下、一つだけ伺っても宜しいでしょうか?」

 

「何かね?」

 

「水無瀬呉智の妹の名前は、何というのでしょうか?」

 

風間の問いに、九島は答えを口にしようとする。

 

だがその前にと、九島はテーブルに置かれたコーヒーに手を伸ばし――。

 

その行為が、風間の問いに対する答えを奪い去った。

 

 

 

九島に鋭い眼光が走った。

 

風間は一瞬驚き、反射的に九島の強い視線の先を追う。

 

そして、風間にも鋭い光が目に灯った。

 

 

 

 

 

時は少し遡る――。

 

 

 

 

 

富士から東京方面へ向かう高速道路を走る一台の車両。

 

乗っているのは独立魔装大隊所属の藤林響子と達也の二人だ。

 

「ではジェネレーターは結局見つかっていないのですか?」

 

「ええ、会場にいた無頭竜のメンバーも所在は把握していないそうよ。これから向かう先にいる人達も同様に、ね」

 

「何者でしょうか?」

 

自然と小声になった達也の呟きに、藤林も少し固くなった口調で答える。

 

「私達にも気付かれずに、四体のジェネレーターを連れ去ることが出来る人物もしくは勢力となれば、自ずと候補は限られてくる」

 

「……水無瀬、呉智」

 

或いは、ラグナレック。

 

達也の推測に、藤林は同意の頷きを示した。

 

「状況からの推測では、ラグナレックは今回の賭けに参加している。そして、ラグナレックが優勝に賭けた高校は――」

 

「第一高校。だから一高を襲おうとしたジェネレーターは邪魔だったと」

 

藤林の言葉を遮って、達也もまた魔装大隊と同じ結論に至った。

 

ここに来るまでの途中で、達也は独立魔装大隊と呉智の接触と交戦、その結末も聞かされている。

 

呉智の証言によって、完全にとはいかないまでも達也を取り巻いていた状況が改善されたことも。

 

達也としては話を聞いたとき、魔装大隊と呉智が交戦していたこと、そもそも呉智が九校戦の会場にいたこと、二重の意味で驚きを禁じ得なかった。

 

(また借りが出来たか)

 

三年前の沖縄、そして今回。

 

達也も深雪も、呉智には多くの借りがある。

 

それを返せる時が来るのかは、達也の『眼』をもってしてもわからない。

 

(……だが)

 

借りの云々は棚上げしておいて、達也は小さな引っかかりを覚えていた。

 

(本当に一高への妨害を阻止しようとしているのなら、中途半端な対応だ)

 

やったことと言えば、無頭竜の関係者数名とジェネレーター四体を失踪させたことのみ。

 

ジェネレーターについては納得できるが、他の妨害工作は殆どノータッチだ。

 

中途半端というより、本当に妨害阻止が目的だったのだろうか。

 

(或いはジェネレーター自体が目的だったのか? だがブランシュの時は簡単に使い捨てている。なら狙いは、いや……)

 

達也は無意識に首を横に振った。

 

この時、ふと脳裏を過ぎったのは、会場へ向かう時に発生したバスの事故だった。

 

――もしくは、根本から間違っているのではないだろうか。

 

――自分達の知らない要因が、そこにあるのではないだろうか。

 

――あのバスの衝突を防いだ、正体不明の“力”のように。

 

思考に没頭していく達也を、

 

「ちょっと拙いわね」

 

藤林の少し焦った様子の声が、現実に引き戻した。

 

達也が藤林の方を見ると、藤林は片手で通信端末を操作しているところだった。

 

助手席からの視線に気付いた藤林は達也に告げた。。

 

「ターゲット、無頭竜の幹部達が埠頭へ向かっているわ。このままだと間に合うかどうか……」

 

「現地には誰も配備されていないのですか?」

 

「負傷者続出の上に予想外の事態が重なって人手不足なのよ。――仕方ない、飛ばすわよ」

 

藤林は車内のスイッチを操作し交通管制システムをオフにして、自らハンドルを握った。

 

 

 

 

 

 

 

無頭竜の幹部達は専用の高級車で埠頭に辿り着くなり、高級車を乗り捨てるように飛び出し、岸壁へと走った。

 

やがて、湾内の穏やかな波に揺られながらも係船柱(ボラード)にロープを巻きつけて岸壁に停泊しているクルーザーが彼等の視界に入った。

 

幹部の一人、ジェームス=朱が個人所有しているクルーザーだ。

 

「急げよ」

 

「わかっている!」

 

背後から急かされながら、ジェームスは操舵室に乗り込んだ。

 

ディーゼル機関ではなく電磁力(ローレンツ力)を利用した超電導電磁推進船、通称フレミング推進を採用しているこのクルーザーは最大速度で百ノット。

 

沖合のタンカーまで短時間で航行することが可能だ。

 

ともかく、クルーザーに乗り込めたことで幹部達はようやく一息吐けたといった様子だった。

 

実際、連絡に来なかった部下達を激しく叱責することで目を誤魔化し、極秘帳簿から貴金属、札束など手当たり次第に鞄に詰め込んで飛び出してきたのだ。

 

夏の夜なだけに気温は高く、走ってきた幹部達は誰もが息を切らして汗をかいている。

 

「もう少し時間があれば、もっと資金を用意出来たのだが……」

 

船内のソファに座って落ち着きを取り戻したことで、自然と口が開き始める。

 

「仕方あるまい。あそこには香港本部の意図を組んだ者もいるかもしれん、いや間違いなくいただろう」

 

「一足遅ければ、拘束されて粛清を待つ身の上だったかもしれん」

 

「だが、結局あの現象は何だったのだ? 夢だとしても、全員が同じ夢を見るものか?」

 

「そもそも、いつの間に我々は眠らされていたのだ?」

 

「おそらく魔法なのだろうが……本部が寄越した術者の仕業、とは考えにくいか」

 

「こうして逃げ出せたことを思えば、その線は薄いだろう」

 

「まあいい、それは後からでも考えられる。ともかく今は、早くこの国から立ち去ることだ」

 

「違いない。ジェームス、まだか?」

 

一人が操舵室にいるジェームスに声を掛ける。

 

 

 

彼等の会話は、スキマの向こうにまで届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「逃げ足速いなぁ」

 

横浜の空からスキマの向こう側を見つめて雅季は苦笑する。

 

一目散とか我武者羅とか、そんな言葉が似合うぐらいに彼等は素早く逃げ出した。

 

寧ろ感心できるぐらいの決断力の早さと行動力だ。

 

とはいえ、感心してばかりはいられない。

 

彼等に紡ぐべき最上の悪縁は、未だ横浜に到着していない。少なくとも雅季の感知できる範囲内にはたどり着いていない。

 

(だから、どうにかして足止めしないとなぁ)

 

無意識に困ったように片手で頭を掻く。

 

結代として彼等に悪縁を結ぶ為にも、雅季は足止めの方法を考え始める。

 

その雅季の考えを読んだように、隣にいる紫が声を掛けた。

 

「待ち人来ず、悪縁到らず。足りないのは時、それとも疾きかしら?」

 

「たぶん時」

 

雅季の答えを聞いて、紫はニヤリと妖怪らしく笑う。

 

それを見た雅季は、足止めの方法を考えることを止めた。

 

何故なら、雅季が考えなくても良かったからだ。

 

人と妖怪は悪縁の間柄。

 

ならば、八雲紫は彼等にとって悪縁だ。

 

そして、紫はそっと懐に手を入れ、“それ”を取り出して雅季に見せた。

 

「では水を差しましょう。ところで雅季、これは何でしょう?」

 

「たぶんクルーザーの鍵」

 

「正解」

 

雅季が即答し、紫がにこりと笑って告げるのとほぼ同時に、

 

「キーが無いだと!?」

 

スキマの向こうで怒号が飛び交い始めた。

 

「ふざけるな! 何故確認しなかった!?」

 

「確認した! ホテルを出る時には間違いなくあったんだ!」

 

「今無くては意味がないだろう!!」

 

「クソ、まさか取りに戻るのか?」

 

「今更戻ることなど出来るか! 配線板を開けろ、直接始動させる!」

 

怒りに満ちた荒々しい声に、雅季は心の中で「ご愁傷様」と呟いた。

 

 

 

そして――。

 

「――! 掛かった!」

 

「時間をロスした。さっさと出発だ!」

 

「急げ、横浜の部下達も気付き始めた頃だ。もしかすれば香港にも連絡がいっているかもしれん」

 

無頭竜の幹部達を乗せたクルーザーが動き始め。

 

「待ち人来たりて、悪縁到る、と」

 

「では、見せてもらいましょう。今代の結代をして最上の悪縁と称された、貴方の力を――」

 

雅季と紫の言葉と共に、最後の役者が舞台に上がった。

 

 

 

 

 

 

 

岸壁から数百メートルほど離れてクルーザーが埠頭から沖に差し掛かったあたりで、無頭竜の幹部達は総じて心底から安堵の溜め息を吐いた。

 

もうここまで来ればトラブルは無いだろうという気持ちは、裏を返せばもう何事も起きないでくれという願望だ。

 

 

 

まあ、それは儚い祈りだったのだが。

 

 

 

「な、何だ?」

 

異変に真っ先に気付いたのは、操舵室で舵を取っていたジェームス=朱であった。

 

クルーザーの速度表示が急速に落ちていく。

 

計器の故障ではない、実際にクルーザーの速度が落ちているのだ。

 

いくら加速させようとしても速度は元に戻らず、ただ惰性で前に進むのみ。

 

ここは海上だ、動力を失った船などすぐさま停止してしまうだろう。

 

そこで他の幹部達も異変に気付いたらしく、操舵室に姿を現す。

 

「ジェームス――」

 

なぜ速度を落とした、そう言いかけた口は、だが言葉になることは無かった。

 

突如、上から砂が降ってきた。

 

何事かと誰もが顔を見上げて、絶句する。

 

あったはずの天井がなく、なかったはずの夜がそこにある。

 

天井が消え去り、彼等は一瞬にして夜空の下に晒されていた。

 

「……」

 

茫然としたのは、僅かな時間だった。

 

クルーザーに備え付けられている無線機に、通信が入ったことを知らせるランプが点灯した。

 

他の者達が顔を見合わせる中、ジェームスは唾を飲み込んで意を決し、無線機を取った。

 

『Hello,No Head Dragon!』

 

不自然なまでに陽気な若い男の声が、無線機から船内に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「何とか間に合ったみたいね」

 

埠頭の岸壁に車を停め、藤林と達也は車から降りて海を見据える。

 

夜の海でクルーザーは目視出来ないが、藤林はクルーザーの動力源であるフレミング推進の電磁波を捉えていた。

 

達也もまた藤林のようにクルーザーを捕捉するために、『トライデント』を海に向かって構えながら、『精霊の眼(エレメンタルサイト)』を使用する。

 

イデアにアクセスし、情報の海を俯瞰する。

 

その瞬間、達也は後ろに振り返った。

 

「どうしたの?」

 

「……イデアにアクセスした瞬間、背後の空間に穴が開いていたように“視えた”ので」

 

怪訝な表情を浮かべて尋ねた藤林に、達也は答えた。

 

「空間に、穴?」

 

それを聞いて、藤林は更に怪訝さを増して達也を見た。

 

「どういう意味かしら?」

 

「わかりません、それを知覚した時には既に消えていましたので。……気のせいだったのかもしれません」

 

「私にはわからなかったから何とも言えないけど、ただ空間に穴が開くなんて、そんな簡単に起こるはずがないと思うわ」

 

「それには同意します。時空に関する事象改変は、魔法師の干渉力でどうにか出来るレベルではありませんからね」

 

言葉ではそう返しつつ、実のところ過去にも及ぶ達也の知覚は、確かに空間が裂けて穴が開いていた事実を捉えていた。

 

 

 

時空の直接改変は、物質次元で必要とされる干渉力が大きすぎる。

 

確かに時間と空間は、速度と重力に相対的、つまり可変する存在だ。

 

だが魔法は、正確には魔法師は物理法則と無関係ではいられない。

 

物理法則に反した『力』である程、事象改変に伴う魔法師の負担は大きくなる。

 

時間と空間も、物質次元における間接的または擬似的、或いは極小的な改変は可能だ。

 

たとえば魔法で領域を設定し、その領域内の物体を総じて加速ないし減速させる魔法も、現象だけを見れば領域内の時間を操っているようにも見えるだろう。

 

だが時間そのものを加速させるとなれば、特殊相対性理論に基づいて「その魔法領域内は光の速度に限りなく等しい」という物理法則が立ちはだかる。

 

もしくは一般相対性理論に基づく巨大な重力場でも良い。

 

どちらにしろ、それ程の物理現象を伴う魔法を、魔法師の干渉力で発動させられるとは思えない。

 

空間も同様だ。

 

結界や領域魔法により空間の性質は改変可能だ。だが空間そのものを操ることは困難極まる。

 

確かに空間は質量によって歪む。そして魔法師は慣性質量を改変出来る。

 

だが空間を歪ませるような質量など、それこそ天体級の質量が必要だ。

 

況してや空間を裂いて穴を開けるとなれば、マイクロブラックホールを生成できる程の重力溜りを作り出す必要があるだろう。

 

それもまた時間と同様に、魔法師に負担出来る事象改変とは思えない。

 

そもそもの話だが、人類は未だ時空の正体を明らかに出来ていないのだ。

 

『時空とは実体を持つ存在なのか?』

 

それは様々な物理学者達が掲げて議論してきた命題。

 

量子力学のミクロな世界でも、時空は未だ仮説の粒子だ。

 

情報のプラットホームであるイデアの『景色』を見ることが出来る達也でも、それは同様だ。

 

仮に時空に干渉出来る起動式を作り出そうと言うのなら、それには超弦理論のような時間と空間を物理現象に結び付ける理論を完成させ実証し、時間と空間の正体を明らかにすることが大前提だろう。

 

尤も、起動式を完成させる事と、それを発動出来る魔法師がいるかは別問題だが。

 

 

 

ふと、達也の脳裏にある推測が浮かぶ。

 

客観的に考えれば考慮にも値しない妄想の類だろう。

 

だが、ここに来るまでの車の中で、達也はそれと全く同じことを考えていた。

 

(もし、現時点で時空に干渉できる者がいるとするなら、それは――)

 

それは魔法力だけではない、何か別の要因を持った者ではないだろうか。

 

やはり自分達の知らない『何か』が、この一連の事件に絡んでいるのではないか。

 

「達也君?」

 

藤林の声で、達也は思考の海から抜け出して藤林へと振り返った。

 

「すいません、先程の現象について少し考えていました」

 

「気になるのはわかるけど――」

 

「わかっています、先に任務を果たしましょう」

 

達也は改めて海へと向き直り、イデア上にあるクルーザーの座標情報を捕捉する。

 

今度はあの空間の穴は無さそうだ。

 

少なくとも自分達の至近とクルーザーの至近には見受けられない。

 

(あれはいったい何だ? 穴の向こうは何処に繋がっていた?)

 

思考の片隅でそれを考えながら、埠頭の岸壁から真夜中の海に向かって達也は二回『トライデント』の引き金を引いた。

 

一回目でフレミング推進機関の動力源となる超電導磁石を分解し、二回目で屋根を分解する。

 

達也が振り向いて頷くと、藤林は通信端末を手渡す。

 

「ボタンを押せばクルーザーの無線に繋がるわ。どうも個人用の通信端末の類は全て置いてきたみたいね」

 

「あれは魔法によらずとも持っているだけで場所を特定される危険性がありますから」

 

「よっぽど恐ろしいのね、組織の制裁が」

 

「犯罪組織なんてそんなものでしょう」

 

達也の年不相応に達観した返答に、藤林は少し笑いを零す。

 

ここに来る前にした年齢詐称の話を思い出したからだ。

 

そして達也は、表面上は何事も無かったかのように無線機に向かって話しかけた。

 

「Hello,No Head Dragon!」

 

 

 

達也の推測は正しい。

 

未解明の現象である時間や空間に直接干渉するには、認識や思考結果を記録する想子(サイオン)だけでは足りない。

 

想念や祈り、信仰といったものを物理次元に変換する素子、霊子(プシオン)が必要だ。

 

時間を司る神ならば時を操れるように、幻想を持つ者の中には某メイド長のように時を操れる人間もいる。

 

自ら空間を作って道場を開く仙人で神霊で聖人な者もいれば、空間を裏返す二重の結界を張る暢気な巫女もいる。

 

そしてここにも、空間に隙間を作り出せる妖怪が実在する。

 

「スキマに気付けるなんて、非常識ね」

 

「凄く同意。知覚系の魔法か何かかな?」

 

残念ながら、ここには「お前等が言うな」と突っ込めるような常識人はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

本人は知らない事だが、結代をして最上の悪縁と称された達也は、その悪縁ぶりを遺憾なく発揮した。

 

動力を奪い、クルーザーを生き延びる為の『箱舟』から海上の『牢獄』に変え、一方的に追い詰めていく。

 

「さて、始めようか」という軽い言葉と共に、一人が目の前で分子レベルにまで分解された。

 

達也が次の引き金を引くのに時間を置いたのは、無頭竜の幹部達に現状を理解させる時間を与える為だ。

 

狙い通り、人が文字通り消滅したのだと幹部達が理解し、未曾有の恐怖が走った直後、達也は『トライデント』の引き金を引く。

 

更にもう一人が消滅し、彼等は恐慌に陥った。

 

海に飛び込んで悪魔の手から逃れるようとした者は、クルーザーから飛び出した瞬間に消え去った。

 

船内に逃げ込んだ者は、クルーザーの上部構造体ごと消滅した。

 

達也の『雲散霧消(ミストディスパージョン)』が、人も物も次々に消し去っていく。

 

ダグラスが「待ってくれ!」と叫んだ直後、操舵室の天井に続いて四方の壁が全て消失した。

 

もはやクルーザーは原型を留めていない。上部構造体は操舵室のある区画を除いて消失している。

 

そして生き残っている者も、懇願しているように無線機にかじりついているダグラス=黄と、動くはずのないクルーザーを狂乱に動かそうとしているジェームス=朱、この二人のみだった。

 

「知っていることは全て話す! だから待ってくれ!!」

 

『お前が何を知っているというのだ、ダグラス=黄?』

 

名前を知られていることに、ダグラスは更なる恐怖を募らせた。

 

「わ、私はボスの側近だ、組織の機密も知っている!」

 

『ほう、ではボスの名前は何という?』

 

逡巡は僅かな間だけだった。

 

元々命惜しさで逃げ出そうとしていたところだ、今更情報を売ることなど厭わない。

 

「……リチャード=(スン)だ」

 

 

 

達也は思わず嘲笑した。

 

流石、逃げ出そうとしていた者は話が早い。

 

「表の名前は?」

 

孫公明(そんこうめい)

 

打てば響くような返答だった。

 

ダグラス=黄は完全に無頭竜を切り捨てたらしい。

 

一緒にいるジェームス=朱も何も言わないことから、同じく観念したようだ。

 

今ならば全ての質問に答えてくれるだろう。

 

実は達也も藤林も、情報を得る為にもこの判断を引き出したかったのだ。

 

だからわざわざ『雲散霧消(ミストディスパージョン)』をわかりやすく目の前で見せ付けて嬲っていき、人としての死も認めない消滅に対する恐怖を煽ったのだから。

 

達也はリチャード=孫の住所から無頭竜の隠し拠点まで、様々な情報を聞き出していく。

 

その中の一つに、隣で聞いていた藤林は首を傾げた。

 

「お前達の中に、或いは部下に『術式解散(グラムディスパージョン)』を使える者はいるか?」

 

これにはダグラスも意外だったらしく、それは声からわかる程だった。

 

『……いや、いないが』

 

ダグラスの返答に、達也は藤林にも気付かれないぐらい小さく眉を顰めた。

 

(なら、ピラーズ・ブレイクで深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』をキャンセルさせたアレは、いったい誰がやった?)

 

新しい疑問が増えた事に内心で苛立ちつつ、それをおくびにも出さずに達也は質問を続ける。

 

そうして、

 

「質問は以上だ。成る程、確かにお前は無頭竜首領、リチャード=孫の側近のようだ」

 

達也は知りたい情報をダグラスから全て聞き出した。

 

さて、と達也は最後の始末を付けるべく『トライデント』を構えて、

 

『……私からも、聞かせて欲しいことがある』

 

この状況下で向こうから質問してきたことは、達也も藤林も予想外だった。

 

「立場を弁えろ、ダグラス=黄。今この場で消してやろうか?」

 

敢えて強気にする必要もなく、淡々と相手に現状を突き付ける達也。

 

だがダグラスは黙ることなく、無線機越しに達也に尋ねた。

 

『あの合わせ鏡のような結界の魔法で、我々をグランドホテルのフロアに閉じ込めたのは、お前達の仕業なのか?』

 

「――何?」

 

『違うのか? では四体のジェネレーターと、組織の関係者四人を行方不明にさせたのは?』

 

達也は藤林に目配せすると、藤林は首を横に振る。

 

実際、独立魔装大隊は無頭竜の部隊の二十人と、水無瀬呉智にしか手を出していない。

 

ジェネレーター四体と、それを運搬していた男の行方はこちらでも追っている。

 

他の三人も、CAD検査員については聞き及んでいたが残る二人については把握していなかった。

 

何より無頭竜の幹部達を閉じ込めた結界というのは、達也にも藤林にも寝耳に水だった。

 

無線機越しでも相手の反応を察したダグラスは、そこに活路を見出そうとしていた。

 

『お互い、知らない事実があると思わないか?』

 

事実を知る為にも協力し合おうではないか。

 

それがダグラスのわかり易すぎる本音だった。

 

だから、達也は哂って答えた。

 

「何だ、そんなことか」

 

そして、引き金を引いた。

 

『ジェームス!?』

 

向こうから悲鳴のような声が上がった。

 

確かに、この九校戦の舞台裏には知らない事実が隠されているのは、達也も既に感付いている。

 

だが、ダグラスの提案はとんだ勘違いだ。

 

それはダグラス=黄がいなければわからない、という類ではない。

 

連中と協力し合う必要性など全く無い。

 

何より達也にとって、深雪に害意を向けた連中と協力するなど論外だ、考慮にも値しない。

 

「お前がその答えを知る事は永遠に訪れないさ。ダグラス=黄」

 

最後にその言葉を送って、達也は一切の躊躇無く引き金を引いた。

 

ダグラス=黄は、無線機に向かって最期の言葉を吐き出す前に、この世から消え去った。

 

 

 

後始末として誰もいなくなったクルーザーを丸ごと消滅させて、達也は振り返った。

 

「少尉、帰還しましょう」

 

「ええ……」

 

藤林は難しい表情を浮かべている。おそらくダグラスが言っていたことが気になるのだろう。

 

お互い、知らない事実がある、と。

 

(言い得て妙だな)

 

風間少佐達は水無瀬呉智が絡んでいると推測している。

 

だが達也は他の事実も知っている。

 

バスの事故の時に働いた“力”。

 

深雪の魔法を破壊した“力”。

 

それに先程の空間の穴。

 

いずれも幻術を得意とする呉智とは結びつかない“力”だ。

 

(『Unknown(知られざる) Factor(要素)』、か)

 

 

 

そして、達也と藤林が乗り込んだ車が発進し、バックライトが遠くに去って行った後。

 

達也たちがいた場所にスキマが開き、雅季と紫が姿を現した。

 

二人して何故かコーヒーを片手に持ちながら。

 

「うん、見事な悪縁ぶりだったな。それに分ち離す術式も、ね」

 

「物体も術式も分解してしまう、それが彼の魔法。ふふ、益々興味深いわね」

 

「確かに興味深いけど――」

 

少しだけ、雅季は強い口調で言葉を続けた。

 

「あれは、きっと博麗大結界も壊せるだろうね」

 

博麗大結界は論理結界。

 

常識と非常識を分つ、物理的ではなく論理的に定義された結界だ。

 

認識が常識に囚われている限り、魔法師であろうと結界に気付くことは出来ない。

 

例外は、柴田美月のように『目』を持っている者か。

 

だが、先程の極少のスキマにも気付けたあの知覚魔法。

 

あの正体次第では、或いは――。

 

そこで雅季はふっと息を吐いた。

 

(まあ、心配は心配だけど、俺がそこまで心配する必要も無いか)

 

横目で隣を見遣ると、紫が優雅にコーヒーを口に付けていた。

 

胡散臭いし何か企んでいそうだし神出鬼没だし、だけど幻想郷のことについては信用出来る。

 

だから、雅季は「ま、何とかなるでしょ」と暢気に考えることにした。

 

その紫は、コーヒーを飲んで少し落胆した声を出した。

 

「ん、百秋のサテライトアイスコーヒーの方が美味しいわね」

 

「父さんに言っておく。ところで紫さん、このコーヒーって何処から?」

 

雅季がコーヒーカップを掲げて問うと、紫はただ一言、簡潔に答えた。

 

「リサイクル」

 

 

 

 

 

 

九島と風間は互いに黙したまま、だが瞳に強い光を宿して一点を凝視している。

 

二人の視線の先は、テーブルの上。

 

従卒が置いたはずのコーヒーは、何時の間にかカップごと無くなっていた――。

 

 

 

 

 

 




どんなにシリアスでも、東風谷早苗の名前が出てきた時点で残念な気持ちになるのは何故だろう。
東風谷家を襲ったというテロと噂については、また本編にて。

無頭竜は頑張った、よく頑張った、本当に頑張った。
原作では難易度イージーモードだったのを、本作ではハードモードぐらいにまで上げてくれた無頭竜。
ありがとう、さようなら、無頭竜――。

そして今度は呉智に濡れ衣が着せられる、と(笑)

次話の第49話「(えにし)」で九校戦編完結予定です。
……プロットから言って、また文字数は一万字を超えるかも(汗)

《オリジナルキャラ》
・結代道之


 ▲ページの一番上に飛ぶ