夜天に輝く二つの光Relight   作:栢人

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第十五話 過去の足音

 

 窓の向こうには、万華鏡の中に虹を閉じ込めたかのような光景が広がっていた。陰鬱とした寒色帯は過ぎ去って、今は暖色帯の輝きが美しく栄えている。ゆらゆらと流れて形を変える様は、見ていて飽きることがなかった。

 しかし、はやては知っている。窓の向こう――次元の海は、ただ綺麗なだけではないのだと。あの先には虚数空間が待っており、魔法を行使することができない。その果てに何があるのかは明らかにされていないが、そこから帰ってきた人はいないということだけは知られていた。

 それでもあまり恐怖を感じないのは、やはり美しい光景だからなのか。はやては次元の海をただの景色と捉えながら、ぼんやりと時が過ぎるに任せていた。

 

「うあー、なんか目が回ってきたかも。はやて、ずっとこんなの見てて、飽きない?」

 

 はやての隣に顔を並べていたヴィータが、うんざりした様子で言った。

 はやてはヴィータの頭を撫でつけ、「んー、そやなー」と、どちらとも取られる返事をした。

 次元航行艦ヴァネッサは、地球付近の次元の海を航行中だ。はやて達の活躍もあって担当していた事件がまたひとつ落ち着き、艦内には休暇のような空気が漂っている。はやて達もひとまず出勤はしたものの、与えられた部屋での待機を命じられていた。

 アースラと同じくL級を誇るヴァネッサは大きく、八神家にも二部屋が割り当てられていた。はやて、ヴィータ、ザフィーラで一部屋、リインフォース、シグナム、シャマルで一部屋だ。

 とはいえ、実際にははやて達の部屋に集まることが多い。リインフォース達の部屋など、もはや更衣室かクローゼットのような扱いだ。ベッドが備えられていても宿泊する機会がないのだから、それが自然な成り行きとも言えた。

 珍しく全員が出勤している今日、待機時間であれば室内の人口密度が高くなっているところだが、ここには定員の姿しかない。はやてとヴィータは窓際、ザフィーラは扉の隣で寛いでいた。リインフォース、シグナム、シャマルの三人は、出勤早々にレティに呼び出されてからそれっきりだ。

 精神リンクを窺うと、リインフォースとシャマルは何かに悩んでいるようで、シグナムは少々苛立っているのがわかる。ついでに感覚を広げてみると、颯輔は現在慌てているらしい。ユーリ達のはしゃぎようからなんとなく事態を察したはやては、リインフォース達の心配を優先した。

 

「なんや、揉めてるみたいやなぁ」

「だなー。それに、シグナムのやつはけっこーマジっぽいし」

「レティ提督にまたなんや言われたんかなぁ」

「どうだろ。無茶は言っても無茶苦茶は言わねぇ人だと思ってたけど」

「あははー、それ、なんとなーくわかるわー。……リンディさんは優しかったんやなぁ」

「じゃあ、あの人のお茶飲まされるのと、レティ提督に無茶言われるの、どっちがいい?」

「ううーん……えぇー…………お茶――いやいや……あー、やっぱりお茶、かなぁ」

「うっそ、信じらんねぇ。あたしは断然こっちだけど」

「そこまで飲めなくはあらへん思うけど……って、今はリインフォース達の心配やろっ」

 

 心底驚いた顔をしているヴィータの胸を、はやては手の甲で打った。

 思わず話をそらされてしまいそうになったが、今はとにもかくにもリインフォース達である。レティの人使いが荒いのはいつものこととして、それでもシグナムが苛立つほどとは余程のことに違いない。はやてではなくリインフォース達が呼ばれたことからも、何か重要な話をしているのだろう。それも、三人そろって呼ばれるほどの何かだ。

 

「……もしかしたら、お兄のところで何かあったんかも」

「颯輔達? でも、だったら向こうから連絡してくるんじゃねぇかな。禁止されてたって、それなりのことがあったら精神リンクで知らせてくれるはずだって。まあ、どっちにしろ今は全然そんな雰囲気じゃねぇけど」

「ほんなら、ヴィータは何か思い当たること、他にある?」

「んー、あたしらがヘマした覚えはないけどなぁ……」

 

 二人して腕組みをしながら唸ってみるが、特に心当たりはない。念話で本人達に直接尋ねればそれまでだが、そこまでせずとも、話し合いが終われば向こうから知らせてくれるだろう。緊急の用件ならば、それこそ念話を飛ばしてくるか、はやて達も呼ばれているはずだ。

 レティの部隊に所属してからは、はやて達にこれといった問題行動はなかった。考えられるとすれば過去絡みの案件だが、そこは考え出したらきりがない。

 

「うーん、ザフィーラは、どう?」

 

 困って話を振ってみると、目を閉じ床に伏せていたザフィーラが顔を上げた。

 

「さて、どうでしょう。他にあるとすれば、技術部や教会絡みのような気もしますが」

「せやかて、グランツ博士には、私らが教えられるようなことはもう教えてもうたしなぁ」

「じゃあ教会かな?  戦技教導とかは騎士連中がガチで来るから気が重いんだよなぁ……。あ、シグナムなら逆に喜ぶか」

「なんにせよ、今は待つより他にないでしょう」

 

 ザフィーラの答えに、はやてとヴィータは、それもそうか、と頷く。納得すると、二人は窓際を離れてベッドに腰掛けた。

 こうして待機を命じられているのだから、何かしら仕事を任されることは間違いない。推量のしようもないのだから、今できることは、ただ待つことだけだ。

 事態が動いたのは、それからほどなくしてのことだった。はやてがヴィータと二人で指スマに興じているところに、困り顔をしたシャマルがやってきたのだ。

 

「あの、はやてちゃん。それから、ヴィータちゃんもザフィーラも、一緒にレティ提督のところに来てもらえませんか?」

「どないしたん?」

「なんかあったのか?」

「えっと、私達だけじゃ決められなくて、やっぱり本人と、皆にも聞いてみようということになりまして……」

 

 すまなそうに目尻を下げるシャマルを見て、ザフィーラが黙って立ち上がった。はやてもヴィータと顔を見合わせ、ひとつ頷いてからベッドを降りた。

 レティらが待つ部屋へと向かう道すがら、シャマルから詳細を聞く。しかし、それは用件自体が詳細と呼べる中身を持たない曖昧なものだった。

 話し合いは、艦長室近くの会議室で行われていた。室内に入ると、中央にある長机の奥に、ひとりの女性が座っているのが見えた。リインフォースとシグナムも、女性の下座に腰掛けている。

 女性ははやてを見ると、わずかに目を細めた。淡い藤色の長髪を後ろでまとめ、下縁の眼鏡をかけており、確固たる自信と知的な雰囲気をまとっている。はやて達をも迎え入れた実力主義の女傑、レティ・ロウランだ。

 

「どういうことですか? はやてとリインフォース、二人だけの出向だなんて、納得いかねえです」

「こら、ヴィータ」

「だって……」

 

 苛立ちを隠そうともしないヴィータは、入室するなり喧嘩腰の物言いだった。はやてが諌めるも、いかにも納得いかないといった様子で唇を尖らせている。ザフィーラも言葉こそ発しないものの、レティにじっと抗議の視線を向けていた。

 あらかじめ話を聞いていたはずのシグナムも、腕を組んでレティの返答を待っている。シャマルも同様で、リインフォースだけが、何かを訴えるようにはやてを見ていた。

 

「ホント、そのとおりよね。納得いかないのはこちらも同じよ、ヴィータさん」

 

 守護騎士からの強い視線を受けても、レティの声に動揺はなかった。むしろ、それはこちらの台詞だと言わんばかりの反応だ。

 さすがに、はやて達を一手に貰い受けただけのことはある。レティは、「まずは掛けなさい」と着席を促すと、普段通りの堂々とした物言いで話し始めた。

 

「今回の件は、私にさえ詳細が語られない、上から直接の命令よ。グレアム元帥から伝えられた言葉は二つ。『八神はやてと八神リインフォースを一時的に教会騎士団へと出向させよ』、それから、『すまない』とだけ。まったく、頭を下げる相手が違うでしょうに……。とにかく、この命令には従うしかないのよ。私達に拒否権はないわ」

「ですが、はやての出撃には、リインフォースと守護騎士二名の同行が原則のはずです」

 

 レティの言葉に、ザフィーラが固い声で反論を挙げた。普段の落ち着き様とは打って変わって、眉間にしわを寄せ、剣呑な目つきになりかけている。上官に向ける目ではないが、その態度がザフィーラの胸中を物語っていた。

 リインフォースが戦線に復帰してからは、はやてとリインフォースのペアを基本にして、他に守護騎士二名のチームを組むことが鉄則となっている。無論、夜天の書を持つはやての護衛のためだ。

 守護騎士の核は、夜天の書の内にある。もしも夜天の書が奪われれば、イコールではやて達の全滅を意味するのだ。この規則は、はやて達の主張以上に、管理局側の要望によるところが大きかった。

 

「だから、私も納得いかないと言ってるでしょう」

 

 おそらく、何度目かのやり取りになるのだろう。レティは眉のあたり揉みつつ、淡々と続けた。

 

「あなた達は、なくてはならない戦力として存在価値を示さなければならない。私はそうなるように努力しているつもりだし、これからもそうするつもりよ。それは、あなた達も同じはずでしょう」

 

 レティの言わんとしていることは、はやても理解していた。

 はやて達は、ロウラン隊に所属してからのひと月足らずで、立て続けに三件の事件を解決に導いた。ベルカ関連の情報提供など、間接的なものを含めれば、その数は倍以上になる。これは、担当区域の広い“海”であっても異常な数値だ。

 その結果は、はやて達の力があってこそだが、それを活かしきるレティの手腕も尋常ではない。前々から怪しいと睨んでいた区域を担当したとのことだったが、そういった事件を嗅ぎつける能力がずば抜けているのである。レティの下では、今日のような休息日が珍しいほどだった。

 存在価値を示す。それは、はやて達が次元世界で生きていくために必要不可欠なことだ。レティの下なら、それが果たせる。それは、はやて達の共通見解だった。

 

「だから、はやてさんへの危険は極力避けたい。その気持ちはわかるわ。私も可能な限りはそうあろうと努力しているつもりよ。でもね、そればかりでもいられないの。そんなことは理解しているものとばかり思っていたけど、私の認識が間違っていたのかしら?」

「時には危険を冒さなければならないときもある。局員に危険はつきもの。そのようなことは理解しております。しかし、今回はリスクが大き過ぎます。我々が言えた言葉ではないと重々承知しておりますが、この段階で、そうまでして価値を示さねばならないのですか」

「これがはやてとリインフォースじゃなくて、あたしらの誰かなら不満もねぇです。捜査関係の依頼なら、シャマルを軸にして、あたしとシグナムとザフィーラの中から一人二人つければいいんじゃねえんですか。捕物だってんなら、それこそあたしらの出番です」

 

 ザフィーラ、ヴィータと続いた後、レティは左右に首を振ってまとめての返事とした。

 

「確かに、大きなリスクを冒すには時期尚早だと思うわ。ヴィータさんの意見にも大いに賛成よ。あくまで、私個人としてはね。それでも、拒否できない命令もあるの。言っておくけど、人員変更の提案は私だってしたのよ。返答は不可。それどころか、詳細すら語られなかった。今回は、私はただの伝言役。お前の部隊からちょっと人手を借りるから、つべこべ言わずに黙って差し出せって言われたわけ。失礼しちゃうわ、ええ、本当に」

 

 話すうちに、レティの声がいくらか低くなっていった。表面上は涼しげな顔をしているが、これは相当な鬱憤が溜まっている兆候だ。

 空気が重くなったのを敏感に感じ取ったはやては、そっと周囲の様子を窺った。

 シグナムは、変わらず腕組みをしながら無言の抗議を続けている。ヴィータ、シャマル、ザフィーラも同様で、レティのプレッシャーに飲まれず強い視線を向けたままだった。

 助けを求めるようにリインフォースを見ると、リインフォースもひとりはやてを見ていた。どないしよ、と目で伝えると、リインフォースはそっと目を閉じ静かに頷く。判断は任せるという合図だった。

 はやてはひとつ呼吸をして間を置くと、すっと手を挙げた。

 

「あの。その任務、受けます」

 

 はやてが思ったよりも、場に動揺はなかった。きっと、はやてが受けると皆も予測はしていたのだろう。

 しかし、案の定、反対の声はあった。

 

「なりません。これは、いくらなんでも不当な扱いが過ぎます。何をさせられるのかすらわからないのですよ?」

「そうそう。一回突っ返して、ちゃんとしたルートから命令してもらおうぜ。アリアを通して徹底抗戦だ」

「ヴィータちゃんの言うまではしなくても、私達からも人員を増やしてもらうよう抗議くらいはするべきですよ」

 

 シグナム、ヴィータ、シャマルと矢継ぎ早に声が飛び交う。はやての隣でお座りをしていたザフィーラも、言葉こそ発せずとも立ち上がって抗議の姿勢を見せた。

 

「せやかて、そうも言ってられない雰囲気やし。レティ提督、返答期限はいつまでなんですか?」

「今この場でよ。仲介人はリーゼアリア。彼女はもう待機しているらしいわ」

「あらら、また急な」

「まずは納得のいく答えを決めなさい。アリアは待たせておけばいいのよ」

「答えはもう決まってます。今回は悪いけど、皆はお留守番や。私とリインフォースとで行ってくるよ」

「はやて、あまり答えを急がないでください。我らは颯輔からも、はやてのそばを離れないようにと言われております。これでは万が一があったときに面目が立ちません。リインフォース、お前からも……何を考えている?」

 

 立ち上がりかけたはやてに、ザフィーラが進路を塞いで慌てたように言ってきた。発言を控えていたリインフォースに同意を求めるも、その言葉は途中から変わってしまう。リインフォースは、困ったように微笑んでいた。

 

「お前達は、私が護衛では不安か?」

「違う、お前を低く見積もっているわけではない。だが、お前がはやてとユニゾンするとき、お前達の体はひとつきりだ。ユニゾンせずにお前が敵の相手をしているとき、はやてはひとりきりだ。我らは、その状況が見過ごせないと言っている。万が一の可能性すら残したくないのだ」

「それほど口数が多いのだ、そうでなくともお前の気持ちはよくわかっている、ザフィーラ。無論、皆のもな。だが、この場は私を信じて任せては貰えないだろうか。夜天の騎士の名にかけて、はやてには傷ひとつ負わせんよ」

「狙いがはやてだけとは限らない。夜天の魔導書(お前)かもしれないのだぞ」

「そのときは、釣り上げて一網打尽にしてくれるさ」

「ならば、余計に我らの手が必要なはずだ」

「私は、できうる限りはやての意思を尊重したいのだ。わかって欲しい」

「そこは我らも同じだが、今回に関しては、促したのはお前だろう」

「これ以上反感を買うわけにもいくまい。何かあればお前達を呼べるよう、リーゼアリアには話をしてみるつもりだ」

「転移時間を考えろ。間に合わなかったらどうするのだ」

「ちょっと、二人共落ち着いて」

「ザフィーラも、責める相手が違うんとちゃうか?」

 

 次第に白熱していく論争を、シャマルが間に入って止めた。はやても、リインフォースばかりを責め立てるザフィーラを叱りつけた。

 ザフィーラは、はやての視線を受けても微動だにせずにいる。ザフィーラの気持ちが、精神リンクも通して痛いほど伝わってきた。

 ザフィーラは、守護騎士の中でも颯輔といる時間が長かった。より一層、颯輔の頼みを無下にはできないのだろう。そうでなくても、去年のクリスマスに颯輔を守れなかったという負い目があるのだ。はやての身の安全については、これまでも決して譲ることはなかった。

 

「ザフィーラ。な、お願いや。リインフォースもおるし、少しでも危ないと思ったらすぐ逃げるか、皆を呼んだりするよ。せやから、いつでも来られるようにして待っててくれへんか?」

「なりません」

「あたしもザフィーラと同じ意見だ。どうしても行くんなら、あたしらもアリアのとこに行く」

「ヴィータまで……」

「私にいい考えがあります」

 

 賛成してくれる人がいないと困り果てたところで、鶴の一声のようにシグナムが言った。

 この場の全員がシグナムに注目する。シグナムはぐるりと全員を見回してから、レティに向き直った。

 

「提督。これまでの休日出勤分の代休を使わせていただきますが、よろしいですね」

 

 皆の注目を受ける中、レティの目つきが鋭くなった。

 

 

 

 

 出向を巡っての一悶着のあと、はやてはリインフォースと共に会議室にそのまま残っていた。迎えに来るというリーゼアリアの待っているのだ。どうにも、はやて達にはまだ魔法の痕跡を残して欲しくないらしい。秘匿ばかりの命令、その徹底さが見える対応だった。

 

「なんか、緊張してきたかも」

「ふふ。先ほどは勇ましかったのですが」

「いじわる言わんといて。こんなん初めてなんやから、仕方ないやろ」

 

 今しばらくのことだろうが、何も明かされないというのは不安なものだ。それに、はやて達は騎士団にも名を置いているが、正式な所属は管理局である。リインフォースと二人だけで出向というのは、離れ離れになるようで心細くもあった。

 胸中を誤魔化すように頬を膨らませると、リインフォースの手が頭に伸びてきた。あやすように撫でられるが、不快感はない。兄に似た指使いは心地が良かった。

 

「何も心配はいりませんよ。はやては堂々と構えていればよいのです」

「でもでも、またなんや言われるかもしれんし……」

 

 はやての不安は、そこだった。身の危険ではなく、周囲からの視線。聖王を信仰している教会では、管理局よりも強い感情を向けられることが多いのだ。好奇の目には慣れてしまったが、嫌悪の目には慣れそうもない。

 先が思いやられて俯くと、リインフォースの手が止まった。

 

「申し訳ありません」

「なんで謝るん?」

「はやてには、いらぬ罪悪感を植え付けてしまいましたから。それは本来私達だけのものであって、はやてが気負う必要など、どこにもないはずなのに」

 

 リインフォースは、今にも消えていなくなってしまいそうな表情をしていた。はやてはぞっとして、慌てて離れていく手を掴み寄せた。

 

「はやて……?」

「やめて。私ひとりを関係ないみたいにせんといて。皆のそういうとこだけは……嫌い」

「……そうですね」

 

 はやては、リインフォースに軽々と持ち上げられると、ぎゅっと腕の中に抱え込まれた。大きく柔らかな温もりが頬に当たる。背中に回された腕も相まって、包まれているような感覚があった。

 リインフォースはここにいる。精神リンクも繋がっている。複数の感覚を使って理解すると、波立った心が鎮まっていくのを感じた。

 

「ですが、譲れぬものは譲れません。世間がなんと言おうとも、はやてに罪はない。これだけは、どうか心にとめておいて欲しいのです。はやてがいらぬ重圧に潰されてしまう。私達にとってのそれは、世界中から非難されるよりも、はやてから嫌われてしまうよりも、ずっと辛いことなのですよ」

「潰れたりせえへんもん。仲間外れの方が嫌や」

「……では、ひとつだけ。去年の事件には、はやてにも罪があったのかもしれません」

「それは……?」

「あなたのためならば、罪に汚れてもいい。私達にそう思わせてしまうほど、はやてが愛らしいことですよ」

 

 にっこりと微笑むリインフォース。その顔が直視できなくて、はやては胸に顔を埋めた。

 

「ばか。そんなんで悪さする子らなんて、もっと嫌いや」

「心配には及びません。もう悪さなどしませんから」

「ほんなら、愛らしい私がお願いしたら?」

「そのようなことはないと願いたいですが、そのときは、はやてを叱りつけます。反省していただくまでは、抱っこもしてあげません。私だけでなく、シグナムもシャマルもです」

「むっ、それは困ったなぁ。そんなんやったら、悪いことなんてなーんもできひんわ。私、ずっといい子でおる」

「お願いしますよ。いつかは憂いなく外を歩きたいのですからね」

「ん、もちろんや。教会のお仕事も、ちゃちゃっと片づけんとな」

「その意気です。さあ、そろそろ席に戻ってください」

「えー、リインフォースから抱っこしたくせに」

「そうですが、リーゼアリアはすでに到着しているようですから。もう近くまで来ていますよ」

「アリアになら見られてもええもーん」

「いけません。あまりはしたない姿を見せるものではありませんよ」

「はーい」

 

 名残惜しい温もりから離れ、はやてはリインフォースの隣に座り直した。

 リインフォースは、はやてと戯れている間も、艦内の状況把握に努めていたらしい。平時から、万が一に備えての警戒は欠かせていないのだ。それでいて、乗組員には不快感を与えないようにと気を遣っているのだから、その繊細な魔法制御には舌を巻く思いだった。

 座り直してから五分と経たないうちに、扉が開いた。微笑を浮かべて入室して来るリーゼアリア。その向こう、扉が閉まるまでじっとこちらを見つめていたヴィータとシャマルに気付き、はやては思わず苦笑を漏らした。

 

「久しぶり、はやて、リインフォース」

「アリア、久しぶりやね」

「待たせてしまっただろう、すまなかった」

「構わないわ、と言いたいところだけど、ごめんなさい、ちょっと急いでるから、手短にいくわね」

 

 やはり、火急の用件だったのかもしれない。三週間ぶりに会ったリーゼアリアは、挨拶もそこそこにして対面まで来ると、座りもせずに、取り出したカード型の端末を操作し始めた。

 リーゼアリアとの間に、二つのウインドウを表示された。そこには、二人の女性の顔写真と細かな情報が記されていた。どちらも、修道服を着た若い女性だ。画像を見た限りでは、颯輔と同じくらいの年代だろうか。

 

「急な話でごめんなさいね。それから、受けてくれてありがとう。今回の出向では、この二人とチームを組んで捜査にあたってもらうわ。カリム・グラシアとシャッハ・ヌエラ。まだ若いけど、守護騎士に迫る力を持った、教会でも上位に位置する騎士達よ。リインフォース、調べられる限りのプロフィールと戦闘データは集めてきたから、端末から読み込んでおいて」

「わかった。しかし、戦闘データまで調べたのか?」

「念のためにね。ないとは思うけど、あなたならこれだけで十分対応できるでしょ? 他にも役に立ちそうな情報はまとめておいたわ」

「ああ、助かる」

 

 リインフォースが差し出された端末を受け取ると、一瞬だけその手にわずかな魔力光が灯った。端末のデータを、夜天の書にダウンロードしたのだ。これだけで何でも丸暗記してしまうのだから、リインフォースが羨ましく思えるはやてだった。

 魔力光が消えると、リインフォースはリーゼアリアへと端末を返した。その表情は、珍しく険しいものになっている。リインフォースが何を知ったのか、はやてにはまだわからないが、喜べるものではないことは確かだった。

 

「聖遺物の捜索か」

「ええ。でも、詳しい話は向こうで聞いて。教会は教会で大慌てだから、あまり待たせてもいられないわ」

「え、アリア。私、まだなんも聞いとらんよ」

「はやてはまだ、この二人の顔を覚えるくらいでいいわ。嗅ぎまわられていたなんて思われたくないの。知らない振り、どんな相手にもばれないようにできる?」

「あー、そういうのは、まだ難しいかも」

「そういう技術は、いますぐでなくていいのよ。向こうの話も聞いたら、リインフォースに詳しく教えてもらいなさい」

「ん、そうする」

 

 リーゼアリアは、困ったように目尻を下げて表情を崩した。

 細かな腹芸は、はやてにはまだできない。そういった技術が必要な場は、リインフォース達に任せっきりだった。リインフォース達にしても、はやてにはまだ覚えてもらいたくないらしく、魔法ほど熱心に教えてくれる気配はなかった。

 

「……はやて。私とロッテも同席になるけど、この任務が終わったら、一度、颯輔達に連絡をとってみましょ」

「ホンマにっ!? あ、でも、ええの?」

 

 リーゼアリアの一言に声が大きくなるも、はやてはすぐさま表情を曇らせた。

 颯輔達との連絡は、互いの緊急事態を除いて原則として禁止されている。精神リンクが繋がっているために大まかな感情の動きは読み取れるが、通信はおろか念話さえもできずにいた。

 

「今回の件は向こうにも報告した方がいいと思うし、それに、はやて達の活躍も知ってもらいたいでしょ? 本局の方にも噂は届いているわよ、頑張ってるわね」

「私は、なんも。頑張ってるのは皆や。でも、うれし」

「仕事を片付ければすぐに戻って来られるはずだから、少しの辛抱よ」

 

 微笑むリーゼアリアに、はやてもはにかみ笑いを返した。

 話そうと思えばいつでも話せる状況ながら、それでもなにもできないというのは、正直に言って辛いものがあった。あちらが楽しそうにしていると、はやて達のことなどもう忘れてしまったのかと考えてしまうのだ。それが、ようやく話だけでもできる。そう思うと、俄然やる気が湧いてきた。

 笑みを隠せずにいるはやてを置いて、リーゼアリアが話を進めた。

 

「さあ、そろそろ教会に向かいましょうか。出発の前にこれだけは確認しておきたいってことはないかしら?」

「二つほど、いいか」

 

 はやての隣で微笑をたたえていたリインフォースが、表情を引き締めて言った。

 

「今回の任務については、どこまで情報を共有してよいのだ?」

「そうね、関わりのあることだから、あなた達家族内では共有しておいて。それ以上は制限させてもらうわ。レティには私から上手く言っておく」

「わかった。では、有事の際の守護騎士の召喚はどうだろうか?」

「それは極力控えて欲しいところだけど……いえ、これまでどおり、許可するわ。そこでヴィータとシャマルにも睨まれたことだしね」

「あははー、ごめんなぁ」

「いいのよ。そういえば、シグナムとザフィーラはどうしたの? 今日は艦内待機のはずよね?」

 

 いぶかしむリーゼアリアに、はやては愛想笑いがひきつるのを感じた。

 はやて達の勤務状況は、逐一リーゼアリアに報告されているのだ。この反応は、レティからまだ聞いていないのだろう。もしかしたら、無茶を言った意趣返しをされたのかもしれない。しかし、レティの首までかけてしまった以上、何も言うことはできなかった。

 

「えっと、シグナムらはお休みの日も働いてたから、事件が落ち着いた今の内に休暇をもらってるんよ」

「とは言っても、一度に全員でというわけにもいかず、二人ずつ交代でだ。まずはシグナムとザフィーラが体を休めている」

「……ふーん」

 

 作り笑いを浮かべるも、リーゼアリアは察したらしい。それでもなお、リインフォースなどはすまし顔をしているが、はやては隠し通すことを諦めた。

 

「まあ、いいわ。手遅れになるよりは、ずっとね。危ないと思ったら、すぐ呼び出してあげなさい。それで面倒事が起こっても、こっちでフォローするから」

「ん、おおきに」

「いいのよ。……それくらいしか、してあげられないもの」

 

 リーゼアリアは顔を伏せ、力なく呟いた。その姿には、争っていた頃の苛烈さはどこにもなかった。

 更生施設での指導官に就いた頃から、リーゼアリアはそれまでが嘘のように協力的だった。グレアムの意向もあるのだろうが、それ以上にリーゼアリアが大人であり、同情的な気質の持ち主だったのだ。復讐の終わりを迎え、憑き物が落ちたのかもしれない。

 関係の修復は、ゆっくりとだが進んでいった。どちらにも後ろめたい思いはあるものの、好意的な人物に冷めた態度を貫くことは難しい。憎み続けることは、想像以上にエネルギーを使うのだ。最初は警戒していたリインフォース達も、表面上は嫌な顔をせずに受け答えするようになり、世間話をする程度にまではなった。

 互いのぎこちなさがなくなったのは、颯輔が戻って来てからだったか。少なくとも、はやてはそうだ。それまでは、取り繕いはしても素の自分を見せることに躊躇いがあった。リインフォースの件があり、誰かに心を許す余裕がなかったのだ。

 俯いたリーゼアリアに声をかけようとするも、その前に顔があがった。

 

「ごめんなさい。他にないようなら、もう行きましょ。転移魔法は私が使うわ」

 

 リインフォースと二人、立ち上がってリーゼアリアの側へと進む。今は語り合いの場ではない。積もる話は面倒事の後。一仕事終えれば、素敵な時間が待っているのだから。

 

 

 

 

 視界を満たしていた青色の魔力光が霞んで消えていく。リーゼアリアの魔法によって転移した先は、古めかしい石積みの壁に囲まれた狭い部屋だった。転移魔法の終端として陣が描かれてあるだけで、他には何もない。珍しく思って見回していると、リーゼアリアから、非常時にしか使用されない予備の転移部屋だと教えられた。

 雰囲気のある薄暗がりの中、はやて達以外に動く影があった。修道服に身を包んだ、髪の短い赤毛の女性だ。どうやら、一つしかない出入口のそばで待機していたらしい。

 女性は、はやて達の前まで進み出ると、うやうやしく膝を折った。よく見れば、先ほどの情報にあった一人、シャッハ・ヌエラであった。

 

「お待ちしておりました。お初にお目にかかります。聖王教会大聖堂所属のシスター、シャッハ・ヌエラにございます」

「時空管理局本局代帥、リーゼアリアです。八神はやて三等海士、並びに、八神リインフォース三等海士と共に参りました。遅れてしまい、申し訳ありません」

「とんでもないことでございます。元をたどれば、すべてはこちらの不徳の致すところ。ご助力いただけることに感謝するばかりです。さあ、どうぞこちらへ。ご案内致します」

 

 よどみない動作で立ち上がったシャッハは、一礼をすると先頭に立って歩き始めた。シャッハ、リーゼアリアと続き、はやてとリインフォースもその後を追った。

 廊下の片側は窓が続いており、緑あふれる庭園が見えた。花壇を蝶が飛び交い、木の枝で羽根を休める鳥がさえずっている。はやて達も何度か大聖堂には来たことはあるが、見覚えのない光景だった。これまでとは別の区画にいるのかもしれない。

 進むうち、ある一室の前でシャッハが足を止めた。道中で誰かとすれ違うようなことはなく、人の気配も希薄だった。こちらへの配慮か、緊張の中で余計な視線にさらされないのはありがたかった。

 シャッハが扉越しに来客を告げると、中から年若い女性の声があった。シャッハが扉を開き、連れ立って入室する。気品のある調度品が備えられた洋室からは、微かな甘い香りがした。

 

「ようこそおいでくださいました。私、大聖堂付きの上級騎士を務めております、カリム・グラシアと申します。リーゼアリア代帥、騎士はやて、騎士リインフォース、お会いできて光栄ですわ」

 

 濃い金の長髪が、深い礼でふわりと舞った。部屋の格に劣らない品のある所作には、育ちのよさが滲み出ている。カリム・グラシアは、好意的な笑みを浮かべてはやて達を迎え入れた。

 ふと、リーゼアリアの尻尾がぴんと立って固まったのが見えた。表情を窺うも、微笑は崩れてなどいない。転移部屋と同じ口上を返事として述べているが、声に震えもない。言い終わる頃には、尻尾もふわりと元に戻ってしまった。

 

「騎士カリム。本来ならば歓談といきたいところですが、こちらも多忙の身。そちらも、三士達との内談がありましょう。失礼ながら、私はこれにて退席とさせていただきます。何卒ご容赦を」

「あら、それは残念ですわ。では、少しの間、お二人をお借りさせていただきますね。この度はありがとうございました」

「いえ。それでは二人共、くれぐれも、お二方に失礼のないように」

 

 去り際に『気を付けてね』と念話を残し、リーゼアリアは音も立てずに退室していった。見送りとしてシャッハも付き添い、部屋にははやてとリインフォースの二人が残される。リーゼアリアの静かな苛立ちを見抜いてしまった手前、少しだけ居心地が悪かった。

 「怒らせちゃったわね」と冗談っぽく笑ってみせたカリムは、はやて達を窓際にあるティーテーブルへと誘った。大きめのテーブルを、四脚の椅子が囲んでいる。促されるまま、はやて達は奥の椅子に座った。

 対面に座るのかと思いきや、「すぐに戻ります」と言い残し、カリムはパタパタと隣室へ向かった。間を置かずに戻ってきたその手には銀のトレイがあり、ティーカップにポット、クッキーが並べられた皿が乗っていた。

 

「ごめんなさいね、セカンドフラッシュはまだ届いていないの。ファーストが残っていてよかったわ」

「あの、どうぞおかまいなく」

「そういうわけにもいかないわ。上からは急かされているけど、紅茶の一杯くらいは、ね?」

 

 緊張を見抜かれてしまったのか、カリムの声音はより一層柔らかくなっていた。

 カップに紅茶が注がれると、湯気に乗って香りが運ばれてきた。はやてはカップと手を見ていたが、リインフォースへと渡す時でさえ、カリムに不自然な震えはなかった。

 はやてとリインフォースの二人きりではあるが、初対面でここまで自然体を保っていた人は、いったい何人いただろうか。ぱっと浮かんでくるのは、天真爛漫を体現するエイミィと、最初から遠慮なく指示を飛ばしてきたレティ、研究のことしか頭にないような技術部局長の三人だけだった。

 黙って見ていると、シャッハを待つ意味もあったのか、カリムは温かいうちにと紅茶を勧めてきた。

 ティーカップは、濃い赤褐色のお茶で満たされていた。すずかの家で高級品を出された経験のあるはやてだが、この部屋の香りとも違う、初めての香りだった。微かに甘さがり、心安らぐものだ。ティーカップとコースターは白地のもので、ピンクの花と金の円環が鮮やかに描かれていた。

 リインフォースが飲むのを待ってから、はやてもコースターとティーカップを手に取った。ストレートではあったが、くせが少なく飲みやすい。口に含むと濃厚な甘味が広がるのだが、飲み干してもくどさが残らないという不思議な紅茶だった。

 

「二人共、飲み慣れているのね。お口に合ったかしら?」

「友人のところでご馳走になった経験があります。えっと、甘いのにすっきりしてて、おいしいです」

「よいものをいただきました。しかし、普段から愛飲されている銘柄とは違うご様子。お心遣い感謝いたします」

「そこまで見通されると、こっちが恥ずかしくなってしまうわ。さ、紅茶のおかわりもクッキーも遠慮しないでね」

「あの」

「どうしたの? もしかして、苦手な味だった?」

「いえ、紅茶はホンマにおいしいです」

「じゃあ、クッキーが嫌いとか。もしかして、アレルギー?」

「私はアレルギーもないですし、クッキーが嫌いなんて人もそうそうおらんと思いますけど。じゃなくて……」

 

 ちらりと隣に目をやる。リインフォースは咎めるでもなく、静かに頷いた。

 

「あの、私らのこと、怖くないんですか?」

「なんだ、そんなこと」

 

 おろおろとしていたカリムは、ほっとしたように胸を撫で下ろした。それから、口元を隠してくすくすと笑う。「ごめんなさいね」と謝ると、目尻を下げて言った。

 

「ええ、怖くなんてないわ。……って言うのも失礼かしらね? でも、本当に怖がったりなんてしていないの。なぜなら、教会では私も怖がられているから」

「怖がられてるって、そんな」

「こう見えて、結構強いの。それから、不思議な力も持ってたり」

「不思議な力?」

『グラシア家には、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)という未来予知に近い稀少技能が伝えられています。現当主は、騎士カリムの母であるセリアム・グラシア。教会だけでなく管理局でも重宝され、それ故に当主は行動が厳しく制限されてしまうそうです』

 

 カリムは「そっちはまだ内緒」とうそぶいたが、その傍らで、リインフォースから念話での解説があった。得意げに語るカリムの顔が直視し難い。はやてはなんとも言えない後ろめたさを覚えた。

 

「だからね、あなた達には勝手に親近感を覚えていたの。いつかお話ししてみたいと思っていたから、今日は会えて嬉しいわ」

 

 カリムの言葉に嘘はない。その笑顔は本物だ。リインフォースからの警告も今のところはなかった。

 教会に属する者にあるまじき態度。だからこそ選ばれたのか、それともはやてにもリインフォースにすら見抜けないほど芸に長けているのか。信じるべきか、疑ってかかるべきか。

 ぐるぐると回る思考が気持ち悪い。精神リンクが繋がっていないことがもどかしかった。

 

「私が――」

 

 闇の書の主だとしても?

 その疑問が口からこぼれる前に、カリムの言葉が重ねられた。

 

「力は、火に似ていると思わない?」

「……火、ですか?」

「そう。火は、生活にはなくてはならないものでしょう? 灯りにしたり、暖をとったり、調理をしたり。お湯が沸かせないと、おいしい紅茶も飲めなくなってしまうわ。でも、便利なだけじゃなくて、危険な面もある。間違って触ってしまったら火傷をするし、ちょっと目を離したら火事に、なんてこともあるかもしれない。扱い方次第で、利害なんてものは簡単にひっくり返ってしまうのよ。夜天の魔導書のような大火は、特にね」

「せやかて――」

「せやかて?」

「あ、でも、とか、だけど、って意味です」

「じゃあ、今はせやかて禁止ね。でも、だけど、けれど、しかしもダメ。最後まで聞いてくれる?」

「はあ」

「よろしい。それじゃあ続き。夜天の魔導書は、人から人へと渡る力。なら、罪の在処は魔導書ではなくその主にある。異常を来していたのなら尚更ね。普通の人はこのあたりの事情を知らないから、魔導書が悪いって決めつけているのよ。では、主となった八神はやては罪を犯したか。私が調べた限りでは、命令違反が少しだけね」

 

 にこやかなまま繰り出された指摘に、はやては身を小さくした。

 リンディには反発ばかりで、ずいぶんと生意気を言った覚えがあった。それに、現在進行形で、レティにも迷惑をかけている。次に会ったらもう一度謝ろうと心に刻むはやてだった。

 

「……ここだけの話だけど、個人的には、お兄さんの方も素敵だなって思うの」

「え、お、お兄ですか?」

「ええ。だって、大切な人達のために世界中を敵に回すだなんて、まるでお伽噺の騎士か、王子様みたいだもの。となると、あなた達はお姫様ね。それだけ想ってくれる人がいるだなんて、羨ましいわ」

「やや、そんな」

「ふふ、顔が真っ赤よ。はあ、私もぜひお会いしてみたいわ。八神颯輔さん、か……」

 

 カリムの声が熱を帯びたところで、照れ笑いをしていたはやては感情がフラットに戻った。見れば、カリムの頬は赤らんでおり、瞳も潤いが増していて、窓からどこか遠くを見つめている。はやては精神リンクを使い、リインフォースと互いの認識を確かめ合った。

 すなわち、カリム・グラシアは要注意人物であると。

 はやてが開きかけた心を急いで閉じていると、シャッハが戻ってきた。それに気が付いたカリムが、小さく咳払いをする。

 

「とにかく、あなたに関して言えば、状況が状況だったようだし、咎めるほどではない気もするわね。むしろ、あなたは罪を犯すどころか正しくあろうとしている。償う意思を見せているあなた達を、頭ごなしに否定なんてできるはずがないわ。大切なのは、過去ではなく現在、そして未来よ。あなた達が正しくある限り、私はあなた達を信じましょう」

「ありがとうございます。そう言ってもらえて、ホンマに嬉しいです」

「私達にできることであれば、尽力させていただきます。さて、そろそろ本題をお聞かせ願えますか」

「ええ、そうね。本当は、もっとゆっくりとお話ししたいところだけど、それはまた次の機会にしましょう。さあ、シャッハも座って」

 

 後ろに控えていたシャッハは、「失礼します」と断りを入れ、カリムの隣に座った。カリムが再び紅茶を行き渡らせ、ようやく話が進む。

 

「教皇マルドゥエラ様より勅命が下りました。騎士はやて、騎士リインフォース。お二人には私達と共に、二日前に盗み出されたとある聖遺物の捜索と奪還をお願いしたいのです。その聖遺物とは――」

 

 どくん、と、心臓が一際大きな音を立てた。カリムの言葉に、鼓動が速くなっていく。

 はやては、運命が再び動き出す音を聞いた気がした。

 

 

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