単独転移したアルベドが同類と出会い、再び想い人と邂逅する話です。
ユグドラシルがどうして現実世界に存在したのか。自分なりの考察を挟んでいます。

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ガクサーの姫

 アルベドは一人、知らぬ土地で未だ収まらない鼓動の高まりを感じていた。

 

「ああ……モモンガ様……」

 

 最後まで私達を見捨てることのなかった慈悲深き御方。久し振りに玉座の間を訪れ、アルベドを創り変えた御方。

 自分を決して放さないという意思表明だろうか。愛してやまない。それ故に惹かれ合う運命を課したのだろうか。

 

 だがどうしたことか。心を落ち着かせ、周囲に視線を向けられる余裕が現れた頃にはアルベドの顔は真っ青に染まっており、焦点が定まらず上へ下へと、右へ左へと顔を動かしていた。

 

「モ……モモンガ様?」

 

 何処を見ても、愛してやまない御方の姿を捉えることが出来ない。それどころかナザリック地下大墳墓すら見当たらない。

 一体ここは何処だろうか。

 アルベドは自らの創造主タブラ・スマラグディナに見捨てられたと自覚している。だがモモンガは違う、最後まで残られた慈悲深き御方が我が身を野放しにするなどあり得ない。

 仮にナザリックを去られるのであれば、他の御方々と同様に言葉を残さずに去られるか、ナザリックを閉じてしまうだろう。

 だがアルベドはこうして自由に動いているし、今も尚ワールドアイテムを所持している。

 

 ――導き出される結論は……

 

「遠距離恋愛ね! くふぅ! モモンガ様ったら、さながら一人恋い焦がれるお姫様に手を差し伸べる王子様ね。あぁ……」

 

 思わず色の付いた吐息を漏らすアルベド。

 それを見つめる幾つもの黒い影が彼女の周囲を取り囲んだ。

 

 縦に裂ける巨大な口、毛むくじゃらで大柄な体格は6mにも及んでいる。四本の腕の一本は松明を持っており、暗闇を照らしていた。

 平時のアルベドであればここまで近づかれないだろう。しかし彼女は高揚しており、頭の中はモモンガでいっぱいだった。

 

「あぁん! 人がせっかく楽しんでいたのに……誰よ!!」

 

 思考を遮られたことで激昂する彼女は口を大きく歪め、誰が言ったか“大口ゴリラ”の蔑称で( べっしょう )知られている。

 気迫じみた怒号に思わず後退りしかけるが、周囲の土地を縄張りとする彼らに退却の文字は持ち合わせていない。

 

 彼らは互いに顔を見合わせ、言葉ではなく表情で意思疎通をしていた。ナザリックには存在しない種もあり、彼らの表情が読めないアルベドには何を伝えているのか夜目でも見通せなかった。

 

 突如、松明を捨てた一人が彼女に襲い掛かってきた。

 巨大な片腕を叩きつけるように振り翳し、大地が衝撃でえぐれ砂埃が舞い上がった。

 そこにあるべき気配が感じ取れない彼は砂埃を探るように腕を振り回しているが、どれも空振りで手応えが掴められない。

 

 周囲を見渡すように右往左往するも、視界に動くものを捉えられない。

 仲間の一人が頭上に腕を上げ、彼女の居場所を伝えている。まさかを思いながら見上げると、空高くから彼女が降ってきた。

 

 落下の勢いを使い半身ほどの大きさのバルディッシュをこちらめがけて付き出してきた。

 体が大きすぎるせいで的から逃れるにも間に合わないだろう。反射的に出した腕が紙切れのように斬り裂かれ、激痛でけたたましい悲鳴を上げている。

 

 彼女は動きを止めない。怯んだ隙を狙い彼の脚を斬り落とし、地に伏した頭部を容赦なく斬り飛ばした。

 衝撃で全身を反らせるように痙攣させ、欠損した断面から噴き出す血飛沫が周囲を赤く染める。

 

「ふ……ふふっ……あはははハハハハハハ!!!」

 

 狂気に満ちた笑い声を上げる彼女。その異様さは強さでも、裂けるような口でもない。彼女の周囲にだけ血の雨は降り注がれず、台風の目のように静寂で溢れていた。

 

 ――勝てない。

 6mもの巨大な肉体を持ってしても、彼女に傷一つ付けることさえ叶わない自分達に卑下しかけるものの、彼女の表情を見て気がついた。分かってしまったのだ。

 自分達の仲間であると。

 

 これまで幾年もの歳月を過ごしてきた彼らであったが、伝え聞く竜王(ドラゴンロード)以外で自分達の脅威になり得る存在など居るはずもないと自負していた。

 同胞……それも上位種であれば負けるのも仕方のないことだ。

 

 慌てて彼女の前で頭を垂れる彼ら。囲むようにそびえ立つ――跪いているのだが――その様はさながらババロアのようだった。

 

「ふん、そうやって頭を垂れて私に付き従いなさい。さもすれば命だけは保証してあげましょう」

 

 アルベドは慈悲のあるドヤ顔で彼らに救いの言葉を向けた。

 

「モモンガ様……私はここに居ます。何年でも、何時までも待っています」

 

 夜明けの近い、赤みの掛かった太陽を地平線の彼方から視線に捉え、祈るような体制で想いを告げた。

 

「ですが、私の心が……心が折れてしまう前に、どうか……どうかお迎え下さいますように…………」

 

 言葉を話せない彼ら――ガグは、名も知らぬ彼女に感化され温かい何かが頬を伝った。

 

 

 

 

 

 

 自分は嘗てはユグドラシルの開発を任され、仮想ダイブでの人間の動きや思考の変化を研究していた。

 データも揃い、投資した資金も既に回収済み。名残惜しいがこれ以上の目立った開発や更新は行われず、マンネリ化されたイベントの繰り返しで、関わっている人達の賃金やサーバの維持費をなんとか捻出していた。

 蜥蜴の尻尾切りとは違うが、サービス終了に関わったと汚名が付くのを恐れた上層部から別の関連企業へと転職することが決定した。

 第三の――新たなエネルギー開発を担う一大プロジェクトだ。そこで彼は存在こそ証明されているが、その実態は空虚なものだった。分かっているのに掴めない、決して届かない()()は確かに存在する。何故有ると分かっているのに検証のみで実証には至らないのか。

 それはこの世界……宇宙の根源を揺るがしかねないエネルギー。

 

 ビックバンにより宇宙が誕生した。これは誰もが知ってはいるが、実際に確認した人など存在するはずもなく、仮説から抜け出すことは叶わなかった。

 星星の間隔が広がっていることから、宇宙は今も尚成長し続けている。これもまた有名な仮説の一つだ。

 

 宇宙の果てに存在し、宇宙を広大たらしめているエネルギー。無色で、想いを込めれば何にでも成れる無限の可能性を秘めた力。

 それは偶然だった。世界の可能性はそんなに小さくない、彼の友人が以前より発していた言葉であり、その可能性が色を付け目の前に現れたのだ。

 宇宙に眠るまだ見ぬエネルギーを探っていた別部隊がついに発見した宇宙の最果て。欲望を具現化してしまうそれに、己の欲求を抑制することは叶わず飲み込まれてしまった。

 

 物質を転移させる。簡単そうに見えて難しいその技術は、膨大なエネルギーを要するために今日に至るまで誰も成功してこなかった。

 無色の、無限の可能性を秘めたエネルギーを彼はその目で()()をした。そう、未知は既知となり彼もまた、願った。

 

 ――ユグドラシルの世界が続いてほしいと。

 

 未だ熱の収まらない彼は、ユグドラシルの続編を密かに練っていたのだ。プレイヤー達の動きから、これまで以上に人に近いNPCが作れるだろう。

 それは思考し、生きていると錯覚してしまう程の精密さを兼ね備えたNPC……。

 

 彼の願いは増幅され、増長された。同じくユグドラシルを愛し、終わりを望まないプレイヤー達によって――――。

 

 

 

 

 

 

 世界の可能性。新たなる人類の第一歩を踏むはずだった世界の支配者たちは憤怒していた。

 本来であれば財界を支配する自分たちが手にするはずの未知なるエネルギー。それは今の人類にとって永遠の謎となり、人類の歴史は幕を閉じることとなった。

 

 呆気のないものだ。何千、何万年もの歴史を、文化を、現代兵器が焼き尽くしたのだから。

 頭打ちとなった人類に差し伸べる筈だった光、この灰で覆われた世界を救うやも知れない新たな可能性が霧と消えてしまった。

 責任転嫁から上層部は疑心暗鬼となり、そして愚かな選択を進んでしまった。

 

 ――世界は、核に包まれた。

 

 動物が消え、人々が消えた世界。

 幾万年もの時が経過し、新たな生命がこの地を統べる者となり世界の調律を維持すべく活気に溢れていた。

 そして、世界の可能性が形を成した。

 

 新たな人類は世界にとって脆弱で、泡沫のように消え行く定めだった。

 そこへユグドラシルから想いを受け継ぐ者達が現れた。

 

 六百年もの時が過ぎ去りし頃、再び揺らめきが世界を創り変える。ユグドラシルでは悪に染まり、自身を魔王と称する者。

 名を――

 

 

 

 

 

 

 草一つ生えることのない一面の荒れ地。そこに動く影があった。

 生き物だろうか……否、それは偽りの生命を宿した存在。アンデッド。

 

 禍々しい死のオーラを纏いし恐怖の化身。そんな彼が、姿に似合わず頭を抱えて蹲る( うずくま )光景は滑稽としか言いようがなかった。

 

「うぅ……こんな見晴らしの良い更地に放り出されるなんて……これじゃあ狙ってくださいと言ってるのと同じだよ…………」

 

 ナザリックが第十階層、玉座の間で終焉の時を迎えたはずの彼――モモンガは、瞳をとじて――肉体のないアンデッドなので瞳は存在しないが――サービス終了による強制排出を待っていた。

 風通しが良くなり肌寒さを感じ、もしや泥棒に入られたかと不安になりつつも、見開く先には地平線の限り続く荒れ地が広がっていた。

 

 もしやサーバー側の不都合で現在地点が他のプレイヤーと混濁したのかと思い、慌ててコンソールを開こうとした。

 ――開けない。

 

 なんらかの不具合かと思い、GMコールを起動した。

 ――繋がらない。

 

 コントローラー側の強制終了コマンドをジェスチャーした。

 ――排出されない。

 

 おかしい。どう考えても異常事態だ。なのに冷静で居られる自分が怖い。

 ふと現在地点を確認すべくアイテムボックスから地図を取り出した。

 

「まっさら……いや、新たな一ページが刻まれたと言うことか」

 

 羊半紙で作られた巻物だが、魔法的な要素を多分に含んでおり指でスワイプすれば拡大されるし実際に行ったことのある場所であればある程度の情報が記録される。

 これはエリアやダンジョン、街などに入った時に表示される説明が記録されるもので、それ以上の情報となると自身で書き加える必要がある。

 

 では現在の地図はと言うと、モモンガの周囲と現在地点を示すマーカーが描かれているだけだ。自分自身で歩いて情報を増やせと言うことだろうか。

 

「没マップ……いや、それだとコントローラーが機能しない理由にはならないか。自分と同じ境遇のプレイヤーと敵対する前に仲良くする必要がありそうだな」

 

 意味の分からない世界。だが他のプレイヤーも自分と同じく冷静で居られるとは限らない。ならば仲良くすれば良いだけだ。手と手を取り、互いに助け合うのだ。

 人間とは行動を迫られた時に、マイノリティを拒む傾向にある。不安なときほど他者と同調したいもの。出来るだけ多くのプレイヤーと仲間になりたいものだ。

 

 モモンガは歩いた。まだ見ぬ世界。未知を既知にすべく歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 モモンガは地図を見ながら歩いていたが、どうもおかしい。

 一区画、何も描かれていない場所があるのだ。

 

「ここを歩くと……あれ?」

 

 モモンガの能力では不可視の魔法を看破する。しかし目の前の空白は感知することすら出来ない。

 マッピングすべく歩くも、その地点を通り抜けてマーカーがジャンプしてしまう。

 

「うーん、探知系や操作系の魔法を使っても分からないなあ」

 

 まるでそこに何も無いと主張しているように。

 モモンガは知る由もないが、それこそが世界の根源。この世界の真実。宇宙の可能性をこの()()に齎し(  もたら  )た機械の眠る狭間。

 暗黒物質(ダークマター)が存在するも観測不可能なのと同じく、世界から切り離され、存在するも確認を行うことが出来ない。

 

 無色透明な可能性に色を付けることでデータでしか無かった存在を具現化し、魔法を可能とした。

 

「俺の使える魔法では分からない、ということは分かったのか」

 

 科学において証明はなによりの証拠となる。分からないことが分かった。これだけでも一歩前進したと言える。

 

 何時までも考えていては埒が明かない。モモンガは踵を返し、再び足を踏み入れていない未知の土地へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 視線の先には6mを越す巨大な化物が居た。

 彼らはモモンガを視界に捉えると、慌てて方向転換をし走り去ってしまった。

 

「なんだったんだろう?」

 

 軽く首を傾げるも束の間、音よりも速く何かが飛んできたのだ。

 純白のドレスに身を包み、闇よりも深い羽を持つ彼女をモモンガが知らない筈がない。ユグドラシル終了間際、彼女の設定をこの手で変えたのだから。

 

「モモンガさまああああああああああ!!!!!!」

 

 天使のような純粋無垢な笑顔と、頬を伝った涙の跡が対象的な彼女こそ――

 

「アルベド! アルベドではないか!!」

 

 決められた行動しか取れなかったNPCが何故……いや、そもそも拠点地から離れられないはずのNPCが外に居るなんてユグドラシルではあり得ない行為だった。

 この世界に来てから何度目かの発光を終えたモモンガは、賢者のごとく澄み切った心で思考を再開した。

 

「モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様モモンガ様もう二度と会えないのではと思ったこともありましたが、やはり杞憂だったのですね。モモンガ様」

 

「そ、そうだな……」

 

 落ち着いて周囲を見渡すと、巨体の化物達も感慨深くなっていた。

 

「そうだアルベド、他のNPC達やナザリック地下大墳墓は知らないか?」

 

 すーっと現実に引き戻されたアルベドは少々むくれた顔で答えた。

 

「いえ……私がこの地に来た時から他者に出会ったことはありません。そこに居る者達だけです。お力になれず、申し訳ございません」

 

「そうか……おr……私もこの世界を旅して回ったが、プレイヤーの痕跡はあれどナザリックに繋がるものは見つけられなかった。気に病むことはない」

 

 時には深海を歩き、また時には鳥すら羽ばたけない大気圏まで達する山々の頂上から世界を見渡したことさえあった。

 当然ながらナザリックには防衛魔法が何十にも張り巡らせており、超々遠距離からの目視は不可能だ。転移の指輪が発動しないことから、存在しないものとばかり思っていた。だがアルベドがこうして歩いている。もしかしたらと淡い希望を抱いてまうのは致し方ないだろう。

 

「探すか! 共に帰るべき場所を!!」

 

「はい! モモンガ様がお望みとあれば何処までもついていきます」

 

 俺達は? と自身を指差す巨体達。共に過ごしていたと言うことは愛着心が湧いているのだろうか。疑問に思ったモモンガはアルベドに問いかける。

 

「ああ、彼らですね……あー、お前たち! 今まで付き合ってくれて感謝するわ! 短い間だったけどお前たちのことは忘れないわ! (たぶん)

 

 最後に何か言った気がするが、それは気にしないことにしたモモンガ。

 別れを済ませたアルベドと共に、まだ見ぬ新天地へと歩みを向けた二人である。

 

 

 

 

 

 

 主人を失ったナザリック地下大墳墓。誰からも存在を知られることのないそれは、知らないことは存在しないことと同義とばかりに機能を失っていた。

 唯一、直前にモモンガが改変したことで異なる因子を含んだアルベドのみが異物と見做され世界へと排出されてしまった。

 モモンガが存在し外の世界で動いている。そのモモンガの影響を直前に受けたアルベドもまた、この世界に存在を認知されている。

 

「モモンガ様! ナザリックです! ナザリック地下大墳墓が見えてきました!!」

 

「そう焦るなアルベドよ。私にも見えているさ」

 

 骸骨の手を取りぴょんぴょん跳ねるアルベド。モモンガと二人なら何処でも良い。そう思いがちだが、アルベド自身拠り所が欲しいのだ。何処まで行っても我が家が一番落ち着くもの。

 

 そして存在を確認されたナザリック地下大墳墓は、止まっていた時が流れ出し機能を再開した。

 

「帰ってきたぞ! ナザリックに!!」

 

 モモンガは両手を広げ、全身でナザリックを感じようとした。

 

「ただいま、アルベド」

 

「おかえりなさいませ、モモンガ様」

 

 そこには慈愛に満ち溢れた女神がいた。


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