八幡の武偵生活   作:NowHunt

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総武高校編⑦ 歯車は少しずつ動く

 依頼されてからから早くも2週間が過ぎた。そして、今は月曜日。ここからは本格的捜査することになる。

 シャーロックや相模と会ってからは、これといって特に何も起こらず、ごくごく平和な時間が流れた。……平和っていいなぁ。授業中に銃声しないし、爆発音もしない。誰かが喧嘩する光景もない。とても穏やかな2週間だった。

 

 何も起こらなかったということから分かるように捜査の進展はぶっちゃけ何もなかった。本格的に捜査してないとはいえ、こうも手がかりがないと少しばかし凹むな。放課後に学校を回ったけど、怪しい部分なんてバッと見はなかったし。ごくごく普通の高校といったところだ。といっても、教室の隅々まで調べていないからまだ希望はあると信じよう。

 これからどうやって進めるか迷う。平塚先生か校長先生かにマスターキーを借りることはできる手筈なので、それ使って捜査するか。レキは美術部に入ってるから放課後の捜査をするのはキツいはずだ。まぁ、アイツなら部活をしている間でも何か掴んでくれるだろう。狙撃手ってのはそういう生き物だ。

 

 今日から本腰入れて捜査するが、如何せん学生という立場上動ける時間は限られている。休み時間か放課後だけだ。下手に授業中に動いて犯人に警戒されるようでは意味がない。……ていうか犯人いるのだろうか。まだ全然絞りきれてないんだよなぁ。

 

 そもそもの話、この事件の終着点が分からない。学校に武器が隠されている可能性はかなり低いはずだ。それも今回追っている石動組は武器やヤクを購入している側だ。販売している側がどんな存在なのか不明だから何とも言えないが、この学校を通してどのように取引が行われているのかがどうも分からない。

 

 やはりどこかに武器が隠されている……はないな。それはレキとも話し合った。

 

 だとすると、ここを取引の現場に使用している……これはメリットが浮かばないので没にした。改めて考えてみたが、どうもハッキリしない。秘匿性はかなり低いように思えるしな。だって、学校だもん。

 誰かはどこかにいるかもしれないし! 中学生時代、放課後の誰もいない廊下でアニソン口ずさんでいたら、階段の踊り場に女子たちが喋ってて歌っているのを聞かれてしまった悲しみをを思い出す。あのときの冷たい視線はトラウマですね。しかもそのとき口ずさんだ曲がロウきゅーぶのOPだったから余計にな……。

 

 中の人の実話を交ぜた話はさて置き、ホントにどうすればいいのか迷う。ぶっちゃけこういうのは俺もレキも専門外だからな……。

 

「おい、比企谷。ボーッとするな」

 

 そんなことを考えていると、平塚先生に頭を叩かれた。

 あ、そっか。今は古文の授業中でしたね。

 

「……すんません」

「まぁ、前いたとことは授業内容違うだろうが、ここに来たからには真面目に受けろ」

「うっす」

「よし。じゃあ、ここの助動詞の意味を――――」

 

 危ない。本気でビビった。もしここが武偵高だったら、平塚先生のげんこつが飛ぶところだった……。

 

 

 

「ヒッキー、大丈夫? 具合悪いの?」

「いや、問題ない。難しくて呆けてただけだ」

「それもそれでどうかと思うけど」

 

 授業が終わり、休み時間のときに由比ヶ浜がやって来て話しかけてきた。

 

「そういや、あれからどうなったんだ?」

 

 生徒会選挙の立候補者に関する顛末をまだ聞いていないことを思い出した。別に俺奉仕部の人間ではないひ、聞いていないっていうか聞かなくても良いんだけどね? ただ、何て言うか……気になるじゃん。

 

「あー、それね。サッカー部の女マネが立候補することになったよ。元々興味はあったらしいんだけど、やっぱ両立っていうか、隼人君にいいとこ見せたかったらしくて。そこからはヒッキーの案を使ってやる気にさせたって感じかな」

「その女子特有の恋愛感情ってホントに存在したんだな」

「ヒッキーが色々言ったじゃん……!」

「あんなの口八丁で言っただけというか妄想レベルだぞ……。まぁ、上手くいったんなら良かったな。一件落着といった感じか」

「うんうん。ヒッキーもありがとね」

 

 うわっ、この子の笑顔超眩しい……っ!

 こんな純粋な笑顔、武偵高で拝むことなんて滅多にないぞ。俺の知り合いで唯一してくれそうなのは星伽さんだが、あの人笑顔の裏にドス黒い感情秘めてそうだしな……。待てよ、戸塚がいる。そうだ、俺には戸塚がいる。文化祭女将の姿で数々の客を虜にした戸塚は最強なんだなって。

 

「あ、そうそう。ヒッキー今日の放課後って暇かな?」

 

 おっと、唐突だな。もうそろそろ次の授業始まりそうだが、この話まだ続くの。このっていうか別の話か。

 

「暇と言えばそうだし、暇じゃないと言えばそうなる」

「つまり……どゆこと?」

「要するに由比ヶ浜の要件次第だ」

「ゆきのんとお疲れさま会をファミレスでしようかなって思うんだけど、ヒッキーもどうかな? ゆきのんも一応は誘っておいてって言われてるし」

 

 その一応って社交辞令? 社交辞令と受け取らずに意気揚々と参加したら、かなりの割合で空気が悪くなるんだが……これは大丈夫な一応ですか? 

 

「いいのか。俺、部外者だぞ」

「えー。でも、今回ヒッキーの案がなかったら絶対詰んでたと思うよ。立役者ってやつだよ!」

「そうか。なら、お邪魔するわ」

「オッケー。ゆきのんに伝えておくね」

 

 本格的な捜査初日から出鼻を挫かれたが、情報収集という意味ではいいか。雪ノ下と由比ヶ浜、別なベクトルで学校に詳しそうだから、何か事件に繋がることでも知れたら御の字だ。……そういや、レキに何て伝えようか。といっても、レキは部活だから大丈夫か。

 

「じゃあ、またあとでねー」と由比ヶ浜は元気良く手を振り席に戻り、次の授業が始まるところでまた近くに誰か来る。それはそうと、由比ヶ浜さん、そういうの目立つから止めてくれません?

 

「比企谷君、ちょっといいかな」

「葉山か。どした、授業始まるし手短に頼む」

 

 葉山は俺が転校してからちょくちょく声をかけてくれる。俺から話しかけることは今のところないが、クラスの中心人物といったところでけっこう気にかけてくれる……のか。

 

「ちょっと小耳に挟んでね。今回の生徒会選挙の立候補者集め、比企谷君が一枚噛んだって?」

「つっても、ほとんど成り行きでな。お前のとこのマネージャーその気にさせて悪かったよ」

「そんなこと咎めるつもりはないよ。ホントは僕ができれば良かったんだけどね。城廻先輩の頼み断ったし」

「部長なんだから仕方ないだろ。俺は部活してないから何とも言えんが、忙しそうなんだし、そこでお前を責める奴はいない」

「ありがとね。僕も今回のことは心残りだったから上手くいって良かったよ」

「そういや候補者1人だが、その場合って信任投票か?」

「まぁ、そうなるね。さすがに落ちることはないだろうけど、受かることを祈るよ」

「部活のマネージャーなんだろ。フォローくらいはしてやれよ」

「そのくらいはもちろんするさ」

 

 お、今の俺恋のキューピッドみたいだな。

 

「おっと、もう授業始まるね。じゃあね」

「おう」

 

 …………何回かこのように話すことはある。が、怪しい雰囲気はない。主に事件に関わっているかどうかの観点でだ。コイツの親父さんが弁護士だから少しは観察してみたが、ただの一般人といった領域を抜けない。

 武器を触った特有の匂いもしないし、葉山もシロだな。いや、これ片っ端から決めてくのけっこうキツいなぁ。というより、全員疑いながら会話を進めるのはなかなかにめんどい。だいぶ改善したけど、コミュ症には大変だ。

 

 

 

 

 

 

「あら、やっと来たわね」

「ヒッキー、こっちこっち!」

「あぁ、悪い遅れた。掃除に手間取った」

 

 放課後のサイゼにて。先に座っていた雪ノ下と由比ヶ浜と合流した。

 

 やはりサイゼはド安定。500円あればある程度腹が膨れるほど食える。安さは正義だ。

 最近はキャッシュレス時代なのかとうとうサイゼもクレジット決済や電子マネーを導入している店が増えてきた。正直レジしててクレジットとかにする人体感そこまで多くないけど。ていうかクレジットやら時間かかるから現金にしてほしい。その間に仕事たまるのがもう大変で……。

 

「比企谷君、何頼むの? 今ちょうど決めているところよ」

「単品のドリンクバーで」

 

 ここであまり食えないというか、別にここで間食してもいいんだが、ここで食ったら夜に作る気なくなる。

 

「んー、じゃああたしもそうしよっかな。晩ごはんあるし」

「そうね。なら私もそうするわ」

 

 店員にドリンクバーを頼んで、それぞれ入れてから改めて着席。

 

「では、お疲れさまー! かんぱーいっ!」

 

そして、由比ヶ浜の音頭。

 

「かんぱーい」

「えぇ、乾杯」

 

 俺は棒読みで雪ノ下は抑揚のない声で由比ヶ浜に続く。

 

「2人ともテンションひくっ!? もっと盛り上がろうよー」

「せやかて工藤」

「誰が工藤だ!?」

 

 あれ、由比ヶ浜にはこのネタ通じない?

 

「本格的に動いたのお前らだろ。横から適当に口出ししただけだし、ぶっちゃけ場違い感強い」

「なら、なぜここに来たのかしら……」

「でもでも、ヒッキーも大活躍だったからね」

「そうね。そこはホントに助かったわ。ありがとね。多分比企谷君の意見がなければ詰んでいた可能性が高かったからね」

 

 確かにけっこう追い込まれた状態だったな。もし見付からなかったら現生徒会からムリヤリ選出されていただろう。……別にそれでも良かった気がするのは俺だけか。

 

「なんにせよ、どうにかなって良かったな。これでしばらくはお前らもゆっくりできるだろ」

「そうだねー。修学旅行から今回でマジ疲れたー」

「由比ヶ浜さんに同意だわ。連続して厄介な事柄が舞い込んだのは堪えたわ」

「色々あったんだな。ホントお疲れさん。……そういやさ、最近何か変なこととかある? なんつーか学校全体で。俺が来る前に何があったのか、何となく知りたいなぁ、と」

 

 ……話題変換下手か、俺。学校について訊くにしてももうちょいやり方あるだろ。さすがに怪しまれるだろ、これ。こういうとき口下手だと捜査するときキツいですね。

 

「うーん。変なことと言われてもあまりピンとこないかな。夏休み明けてからは文化祭と修学旅行の話題で持ちきりだったし……。前に言ったけど、さがみんが不登校になったことかな」

「言ってたな。それって具体的にどんな感じだったんだ?」

「えーっとね、さがみんが文化祭でやらかして委員会のみんなに迷惑かけたんだよね。その噂……というより事実? が学校全体に知れ渡って、色んな人から陰口……みたいな感じがあったんだよ」

「なぜか私に同情する声も多かったわね。私も悪かったのだから、相模さんを責めるつもりなんて更々なかったのに、あそこまで同情されるとは正直鬱陶しかったわ」

 

 雪ノ下は冷たい表情でそう吐き捨てる。

 

「直接何か隠したり壊したり、それこそ暴力みたいなイジメはなかったけど、文化祭終わってから1週間以上もずっと避けられて陰口みたいなひそひそ話が続いて、しばらくしたらさがみんが学校に来なくなったんだよね。だいたい1ヶ月くらい」

 

 なるほど。確かに周りから白い目で見られるというのは思いの外ストレスが溜まる。ちょっと聞こえただけでまた自分の悪口かと思い、非常に神経を使う。で、被害妄想が段々膨らんだといったところか。

 自業自得、因果応報とはいえ、そういうのはかなり精神に来るもんだ。つーか、1ヶ月程度で復帰するとか、けっこう心臓強いなアイツ。不登校なんて長引く奴はとことん長引くし、なんなら退学してしまう奴の方が多そうな印象だ。

 

「相模に味方――友だちとかはいなかったのか?」

「いたけど……悪い噂が広がってからさがみんに近寄らなくなったよ。かなり距離置いてたね。隼人君がフォローしようとしてたけど、さすがに広がりすぎててムリがあったんだよねぇ」

「その噂が嘘なら否定しようがあったのだけれど、如何せん事実なのが響いたわね。私や由比ヶ浜さんからも抑えようとしたけど、相模さんに直接何かしらの被害があったわけではないから、それもダメだったわね。他人の陰口は止めようとすればするほど拡散するのだと改めて知ったわ」

 

 周りにマイナスなイメージを持つ人がいれば、さっさと離れて保身を図る。実に人間らしい動きだな。

 この2人や葉山ですらフォローしきれなかったのか。

 

「それで、修学旅行が始まる1週間前くらいに復帰したけど、さがみんに関わろうとする人はいなかったね。もうさすがに陰口する人はいなかったけど」

「まぁ、確かに教室でも1人でいる印象だな」

 

 変に人間関係で悩むくらいなら1人でいた方が圧倒的に楽だが、そんなことを選択できる人間はなかなかいない。俺みたいにとうに割りきっている人間なら未だしも、前までいわゆる陽キャと呼ばれる性格の人にはかなり酷な選択だ。

 人間は基本的に群れる生き物だ。徒党を組まないと安心できない。周りと違うとそれだけで視線に敏感になる。敏感になればなるほど、周りに依存していく。人によって差は千差万別だが、何かに依存する人はとことん依存する。それこそ、もう抜け出せないくらい。それが年頃の女子高生なら尚更だな。

 

「あたしが話しかけてもかなり冷たい反応だからね……」

「由比ヶ浜さんでそれならお手上げよ。人間関係リセットするしか改善方法はなさそうに思えるわ」

 

 独りになれば、自分を守るために殻に籠るんだろうな。ハリネズミみたいにトゲを生やして威嚇して。

 

「あー、そういえば、さがみんが不登校の間にまた変な噂が立ったことがあったね」

「というと、昼に出歩いてるとかそんなのか。不登校ならそんなの大したことじゃないと思うが」

「ちょっと違くてね。……その、あまり大声で言えないけど、体を売ってるとか……そういう話題」

「それは……事実かどうかは知らんが、酷い話だな」

 

 下手すれば名誉毀損だろ。誰だ、そんな噂流したのは。

 といっても、きっかけはちょっとした話題から、色々くっついてそういう話題になったのだろうと容易に想像はつく。

 

「だから余計に孤立しているってわけか」

「そういうことよ。はぁ、下衆な人間は一定数いるものね……」

 

 ということは、ドーナツ屋で相模と会ったときに『知っている?』と訊かれたが、あれはいわゆる援交についてだったのか。確かにそれは知られたくないな。

 

「さがみんの話は置いといて、他に変なことってあるかな?」

「そうね……。これは学校内の話ではないけれど、よくここ近辺でパトカーのサイレンが聞こえるわね。もちろんほとんどは夜中辺りで、授業中に聞こえることは稀にしかないけれど」

「あー、言われてみれば最近多いかな。物騒だよねぇ」

 

 それは坂田さんたち警察が色々動いているんだろう。石動組関連の事件が多発しているらしいし、恐らくはそれだな。

 

「ごめん、ちょっとトイレ行くね」

 

 しばらく思案していると由比ヶ浜が突然立ってトイレへ足を進める。そして、由比ヶ浜がいなくなったのを確認してから、雪ノ下は口を開く、

 

「――――やっぱり、ここで何か起きてるのね」

 

 俺が武偵だと知っている雪ノ下が咎めてくる。

 

「そりゃな。なければわざわざ退学してまでここに来ねぇよ」

「転校する理由がないしそうなるでしょうね。それより貴方、話題転換下手すぎない? さすがに露骨すぎるわよ。由比ヶ浜さんはある意味バ……根が純粋だから怪しまれないだろうけれど」

「今バカって言おうとした?」

「さぁ? こういうのはもう少し自然な感じで話しかけなさい」

「ほっとけ。こういう地道な捜査は専門外なんだよ」

 

 あ、やっぱり不自然ですよね。普通にダメ出しされた。

 

「事件の詳細は明かさないが、まぁ……ここの生徒たちには極力被害を出さないよう尽力するので、色々見逃してくれたら助かる」

「もちろん、そうするわ。今回で借りができたし」

「あれが貸しとは思ってねぇが……別にいいか。だったら、是非とも情報提供に協力してほしいな」

「それは構わないけれど、私や由比ヶ浜さんが知れる情報なんてたかが知れてるわよ」

「正直どんな情報でもほしいんだよな」

 

 と、素直に告げると、雪ノ下は真剣そうな思案顔になる。

 

「そうね……。ここ最近で言うと、由比ヶ浜さんが言ったように相模さんの問題の他には何もないような気がするわね。あとはさっき言ったけど、周りで何かしらの事件が多いかし――――あっ」

「あ、どした?」

「そういえば、どこか治安が悪くなっているように思うわ」

「治安? あぁ、サイレン云々の関係か」

「それもあるけれど、いわゆるヤクザのような人物が千葉駅辺りで闊歩している回数が多い印象ね。さすがに学校周辺にはあまり見かけないけれど」

「あまりってことは、いるにはいるんだな」

「そうね。それでも、トラブルにはなってないわよ」

 

 ……そのわりには俺が来てからの2週間、そんな奴らは見かけないな。学校から部屋に帰るとき、わざと遠回りして帰路についている。巡回みたいな。

 前まで住んでいた家を久しぶりに見たときは懐かしい気持ちに襲われた。っていうか、今親父たちが住んでる家で全然過ごしたことねぇわ。なんなら俺の部屋がないまである。いや別にいいんだけどね? ろくに帰ってないし。

 

 そして、ヤクザみたいな奴は見てすぐに分かるんだがな。警戒……とかはないな。単純に俺のタイミングが悪いだけだろう。少しくらい隙見せてくれてもいいんだけどなぁ。その方が楽になるしね。

 

「お待たせー」

 

 トイレから戻った由比ヶ浜がトスンと席につく。それにしても俺の目の前にいる由比ヶ浜と雪ノ下がいるんだが、コイツら距離近すぎないか? もう肩が触れ合っているぞ。パーソナルスペースがこの2人限定で近いな、ホント……。コイツら付き合ってんのか疑わしくなる。

 

「ねぇねぇ、何話してたの?」

「先ほどと同じ話題よ」

「ふーん。あたしはもう思い付かないなぁ。なんて言うか……ヒッキーが来るまでも来てからも同じ日常ってやつ」

「まぁ、同感ね。奉仕部で色々と私たちの問題はあっても、全体で言うとこれといって何もないわね」

 

 治安は悪くても、怪しいことは起こっていないと。どこか矛盾している気がするが、トラブルがないのならいいことだ。……俺としては起きてくれた方が動きやすいがな。

 

 

 

 そこからは俺の調査は中断して、お疲れ会というわけで他愛もない話が行われた。ほとんど由比ヶ浜が話して俺らが相づちを打つといった形ですけどね。コミュ力低い人間が集まっても会話は生まれない。

 で、時間もある程度経ったので会計して出ていくことに。ドリンクバーで300円は安いな。

 

 今は2人がキャッキャと会話している後ろを歩いている。まるでSPみたいな……あながち間違いではないが、どちらかと言うと子分だなこれは。2人の会話に耳を傾けながらも、周りを観察する。

 何もおかしい点はない。至って平凡な街の風景だ。

 

「…………」

 

 しかし、俺の胸中は複雑だ。

 はぁ、どうしたもんか。前途多難すぎてな。こういう地道な捜査なんて専門外だから進め方にかなり迷う。レキも部活帰りに校舎を見回り不自然な場所はないか探しているが、進展はない。坂田さんも警察を警戒してかここ最近の石動組幹部の動きは大人しいって言ってたし、なかなか捜査も難しい。さっきからそればかり考えているな。

 

 そういや、今は適当に雪ノ下たちの後ろを歩いているが、コイツら家どこだ? 俺はこの方向で合っているけども…………ん?

 

 

「あれ……?」

「えぇ、何か騒がしわね」

 

 

 由比ヶ浜と雪ノ下は不意に足を止める。つられて思わず俺も立ち止まる。どうしたのか不思議に思うが……。よくよく見ると、もうちょい歩いたところに人だかりができている。確かあの位置は予備校辺りだ。他の学生はもちろん、総武高の制服を着た人もちらほら確認できる。最近の高校生は茶髪やら金髪やら進んでるなぁ、とおっさん染みたことを考えながら様子を見る。

 

 それだけなら別に違和感はない――――が、やけに騒がしい。年頃の高校生は騒ぐの好きだねぇ。しかしまぁ、往来では静かにしてほしいもんだ。武偵高の奴らにもそう言いたい気持ちもある。道端でバズーカぶっぱなしてんじゃねぇぞ。

 

「――――ッ――――!」

「――――――ッ!」

 

 これは……野太い声だな。

 

 学生だけの集団にしては違和感がある。大人……それも複数。2人か。

 何かトラブルか。その可能性は高いだろうな。まぁなんにせよ、一先ず確認だ。もしホントにトラブルなら、久しぶりに仕事でもしよう。いや別に今も仕事してるんだけどね?

 

 人混みを避けながら何があるのか確認する。

 

「ねぇ、いい加減離してくれない」

 

 トラブルの渦中には2人の男と1人の女子高生。計3人。

 

 女子高生は男に腕を掴まれ声をあらげている。2人の男はそれなりに鍛えているな。互いに金髪――といっても髪色は微妙に違うが。年は20代前半か。それに加えてこの雰囲気……カタギではないな。高級そうなスーツの懐に不自然な脹らみがある。恐らく拳銃。種類までは分かんないが。

 

 女子高生は青みがかった髪色でポニーテールをしている。細身でわりと長身だ。刺がありそうだが、普通に美人の部類に入るだろう。おまけにコイツも総武高の制服を着ている。

 あー、この人見覚えがある。同じクラスにいたな。名前は例によって覚えてないが、コイツも相模同様1人でいることが多かったはずだ。相模と違うのは別に誰かと喋っているのは普通に見たことある。友だちはいるけど、多くはないタイプと勝手に予想する。

 

「えっ、サキサキじゃん……」

 

 近くに来た由比ヶ浜がそう呟く。

 

「由比ヶ浜、あれクラスメイトだよな」

「うん。サキサキ……川崎沙希だよ」

 

 由比ヶ浜の返答は予想通り。名前も判明した。川なんとかさんか。さて、どうする……? 

 どこからどう見ても何かに巻き込まれているのは確かだ。事件の大きさについては大なり小なりってところで規模は見ただけでは分から……まぁ、いいや。めんどくせぇ。男たちが手を出してるから、とりあえずは助けるか。銃を撃つ可能性も否定はできない。それにあれだ、コイツらどうせカタギじゃないはずだ。独断と偏見だが、雰囲気が明らか一般人じゃない。場所的にも所属は石動組かもしれない。

 

 うしっ、取っ捕まえるか!

 

「そんなこと言うなよ。俺たちお前の母ちゃんに用事あんだよ」

「アンタの母ちゃん俺らに借金してるんだよ、知ってんだろ?」

「どうせ詐欺紛いのことしてるんでしょ。さっきも言ったけど、いい加減にしないと警察呼ぶよ」

 

 とはいえ、最初にまず坂田さんに連絡して……いや、それにしてもギャラリーが多い。雪ノ下はともかく、今から行動するのに由比ヶ浜が邪魔だ。危険に晒される可能性は否定できない。どこか遠くへ避難を……。

 

「由比ヶ浜さん、ここは危ないわ。一旦離れましょう」

 

 雪ノ下か。素晴らしい。行動が早い。俺を武偵と知っているからかこちらが動きやすいように選択を取ってくれた。なら、あとは雪ノ下に任せるか。

 

「で、でもサキサキが……」

「えぇ、分かっているわ。すぐに警察呼ぶわよ」

「ヒッキーは……!?」

「俺は家この方向だからなぁ。どうしようもない」

 

 いやもうホントマジでギャラリー多いなぁ。せめて制服以外……私服なら未だしも良かったんだが。この制服だと相手側に総武高の生徒ってバレるよな。素性知られるのはできれば避けたかったが、仕方ない。これも仕事だ。

 

 ――――さて、やるか。

 

「ちょっ、ヒッキー。危な――えっ……あれ? どこ?」

 

 

 由比ヶ浜の疑問の声をよそに足音、気配を消して渦中の人物たちに近付く。

 

 

 人混みには当たらないように避けながら足を進める。うーん、騒ぎの中心の周りに野次馬がいるが、2mは距離あるな。野次馬精神働いている人が多すぎるのに辟易する。

 そのわりには警察は来ないし、ただ見てるだけの奴らばかりだな。つっても、それも仕方ないってやつだ。人間、高みの見物決めたい奴は当然いるし、気付いた人が行動するというスタンスをとっている奴も多い。後者の場合、気付いた人ばかりが損をするケースが多いが。

 

 ……お、誰にも気付かれずに近付けた。

 

「ちょっとくらいイイじゃん。俺らと遊ぼ――――ふべらっ!」

 

 男2人の背後まで歩き、そのまま止まらずに1人だけ股関節を蹴る。やっぱ最初は急所狙いが一番効率いいよなぁ。不意討ちなら尚更だ。いくら鍛えても股間は鍛えることなんてできないし、簡単に動きを封じることができるし……うん、後を考えると普通に楽。

 

「な、なんだテメェ……ガッ!」

 

 いきなりの出来事に当然反応はできず、男は脂汗を流しつつ股関節を抑え、屈みながらこちらに振り向いた瞬間、位置が低くなった頭に回し蹴りを放つ。

 

 ……お、綺麗に決まった。鼻を捉えたし、かなりのダメージ入っただろう。って、もうノビてる。まぁ、不意討ちで仕留められなかったら、わざわざ不意討ちする必要ないしな。しかし、不意討ちでも受け身は取れるように頑張りなさいな。そのレベルだと武偵高では生き残れないぞ。特に水投げとかはな……うっ、嫌なこと思い出した。

 

 今回の回し蹴りに関しては特に力は入れてないが、人間の鼻に攻撃決めると素人でも充分なダメージを負わすことはできる。ちなみに肘や膝で鼻を攻撃するとより効果的だぞ! ただし余裕で刃傷沙汰になるので注意が必要。 

 

 俺が蹴った相手は川なんとかさんを掴んでたが、俺が股関節を蹴ったときには放してたから、川なんとかさんは無事だ。変に引っ張られずに済んだ。

 もう1人の方もいきなりの出来事に驚いたらしく川なんとかさんの手を放した。一瞬驚愕の表情を見せたが、すぐに切り替え、こちらを睨み威嚇してくる。……やっぱこの手合は慣れているな。

 

「んだテメェ! いきなり何しやがる!?」

「何って……見たまんまのこと。お前らが、悪さするから、俺が、助ける、オッケー?」

「あぁ? んだソレ、正義の味方気取りかァ?」

 

 俺より筋肉質で俺より身長が高い分、睨みも威嚇も迫力がある。ていうか、コイツ相当鍛えているな。何か格闘技でもしているのか。

 

 それで、回答の方だが。

 

「んー……いや、どちからと言うと、正義の味方じゃなくて法の番人ってところかな」

 

 それが仕事なので。

 

「何言ってんだ。意味分かんねぇな。……ケッ、まぁいい。俺の仲間ぶっ飛ばしたテメェにきちんとお礼しねぇとな」

「止めとけ止めとけ。お前が損するだけだぞ」

「アァ!? どういう意味だ!?」

「俺が適当に時間稼ぐだけでいずれ警察来るし……そもそもお前じゃ俺に勝てねぇよ」

「……っ。アァ!? 舐めた口利きやがって――!」

「――――ッ」

 

 男は叫ぶとストレート、右フック、ジャブ……これらの動きをかなり素早く済ませてくる。これはボクシングか。

 

「ふっ!」

「……チッ」

 

 ……いや、キックも流れで繰り出してきた。避けることは容易いけど、ったく、いちいち危ねーな。この動き……キックボクシングかその辺りの類か。けっこう洗練された動きだ。さっきのパンチも良い攻撃だ。

 

 って、大袈裟に避けたのに誰ともぶつからない。どうしてだ?

 

「――――」

 

 ん? あぁ、そういうことか。やけにうるさいと思ったら、コイツが派手に動いたことで周りはより騒ぎになり散り散りになった。なんつーか、こんな反応はあっちでは見られないからどことなく新鮮だ。それは置いといて、周りに人がいなくなりつつある今、変に巻き込まないで済むしこれで俺も存分に戦えるな。

 

 適当にのらりくらりとして警察待つのもいいけど、雪ノ下が連絡したとして最短で5分くらいか? そんなに待つならさっさと仕留めた方が楽だよな。

 

「はっ、口だけか。さっきから逃げてばかりじゃねぇか!」

「1つ教えてやる。その動き、多分キックボクシング辺りだとは思う。鍛えられてるし、そこらの一般人相手なら充分お前が勝てる実力はあるだろう。……が、喧嘩とスポーツは訳が違う。それを学べよ」

「は? ――――ウッ」

 

 男のパンチをしてきた腕を掴み、こちらに引き寄せてから手をチョキの形にして顔に近付ける――――簡単に言うと目潰し。

 

「要するに、何でもアリってことだ」

 

 目潰しする直前で腕を引っ込める。さすがにそこまではやらない。が、怯ませるには充分。そこから股間を蹴ろうとしたが――さっきもやったし、ここは別の方法にしよう。

 まずは顎に掌底を喰らわせる。けっこうイイのが入ったと思ったけど、ボクシングしている奴は多少なりと顎の攻撃には慣れているか。普通に耐えられた。

 

 なら次は肘で鳩尾を殴る。……ん? 肘での攻撃は殴るとは言わないような……。打つが正しいか。

 

「ガッ……。アァ、クソがっ!」

 

 まだ耐えるか。かなりタフだな。やっぱ格闘技している分ある程度の耐性はあるんだろうな。

 

 ――っと、反撃してきた。耐えるだけでなく、まだ反撃できる余力があるのか。素早い右ストレート。しかし、やはりと言うべきか俺の攻撃が効いているからさっきまでよりも格段に遅い。これなら、1年振りのアレがイケるな。

 

「フッ――」

「なっ!?」

 

 

 ――――俺がしたのは男の右腕を支点にした助走なしのロンダートだ。ほんの一瞬なら、この男でも充分なほど支えにできる。男が驚いたときには俺はもう既に男の頭上にいる。男からしたらいきなり視界から消えた風に移るだろう。

 

 

「……ん?」

 

 空中にいる間少し視線を動かしたが、歩道の向こう側に見慣れた人物がいるな。アイツも帰る時間帯か。っと、今はこっちに集中しないと。

 

「おらッ――!」

 

 そして、空中でどうにか体勢を整えつつも男の頭上へ到達した瞬間――――踵落としを喰らわせる。

 

「…………ッ!!」

 

 俺の蹴りは頭頂部を綺麗に捉える。……しかしまぁ、空中で踏ん張りが利かない状態での踵落としだからかまだ仕留めきれていない。

 踵落としは勢いつけた方が断然威力がある。前回、ヒルダにしたときは仮にも踏み込んでから使ったが、今回は何もかも不安定すぎたか。わりとイイ線いったと思ったんだけどなぁ。ロンダートからでは体勢整えるのに神経使ったのもあり、威力はそこまでだった。素人レベルの相手なら倒せてただろうけど、ヤクザ相手にはまだ足りないか。

 

 まぁ、何だ、別にいいか。仕留めきれていないだけでけっこうなダメージ与えたんだし。

 と、そんなことを思いながら男の背後に着地する。

 

「じゃ、これでラスト――――!」

 

 確かにさっきの踵落としで仕留められないのは残念だが、俺の度重なる攻撃でろくに動けていない。つまり、背中がガラ空きだ。男は何が起きたのかさっぱりだし、あと一撃入れれば沈められる。というわけで、俺はガラ空きの背中へ目掛けて思いきり蹴りをかます。

 

 ……おぉ、吹っ飛ぶ吹っ飛ぶ。今度こそ完全にダウンしているのを確認する。もうさすがに立ち上がれないな。

顎に鳩尾や頭頂部、そして背中。格闘技だけでは経験できない場所への攻撃……いや、顎なら格闘技でも狙われるか。まぁ、慣れていない場所への攻撃には対処できなかったということで。

 

「ハァ……ハァ……。て……テメェ……っ」

 

 あ? 最初に不意討ちした奴まだ意識あったのか。起き上がろうとしている。完全にノビたと思ったんだがな。こっちもタフだったということになるな。

 

 ……まぁ、放っておいてもいいか。別に問題はない。何故なら――――

 

「ざ、ザケんじゃね――――ウッ」

 

 

 俺には優秀な狙撃手がいるからな。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

 俺のいる歩道の反対側にいたレキがこちらに渡ってきて一声かけてくれる。俺がロンダートで空中にいたときにレキがいたのは見えていた。手には軍用のパチンコを所持していたが、カバンにもう閉まっている。

 

 レキはパチンコを用いて、起き上がろうとした男の側頭部に鉄球をプレゼントした。……めっちゃ痛そう。

 

「この人たちは石動組でしょうか」

「かもな。確証はないが、ヤクザ側だとは思う。銃所持しているし、もしかしたら密輸されたものかしれないな。……って、警察呼んでたのか」

 

 パトカーのサイレンが聞こえる。

 

「はい、坂田さんを呼んでおきました。話をつけやすいでしょう。……しかし、どうします? これでは私たちが一般人ではないとバレますが」

「別にお前は援護しないで良かったんだぞ。俺だけなら喧嘩してたで片付けられるのに」

「大丈夫です。私が撃った場面は誰にも見られていません。気配を消していたので」

「とはいえ、今俺に話しかけてるだろ。疑われるぞ」

「それも大丈夫でしょう。私は八幡さんの彼女としてクラスに知れ渡っています。こうして話しかけても問題はありません」

 

 そうだったな。俺が戸部から色々と訊かれた同日、レキもクラスメイトから同じような質問をされた。そのときに無難な回答として、俺を彼氏ということにした。あながち間違ってはいないけど。ぶっちゃけその説明の方が楽なまである。

 

「とりあえず事情聴取は俺だけで大丈夫だ。一先ずは先に帰っててくれ」

「その方がいいでしょうね。八幡さんだけだと周りからは喧嘩に見えるでしょうし、私まで警察に行くと話が拗れる可能性があります」

 

 話が早くて助かる。周りの目を誤魔化すために、レキは一般人でいてくれないとならない。只でさえ俺が堂々とやらかしたんだからな。仕事だから仕方なかったが……そういや、川なんとかさんは無事か。巻き込まれてはいないはずだが。

 

「――――っ」

 

 こちらを唖然とした表情で見ているが、怪我はなさそうだ。まぁ、何が起こったのかさっぱり分からないだろうな。そりゃそうだ。こんな光景に慣れてる人間なんてそうはいないだろ。

 

 ……なんかごめんね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話をもちましてめでたく(?)100話目となります
1話から読んでくださりありがとうございます。途中1年ほど投稿してない期間があってなお、読んでくださり皆様には本当に感謝です

自分もたまーに読み返しますが、文章があまりにも下手だったり試行錯誤感が強かったり、なんだか懐かしい感覚です。いや別に今が文章めちゃくちゃ上手とは全くもって思いませんが……。伝わりやすいなら幸いです

これからも投稿ペースは諸事情ありまして安定するとは言えませんが、よろしくお願いいたします!




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