八幡の武偵生活   作:NowHunt

110 / 158
明けない夜の真上で

「……」

「……」

「…………」

「……」

「……」

「…………」

 

 この場を支配するのは、ぼっち(死んだ魚の目)と無口(リアル姫様)と中華娘(ロリロリ)の3人。藍幇城の2階にある一室に集まってから3人テーブルにつき、およそ10分は沈黙を貫いている。俺、あれからちゃんと逃げたのにいつの間にか掴まっていた。

 

 ……ただただ静かだ。周りでは怪盗やまな板がこの豪華絢爛な城に来て騒ぎまくっていると言うのに……。いや、ていうかこっち気にする素振りなさすぎだろ。なに、いない者として扱っているの? 空気なの?

 

 そして、この冷徹な空間で誰かが一度喋ろうものなら……いや、そんな勇気はないです。蛮勇ではないので。ひたすらに居心地が悪いというか気まずい。だ、誰か助けて……。理子さん、こっちに来て色々とメチャクチャにして! お前の敢えて空気を読まないスキルで助けてくれ。あ、来る様子ねぇわ。どんだけ騒いでいるんだか。こうなったら、瞬間移動でもするか。うん。集中――――

 

「八幡さん、逃げないでください」

「……はい」

 

 光の粒子を出したところで止められました。ていうか、どうしてこうなったんだ。俺はあれから空飛んで2階に逃げた。かと思いきや藍幇城にいた女の子たちがあれやこれやと俺を押してこう……セッティングされたテーブルに座らされた。そこにレキと猛妹が来てから――――今に至る。

 

「というか、どこへ逃げようとしたのですか?」

「え……あ、行き先設定してなかった。だからまぁ、あれだ、視界内のどっかだろ。日本に帰るわけでもないし」

「それ結局は変わらないと思うね……」

 

 ようやく猛妹も口を開き、俺に突っ込んでくる。

 

「そういえば、八幡の瞬間移動ってどこまで行けるの?」

「……ん」

 

 唐突な猛妹の疑問に答えていいのか迷う。とはいえ、猛妹に関しては別に答えたところで問題ないかと判断する。藍幇にも色金使える奴いるのだから、情報は俺とは比較できないほど持っているだろう。

 

「まだ色々と試している段階だけど、俺1人だけで飛ぶなら多分――日本国内の距離ならどこでも飛べると思う。飛ぶ先の地形やら座標やら具体的な情報が分かってないと、かなり危険だけどな。最悪空中に放り出されたり、ビルとビルに挟まったりする可能性がある。長時間集中していいなら……海外もまぁ場所によるだろうけどイケるかぁ……どうだろ。まだ海外は試してないからな。不法入国とかで掴まるのは避けたいし」

「八幡1人ってことは誰か付いて行くとどうなの?」

「まぁ、誰か1人ならそこまで問題ないだろうな。1回レキと一緒に飛んでみたときは普通に成功したし。どうもこの瞬間移動はどうも飛べる距離と運べる重量は反比例するみたいだな」

「……ハンピレー?」

 

 なに目を丸くしているんだ。猛妹お前さては反比例分かってないな?

 

「要するに身軽だと長く距離飛べて、飛ぶとき重いものと一緒ならそんなに距離飛べないってことだ。例えば……この城を動かそうとするなら、せいぜい10m移動させればいい方じゃないか。いや、どうだろ。そんなに動かせるかな……さすがにこの重量で10mはムリがあるか。ちょっと向き変えれるくらいか」

「へー。猴とはその辺りちょっと違うのかな」

「まぁ、年季が違うだろうしな。俺なんてペーペーもいいとこだぞ」

 

 正直なところ、瞬間移動に関してはまだ検証不足なことは否めない。いやまぁ、瞬間移動だけというよりほぼ全部なんだけど。瞬間移動を使い始めたのってヒルダと戦った数日後辺りだからな。ふと使えるようになっていた感覚だ。それから実験は重ねているんだが、国外とかはおいそれと試せないし、国内でも街中で瞬間移動とかろくに使えたもんじゃない。そんなの秘匿性どこ行ったって話になる。

 

 これから先、もっと色金が身体に馴染んでくれば結果は変わってくるだろう。実際、俺の超能力の力の上限は使い始めたころに比べればかなり上がった。烈風だと使える時間も増えたし、単純な威力も向上している。なんだか徐々に人間止めてるなと感じるが、別に今更感はある。周りが人外ばかりだし。それらに比べれば、俺なんでまだ一般人の範囲内だろ。

 

 と、ようやく話が始まったので仕切り直しに給仕の人に飲み物のお代わりを貰う。

 

 飲み物で思い返したけど――――さっき飛翔で逃げたときみたいにあんまり超能力使うべきではないよな。こんなどうでもいい場面で。いやマジで。

 

 俺の超能力の回復源はMAXコーヒーだ。あれは基本的に千葉に売っているもので海外には当然ない。つまり海外だと補給先がない。カフェインと糖分が必要だからそれっぽいものでも代用はできなくもないが、可能ならMAXコーヒーが飲みたい。好み的な問題で。一応はいくつか持ってきたからどうにかなるか。しかしまぁ、空港での液体の検査くっそ面倒なんだよな。

 

「にしても猛妹さ、なんか日本語上手になってない?」

 

 真面目な話は中断して、ふと気になったことを訊く。

 

「それは私も感じました」

「だよな」

 

 レキも同意する。実際、前に千葉であったときと比べればまだ発音に不自然さはあるものの、前回のようなカタコトといった感じはしない。末尾も普通になっている。

 

 突然の話題転換に猛妹は目を丸くしたけど、すぐに自慢げな顔になる。

 

「ふっふっふっ……これでもちゃんと日本語勉強してるからね。前までも話せたけど、やっぱりもっときちんと喋りたいよ」

「正直、俺は中国語はさっぱりだからな。日本語を話せる奴が増えるのは助かる部分はある。レキは中国語分かるの?」

「多少は。といっても、日常会話は満足にこなせまん。中国で仕事することはあまりなかったので」

 

 そうなんだ。

 

「そういえば、八幡は何があったのか訊かないの?」

「何がって?」

「バスカービルと私たちの……いざこざ?」

「あれをいざこざレベルで済ませれるとは思いませんが」

 

 あ、さっきまでバトッてきたんだ。だからここに招待されたかと合点がいく。遠山たちがここに来たのも諸葛の言うところの詫びなのだろう。そうでもなきゃ、どこにあるのか分からない水上の城にこんな堂々と乗り込ませないか。

 

「別に詳細は興味ない。勝手にやってくれ」

 

 俺は平和に過ごしたいんだ。修学旅行にまできて血生臭いのはもう勘弁したい。何が悲しくて遊びに来てまで血を流さなくちゃいけないんだ。そういうのは京都で終わり。今回はもう俺は戦わない。絶対だ! そういうこと思うといわゆるフラグ的なのが心配になる。

 

 まぁ、そもそもこの修学旅行において、もし敵になる可能性があるとしたら藍幇なんだろうが、俺だけで言うと別に抗争に巻き込まれているわけでもない。というより、今の俺は客人として招かれている立場である。これで戦闘ふっかけられたら、訴えていいレベル。誰に? さぁ……? 知らね。

 

 FEW無所属としては、こういうとき巻き込まれると悩まなくていいから非常に楽だ。願わくば、このまま超人とかとは戦わずにどこにでもあるような普通の武偵事務所の一員にでもなりたい。

 

「あ、八幡。このあと暇だったら手合わせしない?」

「しない」

「ケチ」

 

 あっぶない。戦わないって思ったところでそんなこと言われるとは。

 

「結局、私たち決着つかなかったから一度白黒させたいのに」

「あー。言われてみれば……」

 

 水投げの日での初戦は引き分け。神戸大橋で行われた2戦目は負けよりの引き分け――いや、俺と猛妹の単体の勝負だったら勝ち負けはついていない。というか、俺がほぼ勝ってた。あれは途中で邪魔が入ったからな。そして、新幹線での3戦目は猛妹が新幹線から落ちたせいでこれまた決着はついていない。

 

 確かに見事なまで勝ってねぇな、互いによ。

 

「いやでも、新幹線では炮娘がやらかしてお前が落っこちたんだから、あれはお前らの連携ミスってことで俺らの勝ちだろ」

「違うよ。あれはキンジの銃弾の逸らしが足りなかったからああなったね」

「そもそも先に攻撃したのは炮娘なんだから、過失はお前らにあるだろうよ。逮捕もされたし、俺らの勝ちはどこから見ても明らかだ」

「――――は?」

「――――あ?」

 

 お? 何だ、やるか? 今度こそ完膚なきまでに叩きのめすぞ。

 

「2人とも、落ち着きましょう」

 

 少し緊迫とした雰囲気が流れたのがレキにも伝わったのかすぐ制止にかかった。俺も大人しくするか。

 

「……はーい」

 

 猛妹は素直にレキの言うことに従う。珍しいというか、なかなか起こり得ない光景かもしれない。しかし、猛妹はそうせざるを得ない理由がある。

 

 それも、今猛妹が俺とは話せるのは諸葛が騒ぎを起こさないことを条件に許しているらしい。藍幇は徹底的な縦社会。上の立場に従わないともっと自身が下の立場になるとのこと。バスカービルに喧嘩をふっかけたみたいだが、どうやらそれもある意味では命令違反だったそうだ。だから、レキの言うことにも耳を貸した。

 

 いやー、ヤクザってのは人間関係が面倒だなと他人事のように思う。一々自分の立場が行動の枷になる。その点、武偵は身軽だ。基本的には1人で何でもしないといけないからな。とはいえ、1人で動ける分、責任は全部自分に振りかかるってのはあるが。一長一短かな。そう考えると、武偵のような個人事業主は俺にとって天職なまである。下手にややこしい人間関係に巻き込まれなくて済む確率は低くなる。ないとは言っていない。

 

「そういえば、そろそろ夕食の準備に入るそうよ。何か希望はある? これが駄目とか」

 

 ふいに猛妹から訊かれた。

 

「合わせてくれるのか」

「八幡もレキも客人だからね」

「そうだな……じゃあ、辛くないもので。レキは?」

「私は何でも大丈夫です。出された食事はきちんと頂きます」

「ん、分かったよ。伝えとくね。ちょっと席外すね」

 

 と、猛妹は一旦席から離れる。

 

 それを見計らったのか、今度はやたら上機嫌な理子がこちらにやって来る。おまけに頬がいつも以上に赤い。

 

「やっほー! 話は終わった?」

「……いや、お前何持ってんだ?」

 

 理子の両手には何やらカラフルな飲み物がある。怪しい。

 

「ん? ジュースだよ。カラフルで綺麗だよねー。飲む?」

「……いらねぇ。まだあるし」

「連れないねー。そこはちゃんとノリに乗っかるところだよ? だからハチハチはノリ悪いって言われるんだよー。あ、レキュは?」

 

 ねぇねぇ、そんな華麗にレキに話題転換させてないで。誰に言われてるの? そんな堂々陰口本人に告げる? あれか、留美や一色か。殴るぞ。

 

「では貰います。理子さん、どれか口を付けてますか?」

「付けてないよ。ハチハチたちに渡そうと思ったからねー」

 

 そう言ってレキは理子から飲み物を受け取る。なんか釈然としねぇ……。

 

 理子はそれだけの用事なのな直ぐ様どこかへ消えていった。多分俺らの中で一番楽しんでいるのが理子だな。酔っては理子のあのどこにいても自分の家みたいに振る舞える精神は正直なところ羨ましい。敵の本拠地なの分かってんのか? 

 

 ていうか、レキが受け取った飲み物……ジュースはジュースでも絶対アルコールありそうなんだけど? あの理子の顔からして酔ってるかどうかは別として、アルコール入ってるだろ。いつも以上にハイテンションなんだし。や、あれは素でああいうテンションだから、酔ってはなさそう。てか、レキは酒飲んで大丈夫なのか。そう不安になって覗き見るが、表情は変わらない。

 

 もしかしたら、今までで酒を飲む機会があったんだろうなと安堵する。レキはアングラな世界で生きてきた。いくら日本では未成年だろうと飲むことはあったんだろう。まぁ、別に大丈夫か。

 

「――――」

 

 遠山は城の構造を把握しようと適当に動いているみたいだ。神崎や星伽さんは別室へ行ったし、理子も消えたしで俺とレキは完全に取り残された形になった。

 

 まぁ、しばらくしたら猛妹かここで働いている人たちが飯の用意ができたと呼んでくれるだろうから、それまで静かにしておこう。何気にレキと2人きりだ。香港に行くまでバスカービルとの打ち合わせやらで慌ただしかったから、こうやって大人しく2人でいれる時間は久しぶりだ。

 

「なぁ、レキ」

 

 これといって話しかける話題がないのに声をかける。

 

「…………はい、何でしょう」

「……? 途中遠山が迷子になってトラブルあったみたいだが、観光できたのか?」

 

 レキにしてはやけに反応が遅れたのが気になったが、適当に話題を振ってみる。

 

「は……い。理子さん……と…………」

 

 あ、あれ? レキ寝た? あ、なんか目を閉じてる。まだ酒全然飲んでなくね? せいぜい一口程度しか口にしていないはずだが――――え、酒弱っ。レキはあれか、酔うと寝てしまうタイプなのかと理解した。

 

 とはいえ、寝てしまったか。これから飯があるのだが、それまで寝かせておこう。どうやら戦闘をしてきたらしいし、少しくらい休んでいても問題ないはずだ。普段レキは座って休眠しているが、今はベッドかせめて毛布辺りが必要だ。……誰か部屋の外にいないか――――

 

「……っ」

 

 と、辺りを見渡そうとしたところで、レキの頭が俺の肩にもたれかかる。いきなりのことで、若干緊張してしまう。レキと出会ってから1年以上は経過しているのに、というより、今までわりと濃い面子と接してきたのに、いざというときの女性に対しての耐性のなさに呆れてしまう。

 

 一旦レキを寝かせようかと俺がゆっくり動いたところで、レキが口を開いた。ヤベ、起こしてしたったか。

 

「…………んんっ…………はち……まん……くん…………」

 

 

 ――――わずかな、微かな声が、でも確かにかなり近い距離でいるからこそ、俺の耳に届いた。

 

 

「――――……ッ」

 

 あっぶね。いきなりのことで驚いたので思わず焦りそうになったが、そこはグッと堪えた。俺のどうでもいい感情でレキの睡眠を妨げるわけにもいかない。しかし、何だろうか。普段絶対言わないであろうからこそ萌えるギャップというか……また今度君付けお願いしてみよう。

 

 そう決心し、レキを横にしてから部屋をあとにする。近くにあった毛布をかけて。このまま同じ空間にいたら、なんかもう理性がもちそうもない。そのくらい今の発言は衝撃的だったのは確かだ。退散して頭を冷やそう。

 

 

「ふー……」

 

 バルコニーで夜風に辺りながら持ってきたマッ缶をチビチビ飲む。甘さが脳に沁みる。やっぱり糖分はいい。疲れた頭を癒してくれる。しかし、冷静になればなるほど、さっきの出来事が脳裏に浮かぶ。

 

 あの呼び方にときめいたのは間違いない。いや、この表現古すぎるだろ。でも、こうとしか表現しようがない。

 

 それにしても、レキと1年は一緒にいたが、アイツが敬語を外して話す姿は見たことがない。誰に対しても敬語を崩さない。そう生きてきたから今さら変えろなどと傲慢なことを言うつもりはない。ただ……たまには敬語を外して接してくれてもいいと思ったり思わなかったり……欲望駄々漏れか。

 

「ん?」

 

 そうこう悶々していると、足音が近付いてきた。

 

「おや、ここにいましたか」

「諸葛か。どした?」

 

 レキかと思ったが、まだ起きていないようだ。飲んでからまだそこまで経ってないし酔いも覚めない時間だな。

 

「いえ、そろそろ夕食の用意ができますよと報告を」

「それお前がすんのか?」

「本来なら侍女の役割なのですが……まぁ私も手持ち無沙汰でしてね。少し歩いていたところですよ。それに日本語を話せる人も少ないので……おや、そちらはコーヒーですか?」

 

 諸葛は俺が手に持っていたマッ缶に興味を示した。

 

「そうだな、コーヒー……だよ、うん」

「なぜそこで歯切れが悪いのでしょうね」

 

 コーヒーというかほぼ練乳だし、これ。

 

「そういや、中国ってコーヒー飲むのか? どっちかって言うと、茶のイメージだが」

「けっこう好んで飲む人は多いですよ。中国は甘党の人が多く、最近は甘いコーヒーも流行っておりましてね」

「お、奇遇だな。これも甘いコーヒーなんだよ」

「ほう。どれどれ……」

 

 と、ここで諸葛に軽くマッ缶を見せる。

 

「原材料名で最初に練乳が記されているんですね……これコーヒーなんです?」

「コーヒーだぞ。コーヒー牛乳寄りだとは思うけど。千葉のソウルドリンクだからな。ちなみにこれ1本に角砂糖8個分くらいが入ってる」

「甘過ぎでしょ……」

「人生苦い出来事ばかりなんだから、コーヒーくらい甘くして自分を甘やかすので丁度いいんだよ」

 

 少し引いている諸葛にそう告げる。

 

「なるほど、比企谷さんらしい回答ですね」

 

 なんてくだらないやり取りをしている間にふと気になったことを訊ねる。

 

「そういや、バスカービルとはどうすんだ? 詫びに呼んだってことはこのままで終わりか?」

「バスカービルからは講和案が出ているので、基本的にそれを受諾しようかと。何も藍幇が抱えている問題はFEWだけではないですからね」

「なるほど」

 

 そりゃ規模がデカいヤクザなんだから、それもそうか。

 

「でも、それだとうちの面々も納得しないところがあるのでね。明日、代表者たちで決闘を行うつもりです。加えて、遠山さんの器を確かめる部分もあります。将来、藍幇を引っ張る者として見極めるつもりです」

「ほーん」

 

 遠山、ドンマイ。ヤクザに粉をかけられて可哀想なこと。

 

「もちろん、比企谷さんも藍幇を任せられると考えているのですが」

「絶対イヤ」

「おや、即答とは。猛妹もいますのに。知っていますか? ヤクザやマフィアってしつこいのですよ」

 

 だからといって、地獄への片道切符は御免被る。誰が好き好んで破滅まっしぐらなルートを進まなくちゃいけないんだ。そういうのは主人公適正のある死んでも死ななさそうな奴でいいんだよ。

 

「話を戻しまして――――そして、その決闘には猴が参加します。……いえ、孫ですね。孫がいるからには私たちの勝ちが確定です」

「随分豪語するな。下手に自信満々で発言しておいて、それで完膚なきまでに負けたら恥ずかしいぞ」

 

 ソースは俺。自信満々に言っておいてそれを外したときの羞恥心ときたら死にたくなるレベルだ。

 

「有り得ませんよ。如意棒を防げる人物はいないのですから」

 

 穏やかな笑みだが、その中身には確信の2文字がある。

 

 それだけ、あのレーザー攻撃は凄まじい。

 

「まぁ、確かにな。レーザー防げる奴はもう人間じゃねーし。でも、防ぐことは厳しくても撃たせないことはできるだろ。あんなの目眩ましや目潰し、閃光でも起こせば一発だ」

「普段の戦闘ならそれでいいかもしれませんね。実際、先ほどバスカービルと孫が戦闘したときはレーザーを撃たせまいと様々な手段を要したそうですから。誰の入れ知恵なんでしょうね?」

「さぁ?」

 

 答えは明白だが、すっとぼける。

 

「しかし、今回は決闘です。如意棒を撃たせない決着は双方納得がいかないでしょう。いえ、双方というよりこちら側が、ですが」

「その言い分は卑怯だな。…………まぁ、足元掬われないようにな」

 

 

 

 

 

 ――――翌日の昼過ぎ。もう少し経てば夕方に差し掛かる時間帯。

 

 俺はCBR1000RRというホンダのバイクに跨がり香港の公道を駆けていた。カッコいいのあるねぇ。藍幇から借りたバイクだけど。

 

 今日はバスカービルと藍幇の決闘があるから、部外者がいるのもよろしくないということで、今は俺独りでのんびり観光中だ。途中飯屋に寄ってラーメン食べたりお土産買ったりとゆっくり過ごしている。

 

 もしあのドデカい城が移動しても大丈夫なよう、諸葛に予備の携帯を渡してGPS機能をオンにしている。これで俺がどれだけ離れても、とりあえずは近くの海岸に行くことはできる。あとは回収してもらえばオッケーだ。俺のメインの携帯のGPSも付けてるから、向こうから俺の位置を探るの、何かあった際、迎えに来てもらうことも可能だ。

 

 それにしても、城にいても気まずかったな。朝から遠山たちも藍幇側もどこかピリピリとした緊迫感が伝わってきた。やはりレーザービームを使える猴と戦うとなると、緊張するものだろう。特に今回はレーザーを真正面からどうにかしないといけないらしい。んなのムリゲーすぎだろと使える俺が言うのもなんだけど。重力レンズという珍しい超能力が使える奴なんてそうそういないし。

 

「――――」

 

 そういえば、レキは昨日酔ったときに漏らした言葉は覚えていなかった。あれはもう完全に寝ていたのだろう。やっぱり君呼びはとても良かった。ぜひともまたどこかで呼んでもらいたい。しかし、敬語を崩すレキはどこか解釈違いな部分もある。厄介オタクか俺は。

 

 今日は海岸沿いを中心に走っている。何でも香港は100万ドルの夜景が有名らしい。

 

 日本でも夜景が綺麗なところはあるが、香港は東京以上にビルが密集している。もしかしたら、それはそれはかなり綺麗な光景なのだろう。「まぁ、夜景なんて残業している人たちによって成り立つものだろ」と諸葛に言ったら「夢がないですね……」と苦笑された。

 

 香港は島国だから海岸近くで景色を見ればより綺麗に見えるだろう。知らんけど。

 

 そして、ドライブを楽しんでいることしばし。

 

 完全に日が暮れてきた太陽は沈んだ。今から暗闇がこの場を支配するかと思えば様相は全く変わらず。さすが屈指の都会である香港。100万ドルの夜景の冠は伊達じゃない。昨日も感じだが、ビルが中心となっている都会では明るさは変化がない。至るところに街灯があり、ビルからの光も相まって辺りを照らしている。

 

「……おぉ」

 

 ぶっちゃけ夜景なんて諸葛に言った通り所詮は残業でできているものだと侮っていた。いや、マジでスゴいな。単純な白色の光だけでなく、彩りがあるとはこういうものだと実感するほどだ。純粋に綺麗だとそう感じる。これは人気な観光スポットになるのも理解できる。山ほどカップルがいるのも納得できるレベルだ。

 

 どうせならレキと一緒に来たかったくらいだ。……そろそろか。アイツらの決闘。日が落ちるころに始めると言っていたな。また時間を見計らって連絡してみるか。どちらにせよ、一度クルーザーを用意してもらわないとバイク共々帰れないわけだし。

 

 

「……あれ」

 

 100万ドルの夜景を堪能しながら海岸沿いを走行していると、いつの間にかあまり人がいない港まで来てしまった。ちょっとあれだな、色々と注意力散漫になっていたな。事故は起こさないようにしないと。ヤベ、ここらはけっこう暗い。こっちの方はあまり街灯がないみたいだな。

 

 さっさと引き返すか。と思ったが、思わず港に停泊している船に目を奪われてしまう。

 

 お、色々と止まっているな。漁船、これは個人のクルーザー? あとはデカい客船やタンカーか。タンカーって何に使うんだ。荷物は……暗くて分からないけど乗ってなさそう。けっこう雑多というか種類が別々なんだな。まぁいいや。とりあえず人が多い道に引き返してから連絡を――――

 

「おい、もうちょい別の場所に止められねーのかよ」

「仕方あるまい。こんなもの人目につけるわけないだろう。それにお主がラーメンを食いたいと言わなければもう少し早く帰れたわ」

 

 ……え? 日本語?

 

 今、俺の耳に入った言語は日本語だった。若干、イントネーションが微妙な部分もあったが、確実に日本語だった。おまけに2人いるっぽい。しかもどちらも聞き覚えのある声。1人は記憶を探らないと思い出せなかったけど、もう1人は前にも聞いた。どこで? 夏休みのあるときに――――

 

 エンジンを停止させヘルメットを外す。まだ建物の影にいるから確定ではない。確定ではないが、ほぼ確実だ。

 

「では、一度タンカーに戻って最終準備を進めるとするかの」

「だな。アイツらを驚かせるために超能力の準備もしねぇと――――あ?」

 

 あ、エンジン止めるの遅すぎた。エンジン音で誰かいることが向こうにバレてしまった。

 

 遭遇したからには隠密行動に移したかったが、仕方ない。とりあえず俺の予備の携帯にSOSの連絡を入れよう。頼むから気付いてくれよ。

 

 日常生活のスイッチから戦闘へのスイッチへと意識を切り替えつつ俺は諦めて姿を現す。いつでも戦闘が起きてもいいよう、ファイブセブンを取り出して。

 

「んだよ、そこに誰かいんのか――――って、イレギュラー!?」

「……まさかお主がそこにいるとはな。いや、バスカービルたちがいるのじゃ。不思議ではないか……。カジノでは世話になったの」

 

 水を操るナチス女のカツェ、単純な超能力なら恐らく世界最高峰の女であるパトラ。2人の魔女とご対面だ。宣戦会議でも見かけたが、前にもこの2人には遭遇したことがある。パトラはカジノで、カツェはイ・ウーにいたときに話したことがある。今どきナチス復活を志すイカれた奴だったからソリは合わないどころか互いに嫌っていたけどな。

 

「お前、噂に訊いているぜ。ヒルダブッ倒したんだってな。しかも独りで。よくやるわ。おかげで、アイツが師団に移ってこっちは大打撃喰らったっての」

「知るか。犯罪者捕まえて何が悪い。よし、んじゃお前らも逮捕するか。パトラはカジノでの一件がある。カツェは……なんかしてんだろ。神崎の母親絡みで。つか、イ・ウーにいたんだしよ、あとから罪状わんさか出てくるだろうよ」

 

 にしても、こんなところで面倒なことになったなと辟易する。この2人が揃っていて、お忍びで来ているとかまずあり得ない。絶対と言っていいほど何かをやらかす。

 

 さて、この2人は何をしにきたのか推測をする。ここは香港、藍幇の本拠地がある場所だ。今の藍幇は眷属だ。そして、師団のバスカービルがここに来るという情報は藍幇から渡されていると考える。つまり、状況証拠を並べると普通に藍幇が負けたときのために援軍に来たといったところが妥当だろう。

 

 普通はそう考える。しかし、あのタンカー……全長300mはありそうなほどの大きさ。あれはパトラたちが用意したものらしい。あれで何かを起こす。候補として浮かび上がるのはテロといった突発的なものだ。それか敢えてタンカーを突っ込ませて事故を起こすか。イ・ウーにいたからには理子が得意としたジャックという選択肢も考えられる。

 

 その手段は現状では不明、か。しかし、このタンカーの規模的に香港にも被害が出そうだ。それでは些か不自然な上に不可解だ。だって、それだと藍幇の領地を脅かすことになるのではないか。あれか、仲間割れ? 方針に違いで解散するバンドかよと思考を巡らす。

 

 ただ、別に理由はどうでもいい。何をするのかが重要だ。あのタンカーを使って何をやる?

 

「いや」

 

 結論を出すのはあとでいい。今すべきことはパトラとカツェの制圧。そして、タンカーの押収。優先順位はタンカーの方か。目的も手段も不明。だが、コイツらは何かをやる。武偵として、事件は未然に防がなければいけない。

 

 海外ということで俺の武装は少ない。おまけに観光しかするつもりがなかったので、藍幇城に多少なりといくつかの武装――特に予備マガジンの大部分は置いてきてしまった。単純な戦力で言えば、ヒルダと同等。パトラに関してはヒルダ以上の可能性がある。ただ、近くにピラミッド型の建造物はないから、アイツの超能力もかなり限られるはずだ。しかし、加えてカツェもいる。普通に不利な対面だろう。

 

 しかし、そんなの言い訳にならない。それに別に勝てないわけでもないしな。というより、勝つ必要はない。タンカーさえ無力化すればいいだけだ。目の前の2人に気を取られて手遅れになる前に――――俺は一気に駆ける。まずはタンカーに乗船。そこからタンカーを無力化して、何かしらの動きがあれば、2人を捕縛する。

 

 

 ――――俺は普通に観光していただけなのに、なんでこうなるかな! 残業どころか休日出勤とかしたくないんだが。社畜にどんどん近付いてきているなぁ。

 

 

 昨日の戦いたくないという誓いはどこへ消えたのやら、そう叫びたい気持ちを押し込めて、思いきりジャンプしてタンカーに乗船する。

 

 

 

 

 

 

 




メタ的なことを言うと、本筋に関わらないということは、こういう裏方の場面でしか本筋と関われないのである

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。