カツェは倒した。次はパトラだ。勝算はかなり薄いが、ここまで来たらやるしかない。そう本腰を入れようとする。しかし、その前に――――
「ちなみに、どうして手を出さなかった?」
俺とカツェの戦闘を静観していたパトラに話しかける。
カツェは必死に呼吸をしているからしばらくは放っておいても大丈夫だ。諸事情から今は逮捕できないから、回復したとしたらどうしようもない。だからその前にパトラを制圧すべきなんだがな……。一先ずパトラの考えを聞いてからでも遅くない。これは細い勝ち筋だが、戦わずして退かせることもできるかもしれない。
「手を出すも何も、お主があっという間にカツェを倒すから出しようがないわ。下手に巻き込むのも忍びないしの」
「それもそうか」
「ふむ。ところでイレギュラー、カツェを捕まえないのか? こんな小娘だが、逮捕できれば大手柄だぞ?」
「一応は仲間のお前が言っちゃうかそれ……。いやまぁ、神崎のこと考えるとそうしたいのは山々だが、生憎と超能力者を捕まえる道具がないんでな。適当に縛ってもこっちが面倒被るだけだし」
仲間意識があるのだがないのだか判別付きにくい発言だ。あくまでビジネスパートナーといった感じなのだろうか。
にしても、これからは超能力者用の手錠を常備しておくべきか迷う。ここ最近は戦闘する機会はそれなりにあるが、普通は滅多にないし。でもこうして超能力者を制圧できても警察に渡せなかったら意味ないしなぁ。
さて、俺のどうでもいい愚痴はもういい。今からだ。どうにかしてパトラを退かせる。
「ところで……パトラ。お前、このままタンカーを香港にぶつけていいのか?」
と、俺が不意に今さらかと言われることを問われ、パトラは怪訝な顔付きになる。
「どういう意味じゃ。なぜそのような愚問を訊く」
「いやさ、パトラって金一さんのこと好きだろ?」
「――――んっ!? ゴホゴホ……ゴッホっ!」
うわ、むせた。さすがに話の前後がなさすぎたか。あまり話したことのない相手とは、会話の組み立てが難しい。
「い、いいいいいいきなり何を申すか!? わ、わ、妾が――――!? クゥゥ――!」
いや予想外の反応なんだが……。顔真っ赤にして……えぇ、乙女かよ。まさかの反応で俺のやる気も少し削がれる。
ちなみに俺がパトラの恋心を知っているのは遠山からあらかた教えてもらったからなんだよな。カジノで巨大ゴレムに追われた最中、途中から動きが単調になったときがあった。そのとき金一さんはパトラにキスをしてHSSになったそうだ。その数分あとに俺が空を飛んでパトラを強襲した流れだ。
「ま、まぁ、それは置いておくとして……金一と今回の事件は何も関係ないじゃろ」
「直接的にはそうだが、間接的に……。あー……そうだな。なぁ、パトラって金一さんと結婚すんの?」
「そっ! それは……追々と……いつかは、したいなぁって……」
コイツ乙女かよ。
「もしパトラがいずれ結婚したいとして……今回、お前らが香港の人たちを殺したとすると、最悪金一さんも被害被るだろ」
「……どういう意味じゃ?」
今まで見せたことのない緊迫感のある表情を見せ、こちらを睨んでくる。
おぉ、怖い。
「……まず日本の武偵法は知ってはいるだろ。特に人を殺すなって部分は」
「あ、あぁ。承知しておる」
「これは本人に対してではなく、その関係者がやらかした場合も適応されることがある。例えば、その武偵と組んだ一般人が誰かを殺してしまったら、当然その武偵も首が飛ぶ。……いや、こんなシチュエーションなかなか聞かねぇなぁ……。まぁいいや。これは上がどう判断するかによるが、もし日本の有能な武偵の将来の奥さんが大量殺人鬼だったら――――果たしてどうなるか? 分かるか?」
「――――……ッ!」
ここでようやく俺の言いたいことを理解し、パトラの額に汗が流れる。
正直なところ、他人の恋路に首を突っ込むなんて後々面倒になることはしたくないのが本音でもある。神崎たちでぶっちゃけ人間関係にあれこれ口出すの疲れた経験もある。それに気分もあまり良くないしな。しかし、この状況で四の五の言ってられない。
使えるものは利用しまくるぞ。
「パトラが今までやらかしてきた部分に関しては分からないが、今回に限っては証人は俺含めて大勢いるからな。もし告発されたらどうなるか……つっても、武偵法がどこまで適応されるかは分からないが――――万が一もある。いくら図太いお前だろうと、金一さんの重荷にはなりたくないだろ?」
「そ、それ……は……」
目線は泳ぎ、語調は徐々に、しかし確実に弱くなっている。俺の伝えた言葉がもし現実に起きてしまったら――――どうなるのか、そのことについてパトラは最悪の連鎖が頭を過っているのかもしれない。
誰だってそうだ。愛する人の足を引っ張るようなことはしたくない。俺だってそうだ。それは誰もが持っている感情のはず。だからこそ、そこを揺さぶられると人は弱くなる。これはずっと独りでいて自分以外を守る必要のない相手であれば、意味は為さない。……そんな奴がいるのかは……どうなんだろうな。分かんない。
とりあえず、そろそろ仕上げといくか。
「パトラ、別にお前らを今捕まえる気はない。しかし、これ以上事を大きくしたくなければさっさと退散してくれ。どうせ脱出の用意はしてあるだろ? カツェ連れて早くどっかへ行け。別にタンカーを止めろとかは言わない。そこは俺らの仕事だ。ただ、逃げろって言っているんだ。そうしてくれたら、あとはこっちでどうにかする。ここいらで手を打とうじゃないか」
数秒、思案したあと、パトラは口を開く。
「…………悪くない条件であるな。もう妾たちの目的はほぼ達成されておる。ここらが潮時か。いやでも、もしこのテロが成功したら妾は……」
「いいから早くどっか行け。余計に時間食って火の海になるぞ」
…………偉そうな態度で振る舞うが、内心安堵の息を吐きたいほど緊張している。今の俺の実力、しかも超能力を使わない状態で、真正面からパトラに勝つ確率はとんでもなく低いはずだ。ファイブセブンも壊れている。戦力ガタ落ちだ。こんな体たらくで勝てるとは到底思えない。
それを悟られないよう、口八丁で話を進める。
「俺はお前たちを取り逃がした、お前らは目的を果たしたから長居せずすぐさま待避した――筋書きはこんくらいでいいだろ。俺も、金一さんには迷惑かけられないしな」
ここで敢えてさらっと金一さんの名前を出すことで、パトラに危機感を持ってもらう。
しばらく沈黙したあとパトラはゆっくり喋る。
「…………そうじゃな。お主の提案を飲むとする。しかし、ホントにカツェを連れていっていいのか? 別に捕まえても構わんが」
「さっきも言ったけど、今の俺じゃ完璧に捕縛できないからな。それにこんな海の真上だと恐ろしいし。コイツの意識がはっきりするまでに連れて帰ってくれ」
「ふむ、それならしょうがないの。……おい、しっかり歩け。重いぞ」
「……う……るせぇ……ゲホッ、ゲホッ」
と、まだ意識が朦朧としているカツェの肩を掴み、歩き出す2人を見送る。一応、最後に攻撃されないように警戒をしつつ。特にカツェから反撃される可能性はあるにはある。まぁ、1人ではまだ歩けなさそうな様子を見るに大丈夫だろうけど。
パトラ、カツェ、両名を撤退に追い込む。タンカーを制圧。超能力の使用は最低限に済ませる。どうにか成功した、か。よくもまぁ、どうにかなったもんだ。……いや、本番はこれからだ。気を抜くな。
満身創痍のカツェを連れて、パトラたちが操舵室の裏口から下へと降り、どうやら潜水艇らしきもので脱出したのを居住棟の屋上から確認する。そこから下にいるレキたちの様子を見ておこうと思い、上から覗こうとしたその直前。
「八幡さん、ご無事で」
真後ろにレキがいた。心臓に悪い登場ばかりだな。その気になれば俺は何回も死んでいておかしくないレベルだぞ。
「……びっくりしたぁ。あぁうん、ちょっと掠めたくらいで平気平気」
「パトラたちは?」
「逃げられた。銃も壊されたしな。これ以上はムリだわ」
「……分かりました」
うっ、レキには見逃したこと気付かれるか?
「理子たちは?」
「全員無事です。先ほど、ゴレムの軍勢を片付けました」
「さすが」
あれだけの物量を短時間で終わらせるとか、改めてレキたちが味方で良かったと心底思う。
レキたちは仕事をしてくれた。それなら、俺は今からこのタンカーをどうにかしよう。
「さてと……」
膝を付き、手のひらを船体に当てる。今からすることはぶっちゃけ試したことない。成功するかどうかかなり不安だが――――みんな、自分の仕事をこなしてくれた。このまま来て失敗に終わるわけにはいかない。気持ちを切り替えろ。
今、タンカーは狭い海路を進んでいる。ブレーキ機能が壊れているから停止させることは、俺みたいな素人ではムリだ。これだけデカい船だとアンカーを引っ掻けるのにも海流を読まないと置けないらしい。もちろんUターンさせることも物理的に不可能だ。ていうか、操舵室の機能がどこまで生きているかも定かではない。
だから、せめてもの時間を稼ぐ。止めることはムリでも、そのくらいなら俺にも……色金の力を使えば可能だ。
「……八幡さん、まさか……」
キラ……キラ……――――と、俺の周りに蒼色の粒が何個も一定間隔で増え続け、輝き出したのを見てレキも察したのだろう。俺が今から何をするのかを。実際、何度かレキはこの光景を見ているからな。
蒼い粒が1000を越え――――集中も高まってきた。イメージも固めた。俺を邪魔する奴もいない。そろそろイケる。……やるぞ!
瞬間移動――――!
「…………ハァ……」
眩い閃光が一瞬、辺りを包んだ。その直後、どっと疲れが押し寄せてきた。
――――ドスンッ……。そう船体が左右に大きく揺れる。
「うおっ……危ねっ」
ほんの一瞬だろうと船を浮かしたのだ。そりゃ着水の瞬間はバランスが崩れるか。体に力が入らないせいでバランスが崩れ倒れそうになるのをどうにか堪える。しばらくすると揺れも収まり、俺はこの瞬間移動が成功か失敗の確認をしようとする。
「大丈夫ですか?」
と、ふらついた体はレキに支えられる。不意に触られ、思わずドキッとするような……しないような……。レキ特有の香りは未だに慣れないけど。
「いや、それより……」
レキを振り払って様子を確認しようと動く。
どうなった? 上手くいったか……あー、これはヤバいな、力が抜ける。そろそろ立つのキツい。けっこう力取られていったな。これだけ大きいモノを動かそうとしたんだ。当然と言えば当然か。まだレキに支えてもらえば良かった。
って、レキはどこへ――――って外をジッと覗いている。
「……レキ」
「…………」
「レキ?」
「……スゴいですね。タンカーの前後が反転してます」
珍しくレキが目を少し見開いている。その声色もいつもの抑揚のない声とは違い、動揺していることが分かる。つまり、レキの言葉は真実みたいだ。
成功したか……良かった……と安心したから余計に体に力が入らなくなる。そろそろダメだわ。
――――俺がしたことは至極単純。瞬間移動を用いてムリヤリこのタンカーをUターンさせただけだ。
ホントなら適当に広い海に移動できれば良かったが、暗いしさすがに長距離移動させるのはキツい。今の俺ではそこまではできないだろう。この重量だ……せいぜい前後を入れ換えることしかできない。この海路は直前だから下手にぶつかることもないし、もしぶつかっても正面から突撃はしないので、多少はマシだろう。
「レキ、悪いがもっかい肩貸してくれ。それと猛妹にあとは任せたって連絡して……く…………」
「ハチハチ! どういうこと!? 光ったと思ったら急に進行方向変わったんだけど!」
「まさか瞬間移動……? もうそこまで色金の力使えるの? やっぱりイレギュラーね。あぁ、恐ろしいわ」
「八幡! 大丈夫!? ケガは!?」
うわ、一気に来た。
レキに肩を貸してもらいつつ、適当に説明する。
「ヒルダの言う通り、とりあえず瞬間移動で時間は稼げる。あとは猛妹に任せていいか? さすがにこの重量はキツい……俺は大丈夫だから休みたい……」
「任された! もう数分すれば私の姉妹も来るよ。迎えのクルーザーも諸葛が用意してるね」
「助かる……」
あっ、もうムリ…………――――
――――そして、目が覚めたら夜は明けていた。藍幇城のベッドでぐっすりと寝ていたみたいだ。
あとで諸葛に教えてもらったが、あれからタンカーは無事止められたらしい。武藤たちも協力してくれたと。何がどうやって止めたのかは素人の俺には訊いても分からなかったので、詳しくは知らない。
いやしかし、自分の限界ギリギリというか、超能力の許容量使いすぎたから意識無くなるのどうにかしないとな。ヤクザ襲撃のときは、まだ少しずつだったから未だしも、今回みたいに一気に消費すれば体が追い付かない。すぐに気絶してしまう。同じ体力でも1時間ほどかけて消費するのと1分程度で一気に消費するのでは体の負担がまるで違う。
これからの課題だな、これは。つっても、許容量をすぐに上げることとかできないんだけど。自身の限界以上のことはしないようにするってところか。
「……あー、頭ボーッとする」
「こちらを。冷やしています。補給しておいてください」
ベッドの近くにいたレキがマッ缶を渡してくれる。ありがてぇ……。
「あ、八幡起きたの? 体調は?」
レキと一緒にいた猛妹も俺のことを気にかけてくれて、マジマジと覗いてくる。そんな真っ直ぐな視線で見られると気恥ずかしい。浄化しちゃう。や、俺はゾンビか悪霊かっての。
「……んー、別に大丈夫かな。完全復活ってわけでもないけど、このくらいなら全然問題ない。何にせよ、お疲れ様」
「八幡こそね。パトラたちを取り逃がしたのは悔しいけど、香港が無事で良かったよ」
憤慨する猛妹を見ていると、正直申し訳ない気持ちが湧いてくる。俺が自ら逃がしたわけだし。
「八幡、今日は時間ある?」
「夕方に飛行機だから昼過ぎには空港着いておきたいな。それまでなら大丈夫だ」
「なら、藍幇総出で八幡たちにお礼を言いたいって今みんなが騒いでいるところよ」
「いや、うん。そんな気にしなくてもいいんだが。仕事の範疇だし。あとで手紙でも寄越してくれればそれでいいんだけど」
ヤクザのお礼って何されるの? お礼参りってやつ? なにそれ怖いんだけど。
「そう言わない。起きるの」
「ちょ、引っ張るな……」
猛妹に腕を引っ張られ、ベッドから出てしまう。布団がいい感じに温かったから非常に惜しい。もっといたかったよ……。まぁいいや。とりあえず着替え……あれ? 着替え? 武偵高の制服からスウェットになっている。誰が着替えさせたんだ? うん、この先は怖いから考えるのを止めた。
「ちなみにアリアさんとキンジさんや理子さんは今、食事を食べていますよ。諸葛さんたちが用意してくれたお礼の料理を。さすがに八幡さんの分は残していると思いますが。昨日の晩から騒いでいます」
「アイツら……」
今回に限っては俺に譲ってもいいだろ。いや別に昨日から気失ってたからいいんだけどね? なんかこう……気分の問題的な?
――――それから、藍幇の人たちに丁重にもてなされ、美味しい食事を楽しんだ。昨日の疲れが溜まっていたのか、朝からわりとそれなりの量を食べれた。
給仕する人たちは綺麗な女性ばかりだったので緊張したが……主に両脇を陣取っていたレキと猛妹の態度に。ていうか、やたら肌を見せる服装だったし、あれか、一種のサービスってやつか。心臓に悪いからサービスにならなかったけど! これ俺が1人だったらなぁ……と思ったけど、1人だったら多分下手に喋れなくてそれはそれで詰むだろう。あんな大勢に囲まれたらキョドってキモがられるに違いない。
いくら武偵になってから女性と話す機会が増えたと言っても、さすがに色々とキツいです。
食べている途中、諸葛が近くにやってきて。
「この度はありがとうございました」
そう、改めてお礼を言ってくれる。
「まぁ、これが仕事なとこあるから、別に気にしなくてもいいんだぞ」
「そういうわけにもいきません。香港を守ってもらったのに、何もお礼なしでは藍幇の名前に傷が付いてしまいます」
「体裁ってやつか」
「そうですね。というわけで、比企谷さんこれを」
諸葛は懐からゴソゴソと何かを取り出し、手渡された。素直に受け取ると、それは封筒だった。中身は……手に持ったこの感じ…………。
「金?」
「はい。昨日でどうやら拳銃を失ってしまったとか。これで購入費用の足しにでもしてください。それと、お礼としていわゆる報酬金です。依頼したわけではありませんが、仕事としての対価を我々から支払います」
「えーっと……ありがたく頂戴します」
少し気が引ける気持ちもあるが、無下にするのも心苦しい。それに、ファイブセブンの出費もあるから助かる。しかしまぁ、ヤクザからの金か。心配はないけど、利子とか怖いっていうか、これは偏見か。
「もし、何か私たちの助けが必要でしたら、連絡してください。いつでも力を貸しますよ。何なら、猛妹をそちらに渡しましょうか?」
「ちょっと、私をモノ扱い止めてほしいんだけど。でもそうね、それは魅力的ね。着いていっていい? 同室イケる?」
「ダメ。てか、遠山もいるぞ」
「えー。一人部屋借りなよ」
「2人で折半した方が安く付くからしばらくは引っ越ししない予定」
「ふーん。じゃあ、私も武偵になってみようかな」
「そもそもヤクザって武偵になれるのか……?」
これでも一応は国家資格のはずなんだが。いやでも、そこら辺ガバいとこあるしな。
「――――」
あ、レキの雰囲気がそろそろヤバくなる。はい、この話題は終わり。閉廷!
「……まぁ、あれだ。何かあったら頼りにさせてもらうよ」
「うんっ! 待ってるよ」
少し照れ臭そうに俺がそう言うと、猛妹は満足そうにニヒヒとにっこり笑って頷く。
何にせよ、無事香港を守れて良かった、と素直にそう思う。パトラたちを取り逃がしたあとの問題は……FEW関係だと俺には関係ないか。遠山たちに任せよう。
これにて香港終了
はてさて、次からどうしようかなぁ……
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