日常回
「八幡さん、今日はお仕事ですか?」
「おう、警備の仕事が入っている」
「警備ですか。それは雪ノ下さんのときのような?」
「いや、身辺警護とかじゃなくてイベント会場の警備だな。わりと緩めの」
「なるほど、そうでしたか」
香港から帰って来て新年も過ぎたある日のこと。帰ってからは大きなトラブルもなく、俺たちはごくごく普通に過ごしていた。授業を受けてたまに任務を入れて金を稼いで、そんな生活だ。代わり映えのない、ある意味ここ最近忙しかった俺にとってはありがたい生活だ。
平和すぎて……なんだか懐かしいまでもある。
どうやら遠山はよく分からないけど、新年明けてからヨーロッパ辺りに左遷されたらしい。可哀想に。何をやらかしたのかは知らないが、どうやらジャンヌのチームと一緒にいるみたいだ。お労しや、遠山……。
てなわけで、レキが普通に部屋にいるのはこの際よくあることだから置いておいて、仕事がない間は俺1人で悠々自適とだらけている。適度に訓練して適度に寝ての繰り返しだ。今日は仕事があるけど。
今は支度をしている間、レキとのんびり話しているところだ。
「私は特に用事はないので、任務が終わり次第私の部屋に寄ってください」
「それいいけど、どした?」
「私の料理を振るいます」
……お? その意外な言葉に思わず首を傾げる。
料理って言ったのか? 毎度俺が作るとき以外はカロリーメイトで食事を済ませるあのレキが料理、か。
「なに、できるの? あ、前に見せてくれたライスケーキじゃなくて?」
「はい。理子さんや白雪さんに教わりながら少しずつ練習しているので。……しかし、どちらかと言えば、料理よりかはお菓子作りの方が得意ですね。完全にレシピ通りに作ればできるという点があるので。もちろん、どちらも技術が必要ですが」
「まぁ、料理もレシピ通りに作ればいいと思うが、どこかしらでアレンジっていうか、多少雑に作っても大丈夫だもんな。お菓子作りはそうはいかないけど」
レキは銃の手入れや銃弾の選別なんかも、こちらが見てて目が痛くなるくらいのレベルで精密な作業を行っている。一度見学させてもらったことはあるが、正直なところ見ていて目が痛くなるレベルだった。これをほぼ毎日のペースで行っている事実に驚いた。ずっと昔からプロとして活動しているからか、もう職人の域だろ。
そのくらい細かな作業が得意なのだから、確かに多少雑さが効く料理よりもそっちのが得意なのも分かる気がする。
ほー、にしてもレキが作る料理か……エプロン? フライパン振るう? 包丁で野菜を切る……危なっかしい……想像つかないな。しかし、だからこそどんな料理を作るのか興味がある。ライスケーキ作れるから味音痴というわけでもないし、知識も最低限あるだろう。ほれに料理上手の星伽さんが教えてくれるなら安心もできる。
「んじゃそれを楽しみに頑張るよ。行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
今日の俺の仕事はお台場にあるイベントホールでの警備だ。会場をひたすは歩き回っている。
警備といっても、よくある警備員が人数整理したり案内したりするのではなく、武偵である俺は不審者がいないかのチェックが主な俺の仕事だ。そこは前回の雪ノ下さんのとこと通じる部分はある。
だから会場内を適当に見回っているのも別に遊んでいるわけではない。仕事をしているんだ……仕事、仕事かぁ……。今の現状を思い出し、どこか億劫とした気分になる。なんか休日返上して働いているけど、どうしてこうなったのか常々疑問に感じる。昔の俺はこんなに積極的じゃなかったが。
いや、仕方ないんだよ。海外での費用いくらか学校から出してくれるとはいえ、思いの外金かかったし、諸葛から貰った資金大体はおニューのファイブセブンに当ててしまったし。材木座に頼んでガチガチに改造してもらいました。改造資金がまぁ……それなりにかかったことよ。加えて、年末年始に遊ぶゲームを買い込みまして……他にも本やら色々と出費が重なってしまった。
それでも、いくらか貯金はある。ただ、もっと余裕を持っておきたいのも事実であって……。頑張るか。うん。面倒だけど。……面倒だなぁ。帰ってフカフカの布団に潜りたい。
いくらこういう警備が比較的楽とはいえ、見張るからには多少は神経使う作業だ。人混みはそんなに多くはないが、腐っても東京。人の出入りは微妙にある。まぁ、別にトラブルが頻繁に起きる現場じゃないしな。気を張りつつ楽に行こう。
そして、イベントが始まって1時間が経った。今のとこ特に問題なし。めちゃくちゃ楽ってわけでもないが、別段疲れはしてない。立ち作業も慣れているしな。
今回のイベントは海外ブランドの家具の展示会。客層も家族連れや年配の方が多い。中には若い奴らもいるけど、どれも大人しそうなのばかりだ。
しかし、拳銃を持てるハードルが下がりつつある現代、誰がいつどこでトラブルを巻き起こすか分かったもんじゃないのも残念ながら事実なんだよな。武偵制度やらができる前と比べれば断然治安も悪いし。だから、こんなとこでも何か起こる可能性はめちゃくちゃありまくりだ。いやもうホント面倒だな。
「…………ん」
そんなことを内心思いつつ歩いていると、ふと見知った――――というか、あまりにも見慣れた人物たちを発見した。どうしているんだ、と疑問に思う。わざわざこんなピンポイントでいなくてもいいだろうに、と頭を抱えたい。
少しばかし億劫なところはあるが、さすがにこの人たちを無視するわけにもいかない。業務中に誰かに話しかけても問題ないとはクライアントから言われている。むしろ、客として振る舞ってくれていいと。だからまぁ、一先ず声かけてみるか。
「……お袋、親父、小町まで。おっす」
「んっ!? あら、びっくりしたぁ。八幡じゃない」
「およっ、お兄ちゃんじゃん。やっほー」
「お、八幡かぁ。こんなとこで奇遇だなぁ」
お袋はいきなり現れた俺の姿に驚き、小町は呑気に挨拶を返す。親父も親父でマイペースだな。にしても、仕事の最中に家族と遭遇とか嬉しくないんだが? 何が悲しくて職場で会わないといけないんだよ……。例えるなら、道端を鼻歌交じりに歩いていたら、知り合いと出くわした気まずさがある。
「どしたの、お兄ちゃん。お兄ちゃんも何か買うの?」
「いや、俺は仕事」
「うへー、休日にまで仕事か。お疲れさまっ」
「おう。まぁ、武偵ってフリーランスみたいなとこあるからな。サービス業とかもそうだが、休日だろうと仕事は舞い込んでくるんだよな」
ということは、お袋たちは普通に家具を見ているってことか。ビックリした。てっきりレキ辺りから情報を聞いて仕事の様子を見に来たと邪推してしまった。しかしまぁ、何を買うつもりなのか少しは興味ある。
「何か新調すんの? 引っ越したときの家具まんま使ってるだろ?」
「んー、ここには家具もあるけど、どっちかって言うと今回は雑貨や小物もあるからねぇ。インテリアとして色々買おっかなって」
「へー。ていうか、今そっちがどんな感じか全然知らねぇわ」
引っ越してから台場の家に帰ったことがあまりにも少なすぎてな……。年末ちょろっと顔は出したが、すぐ帰れる距離だから年越す前に戻っちゃったし。なんなら日帰りです。ていうか、やることなさすぎて1時間で帰ったわ。
「近いんだからお前ももうちょい帰ってくればいいだろ」
「いや、親父があまり帰ってくるなとか言ったろ」
「そうだっけか?」
「そうだよ。拳銃持った奴が家の周りウロチョロしたら、小町とかの評判が云々つってたろ。ぶっちゃけわざわざ戻るの面倒なだけなんだが」
と、親父たちと話しつつも警戒は怠らない。これでも超能力の副作用であるセンサー全開で周りを注視している。耳も意識を会場周りに集中しつつ何かあればすぐ動けるようにしている。この程度なら慣れたもんだ。
「ということは八幡。お前今あれか。……拳銃とか持っているのか?」
親父が一応周りに配慮して声を小さくしつつそんなとこを訊ねてくる。
「そりゃな。持ってはいるぞ」
「お、マジか。見せて見せて」
……やたら目を輝かせているし。オモチャを買った子供かよ。
「ダメだっての。クライアントから銃は極力出すなって言われているんだよ。見せるだけで騒ぎになりやすいから。銃声響くと特にな」
「なーんだ。残念」
「なに、親父。そんなミリタリー好きだっけか? あんまそんなイメージないけど」
「いや? ただ身近にそういうの持っている奴いたら気になるだろ。息子なら余計に」
「分からんでもない」
なんてくだらない話していると。
「そうだ、八幡。あんたまたレキさん連れて来なさいよ」
お袋にそんことを言われる。……あ、そういえば夏休みに一度レキが俺んち行きたいつって連れてったことあったな。レキに武偵殺しについて頼んだ貸し借りの流れで。これ覚えている人いる? つーか、もう何年前の話? いや何言ってんだ俺は……。
「えー……」
「何その嫌そうな顔は」
「めんどい」
「じゃあ、お兄ちゃんに代わって私がレキさん誘うね。番号知ってるし」
…………好きにして? 別にレキは断らないと思うし。
「そうだ、お兄ちゃん。仕事って言っていたけど……ぶっちゃけ、いくら貰えるの?」
小町は小声でそんなことを訊いてくる。
「こんなところで教えられるか。まぁ、それなりにだよ。これでもプロだからそれなりには貰っているよ」
今日は比較的小規模なイベントだが、武偵を雇うにも相場ってもんがある。このランクならいくらから……みたいな流れで。
「ほへーっ。あのお兄ちゃんが社会人みたいなこと言ってるよ」
「……はぁ、どうしてこうなったんだろうな。また小町の飯食べたい」
「うわ、めっちゃゲンナリしてる……いや、私のご飯なら帰ってきたら作るからね?」
いや、高校生の身分でこんながっつり仕事してたらそうなるのも仕方ないだろ。小町、優しくて好き……。こんなこと言ったらキモッって罵られるだろうけどなぁ。
「あ、そうだ。そういえば、八幡。あんたこの前ニュースに出てなかった?」
不意にお袋からの質問に困惑する。ニュース? 時期的に香港での? でもあれ日本では全然報道されてかったはずだが……。香港メディアからはやたら持ち上げられたが、わざわざ調べないと分からないニュースだろう。
「ニュース? いや、特に覚えないけど……」
「あら、そうだった? ほら、前に新幹線ジャックあったじゃない。あそこの報道で新幹線の上にいるの八幡っぽいわねーってみんなと話していて訊きそびれてたのよ。あまり画質も良くなかったから何となくでしか分からなかったんだけれどね」
……。
…………。
………………。
あぁ、それね? なるほど、合点がいった。あれ見られてたのか……。俺もチラッと報道は見たけど、ヘリコプターから新幹線を撮ってたからアップしてもこれ個人の名前は分かんないだろうと決め付けていたわ。英国貴族の神崎がいたからある程度情報は規制されていたし。
「…………え、なに。お兄ちゃん、もしかしてホントなの?」
「おいおい八幡。お前マジかよ。あれやっぱり八幡なのか。そんなこともしてたんだ。スゴいな」
俺の回答が遅れたというか、思いっきり視線逸らしてしまって普通にバレた。これが他人ならいざ知らず、家族となるとどう誤魔化せばいいのやら、そう迷って顔に出てしまった。
「いやだって現場にいたんだからしゃーないじゃん。俺らしか解決できる奴らいなかったんだよ。あんなとこもう立ちたくないけどな」
「……うーっわ、予想以上に八幡、あんたかなり危険なことやってるのね。前にも入院しちしね……お願いだからムリはしないでよ」
「俺だってしたくない」
でも仕方ないんだ。仕方ないってやつだ。武偵は現場に居合わせたら動かないといけないんだよ、不本意ながらな……。
「にしてもあれだな、こういう事件ともなればそれなりに報酬貰えそうだし、もしかしたら俺より八幡の方が稼いでいるかもな」
「確かに臨時収入はちょいちょいあるけど……安定性で言ったら、毎月ちゃんと給料貰える親父のが圧倒的に稼いでいるからな。こっちとしては仕送りももらってることだし」
所詮、武偵は個人事業だ。安定性で言えばサラリーマンに負ける。
と、ここでお袋が割って入る。
「そういえば、進路どうするの? そろそろ2年も終わるし、どうするか考えてはいるんでしょ?」
「あー……ぼんやりと考えているのは、どっかで武偵事務所構えるかフリーランスで動くか……かな。どうするかは全然決めてないけど」
「おいおい、大学とかには進む気はないのか? 学歴とかあった方がいいだろ」
親父に痛いところを突かれる。
「そうなんだよなぁ。もし事務所運営するにしても経理とか習った方がいいだろうし。ただなぁ、今からとなると……残り1年ちょっとだろ。ろくな積み重ねがないし、大したとこ行けなさそうなんだよな。知ってるか、うちの偏差値」
「アホなのは知ってる。学力だけなら小町でも余裕で入れるだろ」
「ちょっと、お父さん!? 酷くない!?」
小町が親父の肩を掴んでグワングワン揺らす。……今の小町の成績知らないけど、もしかしてアホの子なの? お袋も何も言わないし。えぇ……マジで大丈夫?
何なら資格系の学校に入るのもアリかと考えていると、ようやく小町から解放された親父が。
「ま、少しは考えとけよ。相談とかあればまた帰ってこい。八幡は自分で稼いでいるけど、せめて25くらいまでは親の脛齧っていいんだからよ」
「えー……せめて23くらいまでにしない?」
「お母さん、ツッコミ入れるとこそこなの?」
こうして家族と会話して少し気が楽になった。最近は張りつめた雰囲気が続いていたしな。やっぱりもっと実家に入り浸ろうかな。いやでもあの家、俺の部屋ないし、それに部屋に銃を整備する工具がないと落ち着かなくなってきたからな。……どうしてこうなったのだと悲しくなる。ヤバいな、あともうちょいしたら一般人の世界に帰れなさそうな気がしてならない。
…………そろそろ移動するか。ずっと同じ場所だと警備の意味がない。
「んじゃ、俺はこれで。仕事戻るわ」
「お兄ちゃん、またねー!」
続きます