強盗犯たちを全員戦闘不能にさせ、警察に引き渡してからしばらく経ち――――
「あれだな、今日で改めて分かったことがある。やはり休日出勤はクソだということだ。別に全くこれっぽっちも疲れてはいないが、せっかくの休みという事実が拍車にかかって、非常に気分が削がれた」
砂糖など入っていない苦いコーヒーを目一杯口にして俺はそう結論付ける。
そんな俺に対して、仕事仲間の2人は仕方ないなという目線を俺に向けてくる。
「職業柄、良くあることです」
「あんなのハチハチなら仕事にも入らないでしょ~。一山いくらの雑魚じゃん。物足りないならどう? ヒルダと戦う? 今日いないけど」
「絶対嫌だ」
諸々面倒な手続きは警察に任せ、俺の口座だけ教えてさっさとその場をあとにした。事情聴取とかもあの場で改めてすることないのに加えて、俺たちは怪我人も出していない。これだけで充分だろう。あとは警察の仕事だろう。
そして、今いるのは安心安定のサイゼリヤ。学生……いや全人類の味方。リーズナブルな価格というだけで助かる。とはいえ、飯は食べたばかりなのでドリンクバーだけにした。……と、ここにいるのはレキと理子だけではない。
「い、いやー……まさかヒッキーがあの武偵だったとはねぇ。ゆきのんは知ってたの?」
「まぁね。一度、依頼で関わったことがあるからね」
あの場で人質の中にいた雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣両名もいる。どうやら偶然ショッピングしていた際に巻き込まれたらしい。お互いに災難だった出来事だ。
今回、人質にケガはなかったので警察が軽く人質になってしまった人たちの個人情報だけ確認して解散になったとのこと。
彼女らは総武高で任務で過ごしているときに世話になった人たちだ。雪ノ下には俺とレキが武偵だということを隠してくれたし、若干だが俺たちの素性を隠すのに協力もしてくれた。由比ヶ浜には転校初期、学校の案内やクラスでの立ち位置など色々と助かった。
まさかそんな2人とここで再会するとは微塵も思っていなかった。
「へー、あたしそれは初耳。うちに来る前のこと?」
「そうね。夏休みの話よ」
「じゃあ、ヒッキーがこの前うちに転校したのも」
「ざっくりと知っていたわ。ある事件の捜査、ということよね。転校した理由って」
「まぁな。解決したから別にもう守秘義務はないけど、詳細は伏せておく。総武高に転校したのはそういうことだ。一応、雪ノ下は察していたよな」
「大方はね。具体的な内容は知らなかったけれど」
「だから言えるかっての」
気になるならば今なら教えてもいいのだろうが、どうもそういう気にはなれない。直接雪ノ下たちに被害が遭ったわけではない。だからだろうか、血生臭い話は触れずに一般人には穏やかな日常でも送っていてほしいという気持ちがある。
とはいえ、さっき事件に巻き込まれたからそれもそれで微妙な気分になるのも否めない。その辺りのバランスが難しい。
「…………」
そういや、あそこでの石動組に半ば脅された形で協力していた女生徒――――相模の顛末はどうなったのだろうかと少し気になる。まだ学生の身分、調べても細かく情報は残っているとは思えない。千葉県警にでも伺えば分かるだろうが、改めて確認しようとは思わない。
……雪ノ下たちに訊けば少しは分かるかな。まぁ、もう俺には関係ない出来事だ。彼女が普通に生活を送れるようになれば良いだろうが、あの性格ではそこそこ大変かもしれない。
これから彼女は犯罪を犯してしまった負い目を背負って生活する必要がある。そこに関して俺では理解できない苦労があるだろう。とはいえ、もう俺は彼女の人生に触れない。これ以上考えるだけムダかな。
と、ある意味無責任なことを考えていると雪ノ下がこちらに小声で問いかけてくる。果たして本当に訊いて大丈夫なのか何とも言えない微妙 な表情で。
「ところで比企谷君、その、野次馬精神で気になるのだけれど……先ほど解決した事件でいくら報酬で貰えるのかしら?」
内容はまさかの小町並の疑問だった。雪ノ下……我が愛しいアホの子代表の妹と同程度の質問をぶつけるとは。まぁ、金の話題なんて誰でも気にはなる。
それはそれとして。
「お、おう。雪ノ下……お前いきなりだな」
「……そうね。不躾な質問なのは分かっているわ。ただの興味本位よ」
「あ、あたしもちょっと気になるかな……」
別にこの程度なら教えて大丈夫だろう。というか、まだ払われていないから正確な解答はないのが正解ではある。
「まぁ、俺個人には最低3万とは警察に伝えた。こういうのは相場があるからな。俺ら3人まとめて払われるなら……こっちにはSランクの武偵様がいるんでもう少し色が付くだろ。お前ら何もしてないけど」
ぶっちゃけもうちょい貰ってもいいだろうとは思う。
警察が武偵高か武偵庁辺りに連絡して、色々と一悶着あってから報酬が支払われるだろう。
「ハチハチ、地味にがめついねぇ」
「うっせ。一応はこれでも人の命救ったんだからな。少しくらいワガママ言っていいだろ。タダ働きなんざ滅びればいい。俺はボランティアという搾取が大嫌いだ。適当に甘い言葉で労働力を使い潰すんじゃねぇ。正当な労働には正当な報酬が支払われるべきだ」
「うわ急に饒舌」
「八幡 さん、急に喋りましたね」
クソ、金持ち2人が茶々入れてくるんだけど? どこぞの中国のマフィアやアメリカヒーローの方が金払い良かったよ?
「そんなに稼げるのね。さすがプロだわ」
「ヒッキー、スゴーい!」
「その代わり、こっちには武偵法があるから良いことねぇぞ。こんな綱渡りなフリーランスより堅実に働いて稼ぐのが一番賢い」
コーヒーをチビチビ飲みげんなり気味に言葉を漏らす俺。
なんなら遠山のように収支がプラスになることが少ない武偵だって当然存在する。弾薬や任務までの移動費、その他装備の整備費など必要以上に出費が多い職業でもある。そもそも任務を受けなければ稼げない。自営業の悲しい部分よ。
俺はたまたま高収入の依頼や報酬金が続いて多少は貯金できている。それらが無ければ多分俺もギリギリの生活をしていたと思うほどだ。俺もムダに出費多いからなぁ。
「ゆきのん、武偵法ってなに?」
「その名の通り武偵に適用される法律よ。国から認可され、拳銃を持てる職種だからこそ、周りが危険にならないようかなり厳しい法律になっているのよね。たしか通常の刑より何倍も重くなる……だったかしら?」
雪ノ下の博識さがここで光る。なるほど、これがユキペディアか。
例え知識としては頭にあっても、訊かれてすぐに相手に伝えるための言葉にできる能力とはまた別物だ。インプットとアウトプットの差だ。こうやってすぐ第三者にアウトプットできるところを見るに地頭が賢いのだろう。
「よく知っているな。武偵はざっくり一般人の3倍罪が重くなる。もし一般人が100万円賠償金を支払わなければいけなかったら、武偵は300万円になるな。これはかなり極端な話に なるが、武偵がどんな形であれその事件に関与しているなら、一般人や犯人含め誰か死んだ時点でそこにいる武偵は例外なく死刑だ。武偵が複数人その事件に関わっていたら全員もれなく連帯責任だな」
「う、うへ~……。それめちゃくちゃ大変じゃない?」
由比ヶ浜が引きつった顔をする。君はこんな職業に就こうとは思わないでね。
「そりゃもうめちゃくちゃ大変だよ。もちろん大変な部分しかないが、こうまでしないと武偵としての存在は成り立たないぞ。ただでさえ今も社会の異物みたいな感じだけど、もしこれで法律すら緩かったら世紀末もいいとこだ。拳銃持って好き勝手やれるんだからな」
普通に犯罪スレスレなことはやっていますけどね。だから武偵は社会から嫌われるんだよ。
しかし、別に武偵全員が前線でがっつり戦うと問われればそれはまた違う話になる。戦闘とは関係ない後方支援の武偵だって存在する。
武偵高には情報科、救護科、尋問科など存在しており、活躍する武偵の種類はわりと多岐に渡る。探偵科のくせして前線にしかいない某遠山とかいう奴もいるけどね。いやまぁ、アイツ元強襲科だもんな。
「まぁ、ぶっちゃけ武偵って犯罪者と代わりないときあるし、必要悪ってやつだよね~」
理子が付け足す。正しく毒を以て毒を制す、か。
「峰さんも武偵なのよね?」
「そうだよ……雪乃……うーん、ゆきのーん」
「貴女もそう呼ぶのね……。いえ、それにしては…………何て言えばいいかしら」
と、雪ノ下が理子へ向ける視線が何とも奇妙な物体を見ているように感じる。本当にこの人は武偵なのか? そう訝しむとまではいかないかもしれないが、それに似た雰囲気を見せる。
その理由も察しはつく。
「おい理子、お前のそのゴスロリ姿、武偵らしくないって言われているぞ」
「ちょっと比企谷君。そ、そこまで言ってないわよ」
「やー、ゆきのんの言いたいことも分かるけどねぇ。これ普通に私服だから」
「でも理子ちゃん……りこりん、スゴい可愛いよ!」
「おっ、ゆいゆいありがと~」
アダ名のセンスがどうも似ている2人だ。いや、センス云々よりほぼ初対面でアダ名を付けようとする度胸があると表現するべきことだろうか。俺もほぼ初対面でヒッキーというアダ名を頂戴したしな。
それ以上に理子と由比ヶ浜は性格が似ている。陽キャ寄りの性格だ。どちらも話すことが上手なのもあり、気が合うのだろう。理子の場合は実際、自身の弱さを隠すための仮面、過去の自分を知られたくないがために敢えて明るく振る舞っていたが…………今ではもうこの明るい理子が普通になっている。昔は見られた不自然さはない。
反面、由比ヶ浜は裏表がないように見える。当然本人が考えていることはあるだろうが、それを差し引きしても人を小馬鹿にするような雰囲気は感じない。要するに人当たりがいいということ。
そんな2人だ。ここに来るまででいつの間にか仲良くなっていた。
「ゆきのんやゆいゆいは何か食べないの? 適当に頼もうか?」
「今はあんま食べるつもりになれないかなぁ。あんなことあったあとだし食欲 が……」
「私も由比ヶ浜さんに同意ね。今はお腹に入らないわ。飲み物で充分よ。ありがとね、峰さん」
遊んでいたところを犯罪に巻き込まれた。たしかに一般人からだとストレスになる。何だろう、悲しいことにその感覚が俺にはなくなっていた。休日潰されたからある意味ストレスになっているが、種類があまりにも別物過ぎる。
「…………」
「…………」
「…………」
残された3人は理子や由比ヶ浜とは対照にひたすら無言を貫いてる。訊かれたら必要なことは話すが、自分から積極的に話しかけることは少ない。ボッチとはそういう存在だ。何なら話しかけられてもろくに話さない まである。
俺や雪ノ下は多少は話すことはあってともかく、レキはそもそもマジで無口。そして、この3人は誰かが話していれば、わざわざ割って入る性格でもない。
だからしばらくは2人の会話を静観している。
「その服可愛いね。どこで買ったの?」
「原宿だよ~。私とね、趣味が合う人と一緒に買い物したんだよね」
「へぇ~。いいなー、あんまり東京で買い物しないからやぁ。てゆーか、ゴスロリ趣味ある人、身近にいるんだ。そういうのいいよね。一緒に好きなことできるって」
その趣味合う奴って恐らく過去に理子の命縛っていた奴なんだよな。よくよく思えばここまで関係が良好になるとは、ヒルダも義理堅いというか何と言えばいいか……両者間が良しとしているなら俺から言うことはない。
「ゆいゆいも着てみる?」
「うーん、どうしよっかな。そういう変わり種は着たことないから興味あるし」
まぁ、由比ヶ浜なら何を着ても余程変な組み合わせでなければ似合うだろう。俺から見ても容姿に優れている上、理子並にスタイルがいい。そのスタイルは単純にあれが……メロン……が、デカい……。
と、というのもあって、容姿端麗な由比ヶ浜は何でも着こなせるとは思う。容姿端麗という言葉だけで言うなら、雪ノ下にも当てはまるが……雪ノ下にはレキ同様、理子や由比ヶ浜とは圧倒的なまでに――――
「――――比企谷君?」
「――――八幡さん?」
…………ほんの一瞬、理子たちに視線ズラしただけだろうが……!
終始ポーカーフェイスを貫いた俺に対して、目敏く反応する2人。君ら察しが良すぎない? ちょっと怖いんだけど?
レキは散々慣れているのもあるがそれとは別に、特に雪ノ下からの視線から発せられる殺意……お前本当に一般人かよと疑ってしまうレベルだ。神崎に向ける星伽さんレベルの殺意を向けないでくれ。
「ん? どしたのヒッキー?」
「いや別に。飲み物追加で取ろうかなって」
対する俺は何食わぬ顔でそそくさと適当に言い訳かまして逃げましたとさ。こういうときその場から抜けるのがわりと上手になった気がする。
俺が新しいドリンクを追加してからしばらく談笑は続き、一段落の雰囲気を見せたころ。
「改めて今日はありがとね」
「そうそう、ホントにありがと~」
そう礼を告げる雪ノ下と由比ヶ浜。助けた直後にも言われたが、随分と律儀な2人だ。
「仕事だしな、気にしないでいいよ」
対する俺はコーヒーを飲みながら適当に返す。
「たまたま私たちがいただけだからね~。このくらい何てことないよ」
「そうですね。お礼を言われるほどでもありません」
理子の言う通り、2人がいるから助けたのではなく偶然助けた人の中に2人がいただけ。言ってしまえばそれだけのこと。感謝される謂われは……あるかもしれないが、特別改まって言うことでもない。
あれは中学までの俺とは程遠い、今の俺にとっての日常だ。
と、由比ヶ浜はキラキラとした眼差しをこちらに向けてくる。
「でもヒッキーホントにスゴかったね。あんな一瞬でバシバシ倒して!」
「……どうも」
「お? ハチハチ照れてる?」
「うっせ」
こうもストレートで褒められると多少は顔赤くなるだろ。誰かを貶めようとは考えてない……裏などない、純粋な言葉だ。
「でもまぁ、あんなの雑魚も雑魚だからねぇ。ハチハチならあの程度余裕でしょ。あのレベルなら何人まで倒せる?」
「……向こうの装備によるけど、100人までならどうにかなるだろ。あー、でも人質とかいたら厳しいな。何の縛りもなかったらそのくらいはイケるだろ。知らんけど」
俺が超能力含めて全開で戦えばだが――――普段なら超能力はなるべく隠したいしそこまでは厳しいかもしれない。とはいえ、素人相手 なら俺の全部の武器使えばいいとこイケそうな気もしなくもない。
いやしかし、単純に100人相手すると なると体力が果たして足りるかどうかが心配になる。体力はある方だとは思う。それでもレキの狙撃合戦のように長時間の戦闘はあまり行っていない。今まで短期で決めてきたからな。
「…………」
と、それは別に雪ノ下たちがいるこの場で考えることではないか。その雪ノ下は軽く引いた顔をしているし。
「貴方……さらっととんでもないこと言うわね」
「多少主観が交じっていようともただの事実だ」
「……とはいえ、八幡さんならそのくらいはできるでしょうね」
「レキュの言う通り……まぁそのくらいは大丈夫だよね」
「りこりんもレキちゃんも同意するんだ……」
あ、由比ヶ浜。レキはちゃん付けなんだ。
「こうして話すと、生きている世界が違うという感じがするわ。やっぱり武偵って私たちとは違うのね」
「ねー」
「そうかなぁ? レキュみたいな仕事人間は未だしも、あたしとか普通に趣味や感性は一般人寄りだよ?」
ねぇそれ本当に? そもそも武偵置いといてお前怪盗だろ。そんでお前爆弾魔! いやたしかに環境が特殊なだけでそこいらの奴とそう変わらん奴のが多いと思うけど。
「価値観やらはあんな世界で生きていたら、そりゃ多少は違うけどな。理子の言うことも一理はあると思う。つーか、そもそも憧れるほどのもんじゃねぇし、憧れても逆に困るぞ。武偵なんて社会のハミダシ者だぞ」
そんな羨望の眼差しを向けられてもひたすらに困惑するしかないのである。
「えー。でももしまた事件に巻き込まれたら私たちじゃ何もできないじゃん」
「そうなったら周りを頼ればいいんだよ。俺だってできないことの方が多い。今日は偶然お前らが困っている分野で役に立っただけだからな」
「そうなの? できないって例えばどんなの?」
「まず武偵は総じて頭が悪い。武偵高の偏差値また調べてみたらいいぞ。めちゃくちゃ低いから。頭悪いからそれこそ、俺含め自分の専門分野以外のことはまるでダメな奴らが多い。それに社会不適合者の集まりでもある。マトモにコミュニケーション取れない奴だっている。単純なコミュ力なら由比ヶ浜があのアホの巣窟に入れば多分トップに立てるぞ」
俺がいきなり褒めたからか、そうかなー……と由比ヶ浜照れながら頬を掻いている。
実際、由比ヶ浜のコミュ力はかなり高い。何と言えばいいか、計算していないのにいつの間にか相手と良好な関係を築けるという能力が素晴らしい。多少は計算しているかもしれないが、それを感じさせない言葉使いや態度というか……。
まずいきなり転校してきた眼の腐った奴に臆面もなく話しかける胆力がスゴい。初対面の奴にいきなり学校案内申し出てた行為も、まず俺ならできない。それも見た目目が腐っている奴だぞ。普通に避けたいレベルだ……自分で言っていて悲しくなるなこれ。
武偵高の奴らと比較してみても……遠山は根暗、神崎は態度がわりと上から、星伽さんは初対面の相手にはかなりの頻度でテンパる。レキはマシになったがアレ、理子は計算尽くしたコミュの高さであり由比ヶ浜とはベクトルが違う。一色のあざとさは理子と似た傾向、留美もまぁまぁ人見知り、俺は言うまでもない。
俺の知人ですらこうだ。それにジャンヌの同室である……名前は知らないが通信科の生徒もかなりのコミュ症らしい。それはもう目を合わせて全く話せないレベル。
…………そう考えると俺らなんかもう終わっているな。
とまぁ、話を戻しまして。
「だから苦手なことは素直にそれが得意な奴に頼ればいい。色々な奴らがいる=強いんだよ。1人がどれだけ秀でていても所詮限界がある。1人が手を伸ばせる距離なんてたかが知れているしな。武偵がスゴいわけでも偉いわけでもないし、だからと言って別に雪ノ下や由比ヶ浜が必ずしも劣っているわけでもない。それぞれ得意な分野で得意なことを発揮すればいいだけだ」
――――このような言葉、武偵になる前だったら到底話せなかっただろう。
武偵になったからこそ、自分がいかに劣っているか分かった。自分がいかに能力が足りないかが分かった。自身の不得意なことが今まで以上に目立つようになる。
だからこそ、自分ができないことはできる人に任せる。そこはもう素直に頼る。自分の責任など関係ない。頼れるだけ頼りこちらは楽をする。適材適所、他力本願……なんて素晴らしい言葉の響きだろうか。座右の銘として心に刻みたいほどだ。
「おー、ハチハチ……。なんか良いこと言うね。1年のころと大違い」
「喧しい。つーか、武偵がチーム組むのだってそういう意味合いあるしな。俺とレキを見てみろ。得意不得意ハッキリしかしていないだろ」
「いやまぁ、それはそうなんだけどねぇ」
互いの得意とする射程が分かりやすい。近距離特化と遠距離特化のチームだ。レキが敵に寄られたら俺が護る。俺が敵と相対するときはレキが援護する。俺たちはそういう関係だ。
だからまぁ、総武高での地道な捜査に関してはそこそこ苦労したわけで……。あれはなかなかにしんどかったな。すぐ眼に見えて成果が分からないというのは武偵としての仕事においてそこそこ苦手だということが改めて知った。強襲科は攻めてなんぼだしな。
そして俺の言葉を訊いた雪ノ下は頷き口を開く。
「なるほどね。要するにみんな社会の歯車だと。今は例え1人で何もできなくとも、巡り巡っていずれどこかで花開く」
「それが数日後か何ヵ月……何年先のこととかは運と当人次第だけどな。――――とまぁ、さっきの話と矛盾するけど、誰かに頼れない状況ってのはもちろんある。そのときのために知恵と力を付けておくってのは別に間違いでもない。とはいえ、こんな職業目指されたも困るがな」
自嘲気味に笑う俺に対し、雪ノ下は少し咎める視線を向ける。
「ねぇ、比企谷君…………それでも私は武偵が必要だと思うわ」
その言葉に俺たち武偵側3人は沈黙して続きを待つ。
「先ほど峰さんが必要悪と言っていたけれど、今日でよく分かったわ。今の社会、世間の評価はどうあれ武偵は必要な存在なのだと。たしかに武偵を嫌う発言はよく訊く。でも、武偵がいないと様々な犯罪が今まで以上に蔓延する。それこそ今日のような突発的な犯罪だと特に。武偵はある種の抑止力でもあるのね」
「否定はしない。こんだけ銃の規制が緩く なってんだ。取り締まる側もそれなりに無法者にしないと釣り合いが取れない部分はあるわな。でも別に嫌っていても構わねぇぞ。ムリに好意的にもならなくていい。嫌われるだけのことは余裕でしている自覚あるし」
それこそ高校生が銃を持ってこうして街中を歩いている。普通に考えれば異常な光景だ。異端な存在であるからこそ、社会からは異物として扱われる。それを非難するつもりはない。むしろ当然とも言える。
しかし、雪ノ下の言った通り異物だから治安の悪くなる社会を安定させるために武偵はいる。……そう頭では分かっていてもそう真っ直ぐと宣言してくれるのは少し嬉しくもある。
「雪ノ下には前言ったかもしれないけど……別に嫌う分には全然構わない。ただ、何もかもを頭ごなしに否定しないではほしいな。それが何であれ、否定したらそれ以上理解しようとしない。心を閉ざして受け入れようとはしなくなる。関係性はそこで終わりだ」
「え、ヒッキー。嫌うのはいいの? なんかおかしくない?」
と、そこで由比ヶ浜の素朴な疑問。俺はどう話そうか少し考えてから口を開く。
「嫌うってのある意味その対象について知っていることだからな。無関心だと知ろうとしない。頭ごなしに否定したら同様に頭から切り離そうとする。逆に好きや嫌いが入ると、そりゃ多少はバイアスかかるだろうが、知りたいと思うし知ろうと行動する。だから嫌ってくれる分にはいいんだよ。……まぁ、一度嫌ったら情報をシャットアウトする場合もあるしケースバイケースだな」
例外として第一印象で嫌いになれば、その限りではないだろう。この場合嫌いも無関心も同意義になる。
何せ最初で完全に否定しているのだから。これではどう足掻いても知ろうとはしない。余程その第一印象から好感度が上がる事態でもなければ、評価が変わることはないだろう。
「だから何て纏めればいいだろ……あー、そうだな、どんな事柄であれ、ある程度知った上で判断してほしいってことだ」
こんなこと中学までの俺は考えもしなかった。とはいえ、武偵になった当初もそうは思いもしなかった。
こうまで至った経緯は何だろうかと記憶を探る。……思い返せば金一さんの死亡報道という名の失踪だ。
事件の全責任を金一さんに押し付け尚且つ遠山までに責任を追及しようとし、遠山は心身共に潰れたあの出来事。あれを境に何も知らないのに、知ろうともしないのに、ひたすら否定しかしない身勝手な奴らにどうしようもない憤りを覚えた。
あの事件からより一層すぐに否定する行為に腹立つことになった。実際、俺もあれでかなり迷惑被ったしな。
「……うん、何となくだけど分かったよ。あたし目先の情報で色々と判断しちゃうとこあるかなぁ」
「SNSとか見てるのそうなりがちだよな。あるある」
何気なしに俺はほーんと相槌を打っていると雪ノ下がこれ見よがしに大きくため息を吐く。
「そういう人たちを御するのは本当に苦労するわよね」
「いやわざわざ制御しようとしないでしょ。そういうのは普通に無視安定じゃない?」
「峰 さんならそれができるでしょうけど、ムダに突っ掛かってくる輩がいるのも事実よ……。そういうときはさっさと論破するに限るわ」
「ゆきのんもハチハチ並に面白い人生送ってそうだね」
おい、誰の人生が面白いって? 宜しいならば戦争だ。今度模擬戦の相手でもしてもらおうぞコラ。思えば理子には真正面から勝った記憶がない。イ・ウーでは成す術なく転がされたし、新幹線ジャックでは良いようにヤられた。機会があればリベンジを果たしてみよう。
そういう理子の……過去は……………………うん、突っ込んではいけない話題だな。多分場の空気が悪くなること間違いない。レキも……漓漓のことを考えるとやや突っ込みにくい。やだ、コイツらの過去重すぎ?
「……まぁなんだ。小難しい話は終わりにするか」
「だね。ヒッキーたちの、そっちの生活とか知りたいなぁ」
「と言っても~……普段はそんなに変わらないんじゃない? 授業がブッ飛んでいるだけで。レキュも別に授業普通に受けてるよね」
「はい」
「まさかレキさん不登校児なの?」
「違います。私は少し環境が特殊だっただけです。しかし、普段は皆さんと相違ありません」
――――その後、全員でのんびり世間話をして、面倒だったが結果的にはここにいて良かったと思える1日は終了した。
武偵としての俺、普通の高校生としての俺、どちらも知っている人たちと同じ時間を過ごせた。そのさりげなく何気ない、貴重なかけがえのない積み重ね。ありかたりな言葉だが、それだけで今までの苦労が報われてきたとも思える。
しかし、俺が武偵である以上これから先きっと厄介な出来事が山ほどあるのだろうと思いを馳せると若干憂鬱にもなる……やっぱり働きたくねぇ……。