八幡の武偵生活   作:NowHunt

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客観的に見てみると

 可鵡韋とカフェで話してから家に帰り、晩飯の用意をする。

 

 あれから可鵡韋とは別れたが……この先普通に生きてくれればいいのだがと偉そうなことをふと思う。

 

 それこそ普通――――とは言いにくい世界にいるのはたしかだ。それは俺を含めてのこと。

 

 ただ、当たり前ではない世界だからこそ、何か目的のために死にに行くのではなく、当たり前のように人並みな趣味を持ち、自分のために金を使い、生活してくれれば言うことない――――なんて、俺の随分身勝手な願いなのだが。

 

 しかし、所詮俺たちは1日24時間のうちの、そのほんの少しを共に過ごした程度の関係。これ以上気にするのもどの立場からだとも考える。そういうのは俺ではない、もっと適任がいるだろう。

 

 そもそも可鵡韋の特攻するかもしれないという考えが俺の勘違いの可能性もある。憶測が全く外れている、ムダに分かった気になって考えすぎていたことだって当然ある。そうであることを望みたいな。

 

「……あ」

 

 と、ここまでで色々とあって頭から抜けていたが、レキから話したいことがあるのだったなと今さら思い出す。まぁ、そのレキはまだ帰ってきていない。慌てなくても大丈夫だ。

 

「戻りました」

 

 噂をすれば何とやら。なんて考えていると、レキがガチャリとドアを開け戻ってきた。

 

「すいません、遅くなりました」

「大丈夫」

「シャワーだけ浴びてきます」

「おーう」

 

 レキがシャワーを浴びるときはなるべく近寄ってはならない。

 

 今は俺と生活しているとはいえ、元々から狙撃手として徹底した時間を過ごしてきた。シャワーする際も、埃を立てないよう浴びているし、寝る前の弾丸のチェックは怠らない。

 

 そういう常日頃からの姿勢は見習いたいところがある。あそこまでストイックにはなれないと理解はしているけど。

 

 いくらか経ち、レキが風呂場から上がってきたところで飯にする。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 テレビをBGMにしながら飯を食べる。

 

 雰囲気は悪くない。いつも通りの空気が流れている。話題にしても大丈夫だろう。そろそろ話切り出すか。

 

「そういや、レキ。朝言っていた話って仕事関係?」

「はい、再来週にはイタリアのローマへ行きます」

 

 ローマか。これまた随分遠くで仕事なんだな。Sランクはやはり人気者だなと実感する。

 

「内容は訊いていい? 守秘義務ある?」

「話しても構いませんが。仕事内容は監視ですね」

「鷹の目?」

 

 鷹の目とは特定の人物を離れた場所で観察する武偵用語だ。

 

「いいえ、少し違いますね。監視……もとい狙撃拘禁と言えばいいでしょうか」

 

 まぁ、わざわざ海外で鷹の目は受けないかと今さら思う。

 

 つーか、拘禁か。依頼内容はわりと物騒だな。というが、相手を抑えつけるわけだから借金取りみたいなもんか。まぁ、レキが受ける時点でどうも物騒になることは変わりないなと今さら思い当たる。

 

「ほーん、頑張れよ。行ってらっしゃい」

「八幡さんも行きますよ?」

「なんで?」

 

 なんで?

 

 思わず聞き返す。

 

 なぜレキの仕事に俺も同行する必要あるの? しかも俺が手伝えそうにない分野だ。これが単純な戦闘とかならともかくだ。狙撃ぞ? しかも拘禁という分野。俺いる?

 

 と、無表情なレキが発言する内容は少し意外なものだった。

 

「近々修学旅行Ⅲがありますよね」

 

 それは香港に行った修学旅行Ⅱと同様、3年の前期に行う海外への研修旅行だ。チームの結束を深める云々の謳い文句があったが……あまり詳しくない。

 

 言われてみればたしかにあるにはある。まだ前期が始まったばかりで全く頭になかった。つーか、どんだけ海外に行かせる気だよこの学校は。もういいって。香港やアメリカでコリゴリなんだよ。

 

「あぁ。でもあれって厳密な期間定められてないだろ。前期の間ならいつでも行っていいみたいな……え、まさか……」

 

 自分で話していてまさかの可能性に思い当たるけど。

 

「はい、私たちサリフはイタリアを選択しました」

「決断早くない? ねぇねぇ、一応俺リーダーだよね? いやじゃんけんで決めた程度の関係だけども」

 

 なんでハブられているの? なんで勝手に決めたの?

 

「別に構いませんよね」

 

 なんて自信満々に言うレキ。心なしか堂々言っているように見える。たまに見せるレキのワガママや横暴な部分があったとしたも、普通に許してしまうからな。俺も俺で甘い部分しかない。

 

「はいはい。にしてもイタリアかぁ。俺イタリア語とか喋れないんだけど。ボンジュール?」

「それはフランス語です」

 

 アッハイ。

 

「英語なら未だしも……いやそれは置いといて。俺って別にレキの依頼に関わるわけじゃないよな? 狙撃とか俺できないし」

「はい、基本的に私ともう1人で行う予定となっております」

 

 あ、もう1人もいるのか。誰かと同じ任務を受けていると。内容が狙撃拘禁なだけに物騒だが。

 

 というより、そもそも拘禁される奴って誰なのだろうかと疑問に感じる。しかも拘禁するのはレキだ。

 

 何をすればそんな追われる立場になれるのか分からない。いや、話を聞く限り、レキは逃げないように見張るわけだから、必ずしも犯罪者というわけではない……かもしれない。現段階では想像つかない。

 

 ムリヤリ推理してみる。ざっくりその相手を分類すると、逃げられたら困る相手。依頼先はレキを雇えるほど裕福、富裕層かな。となると……相手は何か不正した会社の重鎮? ライバル会社の監視……いやそれは拘禁とは言えない。何か依頼主に対して借金でも返済でもするの? 取り立てなら俺もしたことあるし。

 

 何か依頼主に負い目がある相手……分析するとこんなところか。

 

「分かったが……で、俺何するの? お前の依頼先に居座るわけにもいかないだろうに。完全に別行動になるんじゃないか」

「依頼先の家はかなりの豪邸らしく、一応八幡さんが宿泊する分には大丈夫だと連絡を受けています」

 

 なるほど、つまりは泊まることはできると。香港では宿泊先に苦労した部分はあるからそこは助かる。

 

「そうなると宿泊費は?」

「私の報酬から天引きです。微々たる分なのでそこはお気になさらず」

 

 宿泊費が浮くのはありがたい。レキの発言からして本当に問題はなさそうな気がする。

 

 しかし、宿泊するのは大丈夫ということは、言外にあること語っていることも伝わる。それ以外にその豪邸とやらに居座るのはあまり良くないと。

 

 そもそもが人様の家だろうしな。知らない奴がずっとウロウロするのもレキに対する心象はきっと良くない。おまけに俺はイタリア語を話せないわけだ。

 

 そうすると、日中は大人しく観光しておいた方が無難かなと思う。イタリア語全く喋れないからガイドブック片手にがんばるしかないか。あとは翻訳アプリやら駆使してな。

 

「出発日は2週間後です。準備の方よろしくお願いします」

「おう」

 

 …………さらっと受け入れていたが、イタリアへ俺も行くこともう決定事項に含まれているんだな。多分修学旅行Ⅲ関連の提出やら終わっているだろうから今さらだろう。

 

 レキなら相手を詰ませてから行動することがよくある。決定権などお前にはないと言わんばかりの勢いだ。できればドア・イン・ザ・フェイスを学んでほしい。俺はそんな交渉できた試しないけど。いや別に行く分には構わないけれどね?

 

 

 

 

 ――――そんな翌日の昼。休日なので家で大人しく休んでいると、ピンポンとインターホンが鳴る。

 

 片手に持っていた漫画をテーブルに置き、ノソノソと玄関まで歩く。何かしら配達を頼んでいたか悩んだが特に思い当たる点はない。そもそも玄関口の相手を確認してから行くべきだけど、面倒だったもんで。

 

「誰だ……」

 

 不機嫌オーラ丸出しで扉を開ける。

 

「こんにちは。元気?」

 

 その先にはピンク髪のツインテールが待ち構えていた。言うまでもなく神崎だ。こうやって直に訪ねてくるとは珍しいこともあったもんだ。呼び出しを受けるイメージしかない。

 

「わざわざどうした?」

「ちょっと相談したいことがあってね。今時間平気?」

「まぁ。相談ってレキに?」

「んー、2人とも両方かな」

 

 と、手土産片手の神崎をリビングまで案内する。

 

「アリアさん、こんにちは」

「あらレキ。お邪魔するわね」

「邪魔するなら帰って」

「嫌よ。まったく、新喜劇じゃないんだから」

 

 え? 新喜劇見るのお前?

 

 ちょっと意外そうな顔をしている俺をよそに、にしても……と神崎は不意に言葉を漏らす。

 

「アンタたちの部屋、家具少ないわねぇ。わりと広いんだし、もっと彩ればいいのに」

「そこはうちの狙撃手様の仕事上、ある程度は必要最低限にしているな。レキの狙撃に対しての拘りは強いし、下手に物増やさないようにしてるわ」

 

 物が多いのは主に俺の部屋だけ。

 

「ふーん、そういうものかしら」

 

 なんなら埃を立てないよう生活するコツも少しずつ掴んできたまである。

 

 今までと違い俺と暮らしている以上、レキもそこまで神経質になっていないときもあるけど、それでも気を遣う場面は多々ある。俺個人の気持ちとして。

 

「神崎、お茶いる? つっても麦茶だけど」

「そうねー、もらうわー。お願いね」

 

 なんて呑気な客人にお茶を渡しつつ。

 

「そういえば八幡。今あなた、あかりのアミカよね。どう、あの子元気にやってる?」

「まぁな。お前の下で鍛えられたんだなって素直に感心するくらいには元気はつらつだな」

 

 俺たちのんびり雑談を始める。

 

 間宮ね。そりゃ今の俺たち、必然と共通の話題だな。

 

 あんな真っ直ぐというか素直な人間、俺の知り合いの中では限りなくゼロに近かった人種だ。あの折れない……いや、譲らないとでも表現すればいいか。あの精神は尊敬できるまである。

 

 不撓不屈のあの精神、俺には到底持てないなと実感する。どう足掻こうが俺の根は引きこもりのインドア派、筋が通らないことはひたすら避けるのが俺。間宮のように誰彼構わず好かれるほどアクティブにはなれない。

 

 あと単純に体力多いなと思う。体力があるからこそあの精神に繋がっているのだろう。いや、それは逆かな。

 

「元気はつらつって今日日聞かない言葉ね……。ま、元気そうなら何よりだわ」

「つーか、別にそっちのアミカ契約終わろうとも間宮と連絡取り続けているんだろ。お前ら仲良いし」

 

 俺に対する留美や一色みたいに交流はあるだろう。いや待て、学年変わってからまだ一色とは連絡取ってない気がする。たまには連絡……いるか? 一色に? 別に改まってしなくてもあれは大丈夫だろ。

 

「そりゃね。この前も一緒にご飯食べたわ。そうそう、八幡は教えるの上手ってあの子褒めてたわよ」

「ありがと。俺はお前みたいな肉体言語派じゃないからな」

「な、なによ!」

「要するに、俺は神崎と違って何でも実戦あるのみって考えじゃないってこと。別に事あるごとに乱射しないしな」

「ぐぬぬ……」

 

 若干悔しそうな表情を浮かべる神崎。そんな顔するなら遠山に1日平均20発撃つの止めときな? 俺も毎度被害遭っていたからな?

 

 俺たち3人で神崎の手土産のクッキーを摘まみながら、レキが話を切り出す。

 

「神崎さん、今日は何の用事でしょうか?」

「ん、そうね。そろそろ話そうかしら。……ま、ただの相談っていうのと、一応八幡とレキも気を付けてって感じの忠告? みたいな話なんだけど」

「ほーん」

「あ、そんな適当な顔をして……。わりと真面目な話だからね?」

 

 相談と忠告か。いまいち要領が見えない。が、とりあえず話を訊くこととしよう。

 

「まず相談から。質問はあとで諸々受け付けるわ。前置きとしていきなりの話になるけれど、イギリスの隠し財産が紛失していたことが判明したの。イギリスには不況や戦争に備えて――――黄金127tをサウサンプトンに保管していたのよ。それが忽然と消えた……調査しているけれど、行方は掴めずにいるの」

 

 神崎が切り出した内容は自国の内政的な話だった。

 

 隠し財産とは。これまた随分と規模が大きい話だ。しかも黄金がそんなに――――思わず一目見てみたいと不躾ながら考えてしまったほどだ。

 

「これはあたしと妹のメヌエットへの、女王陛下の勅命。あの黄金が見付からず財政破綻でもしたらヨーロッパ崩壊になりかねないのよ」

 

 まぁ、イギリスは何だかんだでEUのトップなとこあるからなぁ。何かあったらそりゃ経済はガタつくだろう。

 

(*このころはまだ2020年にはなっていないお話)

 

「隠し財産にでも手を出さないと難局を凌げない。そうなると内情不安にもなるの。そうなったら……これはメヌエットの推理だとEU離脱になる可能性もある」

 

 そういえば神崎の妹であるメヌエットは推理がかなり得意。それこそシャーロックには届かないが、それに近い推理力を持っているらしい。 遠山や神崎が言っていた。

 

 そんな人が言うのだ。そこまで大事になるのかもしれない。

 

「冷戦みたいな核の抑止力じゃなく、融和政策による経済的な抑止力で戦争を防ぐべき。あたしはそう思っている。EUはそのモデルケースとしては最先端でもあるのよ。だからその形態を維持したい、少なくともあたしはそう考えている」

 

 国境を緩めて、通貨を統一する。つまりは国同士の結び付きを強めている。それはたしかに日本含めて他の国では成し得ない形だ。

 

「とまぁ、話の大前提のせいで長くなったのだけれど、まず相談がこれ。八幡たちイタリアに行くのよね? どんな情報でもいいわ。ていうか、イタリアとか関係なしに黄金の行方が分かったら教えてほしいの。その在処の……どんな情報でもいいわ」

「おう。ただまぁ、あんま期待すんなよ。こちとら立場あるお前と違って一般人なんだからな」

 

 思っている以上に相談の内容の規模が大きかった。まさかイギリスの一大事とはな。頭が痛くなりそうだ。

 

 ん? それなら神崎だけでなく、あの人物も絡んできそうだが――――

 

「ちなみに現段階でどこにあるか予想できる?」

 

 何をいきなり言っているんだ神崎は。いやまぁ、これも雑談の範疇だろうが。神崎の表情を見ればそのくらい理解できる。

 

「あー、その前にシャーロックは何か言っていたか。そこまで話がデカいならアイツも口出ししてきそうだが。それにシャーロックには未来予知にも近い推理ができるだろ」

「あら、八幡あなた……あの人が生きていたの知っていたのね」

「前にアイツが直接会いに来たときがあってな」

 

 目を丸くする神崎。千葉で会ったことあったんですよ。そのとき戦争よりもヤバい事件が起きるから手を貸してほしいって言われたことがあった。

 

 もしかしてそれがこれと関係しているのか?

 

「あたしの勘、加えて曾お祖父様とメヌエットの推理では、地球にはどこにもない――――と出ているの……だからなおさら分からなくてね」

 

 え?

 

「どこにも? それは地球上ってこと?」

「そうね」

「なら海中のどこか? ……それならトンチ効かせて地球上ではなく地球の中って言え――――」

「――――なくはないけど、地球にはないって出ているのよ。たしかに全部の海を調べ尽くしたわけじゃないけど、多分見付からない気がするわ」

 

 まぁ、そうだな。もし海中にあるならシャーロックも海にあるとか言いそうな気がする。

 

 地球にはないとすると、真っ先に思い付くのはやはり――――そう思い俺は上をふと見上げる。

 

「んー、なら宇宙?」

「残念ながらそれも違うでしょうね。最近ロケットが打ち上がったって話は聞かないし、実際ロケットって積載量ってそんな多くないのよ。1回の打ち上げで人間と本体の重さ除けば……だいたい輸送可能重量はざっくり4tって言われているかしらね。もちろん、ロケットの種類に寄るけれど……」

「それを約30回以上……さすがに現実的ではないな」

「そうなのよねー」

 

 普通にバレるわな。同様、空中に浮かべているなんて話も土台不可能だ。

 

 それに宇宙に隠したとして盗んだ犯人はどう回収するかってなる。捨てるならともかく、金塊なんて価値あるものは通常盗んだのなら何かしらの形で再利用するものだ。

 

「――――」

 

 宇宙……って言えばふと俺の首にかかっているネックレスを見つめる。具体的にはそこにある金属。

 

「色金の力ならどうだ。特に影……次次元六面なら痕跡を残さず呑み込める」

「あっ、たしかにそれもあるわね。うーん、でも現実問題、色金の力をかなりの範囲で使えるのって八幡にあたし、あとは中国の猴と日本の鬼くらいよ」

 

 鬼? 何だそれって……あー、なんか遠山が前に戦ったって言っていたな。

 

「あとはシャーロックもだが……。でもあれだろ、本来隠されるべき情報なんだから俺らが知らないだけでもっと使える奴がいてもおかしくないだろ。それこそ俺や神崎以上の使い手とか」

「もちろん否定はしないわ。ただ……そもそもとして、そんなピンポイントで使える人が金塊のとこまで行けるかどうか」

 

 俺らは互いに難しい顔付きになる。

 

 言われてみれば当然その考えに思い至る。

 

「それもそうか。もし色金を使える奴がいたとして、まずそこまでのレベルに達しているか、そして立場の問題もある。神崎なら未だしも、一般人の俺が黄金の前まで辿り着けないのと同様――――いや待て、俺らには瞬間移動もあるぞ」

 

 視たこともない場所に行くのは非常に難易度が高いけれど、他の奴らはできてもおかしくないだろう。

 

「それはあたしも考えた。ただ瞬間移動できる練度があったとして、運良くできてもそこから運び出す手段がないわ。金塊127tよ? 人っ子1人でどうすんのよ」

「瞬間移動してからの影…………俺だと確実に力が足りないな。しかもそれだけの重量だろ。万全の俺でもまず影で取れない大きさだ」

 

 考えただけでも不可能に近い。どれだけ力の上限が大きい奴でもあまりにも現実的ではない。

 

 影で呑み込んだ状態なら地球にはないと言えそうと考えたが、これも否定できる案が即座にいくつも出てくる。

 

 もし瞬間移動で黄金の前に現れ、持ち出すとして、その手段は何だろうか。しかもおまけに隠す先は地球に置いてはいけないという。意味が分からない。

 

 瞬間移動は複数人でも飛ぶこと自体は可能だ。しかし、数人程度で持ち出すのも現実的ではない。

 

 やっぱムリある話じゃないこれ?

 

「だったらあれだな、もういっそのこと異世界に隠したとかの方が納得できるわ。色金使える奴が瞬間移動して、何かしらの手段で黄金を異世界にやった――――みたいな」

 

 投げやり気味に答える。もう分からんわ。なんだ地球にはないって。意味不明すぎる。

 

「そうよねー。もうそんな奇想天外な考えしか出てこないわよねー。それかあれね、四次元ポケットとかどう?」

「いいなそれ。四次元なら地球にはないもんな」

 

 神崎も俺と似たようなことをダラダラ告げる。

 

もう互いにふざけ合っている。ぶっちゃけ何も思い付かないしね。

 

 冗談はここまでとして、神崎がお茶を口に含めるとまた雰囲気が一変する。おふざけはここまでとしよう。と、一貫としてレキは静観を貫いている。これは別にいつも通りだから特段何か思うことはない。

 

「……ここまでが相談ね。で、ここからが忠告。今回の金塊の消失も含めて、かなり嫌な予感がするの。下手すればイギリスがEU脱退に追い込まれる事態、それはヨーロッパ崩壊に繋がると示唆される。――――つまりね、融和と共存の流れを、孤立と対立に戻そうとしている力があるのよ。曾お祖父様も手紙でそういう組織の存在を教えてくれた」

 

 ……これまた話が大きくなってきたと心底思う。これはイ・ウーと似た系統の組織なのだろうかと疑問に感じる。というか、それ新しいイ・ウーとかじゃないの。

 

「その組織の名前は『N』と呼ばれている。名前の由来は知らないわ。あくまで俗称か、それとも何かのイニシャルなのかもね」

 

 あ、イ・ウーじゃないのね。……ていうか、シャーロックと千葉で会ったとき、俺に頼みたいとか言ってきたのはこのことか?

 

「ほーん。それでけで言うとイ・ウーと似ているかもな。あれだって世界征服を真面目に目論んでいただろ。シャーロックが制御していたが、パトラ辺りとか特に」

 

 今でこそ金一さんと一緒になって落ち着いたけれど。

 

「まだ全容がはっきりと判明していないけれど、明確に違う部分があるわね。恐らくNはかなり回りくどいことをしている。イ・ウーの過激派は直接事に対して動くけど、Nは今のところ間接的にしか動かない。普通に暮らしていればまずその存在は認知されないでしょうね」

「間接的?」

 

 どういうことか概要が読めない。

 

「……そうね、何て言えばいいかしら。そのNがすることは言ってしまえば至極単純なのよ。Nはまず、世界の自滅を促す。例えば、ドミノ倒しの最初のドミノを軽く押すだけ。それも様々な場所でね。それだけで――――」

「あっという間にドミノは全部倒れる。さっきのイギリスの黄金奪取からのEU脱退するかもしれないという流れを考えると……つまり、様々な場所のドミノが全部倒れれば――――行き着く先は世界の崩壊ってか?」

 

 有り得ないだろと自嘲気味の笑みを浮かべ愚痴のように漏らす。

 

「最初の一歩を押す。それだけで連鎖的に事態は悪化するってことね。倒れ始めたドミノは簡単には止まらない。あとは勝手に流れに身を任せて成すがままってところかしら。……下手すれば今の時代では考えられない規模の戦争が起こるかもね」

「どうなるだろうな。……戦争で済むならまだマシかもしれない」

 

 世界崩壊レベルまで追い込まれた先に、何かまた別の予想外な一手でも放たれればそれこそ再起不能に陥るかもしれない。というより、そこまで追い込まれて戦争できる体力が残っているかどうかも不明だ。

 

「まだまだ敵の内情とか分からないのだけど、それだけの力と規模があるのよねぇ」

 

 要するにNとやらがアクションを起こせば、ゆっくりと事態はマイナス方向に向かって進行するらしい。

 

「――――」

 

 やがてその波紋は広がり、国と国が協力を止め、利害を取り合う時代に逆戻りする。それは現代の考えには到底合わない。それこそ20世紀に近い大戦の時代の思考。人と人が醜く争う前時代に戻る。

 

 それはまるで意図的にタイムスリップするかのような行動。愚かな行為だ。

 

 そのNとやらは何かきっかけを起こすだけで、紛争レベルではない戦争を起こすことができるということになる。それこそ世界各地で。だが、戦争だけでは止まらないかもしれない。前にシャーロックも戦争以上に酷いことが起こる可能性があると話していた。

 

 俺は全く遭遇したことない相手だ。当然目的は不明。これが愉快犯ならまだ笑える。だが、力があるのに表舞台に立とうとしない奴らだ。もっと別の目的があると思うべきだろう。

 

 …………まぁ、世紀末にしようとする奴らだ。絶対笑えないことになるけど。

 

「で? かなりヤバい組織が現れ始めているってのは理解したが、俺には今のところ関係ない気がするけど」

 

 このままで放っておくには危険な組織がいる。とはいえ、今の俺らだけではどうにかできる代物でもない。それもたしかなことだろう。

 

 神崎は忠告と言っていたけど、何に対してだろうか。

 

「あんたはもちろん、あたしもまだ実際に関わったことないからね。ただね八幡。あんたは少しの間だけどイ・ウーにいたことがある。そして、どうやら曾お祖父様とも現在関わりがある。加えて色金の力を扱える稀有な存在――――それが今の貴方、比企谷八幡なの。狙われる理由はこれだけで充分よ」

 

 真剣な表情で改めてそう告げる神崎。

 

 自ら自覚していない事柄だったけど、こうも客観的に自分の情報を羅列されるとと少し面映ゆい気分になる。いやこれ忠告されているから照れる場面でもないな。

 

「別に絶対狙われるってわけじゃないと思う。でも頭には入れておきなさい。事前に情報があるとないとでは違うわ。……レキも同様よ。あなたも故郷には色金がある、色金が干渉する可能性も高い。そして、世界最高峰のスナイパー。用心することね」

「はい」

 

 ようやくレキが口を開く。本当にこの蒼髪の少女は積極的に喋らないなと真面目な話の脇で思ってしまう。

 

 そして、神崎の話も一段落したみたいだ。また茶を一口含み、少し緊迫していた雰囲気は和らぐ。

 

「俺たちに火の粉が振りかかるなら払うまでだ。つっても、まだ会ったこともない敵だ。どんな奴らと戦う……関わるか分かんねぇけどな」

 

 つまるところ俺の結論はこうなる。

 

 襲われたら戦う。依頼があるなら戦う。基本的には今までと変わらないスタンスだ。まぁ、俺は武偵だ。犯罪が目の前で起きるなら防ぐ。守る。武偵として戦う。それだけだ。

 

 神崎曰く、そもそもが今まで姿形も見せない隠れている組織だ。俺が襲われるにしても……果たしてどんな状況になるか不明もいいとこだろう。

 

「私も八幡さんと同意見です。依頼があるなら、戦うとなったら撃ちます」

「あんたたちならそう言うでしょうね。狙われる理由は充分あるけれど……あんたたちが本格的に関わるかは現段階ではもちろん分からないし――――ま、これで話はおしまい。八幡、お茶のお代わりもらえる?」

「おう」

 

 その後、他愛もない世間話をしつつ1時間くらい経ち、そろそろ帰るわと神崎は帰っていった。

 

 ――――神崎と緋緋神の事件が解決してからまだ3か月ほど。神崎の母親が解放され、神崎自身ようやく心身共に落ち着いてゆっくりしたいであろう時期にまた厄介な事例が舞い込んだ。

 

 そして、それは俺たちも巻き込まれる可能性もあると言う。つまり、また俺もあの危険なアングラな世界に舞い戻り、戦いの日々に身を投じることがあるかもしれない。

 

 様々な事件が起こり、解決する。一件落着かと思えば矢継ぎ早に、次から次から頭を抱えたくなるようなことが起こる。本当に武偵は休まらない仕事だなと今さら、本当に今さら感じる。

 

 しかし、そこが俺の踏み込んだ世界。もう後戻りすることもままならないだろう。俺はこういう世界で生きることを知ってしまった。生きている人を知ってしまった。であるならば、ここで俺のために戦うしかない。俺が俺であるため、後悔しないために。隣にいる奴と共に。

 

「まぁ、どうにか生き残るとしようか」

「はい」

「一先ず、イタリア行く準備だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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